ドストエフスキーの「罪と罰」の中で語られている「罪」とは何なのですか?また「罰」とは何なのでしょうか?どなたか詳しく教えてください。おねがいします。

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A 回答 (3件)

僕が思うには、ドストエフスキーにとって、


罪と、そして、罰、とは、因果律に結ばれた
二つの概念ではなく、ひとつの物を、そのまま
差したのだと思います。

そのひとつの物、とは、彼の観る、人間そのもの
の、そのままの在りよう、だったと。

彼の処女作を思い出してください。
「貧しき人々」ですよね。
その後、流刑にあい、彼はそこで様々な人間の
形をした絶望を目の当たりにする訳ですが、
彼がそこで見たものとは、宇宙の根源まで行っても
癒えない、人間というものの深い悲哀だったので
はないでしょうか。

「罪と罰」の中の場面で、ラスコーリニコフが
ソーニャと二人きりで、ベッドの上に座り、
聖書を読む所がありますよね。
その時のラスコーリニコフの心裡のささやきを、
ドストエフスキーは冷徹に描く・・・、隣の部屋
に、ちゃんと或る人物を置くのを忘れず。
また、大地に接吻をする場面でも、更に、最終章
でも、ラスコーリニコフは、あくまでも醒めた
ままの状態にしたまま、ついに、彼は、そのまま
この大きな小説を閉じてしまいます。

これらは、いったい何を意味するか、と、考えると、
そこに、僕は、ドストエフスキーという人の、
直な、また、或る意味で、生な、人間存在そのもの
が持つ、いわば「原罪」、或いは、「実存」という
ものへの、非常にはっきりとした眼差しを感じます。
つまり、「天使」や「神さま」をそのままに感受す
るソーニャのような存在を肯いながらも、しかし、
それだけでは到底救い得ない人間の深い悲哀、絶望
というものを、彼は、まるごと、そのままの形で荷
おうとするかのように、苦悩や紳吟、天ではなく、
この地において、神ではなく、この人間の魂において、
いわば、地獄の自己救済という、大変リアルな
カオスに沈黙の予定調和黙示する、そのように、
感じられます。

例えば、マイスター・エックハルトは、人間の魂の
内側においてこそ、神の魂は最もよく自らを
露わとする、と言います・・・無論、ドストエフスキー
も、このロマ書の言葉に一人涙することの出来た
人だった事でしょう。しかし、彼はその道を取らなかっ
た。

僕には、「罪と罰」がそのまま、彼の「愛」だった、
そんな風にも感じられます。
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先に回答いたしましたinformation-junkieです。

まずお詫びと訂正なのですが、前回「キリスト正教」となっていましたが、「キリスト教」と「ギリシア正教」が混じっていました。ここは「キリスト教」ということにしておいてください。申し訳ありません。

さて、「罪と罰」ですが、もちろん刑法上の「犯罪と刑罰」ではあるのですが、「罪」は「人の定めたおきてを踏み越える」だけではなく、さらに形而上的な意味合いとして「神のおきてにそむく」ことでもあると考えられます。ラスコーリニコフは、自尊心にもとづいて行動を起こしたが、それは「神のおきてにそむく」罪でした。「罰」は、ほぼ定説となっているのは、犯罪の直後からまざまざと実感するようになった人類との「断絶感、分裂感」ですが、それに加え、神による「罰」の最高形態である「愛の不能」もそうであるという論もあります。つまり、愛が不可能なところでの愛への渇望です。
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「罪と罰」…、キリスト正教に由来していたと思いますが、忘れてしまいました。

ドストエフスキーの作品の翻訳者、江川卓の「謎とき『罪と罰』」を読めばたいへん詳しく分かると思います。私も機会があれば読み直してみますが、ぜひご一読をすすめます。

参考URL:http://www.eshopping.ne.jp/bks.svl?start&CID=BKS …
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Qドストエフスキー「罪と罰」の結論

この小説の主題は、「正義の殺人ということはあるか?」というものです。

この問題提起の真意は、「革命は正義か?」というものと思います。

そして「小説の結論」は、如何なる殺人も正義ではあり得ない、つまり革命は正義ではない、というものと思います。
革命運動をして死刑判決を受けたドストエフスキーがシベリア流刑で得た結論と思います。

さて質問です。
日本でもこの小説は必読の書となっていますが、日本のインテリにはかつて革命論者も沢山居ました。

そういう革命論者に対して、この小説はまったく影響を与えなかったように私には思えます。

つまり日本では小説というものが、実人生にほとんど影響を与えない、という気がするのですが、何か影響を与えた、という例は無いものでしょうか?
(もちろん罪と罰という小説に限っての質問です。)

Aベストアンサー

埴谷雄高などはそんな感じだったかもしれませんけどね。
それいうなら「悪霊」の方がいいですよ。連合赤軍事件と「悪霊」についてはいろいろな論説があったと思います。

Q「罪と罰」の登場人物の名前について・ロシア人名

ドストエフスキー「罪と罰」を読みました。内容はともかくとして、文学としての一つの「特徴」が気になったので、架空人物の名付け方・ロシア人の姓名についてお尋ねします。罪と罰を読んだことない方でもけっこうです。

