宇治拾遺物語のなかにこんな文があるんですが・・・
“これも今は昔、ゐなかの児の比延の山へ登りたりけるが、桜のめでたく咲きたりけるに、風邪のはげしく吹きけるを見て、この児さめざめと泣きけるを見て、僧のやはら寄りて、「などうかうは泣かせ給ふぞ。この花の散るを惜しうおぼえさせ給ふか。桜ははかなきものにて、かくほどなくうつろひ候ふなり。されどもさのみぞ候ふ」と慰めければ、「桜の散らむは、あながいちにいかがせむ、苦しからず。わが父の作りたる麦の花の散りて、実の入らざむ思ふがわびしき」といひて、さくりあげて、よよと泣きければ、うたてしやな。”
カギかっこのあたりから意味があまりとれません・・・。それと本文中に「うつろひ候ふなり」の『候ふ』と「さのみぞ候ふ」の『候ふ』はそれぞれ丁寧語と謙譲語や補助動詞のどれすか?わかる方、ご説明の程、よろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

 「カギかっこのあたり」というのは、「などう(この『う』は原文にはありません)かうは……」あたりからですか?


 まず引用本文にいくつか間違いがあるので、原文を引用しなおします。

「などかうは泣かせ給ふぞ。この花の散るを惜しうおぼえさせ給ふか。桜ははかなきものにて、かくほどなくうつろひ候ふなり。されども、さのみぞ候ふ」と慰めければ、「桜の散らむは、あながちにいかがせむ、苦しからず。わが父の作りたる麦の花の散りて、実の入らざらむ思ふがわびしき」といひて、さくりあげて、よよと泣きければ、うたてしやな。

 上の部分の口語訳

「どういうわけで、こんなに泣いていらっしゃるのですか。この桜の花の散るのを惜しくお思いになるのですか。桜は頼りにならないもので、このようにすぐに散ってしまうものなのです。けれども、それだけのことなのです」と慰めたところ、「桜の花の散るようなことは、しいてどうしましょうか、いや、どうすることもできません、(そんなことには)不都合はありません。私の父が作っている麦の花が(この激しい風で)散って、実が入らないだろうと思うのが辛いのです」と言って、しゃくりあげておいおいと泣いたので、情けないことであることよ。

 それから、もう一つの質問ですが、「うつろひ候ふなり」の「候ふ」は、動詞の連用形に接続しているから、丁寧の補助動詞です。「候ふ」は、補助動詞の時は謙譲語にはなりません。一方、「さのみぞ候ふ」の「候ふ」は、「さ」という副詞を受けているので、本動詞「あり」の丁寧語ということになります。口語訳すると、「それだけでございます」の「ございます」に相当するので、補助動詞のような訳になりますが、文法的には副詞を受けているので、本動詞とみなされているようです。
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 A#1のshinkishuです。



>坊さんが子供にへりくだる理由はないので、謙譲語ではありえない事があかります。
>私が回答者なら、こう回答しますが...受験古文では×なんでしょうか?

 この質問は、私に向けられたもののようなので、補足説明します。

 謙譲語というのは、動作主体を低めることによって、話し手の、動作の相手に対する敬意を示すものです。それに対して、丁寧語は、話し手が聞き手に対する敬意を示すものです。例えば、

 私は担任の先生に「父が校長先生のお宅に伺いました。」と言った。

という文では、「訪ねる」の謙譲語「伺う」という動詞によって、話し手である「私」が、「父」の動作を低めることによって、動作の相手である「校長先生」を敬ったものであり、また、「ます」という丁寧語を使うことによって、話し手である「私」が、聞き手である「担任の先生」をも敬ったことになるのです。
 ですから、坊さんが子供に話しているからといって、会話の中に謙譲語が使われないということは言えません。上の例では、私の担任の先生への会話の中で、謙譲語が使われています。
 また、「うつろひ候ふ」の「候ふ」は丁寧語ですから、坊さんが、子供に対する敬意を示したものといえるわけで、その点でも、坊さんが子供に対しては謙譲語を使わないとはいえないわけです。
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現代語訳は以下URLの通りです。



『候ふ』ですが、
このシチュエーションの場合、都会の坊さんが田舎から出てきた小僧に話しかけています。
坊さんが子供にへりくだる理由はないので、謙譲語ではありえない事があかります。
私が回答者なら、こう回答しますが...受験古文では×なんでしょうか?

