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「鳴いて血を吐くホトトギス」という言葉がありますが、この言葉、もともとの出典は何でしょうか?そしてどんな意味でしょうか?以前から疑問に思ってましたがよくわからないので、ご存知でしたら教えてください。

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A 回答 (3件)

前に違う方の同じような質問に回答したものです。



「杜鵑の吐血」という中国の故事が由来です。
概要は
「蜀」は古代中国、長江流域(四川省)で栄えたとされる国だ。蜀といえば「三国志」の蜀が有名だが(3世紀、日本なら卑弥呼の時代)、それよりも千年以上も前に蜀という国があったという(それに関係したらしい三星堆遺跡が1986年に発掘され、多くの金器や青銅器などを出土、黄河流域中原文化とは別の、中国特異な文化遺跡として大きな注目を集めた)。
 その蜀が荒れ果てていた時、杜宇という男が現れ、農耕を指導、蜀を再興した。彼は帝王となり、望帝と称した。

望帝杜宇は長江の氾濫に悩まされたが、それを治める男が出現、彼は宰相(帝王、補佐)に抜てきされた。
 やがて望帝から帝位を譲られ、叢帝となり、望帝は山中に隠棲した。実は、望帝が叢帝の妻と親密になったのがばれたので望帝は隠棲したともいわれる。
 望帝杜宇は死ぬと、その霊魂はホトトギスに化身した。そして、杜宇が得意とした農耕を始める季節゜(春~初夏)が来ると、そのことを民に告げるため、杜宇の魂化身ホトトギスは鋭く鳴くようになったという。
 月日は流れて、蜀は秦(中国初の古代統一国家。始皇帝が建国)に攻め滅ぼされた。

それを知った杜宇ホトトギスは嘆き悲しみ、「不如帰去」(帰り去くに如かず。帰ることが出来ない。)と鳴きながら血を吐いた。ホトトギスの口が赤いのはそのためだ。
 以上がホトトギスを不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄などと表記するゆえんだ。

ホトトギスは実際血を吐くことはないですが口の中が真っ赤であることとその時の泣き声がとても鋭く甲高い声なので血を吐いてもおかしくない様子から先の故事とホトトギスの姿を重ねて見ていたのだと思われます。
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この回答へのお礼

詳しい回答ありがとうございました

お礼日時:2005/05/31 02:49

追記



次の記事をみつけました。やはり「鳴いて血を吐くホトトギス」に関連する話です。

↓【杜鵑血に啼いて・・の、「血に啼く」の意味を教えて下さい。】
http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=1387133&rev=1

参考URL:http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=1387133
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ホトトギスは口の中が赤いので、それが血に見え、ホトトギスは血を吐くまで鳴き続けると思われていて、それを詠んだ古歌からきたと記憶しています。



松山出身の人間には、馴染み深いものですね。
松山出身の俳人「正岡子規」は、自身が結核に冒され血を吐いたことから、『鳴いて血を吐く』ホトトギスを表す「子規」を名前に選んだのですから。

と、いうことで、その古歌を探してみましたが、残念ながら元歌や出典は見つかりませんでした。しかし、次の漢詩を見つけました。

↓NO.41 金陵駅 文天祥(ページの最後です)
http://www2.cc22.ne.jp/~k_e.leya/kansi.htm

漢詩抜粋
>化作啼鵑帯血帰

書き下し文抜粋 
>化して啼鵑と作(な)り 血を帯びて帰らん

和訳抜粋
>自分は死んでも、鳴いて血を吐くという不如帰に為ってでも帰り国のために尽くそう・・・

参考URL:http://www2.cc22.ne.jp/~k_e.leya/kansi.htm
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この回答へのお礼

すばやい回答あしがとうございました

お礼日時:2005/05/31 02:51

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Q杜鵑血に啼いて・・の、「血に啼く」の意味を教えて下さい。

杜鵑血に啼いて・・の、「血に啼く」とはどういう意味なのか教えて下さい。
例えば城野静軒の漢詩「舟中聞子規」に「杜鵑啼血」とあり、解説書の一部には「血を吐くように啼く」のような説明があります。杜鵑(ホトトギス)の鳴き声について、百科事典などで調べると(通常のときは)「血を吐く」ような鳴き声はしないように思えます。すると、杜鵑が「飛ぶとき」に「血を吐く」ような鳴き声をするのでしょうか。杜鵑の口内が赤いから血を吐くように見えるのではないかとも聞いたことがあります。

