研究員は研究成果を公表するために論文を書くものと思っておりましたが、私の職場には論文を書かない若手研究員(30代前半まで)がたくさん(ほとんど?)います。私の知り合いのいる研究機関にも、論文を書かない研究員がたくさんいるそうです。何で論文を書けないのか。この答えは簡単です。データのとりかたに問題があるからです。発想も人まねばかりで新奇性はありません。しかし、彼らは何の自覚もありません。私が彼らにいくら忠告しても馬耳東風です。当然、日常の勉強もしていません。まさに研究をしない研究員です。私には全く彼らが何を考えているのかわかりません。どなたかご存じの方教えていただけませんか。

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A 回答 (5件)

逆説的な話をします、、、怒らないで聞いて下さいね。



まず、人にはそれぞれ価値観があると言うのを分かる必要があります。
「研究をしたものは論文を書か無くてはならない。」
「論文を書けない人は研究者失格。」
これらは、あくまで世間で言われる多数派意見で、真実ではありません。
この事をもって彼等を責めるわけには行かないと思います。
理解できないと言うのは、価値観の多様性を理解していないと言われますよ。

しかし、彼等が公務員であれば、彼等の給与や研究費は国民の税金から
まかなわれており、国民に還元してはじめて、給与の対価を果たしたと言えます。
それを果たさないでいるのは、公務員たる研究者とは言えず、その職を
罷免されても仕方がありません。
また、企業研究者であるならば、その成果を企業に還元してはじめて
給与の対価を果たしたと言えます。
それが果たせないようであれば、この御時世クビになってもしかたありません。

研究はマスターベーションにも似た性格があり、自分の学術的探究心を
満たすために研究していると言っても、間違いでは無いと思います。
ただ、そのマスターベーションが、自己の財力で行っているのならともかく
国や企業をパトロンにして行っている以上、その対価を支払うのは
仕方が無いです。 「結果は求めない、好きにしなさい」という奇特な
パトロンなら別ですが、、、

virulenceさんの、同僚の「研究しない研究者」さん達には、研究者としての
モラル以前に、自分がなぜ給料をもらっているのかを自覚してもらわなければ
なりませんね。
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こんにちは。

質問の趣旨とは若干外れるかもしれませんが、、、、。

研究職の人間は基本的には何かのテーマについて研究して成果をまとめるのが仕事ですが、発表の仕方はいろいろだと思います。研究=論文というほど簡単なものでもないのかな、と最近思ってます。
たとえば、某特許事務所の所長さんによると、研究成果を論文として公表されると逆に実用化がしにくくなる場合もある、、、、のだそうです。ライバル会社にもタダで使えますから、会社としてその技術を使うメリットが薄れるのだとか。
特許事務所の方の言葉なので手前ミソなところもあるでしょうけど、これはなかなか新鮮な意見でした。

まあ、分野にもよると思います。ぼくのまわりは工学屋が多いので。
企業の研究者なら、テーマによっては発表できないこともありますよね。

意外と多いんですよ。論文として掲載されていながら、実は何年も前の他人の特許だったりすることが(もちろん、マネしたわけではなくて、調査不足なだけです)。
なにが言いたいかというと、発表の場は論文だけとは限らないということです。

どちらにしても、ご質問のような理由で、論文を書かないのではなくて書けない方々は、問題ですね。なにか新しそうなことをしていれば研究をしていることになると思っているのかなあ?
なんとも迷惑な話ですが、自衛策としては、自分はきっちり書いておく、くらいでしょうか。
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論文を書く。


これは研究に携わる者にとって必須のことであり、同時に当然のことですよネ。
私は最近ペースが落ち気味で年に2~3報しか出せないので、あまり大きなことは言えないですが‥。
実験をするだけ、或いは、学会発表をするだけで終わってしまい論文にしないという『中途半端なやりっぱなし』という行為は許せません。そんなに無責任で楽なことはありませんから。

研究に対する目的意識がないのでしょうか?
自分が何かの研究を行なう。
それは新しい方法論の検索・確立であるのか、既にある方法論を利用しての現象解析による新知見の発見であるのか‥方法論も結果も様々でしょう。
でも、その方法等がどのようなものであれ、その成果を論文という形で示して初めて仕事が成り立つものであると思っています。
研究生や院生は勿論、学部生であっても論文は書かせます。自分が行なった研究を何等かの形にするということは、義務でもあると考えているからです。
学会発表で(ポスターは別ですが)、決められた時間の間に自分がした研究を纏めて述べる能力、そして、自分がした研究をきちんと纏める能力‥いずれも大切なものですからネ。