全体的に「堅苦しい言い回し」が多いという印象を受けました。ただ、それはロシア文学に限らず日本文学でも明治のものは難解ですし、「筆者がわざと難しい言い回しをして、読者の知的好奇心をくすぐっているのかな」
「ひょっとして、19世紀当時~20世紀初頭は、大衆文学とは言っても文芸誌・雑誌を買う人は限られていて、『くだけた言葉で書かれたものは価値がない。荘厳な言い回し・読解を必要とするブンガクテキ表現をする著作の方が、読者に対して読む価値のアルモノとしてのハクを示せる』と思っていた作家が多いのかな」
とすら思ってしまいます。

それにしても罪と罰を読む上でつらかったのは、私に全くなじみのない姓名が多かったことです。ロジオン、ロージャ、この2つが同じ人物を指すことまでは受け容れられますが(英語圏でもリチャードがディックになったりしますものね)、場面ごとどころか、同じ場面の中でさえ、ロージャ、ラスコーリニコフ、ロジオン・ロマーノヴィチ、ところころ呼び名が変わるのには四苦八苦しました。
私は本作が初めて触れたロシア文学ですが、
          ロマーノヴィチ  ・ラスコーリニコフ と
          アレクサンドロヴナ・ラスコーリニコワ と
アヴドーチャ   ・ロマーノヴナ
が親子兄妹の血縁関係だ、ということに慣れるにも時間かかりました。

本作を読むに当たり、インターネットで補助検索をして、
イワン(A)  ・イワノヴィッチ(B)・イワノフ(C)
というルールは見付けましたので、
ゴルバチョフ、フルシチョフ、カラシニコフ、カラマーゾフ、
ロシア人名の語尾がみんな似通っていることには納得した次第です。
女性の場合はたぶん
エカテリン(A)  ・イワノヴナ(B’)・イワノワ(C’)
となりますよね?

■まず、
アヴドーチャ   ・ロマーノヴナ
には 「・ラスコーリニコワ」(C)がないのは、未婚女性だからですか?

■ドゥーニャ、ドゥーネチカは アヴドーチャ の愛称(英語でいうニックネーム)ですか?
でも英語の場合は人によってなんていう愛称で呼んでもらうか一つに決まっている、と聞いたことがあります。
例えばエリザベスという本名の登場人物を、呼ぶ人によって エリー、エリザ、リサ、ベス、ベティ とばらばらに読んでいる文学作品に、僕は出会ったことがありません。大将、兄さん、あのバカ、といった役柄によって呼び名が変わることはあったとしても、ニックネームを2つも持っているのは、「ロシア特有なんだろうか」と素朴に疑問に思いました。中国における 阿備 や 美美 のように、未成年や特に女の子の場合には、
  気分によって よし子ちゃん、よっちゃん、と呼び分け
たりするものなのでしょうか。
さっきまで ソーニャ、と呼んでいた人が、急にソーネチカ、と呼んだりすると、
ソーニャとソーネチカのどちらがより親しい言い方なのかわからない私としては、とまどい続けるばかりです。ソフィア、と呼びかけるのは、たいへん距離感のある言い方でしょうか(ドゥーニャ、ドゥーネチカも同様)。

■医師や弁護士が登場しますが、(少なくとも19世紀ロシアにおいては)英語でいうDr.のような尊称はあまり一般的でなかったのでしょうか。
ピョートル・ペトローヴィチ・ルージンのことを「ピョートル・ペトローヴィチ、」と呼び捨てにして話しかけている人物の多いことが気になります。
「ピョートル・ペトローヴィチさん、」
「ピョートル・ペトローヴィチ先生、」
という呼びかけをしていないのは、訳者の癖でしょうか。

■また逆に、ルージンと結婚しようとしているドゥーニャでさえ、「ピョートル・ペトローヴィチ、」とほぼフルネームで呼んでいるのが気になります。ピョートルの愛称って一度も出てきていませんよね? ルームメイトでさえ。

■ドゥーニャはスヴィドリガイロフのことは、
「スヴィドリガイロフはなんて言ったの?」
「スヴィドリガイロフさんの話はおやめになってください」
と、さんを付けたり付けなかったりしています。これは原文にミスターやムッシュやヘルみたいなのがあったりなかったり、ということなのか、訳者の癖ということなのか、どちらなのでしょうか。この「さん」を付けるかどうかやフルネームで呼ぶかどうかで心理的距離感がわかったりしますか?