参考URL:http://www.geocities.co.jp/Bookend-Soseki/2189/u …
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Q「候ふ」の区別の仕方

動詞の方の「候ふ」に、
・「あり」「をり」の謙譲語。…ございます。…あります。
・「あり」の丁寧語。…あります。…ございます。
とありますが、丁寧語と謙譲語を区別する方法はありますか?
教えていただけると、ありがたいのですが…。

Aベストアンサー

> ・「あり」「をり」の謙譲語。…ございます。…あります。
> ・「あり」の丁寧語。…あります。…ございます。

 上の説明は、どの辞書または参考書のものかわかりませんが、間違っています。

 文中に「候ふ」が出てきた場合、まず、本動詞か補助動詞かを見極めてください。

 補助動詞であった場合は、「~でございます」「~ております」「~ます」「~です」といった丁寧語になります。
 たとえば、「『……』と申し候ひつれば、」の「候ひ」は丁寧の補助動詞で、したがって口語訳は「『……』と申しましたところ、」になります。

 本動詞であった場合には、謙譲語、丁寧語両方の可能性がありますが、これは意味で判断するしかありません。
1.謙譲語
・「仕える」の謙譲語。「お仕えする」
・「行く」「訪れる」の謙譲語。「うかがう」「参上する」
・貴人の「そばにいる」意の謙譲語。「伺候する」「お控えする」「お手元にある」
・貴人に「従っていく」意の謙譲語。「お供する」
2.丁寧語
・「あり」「居り」の丁寧語。「あります」「おります」「ございます」

 たとえば、「高き木候ふ」の「候ふ」は、本動詞「あり」の丁寧語で「あります」の意になりますし、「宮に候ひし童」では、「候ひ」は「お仕えする」という意の謙譲語と考えられます。「候ふ」相手があり、その人物を敬っているとみなすことができる場合は、謙譲語と考えていいでしょう。

 何か疑問点があったら、補足してください。

> ・「あり」「をり」の謙譲語。…ございます。…あります。
> ・「あり」の丁寧語。…あります。…ございます。

 上の説明は、どの辞書または参考書のものかわかりませんが、間違っています。

 文中に「候ふ」が出てきた場合、まず、本動詞か補助動詞かを見極めてください。

 補助動詞であった場合は、「~でございます」「~ております」「~ます」「~です」といった丁寧語になります。
 たとえば、「『……』と申し候ひつれば、」の「候ひ」は丁寧の補助動詞で、したがって口語訳は「『……』と申し...続きを読む

Q「散りゆくものは我が身なりけり」

上の句がなんだか思い出せません。
気持ち悪いのでぱっと出てくる方
お教えください。

Aベストアンサー

ん? これは小倉百人一首(もとは『新勅撰集』雑・1054)にもある

花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
 ふりゆくものは 我が身なりけり
(入道前太政大臣/藤原公経)
「花を誘って散らす嵐が,庭一面を雪が降るように白くしているが,その「フル」ではなく年々フルびていくのは我が身だったのだなぁ」
では?

ま,本歌取りの狂歌で

ぬば玉の 黒髪山もしら雪と 
 ふりゆくものはわが身なりけり

というのもあるようですが。

Qこの世をばわが世とぞ思ふ望月の

「この世~」という道長の歌ですが、自分はこの歌を最初に知ったとき、「わたしの権勢も今は絶頂だけど、いつかは満月も欠けていくように衰えていくのだろう。」というネガティブな意味だと思いましたが、そういう解釈は変でしょうか。また、これは本当に道長の作なのでしょうか。道長はこんなに傲慢なやつだったのだと言いたいために、誰かが作ったということはないでしょうか。

Aベストアンサー

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 参考になさってください。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1526097.html