発想が人まねである‥これはテーマを考えるときからの問題があるのですよネ。問題点を見出す力というのが重要なのに、それが身についていないということなのでしょう。
問題点が明確であれば、それに対する実験方法は自然に湧きあがってきます。そして、方法論は既存の方法で済むのか、或いは、新しく考案しなければならないのかということも分る筈です。そして、一つ一つをきちんとクリアしていくと、目的・方法・結果・考察を伴う、きちんとした論文が出来上がるはずなんですよネ。

研究員という職業を選んだ理由は何なのでしょうか?
歯車としての、単なる実験オペレーターになりたかったのか、研究職という職種に対する憧れだけで選んだのか‥

けれども、尻を叩いて論文を書け!といっても、審査に通るようなものができるかどうか心配ですネ。

原著・ノート・速報‥別に原著にこだわる必要はありません。とにかく自分が行なった研究を何かの形に纏める能力は必須のものです。別に日本語で書いても構わないでしょう(本来は国際的にアピールするためには英文で書くべきですけど)。

初心に戻り、どうして研究の道を選んだのかを思い起こせば、自ずから変化が起こる‥と信じたいですネ。
以上kawakawaでした
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私の恩師もそうです。

親が「うちの息子に後を継がせたら会社をつぶす」と判断して.財力に物を言わせて某大学教授のイスに座らせました。だから.何をやってもどうしょうもないとして学内では有名です。同様に.「うちの息子に会社の社長をやらせたら会社をつぶしてしまう」ようなどうしょうもない人間をほうり込む先として大学ほど適切なものはありません。社会的地位を親が買い与えてやれば.孫はともかくとして子供は何とか生きていけますから。

たいした知識もなく.大学に来てしまったのですから当然でしょう。
なお.昭和30年代から40年代にかけて大学職員になった方は別です。この方々は.給料が少なくて誰もなり手がなく.したかたなく.高校の先生を拝み倒して(当然給料が減るので.まともな人は高校に残る)なったひとたちですから.温かい目で見てあげてください(チヤホヤしておだてて)。どうせ.定年がまじかかですし.何もできない人間ですから。
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喜んではいけないのかも知れませんが、私の他にもそういった悩み(?)を抱いている方がいるとは…!



私の研究室では教授・助教授がまともな論文を書けません。なぜそういった人間がそこまで登りつめることができたか、それはこの分野の研究者人口が少ないこと、そしてまさしく神懸かり的な「運」でした。しかし、この分野では全国ほとんどの研究者が研究者として教官としてかなりの低レベルです。他大学の研究室の若手にもどの分野にも適応能力がなく、しかたなくこの分野へ逃げ込んで使い物にならない(勉強さえしない)研究者がたくさんいます。

私は技官として勤務していますが、そうした上司達の研究をフォローするつもりが、上司達の研究を進めていくうちに、データがどんどんと誤解釈されていき、とんでもない仮説まで出し、さらに目も当てられないような英語の論文を雑誌に投稿する始末。そして数打ちゃ当たるもので、そのうちの一つはとうとうacceptされてしまいました(そんなメジャーな雑誌でもないですが)。普通の知識を持った研究者であれば、論文を投稿する際にどういったデータを掲載すればそういった仮説が提唱できるのか?等が理解でき、あきらめるものですが。そこであまりにひどいので、教授の学会での発表予定の抄録をすべて書き直し、発表用スライドをすべてこちらで作製し、強引に発表させる強硬手段を執ってみたりもしました。これは確かに屈辱的な行為だったかも知れませんが、これ以上嘘を重ねられると、研究室だけでなくその分野自体のレベルをさらに引き下げることになりかねず、また私の名前を掲載される以上は黙って見ていられないことから、そういった行為をとってしまいました。
しかし、それでも上司達の暴走(妄想?)は止まらず、結局大げんかをして、私は研究室を辞めることになりました。私自身が辞めることにより、上司達は実験もできなくなり(すべて私がしていたので。データは実際とは全く違うものになっていて驚きました)、これ以上の暴走を止めることになるからです。しかし私自身のデータに関する解釈は、もちろん私自身の思いこみであってはならないので、(本当は他研究者に見せてはいけないのですが)恩師のつてを辿って、最も専門家とおもわれる研究者に検討してもらい、意見の一致を戴いた上でけんかをしたのですが。そこまで追い込まれるほど、それはもうひどいものです。
研究をするからには、時間がなくて実際の実験を人任せにしてはいても、こまめな論文、専門誌のチェックはもちろん、基本を何度も振り返って検討を重ねることが重要です。そして英文を多数読み、その英文の表現方法等を勉強するほか、投稿しようとする雑誌の傾向をつかみ、それについても研究していくのが当然の仕事ではないでしょうか?でなければデータの取り方はもちろん、まともな英文も書けません。

