自分の性格の人間関係に臆病なところとか、
どうでもいいときは強気なくせに、イザって時に自分の
意見が言えないところとか。大嫌いなんです。

ずっと治そうと思って努力はしてきたけど、
やっぱり表面的なところだけで、根本的なところは
治ってないなーって思います。
ハッキリもの言える人っていてますが、
そういう人って、なんか「努力して言ってる」ってカンジじゃなくて、
言いたいから言ってるって気がする。

こういうのって、「自分を変えよう」って努力するだけじゃ治らないんでしょうか?

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A 回答 (8件)

 わざわざ無理して変えなくちゃいけないことなのでしょうか?自分がはっきりものを言えないことで何か不利益をこうむっているから、そう思われるのでしょうね。


 でも、「はっきりもの言える人」ってよく見てください、その事でもっと損をしていることもあるんですよ。
友達が少ない、信頼されていない、恐がられて近づけない、などなど。
 実際、究極の選択!っていう時ありますよね。はっきり言うか、言わずにがまんするか。40になって私は、「自分」を変える努力なんてせずに、この2つの選択で乗り越えてきました。嫌なら言う、言わないなら我慢する。そう決めたら簡単なモンです。で、9割方は我慢するほうを最終的には選んでいます・・・だって、言えないもん!!
 言って(というより言い放って)しまうことは簡単ですが、言ってしまう自分に嫌気がさしてしまうだろうと思うからです。「すっとしたあ」なんてことはあんまりないものです。
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確かに性格の根本を変えるのは難しいことだと思います。


が、自分の意見を言うに関しては、確かに訓練が
できるのではないかと思います。
私自身もまだ受けていなくて、これから受けたいと思っていますが、
アサーショントレーニングという自己表現の訓練があります。
どうしても困っているというのならば、トレーニングを
受けてみてはいかがでしょうか。
日本精神技術研究所をはじめとして、いろんなところで
行われているようですので。
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色々な本を読んだり映画やドラマを見たりして、本や映画の人物を自分に置き換えて考えるのも自分を見直せて良いと思います。

知識と経験を積んでいけばそれなりに自分の意見や意思を持っていけるものです。若い内に自分の性格で悩むのは良いことだと思います。人に好かれようと思うより気持ちの良い人間になりたいと私は思っています。
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性格の根本を変えるのは難しいかもしれませんが、「自分の考えをはっきりと述べる」のはある意味訓練すればできるようになるものだと思います。


まず、自分の意見を自分なりにまとめて、発表する練習をしてみるとどうでしょうか?私は人前で意見するのが苦手でしたので、「文章を書く」ことで意見をまとめる練習をしました。少しずつではありますが、「自分の意見」を出せるようになってきたと思います。このような場所や掲示板などで、発言することも、結構な練習になってると思います。

ただ、「自分の意見を述べる」のと「言いたいことを言う」のとは少し違うと思います。意見を述べる以上は、それで誰かを傷つけたり、一方的な批判にならないようにしないと、「ただのわがままな人」と捉えられがちだからです。周りの人のことも考えながら発言できるようになると一番よいと思います。
「自分を変えよう」と努力している人は、周囲に必ずその努力が伝わります。いくらつたない言葉でも、「伝えよう」と言う気持ちがあれば、どんなに弁舌な人が述べる意見よりも説得力があったりします。その努力が自信につながり、はっきりと物を言えることにつながると思います。
でも、今の自分も「大嫌い」なんていわずに、努力している自分を好きになり、認めてあげてくださいね。自分では「マイナス」と思ってる面が逆に他人からは「プラス」として見えることもありますので・・・。
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こんにちは。



>どうでもいいときは強気なくせに、イザって時に自分の
>意見が言えないところとか。大嫌いなんです。

どうでもいい時だと、責任が生じないけど、
いざという時ってことは、自分にとって重大で、責任も大きいから、
簡単に強気な発言が出来ないんですよね。
それは、だれでも同じだと思います。
単に、重要なときにでも強気な発言が出来るくらいの実力を
つけておいて自信をつければいいことで、性格の問題では
ないのでは?と思います。

いざという時の内容にもよるだろうし。
その内容についてしっかりした自信と裏づけがあれば、
きちんとものを言えるだろうし、
自分の得意分野じゃないことであれば、意見しないだろうし。
だから、そのシチュエーションによっても変わってきますよね。
強気な人が、いつも強気だとは限らないです。