ここから一番聞きたいことです。
■なぜ一つの作品で、ペトローヴィチやイヴァーノヴナという、同じ姓の登場人物が3人も4人も登場するのですか?
三国志でも夏侯淵・夏候惇とか孫権・孫堅・孫権みたいな、読んでて嫌になりそうなややこしい名前が存在しますが、あれは歴史小説として捉えれば、罪と罰とは少し違う気がします。架空小説ならばなるべく「個性が生きるように」人物設定するのが自然であって、一つの作品に
X・ペトローヴィチ
Y・ペトローヴィチ
Z・ペトローヴィチ
を登場させるのは、ダメな作家のやることだと思うのですが(血縁でない限り)。前述の通り「ヴィチ」が息子を意味することまでは理解しました。日本でいえば「佐藤さん」のようにありふれた名前、ということでしょうか。しかし、
伊藤
佐藤
近藤
という架空の名前を人物相関図に当てはめていくときに、「もう少し違う名前にしよう」と思いませんか? ましてペトローヴィチは「一字一句違わない」ですし。
ダ・ヴィンチ、デカプリオ みたいに、AとB をセットで呼ぶことに慣れてしまっているのでしょうか。ゾシーモフはずっと「ゾシーモフだけ」で呼ばれているから気の毒ですが。

洗礼名という日本にはない慣習のことを考えると、欧米人の個人名(ファーストネーム)が日本ほどバリエーションに富んでいないことは理解できます。特に ペトロ はありふれた名前なんでしょうね。
ペトロ(ピーター)やイワン(ジョン)がありふれているからペトローヴィチやイヴァーノヴナがありふれている、
ということまでは理解ができます。

でも架空小説なら、「田中」という登場人物は一人だけに抑えることができるでしょう?
アメリカの映画でも、ジョンが3人も4人も出てくる作品を、見たことありません。まして、血縁関係もない「ジョンソン氏」が3人も出てくるなんて、狂ってると感じます。

■やたらめったら、相手をフルネーム(ファースト+ミドル)で呼ぼうとすることについて、これは当時のロシアで一般的だったのですか? 今のロシアでもそうですか?
つまり、池上さん、や、あなた、や先生、と呼びかけるよりは、池上アキラ、と呼びかける方が、より相手に敬意を込めた表現なのでしょうか? 一連の会話の中で何度も何度もフルネームで呼ぶのが気になります。
それとも、これは「文学特有の」わざと堅苦しい言い方をして、読者に印象付けようという、ドストエフスキーの「テクニック」ですか?
それも、よくあったテクですか、それとも彼固有ですか?

以上、長くて恐縮ですが一つずつでも良いので、よろしくお願いします。

ドストエフスキー「罪と罰」を読みました。内容はともかくとして、文学としての一つの「特徴」が気になったので、架空人物の名付け方・ロシア人の姓名についてお尋ねします。罪と罰を読んだことない方でもけっこうです。

全体的に「堅苦しい言い回し」が多いという印象を受けました。ただ、それはロシア文学に限らず日本文学でも明治のものは難解ですし、「筆者がわざと難しい言い回しをして、読者の知的好奇心をくすぐっているのかな」
「ひょっとして、19世紀当時~20世紀初頭は、大衆文学とは言っても文芸...続きを読む

Aベストアンサー

どうやら24時間以上たっても回答が付いていないようですのでお答えいたします。
たぶん外国語カテゴリーのほうがより多くの回答を望めたかもしれません。
かく言う私も決してロシア文化に明るいわけではありませんので、回答は部分的なものになります。ご了承願います。

まず、
〔男性〕 イワン(A)  ・イワノヴィッチ(B)・イワノフ(C)
〔女性〕 エカテリン(A)  ・イワノヴナ(B’)・イワノワ(C’)
のうちで
Aが「個人名(その名前の持ち主本人に与えられた名前)」、
BおよびB’が「父称(ふしょう、その名前の持ち主の父親の名前に由来する呼び名)」
CおよびC’が「姓(いわゆる苗字に相当)」
であることを理解してください。
父称は東アジア(日本含む)や西欧の多くの国では馴染みのない習慣ですが、「○○の息子(娘)」を意味する呼び方であり、
古くは、実の親子関係であることや、家系を示すために使われたといわれます。
(アイスランド語では現在でもこの利用法に基づき父称が用いられていて、何世代にもわたって使われる「苗字」は使われません。)
ロシア語などスラブ語圏ではもともと「姓」はなく、父称が姓の役割を果たしていたそうですが
(つまり古くは、上記例でいえば「A・B」だけの形だった)、
近代になって、この「父称」の使用を保ったまま新たに「姓」を使用するようになりました(「A・B・C」の形になった)。
ここ、ロシア人の人名を理解するうえで、大事なポイントです。

>アヴドーチャ   ・ロマーノヴナ
>には 「・ラスコーリニコワ」(C)がないのは、未婚女性だからですか?
これは当方には分からないので割愛させてください。

>ドゥーニャ、ドゥーネチカは アヴドーチャ の愛称(英語でいうニックネーム)ですか?
はい、そうです。
ただ、英語でいうニックネームは正式な名前として用いられることがあるのに対し、
ロシア語の愛称形はあくまで愛称であり、正式な個人名としては用いられません。
使い方ですが、
>気分によって よし子ちゃん、よっちゃん、と呼び分けたりするものなのでしょうか。
そのとおりです。但し、日本語でも「よし子さん」のことをそんなに軽々しく「よっちゃん」と呼んだりしないのと同様、
よほど親密な相手でないと「ソフィア」のことを「ソーネチカ」と呼んだりはしないようです。
(「ソフィア」の愛称形のひとつが「ソーニャ」ですが、「ソ-ネチカ」はその更にずっと砕けた呼び方です。「親称」ともいいます)
ちなみに「ソフィア」とだけ呼ぶと、まるで親が子供に向かってお説教でも始めるかのような雰囲気になってしまいます。

