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ともに、ムチオ・クレメンティの作品が引用されています。

A 回答 (2件)

ドビュッシーは


「単調なくだらない練習曲も、それを一生懸命頑張って練習すれば、趣味のよい芸術的な大人になれるよ」
といっているのに対して、

サティは
「単調なくだらない練習曲を一生懸命練習したって、毎日同じことを繰り返すだけの『平凡な役人』みたいな大人になるだけさ」
といっているのでしょうね。
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この回答へのお礼

やっぱりパロってますよね。サティは人生を諦めきっています。

お礼日時:2024/09/05 22:38

「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」のことであれば、当時ピアノの教本がまだあんまり充実してなくて、クレメンティの練習曲はピアノ初心者の定番の教本だったそうです。

だからドビュッシーとサティのインスパイア元が被ったとしてもおかしくはないです。

「グラドゥス…」は単調なピアノ練習を繰り返す子供を皮肉った作品ですし、ドビュッシーの練習曲集では練習曲をうたいながら運指の指定はせずわざわざ奏者に任せる文言が書かれるなど、型にはまったお稽古事や「楽譜の解釈」に厳格なタイプでは決してありませんでした。
むしろ奏者への指示にうるさかったのはラヴェルで、「奏者よりも作曲家の方が上。私の言う通りにすべき」というような言葉まで残して作曲家(楽譜)の優位性を主張しています。…単にわがままなプロ奏者が多くてウンザリしてただけかもしれませんけどね。
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この回答へのお礼

クレメンティインスパイアってあったのでしょうか?今は練習曲の作曲家は腐るほどいますね。
ドビュッシーの余裕とラヴェルの厳格さは知りませんでした。確かに作風としてはそうなります。

お礼日時:2024/09/05 22:37

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