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研究員は研究成果を公表するために論文を書くものと思っておりましたが、私の職場には論文を書かない若手研究員(30代前半まで)がたくさん(ほとんど?)います。私の知り合いのいる研究機関にも、論文を書かない研究員がたくさんいるそうです。何で論文を書けないのか。この答えは簡単です。データのとりかたに問題があるからです。発想も人まねばかりで新奇性はありません。しかし、彼らは何の自覚もありません。私が彼らにいくら忠告しても馬耳東風です。当然、日常の勉強もしていません。まさに研究をしない研究員です。私には全く彼らが何を考えているのかわかりません。どなたかご存じの方教えていただけませんか。

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A 回答 (5件)

逆説的な話をします、、、怒らないで聞いて下さいね。



まず、人にはそれぞれ価値観があると言うのを分かる必要があります。
「研究をしたものは論文を書か無くてはならない。」
「論文を書けない人は研究者失格。」
これらは、あくまで世間で言われる多数派意見で、真実ではありません。
この事をもって彼等を責めるわけには行かないと思います。
理解できないと言うのは、価値観の多様性を理解していないと言われますよ。

しかし、彼等が公務員であれば、彼等の給与や研究費は国民の税金から
まかなわれており、国民に還元してはじめて、給与の対価を果たしたと言えます。
それを果たさないでいるのは、公務員たる研究者とは言えず、その職を
罷免されても仕方がありません。
また、企業研究者であるならば、その成果を企業に還元してはじめて
給与の対価を果たしたと言えます。
それが果たせないようであれば、この御時世クビになってもしかたありません。

研究はマスターベーションにも似た性格があり、自分の学術的探究心を
満たすために研究していると言っても、間違いでは無いと思います。
ただ、そのマスターベーションが、自己の財力で行っているのならともかく
国や企業をパトロンにして行っている以上、その対価を支払うのは
仕方が無いです。 「結果は求めない、好きにしなさい」という奇特な
パトロンなら別ですが、、、

virulenceさんの、同僚の「研究しない研究者」さん達には、研究者としての
モラル以前に、自分がなぜ給料をもらっているのかを自覚してもらわなければ
なりませんね。
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こんにちは。

質問の趣旨とは若干外れるかもしれませんが、、、、。

研究職の人間は基本的には何かのテーマについて研究して成果をまとめるのが仕事ですが、発表の仕方はいろいろだと思います。研究=論文というほど簡単なものでもないのかな、と最近思ってます。
たとえば、某特許事務所の所長さんによると、研究成果を論文として公表されると逆に実用化がしにくくなる場合もある、、、、のだそうです。ライバル会社にもタダで使えますから、会社としてその技術を使うメリットが薄れるのだとか。
特許事務所の方の言葉なので手前ミソなところもあるでしょうけど、これはなかなか新鮮な意見でした。

まあ、分野にもよると思います。ぼくのまわりは工学屋が多いので。
企業の研究者なら、テーマによっては発表できないこともありますよね。

意外と多いんですよ。論文として掲載されていながら、実は何年も前の他人の特許だったりすることが(もちろん、マネしたわけではなくて、調査不足なだけです)。
なにが言いたいかというと、発表の場は論文だけとは限らないということです。

どちらにしても、ご質問のような理由で、論文を書かないのではなくて書けない方々は、問題ですね。なにか新しそうなことをしていれば研究をしていることになると思っているのかなあ?
なんとも迷惑な話ですが、自衛策としては、自分はきっちり書いておく、くらいでしょうか。
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論文を書く。


これは研究に携わる者にとって必須のことであり、同時に当然のことですよネ。
私は最近ペースが落ち気味で年に2~3報しか出せないので、あまり大きなことは言えないですが‥。
実験をするだけ、或いは、学会発表をするだけで終わってしまい論文にしないという『中途半端なやりっぱなし』という行為は許せません。そんなに無責任で楽なことはありませんから。