私の言っている上司達は論文は積極的に書いている面で、virulenceさんのケースとは異なるかも知れませんが、楽をしようとしている面では同じ人種なのではないでしょうか?努力を重ねるのが、勉強をするのがだるい、そういうのが一番の理由ではないでしょうか?勉強をすることができなければ、新たな発想など思い浮かぶはずもありません。
日本の研究が欧米に今一歩立ち後れがちなのは、欧米に比べ、研究という作業に対する報酬(栄誉等)があまりなく、それほど成果を出さなくとも生活はさほど変わらない点が大きな要因であると思います。教官職に任期制の導入が検討されてきていますが、浸透は非常に遅いです。しかし成果が出なければ辞めてもらうぐらいの罰がないと、必死さがでてこないでしょう。オリンピックにでる日本選手と他国の選手の違いみたいなものでしょうか?

私は辞めて違う道を目指して今は励んでいますが、virulenceさんは負けずに頑張ってください!あまり周囲を気にしないことが一番です!
(私は上司とあまり口をきいていないので、今はとても楽です)
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Q特別支援教育系の卒業論文について

普通学校での特別支援支援についての卒業論文を書こうと思ったのですが、
具体的には何をしようか決まっておらず、とても困っています。

始めは、通常学級で行われている特別支援教育についてや、交流学級について調べようかと考えていたのですが、
今からどこかの小学校に入って事例研究をしようにも、
コネも時間もないので無理だと教授言われました。

だからやるなら文献研究かアンケートをとるかなのですが・・・
アンケートをとるのにも個人情報などで中々難しいとのこと。

そこで質問なのですが、
普通学校での特別支援支援教育について書くなら具体的にどのようなことを調べていくのが、やりやすいと思いますか??

何か面白いテーマなどないでしょうか??

なんでもいいので参考までに教えて欲しいです。

Aベストアンサー

こんにちは

卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
まずは過去の質問を検索してみてください

卒論の書き方
http://www.mycon10ts.com/top.htm

ここのテーマの決め方を読んでください

どの分野でも共通なのは

とにかくテーマを小さく小さくです
これでもか!というぐらい小さいテーマを選んでください

言葉は悪いですが、質問者さんがいかにがんばろうと
世の中の「特別支援支援」については何の影響も与えません
イメージとしては、「特別支援支援」という万里の長城に
砂粒一つのせて、ちょっとだけ長くする ぐらいの作業です
卒論、つまりあと半年ぐらいで、結論まで出す必要があります
壮大なテーマはアウト!です

例えば
特別支援支援 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%95%99%E8%82%B2
ここに載っている定義でも用語でも興味ある項目はありますか?

障害でも全部の障害を扱うなんて、到底無理です。特定の障害に限定しましょう
学校も全部を扱うのは無理。

これを絞るだけでも、
「知的障害者の小学校教育における歴史的経緯の考察」
とグッとイメージ沸いてくる
またはエリアで絞ってもいい
「○○県△△市□□駅前における聴覚障害者対策の実態調査および考察」
言いたいこと伝わりますかね?