状態を、それでよしとする性格とこのままじゃいけないと思う性格
っていうのはあると思います。
このままじゃいけないと思っても、結局自信をつける努力をしない人は、
いやだけど大変な努力をするよりは、このままでいいと思っているのであって、
結局最初からそれでよしとしている人と、結果的に変わりないのでは?
本当に変わりたければ、それ相応の努力も出来ると思います。

>ずっと治そうと思って努力はしてきたけど、
>やっぱり表面的なところだけで、根本的なところは
>治ってないなーって思います。

これは、治っていないというより、ただそのように振舞っているだけなのでは?
努力の方向がちょっと違ってるのかな。

>ハッキリもの言える人っていてますが、
>そういう人って、なんか「努力して言ってる」ってカンジじゃなくて、
>言いたいから言ってるって気がする。

ハッキリものをいう努力は、必要ないですよ。なんの意味があるんでしょうか。
必要なのは、自分磨きの努力の方です。そしてある程度、自分に自信がついていくと、
自然とハッキリものを言えるようになると思いませんか。

性格という捉え方にもよりますけど、
のんびりやとかせっかちとか(あと、いろいろありますけど)
そういう、生まれ持ったようなことなら、変えるのはなかなか難しいと思いますが、
原因があるようなもの(今までに人間関係などで作られてきたものなど)は、
十分に克服できると思っています。

心理学は、過去に教職の必修で受けただけなので専門の知識はないですが、
素人の考えとして、少し生意気ですが初めてこのカテゴリーで回答してみました。
専門家の回答、私も興味があります。沢山寄せられるといいですね。
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私も昔は自分の言いたいことはいえず


友達などの意見には賛成することが多かったです。

ですがある時に自分の意見を言いたくなって言いました。
そしたら友達が反論してきたのですが
それから口論が面白いことに気付きました。

それ以来努力した覚えはないのですが
今では友達には変わったといわれ
確かに自分の言いたいことを言い過ぎってくらい言っています(笑)

やはり影響力のある友達と場数なんじゃないかと思います。
いつのまにかできなかった事ができるようになったとかそんな感じで。

たぶん最初っから誰にでもそういうこと言えるようになるのは
難しいでしょうから
まずは自分の意見をいいやすい人と話をたくさんしてはどうでしょう
自分の意見をどんどんいえるようになった時には

もうrinochanさんの理想の姿になってるのではないでしょうか
あまりがんばらずに楽しんでください
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私も,他人をうらやんだり,自分を卑下したり・・・,自分の性格がいやになったことがありました.そして,何とかこの性格を変えたいと思いましたが,具体的にどうすればよいか分からず,悶々としていました.



ある日,性格のことは深く考えず,先ず日常のちょっとした生活習慣から見直してみようと,ふと思いました.

そして,寝る前の歯磨きと,早起きを始めました.続けていくうちに不思議なことに,だんだん,自分の性格でなやんだり,ちょっとしたことを気にしなくなりました.規則正しい生活習慣をしたからでしょうか・・・.

参考になりましたでしょうか.
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こんにちは^^はじめまして。



僕もrinochanさんと同じように昔は臆病というか小心者で意見しなければならないときやイザって時にはしりごみしてしまい、周りに流されるばかりでした。

しかし僕もこのままではいけないと思い思い切って一度自分の意見をはっきり伝えました。
すると普通に周りにもその意見が聞き入れられその場は終わりました。

結局慣れというか場数ですね^^
はじめは意見するたびにしりごみもするでしょうけど、何度も場数を踏めば自然に自分の意見も伝えれるようになると思います。

今では言いたいことがあればなんでも言ってますよ^^
逆に言わなければよかったと思うときもあるほどです^^;

rinochanも一度勇気をだして間違っててもいいから考えてることを伝えてみてはどうでしょう?
「はじめの一歩」が肝心です^^
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正しく社会活動している方々はそれだけで社会貢献になりますのであえて口に出す事は無く、
もっと具体的に自分は社会をどうしたいか、そこまで大きくなくても自分の働きが誰かの役に立てるかと考えていますので
社会貢献とだけ漠然と言っている人は目的をもって努力し邁進する「癖」が無いように見えるのかもしれませんね。

もちろん全ての人がそうというわけではないので誤解なさらぬよう。

Q日本人は有利な状況だと何故、強気になるのか?