>ピョートル・ペトローヴィチ・ルージンのことを「ピョートル・ペトローヴィチ、」と呼び捨てにして話しかけている人物の多いことが気になります。
これは呼び捨てではなく、当時のロシアの習慣としてはこのように「個人名+父称」で呼ぶのがいちばん正式で、礼儀にかなった呼び方だったのです。
日本人の感覚だとどうしても呼び捨てに思えてしまうのは致し方ないのですが、「○○さんの息子(娘)の△△さん」というふうに呼んでいるわけであり、日本語の「山田太郎さん」「鈴木花子さん」といった「苗字+名前+敬称」の感覚にいちばん近いともいえるでしょう。
『罪と罰』の主人公を「ロディオン・ロマーノヴィチ」と呼んだのなら、それは「ロマンさんの息子のロディオンさん」と呼んでいるわけですね。

>やたらめったら、相手をフルネーム(ファースト+ミドル)で呼ぼうとすることについて、これは当時のロシアで一般的だったのですか? 今のロシアでもそうですか?
さすがに現代ではやや堅苦しい呼び方になってきているようですが、公式な場や公的書類などでは今でも用いますし、年配の人や社会的立場の高い人に対する呼びかけにも用いられているようです。礼儀を重んずる人なら当然のように父称を付けて相手を呼ぶでしょうね。
ですからテクニックでもなんでもなく、ちゃんとした礼儀正しい表現です。ゴーゴリもトルストイも、それどころかショーロホフやソルジェニーツィンだって用いていますよ。
ちなみに「名前+父称」はフルネームではありません。これに姓が加わってはじめてフルネームになります。


>なぜ一つの作品で、ペトローヴィチやイヴァーノヴナという、同じ姓の登場人物が3人も4人も登場するのですか?
上記のように、ペトローヴィチやイヴァーノヴナは姓ではなく「父称」です。
つまり父親の名前がピョートルであったりイヴァンであったりしたために(いずれもありふれた名前だという点はご指摘の通りです)
ペトローヴィチなりイヴァーノヴナなりの父称が息子や娘についているわけです。
これらの父称が、『罪と罰』の中で、一見、登場人物たちの姓のように見える理由ですが、当方もよく理解していません。
作者(ドストイェーフスキー)が作中人物たちのうち重要度が低いものにたいしてはわざわざ姓を設定しなかったのか、
それとも身分がそれほど高くない人物はこの時代(19世紀半ば)「姓」を持っていなかったのか。
いずれかだとは思うのですが、当方もあいにく存じません。
『罪と罰』にペトローヴィチが何人か登場するのは、作者がその「ペトローヴィチさんたち」の個性をあえて目立たないようにしたとも考えられます。ラスコーリニコフやソーニャの印象が高まりますから。
(どうでもいい話ですが、作中でいちばん私の印象に残っている人物は、ロージャ君を除けば、飲んだくれのマルメラードフおじさんです。)


ロシア人の名前に関する資料として分かりやすく説明しているサイトを貼っておきます。
http://rossia.web.fc2.com/sp/fio/index.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1386887598

どうやら24時間以上たっても回答が付いていないようですのでお答えいたします。
たぶん外国語カテゴリーのほうがより多くの回答を望めたかもしれません。
かく言う私も決してロシア文化に明るいわけではありませんので、回答は部分的なものになります。ご了承願います。

まず、
〔男性〕 イワン(A)  ・イワノヴィッチ(B)・イワノフ(C)
〔女性〕 エカテリン(A)  ・イワノヴナ(B’)・イワノワ(C’)
のうちで
Aが「個人名(その名前の持ち主本人に与えられた名前)」、
BおよびB’が「父称...続きを読む

Q「罪と罰」を読んだことある方 助けてください

ドストエフスキー「罪と罰」を読みました。
集英社ギャラリー版 小泉猛訳です。

マルメラードフの死出の場面で
奥さんのカチェリーナ・イヴァーノヴナ(以下K)と、
その大家のアマーリヤ・イヴァーノヴナ(以下A)が口論します。
●● 引用1 ●●

A「わたし、前に一度、あなたに言いました、
あなた、わたしのこと決して
 アマリ・リュドヴィーゴヴナ 
と呼んではいけないこと。
わたし、
 アマリ・イワン
です!」

K「あなたはアマリ・イワンじゃない、
 アマーリヤ・リュドヴィーゴヴナ 
です。それに私たちはあなたにおべっかなんか使いませんからね、
いつ何時だってあなたをアマーリヤ・リュドヴィーゴヴナと呼びますよ。
でも、
  なんであなたがその名前を嫌うのか、わたしには何としてもわかりゃしないわ。」

