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昭和時代は、例えば高校野球でガッツポーズしたら批判されて当然の社会だったと聞きました。  

それから、平成、令和時代になったら、

試合で負けて、あたり構わず大泣きして、試合進行を妨げる行為をしても、頑張ってきたからいいんだよーみたいな社会になってきました。

こういうのをパラダイムシフトというんですか。

A 回答 (5件)

昭和時代は、例えば高校野球でガッツポーズ


したら批判されて当然の社会だったと聞きました。  
 ↑
負けた相手のことを考えろ。
と、いうことです。



それから、平成、令和時代になったら、
試合で負けて、あたり構わず大泣きして、
試合進行を妨げる行為をしても、
頑張ってきたからいいんだよーみたいな社会になってきました。
 ↑
なってきましたね。
自分のことしか考え無いように
なってきました。

感情をあらわにするよりも、グッと
我慢する方が、感性が鋭敏になると
思います。
(新渡戸稲造 武士道)




こういうのをパラダイムシフトというんですか。
 ↑
それほど大げさなものか、という
感じはしますが、その一種と言えるかも。

常に相手のことを想う、というのが
日本人の特質でした。

欧米キリスト教文化圏では、神との
約束さえ守っていれば
他人のことなどどうでも良い、という
考えになる傾向があります。

そんな神がいない日本では
相手のことを想う、というのが倫理の
軸になっているのです。

その軸が壊れ始めたのかも知れません。
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この回答へのお礼

ありがとう

お礼日時:2024/08/03 08:57

戦後昭和時代の高野連会長は、3人しかいない。


基本的に死ぬまで会長をやり、80~90代までやっていた。会長を勇退したのは3人目で90を過ぎてからだった。

そして当時の高野連会長は、単なる名誉職ではなかった。天皇陛下のような権威を持った恐ろしい人物だった。

何か問題が起これば、いや、起きなくても、鶴の一声で若者の行動を一喝すれば、問答無用で高野連全体がそれに従っていた。

野球とは関係ない生徒が問題行動を起こせば、高校野球出場停止という不文律が長く続いたのも、この3人の長老会長が君臨していた時代だ。

昭和とは、そういう軍隊のような硬直化した組織がまだまだ残っていた時代であり、若者を中心にそういう硬直した組織との闘いが繰り広げられていた時代でもあった。
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この回答へのお礼

ありがとう

お礼日時:2024/08/03 08:57

隔世の感とか浦島太郎とかいうんです。


そもそもスポーツというものは、ローマ帝国の剣闘士と同じ下層市民向けの下品な見世物興行です。廃人を集めてクスリと暴力で調教した芸を見せる低俗な見世物小屋です。
剣闘士がクマやライオンと戦うのを見物人が喜んで観ていたように、男と女の殴り合いも立派なスポーツという見世物です。
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この回答へのお礼

ありがとう

お礼日時:2024/08/03 08:57

昭和の時代は、まだ軍のような武士道などの精神論が他のスポーツにも蔓延っていたわけで、喜怒哀楽を出すのは相手に失礼だという風潮が強かったです。



今は柔道のような武道を除けば、そういう考えはなくなっています。
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この回答へのお礼

ありがとう

お礼日時:2024/08/03 08:58

何の問題もありません



犯罪でもないし人が死ぬわけでもないです

批判なんてのは個人的意見ですから。今の方が批判は多いです。

問題というのは人が死ぬかけないボクシングの存在意義や多様性とか言って男が女をぶん殴るオリンピックの事でしょう
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この回答へのお礼

ありがとう

お礼日時:2024/08/03 08:58

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