古文で、女房は裳や唐衣といった
女房装束を身に着けることで、
主人への敬意を示すと習いました。
では、高貴な女性はどのような
服装をしていたのでしょうか?
どなたか教えてください!!

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A 回答 (5件)

裳や唐衣は着ずに袿を数枚重ねただけの姿や、


少し格を上げたい場合にはその上に小袿や細長というのを着ていました。
暑い時には、スケスケの単を一枚羽織っただけで乳が丸見えの時もありました。
分からない言葉は画像検索でもしてみてください。
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「有職故実」や「衣紋道」というキーワードでHPを検索するか、それらに関するような論文を読むのが良いのではないでしょうか。


論文のほうは、国文学研究資料館のデータベースで検索が可能ですので参考になさってください。

国文学研究資料館HP  http://www.nijl.ac.jp/index.html

参考URL:http://www.nijl.ac.jp/index.html
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裳唐衣をつけた十二単は女性の一番の正装で,高貴な女性(女御更衣など)も入内の時などは身に付けました.男性の束帯に相当します.


普段は裳と唐衣はつけないで,小袿や袿と袴姿でした.男性では直衣,狩衣です.
宮中の女官は十二単だったかもしれませんが,女御に仕える女房や,貴族の家で仕えていた女房は小袿だったと思います.女御も普段は小袿です.
源氏物語にも,没落した宮家に仕える女房が薄汚れた裳を引きずっているのを見た源氏が,気位や格式だけは宮中並だと思うところがあります.
お正月や行事の時は正装するけど,普段はもうちょっと気楽に,という感じでしょう.
ビジュアルでわかりやすいのは,大和和紀さんの「あさきゆめみし」でしょうか.
参考URLは平安時代の装束について詳しいサイトです.ご参考までに.

参考URL:http://www.yusoku.com/heian2.html
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wstさんがおっしゃっているのが、俗に言う「十二単」というものなんですよ。


私が知っている限りこれ以上レベルが高い平安女性の衣服は無いんじゃないでしょうか。
逆にレベルが低いのは「袿」とか「小袿」というのはあるんだけどな~。
すいませんがこれが限界です。
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室町時代の貴族の男女の服装(正装)はよく研究されています。

それは源氏物語という優れた物語があり、登場人物の服装が絵巻物語などで後世に伝えられたからです。添付URLの中の服飾関係を参照してください。

参考URL:http://www.iz2.or.jp/essay/index.htm
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Q江戸時代のギャル文化、平安時代のギャル文化

江戸時代と平安時代のギャル文化についてお尋ねします。
江戸時代や平安時代のギャルはどういった身なりでどういった言葉を話していたのでしょうか?
憶測ではなく、現在確認されている史実をもとに回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

江戸でしたら杉浦日向子さんの本が良いのではないでしょうか。
江戸自体というか、江戸の女子の話が主かもしれません。
田舎とは当然違いますし、上方も文化が違うかもしれないので。

ちらっとしか読んでいないのですが、たとえば。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%86%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%8F%E3%80%81%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%8F%E3%80%81%E3%81%8A%E3%82%8D%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%82%8A%E2%80%95%E7%A7%81%E3%81%AE%E6%83%9A%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%80%8C%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%80%8D-%E6%9D%89%E6%B5%A6-%E6%97%A5%E5%90%91%E5%AD%90/dp/4480816496/ref=sr_1_5?ie=UTF8&s=books&qid=1261958975&sr=1-5

江戸でしたら杉浦日向子さんの本が良いのではないでしょうか。
江戸自体というか、江戸の女子の話が主かもしれません。
田舎とは当然違いますし、上方も文化が違うかもしれないので。

ちらっとしか読んでいないのですが、たとえば。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%86%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%97%E3%81%8F%E3%80%81%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%8F%E3%80%81%E3%81%8A%E3%82%8D%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%82%8A%E2%80%95%E7%A7%81%E3%81%AE%E6%83%9A%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%80%8C%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%80...続きを読む

Q古文敬意の方向について

源氏物語 光源氏の誕生 の文で、
「世になく清らなる玉の男御子さへ生まれ給ひぬ」
「おのづから軽き方にも見えしを、この皇子生まれ給ひてのちは、」
などのように「生まれ給ふ」という表現で、「給ふ」の敬意の方向は、生んだのは桐壺の更衣だから「作者→桐壺の更衣(尊敬語)」だと授業で習いました。
しかしネットでは作者→若宮としているサイトばかりでした。原則的にはネットの方が正しいように思えますが、例外があるのでしょうか、、
どちらが正しいのか教えていただけると嬉しいです。

