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【日本史・戦国時代】いまの関西の神戸市の神戸という地名は四国方面軍の司令官であった織田信孝の神戸信孝の神戸から来ているのでしょうか?

あとなぜ織田信孝は神戸信孝と2つの名字があるのですか?

織田信孝って織田信長の子供ですか?

織田という偉大な親の苗字があったのになぜ神戸信孝と名乗っていたのですか?

A 回答 (4件)

「神戸という地名の由来には諸説ある。

201年に創建した生田神社が神領していた三宮・元町周辺の「神封戸(じんふこ)」から来ているという説。
もうひとつは同じく201年創建の長田神社は神戸(かんべ)41戸によって奉祀・護持されており、この「神戸職」から来ているという説がある。どちらもこの地にあった古い神社にまつわる地名が神戸の由来である。」
だそうです。
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この回答へのお礼

みんなありがとうございます

お礼日時:2024/11/07 10:30

神戸市の神戸の由来は、神戸信孝から来てるのではありません。



織田信孝が神戸信孝とも名乗ったのは、神戸氏の養子になったからです。
神戸氏の養子となったのは、神戸氏を乗っ取るためです。

織田信孝は織田信長の三男です。
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神戸の地名は生田神社(806年朝廷から神社の土地を与えられた)の神様のお世話をする44戸の家があったから


古代から神社の封戸を示す言葉
今で言う 禰宜さんのようなもの
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妄想の前に自分で調べたらどうだろうか.



https://www.og-cel.jp/column/1261336_15959.html
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