研究に対する目的意識がないのでしょうか?
自分が何かの研究を行なう。
それは新しい方法論の検索・確立であるのか、既にある方法論を利用しての現象解析による新知見の発見であるのか‥方法論も結果も様々でしょう。
でも、その方法等がどのようなものであれ、その成果を論文という形で示して初めて仕事が成り立つものであると思っています。
研究生や院生は勿論、学部生であっても論文は書かせます。自分が行なった研究を何等かの形にするということは、義務でもあると考えているからです。
学会発表で(ポスターは別ですが)、決められた時間の間に自分がした研究を纏めて述べる能力、そして、自分がした研究をきちんと纏める能力‥いずれも大切なものですからネ。

発想が人まねである‥これはテーマを考えるときからの問題があるのですよネ。問題点を見出す力というのが重要なのに、それが身についていないということなのでしょう。
問題点が明確であれば、それに対する実験方法は自然に湧きあがってきます。そして、方法論は既存の方法で済むのか、或いは、新しく考案しなければならないのかということも分る筈です。そして、一つ一つをきちんとクリアしていくと、目的・方法・結果・考察を伴う、きちんとした論文が出来上がるはずなんですよネ。

研究員という職業を選んだ理由は何なのでしょうか?
歯車としての、単なる実験オペレーターになりたかったのか、研究職という職種に対する憧れだけで選んだのか‥

けれども、尻を叩いて論文を書け!といっても、審査に通るようなものができるかどうか心配ですネ。

原著・ノート・速報‥別に原著にこだわる必要はありません。とにかく自分が行なった研究を何かの形に纏める能力は必須のものです。別に日本語で書いても構わないでしょう(本来は国際的にアピールするためには英文で書くべきですけど)。

初心に戻り、どうして研究の道を選んだのかを思い起こせば、自ずから変化が起こる‥と信じたいですネ。
以上kawakawaでした
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私の恩師もそうです。

親が「うちの息子に後を継がせたら会社をつぶす」と判断して.財力に物を言わせて某大学教授のイスに座らせました。だから.何をやってもどうしょうもないとして学内では有名です。同様に.「うちの息子に会社の社長をやらせたら会社をつぶしてしまう」ようなどうしょうもない人間をほうり込む先として大学ほど適切なものはありません。社会的地位を親が買い与えてやれば.孫はともかくとして子供は何とか生きていけますから。

たいした知識もなく.大学に来てしまったのですから当然でしょう。
なお.昭和30年代から40年代にかけて大学職員になった方は別です。この方々は.給料が少なくて誰もなり手がなく.したかたなく.高校の先生を拝み倒して(当然給料が減るので.まともな人は高校に残る)なったひとたちですから.温かい目で見てあげてください(チヤホヤしておだてて)。どうせ.定年がまじかかですし.何もできない人間ですから。
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喜んではいけないのかも知れませんが、私の他にもそういった悩み(?)を抱いている方がいるとは…!



私の研究室では教授・助教授がまともな論文を書けません。なぜそういった人間がそこまで登りつめることができたか、それはこの分野の研究者人口が少ないこと、そしてまさしく神懸かり的な「運」でした。しかし、この分野では全国ほとんどの研究者が研究者として教官としてかなりの低レベルです。他大学の研究室の若手にもどの分野にも適応能力がなく、しかたなくこの分野へ逃げ込んで使い物にならない(勉強さえしない)研究者がたくさんいます。