今に始まった事じゃないですが、先日、ある人と口論になって、私が優勢でした。しかし、違う人が助け舟に入ったら、その人は鬼の首を取ったかのように俄然、強気になり攻撃してくるようになりました。
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 どうして日本人ってこうなんでしょうか?

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こんにちは!
基本的に2:1で議論すれば数の多いほうが優勢になります。問題は有利になったときや不利になったときの国民性の問題だと思います。
日本は,一般的傾向として,付和雷同的に「熱しやすく,さめやすい」国民性があります。
その逆が,イギリスで,第2次世界大戦のときにドイツの空爆に耐えて士気が落ちなかった実績があります。七つの海を制した経験が国民性が影響しているのでしょう。
中国は曲線的な考えができる国で,「敵の敵は味方」とか負け戦を避けて再起を期すのような柔軟な発想があります。
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Q積極的の悪いところ、消極的の良いところについて。

今、卒業レポートで、積極的と消極的について書いているのですが、いきずまってるので、質問します、
積極的の短所、消極的の長所ってなんでしょうか??
積極的の長所に、消極的の短所については、辞書をひけば、のっているけど、短所については、乗ってないので、、、、お願いします。

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積極的:

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目立ちたがり
協調性がない
自己主張ばかりする
人の意見に耳を貸さない
自信過剰
しつこい
まわりが見えていない
図々しい
攻撃的
わがまま

消極的:

奥ゆかしい
ひかえめ
おしとやか
慎重
堅実
石橋を叩いて渡る
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平和主義
物静か


だめ?

Q上から目線とか見下すとか、が気になる人の性格を教えてください。

上から目線とか 見下すとか、
そんなことが気になる人って
どのような性格の人物なのでしょうか。
また、どのような生育環境から
そのような性格が生じると考えられますか。
お教えください。

Aベストアンサー

こんばんは。
興味深い話題でしたのでちょっと考えてみました。
ご質問の意図とはズレるかもしれませんが、
あっちこっちから眺めてみました。

1.見下す人について
2.見下されていると感じる人について
3.見下されることが気になる人について
4.「見下されていると感じること」が気になる人について


★まず、「見下す」「軽蔑する」「侮辱する」というのは非生産的な行為ですから
そのようなことをする本人が「自分の損得を考えて」「意図的に」しているとは思えません。
何か、本当に自分が求めているもの、したいこと、するべきこと、などの代償として、
方法を間違えて、やむを得ず、しているのではないかと思います。

★本当に求めているもの、というのは、おそらく
「承認」「肯定」「賞賛」、
「自分の存在には価値がある」という感覚
「自分は歓迎されている」という感覚、ではないかと思います。

★では、なぜこのような非生産的な方法を使わざるを得ないのか、というと、
このように「求める」ことを「いけないこと」だと思い込まざるを得なかった、あるいは、
「求めている」ことを「表現する」ことを「いけないこと」だと思い込まざるを得なかった、
ということになると思います。


★ここで少し「コンプレックス」について考えてみたいと思います。
自分が望ましくないと思って抑圧した感情は「コンプレックス」となって心に溜まります。
「コンプレックス」というのは「劣等感」だけではなく、
自分では意識していない心のなかの「わだかまり」「執着」のことをいいます。
ユングの精神分析学では、
「抑圧された感情や欲求は、他者の中に投影される」とされています。
つまり自分ではなく相手のほうがその感情を持っているように感じる、ということです。

たとえばこのような感じです。

ケース1:百合子ちゃんは薔薇子ちゃんを恐れています。
薔薇子ちゃんには話しかけることもできず、声をかけられそうになると逃げます。
でも百合子ちゃんは、自分が薔薇子ちゃんと仲良くなれないのは、
「薔薇子ちゃんがアタシのことを嫌ってるからよ。」と言うのです。
(この場合、アタシ実は薔薇子ちゃんが怖いの....と誰かに話せるとよいのでしょうね。)


★なぜこのようなことをお話ししたのかというと、
「見下されていると感じる人」は、たいてい、自分が「見下している」、あるいは
なんとかして「見下そうとしている」のではないかと思うからです。
「見下す」ことによって、人の価値を下げ、自分の価値を感じるために、です。
他人との差を重視する人の中には、にわか的な優越感に浸らざるをえない
「優越感コンプレックス」に陥って、周囲の誰よりも抜きん出ようとして、
異常なほどの努力をする人もいます。

