千と千尋の神隠しの最後のほうで、千尋が湯婆に「どの豚が両親かわかるか」質問されて、
千尋は「この中にはいない」と答えますが、なぜ千尋は両親がいないとわかったのでしょうか?
教えて下さい。よろしくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (5件)

こんにちは。

先ずは、夢のない答えですが、豚の中にモヒカンヘアの豚がいなかった。お父さんは、豚になったときモヒカンヘアでしたから。でもこれじゃこの映画の意味がないですね。もう一つ夢のある答え。千尋の心の成長によって、その外見じゃなく、人の中身を見抜けるようになったためというのはどうでしょうか。
湯婆婆、蜘蛛爺その他、一癖も二癖もある登場人物の外見は、お世辞にもかわいいとは言えません。ハクが白竜であるのを見抜いたのは千です。彼らとの交流の中で
心の中にある本当の暖かさに触れることができた。外見じゃなく心を観られるようになったということでしょうか。一度しか観てないので自信はありません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
実は外見での判断材料があるのかどうか、気になっていました。(^^ゞ
心の成長によって心を見ぬくことができるようになり、湯婆の考えを見抜いたんでしょうかね??

お礼日時:2001/09/28 23:22

きっといろいろな体験で成長して、


「くもりなき眼でものごとを見定め」たのでしょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
やはり千尋の成長が第一ですね。「くもりなき眼でものごとを見定め」これが
キーワードでしょうか・・・

お礼日時:2001/09/28 23:37

あっ・・・私は単純に銭婆でしたっけ?あの人が編んでくれた


あの髪留めが一瞬光ったからそれのせいだと…(笑)
不思議な力の魔法をかけて編みこんだ物だから
不意に直感で確信を持てる答えが出たんだと思ってました(笑)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
髪留が光ったんですか?ぜんぜん気が付きませんでした。
銭婆の力と千尋の力が合わさってパワーを発揮したのかもしれませんね。

お礼日時:2001/09/28 23:25

私もyukkokunさんのご意見に賛成ですが、あえてもう一つ書かせて頂きます。

(^_^)
物語冒頭部分の千尋はどこか頼りなげで虚ろな目をしていた様に思います。
しかし、油屋を中心とした世界で様々な経験を積むうちに真実を見極める目を手に入れたのではないでしょうか。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
真実を見極める目を手に入れた、つまり成長したということでしょうか。
やさしく思いやりのある心のまま、大人になって欲しいですね。
見習いたいものです。

お礼日時:2001/09/28 23:16

「他人のために何かをすること」が後半のキーワード。

きっとみんなの思いが千尋に届いたのではないでしょうか。みんなは千尋がお父さんとお母さんと一緒に帰って欲しいと願っていたはずですから。私の見解ですけど・・・。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
みんなの思いが千尋に届いた、そうかもしれませんね。
正解した後のみんなの喜びようからもそんな雰囲気が感じられますね。

お礼日時:2001/09/28 23:10

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q千と千尋の神隠し、最後のほうに有った会話

この映画を先日アメリカの劇場でみました。元の世界に戻った家族が車での帰り道にお母さんが、新しい学校悪い子供いないかしみたいな心配事を言うと千尋が, I can handle it!(大丈夫よ! 任しておいて!という感じ)と答えます。米人の観客からもくすっと笑い声 ほほえましい反応がありました。私もとても良い落ち良いしめだと思いました。

最近、オークションで台湾製のDVDを買って見ました。日本語の会話を選び、日本語ではI can handle it! なんて言ったのかとちょっと楽しみにしてたら、ぜんぜんその会話がないんです。もしかするとアメリカ版だけに付け加えた会話なのかな、それとも台湾製が省いたのか疑問にに思っていますがどうなんでしょう。

Aベストアンサー

日本語版にもそんな会話はありません。車がトンネルを去るシーンではセリフは何もなく、トンネルを見つめる千尋にお母さんが「千尋~。はやくしなさい」というのが最後のセリフです。
下記サイトを参考になさってください

