『銀魂2 掟は破るためにこそある』がいよいよ公開!>>

こんばんは、ご閲覧ありがとうございます。
連休を利用して、大きな書店や学校、私立、県立の図書館に
いくつか書籍を読みあさっていました。
そこで、疑問なのですが

数学の歴史上の人物で、なぜ女性はいないのですか?

ユークリッド、アルキメデス、デカルト、ニュートン、ライプニッツ
オイラー、ガウス、ガロア、コーシー、…
みんな男性ですね。
なぜでしょうか?
よろしくお願いします。

ちなみに、読んでいる本は
「数学を築いた天才たち 上・下」 著 スチュアート・ホリングデール / 監訳 岡部恒治
「数学入門 上・下」著 遠山啓
「微積分の歩んだ道」著 安倍

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A 回答 (5件)

 ソフィー・ジェルマンは私が好きな女性数学者です。

アルキメデスの、数式を地面に展開することに夢中になるあまり、侵略してきた兵士に気付かず殺された逸話を聞いて「それほどおもしろい学問なら、私もやってみたい」というのが数学者を目指した動機だったとか。独学でニュートンを学ぼうとしたり、好奇心旺盛だったのでしょうね。
 他にまだ回答にでていない名前で私が思い浮かぶのは、「魔女」と誤訳されてしまったアニェシ(またはアグネシ)です。エミー・ネーダーもまだ出ていないかな?
参考URL
Biographies of Women Mathematicians
http://www.agnesscott.edu/lriddle/women/women.htm
↑タイトル通り、女性数学者の名前のリストです。

 さて、数学者に女性が少ない理由には、二つの理由が考えられるでしょう。
 一つは生物学的な脳の構造の問題です。単純な計算は女性のほうが得意なのですが、高等数学、特に幾何学や数学的推論の分野では、男性の方が優れています。測定可能になる幼少のころから明確な性差があり、数学的な論理能力は女性の方が不得手です。
 また、男性は左脳・右脳の使い方が女性に比べ、適した側に偏ることが多く、これもある分野に集中するためには有利に働いているのではないでしょうか。
 後述する社会的要因を考慮しても、男女のこの傾向は変わらないと現在の大脳神経科学では考えられていると思います。
 
 もう一つの理由として、社会的・環境的な要因です。数学は「男性の牙城」「聖域」と信じられていることが一つにあります。
 そもそも、「数学者」としてぱっと名前が挙げられる名前はほとんどすべて、いわゆる白人男性じゃないですか。
(なんか、「なぜ女性に指揮者は少ないのか」という質問にも同じことを書いたような・・・) 
 挙げられている数学者が、全員優れた業績を残した大数学者であることに異論はありませんが、古代ギリシャ時代と15世紀以降の西欧に集中していますね。14世紀ごろまで数学がくだらない学問と考えられていたことや、ヨーロッパが世界的には立ち遅れた地域であったこととも関連があるように思いますが、いかがでしょうか。
 またこの両時代に限定されるまでもなく、女性が男性と同等の教育を受け、学者をめざす同等の機会があった時代はありません。ヨーロッパの多くの国で、高等教育機関から女性は締め出されていました。ご存知かと思いますが。
 これは、「女性に比べて男性は環境が整えられていたのにもかかわらず、なぜ15世紀以前に、大数学者と呼べる存在が数少ないのか?」という問題とも関係すると思いませんか?また、なぜ「下層階級と呼ばれる階層から偉大な学者が出てこないのか?」という問題とも関係するとはお思いになりませんか。
 専門的な職業に従事するということ自体が女性には難しかった時代です。従事できた仕事は、他人に仕える仕事か、肉体労働です。氏育ちが教育機関の代わりを果たした時代、最新の教育を受けられた層は限られています。その層で、女性は教育を受けられない、受けられた教育は花嫁修行のみとなると、どれほど機会があったでしょうか?
 数学が興隆してからは特に、女性・非白人の知能は白人男性に比べ劣っているという科学的証明が熱心になされました。イタリアでは、「女性が男性と同じ種であるかどうか」「女性は人間ではなく、動物である」という議論が肯定的な雰囲気でなされたとか。(聖書には「動物と交わってはならない」と書いてあったように思いますが、この場合、どうなるんでしょう?笑)
 数学者であろうとして、女性であることを理由に処刑された古代ギリシアの時代から、女が学問を続けるなどと両親からすら何回も妨害を受け、数学への傾倒を知られてからは親からも世間からも「数学など学ぶと嫁の行き手がなくなる」と言われ続けたフランス革命の時代に生きたソフィー・ジェルマン、19-20世紀に生まれながら、ドイツでユダヤ人として生まれたことのほかに女性であるがために公職につけず、各地を転々としたネーダーなど。
 もちろん、ガウス、アルキメデス、ニュートンのような大数学者は女性からは生まれないかもしれません。このような社会的な要因を指摘することを鬱陶しがる方も一部にいるけれど、女性と職業や学問ということを考える上で、歴史的に東西で女性は伝統的に職業・学問排斥されてきたということははずせない要因です。強い影響を及ぼさなかったわけがありません。