どんどん絞っていいんです。グイグイ絞り込んでください
学校での事例研究は相手がいることなので、大変ですが
地元の駅前の調査なら、質問者さんが調べてみれば済むことです

例えば聴覚障害者にとって、横断歩道が渡りやすいのか?
視覚障害者にとって、切符は買いやすいのか?
道路の黄色いプレートは使いやすいのか?
こんな対象をいくつかあげて調べていけば、まあなんとなく
フィールド調査型の卒論としてまとめることが可能だと思います

がんばってください

こんにちは

卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
まずは過去の質問を検索してみてください

卒論の書き方
http://www.mycon10ts.com/top.htm

ここのテーマの決め方を読んでください

どの分野でも共通なのは

とにかくテーマを小さく小さくです
これでもか!というぐらい小さいテーマを選んでください

言葉は悪いですが、質問者さんがいかにがんばろうと
世の中の「特別支援支援」については何の影響も与えません
イメージとしては、「特別支援支援」という万里の長城に
砂粒一つ...続きを読む

Q防衛大学理工学研究科で募集している特別研究員とは?

防衛大学理工学研究科で募集している特別研究員とは?

去年度から防衛大学では特別研究員という大学院生兼教授のお手伝いさんを募集しているそうです。しかし、理工学研究科の募集要項が削除されてしまっているようで、詳細な情報がわかりません。受験資格(学歴、年齢、公的資格など)や受験料・授業料・試験日について教えて下さい。

また、特別研究員採用後はどんな生活を送るのかご存知の方、教えて下さい。

Aベストアンサー

防衛大に問い合わせましょう
http://www.nda.ac.jp/index-j.html

Q特別支援教育になったら・・・

はじめまして。よろしくお願いします。
特別支援教育がはじまりましたが
イマイチわからないので教えて下さい。
養護学校、盲ろう学校は特別支援学校となり
地域のセンター的役割を担うようになると聞いてますが
最終的には
これらの学校が一括
知的障害・肢体不自由・盲・ろうのお子さんを
教育していくことになるのでしょうか?
それとも
名前は特別支援学校だけど
子どもの所属はある程度わけられる
(今までの通り知的障害・肢体不自由・盲・ろう)のでしょうか?
盲・ろうだけでも
ひとつになることが難しいように感じるのですが・・・

Aベストアンサー

 こんばんは。

 結論から申し上げると、質問者さんのおっしゃる通りです。
 平成18年度までの「特殊教育」の制度化では、質問者さんもご案内の通り、盲学校・聾学校・養護学校と対象児童生徒の障害種によって学校が分かれていました。
 平成19年度より実施の特別支援教育の制度化では、これらの特殊教育諸学校が特別支援学校に一本化されます。

 したがいまして、例えばそれまで肢体不自由児を対象としていた旧養護学校だった特別支援学校も、知的障害を持った子や、視覚障害を持った子も受け入れることとなります。

 一方で、文部科学省は、各学校に対し、もともとあった専門分野を確保することも求めています。つまり、もともと肢体不自由児対象の養護学校だったところでは、引き続き肢体不自由児教育の専門性も持たせていく、というのです。文科省では「肢体不自由部門」「知的障害部門」という「~部門」を設けて教育を行うことを想定しています。教員免許についても同様です。「特別支援学校教諭免許状」に一本化されました。ただし、これについても「視覚障害」「聴覚障害」「知的障害・肢体不自由・病弱」の各部門に分けて授与することになっています。
 
 私個人は、以上のような制度が現実的かどうか、もう少し様子を見る必要があるとは思いますが、質問者さんのおっしゃる通り、課題は多いような気がします。また、文科省の理念の実現にはもう少し時間がかかりそうな気もします。

 以上です。ほかに何かあれば補足してください。

 こんばんは。

 結論から申し上げると、質問者さんのおっしゃる通りです。
 平成18年度までの「特殊教育」の制度化では、質問者さんもご案内の通り、盲学校・聾学校・養護学校と対象児童生徒の障害種によって学校が分かれていました。
 平成19年度より実施の特別支援教育の制度化では、これらの特殊教育諸学校が特別支援学校に一本化されます。

 したがいまして、例えばそれまで肢体不自由児を対象としていた旧養護学校だった特別支援学校も、知的障害を持った子や、視覚障害を持った子も受け入れる...続きを読む

Q理科の研究論文

夏休みの課題です。
何かいい案はないでしょうか…?