私は技官として勤務していますが、そうした上司達の研究をフォローするつもりが、上司達の研究を進めていくうちに、データがどんどんと誤解釈されていき、とんでもない仮説まで出し、さらに目も当てられないような英語の論文を雑誌に投稿する始末。そして数打ちゃ当たるもので、そのうちの一つはとうとうacceptされてしまいました(そんなメジャーな雑誌でもないですが)。普通の知識を持った研究者であれば、論文を投稿する際にどういったデータを掲載すればそういった仮説が提唱できるのか?等が理解でき、あきらめるものですが。そこであまりにひどいので、教授の学会での発表予定の抄録をすべて書き直し、発表用スライドをすべてこちらで作製し、強引に発表させる強硬手段を執ってみたりもしました。これは確かに屈辱的な行為だったかも知れませんが、これ以上嘘を重ねられると、研究室だけでなくその分野自体のレベルをさらに引き下げることになりかねず、また私の名前を掲載される以上は黙って見ていられないことから、そういった行為をとってしまいました。
しかし、それでも上司達の暴走(妄想?)は止まらず、結局大げんかをして、私は研究室を辞めることになりました。私自身が辞めることにより、上司達は実験もできなくなり(すべて私がしていたので。データは実際とは全く違うものになっていて驚きました)、これ以上の暴走を止めることになるからです。しかし私自身のデータに関する解釈は、もちろん私自身の思いこみであってはならないので、(本当は他研究者に見せてはいけないのですが)恩師のつてを辿って、最も専門家とおもわれる研究者に検討してもらい、意見の一致を戴いた上でけんかをしたのですが。そこまで追い込まれるほど、それはもうひどいものです。
研究をするからには、時間がなくて実際の実験を人任せにしてはいても、こまめな論文、専門誌のチェックはもちろん、基本を何度も振り返って検討を重ねることが重要です。そして英文を多数読み、その英文の表現方法等を勉強するほか、投稿しようとする雑誌の傾向をつかみ、それについても研究していくのが当然の仕事ではないでしょうか?でなければデータの取り方はもちろん、まともな英文も書けません。

私の言っている上司達は論文は積極的に書いている面で、virulenceさんのケースとは異なるかも知れませんが、楽をしようとしている面では同じ人種なのではないでしょうか?努力を重ねるのが、勉強をするのがだるい、そういうのが一番の理由ではないでしょうか?勉強をすることができなければ、新たな発想など思い浮かぶはずもありません。
日本の研究が欧米に今一歩立ち後れがちなのは、欧米に比べ、研究という作業に対する報酬(栄誉等)があまりなく、それほど成果を出さなくとも生活はさほど変わらない点が大きな要因であると思います。教官職に任期制の導入が検討されてきていますが、浸透は非常に遅いです。しかし成果が出なければ辞めてもらうぐらいの罰がないと、必死さがでてこないでしょう。オリンピックにでる日本選手と他国の選手の違いみたいなものでしょうか?

私は辞めて違う道を目指して今は励んでいますが、virulenceさんは負けずに頑張ってください!あまり周囲を気にしないことが一番です!
(私は上司とあまり口をきいていないので、今はとても楽です)
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Q企業で研究する場合、学会発表や論文の投稿はできるのでしょうか?

大学院で博士(理系)を取得して、企業への就職を考えています。企業で研究する場合、学会発表や、論文投稿は行うのが一般的なのでしょうか?それとも、学会発表や論文投稿は行わずに研究に邁進するのが一般的なんでしょうか?

Aベストアンサー

既に回答がありますが、研究部門では推奨されるでしょう。
設計部門は違います。設計は日程を決められていて、純粋設計だけではなく対外部門折衝、客先折衝、下請けとの折衝等の打ち合わせや会議開催業務の割合がかなり増えてきます。その意味では学術的には研究開発部門より低いですが、時間的にはシビアです。論文投稿してる暇はありません。特許は書けといわれますが。。

Q研究を論文として発表しない大学教員

 長年、疑問に思っていたことですが、質問させてください。研究を論文として発表しない大学教員は、教育者としてきちんとやっていけると思いますか? 私は以下の特徴があると思います(人文科学)。
・当人は研究している。研究室は本で埋もれていることが多い。
・しかし論文にしない。
・完璧なものを求めるためである。
・これを学生にも求める。
・その結果、学生を潰してしまう。

 私は完璧な論文など、この世に存在しないと思っています。だから「こりゃ不完全だ」と思っても、ある程度のところで発表に踏み切らないとなりません。そこで誤解を恐れず言えば、「不完全ながらも、ある程度の体裁をつける技術」こそ、論文の技だと思っています。学生の論文など不完全なものであって、この技術が無いと成立しません。

 さて、完全を求めるが故に論文を全く発表していない教員は、技を修得していないわけであって、教育者としてやっていくことができないと私は思っています。どうでしょうか?

