以前、「扇よ おまえは扇なのだから」と続いていく詩を読んだことがあるのですが、誰の詩であったか不明になってしまいました。
堀辰雄周辺の文学者じゃなかったかと思いますが、うろ覚えです。

もし、ご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてください。
よろしくお願いいたします。

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A 回答 (2件)

おそらくこの詩ではないでしょうか。





「魂よ」   堀口大學

魂よ
お前は扇なのだから
そして夏はもう過ぎたのだから
片隅のお前の席へ戻つておいで



 これは冒頭の一節ですが、長くなるのでこの辺で。私の手元にあるのは『現代詩文庫 1019 堀口大學詩集』(思潮社、1980年)ですが、それによると元々は『人間の歌』という詩集に収められたもののようです。

 丸谷才一の評論集『みみづくの夢』(中央公論社、1985年)の中に「扇よお前は魂なのだから」というタイトルの堀口大學論があります。

 的はずれだったらごめんなさい。
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この回答へのお礼

堀口大学だったんですね! 結構長い間、静かに気になっていたので、はっきりと教えていただき嬉しいです。(ちょっと著作権にふれたみたいですね。私も以前失敗してしまいました。お互い気をつけましょう…)

本当にありがとうございました!

お礼日時:2001/09/25 09:37

扇は置かれていたんだ。


だれが見たって扇とは見えないぜ・・・
扇よ、扇の神はね、もう、おまいさんから、おさらばして、
どこかへ行っちまったさ・・・

という詩なら知っていますが?
ちなみにこの詩のタイトルは「扇」です。
これとは違うかな?全く自信ないです。
ちなみにこの詩の作者は
藤井貞和(詩人・日本文学研究者)です。
i-iunkieさんの探しているものと違っていたらごめんなさいね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私も「詩 扇」で検索して、藤井さんの詩には辿り着いたのですけれど、違いました。「扇よ」という詩の情報、ネット上にはないのかもしれません。とりあえず、詩のデータベースを探してみようと思います。
また情報がありましたら、よろしくお願いいたしますね。

お礼日時:2001/09/20 09:52

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おそらく「風立ちぬ いざ 生きめやも」の部分だったと思うのですが、どう言う意味なのでしょうか?
大体「生きる」を意味するとは思うのですが。

*別に投げ出して質問している訳ではありません。
 自分なりに少しは解釈しています。
 皆様のご協力を本当にお願い致します。

Aベストアンサー

「生きめやも」=め→意思助動詞のむ、やも→反語の助詞
「さあ 生きようか、生きまいか」という意味ですね。

節子だけではなく私も生き続けることに不安がある。さあどうしよう? というような意味ではないかと思います。ただし、「いざ」という語感により「生きていくぞ」という意思も感じられないわけではありません。

全体とのつながりは、

・婚約当初の庭、節子「私、なんだか急に生きたくなったのね…」と言って「あなたのお陰で」と付け足す。

・サナトリウムで、私「…私がそれをこの女と供にしているからなのだ、、といふことを私は確信していられた。」

・最後、冬のK村、私は「鎮魂歌」を読みながら、こんな寂しいところにいられるのも「みんなお前のお陰だ」と考える。

以上、これらのことから、節子の生前はささえあっていた。しかし、私は節子の死後も節子の愛に支えられている。風の中で「生きめやも」と漠然とした意思は、いまやはっきりとわかったのだ。

というような感じですかね。

Q堀辰雄の『風たちぬ』

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ある教科書に堀辰雄の作品、『風立ちぬ』の紹介がありました。

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でも、古文を勉強したことがありませんので、文法的にはいまいちわからないのです。

『風立ちぬ』ってなぜ「立ちぬ」なのか、みたいなことまで知らないぐらい古文についてまったく知識がない私に、
その詩の意味を説明していただけませんか。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

堀辰雄の
「風立ちぬ、いざ生きめやも」の部分を説明すればよろしいのでしょうか? 

・風立つ: 風が出てきた。
「立つ」とは、その時に、風が一回だけ、さあっと通り過ぎたというものではなく、今まで静かだった辺り全体に、風が吹き始めたという感じです。

・(風立ち)ぬ: 完了・強意の助動詞終止形。
動詞が示す動き(ここは風立つ)が完了したことを示します。

ということで、「風立ちぬ」は「風が立った」とか「風が出てきた」などと考えればいいと思います。

・いざ: さあ、いよいよだ
「さあ、でかけよう」にくらべて「いざ、出発」と「いざ」を使うと強い意思を感じるようになります。

・(生き)め: この場合は意思の助動詞「む」の已然形
 意思:生きていこうか
 「可能」ととれば「生きることができるだろうか」になります。しかし、ここは意思でしょう。

・(生きめ)やも: 反語の助詞
「~か、いや~ではない」

ということで、「いざ生きめやも」は「さあ、生きていこうか、いや死のう」という意味になります。

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参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1600841

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「風立ちぬ、いざ生きめやも」の部分を説明すればよろしいのでしょうか? 

・風立つ: 風が出てきた。
「立つ」とは、その時に、風が一回だけ、さあっと通り過ぎたというものではなく、今まで静かだった辺り全体に、風が吹き始めたという感じです。

・(風立ち)ぬ: 完了・強意の助動詞終止形。
動詞が示す動き(ここは風立つ)が完了したことを示します。

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参考URL:http://web.kyoto-inet.or.jp/people/cozy-p/sikyo.html


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