●●●●●●●●

一方後日の法要の饗宴の席では、
●● 引用2 ●●

なんとも我慢のできなくなったカチェリーナ・イヴァーノヴナは、大声で

K アマーリヤ・イヴァーノヴナにはファーテル(父親)なんてまるでいなかったのかも知れない。だいたいアマーリヤ・イヴァーノヴナなぞ、ぺテルブルグに流れ込んで来た飲んだくれのフィンランド女で、昔は料理女(女中奉公)でもしていたのだろう、いや、まごまごすればもっとひどいこと(暮らし)をしていたのかも知れない

と『歯に衣着せず言ってのけた』。
アマーリヤ・イヴァーノヴナは真っ赤になって

A カチェリーナ・イヴァーノヴナの方こそ「たぶん丸切りファーテルなかったけれど、自分にはファーテル・アウス・ベルリンあった。
こんな長いフロック着て、いつもプーフ(プフー)、プーフ、プーフやっていた」

とやり返した。
カチェリーナ・イヴァーノヴナは、いかにも相手を軽蔑し切った顔をして、

K 自分の生まれは誰もが知っている、現に自分の父は大佐だったと症状にも活字で書いてある、
ところがアマーリヤ・イヴァーノヴナの父親なぞ(仮に父親と名の付く者があったとすればの話だが)、恐らく
ぺテルブルグに流れ込んで来たフィンランド人で、牛乳売りでもしていたのに違いない、
いややっぱり、父親などまるでなかったと考えた方が確かだろう、
何しろアマーリヤの父称は何というのか、
イヴァーノヴナ なのか リュドヴィーゴヴナ なのか、
未だにわかっていないではないか。

ここでとうとう、アマーリヤ・イヴァーノヴナは拳でテーブルを叩きながら、声を張り上げた。

A 自分は アマリ・イワン で、リュドヴィーゴヴナ ではない、
自分のファーテルは「ヨハン(Johann?)と言って市長してた」。

●●●●●●●●
(()内は別の訳者による訳。)

というように、Aがドイツ系ではなくフィンランド系ではないか、という中傷合戦にまで発展しています。
そこでいくつか質問です。

●Q1
Aは
  アマーリヤ・イヴァーノヴナ(か フョードロヴナ か リュドヴィーゴヴナ)・リッペヴェフゼル
というフルネームだと思いますが、
初出でフョードロヴナなのに後から別の父称で呼ばれるのはなぜです? 父称が人生途中で変わって複数持つことなんてあります?

●Q2
読む方としてもアマーリヤ・リッペヴェフゼルと呼ばれていた人が100ページ以上後で久しぶりに登場した時にアマーリヤ・イヴァーノヴナと呼ばれたりすると、同一人物だとわかりにくいです。台詞部分ではファースト・ミドルで呼ぶことが多いのはなんとなくわかりましたが、台詞以外でファースト・ミドルとファースト・ファミリーなどの表記ゆれがあるのは、訳者の癖ですか? (別の訳ではファーストのみに統一している物もありました。)
それとも作者が読者を飽きさせず脳を刺激するようにころころ呼び名を変える演出をほどこしたのですか?

●Q3
Aの配偶者は一度も登場せず、Aが大家として「女主人」とも表現されていますが、旦那さんは既に死亡している、と考えるのが妥当でしょうか。

●Q4
Aがリュドヴィーゴヴナという父称を頑なに嫌う理由がわかりません。
これは、Kが「なんであなたがその名前を嫌うのか、わたしには何としてもわかりゃしないわ。」と言っている通り、
Aの本名はリュドヴィーゴヴナだということを周囲は皆認知しているのに、それを本人が拒む理由をKも周囲も誰もわからず、従って読者にもわかるはずがない、ということでしょうか。

3つともヴナと付いてはいますが、イヴァーノヴナがよりドイツ系的だということで本人が好んでいるのでしょうか。

●Q5
それとも
フョードル と リュドヴィーゴ と イワン(ヨハン) という3人の父親候補の男性がいて、
 家庭の貧しさが故に養子(奉公)に出されたか、
 妾・愛人の子で認知してもらえなかったか(いわゆるシングルマザー)、
 Aの母親がリュドヴィーゴと再婚したので、世間的にはリュドヴィーゴの子として育てられてきたけれど、リュドヴィーゴと離婚した後、「あなたの本当の父親は実は、イワンというそれはそれは立派な人だったのよ」という秘密を母親が教え込んだのか、

とにかく「実の親と育ての親が違う」という、古今東西を問わず普遍的な「出自の悩み」を抱える役を作者が与えたのでしょうか。
そんな「ドラマティックな背景」でもない限り、
リュドヴィーゴヴナという名を他人(K)は知っているのにA本人は嫌がっている、という理由がちんぷんかんぷんです。

●Q6
「料理女(女中奉公)でもしていたのだろう、いや、まごまごすればもっとひどいこと(暮らし)をしていたのかも知れない」
というKのAに対する中傷は、
  ひどいこと = 売春
を匂わせている、と考えたら考え過ぎでしょうか?
「今は他人から家賃を取り立てるような女主人という良い身分についているが、どんなことをして成り上がってきたのかわかったもんじゃない。どうせ、あんたの母親は売春婦で、父親のわからないあんたもひょっとしたら売春婦をしてたんでしょ!」
と言っているのでは?