参考URL:http://www.starleaf.net/~airami/ussen.htm

Q「千と千尋の神隠し」についての質問 まだ見てない人はこの質問を見ないほうがいいかも・・・

今日(28日)千と千尋の神隠しを見ました。個人的には、もののけ姫よりも面白かったと思います。

この映画の内容はすんなり理解した(つもり)んですが、どうもよく分からない点があります。それは「顔なし」の存在です。「顔なし」はこの話にどのような効果(もしくは影響、意味、登場する理由)を与えているのですか?ただ単に出てきているだけの登場キャラクターではないと思います。なんか重要な意味があると思います。知っている人は教えてください。

もう一つ、これは別にあまり深い意味はないと思いますが、「坊」(ゆばーばに可愛がられている大きな赤ん坊)の存在はどのような意味があるのですか?

そして、全体的に見て、この話の主題などはどういうものか知りたいです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

この作品は、「油屋」というフィルタを通して現代社会の人間模様を描いています。

顔無しは多分、孤独な現代人の象徴なのだと思います。
仮面* 越しでしか世界を見れず、他人の声**を借りなくては喋れない。
貪欲に自らの欲望を満たそうとするが、結局は何も満たされていない。
彼はそんな人なのです。

*多分、仮面はメディアやマスコミを示しています。 マスコミによって脚色・取捨選択された映像でしか物事を見れない、感じれないってことを示しているんじゃ・・・
**他人の声 = 他人の言葉であり、他人の意見であると思います。自分の考えが持てないってことを提示しているんでしょうね。

劇中で彼は「寂しい・・・」と言葉を発しますが、多分これがキーワードです。
油屋で彼はあらゆる物質的な欲望を満たしますが、彼がもっとも必要としているはずの心の充足だけは得られません。そもそも客から搾り取ることだけが目的である油屋の中では、彼に心を開いてくれる人なんていなかったのです。唯一千尋を除いては。
千尋は「彼は此処にいるべきではない」と言いますが、その通り。彼は自分の居場所と心を開ける友人/家族を見つけるべきなのです。そして、それらは油屋では決して手に入らないのです。

結局、最後に彼は銭婆の家に残ることにしましたが、これは、彼が自分の居場所と家族、そして多分愛を手に入れたことを示しているのでしょう。




坊は、いつまでも大人になりきれない人間の象徴でしょう。いわゆるピーターパン症候群ってやつかも・・・
二十にも三十にもなって小学生のごとき思考/行動をする人。歪んだ教育の産物。子供に夢しか見せないで育てたその結果。
坊も最後には、過保護な環境からは自分の意志で抜け出さないとならないこと、自分の足で歩くこと、生きるためには働かなくてはならないこと、などを学びます。


千尋にしたってそうですよね。無気力な現代っ子が、いろいろと苦労をして自立することを学ぶ。
千と千尋ってそういう映画だと思います。

単純にストーリーだけ追っかけても面白かったですが、こんな感じのひねた視点で鑑賞してみるのもそれはそれで楽しいっす。

この作品は、「油屋」というフィルタを通して現代社会の人間模様を描いています。

顔無しは多分、孤独な現代人の象徴なのだと思います。
仮面* 越しでしか世界を見れず、他人の声**を借りなくては喋れない。
貪欲に自らの欲望を満たそうとするが、結局は何も満たされていない。
彼はそんな人なのです。

*多分、仮面はメディアやマスコミを示しています。 マスコミによって脚色・取捨選択された映像でしか物事を見れない、感じれないってことを示しているんじゃ・・・
**他人の声 = 他人の言葉であり、他...続きを読む

Q「千と千尋の神隠し」の「神隠し」タイトル

こんにちは。神隠しについて調べている者です。「千と千尋の神隠し」のタイトルについてどうしても分からないことがあります。

「千と千尋」については分かるのですが(たぶん)、ここで何故「神隠し」が使われているのかが疑問なのです。
というのも、「神隠し」というのは”隠す者”と”隠される人(ここでは千尋と両親)”、そして何より”残された人”がいて初めて認識されうるものだと思うのです。つまり気づく人間がいてはじめて「失踪」は成り立つということです。
しかし、この映画では「千尋がいなくなった!」と気づく人間はでてきません。視聴者を気づく側としているのでしょうか?