Aベストアンサー

http://kenkyu.info/interest/student/

例えば、このような内容はいかがでしょうか?

http://matome.naver.jp/odai/2128080088057458301

http://www2e.biglobe.ne.jp/~shinzo/jikken/jikken.html

「中学生 理科 自由研究 (実験)」で検索すれば、たくさん出てきます。

Q障がい者 差別 特別支援教育

障がい者 差別 特別支援教育

皆さんは障がい者について
どう考えますか?

私は今
特別支援教育者になるため
勉強中です。

世間では障がい者に対しての
差別が絶えないようです。

授業でもこの問題が
取りあげられました。

「障害者」この漢字も
差別用語になりつつあるみたいですね。

常に健康な者(健常者)と
書きますが

では、障がい者は常に健康ではないのか?
という考えもあります。

差別は大きな問題ですが
答えを出すには
とても難しいと考えます。

皆さんは差別に対して
どうお考えでしょうか?

教育者ではなくても
結構です。

いろいろな観点からの
意見をお聞きしたいです。

回答、お願いします。

Aベストアンサー

1、教育の果たす役割りは大きい。
2、社会のあり方が及ぼす影響も看過できない。

と、考えています。

 1は、個々の人格と人間性に果たす教育の役割りからいって当然のこと。だが、社会のあり方も看過できないと考えています。
 若い女性の二人に一人が非正規雇用。男子も3人に二人しか正社員はいない。その正社員も、能力主義の名の下に過度の競争を強いられているのが昨今の特徴。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、やはり、人間誰しも聖人君子ではありませんので生活に余裕がなければ弱者を思いやる心のユトリも消えうせようというものです。また、健常者がかように非正規雇用で使い捨てられる時、弱者へのサポートもまた切り捨てられるのは物の道理。
 かように考えれば、弱者の問題は、実は、健常者自身の問題と同質なんだと思いますよ。となれば、私は、「差別」に光を当てるのみならず、その根源が同一のものであることにスポットライトを当てることを忘れてはならないと思います。障害者への同情云々ではなく、同一の根源に向かって改善を求める者同士っていう意識の醸成。これも必要なことだと思います。
 観点ということであれば、障害者も健常者も同じ地点から社会を俯瞰するということが肝心と思っています。

1、教育の果たす役割りは大きい。
2、社会のあり方が及ぼす影響も看過できない。

と、考えています。

 1は、個々の人格と人間性に果たす教育の役割りからいって当然のこと。だが、社会のあり方も看過できないと考えています。
 若い女性の二人に一人が非正規雇用。男子も3人に二人しか正社員はいない。その正社員も、能力主義の名の下に過度の競争を強いられているのが昨今の特徴。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、やはり、人間誰しも聖人君子ではありませんので生活に余裕がなければ弱者を思いや...続きを読む

Q研究論文

科学者として研究をする際、いろいろな論文を参考にすると思いますが、
論文はどういった方法で参照していくものなのでしょうか。
インターネットで検索するとしたら、なにか有名な(メジャーな)検索サイトはありますか?

Aベストアンサー

直接論文を検索するという形ではありませんが
https://kaken.nii.ac.jp
ここで日本の研究者がどんな研究内容で科学研究費を申請したのか、その研究概要を日本語で読むことができます。ここから著者名や研究機関をもとに論文検索サイトで検索して発表論文を見つける方法があります。

注意ですが、科研費のサイトに書かれている研究概要は、通常の科学論文のように正規の査読を受けたものではありません。したがって科学的に信憑性があるかどうかは発表論文があるかどうか、それが他の研究者からどう評価されているかどうかなどの検討が必要となりますね。

Q特別支援教育についての質問です。

最近、「特別支援教育は教育の根である」
と言うようなことを目にしたのですが、
これはどういう事なのでしょうか?

子ども達一人一人のニーズに
あった教育を目指すことに繋がる、
と言うこと以外で
意味合いがありましたら
教えて頂けると助かります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>子ども達一人一人のニーズにあった教育を目指すことに繋がる

以外は、特にないかと…

Q公務員試験の勉強について。 スミマセン。教えてください。 私は、転職を考えておりまして、公務員試験

公務員試験の勉強について。

スミマセン。教えてください。
私は、転職を考えておりまして、公務員試験を受けようと思って、夜間に予備校に通っています。
予備校の授業が終わってから『授業でやった問題をコピーしてノートに貼り、黒板のノートを書いて清書する。』という作業を、ほぼ毎日しているのですが、コピー代がコンビニですと、白黒一枚10円と結構高いのです。
枚数が多いので結構バカになりません。
どなたか、京都市内で安くコピーできるところをご存知ないでしょうか?
また、他にも「こうしたらいいよ」っていう勉強法があれば教えていただけないでしょうか?
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

