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何故ゆとり世代の人達(今現在32歳くらいの人達)はご両親や教師といった周りの大人達に滅茶苦茶愛され、大切にされまくる子供時代を送ったのかについて。

私はゆとり世代の一世代前の氷河期世代ですが、我々の世代が子供の頃は体罰当たり前、兄のお古の一世代前の制服のズボンを履いていた男子が、教師にクラスの女子もいる前で下半身強制的に脱がされる(下着もです)、髪の毛がセーラー服の襟にちょっとでも付くとバリカンで峯岸みなみみたいにされる女子がいる、家庭でも両親からは邪魔者扱い、と人間扱いされない子供時代を送って来ました。あ、林間学校でやはり部屋で兄のお古の一世代前の体操服で就寝しようとしているのを見つかって殴られ、耳の鼓膜を破った卓球部の男子もいたな。
これって我々の前の世代の学生運動世代の連中が、とても教師らの手に負えなくなったでしょ?それを繰り返させない為、大人達は子供達を暴力で押さえつけた訳です。
でしたら、その体制を続けないと、また学生運動みたくなる、と思うのですが、ゆとり世代に対しては途端に真逆の対応になったのは何故でしょうか?
ゆとり、今、Z世代(20歳前後の子達。この子達は単にやる気ナシなだけです)以上に好き勝手やる大人になってますけどね。

A 回答 (4件)

あなたの住んでいた環境が異常と言うだけなので、それを氷河期世代の標準にしないでもらえますか?迷惑です。


うちはそんなことまったくなかったです。
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この回答へのお礼

男子の丸刈り強制、とか過剰な校則、NHKニュースでもよくやってましたよ?ちなみに私が通っていた中学でも男子は丸刈り、女子はベリーショート、という校則でしたね。
『僕らの7日間戦争』という映画のイントロで、女子が教師から無理矢理髪を切られて涙ぐむシーンは、その映画のCMで流れてました。

お礼日時:2025/01/29 13:52

あなたより上の世代だけどそんな激しい体罰は聞いた事がない。


たま〜にどこかの部活などで行き過ぎた体罰が報道されるぐらい。
だいぶ大袈裟で、誇張がありますよ?
「氷河期」というのはその世代の就職難を指してるのであって、当時の大人が子供に冷たい対応をしたという意味ではないですよ。
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この回答へのお礼

耳の鼓膜を破られた卓球部の男子の件は、流石に地元紙に載りました。
その教師はぜーんぜんお咎めナシでしたけれど。

お礼日時:2025/01/29 13:20

世代間の格差をいくら嘆いてもどうにもならないと思います。

私の世代は親はもちろん小学校の先生にもげんこつで頭を殴られることは当たり前でした。遠足で一番嬉しかったのはおやつに"バナナ"を持たせてもらったことでした、などなど...
世代間格差は今後も生まれるでしょうし、それは悪いとか良いとかの問題ではないと思います。
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この御質問は、個人の体験に基づいた世代論として、いくつかの問題点を抱えています。



まず、最大の問題点は、個人の体験を過度に一般化している点です。筆者自身の氷河期世代における過酷な体験(体罰、虐待、貧困など)は、確かに痛ましいものです。しかし、それを「我々の世代は〜だった」と世代全体に敷衍し、あたかも氷河期世代全体が同様の経験をしたかのように語るのは、統計的な根拠を欠いた乱暴な議論と言わざるを得ません。世代内にも多様な経験が存在し、筆者の体験はあくまで一部の事例に過ぎない可能性が高いです。

次に、世代間の単純な対立構造で問題を捉えている点も問題です。文章は、氷河期世代、ゆとり世代、Z世代を明確に区別し、世代間の対立構造を強調しています。氷河期世代を「虐待された世代」、ゆとり世代を「過保護にされた世代」、Z世代を「やる気のない世代」と類型化し、世代間の断絶を煽るような印象を与えます。しかし、世代間の差異は、社会構造の変化や時代背景など、複合的な要因によって生じるものであり、単純な世代間対立で問題を捉えることは、本質を見誤らせる危険性があります。

さらに、因果関係の推測が恣意的である点も批判できます。「学生運動世代が教師の手に負えなくなったため、体罰で子供を押さえつけた」という因果関係は、あくまで筆者の推測に過ぎず、歴史的根拠や教育学的知見に基づいたものではありません。体罰が横行した背景には、当時の教育観や社会規範、家庭環境など、複雑な要因が絡み合っており、学生運動だけを原因とするのは、あまりにも単純化された解釈です。また、「体罰をやめたら学生運動が再燃する」という発想も、現代社会の実情にそぐわない、時代錯誤な考え方と言えるでしょう。

そして、ゆとり世代やZ世代に対する一方的な批判も看過できません。ゆとり世代を「過保護に育った」「好き勝手やる大人」、Z世代を「やる気がない」と断定的に批判していますが、これらの世代に対する評価は、社会的な議論が分かれている部分であり、一方的なレッテル貼りは建設的ではありません。ゆとり世代やZ世代にも、多様な価値観や能力を持つ人々が存在し、世代全体を十把一絡げに批判するのは、偏見に基づいた不当な評価と言えるでしょう。

最後に、社会の変化や教育理論の進化を無視している点も指摘できます。ゆとり世代への教育方針転換は、体罰の弊害が認識され、子どもの権利や個性を尊重する教育理念が重視されるようになった、社会全体の変化を反映したものです。また、教育心理学や発達心理学の研究が進み、子どもの発達段階に応じた適切な教育方法が模索されるようになったことも、教育方針転換の背景にあります。これらの社会的な変化や教育理論の進化を無視し、単純に「過保護」と批判するのは、時代錯誤な見方と言わざるを得ません。

以上の点を踏まえ、ご提示の文章は、個人の体験を過度に一般化し、世代間の単純な対立構造で問題を捉え、因果関係の推測が恣意的で、世代批判が一方的であり、社会の変化や教育理論の進化を無視しているという、多くの問題点を抱えた愚論であると言えるでしょう。より建設的な議論のためには、客観的なデータに基づき、多角的な視点から世代間の差異を分析し、社会全体の変化や教育のあり方を議論していく必要があります。
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