Aベストアンサー

「生まれ給ふ」は「生まる」+「給ふ」。「生まる」は自動詞で「生まれる」という意味です。
尊敬語は為手(して)尊敬(=動作の為手への尊敬)です。「生まる」の為手は「男御子・皇子(若宮)」で、地の文ですから、敬意の方向は「作者→男御子・皇子(若宮)」となります。
もしこの箇所が「生まれ給ふ」ではなく「生み給ふ」(他動詞)ならば、「生む」の為手は桐壺の更衣なので、敬意の方向は「作者→桐壺の更衣」となります。

授業で習ったとのことですが、先生は「生まる」と「生む」を混同して、間違えてしまったのかもしれませんね。
でも、テストでどう答えたらよいか困りますよね。「正解」のほうを答えたら、先生の解説と違うということで、不正解にされてしまうかもしれませんし。
先生に質問に行く場合は、ネットの回答ではなくて、印刷された紙媒体の参考書などを見せて、「参考書の解説と違うのですが、どちらが正しいのでしょうか」とテストより前に聞きに行ってはいかがでしょうか。もし担当の先生がどうしても間違いを認めない場合は、テストは学年共通のはずですから、他の古文の先生(その先生より年配の先生)に相談しても良いかも知れません。
先生も人間なので、間違いをしてしまうことはあります。それでも、間違いを指摘するときには、先生の性格にもよりますが、先生のプライドを傷つけないように注意したほうが良いかと思います。

「生まれ給ふ」は「生まる」+「給ふ」。「生まる」は自動詞で「生まれる」という意味です。
尊敬語は為手(して)尊敬(=動作の為手への尊敬)です。「生まる」の為手は「男御子・皇子(若宮)」で、地の文ですから、敬意の方向は「作者→男御子・皇子(若宮)」となります。
もしこの箇所が「生まれ給ふ」ではなく「生み給ふ」(他動詞)ならば、「生む」の為手は桐壺の更衣なので、敬意の方向は「作者→桐壺の更衣」となります。

授業で習ったとのことですが、先生は「生まる」と「生む」を混同して、間違えて...続きを読む

Q平安時代の色について

平安時代の色について
平安時代、襲ね色目(かさねいろめ)が
生まれるぐらい染めの技術は
たかかったのですか?

Aベストアンサー

はい、相当高い技術があったと類推されています。私の手元に平安時代の古代法典『延喜式』(平安初期記述)に記載されている「紙の染色」について解説したものがあります。長くなりますが、転記します。
参考にして下さい。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 染料は次の7種類で,染料の量,紙の枚数,前処理などを規定している.

(1)ベニバナ(紅花(くれない)).量は4大斤と書かれているので,2,400g.原紙200枚(1,800g)で,予めクチナシ(「支子」,普通「梔子」,「巵子」と書く)(600g)で下染めする.この場合,実を用い,無媒染では赤味のある黄色である.

(2)キハダ(黄檗).200枚の紙の染色用として1,800g, 藍の下染として1,200gで,総計3,000gである.

(3)クチナシ.紙200枚の染色用として3斗=25.5L.煮出しただけで奇麗な黄色が出る.

(4)浅(あさ)葡萄(えびの)汁.紙280.5枚の染色用として8.5L.紫黒色の実を利用して,椿の灰による媒染で酢によりpHを制御し,色を調整した.葡萄(えび)染(そめ)と呼称されている.椿灰は山灰ともいい,アルミイオンが多い.特に8-9月.そこで,用具は6月上旬発注とある.

(5)ハゼ.黄櫨,読みはハジ,単に櫨とも書く.中国の黄櫨と我が国のそれは種類が違う(57).紙用250枚用として1,200g.媒染剤により色は変わる.

(6)紫草.10小斤=2.64kgが120.5枚の紙の染色用である.染色は椿灰によるアルミ先媒染である.

(7)藍.単位が「囲」であるので,ここは藍草のことである.紙120枚を染めるが,その量は2囲(藁と同じとすれば10.4kg).我が国の現在の藍はタデ科のものであるが,古代はマメ科のものもあった(58)と考えられている.

 なお,染色助剤として酢(5.5L), 綿(49.5kg), 藁(16.2kg), 椿の灰(11.2L)である.椿の灰は8-9月の間枝や葉を切って燃やして造る.アルミニウムイオンを含む媒染剤である.藁も灰の利用,酢は灰のアルカリ分の中和用である.また,必要な道具として水桶2口,?(したみ)と称する「底が方形で上部が円形のザル」1口.燃料として薪が25.2kgである.