 こうした事実は、女性の、伝統的に男性の領域であると考えられているすべての分野への参入を妨げます。このような分野に参加している女性は、男性に比べて自信をもてず、自分の能力を過小評価する傾向にあります。男性も同分野の女性に対し、その能力を過小評価し、あるいは評価しない傾向にあります。また女性を特別扱いすること、"普通"の基準が男性のみを指すやり方でコミュニティから締め出します。
 女性へは数学や科学・化学といった"女らしくない"分野へ関心をもたないよう、参加しないよう、成功しないようにという社会圧が常にかかっており、小学校ぐらいの年齢からすでに影響があります。今回ニュースにもなった「小学生のなりたい職業」ランキングを眺めても、「博士・学者」を選ぶのは男子児童です。男女のランキングの違いを眺めて、このランキングが社会伝統的役割に影響されていない、と言いきれるでしょうか?
 また多くの社会で「知らないこと・無知でいて男性の知を褒めたたえる役割をすること」は「女らしさ」としてプラスの評価がなされ、科学・数学の分野で業績を残そうとする女性は「不感症の」「冷たい」「女らしくない」「魅力に欠ける」という社会的イメージがつきまとうことになります。
 実際に参加してからも、"男性の領域への侵入者"と見なされ、女性の方が数が少ないこともあり、優れた指導者に恵まれる機会も少なく、逆に指導する立場につくことも難しく、また活発に論議が繰り返されるような学生同士のコミュニティに溶け込みにくく、疎外されがちです。白人の間に紛れ込んだ黒人を考えてみれば、どのような状況か理解しやすいのではないでしょうか。ソフィー・ジェルマンが認められた背景には、彼女自身が優れた才能を持っていたということの他に、彼女の師であり、当時随一の権威を持っていた男性数学者が彼女が女性とわかった後もその態度を変えなかったことも大きな要因であると思います。その師とは大数学者ガウスで、彼に師事できたことは、高等教育機関から締め出されていた彼女にとって最大の幸運ではないでしょうか。
 教師が「この子は成績の悪い子だ」という先入観を持って教えると、実際にその児童の成績は低いものになります。逆に、「この子は成績の良い、利発な子です」という事前情報があると、その児童の成績は高くなります。無意識に成績表へ高い評価をつけるといった話ではなく、得点力に差がでてきます。女性が数学を学ぶ上で、同じことが起きます。
 生物学的に理由がある他にも、こうした社会的な刷り込みは大きく、女性が科学・数学の分野で発揮する能力は潜在的な能力よりも低くなります。
というよりも、すべての職業において、女性はそのような扱いを受けることになります。実際にその女性の能力が低いか高いかに関わらず、くだされる評価は「女だから能力が低い」というものになります。
 私は「女の方が数学が得意」とか「男女で数学の能力に差はない」と言っているのではありません。しかし、歴史の流れが西洋を中心に認識されているということの他に、上記のような伝統・歴史が今後も、数学者をめざす女性をだしにくくするでしょう。

 もし、興味のある本を全部読み終わってしまって、こういう科学に及ぼす社会的な影響についての本を読んでみてもいいかな、と思われる時には、下記の本がまだでしたらいかがでしょうか。
「科学革命の構造」トーマス・クーン著 みすず書房
「人間の測りまちがい -差別の科学史-」スティーブン・J・グールド著 河出書房 
 古典の紹介にとどまって恐縮ではありますが。

 ちなみに、加齢とともにはじまる大脳組織の減少は、男性の方がはじまるのが早く、失う量も多いと言われています。女性に比べ側頭葉と前頭葉が欠けていきます。この部分は思考と感覚・感情を司る部分です。

参考URL:http://www.agnesscott.edu/lriddle/women/women.htm
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
大変参考になりました。

お礼日時:2005/05/01 00:30

 ただの参考ですが…



 サイモン・シンによる「フェルマーの最終定理」を読んでみては如何でしょう。この筆者は博識と言いますか、色んな知識を楽しくつなげて文を書いていますので、数学が好きな人も苦手な人もわくわくさせるものがあると思います。

参考URL:http://www.yamdas.org/bmm/books/fermat.html
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
フェルマーの最終定理は以前かなり興味ありました。
余力あらば、読破してみたいと思います。
ご推薦ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/09 11:20

女性は感情的動物で論理的ではないのです


また空間認知能力もありません
大学で図学で苦労していた女性を思い出します

しかし記憶力や言葉の能力は男性に上回ります
ただし老化が早くアルツハイマー性痴呆に男性の3倍かかります

数学に限らず物理でもキューリー夫人ぐらいしかいないし
そっちのほうは能力も興味もないのです

芸術や文学などにいったほうが成功します
ただし男性のように時間がありません
更年期になるまでが勝負です
脳に必要なエストロゲンがなくなるからです
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/01 00:28

良く名前の知られた女性数学者は?と聞かれても,確かに考え込んでしまう気もします.



女性の有名な歴史上の数学者があまりいなかった理由は,他の学問においてかつて女性の学者が少なかった理由とほとんど同じとは思います.
下に示したページで"なぜ女性の科学者が少なかったのか"ということについて簡単に触れてありました.

歴史上の女性の数学者としては,
ソーニャ・コワレフスカヤ
(偏微分方程式に関する定理)
ソフィー・ジェルマン
(フェルマーの最終定理のn=5の場合の証明)
エミー・ネーター
(イデアル論等)
などいますけれども・・・有名かと聞かれると困ってしまいますね.