清書は無駄だと思うので問題を解きまくりましょう。

仕事もやっているならなおさら無駄なことをできないはずですから

Q特別支援教育を受けられず困っています

特別支援教育の法整備と学校現場の運用のずれが起きています。
ADHDの為、学業の成績が下落してきている、それに連動して不登校のリスクが高まってきているにもかかわらず、学校が当事者(中学生)及びその保護者の要望を聞こうとしません。
九州の某県立中高一貫校に対する行政指導は、どこの誰が責任を負うのでしょうか?

Aベストアンサー

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


なんだか大変な状況に陥っているようですね。
気があせることでしょう。心中お察しいたします。
確かに、学校の体制整備は遅れており、また地域格差や学校間格差も大きいと思います。非常に憤りを感じていらっしゃることが伝わってきますが…個人的にはお書きになっていることに若干の違和感も感じます。


教員の立場では、なかなか言えないこともあります。ただ…これも何かの縁かと思うので、あえて今回だけは家庭の立場に立って、思うところをなるべく率直に述べたいと思います。

あなたのおっしゃるような「正論をぶつける」行為が、どういうことになるか、感じていただきたいし、この回答をどう思われるのか私も知りたいのです。

ただ、とても嫌なことを言うことになりますから、心の準備をお願いします。





まず。
保護者の思いが重い…というのが、学校側の本音といったところでしょうか。最近思うのですが、親御さんがパワフルになりすぎて失敗するケースも少なからずあるかもしれません。もちろん、学校がきちんと対応しなくてはならないことが基本的な前提なのですが、それを後押しするタイプと停滞させてしまうタイプの働きかけがある、ということです。

今まで学校に駆け込んでくる親御さんがどういうタイプだったかを考えると、イメージしやすいかもしれません。一昔前のドラマに出てくる母親に例えれば、バリバリの教育ママとか暴力団に近いようなヤンママとか、駆け込んできてはおいおい泣いて家庭内の問題までどうしましょう?なんて聞いてくる母親とか…。
仮に、上記のような親御さんと同様に思われていたとしたら、どうでしょう(実際にはそういう状況ではないことと思いますが、分かりやすくするため、あえてひどい例を挙げています)?

言葉の端々に不信感が噴出しています。そういうのが、電話で話したり会っていたりしていると、そういった思いが言外に表れてしまうと思いませんか?
学校側が直接受け取れば、自分たちが非難されていると感じるかも知れません(この場合、実際に非難されるようなことをしている/いないは関係ありません)。人は非難されると、やがて心を閉ざしてしまうものです。そういう意味で、No.1の方の書かれた「先生方も同じ人間」という表現は、ここに通じるのではないかと。


正しいことを主張することは大切です。ただし、その方法を工夫しないと、クレーマーのような扱いをされてしまいますよ。クレーマーに対して、話をきちんと聞いて受け入れ、学校運営を見直そうという動きにはつながりにくいと思うのです。目的は、正しいことを伝えることではないでしょう?ケンカすることでもないでしょう?
お子さんにとって最適な学習の場をつくるために必要なのは、事実の共有、目標の共有、支援の手立ての共有かと思いますが…何より必要なのは、協調姿勢を作ることではないでしょうか?


と、ここまでお読みになって、上記の考え方について、たとえ理屈では分かったとしても、非常に不愉快に感じられるのではないでしょうか?それは、質問者の方の思いに、あえて真正面から反対するような書き方をしているからです。そして、ある意味「現実ベースに語られた正論」と見ることもできるので、なおさら腹が立つことでしょう。これはつまり、質問者の方と私が戦ってしまっているのです。さらに、質問者の方の動き方では動けない、それでは学校は変わらない、なんて全否定してしまったとしたら(私はそうは思っていませんからね、念のため)、もう聞く耳なんて持たなくなるのではないかと思います。

失礼な物言いをして大変申し訳なく思っています。
ただおそらく、質問文に書いていらっしゃるような雰囲気の伝え方が、どういう風に見られてしまうかは、ご理解いただけたのではないでしょうか?