 紙の染色法には,漉き染め,浸し染め,引き染め,吹き染めの4種がある(59)が,分業であることを考えると,浸し染めと引き染めが採用されたのではなかろうか.
 以上のように,簡単ながら古代の代表的な染め紙の基本的な染色技法が具体的に明らかにされている.
(「科学史研究」よりhttp://wwwsoc.nii.ac.jp/jshs/kagakusikenkyu/index.html)
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 以上は、紙の染色ですが、絹衣の染色も植物の「ムラサキ」ひとつで紫色以外にも多様な色が作られていたと『日本古代紫草工房』の石川貴啓氏は述べておられ、実際一部再現されているようです。

参考URL:http://www.parco-art.com/web/logos/kodaimurasaki1002/index.php

はい、相当高い技術があったと類推されています。私の手元に平安時代の古代法典『延喜式』(平安初期記述)に記載されている「紙の染色」について解説したものがあります。長くなりますが、転記します。
参考にして下さい。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
 染料は次の7種類で,染料の量,紙の枚数,前処理などを規定している.

(1)ベニバナ(紅花(くれない)).量は4大斤と書かれているので,2,400g.原紙200枚(1,800g)で,予めクチナシ(「支子」,普通「梔子」,「巵子」と書く)(60...続きを読む

Q一行目に「こそ」がありますが、已然形が見当たりません。 教えてください。 古典古典古文古文古文

一行目に「こそ」がありますが、已然形が見当たりません。
教えてください。

古典古典古文古文古文

Aベストアンサー

あはれ、これこそ=ああ、これこそそうなんだ、のそうなんだに当たる言葉は省略されることは多いです。
感嘆的文章ですから。

Q質問です!平安時代のことについて調べているのですが平安時代の風習で印象

質問です!平安時代のことについて調べているのですが平安時代の風習で印象に残っているものや
驚いたことって何ですか?是非教えてください!

Aベストアンサー

 女が家で待ち、有力な男が牛車に乗って「今日はこの子、明日はあの子」なんて時代・・・そのことは格別驚きもしませんが、そのときの風習がいまだに残っているのを知ったときですね。

 飲食業が入り口の両サイドに「盛り塩」をしているのはみたことがあるでしょうか?
あれは平安時代の女達が、自分の家の門口に塩を盛ると、牛車の牛がそれを舐めるそうです。
そうすると牛車はその場にとどまって動きません。男はその家に泊まるってことなんですね。

 これはなかなか子どもには説明できない色っぽい風習ですね。

Q高校生の時に習った古文だったと思うのですが・・・

確か古文の時間に出てきた物語だったと思うのですがとても心に残っているものの題名がわからず二十年近くもそのままになっています。わかる方教えて下さい。内容は昔の中国(だったと思うのですが)である人が馬から落ちたのですが(災い)その怪我のせいで戦争に行かずにすみ(福)、でもそのせいでまた災いがふりかかり・・・結局何が災いで何が福になるのかはわからないという内容です。できれば全文を読み返したいと思っています。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本でも良く使われる「人間万事塞翁が馬」(淮南子)ですね。

参考URL:http://www.mizz.jp/word/word_8.html

Q平安時代に死刑はなかった?

心理学者の河合隼雄さんがシェークスピアに関する対談のかなで、「平安時代には死刑がなかった」と言っておられます。驚きました。また、「平安時代の物語に殺人がひとつもない」ともおっしゃっておられます。これはそうなのでしょうか?

Aベストアンサー

確かに810年藤原仲成が薬子の乱で死刑になってから、1156年保元の乱で源為義らが斬首されるまでの346年間、死刑が執行されなかったとされています。

しかしこれは都での話で、地方では死刑が行われた例があります。例えば前九年の役では藤原経清が斬首されていますし、天慶の乱では藤原純友の子、重太丸(しげたまろ)が斬罪となっています。

このほか荘園内での処罰として死刑が行われることはあったようです。下記URLの下から1/3あたりの記事「2ちゃんねるの投稿より」に詳しく書かれています。

http://www.geocities.jp/aphros67/020800.htm

Q平安時代の女房文学の文学史的、社会的背景

平安時代の女房文学の隆盛について、文学史的、社会的背景は何ですか?
人名、作品名などの実例を示しながら、説明してくれませんか?