★では、なぜ他者より優位に立とうとせざるを得ないのかというと、
過去に「劣位」であることを強要され、それが正しいと思い込まされつつ、
そのことを「理不尽」と名づけることもできずに、
「優位」の人に従ってきたからではないかと思います。
このような状態が長く続くと、
「優」でない者は「劣」であり、
「劣」にならないためには「優」にならなければならない、と考えるようになります。


★しかし、ある程度「優でありたい・優になりたい」と望むのは自然なことです。
アドラーは「人間であるということは、自分が劣等であると感じることである」と述べています。
劣等感を持つこと自体は、なんら害はなく、むしろ持っていて当たり前です。
しかし、劣等感を持つことに妙にこだわったり、
劣等感を素直に認めることができないと、
たとえば「怒り」などの別の武器に化けて他人や自分を傷つけることがあります。
これが「劣等感コンプレックス」です。



話があちこちに飛んでまとまりがなくてすみません。

まとめます。
見下されていると、いつも感じている人は、おそらく、
自分が他人を見下しがちな人、だと思います。

こんばんは。
興味深い話題でしたのでちょっと考えてみました。
ご質問の意図とはズレるかもしれませんが、
あっちこっちから眺めてみました。

1.見下す人について
2.見下されていると感じる人について
3.見下されることが気になる人について
4.「見下されていると感じること」が気になる人について


★まず、「見下す」「軽蔑する」「侮辱する」というのは非生産的な行為ですから
そのようなことをする本人が「自分の損得を考えて」「意図的に」しているとは思えません。
何か、本当に自分が求...続きを読む

Q顔と性格に関係はない、とある人に言われたのですが、本当にないのですか? 相貌心理学とか顔相〜だとか調

顔と性格に関係はない、とある人に言われたのですが、本当にないのですか?
相貌心理学とか顔相〜だとか調べればたくさん出てきますが、「関連性はない」と書かれているものはみたことがありません。

Aベストアンサー

> 「関連性はない」と書かれているものはみたことがありません。
★ 海とエベレストとに関連性はないと書かれているものを探すのは大変です。目つきと手先の器用さについて関連性はないと書かれているものを探すのも大変です。

> 相貌心理学とか顔相〜だとか調べればたくさん出てきますが、
★ 外見、体つき、顔貌、表情、目つきなどは、多くの人がまず注目する対象です。優しそう、誠実そう、内気そう、明るく朗らか、陰険・陰湿、きつそう、哀しそう、厳格で厳しそう、意欲的、無気力、理知的と顔貌をみて表現することも多いです。 相貌、顔つきを部位別にみたり、バランスでみたり、緊張度や硬軟、色合いでみたり、関心が寄せられるのも多いです。

> 性格に関係は
★ 性格ってなんのこっちゃ、、、 「性格」ってものに関心が高いのはわかるけれど、何が性格で、何が性格でないか、性格をどう区分できるか、一人の人間には一つの性格が帰属するのか、4つ5つと数種類の性格が帰属するのか。 体重や記憶は日々に変わるし、喜怒哀楽や活動性や気分、外向内向、イライラや優しさのような状態も、数ヶ月同じ状態が続くことはめずらしい。 性格を変える、性格が変わったという表現も多く使われる。 性格について、きちんと表現することは難しい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E6%A0%BC そんな曖昧なままでは、「性格と関係が(ある/ない)」を述べること自体に無理があるでしょう。

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https://www.jstage.jst.go.jp/article/fss/25/0/25_0_22/_pdf

> 「関連性はない」と書かれているものはみたことがありません。
★ 海とエベレストとに関連性はないと書かれているものを探すのは大変です。目つきと手先の器用さについて関連性はないと書かれているものを探すのも大変です。

> 相貌心理学とか顔相〜だとか調べればたくさん出てきますが、
★ 外見、体つき、顔貌、表情、目つきなどは、多くの人がまず注目する対象です。優しそう、誠実そう、内気そう、明るく朗らか、陰険・陰湿、きつそう、哀しそう、厳格で厳しそう、意欲的、無気力、理知的と顔貌をみて表...続きを読む


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