学校側としては、冷静さを失った方への対応として、ひとまず伺っておいて、落ち着くのを待ってから話をしよう、という対応になりやすいと思います。感情的な状態では話し合いにはならないからです。
たとえ正しいことであっても、学校が親御さんの「感情」で動くことは、ないといって良いかも知れません。本当に様々な親御さんがいますので…と言えば、分かっていただけますでしょうか?

要するに、質問者の方が熱心に語ることがクレームだと思われてしまったら、その時点で目標であるお子さんの教育ニーズを満たすための働きかけから一歩遠のくと思うのです。それは望む状態ではないでしょう?


余談ですが…
今の学校は、少しのミスでも叩かれやすく、少々の不手際も許されない環境に置かれているため、かえって組織としては融通が利かないところがあるのです。新しいことを始めるよりも、今やっていることを確実にやろうよ、みたいなこともありますし、もちろん怠惰が原因でもあります。私も含め多くの教員は怠惰と言えるでしょう。
また、要望=対応するべきもの、という風に考えているわけではありません。学校には学校としての考えもありますし、大勢のお子さんを抱えていく中で、全体を見てバランスの良い体制を整えることも大事なことだからです(ただし、この意見は教員向けのものではありません。教員としては、現状がどうあれ、その時点でできるベストを尽くすべきだと思いますし、そういう対応を心がけています。多少の労働条件の悪化も厭わないで子供のために身を粉にしている同僚も多いです。ただ、そうすべきだ、という風に外部から言われることでもないのかな、という微妙な話です)。


特別支援教育の体制が整っている/いない、ということは、その学校に専門的な知識や技能を持つ教員がいるかどうかによって異なります。その意味で、確かに学校間格差、地域間格差が生じていることは事実でしょう。

私は特別支援教育に関わる立場にいるので、発達障害をもつお子さんの指導について、いくつかのケースを経験し、同僚とも具体的に話し合うことができます。ADHDの障害像を漠然とですがイメージできますし、課題の発見も教育目標の設定も手立てや配慮事項の工夫も、少しは考えることができます。ただ一般の学校の先生方の多くは、そういったお子さんの事例を見ていない(正確には見えていない)ので、比較的にスムーズには行かないでしょう。私が突然月曜から職場を交換しても40人をまとめきり授業を成立させることができないように。

「~するべき」という言い方は、正しくも不幸な意見の出し方だと思います。
簡単にできるならすでにやっているはずですし、必要性を感じていればすでにやっているはずです。どうしたらいいか分かっていればすでにやっているはずですし、余裕があれば手をつけはじめているはずです。
…できない理由を怠惰にもってくると、相手の人を責めてしまうし、お互いに不幸になります。怠惰と責められ喜ぶ人はいませんから。逆に、どういう条件が整えば組織が動き出すかを考えると、必要な手立てが生まれてくるかもしれません。ダメ社員が多く足を引っ張り合っているような会社でも、現状を的確に把握し、今の状態でできることは何か、といった視点で改善を続けていくと、成果が上がってくるそうです。



もう一つ、指摘しなければならないことがあります。

担任をこえて管理職と話し合いたいとのこと。
どういったいきさつがあるかは分かりませんが、直接指導にあたっている教員ではなく、その上司に話をしようとしている状態を、担任の方はどのように感じていらっしゃるのでしょうかね。
自分に指導能力がないと、保護者に責められているように感じているかもしれませんね。そう感じてもなお、お子さんのために全力を尽くしてサポートしようと思うのかどうか、少々疑問があります。…もしかして、担任の方と戦ってしまっていませんでしょうか?