Aベストアンサー

>完璧なもの・・・を学生にも求める

そりゃあ,「うまくいけば学生が期待に応えるかもしれない」と思えるような,水準が高い大学・大学院のはなしじゃないですか 笑。かつ,10年にひとりくらいは実在する(そして,その文化を伝承する?)としたら恐ろしい。

いまの時期は卒・修論でみな青くなっている時期ですが,ぼくの指導は「手元にあるデータでどうカッコがつくか考えんと,間に合わねえよ。前書きなんてのは,結論にあわせて最後に書くもんだ。最初の予定(前書き)どおりに研究が進むなんて思ってんの? おれたちゃ,半分はごまかしの技術で生きてんだぜ」。だからヤクザもんしか育たない 笑。

周囲の同僚で,「指導学生がかわいそうだな」とか,「こういう人には師事したくねえなあ」と思うタイプは,
 ・教授会などで流れを見ないトンチンカンな発言をする。
 ・発言内容がくどいうえ,文が切れずにだらだら続く。
 ・一般教育でも大学院講義でも,講義内容が同じ。
 ・妙なところで精神論をたれる。理不尽に怒る。
 ・人事で書類を見ると,大学院時代からテーマがおなじ。
論文の発表頻度とは,かならずしも相関関係はないと思います。

>完璧なもの・・・を学生にも求める

そりゃあ,「うまくいけば学生が期待に応えるかもしれない」と思えるような,水準が高い大学・大学院のはなしじゃないですか 笑。かつ,10年にひとりくらいは実在する(そして,その文化を伝承する?)としたら恐ろしい。

いまの時期は卒・修論でみな青くなっている時期ですが,ぼくの指導は「手元にあるデータでどうカッコがつくか考えんと,間に合わねえよ。前書きなんてのは,結論にあわせて最後に書くもんだ。最初の予定(前書き)どおりに研究が進むなんて思ってんの...続きを読む

Qリバイス論文がアクセプトされるまで

生物医学系の研究者ですが、このたび英文学術誌に論文を投稿したところ、下記のような査読結果を先日もらいました。

Your above-referenced manuscript has been found to be potentially acceptable for publication in ABC juornal.
Manuscripts that have been accepted in principle must be revised and returned to the journal office within 4 weeks.

エディターのコメントはなかなか良い感触だと思い、レビュアーのコメントも英語表現方法や、リファレンスの変更指示などで、追加実験が必要な内容のものはないため、数日でリバイスを仕上げ、提出しました。
しかし、二週間たっても返事がないため、エディターに返事を催促するべきかどうか迷っています。
ボスが言うには、こういう前向きなエディターの時にはすぐに返答がくるはずだから、忘れられる前に催促したほうがいいとのことです。

皆様へのご質問は、以下の三点です。
1.このようなケースでは一般的にどのくらいで最終的な返答が来るのでしょうか。
2.二週間でエディターに返答を催促することは逆に心象を悪くしマイナスにならないのでしょうか。
3.このようなminor rivisionでも最終的にリジェクトされる可能性はどのくらいあるのでしょうか。

ここまでの苦労と初めての英語論文で(IFは7位ですが)、非常に神経質になってしまい、少しでもよい対応をしたいと思い、このような場で皆様の意見を伺いたいと思いました。
よろしくお願いいたします。

生物医学系の研究者ですが、このたび英文学術誌に論文を投稿したところ、下記のような査読結果を先日もらいました。

Your above-referenced manuscript has been found to be potentially acceptable for publication in ABC juornal.
Manuscripts that have been accepted in principle must be revised and returned to the journal office within 4 weeks.

エディターのコメントはなかなか良い感触だと思い、レビュアーのコメントも英語表現方法や、リファレンスの変更指示などで、追加実験が必要な内容...続きを読む

Aベストアンサー

ご参考までに私の個人的意見(息子が生物医学系論文誌の
レフェリーをしています)
1.レフェリーが忙しい時は遅れます-査読すべき論文が多数来て
いる・試験監督の日程が込んでいる・自分の実験が中断できない-
2.心証より論文の内容ではないかと思います。
3.不真面目な対応でない限りリジェクトされないのでは?
もし最終的にリジェクトされたら別の雑誌に出せばよい。

Q偏差値の低い大学で博士号をとるということは?