参考URL:http://homepage2.nifty.com/tsukaken/ pro.tsukahara/works/botsugenko2.htm
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/05/01 00:27

確かに女性で誰もが知っているような数学者は? と思うとあまりピンときませんね。


それでも「素顔の数学者たち」という書籍には、何名かの女性数学者が紹介されています。

参考URL:http://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN4-7853-1538 …
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
(我が)日本を含め、3人しか、いませんねぇ・・。
最後に「遠山 啓」先生のお名前が…(笑)

どうもありがとうございました。

お礼日時:2005/04/29 00:05

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Q数学の得意な人・数学の天才にお聞きしたい

私は数学が嫌いというかセンスがないのでどう比べてもわからないのでお聞きしたいのですが、数学オリンピックに出題される問題のレベルと、例えば東大・京大等の理系のトップ校で出題される数学の問題のレベルはどうなんでしょうか。
(1)大まかに言ってどちらが難しいか。
(2)前者で満点を取れる人が後者で満点が取れる確率とその逆の確率はどんな
   ものか。
(3)どっちでいい成績を残す方が将来的に数学者として伸びるか。
(4)それらに対するには数学の勉強方法はかなり異なるか。
「東大理3」とかいった本を読んでいると「数学すきでオリンピックでたけど、数学でメシを食っていくには受験数学とは違った才能がないと・・・」とかいった感想がたまに見られますが。 また、ピーター・フランケルとか秋山仁なんて人は、大学入試問題はどれでもサラサラとこけてしまうんでしょうか。数学オンチの好奇心です。

Aベストアンサー

東大入試の数学は普通の進学校の採用している程度の数学の教科書に従って勉強している人が対象なので、それらに従って十分理解を深めていれば問題なく合格点がとれます(満点を狙うとなるとちょっと違った次元になりそうですが)。京大は若干ひねった問題が出る確率が高いというイメージがありますがよく知りません。
一方で数学オリンピックの問題は数学の好きな人が、数学を目的に普段からの鍛練(?)をしていないとなかなか高得点にはいけそうにないと昔問題を見た時は思いました。
多分、東大理系の人に数学オリンピックの問題を解かせても多くの人はまともな点数にならないと思います。逆に数学オリンピックで高得点をとった人が普通に大学入試の勉強をして、東大入試の数学で合格点に及ばないと言う事はほとんどないと思います。そういった意味で数学オリンピックの方が難しいだろうと思います。

ちなみに私の知り合いで数学オリンピックの合宿にまでいったというなかなかに凄いやつがいましたが、大学に入ってからあんまし勉強してなかったので数学で結構ひどい成績をとってました。十分勉強してればやっぱり凄かったのかも知れませんが、もしかすると数学オリンピックでは若干求められている方向性が違うのかも知れません。

ピーターフランクルはちょっと分かりませんが、秋山仁は受験生向けの講座とかもよくTVなんかでやってますよね。大学入試の問題は結構パターン化されているので、そういう人は入試問題についてはほとんどの問題をスラスラと解くと思います。

一方、数学オリンピックが初めて話題になったころ、東大だか京大だかの数学科の教授達がインタビューを受けていましたが、「あの問題解けますか?」の問いに「まず解くことはできる。ただ、制限時間をつけられると間に合うかは分からない。」といった感じの答えで笑ってました。

ちょっと漠然とした回答になってしまいましたが、御参考までに。

東大入試の数学は普通の進学校の採用している程度の数学の教科書に従って勉強している人が対象なので、それらに従って十分理解を深めていれば問題なく合格点がとれます(満点を狙うとなるとちょっと違った次元になりそうですが)。京大は若干ひねった問題が出る確率が高いというイメージがありますがよく知りません。
一方で数学オリンピックの問題は数学の好きな人が、数学を目的に普段からの鍛練(?)をしていないとなかなか高得点にはいけそうにないと昔問題を見た時は思いました。
多分、東大理系の人に数...続きを読む

Qお米1合はご飯何グラムですか?

お米1合(150g)は炊きあがり後の「ご飯」になった時は大体何グラムでしょうか?
また、炊飯ジャーなどで、容量6L等とありますが、このリットルはどの状態の事を差すのでしょうか?(米?ご飯?、容積?)

Aベストアンサー

一合150gのたきあがりは約300gです。ちなみにお茶碗一杯150gおにぎり一個100gすし一貫20gカレー一人前300g弁当一個220gが標準です。

Q東京芸術大学ってそんなに凄いんですか?

中学校の美術の教師が東京芸術大学芸術学部美術学科卒業でした。授業中「俺は東大よりも難しい大学を出てる」とよく自慢していました。中学生の時はその意味が分かりませんでしたが、大学受験の時、その意味は分かりました。ただその先生のことは本当に嫌いでした。そんな凄い大学出てても所詮は中学校教師。何が凄いのか分かりません。東京芸術大学でた人はどんなところで働くんでしょう?官僚になるわけでもなく、大手企業に行くわけでもなく・・・。いったい何をしてるんでしょうか?