●Q7
「仮に父親と名の付く者があったとすれば」
という括弧書きが、Aの母親は売春婦だったかも知れない、と私が考える根拠です。
だって生物学的に父親がいないなんてあり得ないのに、わざわざ、
「Aには父親がいないに違いないと考えた方が確かだろう」
というKの主観が書いてあるのは、そういうことなのかなと思いました。

●Q8
移民なので偽名を多数使っているのでしょうか。

●Q9
この19世紀半ば当時、ロシアから見て、
ドイツ人は「多くが、商人や法律家などロシアに来て金銭面で成功している人々や知識人」という、尊敬とやっかみの対象だったのでしょうか?
ロシア人がドイツ人を下に見ず、むしろそのハングリーな勢いを恐れていたからこそ、ドイツ語なまりのロシア語などを馬鹿にしていたのでしょうか?

一方、当時のロシア人は、フィンランド人やポーランド人を、同じ移民は移民でもドイツ系とは明らかに違う馬鹿にした扱いをしていましたか?
またこうした文学の背景には、バルト海の玄関口である首都ぺテルブルグという地理も色濃く影響していますか?

当時作者は、
「どうせおまえ(A)なんてドイツ系を名乗っているけど実際はフィンランドの血統だろ」
「フィンランド移民なんてせいぜい牛乳売りのような貧しい家庭の育ちだろ」
とフィンランドも牛乳売りも見下しているように見えます。
(まあ近年は差別に敏感ですが当時は「見下す」という意識はなかったのでしょうね。)

ポーランドについても同様です。ドイツ人は(流暢ではなくても)ロシア語を話しているのに、Aのもとに寄食(=居候?)しているポーランド人を初めとした3人は、ロシア語を話せない存在として描かれています。(ポーランドってゲルマン系よりスラブ系寄りじゃなかったでしょうか。ロシア語を習得しにくいんでしょうかね。)
「ドイツ人に比べて相対的に勤勉ではない」という当時の偏見があるのでしょうか。

●Q10
KとAが喧嘩別れする前までは表面上は仲良く付き合っていて(葬儀の手配を積極的に手伝うくらいですから)、
でもKはAのことを「ドイツ系を名乗っているけど実際はフィンランドの血統だろ」と内心見下げていたとすると、
文中で度々Aが

  この馬鹿なドイツ女
  でたらめ千万なドイツ女

と表現されていることとの整合性が取れない気がします。ドイツ女と呼ぶからには、それなりにドイツ育ちの訛りがあるということですよね。なのになぜ「ドイツのことを馬鹿にする」のではなく、「ドイツなんて嘘で、フィンランドだろ」というくだらない口撃をするのでしょう?
Kも内心、「Aがドイツ系なのは明らかだ。父親が市長だったというのも本当かも知れない。」ということを半分承知の上で、相手の出自をけなしているのですか?

●Q11
Aが多くの人に貸している家(4階以上の背の高い木造?アパート)は、
  コーゼル(錠前屋さん、お金持ちのドイツ人)の家
と呼ばれています。
ロージャやソーニャの家もまた貸しですね。

私はこの「また貸し」というシステムに驚きましたけど、ヨーロッパでは大家公認のよくある文化なのでしょうか?
コーゼル  = とてつもないお金持ちのオーナー
アマーリヤ = 小金持ちの「家主」、現代日本でいうところの管理人兼不動産屋
というイメージでしょうか?
ドイツ系どうしで縁があった、当時ドイツ人は成功者が多かった、という演出でしょうか。

●Q12
プーフは葉巻プカプカ、で良いですか。

長くて恐縮ですが、一つずつでも良いので、よろしくお願いします。

ドストエフスキー「罪と罰」を読みました。
集英社ギャラリー版 小泉猛訳です。

マルメラードフの死出の場面で
奥さんのカチェリーナ・イヴァーノヴナ(以下K)と、
その大家のアマーリヤ・イヴァーノヴナ(以下A)が口論します。
●● 引用1 ●●

A「わたし、前に一度、あなたに言いました、
あなた、わたしのこと決して
 アマリ・リュドヴィーゴヴナ 
と呼んではいけないこと。
わたし、
 アマリ・イワン
です!」

K「あなたはアマリ・イワンじゃない、
 アマーリヤ・リュドヴィーゴヴナ 
です。そ...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
外国語のカテゴリで質問されるほうが、お返事集まりやすいとは思いますが、、、
難しいことは、よくわかりませんけれど。

>●Q1
Aは
初出でフョードロヴナなのに後から別の父称で呼ばれるのは

>●Q2
読む方としてもアマーリヤ・リッペヴェフゼルと呼ばれていた人が100ページ以上後で久しぶりに登場した時にアマーリヤ・イヴァーノヴナと呼ばれたりすると、同一人物だとわかりにくい

英語でこの小説を説明するサイトをいくつか読みましたが、アマーリヤに関しては、父称が3つあることを、だれも疑いもせずにたんたんと書いていましたし、わたしも、読んでいてとくにへんだとは思いませんでした。たしかに、父称は揺れるのですけれど、しばらく間があいてまた登場する際には、大家の、とか、リッペヴェフゼル夫人のような書き方があるので、わたしは戸惑いはしませんでした。

