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スウェーデンでコーランを燃やしたイラク人が銃撃で虐殺されたそうです。
五十嵐一虐殺事件を思い出しましたが、
少なくともスウェーデン政府の「表現の自由の範囲内だ」と声明を出してコーラン燃やした行為を擁護した政治姿勢は毅然として立派だと私は感じました。
皆さんはどう考えるか?
色々ご意見教えてください。

A 回答 (5件)

宗教に反対するのは自由です。


一方他人が宗教を信じるのも自由ですから
コーランを燃やすのはやりすぎです。
しかしコーランを燃やした人を殺すのは
コーランを燃やすよりもっとやりすぎです。

この事件は
宗教が洗脳で
洗脳された人間は狂人になることが証明された事件です。
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スウェーデン政府の声明は論外です。

まずコーランを燃やすような他者のアイデンティティを否定するような愚行に非難をしたうえで、それでも暴力で報復することはいけないという姿勢を取るべきです。少なくとも「表現の自由」の範囲には収まらないし、もしそうだと主張するなら「報復も表現の自由」と判断すべきです。

そもそも「コーランを燃やしたイラク人」はリスク管理ができていなかっただけで、当然そういう状況を想定して行動をする必要があったし、多様性を無視したはずべき人間だったので、たとえ生命を絶たれなかったとしても社会的には抹殺されてしかる行為でしょう。これを一般に自己責任・自業自得といいます。

もうお忘れかもしれませんが、フランス人が福島の原発事故を揶揄する風刺をしたときには作者に対して殺意を覚えた日本人も多いでしょう
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「表現の自由の範囲内だ」には賛同できません。


宗教がどうのと言う前に、他者にとって大切なものだと分かっていながらそれを傷つけることは容認すべきではないです。

そういえば日本でも、天皇の写真を燃やしてこれは芸術だ、表現の自由だと言った事例がありましたが、個人の写真を燃やすという行為を表現の自由だと言うのはありなのでしょうかね。
大衆に見せる前提の場で、誰か個人の写真を大量に燃やしたとしても何ら問題にならないと?
あるいは神社仏閣への落書きも表現の自由の一環であると?
私には到底理解できませんし、スウェーデンのこの時の対応はミス以外の何物でもないと思います。
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宗教的判断に思える内容に、政治が介入しない方がよいと思います。

殺人は罰しても、表現の自由で、コーランを燃やした事を自由、彼らの信じる者に落書きを自由とかは、難しい問題です。

おそらく、イスラムの宗教指導者が殺人を止める為の何等かのコメントを出してもらう事が大事だったと思います。
指導者はコーランを燃やす行為も落書きも問題であると認めつつ、それでも、その者を力で罰してはならないと諭してもらいたい。
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基地街宗教を相手にこれ見よがしに嫌がらせするのは賢明ではありません。

相手はコーランを商売道具にしている狂信カルトで何十億人の信者がいて宗教指導者が暴力集団や国家を統率しています。個人対国家では相手になりません。
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