ここに来る前に下調べをした際、監督のインタビューにて「(映画中)八百万の神を迎えるのは女性のみであり、彼女らは娼婦・遊女を意味している」というような言葉を述べられている記事を拝見したのですが、確かに、元来神隠しに遭った女子或いは成人女性は大概の場合、遊女や売買の対象として連れ攫われた傾向があります。つまりこの作品は、表向き「働くこと」などいくつかのテーマを明示しながらも、少し裏を覗けば「売春、人攫いの現実」などの隠れたテーマも垣間見られるようです。

しかし、やはり私の中では「気づく者」の欠落した状況設定で監督が「神隠し」をタイトルにはめた理由がはっきりしません。
このタイトルについて何か監督の思想をご存じ或いは、この駄文を読んで下さった皆様の意見など、拝聴できましたら幸いです。よろしくお願い致します。乱文失礼致しました。皆さんに疲れ目用の目薬を差し上げたいです(笑)

最後に、お礼のお返事が遅くなってしまうかもしれませんこと先にお詫び申し上げます。

こんにちは。神隠しについて調べている者です。「千と千尋の神隠し」のタイトルについてどうしても分からないことがあります。

「千と千尋」については分かるのですが(たぶん)、ここで何故「神隠し」が使われているのかが疑問なのです。
というのも、「神隠し」というのは”隠す者”と”隠される人(ここでは千尋と両親)”、そして何より”残された人”がいて初めて認識されうるものだと思うのです。つまり気づく人間がいてはじめて「失踪」は成り立つということです。
しかし、この映画では「千尋がいなくなっ...続きを読む

Aベストアンサー

千尋達家族があちらにいる間にも、現実の世界では随分と時間が経過しています。(最後、車に葉っぱが積もっていましたよね?)
という事は、世間では、彼らは行方不明なわけです。
映画の中で描かれてはいませんが、千尋が通うはずだった学校や、千尋のお父さんの勤める会社でも、一体どこへ行ってしまったのかという事になっているはずです。

この場合の「隠される人」は、千尋と両親。
「残された人」は、世間の人々(主に、千尋達家族に関係のある人達)をさすのだと思いますよ。

Q千と千尋の神隠しでの釜爺と千尋の関係

千と千尋の神隠しが大好きで何十回とDVDで観ています。
今更の質問ですが釜爺がリンに「わしの孫じゃ」と言う場面が本編の最初のほうにありますが
どういうことでしょうか?
今まで何気なしに聞き流していましたが子供に聞かれてから気になりました。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。

孫ではありませんよ。紛れ込んだ「人間」をかばう事が許されない場所で、体よくリンに千尋を預ける為の嘘です。
もちろんリンもそれを分かって千尋を預かったのでしょう。

Q千と千尋の神隠し:最後の場面について

千と千尋の神隠しについてです。
最後の場面で、千尋が、豚10匹ぐらいの中に、父と母がいるか当てる
場面があります。

そして、この中にはいない、と言って、見事正解しています。
何故、千尋はいないと分かったのですか?
不思議でなりません。

どうぞよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。
私はno.1のかたのように本を読んだわけではなく、私の考えですが・・・。

湯婆婆のお姉さん、たしか銭婆婆でしたっけ。
その人のところで、手作りの髪かざりを貰います。 
そのとき、「願いをこめてあんだ」または「思いをこめてあんだ」というようなことをおばあさんが言っていたと思います。
その髪かざりに力があったと考えています。(魔法かどうかはわかりません。 人の念じる力のようなものかもしれませんね)

ハクの正体に気づいたのも髪飾りをつけたあとでした。

私はそう思っているのですが、どうなんでしょうね。


このカテゴリの人気Q&Aランキング

おすすめ情報