Aベストアンサー

あてにならないウィキペディア情報ですが、出た人はだいたい以下のような仕事をしているようです。職業によっては、成功すれば、はぶりがよくなるでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E8%8A%B8%E8%A1%93%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%89%A9%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E4.B8.BB.E3.81.AA.E5.8D.92.E6.A5.AD.E7.94.9F

ただし、東京芸大の、それも大学院卒の俳優である伊勢谷友介さんがテレビでおっしゃっていたと記憶していますが、東京芸大は貧乏人を算出する大学だそうです。つまり、極めて優秀な芸術家を輩出する大学なわけですが、そもそも芸術家は芸術を生み出す人なわけで、お金を生み出す人ではないので、お金儲けにはつながらないのです。

「難しい大学を出る=安定した生活を送る」という理論に基づいて考えれば、芸大は「難しい大学」ということには確かにならないかもしれません。でも大学は本来、学問をするところです。そして東京芸大が、人の心や感覚をゆさぶるような優れた芸術を生み出すための優秀な教育を施してくれるのは事実です。東京大学法学部を出ても優秀な芸術家にはなれませんが、東京芸大を出れば優秀な芸術家になれる可能性が極めて高いのです。そして、あくまでも芸術家として優秀なだけであって、優秀な教師を育てる大学ではありませんので、中学教師として劣っていたとしても、まったく不思議ではありません。

ちなみに、私の中学時代の美術の先生は、当時、現役の東京芸大院生でしたが、実践的なことと芸術的なことの両方を楽しく学べる工夫をしてくださった、人としてもすばらしい愉快な先生で私は大好きでした。今は東京芸大以外の芸術系の大学などで教えながら、たまに展覧会を開いておられるようで、作風は変わりましたが、当時と同じジャンルの芸術を生み続けておられるようです。

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ただし、東京芸大の、それも大学院卒の俳優である伊勢谷友介さんがテレビでおっしゃっていたと記憶していますが、東京芸大は貧乏人を算出する大学だそうです。つまり...続きを読む

Qプロ棋士(男)と女流棋士のレベル差はどの程度・・?

プロには男と女が分かれていますが、私の感覚的には特別体力勝負をするわけでもないし、男女平等や均等法などが叫ばれている今日、将棋界も一本化なっても良いのでは?と考えたりします。

実際のところ今の男と女流とでは、レベルがかなり違い過ぎるのでしょうか?(例えば女流タイトル保持者であれば、男の方でいけばどの辺のクラスか?)

それと、古いしきたりとかで、男と女は一局交えてはいけない決まりでもあるのでしょうか?
どなたか将棋歴史等に詳しい方、教えて下さい!!

Aベストアンサー

男性と女性とでは棋力に差があるなどといわれますが、実際のところ差がつく理由ははっきりとはわかっていません。
脳の構造が男性と女性とでは異なるという説もありますし、将棋人口の男女比の差が棋力の差に直結していることも考えられます。

女流トップの棋力は奨励会初段レベルといわれています。奨励会初段レベルの実力なのになぜ男性プロに勝てるのだと思われるかもしれませんが、実際研究会などの場では男性プロも奨励会初段程度に相当数取りこぼしているの
ではないかと思われます。逆に言えばそれほど最近の奨励会のレベルの向上は目覚しく、プロの中堅をあっさり倒せるレベルの奨励会員が数多くなっていることの現れと言うことができると思います。そんなレベルの高い初段と女流トップが同レベルなのですから、実力的にはそう悲観するべきレベルではないと思います。中井、清水に限って言えば10回やれば2、3回勝てるレベルにはあると思います。

しかし中井、清水とそれ以外の女流とでは歴然たる格差が存在し、それらのレベルの低さが女流は弱い、女性は男性より劣っていると叫ばれる一因ではないかと思います。
実際中井、清水を除いた一般的な女流のレベルはアマ3段から4段程度で、アマチュアの少々強い方ならば勝負になる程度の棋力です。この一般的な女流棋士のレベルの底辺を底上げしていかないことには男性との差は埋まらないのではないかと思います。

なお、現在女性の最高位は関西奨励会の岩根忍さんで、1級です。

男性と女性とでは棋力に差があるなどといわれますが、実際のところ差がつく理由ははっきりとはわかっていません。
脳の構造が男性と女性とでは異なるという説もありますし、将棋人口の男女比の差が棋力の差に直結していることも考えられます。

女流トップの棋力は奨励会初段レベルといわれています。奨励会初段レベルの実力なのになぜ男性プロに勝てるのだと思われるかもしれませんが、実際研究会などの場では男性プロも奨励会初段程度に相当数取りこぼしているの
ではないかと思われます。逆に言えばそれほ...続きを読む

Q四次元というのはどんな世界ですか?

そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?
三次元の世界とは縦横高さのある空間の世界だと思います。
これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?
我々の世界にも時間があるので、四次元といってもいいのでしょうか?
それとも四次元とは時間とは無関係の世界なのでしょうか?
あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタインでした。
 彼は、リーマンという数学者が作った、
曲がった空間の幾何学(現在リーマン
幾何学と呼ばれています)を使い、4次元の
空間が歪むという状態と、重力や光の運動を
あわせて説明したんです。これが相対性理論。

>これに時間の概念を足せば四次元になるのでしょうか?