僕のことではないですが、ある人は学部・修士と京大で学んだのですが、教授が退官し偏差値40代の大学に移動しました。その学生は教授についていきその偏差値の低い大学の博士課程に進んだのですがなんでそんなことをするのか疑問です。
最終学歴が京大ではなく、偏差値の低い大学の博士(理学)ということになり学歴が重要な研究者にとっては不利ではないのでしょうか?
無知な自分に教えてください

Aベストアンサー

A No.3 です。

その後「大学によって博士号の難易度が違うから不利」というご意見が出たようですが、私の認識と違いますので、補足させていただきます。

分野によって違いはあるかもしれませんが、私の知る限り、研究者として誰かを採用するときに、「どこどこ大学でとった博士号だから価値があるだろう」という考えが影響することはないと思います。博士号を判断するならなら博士論文の内容を見ると思います。

そもそも通常、博士号の必要条件は、大学名など全く関係のない学術雑誌への出版状況が主要ですから、大学ごとの最低基準は似たようなもののはずです。著しく通常より低い基準で博士号を出す大学院を作りたくても、おそらく設置のときに文科省にはねられると思います。博士号の水準を維持することに熱心な大学では結果的に博士号をとるのが難しいということはありますが、学部の入学試験の偏差値とは無関係な話です。

また、仮に博士号の最低基準が大学ごとに違うとしても、研究者として採用されるか否かは、有名大学の博士号であればお墨付きになるといったような水準の話ではありません。

話を思いっきり単純化して、能力を100点満点で評価するとしましょう。90点以上の人が採用されるとしますね。仮に、A大学の博士であることは70点以上である保証、B大学の博士であることは60点以上である保証としますね。90点以上を採用したいのに、70点や60点の保証は全く無意味です。

A大学であろうが、B大学であろうが、90点以上かどうかを博士論文の内容なども考慮して判断するしかありません。また他の方も書かれているように、博士課程には、どこの大学もトップクラスの学生が進学しますので、90点以上の卒業生は沢山います。

博士号に関しては、大学ごとの違いは、卒業生の能力というよりは、人数だと思います。ある一定以上の能力の卒業生が多い大学、少ない大学はあるでしょう。それは教員数など大学の規模にも依存することです。

関連することでもう一つ付け加えますと、大学院を卒業し研究者としての就職先を探すときには、ポストが少ないわけですから、上で言った90点以上の卒業生であっても普通は就職先の大学の選り好みはしません。そんなこと言っている場合ではないからです。従って、地方の大学か大都市圏の大学かで、研究者の能力には大きな差はありません。基本的に人数や規模の違いです。(就職先の選り好みができる研究者もごく一部いるでしょうが、その人たちがみな東大京大を好むとも限りません。)ただし立地やスケールメリット、進学する学生の人数、文部科学省の政策もあり、結果的な実績にはある程度の差があります。しかしそれは大学院卒業生の能力に大学院名によって烙印を押すようなレベルのものではありません。

以上のことより、やはり大学院名で判断するのは、現実をよく知らない人だけだと思います。

A No.3 です。

その後「大学によって博士号の難易度が違うから不利」というご意見が出たようですが、私の認識と違いますので、補足させていただきます。

分野によって違いはあるかもしれませんが、私の知る限り、研究者として誰かを採用するときに、「どこどこ大学でとった博士号だから価値があるだろう」という考えが影響することはないと思います。博士号を判断するならなら博士論文の内容を見ると思います。

そもそも通常、博士号の必要条件は、大学名など全く関係のない学術雑誌への出版状況が主要で...続きを読む

Q修士課程で学術論文、国際会議での発表をすることについて

理系の4回生ですがまだ学会の全国大会でしか発表をしたことがないです。修士課程で自分はアカデミックの世界で生きていけるかということを検討するために、修士2年までにFirst authorで学術雑誌に1報投稿し、国際会議で発表をすると決めようと思うのですがハードルが高すぎると思いますか?力不足だと感じたら潔く企業研究者になりますし、、自分はやっていけると思ったらアカポスを狙いたいです。大学の研究者になるのはそんなに甘くないとか言う意見でもいいのでなにか博士課程進学の決め手になる基準を教えてください