Aベストアンサー

お年が分からないのですが、高校生以上ですか? でしたら、高校の日本史の教科書の平安時代のページに社会的背景やら後の時代への影響やら代表的作品やら作家やらが簡潔に載っていると思いますので写すといいですよ。

Q平安時代っぽい音楽で、ぷわ~って感じの楽器を使う音楽を何と言いますか?

平安時代っぽい音楽で、ぷわ~って感じの楽器を使う音楽を何と言いますか?
あと、それで着物みたいな正装で肩に切れ目が入ってる服を着て踊るやつって何かジャンルがありますか?

ああ言った雰囲気のものが好きなんですけど、時代は平安時代の京の舞台から始まったものなんでしょうか…。気になります。

Aベストアンサー

> 平安時代っぽい音楽で、ぷわ~って感じの楽器を使う音楽を何と言いますか?
「ぷわ~っ」ならば、『笙(しょう)』だと思います。
『篳篥(ひちりき)』は、もう少し絞ったような音が出ますから。

音楽でしたら「東儀秀樹」さんを調べてみてください。

> それで着物みたいな正装で肩に切れ目が入ってる服を着て踊るやつって何かジャンルがありますか?
肩に切れ目が入っているのでしたら『水干(すいかん)』ではないかと。

こちらが『水干』ですが。
http://www.kimono-japan.co.jp/jidaiisyo/04.html

これを着て舞うのは、「白拍子」という職業の女性です。
ですから、「白拍子舞い」と言われています。

ですが、雅楽と白拍子舞いは全く別のものです。

雅楽をBGMに白拍子が舞う…というのは、ないです。

「白拍子」という言葉には、「BGMなし」という意味もあるんですが、一般的には「今様」という、当時の流行歌・曲をBGMにしたり、口ずさんだりしながら舞っていました。

> ああ言った雰囲気のものが好きなんですけど、時代は平安時代の京の舞台から始まったものなんでしょうか…。
「楽」や「舞い」は神様への「奉納」として行われたのが起源です。
ですから、神話にも出てきますよ。
有名なところでは、天照大神が岩戸に籠ってしまった時、出てきてもらうために、岩戸の前で歌ったり、踊ったり…というお話がありますでしょう?

平安時代には「舞台芸術」は成立していません。

宮中での貴族の「教養」であり、「遊び」でした。
鑑賞していたのではなく、自身が演奏していた訳です。

宮中では「庭」に「壇」が設えられて、そこで楽が演奏されたり、舞が舞われたりしていたようですが
> 平安時代の京の舞台から始まったもの
という言い方ですと、少しニュアンスが異なります。

> 平安時代っぽい音楽で、ぷわ~って感じの楽器を使う音楽を何と言いますか?
「ぷわ~っ」ならば、『笙(しょう)』だと思います。
『篳篥(ひちりき)』は、もう少し絞ったような音が出ますから。

音楽でしたら「東儀秀樹」さんを調べてみてください。

> それで着物みたいな正装で肩に切れ目が入ってる服を着て踊るやつって何かジャンルがありますか?
肩に切れ目が入っているのでしたら『水干(すいかん)』ではないかと。

こちらが『水干』ですが。
http://www.kimono-japan.co.jp/jidaiisyo/04.html

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Q古文 文法の意味

こんばんは。
紫式部日記(しめやかなる夕暮…)を読んでいたのですが、分からないところがあったので、投稿させていただきました。

・女郎花おほかる野辺に宿りせばあやなくあだの名をや立ちなむ

「なむ」と「や」の文法的意味はなんでしょうか。

・立ちたまひにしさまこそ、物語にほめたる男のここちはべりしか

「にし」と「しか」の文法的意味はなんでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>女郎花…についての質問なのですが、ということは、きっと~してしまうだろうかという訳になるのでしょうか。

そうですね。
この「なむ」という助動詞の用法は大きく分けて二つあります。

1.語り手の強い意志(船に乗りなむと欲す…船にぜひ乗りたい)
2.語り手の強い推量(花も咲きなむ…花も咲くだろう)

このうちの後者が(きっと~してしまうだろう)の用法に当たります。
砕けた風に訳せば、
「こんな綺麗な女性たちのもとに長居していたら、また俺は
プレイボーイなんて噂を立てちゃうだろうな」という冗談です。

しかし、あまり文法はやかましく詮議しない方が良いと思います。
実際のところはこんな綺麗に分類できる方が稀で、
時代を下るほど曖昧な用法が出てきます。

ややこしかったら、とりあえず語り手の強い気持ちが込められているんだな、という感覚で理解しても構いません。


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