Aベストアンサー

ホトトギスの雄は昼夜となく鋭い声で鳴き続け、その声がまるで血を吐いているように聞こえるので、この言葉が生まれた」と思われます。

ホトトギスの鳴き声は極めて顕著で「てっぺんかけたか」と聞こえます。
そして、そのように鳴くときは口の中が真っ赤に見え、「八千八声鳴いて血を吐く」とか「啼いて血を吐くホトトギス」という言葉で表現されることがあることに由来して付けたのだそうです。
正岡子規は結核にかかり本当に血を吐いたので自虐的に
ホトトギスの当て字の一つ「子規」とつけたことは
有名ですね。

下記も参考にどうぞ。

実際血を吐くことはないようですが口が真っ赤であること
と泣き声がとても鋭く血を吐いてもおかしくないくらい甲高い泣き声だからではないでしょうか。

参考URL:http://www.interq.or.jp/sun/freetime/130hana/hototogisu03.html

Qホトトギスの当て字「子規」の由来

ホトトギスの当て字「子規」の由来を教えてください。
なんで漢字で「子規」と書くとホトトギスになるのでしょうか?

Aベストアンサー

回答(3)のつづき、 後半です。
【推論】・・・「子■から子規が派生した」のではないか。
 *1.■juan1の偏の?は小蟲のことで鳥と合体した字。『康煕字典』から他の
     文献、更に他のホトトギスの解説文でも、「毛蟲を食べる」ことが必須の
     如く記述されている。
     神話とも関わりのない、習性を最も根源的にあらわしている字であるようだ。
   ・・・この字が原初の字と推定する。
 *2.子■・・・苦しげに啼くホトトギスの声を、”声が出ない”と表現したもの。
      子zu3=語頭の子は、小さいの意。
      ■gui1=声が出ない、発声が不自由、吸い込むような。
            又は、車輪の一回転。
     子規・・・子■と発音が同じ、意味も通用。いずれが先か未究明。
      子zu3=語頭の子は、小さいの意。
      規gui1=規則、円を描く具、日月車輪の円形、車輪の一周。
   ・・・意味合いから考えるに、子■が先、子規が後。
 *3.?帰・・・子■、子規と発音が同じ。屈原のいわれに拠る命名。
      http://baike.baidu.com/view/1590482.htm
      この頁の説明は、屈原が悲憤の余り汨羅に身を投げた故事を
      踏まえたもの。
      訳:?帰鳥は即ち子規鳥なり。伝聞によれば、屈原の妹屈?の
        魂が変じたもの。
        毎年旧暦5月にこの鳥は「兄さん帰ってきて!兄さん帰ってきて!」
        と啼く。人々はこの声を聞くと粽(ちまき)を作り、龍舟を仕立て、
        端午の節句を迎える準備をし、屈原を祀る。 ~以下略~。
      ?=数字の単位。時代により違いあるが、万億・千億・十億とも。
         中国物理学会の大小数命名法で10E15 [peta-]とされている。
      上記文中”?帰鳥”は”永遠に帰り続ける鳥”と解してよいでしょう。
      妹が亡くなった兄を想い呼びかける気持ちを鳥の名に充てたもの。
      なお、?帰・思帰は『高唐賦』にもあります。
   ・・・子規zu3gui1の音に合わせて?帰zu3gui1と充てはめたと考えます。
      子規が先。 
 *4.子帰・・・子■、子規と発音が同じ。
      明代の詩人楊維禎の五禽言(鳥の声を真似た戯れ歌/芝居)に、
      ”子帰、子帰、子不帰、白頭阿婆慈且悲”とあり。
        ”子よ帰れ、子よ帰れ、帰らないと優しい婆さんがなお更悲しむ”
        の意味だが、ほととぎすの声を真似て、かつzu3gui1の音を
        もじったもの。楊維禎という人は遊興や男女の交情を描いた詩人
        です、これは言葉遊びです。
 **以上から「子規」はイの分類で「子■」の直系。
    ア:「鵑」が食性を単純にあらわした文字。辞書類の扱いからもかなり古い。
    イ:zi3gui3系の呼称は、発声の特徴に着目した「■」字に始まった
      可能性が濃厚。
      佳字、雅語、思い入れなどが重なって各種文字を充て種類が増えた。
    ウ:神話や故人の逸話を、ホトトギスの鳴声になぞらえて新しい呼称を
      与えた。
ついでに:
   古代中国の蜀の神話について、日本語での紹介がありました。
   不如帰、杜宇、杜鵑、蜀魂、蜀鳥、杜魄、蜀魄等の説明。
       http://ameblo.jp/p-nobuaki/   
        神話で説明の付かない子規は、記載ありますが説明はありません。
   屈原(くつげん)についてはいくらでも記事があります、検索をどうぞ。
子規の文字の必然性に手間取りましたが、おかげさまで小論文が書けそうです。
                                          以上

回答(3)のつづき、 後半です。
【推論】・・・「子■から子規が派生した」のではないか。
 *1.■juan1の偏の?は小蟲のことで鳥と合体した字。『康煕字典』から他の
     文献、更に他のホトトギスの解説文でも、「毛蟲を食べる」ことが必須の
     如く記述されている。
     神話とも関わりのない、習性を最も根源的にあらわしている字であるようだ。
   ・・・この字が原初の字と推定する。
 *2.子■・・・苦しげに啼くホトトギスの声を、”声が出ない”と表現したもの。
  ...続きを読む

Qホトトギスが「テッペンカケタカ」と鳴くという、その初出は?