Aベストアンサー

ご専門分野はなにですか? 分野により事情は少し異なるかもしれませんが、
1)国際会議で発表。
はっきり言って、95%の国際会議はバカでもチョンでも発表できます。
・参加費5万円~10万円を払えること。
・会議の開催場所までの旅費が払える。
・英語で申込みができる。英語でポスターが用意できる。
(ポスター発表だったら、これは裏技ですが、英語が話せなくても
 大丈夫です。)
これだけですので、自分が研究職に向くかどうかの判定にはなりません。

2)論文の第一著者
これはむしろ運しだいです。貴方の研究室の1,2年上の先輩が優秀で大きな発見をしたとすると、貴方はたいした努力もしないで、その先輩がやったことを少し条件を変えて測定するだけで論文になる場合があります。この場合でも教授が面倒見のいい人でないと、教授が第一著者で貴方と共著で論文を書いてしまう場合があるので、これも運です。

逆に運が悪いと、貴方がどんなに優秀でも、配属された研究室にすぐに論文になるテーマがない場合、貴方はまず土を耕すことから始めなければならないので、その後に種をまいて、実をつけるのは早くても3~5年先です。貴方が修士でやめれば、後輩が美味しい思いをするかも。
まあ、実をつけない可能性もあるが。

ただ逆にゼロから自分で作った人の方が将来(5年とか10年先)にいい研究者になるかもしれません。だからどっちが運がいいかは微妙です。
【結論】修士の2年間じゃ研究に向いているかどうかは判断できないので、本当に研究者になりたいのであれば、博士まで進むべきだと思います。

ご専門分野はなにですか? 分野により事情は少し異なるかもしれませんが、
1)国際会議で発表。
はっきり言って、95%の国際会議はバカでもチョンでも発表できます。
・参加費5万円~10万円を払えること。
・会議の開催場所までの旅費が払える。
・英語で申込みができる。英語でポスターが用意できる。
(ポスター発表だったら、これは裏技ですが、英語が話せなくても
 大丈夫です。)
これだけですので、自分が研究職に向くかどうかの判定にはなりません。

2)論文の第一著者
これはむしろ運し...続きを読む

Q研究者になるのに大学名は関係ないですか?

以前どなたかの質問に対する回答でほとんどの回答者が研究者になるのは大学名は関係ないと言われていましたが、本当にそうなのでしょうか?
極端な話、Fランク大で超優秀な学生がいたとして、論文もIFの高い学術雑誌にのせています。その学生が旧帝大の助教に採用されるということは現実的に無いような気がします。学生は自分の大学より偏差値の低い大学出身の教員を嫌う傾向は明らかです。
建築設計の分野では高卒で東大名誉教授の安藤忠雄さんみたいな例はありますが、研究者データベースなんか見ると圧倒的に東大・京大が多い感はあります。私学なんかは自大学出身の研究者は少ないですよね?
要するにやはり東大や京大出身のほうが研究者になりやすいのではないか?完全実力主義ではなく大学名も影響するのではないかという疑問です。どうなのでしょうか?

Aベストアンサー

あなたの質問には2つあります。

1)助教採用
僕は東大卒ではないですが、東大と共同研究したときの経験からするに、やはり数式展開力が凄いと感じました。偏差値の低い大学の人を嫌う以前に、偏差値の低い人が高いそういう人たちを相手にして、本当に教えることができるのか疑問が沸きます。

2)研究者と大学名
東大京大卒の方がなりやすいと思いますね。偏差値教育の権化で序列化されたのですから、頭の良い人に研究してもらった方が良い結果が出る期待は高いので、官僚もそういう人に国の研究費を託したいと思うに違いないと思います。

ただ良い研究成果と大学名が影響するのかと言えばあまり関係無いと思います。青色LEDを開発した徳島大学卒の元日亜化学の中村修二さんは立派な成果を出しています。幾多もいた東大卒京大卒ですら最初に作れなかったのですから。

偏見ですが東大京大卒の人は人の意見を聞く人が少なく独自性に走りたがります。勉強はできても創造力実現能力が高いかと聞かれると低くように思えます。良い研究成果は企業からも多く出ているように感じます。


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