 物理学的にはそうです。

 相対性理論の話に関連付けて説明するとこんな感じです。
例えば、下敷きの板のような平面的なもの(数学的には
これを2次元空間と言ったりします)を曲げると
いう動作を考えてみて下さい。下敷きに絵が書いて
あったとして、曲げながらそれを真上から見て
いると、絵は歪んで見えます。平面的に見て
いても下敷きという2次元空間が歪んでいる
ことが感じ取れます。
 2次元的(縦と横しかない)な存在である下敷きが
歪むには、それ以外の方向(この場合だと高さ方向
ですが)が必要です。

 19世紀に、電気や磁気の研究をしていた学者たちが、
今は小学校でもやる砂鉄の実験(紙の上に砂鉄をばら撒いて
下から磁石をあてると、砂鉄が模様を描くというやつです)
を電磁石でやっていたときに、これは空間の歪みが
原因ではないかと直感したんです。
 電磁石の強さを変えると、砂鉄の模様が変化します。
これを砂鉄が動いたと考えず、砂鉄が存在して
いる空間の歪みが変化したのでは?と考えたんです。

 3次元の空間がもう1つ別な方向に曲がる。
その方向とは時間という方向だということを
証明したのが、相対性理論だったんです。


>あるいは時間と空間を自由に行き来できるのが四次元なのでしょうか?

 4つ目の方向である時間は、存在していても
その方向に、人間が自由には移動する方法は
現在ありません。時間方向を自由に動ける機械と
いうのは、タイムマシーンのことなんですが。

 日常生活を考えてみたとき、縦、横といった
方向は割りと自由に動けます。1時間ちょっと
歩けば4kmくらい楽に移動できますが、
道路の真中で、ここから高さ方向に
4km移動しろと言われたら、人力だけでは
まず無理でしょう。
 飛行機やロケットといった道具が必要と
なります。
 時間方向というのは、このように存在していても
現在のところ自由に移動できない方向なんです。

 例えば、人間がエレベーターの床のような
平面的な世界に生きているとしましょう。

 この場合、高さ方向を時間と考えて下さい。

 エレベーターは勝手に下降しているんです。
この状態が、人間の運動と関係なく、時間が
経過していく仕組みです。

 人間もほんの少し、ジャンプして高さ
方向の移動に変化をつけることができます。

 同様に時間もほんの少しなら変化をつける
ことができます。

 エレベーターの中で、ジャンプすると
ほんの少し下降を遅らせることができる
ように、時間もほんの少し遅らせることは
できるんです。




 

>そもそも我々の住んでいる世界は三次元ですか、四次元ですか?

4次元であると考えると都合がいいというのが
現段階の結論です。

 100年ほど前、スイスのチューリッヒ工科大学
のミンコフスキー教授が物理学的な4次元の理論というのを
考えました。物理的な計算をするのに、縦、横、高さ
方向以外にもう1つ方向があるとして計算すると
うまく計算できることがあるというもので、
彼の教え子の一人が、4次元時空の理論と
して有名な相対性理論を完成させた、アルバート・
アインシュタイン...続きを読む

Q哲学科に進学したことをとても後悔している

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すのを聞かされるだけで、こんなことなら、法学部にでも行って、
趣味で哲学書を読んでいた方が、よっぽどマシだったのではないか
と今になって気づきました。

そして、哲学科であると言うと、周囲に奇異な目で見られることが頻繁にあり、(たとえば、文学部で英文学を専攻しているというのと、哲学を専攻しているというのでは、明らかに相手の反応が異なる。)
それが原因で、元々内向的だった性格が更に内向的になり、
情緒不安定な状態になっています。

哲学専攻の同級生は、哲学研究者を志望するとても勉強熱心な優等生タイプと、哲学は単位を取るのに必要なだけ手際よく勉強し、一流企業への就活にエネルギーを費やすタイプに二極化しています。しかし、
自分はそのどちらでもなく、いたずらに無為な日々を送っています。

このまま大学を卒業して、「哲学科卒という十字架」を一生背負って生きていくことに底知れぬ不安を感じます。このまま文学部哲学科を卒業するべきなのか、疑問を感じています。中退や編入も真剣に考慮し、某旧帝大の経済学部の編入試験に合格したのですが、なぜか、入学辞退してしまいました。

現在、自分は4年生で卒業間際ですが(就活はしなかったので、
内定は得られず、卒業後の進路は未定です)
自分が今選択に悩んでいるのは、
一このまま哲学科を卒業する
二今からでも、哲学科卒という経歴を回避するために卒業せずに、
他大学他学部への編入を再び目指す、あるいは中退してしまう
という選択をどうするべきかということです。

勿論、以上のような悩みは神経症・強迫症的な悩みであり、
自分の精神的未熟さや弱さが基底にあることは自覚しています。
また、大学で哲学を専攻すると決定したのは、自分自身であり、
誰に強制されたわけでもありません。

それゆえ、自分の悩みが嘲笑とともに、黙殺されるのも覚悟しています。だが、自分にとっては、非常に深刻な問題で、日々、過去の進路選択への激しい後悔と、将来に対する不安に、押し潰されそうなのです。

自分自身で色々考えていても、思考が堂々巡りをして、
突破口を見出せない状態が続いております。
そこで、皆様から、多角的な視点からのアドバイスを頂ければ、
幸いです。何卒、よろしくお願い致します。

私は、現在、大学で哲学を専攻しています。
大学の哲学科に入学する前は、哲学が好きだったのですが、
大学の哲学科に在籍する内に、日本における哲学に対するネガティブなイメージに押しつぶされ、自分が哲学科の学生であることに強いコンプレックスを感じるようになり、哲学に対する意欲を失ってしまいました。また、大学の哲学科のカリキュラムも(一応、世間的には一流大学と評価されています)ひたすら語学の学習ばかりをやらされ、
肝心の哲学の授業は、教授がぼそぼそと聞き取りづらい声で、
話すの...続きを読む