推測ですが、この時代、名家に属しもしない、平民には、きちんとした姓がなかったのかもしれないし、まして父称だと、なにを名乗ろうが自由だったり、父親がわからない・あえてはっきりさせない・実の父とは違う父称を名乗る、なんて日常茶飯事だったのではないでしょうか。

また、演出上の効果というかはわかりませんけれど、このアマーリヤとカチェリーナの関係について、アマーリヤのよくわからない複数の父称、という存在が、彼女のだいご味というか、カチェリーナにとっては突っ込みどころで、そこをカチェリーナが突っ込むことじたいが読者にとっては面白い、と、物語に色を添えているのは確かです。

>●Q3
Aの配偶者は一度も登場せず、Aが大家として「女主人」とも表現されていますが、旦那さんは既に死亡している、と考えるのが妥当

未亡人かもしれないし、だれかの囲い者(だった)かもしれません。そもそも一度も結婚していないのかもしれません。女主人というのは、職業名かなとも思います。

>●Q4
Aがリュドヴィーゴヴナという父称を頑なに嫌う理由が
>●Q5


フョードル、イヴァン、リュドヴィーゴのうち、さき2つはあきらかにロシア風の名前であるに対し、リュドヴィーゴは、ヨーロッパのもっと西のほう、ロシアからすればかなり異国的な響きだと思います。アマーリヤは移民であることにコンプレックスをいだいているため、ロシア風の名前にこだわります。

上にも書きましたが、父親が不明の可能性はあると思います。また、親の職業というか彼女の出自については、庶子かもしれませんね。ただ、平民にしたらそれはドラマチックなことというよりむしろ日常的で恥ずかしいことなんではないでしょうか。だから隠したい、普通のロシア人にあこがれているので、イヴァンにこだわるんだと思います。

>●Q6
「料理女(女中奉公)でもしていたのだろう、いや、まごまごすればもっとひどいこと(暮らし)をしていたのかも知れない」
というKのAに対する中傷は、
  ひどいこと = 売春

>●Q7
「仮に父親と名の付く者があったとすれば」

カチェリーナがここで売春を持ちだすと、彼女にとってはやぶへびでしょう。義理の娘が黄色い鑑札商売をしていて、彼女は食べていて、そこは突っ込まれたくないはずですから。だから、料理女よりもっと酷いとは、せいぜい物乞いとか、誰かに囲われて、同時に複数の男性と関係をもつような女性だったとかいいたかったのかなと思うんですが。でも、カチェリーナはもう常軌を逸していますので、アマーリヤの母親を売春婦とののしってもおかしくはないのかもしれません。

>●Q8
移民なので偽名を多数

移民なので違う名前を使いやすいというのはあるでしょう。


>●Q9
>●Q10

国力の強い国は憧れの対象です。文化芸術的に憧れがつよいのはフランスで、気取った会話にはよくフランス語がでてくるでしょう。それで、ドイツというのは、フランスほど高級な香りはしなくても、ロシアにとっては、強い国力の国という意味で、やはり憧れというか、周辺の強国だったのだろうと思います。国土も豊かですし。お書きの、勤勉とかそういう国民性についてはよくわからないのですが、ロシア人にとって、フランス・ドイツ>>>超えられない壁>>その他のヨーロッパの小さな国、たとえばポーランドやフィンランド、という図式はあったのだろうと思います。そして、移民で長くすめば、アマーリヤもわかっていたはずです。

アマーリヤとカチェリーナの喧嘩のくだりのわらわせるところは、どっちもどっち、底辺の2人が、互いに「わたしはおちぶれているかもしれないけど、こいつよりは上に違いない」と必死になって、じぶんの父親を自慢し、相手の父親をけなしあってるところです。

カチェリーナは、父が大佐で、こどものころはそれなりにお嬢さんだった。でも、駆け落ちしてから家族に縁を切られ、子連れで再婚した相手のマルメラードフは飲んだくれて官吏の仕事もろくにつとまらないまま死んでしまう。こんなはずじゃなかった、というつらさが、高いプライドと伴わない現実にたいするギャップとあいまって、ちかくにいるアマーリヤへの攻撃として出るのでしょう。

移民というのは、どの時代でもある程度、その国の人からは差別や蔑視の対象になりやすいものです。移民のなかでもランクがあって、ドイツはフィンランドやポーランドより上なのでしょう。だけどアマーリヤは日ごろから馬鹿にされてるのがくやしくて、ベルリンのお父さんは市長だったとかくやしまぎれに言うから、カチェリーナが、本当はドイツ人でもないんでしょ、フィンランドの牛乳売りでしょ、と続くわけです。

>●Q11

コーゼルはそれなりに小金持ちで、いわゆる町の商人くらいの地位があったのかもしれません。でも、アマーリヤはお考えの立場よりもっと貧しいんではないでしょうか。またがしって本来はやってはいけないことです。でも、そうでもしないとたべていけない人たちがいて、コーゼルのような大家はそれをわかっていたのだろうと思います。