正論を語ることも大切ですが、直接お子さんを指導している方が、本当に特別な教育的支援の必要性があることに気づいて、どうしたらいいかな、と思えるようにならなければ、何も変わらないと思うのですが…。どのような支援が必要だとお考えかは分かりませんが、普通中学では教科担任制で授業が進むので、それぞれの担当教員が一人一人変わっていくような、働きかけが必要だと思います。

管理職、県の窓口、文科省、どこに話をしていってもよいのですが、結局のところ、お子さんの担当教員が変わらないと、意味がないばかりか、学校との関係が悪くなるばかりで、かえって害があると思います。また、いわゆる上の組織に話したとしても、クレーマーだという判断をされてしまっていたら、何ら効果がありません。たとえ多少なりとも効果があったとしても、やればいいんでしょ、といったような対応になってしまって、理解もないまま形だけ整えて見せて、本当に必要な支援を得られないことを、私は心配しています。


否定的な話ばかりしてしまってすみません。
お子さんの苦しみが分かるからこそ、強く要望されているのだと思います。学校の対応が変わっていないからこそ、言わねばならないと立ち上がったことも理解できます。であればこそ、なお私は作戦を考えていただきたいと思ってしまうのです。


>しかし、カミングアウトしていないので教室内で徐々に
>セルフエスティームが下がってきており、学業成績も
>連動して下がっています。

カミングアウトしていればセルフエスティームは保てる…?
ちょっと分かりませんでしたが、何か省略があるのでしょう。それはともかく、成績やセルフエスティームの低下が、ちょっと対応を工夫することで防げることを、うまく伝えていかなくてはなりませんね。

私は、第3者である医師や臨床心理士といった方(普段お子さんを診ている方のことです)を交えて、担任と十分に懇談をされることをおすすめします。今までに出された情報をもとにすると、私には担任の理解が不足していると言わざるを得ないと思うのです。まずはその辺りを、親御さんからではなく専門家から解説してもらうようにするのです。できれば授業も一緒に見たり、教室のレイアウトや活動の組み立て、基本的な対応など具体的なアドバイスを頂くようにします。
それを行うことでお子さんが変われば、きっと担任の方も親御さんが何を言わんとしているか、漠然としながらも分かるようになるのではないかと思うのです。

このステップは、親御さんだけでは出来ないのです。
親御さんの色眼鏡があることが否定できないからです。
(ここも、本来なら学校サイドで実態を的確に把握しなくてはならないことが大前提です。ただ、こういったことが必要であることすら気づかない状況は確かにありますし、それをどうにかするために多少の権威ある存在は有効だと思います)


>特別支援教育に係る法の精神に対して、不遵守もしくは
>不適格な状態だと考えます。
>先生の限界とはだれがジャッジするのでしょう?

教員をジャッジするのは、生徒であり親であり、地域の皆さんでしょう。そのために学校評価制度というものもありますし。存分に評価されてください。

ただ、評価をつけることが目的ではなく、「改善する」ことが目的なのです。そこは大事にされてほしいと思います。思ったことを散々書かれて良いのですが、改善案も具体的に挙げられるとか、ここは良い/ここは要改善、とメリハリをつけて具体性をもたせることなどをおすすめします。
予算がかかるような改善案よりも、工夫することでできる改善案のほうが適しているかもしれませんね。

同じく改善するなら、明るく前向きに行いたいものです。人に言われるよりも、仲間内から挙がってきた声の方が、変わりやすいものです。そういう形につなげられることを、心から願っています。



色々と失礼なことを申しまして…お怒りは重々承知していますが、どうしようもない状況をどうにかしようとしていらっしゃる様子を感じ、少しでもお役に立てればと思い回答しました。

どうか、よい方向に向かいますように。
失礼します。

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


なんだか大変な状況に陥っているようですね。
気があせることでしょう。心中お察しいたします。
確かに、学校の体制整備は遅れており、また地域格差や学校間格差も大きいと思います。非常に憤りを感じていらっしゃることが伝わってきますが…個人的にはお書きになっていることに若干の違和感も感じます。


教員の立場では、なかなか言えないこともあります。ただ…これも何かの縁かと思うので、あえて今回だけは家庭の立場に立って、思うところをなるべく...続きを読む

Qあらゆる分野の論文や研究レポートを見たい

一般庶民では無理ですか?

Aベストアンサー

こんばんは。

論文や研究レポートや各種学会の発行雑誌や論文集はお近くの大学の図書館で読むことができますよ。
*一般の図書館と違い、手続き方法や、貸し出し等の制限(学生と地域の人々との違い)がありますが、読む、見る程度なら全然問題はありません。
*大学の専攻によっては、置いてある学会誌の種類が限定されることがあります。

また、国会図書館へ行けば読むことができます。手続きは必要となりますが、かなりの種類や量の学会誌が揃っています。


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