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 岐阜羽島浅井氏について何でも結構です。
 何か情報があれば教えて下さい。
 お願い致します。

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A 回答 (2件)

岐阜羽島浅井氏はわかりませんでした。


調べたなかで参考になれば。長政女崇源院(おごうの方)が徳川秀忠正室だったことから浅井家は保護され、旗本、御家人で何家か江戸時代も存続しました。そのなかで最高の禄が上総市原の三好家2000石です。長政の祖父の代の傍系です。三好政盛は江戸期浅井一族で唯一叙任され石見守になっています。菩提寺の医光寺に位牌が残っており、長政も「養源院殿正二位亜相天英宗清大居士」と記され、正二位大納言を追贈されています。戦国の負組の浅井長政も敗者復活というところです。

参考URL:http://www2.harimaya.com/sengoku/html/asai_k.htm …
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こんばんわ。



浅井長政の子孫について何でもいいって難しいご質問ですが、こんなのが引っかかりました。

長政とお市の方の子供の話は有名ですが、その他っていうと七郎君って子供が生き延びて、現在神奈川県藤沢市にお住まいになられているらしいですね。

参考URL:http://www.yumemaboroshi.com/goten/onna/asai/yae …

この回答への補足

 岐阜羽島浅井氏について、知っている方はいませんか?

補足日時:2005/05/30 22:53
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Q自分は浅井長政の子孫?

先日、祖父の遺品の整理をしていた所、家系図を発見致しました。
その内容を見ると、6代先までは生没年や氏名が詳しく記載されているのにも拘らず、
何故かその先は適当な感じ(生没年不詳だったり、氏名が片方だけだったり)になっており、
最終的にかの有名な戦国武将「浅井長政」に辿りつく形になっておりました。
また、途中、大岡越前の血を引く娘を嫁に貰っていると書かれてもいました。

しかしながら、記載者の名を見ると、私の祖父の名があり、いまいち信憑性に欠けます。
インターネットで調べてみた所、浅井家は既に滅んでいるとの記述も見つけました。
また、浅井家と大岡家が途中で結び付いたという記述は発見できませんでした。

そこで、私が浅井長政の子孫である、
または大岡越前の血を引いていると確認する方法はあるのでしょうか。
二方ともかなり有名な方なので、
それなりに家系図はしっかりしていると思うのですが
何分私はそういうことに無頓着だったと言うか不慣れなため、何をどう調べたらよいのか分かりません。

どうか親切な方、私にアドバイスを下さい。

先日、祖父の遺品の整理をしていた所、家系図を発見致しました。
その内容を見ると、6代先までは生没年や氏名が詳しく記載されているのにも拘らず、
何故かその先は適当な感じ(生没年不詳だったり、氏名が片方だけだったり)になっており、
最終的にかの有名な戦国武将「浅井長政」に辿りつく形になっておりました。
また、途中、大岡越前の血を引く娘を嫁に貰っていると書かれてもいました。

しかしながら、記載者の名を見ると、私の祖父の名があり、いまいち信憑性に欠けます。
インターネットで調べて...続きを読む

Aベストアンサー

武家の子孫です(笑)
実は我々の先祖は天皇家のような特殊な家柄を除き、江戸時代より前の家系はなかなか遡って知る事はできないようです。残念ながらうちもそうです。

ほかの回答者様もおっしゃるように、実は立派な事を書いた家系図を売買する商売があった時期があります。ひとつは明治維新後、薩摩・長州のイモ侍が自身の出自に箔をつけるために立派な家系図を書かせる事が流行しました。
またもう一つは太平洋戦争後の混乱期です。食料と引換えにやむなく家系図や家宝を手放す家があり、農家の手に渡っています。
よく「お宝鑑定団」で「なんでこんな農家のオッサンがこんな名品を持ってるの?」という場合は十中八九こっちのパターンです(笑)

特に前者の場合は戦国時代から派手な例だと奈良時代・平安時代の記述が非常に詳しい(天皇のご落胤とか源氏の出自とか書いたりします)くせに、途中の江戸期などの記述が大雑把・あいまいになっているケースが多いです。
家柄を証明するのはなかなか難しく、証明したところでメリットもありません。逆に言えばウソを言っても詐欺行為をしない限り罰則もありませんし。。。
むしろ記述の内容はともかく、その家系図の内容に恥じない生き方を心得えて人生の充実を図る方が建設的かもしれませんよね。家系図すら無い家も多いんですから。
ロマンとしてそっとしておくのも手かもしれません。

武家の子孫です(笑)
実は我々の先祖は天皇家のような特殊な家柄を除き、江戸時代より前の家系はなかなか遡って知る事はできないようです。残念ながらうちもそうです。

ほかの回答者様もおっしゃるように、実は立派な事を書いた家系図を売買する商売があった時期があります。ひとつは明治維新後、薩摩・長州のイモ侍が自身の出自に箔をつけるために立派な家系図を書かせる事が流行しました。
またもう一つは太平洋戦争後の混乱期です。食料と引換えにやむなく家系図や家宝を手放す家があり、農家の手に渡っ...続きを読む


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