>●Q12
プーフは葉巻プカプカ

おっしゃるとおりだと思います。

こんにちは。
外国語のカテゴリで質問されるほうが、お返事集まりやすいとは思いますが、、、
難しいことは、よくわかりませんけれど。

>●Q1
Aは
初出でフョードロヴナなのに後から別の父称で呼ばれるのは

>●Q2
読む方としてもアマーリヤ・リッペヴェフゼルと呼ばれていた人が100ページ以上後で久しぶりに登場した時にアマーリヤ・イヴァーノヴナと呼ばれたりすると、同一人物だとわかりにくい

英語でこの小説を説明するサイトをいくつか読みましたが、アマーリヤに関しては、父称が3つあることを、...続きを読む

Q「詩」や「小説」に詳しい方、ご協力おねがいします(>_<)

学校で20世紀に活躍した詩人、文学者について勉強してまして、ある人たちを調べています。
名前を挙げますと、
-----------
□Wilfred Owen(ウィルフレッド・オーウェン)
■Siegfried Sassoon(ジークフリード・サスーン)
□Edward Thomas(エドワード・トマス)
■Dylan Thomas(ディラン・トマス)
□James Joyce(ジェームス・ジョイス)
-----------
などなどです。

もしも彼らの中で、1人でも知ってる方がいたら情報いただけると嬉しいです!代表作だけでも結構です。
エドワード・トマスについては、自分で調べてもみたのですが良い情報が見つかりませんでした。
なので、彼については何でもイイので情報下さい!!
心より お返事お待ちしてますm(_ _)m

Aベストアンサー

非常に失礼なのですが、#3の方の回答の訂正をさせてください。

ディラン・トマスはウィスキーの飲み過ぎで死んだわけではありません。
確かに酒飲みで、亡くなったころは大変太っていたのだけれど、ニューヨーク滞在中に、講演や朗読、オペラを上演するために作曲家と打ち合わせなど、過密日程で体調を崩し、肝臓と心臓を痛め、ニューヨークの病院で亡くなっています。享年39歳。

ディラン・トマスは1914年、イギリスのウェールズに生まれます。
#3さんのおっしゃっておられる
>下層中産階級出身
というのが、どういった層を指すのかいまひとつわからないのですが、お父さんはグラマー・スクールの教師でした。
たとえばジョイスがアイルランド・ダブリンの地と切っても切り離せないように、トマスの作品はウェールズと切り離すことはできません。

1930年代のイギリスの詩壇は、マックニース、スペンダー、オーデン、デイ・ルイス(俳優のダニエル・デイ・ルイスのお父さん)らが中心の、非常に知的で左翼的で社会心理学の影響を色濃く受けた「ニュー・カントリー」派の詩人が支配していたんです。

そこへ19歳、全く無名の新人ディラン・トマスが、個人の魂を謳った「緑の導火線を通して花を駆り立てる力」という、詩壇そのものを揺るがすような詩をひっさげて華麗に登場した。若き天才児だったんです。

その後の十数年の間に三冊の詩集を出し、その傍ら小説を書き、短編集として『若き犬としての芸術家の肖像』(これはジョイスの『若き日の芸術家の肖像』のもじり)、中編として『皮商売の冒険』(晶文社からこのタイトルで翻訳も出ています)を出し(生前は短編集のみ)、戯曲もいくつか残しています。

トマスの詩は、とくに初期のものは難解で知られています。
とりわけ、言葉に象徴性と多義性を持たせようとして、多くの言葉を創り出し、複雑な構文で書いた初期の作品は、一つの言葉が動詞と受け取られたり、名詞と受け取られたり、批評家の見解も一致していません。
彼にとって「言葉」は大変に重要で、言葉にキリスト教、ドルイド教、ウェールズの伝説、神秘主義など多数のイメージを持たせる一方、感覚的にも言葉をとらえ、非常にいきいきとした、美しい英語で書かれた、とされています。

彼の詩の中で一番有名な「ファーン・ヒル」を参考URLとしてあげておきます(これはそれほどむずかしくありません)。

http://www.bigeye.com/fernhill.htm

参考URL:http://www.bigeye.com/fernhill.htm

非常に失礼なのですが、#3の方の回答の訂正をさせてください。

ディラン・トマスはウィスキーの飲み過ぎで死んだわけではありません。
確かに酒飲みで、亡くなったころは大変太っていたのだけれど、ニューヨーク滞在中に、講演や朗読、オペラを上演するために作曲家と打ち合わせなど、過密日程で体調を崩し、肝臓と心臓を痛め、ニューヨークの病院で亡くなっています。享年39歳。

ディラン・トマスは1914年、イギリスのウェールズに生まれます。
#3さんのおっしゃっておられる
>下層中産階級出身
という...続きを読む

Q俳句「山また山山桜また山桜」の作者

山また山山桜また山桜 という俳句を詠んだ作者を教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは~

阿波野青畝(あわの・せいほ)だと思います。

参考URL:http://www1.u-netsurf.ne.jp/~hiiragi/hanaharu/sakura/sakura.html


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