Aベストアンサー

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくらいに思うしかないと思います。
できれば、偏見の目で見られているからこそ、発奮していい就職をしてやるぞ、
と思いきることができればよいのですが。
哲学科の友人がそうでした。

日常生活であれば、てきとうに切り返す方法を身につけるしかありません。
そういう場面での偏見は、抑圧ど同時に促進になったりもするので、
かえってそういった偏見を生かしてうまくキャラづけするか、
うまくそういう話題にはまらないように言動を調整していけばよいと思います。
仲のいい友達からそう思われているのであれば、
コミュニケーション上の振りだと考えていけばよいのでは。
そこまでするような相手でなければ、話すことを避けるか、
無視すればよいと思います。
無視できないのであれば、それは、耳に飛びこんできた自分への評価を、
すべて自分のなかに位置づけていかないと、
と強迫的に思っているのかもしれません。
ときには、評価を無視することも大事だ、
と意識して自分に言い聞かせるようにしないと、切りがありません。
自分にたいする肯定的な評価、否定的な評価のどちらについても、
正当として受けいれなければならないもの、
不当として拒否し、正さねばならないものに加えて、
正当だろうが不当だろうがどうでもいいものがあります。
その辺りを選別していければ、だいぶ気が楽になるのではないでしょうか。

カリキュラムについて。
哲学の本を読むと、その語学力に舌を巻きます。
日本語で読んでさえ複雑な論理で書かれていて難しいのに、
それを英語だけでなく、フランス語やドイツ語で学んでいるわけで。
専門家になれば、ただ正確に読めればよいというわけではなく、
限られた時間で正確に読み解くことが求められるのでは。
語学の学習があるというのは、
本来なら個人で訓練してもおかしくないところを、
わざわざ教員がつく上に単位が出るのだから、むしろ贅沢な話では。
……という感じで、各授業に意味を見出せばよいと思います。
この語学の講義では、これを目標にする、のように。
予習も、ただ読むのではなく、短時間で読みきれるように練習するなど。
そうでないと、語学が多いのは辛いかもしれません。

ただ哲学書を読むだけなら、ほかの学部でもできると思いますし、
がんばれば今年出た現在の哲学者の論文を読むこともできます。
しかし、その論文の生の評価、いまの雰囲気といったものを知るには、
やはり哲学科に在籍しないと無理なのではないかと思ったりもします。
部外者として哲学をかじっていたほうが楽しいのは当たり前で、
研究者になるための訓練としては面倒なことのほうが多いだろうと思います。
加えて、教員にやる気がなかったりすると、
学生のほうも面倒なことをやる気さえ起きないかもしれません。
ただやはり、質問者さんについては、部外者ではなく哲学科で学ぶメリットに
まったく目を向けていないところが気になりました。
哲学科に在籍していなければ、もっと後悔しているかもしれません
(どちらのほうが後悔することになるかはわかりませんが)。

いずれにしても、後悔先に立たずということで、
まずいまの自分の立場を肯定するところから始めてみては。
メリットを最大化し、デメリットを最小化する方向に努力するしかありません。

どのような「ネガティブなイメージ」でしょうか。
アカデミックな場面でもたれているイメージと、
世間一般でもたれているイメージでは、ちがうような気がします。

世間一般のほうですが、就活で困るというのは深刻です。
が、哲学科でも、学部卒のことなら、それほど気にしなくてもよいのでは。
修士や博士卒なら、偏見の目で見られても仕方ありませんが、
それは哲学科だけに限られることではないでしょう。
学部卒でそこまで偏見の目で見るのは明らかにおかしいので、
運の悪い面接官に当たったくら...続きを読む

Q博士号はバカでもとれる?

某私大の准教授(東大、理博)が言うには、
「理系の場合、博士号はバカでもとれる。京大より東大のほうがとりやすい。」らしいです。
僕はこの人が大げさに言っているのはわかりますが、本当にバカでも取れるのでしょうか?末は博士か大臣かといわれるほど難しいと思っていましたが、現代では簡単に取れるのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

今現在は、No.11のご回答にもあるように
コースドクター、つまり大学院に在籍していないと
博士号が取れないようになったので、少し事情が
違ってきていますが、教授に論文を出せばいいという
ペーパードクターが認められていたときにはかなり
酷かったです。

>「理系の場合、

 日本は特に、工学系の博士号取得者が多いのですが、
この殆どはメーカー務めの人たちです。大学院での研究なら
日々の研究を教授を含め研究室の人たちが何かしら見て、知って
いますが、メーカーでの研究など、どうゆう役割分担でやって
いるかなど、大学の教授が知ることなどできるはずがない
わけです。
 優秀な人に研究をやってもらって、その内容を
まとめさせ、自分の名前を書いて提出すればそれで
博士号を取ることができるわけです。
 教授のほうも、資金援助などの面でメーカーにお世話になる
ことも少なくないので、「この研究、あなたが本当にやった
んですか?」なんて追求しないわけです。
 口頭での説明など、実際に研究なんかしてなくても
研究した人に詳しく聞けば、誰でもできます。

