最強の防寒、あったか術を教えてください!

レジ袋としてのビニール袋がまだ普及していなかった頃は買ったものを紙袋で運んでいたそうなのですが、肉魚や野菜のような水気のある食品などはどうやって持ち帰っていたんですか?

A 回答 (14件中1~10件)

町の肉屋は今でも同じところがありますが、注文に応じてコーティングされたパラフィン紙ような厚手の紙にくるんで渡してくれました。


魚屋には、盛皿を預けて刺身を盛ってもらい、サランラップをかけていた記憶があります。
野菜は、今と違い1個いくらが普通で、キャベツなんか外側の葉っぱごと買っていた記憶があり、ホウレンソウなんかは紐で束になって一束いくらでしたね。
そうそう、親せきで港町で食料品店をやっていた家があったけど、遠洋漁業の舟向けに、キャベツは個別に新聞紙で何重にも梱包しておくと鮮度が落ちないと言っていました。
豆腐は・・・確かボクの頃は、掬って豆腐パックに入れて、ビニール袋に入れてくれていた気がします。今みたいに上面をビニールパックすることはなかったです。まあ、豆腐自体が今より固めだったので、ひたひたに水を入れなくてもすぐ持ち帰るぶんには問題無かったのでしょう。
    • good
    • 0

こんにちは。

じいさんです。
他の方からもたくさん回答がありますが、 なつかしい話題なのでちょっと首を突っ込んでみます。
よく、食品広告にザルに笹の葉などを並べてその上に魚や野菜をきれいに並べた写真が載っていますが、 おおむねこれをイメージするとよろしいでしょう。 いずれにしても、ザル、カゴ、そして竹類が大活躍でした。
〇 野菜
 基本的にはカゴにそのまま入れる。水分はあるがたれるものでもない。むしろ、畑や八百屋から泥付きのまま持ち帰ることも多いので カゴが泥で汚れるが野菜もカゴも洗えば済む。
〇 魚
 基本的にはカゴに入れる。ただし生臭いのでしばしば笹やヒノキの葉をしいてその上に魚を乗せるようにして、後に笹の葉などは捨てる。 それでも残ったにおいは洗ったくらいではとれないので、「魚専用のザル」があった。竹の皮は後述。
〇 肉
 竹の皮で包む。竹の皮は便利で特性もビニールによく似ている。ただしあまり大きなものはないので、少しずつ買う肉や一部の魚の切り身 、握り飯くらいにしか使わない。
〇 豆腐など
 なべを持って買いに行く。玄関前で行商から買う場合はもちろん、結構遠くまでなべを持って買いに行く。
 子供のころお使いで買った豆腐を 両手なべで持ち帰る途中にコケて叱られたことを思い出します(笑)

その他、当然、新聞紙も大活躍。握り飯をいい加減に包むと飯に文字が移ることもあったがご愛敬。
  今さらビニール袋なしには戻れないでしょうが、50年前まで全く使わない生活が成り立っていたことも事実ですね。 (ちなみに200年さかのぼれば、日本はすべて太陽光エネルギー(夏に伸びた木の枝で冬も過ごす)だった。)

いかがでしょうか。お役に立てば幸いです。
    • good
    • 0

肉屋さんは竹の皮で包んでくれた。


竹の皮ってかわるかな?
↓ これです。タケノコの皮と言った方がいいかな。
https://greenz.jp/2022/06/03/takekawa_bambooskin …

やや厚みがあって紙より丈夫なうえ水分が沁みません。大きさも手ごろ。今でも羊羹などの和菓子を包むのに使っている店があります。
    • good
    • 0

当時は小さな商店街が至る所にあったので、毎日買い物でした。



実家は食堂をしていたのですが、毎日買い物に行っていましたね、足りなくなると買いに行かされた。冷蔵庫は電気冷蔵庫と氷の冷蔵庫がありました。氷は氷屋が持ってきました、そういや、氷屋は炭屋も兼業、灯油も持ってきた。
腐は鍋や洗面器をもって、豆腐や水を入れてもらい豆腐を浮かべて持って帰ったので、野菜や肉、魚などとは別枠。なお、魚や乾物は千葉から総武線でくる担ぎ屋のおばちゃん(×おばあちゃん)からも買っていた。
    • good
    • 0

渇き物や土物は新聞紙、水物は蠟紙で包んで買い物かごでしたね。

    • good
    • 0

それは食品スーパーが大都市でもなかった時代になります。



大都市の住宅密集地なら、近所に魚屋・肉屋・八百屋(青果店)などの小さな個人商店がほぼ必ずあり、お店が少ない場所ではリヤカーに食品を積んで売り歩く行商人がたくさん居ました。
どちらにしても、家のすぐ側での買い物ですから、新聞紙等で包んだり、竹編みの買物籠に放り込んで持ち帰る感じです。
    • good
    • 0

肉や魚は、新聞紙や蠟紙で巻いておりましたよ^^


それと、自然素材で編んだカゴは見たことあります。
    • good
    • 1

編み手提げ袋(買い物かご)、籐籠(とうかご)を使っていました。


肉、魚は経木(きょうぎ、木材を薄く削ったもの、田舎では「かいしき」と言っていましたがかいしきはお供え物を盛る木の葉)に包みさらに新聞紙で包みました。野菜はそのままです。籠はときどき洗いました。
あまり多くは入れらませんでした。お金は持たず買い物は通帳に記入し付け払い。子供が買い物手伝いしました。田舎だったので物売りも来ました。魚は朝獲れた新鮮な魚を行商が来ました。カレイなどは生きていました。お茶、醤油など定期的に来ました。醤油は1斗買いで一升瓶に分けて保存、殺菌できていないのでカビ(産膜酵母)が表面に浮いたものです。焼酎を表面に浮かせておけば防止出来たのですが当時は誰も知りませんでした。

買い物は一仕事でした。
    • good
    • 1

新聞紙、そもそも自家用車が普及してないなら売り子が近くまで来るので何もいらなかった。

    • good
    • 2

竹製や太いビニールを編んで籠にした、買物籠です。


お店も商店街しかなかったので、店毎に買っていました。
昔は、主婦の仕事は大変だったのです。
米や酒などの重い物は、酒屋さんが運んでいました。
    • good
    • 3

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています


おすすめ情報

このQ&Aを見た人がよく見るQ&A