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随分昔の話になりますが、今の防衛省が防衛庁とされていた時代があったと思います。

庁から省へ昇格?かどうかわからないですが組織編成があったんだなというぐらいは想像できます。

具体的には どんな ことが この変更によってもたらされたんでしょうか?

ただ名前が変わっただけですか?

それとも 権限が変更されたとか、予算の獲得方法が変わったとか、何か 改善されたり、あるいは改悪 されたり、具体的な変更点は何だったのでしょうか。

もしお詳しい方おられたら教えていただけると幸いです。


実は、まあ 変な話 なんですが、私この防衛庁への変更のために 選挙活動で世の中に訴えている人の お手伝いをしていたことがあって、だったら僕自身がその具体的内容を知っているべきだとは思うんですけど、社会に出て右も左も分からない頃で、とかく 選挙 広報活動にお手伝いしていたために、その政策的部分については全く関与していなかったんです。

僕らは 実働部隊で、足腰 使って体を使って、政策の 書かれた リーフレットをひたすら 大勢の人に配る。受け取っていただくのが仕事だったのです。


その数年後、どういう経緯かわかりませんが実現し、 防衛庁になりましたが、それは政治的成果なのかもしれません。

なんか 賛否両論ありそうですけども、結局 あれは何だったんだろうと自分の活動を振り返りまして、総括するためにここで質問させていただいております。


どうぞご回答のほど ご協力お願い申し上げます。

よろしくお願いします。

ありがとうございます。

A 回答 (3件)

> 結局 あれは何だったんだろうと自分の活動を振り返りまして、総括するためにここで質問



そういう趣旨のご質問であれば、防衛省公式サイトの通り一遍の説明には載ってないような、勘所を二点ほど挙げてみたいと思います。

第一に、質問者さんも薄々気付いているように、具体的な変更はあまり大きくなかった。
防衛庁時代は、内閣府(その昔は総理府)の外局だった。「1府12省庁」という言葉があったように、内閣府は別格の役所である。その長は内閣総理大臣である。
防衛庁長官は内閣府付きの大臣に相当し、長官とはいえ、閣議にも出席した。ご存知のように日本の行政権は内閣に属し、閣議は内閣の最高意思決定の場である。
つまり、防衛庁長官が防衛大臣になっても、元から大臣のようなものだったのであまり変わらなかった。「予算の獲得がしやすくなった」という人もいるが、誇張だろう。軍政ではなく軍令についても、自衛隊の最高指揮官が内閣総理大臣であることに変更はなかった。

ちなみに、アメリカの国防長官は衆に抜きん出て重職である。もちろん最高指揮官は大統領だが、国防長官には、統合軍司令官に直接命令できる権限がある。統合参謀本部(いわゆる制服組のトップクラス)を飛び越してである。
統合軍とは、受け持ち地域ごとに陸海空軍を統合したもので、10個ほどある。指揮命令系統のラインとスタッフの区別でいえば、制服組において統合軍司令官より偉い人は、ラインから外れてスタッフになるのである。それが陸軍参謀総長や海軍作戦部長などだ。彼らは、大統領及び国防長官に助言するスタッフである。麾下の大軍に号令をかける権限は失う。
指揮命令は、大統領及び国防長官から直接、各統合軍司令官にくだるのである。

一方、日本の防衛大臣は、統合幕僚監部を指揮監督する。統合幕僚監部が指揮命令のライン上にある。
つまり、アメリカでは制服組のトップクラスが間接的存在になるのに対し、日本では背広組(文官)のトップクラスたる防衛大臣が、むしろ間接的存在である。日本のシビリアンコントロールは、いざとなったら弱いだろう。防衛庁長官とあまり変わらん。

第二に、庁が省になったことよりも、それに付随する変更点に重要なものがあった。たとえば、PKOなど海外派遣が大っぴらに認められるようになった。
これに対し、左翼の論者などは強く反対したが、かえって株を下げる結果を招いたようだ。というのは、PKOなんてのは例えば下記の英紙ガーディアンの記事(https://www.theguardian.com/world/2008/oct/27/co …)を見ていただきたいが、軽武装である。「UN」と書かれた白っぽい装甲車(戦車ではない)が、そろりそろりと動いてる。周囲を圧する威容もない。
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このようにPKOは軽武装だが、現地であまり攻撃を受けない。まあ、上記の記事では攻撃を受けてるが、これは例外的だからニュースになったのである。最近ではイスラエルがレバノンを攻撃し、そこにいた国連職員を巻き添えにしてしまったが、これも例外的で、アメリカの威光を笠に着た暴挙だ。
一般的には、やはり「国連から派遣されてきた奴らを攻撃するのは良くない」という意識が働くだろう。

ただし、PKOは、紛争を直ちに終結させる力を持ってるわけでもない。派遣は長引いて、現地は膠着状態で、さしたる成果も上がらないこともある。そういう地道な活動なのだ。
たとえばキプロス紛争(ギリシャ対トルコ)なんて、もう何十年PKOが入っているんだ? 今調べたら1964年以来らしい。60年間である。赤ちゃんも還暦になる歳月ですよ。

ということで、2007年当時の最大野党・民主党は、これらの件で徹底的な反対はしなかったようだ(大して左翼でもないし)。防衛庁から防衛省への変更が、政府・国会で正式に決まったのだった。
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名前は変わりましたし 法律上の扱いも変わりましたが それほど大きな変更はありませんよ。

 まぁ 行政の中の立ち位置が大きくなったというくらいです。
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防衛庁、防衛省検索してください。

詳しく沿革や変遷判ります。
正しい情報必要なようですから、個人的意見含んだ回答は適当では無いと思います。
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