 No.9のご回答に
>バカが博士号取ったとして、その後どうするのでしょう?
 というにがありますが、博士号という名前だけ欲しい人など
掃いて捨てるほどいます。特に日本の場合、年功序列という制度が
長く続いたため、大した能力も業績もないのに、大手メーカーの
管理職やら役員という人たちが沢山いるわけです。
 見栄だけは人並み以上にあるので、博士号だけ東大で
取るという、いわゆる学歴ロンダリングというのが横行し、
これが海外でも有名になったんです。

>京大より東大のほうがとりやすい。」らしいです。

 東大のほうが企業との結びつきが強いのと、
メーカーの研究に直結しやすい工学系の
研究、そういった方面の教授が多いから
結果的に東大のほうが学歴ロンダリングに
利用されやすいということです。

 ですから、博士号でも文系の場合は事情が全然
違うんです。

 
 だいたい修士課程まで研究したら、博士号取得のための
課題もその分野のもので、それをよく理解してくれているのは
研究室の先生なんですから、少なくても日本の場合、
大学院が東大じゃないのに、博士号だけ東大なんて
いうのはちょっとおかしいんですよ。全部が全部とは
言いませんが。
 でもそうゆう学歴の人って、メーカーには沢山
いるんですよねー。

 それかNo.10のご回答に
>「大学院に入れた人なら」というのが最低基準で、

 というにがありますが、基準の緩和というのが行なわれて、
大学卒業と同等と認められるなら、大学院に入学を
許可してもいいということになっていて、その基準の
具体的内容は大学院まかせなんです。
 ですから高卒のサラリーマンでも、実社会での
仕事の成果を認めるとかして、大学院入学を許可し、
働きながら大学院の夜間に通ったなんてことにすれば
博士号取得ができます。

 かつては、大学院の設置基準そのものが厳しかったので、
先生の何割以上が博士号取得者であることなんていうのがあった
のですが、今はそれもなくなりました。

 法科大学院の設置時など、博士号など持っていないものの
実務経験豊富な弁護士さんなどの多くが大学院の教壇に
立てるようになるなどの利点もあったのですが、
極論を言えば、金さえあれば大学院が設置できて、
基準があればだれでも大学院に入学させ、学位も持って
いない人でも学位認定ができるというのが現状なんです。

 学位の名前だけ欲しいという人、つまり需要は
沢山ありますし、授業料を取れれば大学院の
経営としては問題ないわけです。

>現代では簡単に取れるのでしょうか?教えてください

 金とほんの少しの社会的地位があるというのが前提に
なるとは思いますが。

 




 

今現在は、No.11のご回答にもあるように
コースドクター、つまり大学院に在籍していないと
博士号が取れないようになったので、少し事情が
違ってきていますが、教授に論文を出せばいいという
ペーパードクターが認められていたときにはかなり
酷かったです。

>「理系の場合、

 日本は特に、工学系の博士号取得者が多いのですが、
この殆どはメーカー務めの人たちです。大学院での研究なら
日々の研究を教授を含め研究室の人たちが何かしら見て、知って
いますが、メーカーでの研究など、ど...続きを読む

Q旧帝大ってどんくらいすごいですか?

旧帝大ってどんくらいすごいですか?
私の祖母はめっちゃ旧帝大信者です
姉が私立大なのですが 実家帰るたび嫌味を言われていてかわいそうです
信者はうちの祖母の世代に限るんでしょうか?
皆さんは「旧帝卒」って聞くとどう感じますか?
教えて下さい

Aベストアンサー

国立大の話をすると、各県に教育学部と医学部が必ずあります。学校の先生とお医者さんは、各県に必ずいる大切な職業で、しかも高等な教育が必要だから、地元に養成機関を作ったんですね。また、ほとんどの県で、工学部か農学部、希に水産学部があります。これも地元の産業を担う人材を育てたい、ということですね。
旧帝大は、これら各県の枠では収まらない優秀な人材を集めて地元の産業の枠を超えた、国として産業や学問を発展させよう、という研究機関となります。北海道、東北、関東、中部、近畿、九州の各地方(なぜか中四国にはないんですよね)にあります。
特徴としては総合大学として、文学部、商学部、法学部、理学部、工学部が必ずあり、各分野の進歩を担う人材の育成を目的としています。
要は、「研究者」つまり「学者」を養成することが大きな目的です。

対して私立大の両雄、早稲田、慶応の例で書くと、これらは、社会に実際に役立つ人材を広く育成することが目的で、「実学」(実際の社会活動に役立つ学問)を教えることが主になります。
たとえば、建築の話ですると、
旧帝大は建築学の権威を育てたいと考え、私立大は優秀な建築家を育てたい、と考えているわけです。

ここでのポイントは、学者さんと技師さんとで、どちらを尊敬するか、ということですね。
昔は多くの人は中学にも行かずに職人や商売人になりました。職人は技師と同じ職場にいますし、経営者も商売人と直接関わる間柄になりますよね。技師さんや経営者さんは大学を出ていても身近な存在なんです。大学を出たばかりの設計技師さんよりも、現場で腕を磨いた頭領の方が優秀なことも多かったでしょう。
でも、身近に学者さんはいなかったでしょう。

で、回答になりますが、「旧帝大卒」と私が聞いた場合、研究者になるための一通りの作法を学んだ人だ、という認識を持ちます。実際に研究者になっていなくても、学んだ、つまりそういう考え方を習ったというところがキーになります。お茶の師匠になっていなくても、その作法を習った人は、茶道とは、というところを知っているだろう、というのと同じです。

