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戦前おける外来語というのはどの程度普及していたのでしょうか。
・昭和一桁に新潟県魚沼地方で発行されていた新聞記事に「(村議選だったような)各候補ともスタートラインにつきました」とありました。
・(たぶん)昭和一桁の関西地方の新聞記事に「前売り券はプレイガイドにてお求めください」とありました。
・詳細な年代不明ですが(戦前であることは確かです)、新聞の求人広告に「家政婦求む。条件はユーモアのある人」とありました。
・昭和14年の「エノケンの頑張り戦術」では、最初の方のシーンでトマトの発音を巡ってトマトの投げ合いになるシーンが有りました(「トマト!」「トメイト!」ってやつ)。
・昭和12年の「エノケンのちゃっきり金太」の冒頭のシーンでかわら版読み(?)が「こいつはホニャララ、Gメンだ」みたいな台詞がありました。
これらから考えるとかなりの外来語が地方にまで、そして一般庶民にまで浸透していたように思えます。
ただ私は専門的に調べているわけではなく、偶然目にしたことから「こうなのではあるまいか」と勝手に判断しているだけです。
そこで詳しい方、リアルを教えていただけませんでしょうか。

A 回答 (4件)

戦前と言っても幕末から終戦まで約80年もあり、その間に怒涛のように西欧の近代文明が入って来ています。


日本語の約語(和製漢語)も多く作られたので、外来語と認識される語や使用者は限られていたかもしれませんが、西洋料理の指南本や、森鴎外、夏目漱石など外国語に堪能な文豪の作品を通して広まった外来語も多くあったらはずです。

大正デモクラシーとかモボ・モガが一世を風靡した時代もありました。
https://www.motoji.co.jp/blogs/reading/modernboy …

戦時中はさまざまな外来語が「敵性語」として日本語に置き換えられたことはよく知られています。
同盟国であったドイツ語やイタリア語(イタリヤ語)まで敵性語扱いされた時代です。それだけ外来語が浸透していたという事実を物語っています。

ちょっと面白い論文がありました。

●国際交流基金ウエブサイト
「明治時代の文学作品における外国語・外来語の使用」
https://www.jpf.go.jp/j/project/intel/exchange/o …

外来語の語彙だけ調べるなら、明治・大正・昭和(戦前)の新聞の集成版の「事項索引」を眺めてみるのもよい方法です。
公共図書館には、各時代の「新聞集成」や「ニュース事典」などの資料が並んでいます。

●国立国会図書館 リサーチ・ナビ
「明治・大正時代の新聞記事を調べるには」
https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/newspapers/pos …
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質問の主旨からは外れる回答かも知れませんが。


明治に於いて、西洋の文化や文明がアルファベットの文字と共に
大量に入って来ましたが、明治の知識人はアルファベット表記を
漢字の表記に変えました。
ミュージックを「音楽」、テレフォンを「電話」、などの様にです。
今では和製漢語と分類されています、明治の知識人の知恵の深さに
感嘆します。
中華人民共和国の国名は「中華」は漢語ですが、残りは和製漢語です。
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戦前の日本における外来語の普及状況は以下の通りです。



新聞や雑誌:

戦前の新聞や雑誌には、外来語が頻繁に使用されていました。 例えば、昭和初期の新聞記事には「スタートライン」や「プレイガイド」といった外来語が見られました。

日常生活:

一般市民の間でも、外来語が浸透していました。例えば、求人広告には「ユーモアのある人」といった表現が使われていました。

教育と文化:

教育や文化の分野でも外来語が使用されていました。特に、科学技術や医療の分野では、ドイツ語や英語由来の用語が多く使われていました。

地域差
都市部と地方では、外来語の普及度に差がありました。都市部では外来語がより一般的に使われていたのに対し、地方では普及が遅れていたことが多かったです。

まとめとして、戦前の日本では、外来語が新聞や雑誌、日常生活、教育や文化の分野で広く使われていました。 特に都市部では外来語の普及が進んでいました。
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こちらの本はいかがですか。


戦前尖端語辞典
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