地下鉄サリン事件とニューヨークテロ事件の違いについて宗教上の立場から教えてください。

A 回答 (5件)

私は本質的には同類と受け取っています。


確かに過去の歴史の鬱積もありますが、それは単に宗教上というだけでなく政治上・民族問題上に拠るものも非常に多いと思います。
過去の日本も「欧米人の支配からアジアを開放する」という大義名分も振りかざしていました。
ですが、今の私たちはその大義名分の正当性と実力行使との相違が大きくあったことも認めざるをえません。
イスラム教徒も諸手を挙げて今回のテロを評価しているわけではありません。
歓喜しているのは一部のイスラム教徒でしょう。
多くのイスラム信者は宗教教義に照らしてもしてはならぬこと受け止めているのではないでしょうか?
まして被害者から見れば個々の宗教上教義の為に命をうばわれたのでは溜まったものではありません。
それならいっそ狂信者と軍国主義者とで戦争でも仕掛けた方がマシです。

今回の件で「サリン事件」を照らし合わせゾっとしました。
当時の報道でオウムはアメリカもターゲットに入れていたとありました。
もし、オウムが東京ではなくニューヨークの地下鉄でサリンをばら撒いたとしたら・・・。
アメリカは「あれは一部の狂信者の仕業だ」と判断してくれるのでしょうか?
日本人に報復をと叫ぶのでしょうか?
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サリン事件は殺人自体が目的でした。


今回のテロは、目的は施設の破壊であり、殺人は二の次だと思います。

ですから、宗教というのを言う前に、事件自体が違うと思います。
しかし、テロは宗教的な部分も含めて怒りの動機をもっています。
サリン事件はどうだったでしょう。怒りとか理屈がある動機があったでしょうか。少なくとも、大勢の人を納得させることはできないと思います。
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サリン事件は犯罪です。

動機は組織防衛と保身です。事件を起こして捜査を攪乱しようとか組織に敵対する人物を何とか消してしまいたいというのが一連の事件の目的です。ですからサリンをまいたひとは誰も死んでいません。宗教的なことは犯罪を犯す自分たちを納得させるための詭弁です。
ニューヨークの場合は戦争です。戦争の場合一方的に悪い方がいないことはおわかりと思います。石油という利権を守るため、金融に力を持つ一部の民族の望みを叶えるため、アラブの人たちは大国に国土を分断され、争いに巻き込まれ、異教徒が勝手に自分たちの土地に国を作ったり、聖地を蹂躙され勝手に立ち入れなくされたりされてきました。この虐げられた民衆の憎悪がイスラム教の教義と結びついて聖戦を戦うという思想になっています。ですから神の敵を倒すためなら自分の命さえいとわないといった考え方になります。
全く異質な事件だと思います。
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地下鉄サリン事件も、NYテロも



・教義で認められた殺人行為

と言う点では違いがありません。

ただ地下鉄サリン事件は、事件を起こすことで予言を『自作自演』し首謀者への支持、帰属意識を高めようとする性格が強いです。

NYテロでは、原理主義と言う、歴史的にも、民族の歴史的にも根の深い問題が根底にあり、そこに民主主義を全面に打ち出し、世界の警察であろうとする米国のエゴがからみます。米国のエゴは国連をバイパスし世界の警察として内政干渉まがいな軍事行動で、世界的に密かな反感を買っています。

そこに加え、クリントン政権時には公平に考慮されていたパレスチナ-イスラエル問題がブッシュ政権によってイスラエルよりになった事実という決定打をもって、国連無視的なアメリカのエゴは、大きく反米感情を成長させた。

黙ってられないウサマさんは、ついに実力を持って民族の解放と、自治と、領土を返せとデモンストレーションをした・・・。

・・・というのがNYテロのおおざっぱな背景です。

明らかに個人営利と誇大妄想による浅はかなサリン事件とは性格が違います。
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簡単にいうと、オウムの場合は「殺してやることで彼ら一般市民も極楽に行ける」という余計なお世話、


今回のテロは「資本主義の悪魔を滅ぼせ」でしょう。
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