これ、言い換えると、「私大卒」と私が聞いた場合、社会に実践的に役立ついろいろなことを知っている、身についている、と思います。

上下がある話ではなく、社会に貢献するやり方の違い、だという認識です。

国立大の話をすると、各県に教育学部と医学部が必ずあります。学校の先生とお医者さんは、各県に必ずいる大切な職業で、しかも高等な教育が必要だから、地元に養成機関を作ったんですね。また、ほとんどの県で、工学部か農学部、希に水産学部があります。これも地元の産業を担う人材を育てたい、ということですね。
旧帝大は、これら各県の枠では収まらない優秀な人材を集めて地元の産業の枠を超えた、国として産業や学問を発展させよう、という研究機関となります。北海道、東北、関東、中部、近畿、九州の各地...続きを読む

Q一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?

一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?


歴史的にみると昔は一夫多妻の制度はありましたが、今は普通にそのようなことを望む人はいないからですか?

Aベストアンサー

まずは一夫多妻の合理性を述べましょう。

一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かったこと
昔の平均年齢は二十歳を超えていません。多く生まれ多く死んでいくわけです。そして何時、病気にかかり夫が死んでもおかしくは無いわけです。
そんな世界では一生を共に添い遂げる可能性など寧ろ低いのです。


一人残された女性はどうなるでしょうか?差別や現金収入を得にくい環境で晒されながら子供を育て、働いていく人もいるかもしれませんが、飢え死にしたりする者も多かったのです。

一夫多妻制では、一人の有力な男に性関係と家事という労働と引き換えに養ってもらうことができます。

さらに女性にとって家事を分担できるため非常に楽です。
とても家事の巧い女性がいた時、第一夫人からの推薦で第ニ夫人、第三夫人を招き入れることもあるようです。



本題に入りましょうか。

日本のように明日の飯に困ることもなく、病原菌にあふれてもいない国で、
砂漠国家のように驚異的自然に囲まれており炎天下に放り出されれば間違いなく死ぬという事もない国
明日、獣に襲われたり、隣町との抗争に巻き込まれて死ぬ可能性のないよう文明が進んできた国々

そのような国では女性が一人でも生きていけるので男性に無理に付き従うことがなく、自然に権利も大きくなっていき一夫一妻になって行くわけです。

つまり現代日本では一夫多妻は
社会的に必要とされていないし合理性も無い。


一夫一妻の国々では未亡人を「キズモノ」とか「純潔が既に無い」とかそういう扱いになってしまいますね。残念なことに。


ちなみに日本は大昔は自然に恵まれ人口が500万人程度であれば田畑など耕さなくても野山に行き芋や山菜や果実をとって生きていけたわけです。

そのような国々では女が定住地として家を持ち男は蝶のように自由に飛び回っているという母系国家が形成され、子供は女性が養うもの、財産も女性に付くものでした。結婚と言う取り決めは無く。
彼氏、彼女位の恋愛関係ですね。しかし今のように町にデートに行くような関係ではありません。

女性は多くの男性と関係を持ち、男は種を付けに夜這いに来るわけです。
短歌や笛などを吹いて女の家に入ってもよいか確認をとる時に読まれるような句が今でも教科書に載ってますね。あれは短歌集というと堅苦しいですが、口説き文句集といっても過言ではないもので昔の人々はセックスをするために一生懸命短歌を勉強したわけです。

日本では廃れましたが国によっては現代でもそういう文化は残っています。


一夫一妻は現代の貞操観念を強調した宗教感によるものでもあります。
それを気にしすぎて逆に心を痛めてしまうこともありますし、一長一短ですね。
南米のある部族ではセックスは特定の相手を決めるものではなくスポーツ感覚で楽しむものであり。子供は村全体で養うものという考え方があったようですがキリスト教が入りこみ貞操観念が付いてからはなくなってしまったようです


セックスと結婚の形態はその国々の事情にあっているという事です。
脱線が過ぎましたね。そういう事です。

まずは一夫多妻の合理性を述べましょう。

一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かっ...続きを読む

Q男性には天才が多い?羨ましいです

専門家や偉人に男が多いのは何故でしょうか?


偏見などではなく、本当に昔からの疑問です。


有名な科学者や画家、また、テレビなどで取り上げられているスゴ技(ギネス記録など)の持ち主はだいたい男性です。

私の住んでいる県の高校も、偏差値が一番高いのは男子校です。


私は女ですが、男性が羨ましく思えます…。


私も誰にも負けたくない分野はありますが、周りの男性の方が知識力が上だったりします。


何度も言いますが偏見ではないです。

女性は男性にかなわないのでしょうか…?(女性の方すみません…)

Aベストアンサー

男女の違いですが、現在では次のことが
判明しています。

○三次元空間認知能力は男が優れているが
 二次元空間については性差無し
○言語能力は女性が優れている。
○攻撃性、冒険性は男が優れている。
○他者理解は女性が優れている。
○抽象的思考能力は男が上。

古今東西、男に英雄が多いのは、この中で攻撃性、
冒険性が優れていることに起因していると
思われます。
なぜ、攻撃性冒険性かといえば、肉体的
差異に基づく訳です。

偏差値が高い、てのは抽象的思考能力と
関係があると思われます。


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