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「体罰は善か悪か」
戸塚ヨットグループの戸塚の言う「良い体罰、悪い体罰」ていう理屈、俺は共感出来ました。
戸塚は「体罰はハード、体罰の仕方がソフト、悪はソフトの中にしか存在しない」て言ってました。
これはつまり「体罰それ自体は悪ではなくむしろ善、ただし体罰にも二種類あって、合理的で必要な行為は善なる体罰、理不尽で不必要にも関わらずあえて行う行為は悪しき暴力」ってことだと思います。
これに対し、大衆は、「体罰」て聞いただけで脊髄反射的に上記で言うところの「悪しき暴力」とイコールで考えるから、「悪しき行為」と批判するのではないかと思います。
例えば、「子供が万引きしたから頭をゴツンと叩いて叱った。」ていう事例は、多くの人の価値観に忠実に沿うなら体罰であり悪しき行為になるはずなのに、少なくとも昭和の時代は批判する人なんてあんまりいなくて、むしろ「やられて当たり前だそれは」と感覚的には肯定してた節があります。
このちぐはぐを整理したのが戸塚のおっさんの主張なのだと思います。
ただし、じゃあなぜ戸塚が批判されているのかと言うと、理屈は正しくても実践が行き過ぎてるからで、「1の体罰で効果的である」ところを「100の体罰を行う」という理屈を盾にした暴走だと思います。

この主張は最も正確なのではないかとおもいますが、いかがでしょうか。

質問者からの補足コメント

  • 合理性と必要性とは具体的何を指すか は、具体的に一概にしめせません。なぜなら、体罰を受ける人間は皆同じ価値観では無いからです。だからケースバイケース、個人の価値観による違いはそこに出ます。
    同じ行為でも体罰と判断する人と暴力と判断する人としつけと判断する人で分かれることがあるのはそういうことだと思います。
    具体的に示せる場合は、体罰を受ける相手とする人たち全員が一律でおなじ価値観を持ってる場合に限ります。
    しかしありえないので、ケースバイケースです。
    裁判もある程度の基準はあるにせよ、同じ事件で一審は無罪、二審は有罪となることがあるのと同じです。

      補足日時:2024/09/28 03:32

A 回答 (7件)

体罰しか効かないような人って本当に居ると思いますよ。


シンガポールで日本人男性が未成年強姦で鞭打ちになりましたね。
日本は犯罪者にとことん甘いからもうだめだろうな。これからどんどん悪くなってきますよ。平和ボケのツケ、、まず弱者からどんどん襲われるんだろうな、、
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戸塚氏の「良い体罰・悪い体罰」の考え方には賛成しますし、共感しますが、だからこそ《体罰は悪しき暴力》という結論になると考えています。



>合理的で必要な行為は善なる体罰、理不尽で不必要にも関わらずあえて行う行為は悪しき暴力」ってことだと思います。

その通りだと思います。しかし、質問者様自身が「合理性を具体的に示せない」なら、罰として成り立っていません。

一つの体罰の行為について「OK合理的で必要性がある良い体罰だ」と考えると「ダメだ、不合理で不必要な悪い暴力だ」と考える人が現れるなら、そもそも「体罰自体を行うことができない」はずです。

またはどうしても行いたいなら「裁判」のような「人が人を裁くことを公平に吟味する機関」が必要になります。ただ、日本国憲法は第36条で残虐な刑罰を禁止していて、これが刑法に体罰がない理由だとされています(なのに究極な体罰である死刑があるのは疑問ですが・・)

個人的には「体罰が必ずしも悪いもの、効果が無いもの」だとは思っていませんが、あまりにも主観的な要素が強すぎます。また民主的な「個人主権」と体罰は整合性がとれません。

体罰については、個人主権を犯さない客観的な基準を作れない限り「悪」だと判断するのが妥当です。
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戸塚の言うことは殆ど「詭弁」であり


ヨットスクールの方針理念を「正当化」してるだけです
戸塚のやっているのは完全に暴力であり
常軌を超えています
何故ならばスクールはあくまでも民間企業であり
公的機関ではないからです
つまり営利目的なので結果を出さなくては
利益にならないので必然的に体罰が暴力に
変貌していったのです
戸塚の発言に騙されてはならないのです
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ではどこに共感を持ったんですか?

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私は、質問者の方の補足コメントの通りだと思います。


体罰を受ける側の価値観にも、大きな違いがあります。
 良く、体育会系と言う言葉を聞くように、部活での体罰が問題視されたことがありますが、若い頃にそうした部活で体罰を受けた経験のある方には、
体罰を受けたことは、むしろ良かった。その後の人生に大きなプラスになったと言われる方が少なくありません。
 結局、体罰の是非は、結果論でしか無いと思います。
体罰を受けたことが、プラスになるか、反対に心に深い傷を残す、マイナスの結果になるか、それはケースバイケースだからです。
 また、このようなご意見もあります。
昔の親は、子供に良く体罰を与えた。しかしそれは、子供に手加減を体で覚えさせることにもなった。すなわち、親は子供に体罰を与える際も、必ず手加減をしていた。そうすることで、「お前も大人になって、自分の子供を持つようになった時、場合によっては体罰を与えても良いけれど、行き過ぎてはダメだ、今お父さんがお前を殴ったくらいにしておけよ」と教えられたとされています。
 そのため、子供の頃に体罰を受けた経験の無い大人が親になった時には、
こうした手加減を体で教えられていないため、行き過ぎた暴力、虐待に繋がることもあると言われています。
 結論として、私は体罰を否定はしません。
しかし、それを行うのは、慎重にする必要がある。体罰を受けた側にとって、プラスになるようで無ければならないと言う事になります。
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人間の子供は半分動物のようなものです。

犬を躾けるときに体罰を用いますよね。それと同じく、体罰なしではろくな教育はできませんし親の権威も示せません。何よりも家庭という場のけじめがつかなくなります。
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「合理的で必要な行為」とは、具体的にどう言うものでしょうか。


あなたの質問の中には何も書かれていないので、本当に理解できているか疑問です。

車道への飛び出しによる交通事故や崖などからの転落など、その行動によって命を奪われかねない行動であることを理解させるために「痛み」による代替を行う、というのであれば合理的と言えるかも知れません。

しかし口で説明しても理解できないから殴る、蹴る、叩く、という行為は合理的で無いし、相手の思考能力を奪いかねません。
何故それがいけないのかをよく考えさせることの方が重要であるし、状況によっては必要な行動であれば尚更のことです。

あなたには底までの理解があるのかは?です。
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