ホトトギスが「テッペンカケタカ」と鳴くという、そのなき方のオノマトペの初出はいつなのでしょうか?古くからあるのでしょうか?

Aベストアンサー

こんなすばらしいHPを見つけました。
柴田昭彦氏の「ものがたり通信」です。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~tsuushin/index.html

この中の「鳥の聞きなし」には、ただもう驚くほどの
鳴き声のオノマトペが網羅されています。

「テッペンカケタカ」は、『古今要覧稿』に見られるとあります。
なんとありがたいことに『古今要覧稿』は、
この名で検索すれば「近代デジタルライブラリ」で見ることができます。
163ページに
「籠の内に有て天辺かけたかと名のる声の殊に高く・・」
とあります。
http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=41016874&VOL_NUM=00006&KOMA=220&ITYPE=0

江戸時代末期には、テッペンカケタカの鳴き声が知られていたということになります。

Q読み方を教えて下さい。

槙野修さんという方の「落語で江戸を聴く」という本を音訳しなければならないのですが、以下の言葉の読み方がわかりません。

「号け」「八千八声」「八杯豆腐」「旬魚」「旬味」

色々調べたのですが、広辞苑でも載っていませんでした。
また、固有名詞なので念の為確認したいのが

大仏次郎さんの「浅妻舟」、作家の「山本昌代」さん「飯島友治」さん

わからないのは「」内の言葉です。ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

 単語の読みが、左から順に、

「なづけ」
 →名付ける

「はっせんやこえ」
 →それほどに時鳥が一日に鳴くと言われている
 →民話等有り。

「はちはいどうふ」
 →細長く切った豆腐を、出汁4杯・醤油2杯・酒2杯(計8杯)で煮た料理。
 →別名 うどん豆腐
 →一説には美味しくて「八杯」食べられるからとも。

「しゅんぎょ」
 →旬の魚。店の名前(?)に頻出。

「しゅんみ」
 →旬の食材(の味)。同上。

 おまけが、

「あさづまぶね」
「やまもとまさよ」さん
「いいじまともはる」さん

 ということで。

Q太宰治と志賀直哉の確執について

最近太宰治の「如是我聞」を読んだのですが、その中で太宰が志賀のことを名指しでけちょんけちょんにけなしていました。
ウィキペディアで調べたところ、太宰が最初に「津軽」の中で志賀を批判し、それに立腹した志賀が太宰をけなす発言をし、だんだんエスカレートして遂に「如是我聞」が発表されたということらしいのですが、この対立の経緯について詳しく知りたいのです。
参考になる書籍やHPがあったら教えてください。また、上に書いたこと以外のことをご存じであれば教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

こんにちは

太宰は「津軽」で、蟹田町に行った時に旧友達が太宰を囲んで宴を開いてくれた
時のことを書いています。その中で、当時、大作家として名を馳せていた"五十
年配の作家"(志賀直哉と名指しはしてないが「神様」と呼ばれている、と書い
たことで明白)について聞かれ、人の悪口を言って自分を誇るのは甚だいやしい
ことだが、と前置きしながらも、世間も文壇も、その大作家を畏敬に近い感情で
評価していることに、一種、腹立たしい感情を持っていたのか、彼の作風を厳し
く批判しています。きっと志賀直哉自身にというより、彼に象徴される世間の偏
った高尚趣味(と太宰は思っている)若い作家達の彼へのとりまき、へつらい、
に嫌悪感を抱いていたのかもしれません。(やっかみも少しはあったかもしれま
せん)(^^) それを読んだ志賀直哉が、座談会の席上で仕返し(?)に
太宰の作風をけなすなどしてバトルが始まったようです。

でも、私は、ことの発端は、有名な、太宰と井伏鱒二との確執のような気がします
。井伏は太宰が故郷青森から上京した時から頼っている文壇の先輩であり、私生
活でもいろいろと面倒をみてもらっていた作家です。太宰は候補になっていた第
一回芥川賞を逸したり、その後もあの手この手で受賞の依頼をするなどしても
(川端康成におねだりの手紙を書いたりしていますね)思うように行かず、また
女性問題等でもトラブルがあるなど、徐々に生活に行き詰まりを感じ、
薬物中毒に陥ったりしていきます。
井伏も当時は貧乏作家で、さほど将来を嘱望されるような作家ではありませんでした。