Q忘れては夢かとぞ思ふ

雪見のことば

わすれては夢かとぞ思ふといひし、宮様の御隠居所でもなく、佐野の渡に駒とめし、半合羽の旅人にもあらず、またたちあがりて、梁王の園で、賦といふ所も気づまり、さればとて、簀子のはしに、鉢の木の股火も、あまりなるべし。鶴氅を著て立出でんも、加賀簔の見え坊にひとしと、鵞毛に似たるとんだ了簡より、ふるめかしいが王子猷が興に、十たんばかり乗勝ち、剡渓の船を膝栗毛にかへ、草鞋うつ藁店の軒に、臼と盥のけしきを見、むつの花の江戸川のはたを、ゑぬの子とともにさまよひつつ、お寺の茶の木にちよととまれとうち誦し、こりては思案にあたはざる、たはれ歌のいつどひ所にまとゐしつつ、風雅でもなく洒落でもなく、詩とも歌とも連誹とも、えしれぬ事を書きちらして、二月の雪の降損ひを、大目に見てやる事とはなりぬ。

いざさらば團めし雪と身をなして浮世の中を轉げありかん

(『大田南畝集』有朋堂書店「四方のあか」5,6ページ)

*** *** *** *** ***

江戸期のパロディです。「臼と盥のけしきを見」のネタがわかりません。教へてください。

それ以外も、私には不明な文言がたくさんあります。おわかりのネタは何でも御教示くださいませ。

*** *** *** *** ***

わかるネタ。

「忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや雪ふみわけて君を見んとは」
(『古今和歌集』970 岩波文庫25ページ)
比叡山の麓の惟喬親王のお住まひ。

「駒とめて袖うち拂ふかげもなし佐野のわたりの雪のゆふぐれ」
(『新古今和歌集』671 岩波文庫118ページ)
袖をはらふ必要のない半合羽。

「暁入梁王之苑雪満群山」
(『和漢朗詠集』374白賦 講談社学術文庫280ページ)

「雪似鵞毛飛散乱 人被鶴氅立徘徊」
(『和漢朗詠集』376白居易 講談社学術文庫282ページ)

能『鉢木』
雪の夕暮に「佐野」源左衛門尉常世の家のところへ北条時頼が舞ひこんだ話。

王子猷の冒雪訪戴。

「いざさらば雪見にころぶ所迄」
(『花摘』、『芭蕉俳句集』334 岩波文庫111ページ)

雪見のことば

わすれては夢かとぞ思ふといひし、宮様の御隠居所でもなく、佐野の渡に駒とめし、半合羽の旅人にもあらず、またたちあがりて、梁王の園で、賦といふ所も気づまり、さればとて、簀子のはしに、鉢の木の股火も、あまりなるべし。鶴氅を著て立出でんも、加賀簔の見え坊にひとしと、鵞毛に似たるとんだ了簡より、ふるめかしいが王子猷が興に、十たんばかり乗勝ち、剡渓の船を膝栗毛にかへ、草鞋うつ藁店の軒に、臼と盥のけしきを見、むつの花の江戸川のはたを、ゑぬの子とともにさまよひつつ、お寺の...続きを読む

Aベストアンサー

全く初めて見た書物とその文章ですから、お尋ねの「臼と盥のけしき」のネタについて、確かなことは分かりませんが,好きな川柳にふと見たものを記します。出典は江戸川柳ですから、ネタは江戸川柳だろうと推測します。詳細はわかりかねます。太田南畝も江戸川柳を見ていたのだろうと推測します。
 臼~「茶臼ではなくて白酒うすのよう」または「婿えらみする柳臼になり」
 盥~「わが尻を言わず盥を小さがり」 
 臼も盥も、草鞋うつ藁店の嫁(臼)と姑(盥)のことと推理しました。三句の川柳の意味はあえて記しません。

Q目出度さも中くらゐ也おらが春

こんにちは。

小林一茶の俳句ですけど、
ここで季語は<おらが春>ですか?それとも<春>ですか?
おらが春と言ったら私の春の意味ですか?
参考書には<おらが春ー新年>と書いてあります。

では。

Aベストアンサー

学校では、おらが春=正月と習った記憶がありますので
「おらが春」が季語だと思います。


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