そんな中、井伏が「ジョン萬次郎漂流記」で直木賞を取りますが、
その作品に盗用が見られるとし(後に大傑作とされる「黒い雨」にも盗用
論争)それに嫌悪した太宰が、井伏批判、そしてその背後にある文壇、世間、そ
の象徴である"老大家"の志賀直哉批判、と日頃の不満が発展し、たまりにたまったうっぷんを
はき出すように、意を決して「如是我聞」を発
表するに至ったのではないでしょうか。
遺書には「井伏さんは悪人です」とありますね。

「如是我聞」で太宰は「その者たち(老大家)の自信の強さにあきれている。
……その確信は……家庭である、家庭のエゴイズムである」などと言ってますが、
私は、津軽の名家に生まれながら真の家庭的愛情に恵まれなかった太宰の本音が
そこに伺えるかなぁという気がしています。

「如是我聞」は、死ぬ数ヶ月前、心中した山崎富栄の部屋で、
新潮社の編集者、野平健一が口述筆記し、死後に発刊されていますね。

参考文献といえるかどうか判りませんが、「ピカレスク」(猪瀬直樹・小学館)
にはとても興味深いものがあります。

私見ですが書いてみました。

こんにちは

太宰は「津軽」で、蟹田町に行った時に旧友達が太宰を囲んで宴を開いてくれた
時のことを書いています。その中で、当時、大作家として名を馳せていた"五十
年配の作家"(志賀直哉と名指しはしてないが「神様」と呼ばれている、と書い
たことで明白)について聞かれ、人の悪口を言って自分を誇るのは甚だいやしい
ことだが、と前置きしながらも、世間も文壇も、その大作家を畏敬に近い感情で
評価していることに、一種、腹立たしい感情を持っていたのか、彼の作風を厳し
く批判しています。き...続きを読む

Q「云う」と「言う」の違いは?

小説で多分作家さんによってだと思いますが、
「~と云った」「~と言った」と使い分けられていますが、
これってどう違うんですか??

「聞く」が「訊く」となっているのも気になって
調べてみるとちゃんと意味があるみたいですが、
こっちはわかりませんでした。

Aベストアンサー

はじめまして。

1.「いう」は以下のような、使用区別があります。

言う:
(1)心に思うことを言葉で表します。
(2)「~と呼ぶ」「~と名づける」の意味で使います。
(3)物が音を立てる(戸ががたがた言う)時などに使います。
例:Aが~だと言った。

云う:
(1)「伝える」が語源です
(2)人から聞いたことを「云う」
(4)伝承・伝説として伝わることを指して「~と云われている」
例:昔から~だと云われてきた。

謂う:
(1)「謂」は「理由、わけ、事情」という意味があります。
(2)「謂れ」=「因縁」「由緒」と考えるとわかり易いです。
例:この家の謂れは~


2.「きく」は以下のような、使用区別があります。

聞く:
物音や人の話を耳でとらえます。
例:人の話を聞く。

聴く:
「(限定的に)身を入れて聴くこと」を言います。
例:音楽を聴く。国民の話を聴く。

訊く:
(1)「訊ねる=問いただす」から来ています。
(2)意味は「尋ねる」ということです。
例:道を訊く。詳細を訊く。

以上ご参考までに。

はじめまして。

1.「いう」は以下のような、使用区別があります。

言う:
(1)心に思うことを言葉で表します。
(2)「~と呼ぶ」「~と名づける」の意味で使います。
(3)物が音を立てる(戸ががたがた言う)時などに使います。
例:Aが~だと言った。

云う:
(1)「伝える」が語源です
(2)人から聞いたことを「云う」
(4)伝承・伝説として伝わることを指して「~と云われている」
例:昔から~だと云われてきた。

謂う:
(1)「謂」は「理由、わけ、事情」という意味があ...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q信長・秀吉・家康のホトトギス

上記三人の人柄をホトトギスを用いて表現した文句は有名ですが↓

信長「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」
秀吉「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」
家康「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」

これらは彼らの人柄をわかりやすく例えるために後世に詠まれた、とこのサイト内の他の質問から知りましたが、これらを考えた「誰か」というのは特定の人物として存在するのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃいましたら教えて下さい。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

作者不明だそうです。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~gokuh/ghp/think/zakki_08.htm

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q残酷な天使のテーゼの「テーゼ」の意味

新世紀エヴァンゲリオンの主題歌残酷な天使のテーゼの「テーゼ」の意味を教えてください

Aベストアンサー

テーゼ=These
でドイツ語です。
「肯定的に主張すること。そうする為の判断・命題。」
となりますが、元が哲学的な言葉ですのでそれなりの知識が無いと理解でき無いかもしれません。

ちなみに、反対語は「アンチテーゼ」antitheseとなります。


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