江戸時代えた・ひにんとされていた人たちの住んでいたところが
被差別部落とされ、いわれのない差別が未だ存在する というところまでは
わかったのですが、えた・ひにんはどういう理由で決められたのでしょうか?

わたしは東日本の出身で、部落問題についての知識・認識がないも同然です。
歴史の授業でも、教科書の短い記述をただ読み聞かされただけでした。
先生に質問にいったのですが、あまりよく教えてもらえませんでした。
先生もあまり詳しくわからなかったような感じです。

学校やマスコミ、その他公の場で
この問題を大々的に扱われることはまずありませんよね?
完全に差別を根絶するためには大いに論じられてしかるべきだと思うのですが
なぜでしょう?

どなたか教えてください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (11件中1~10件)

こんにちは。

私が社会科(日本史)で習ったのは、江戸時代、幕府が「士農工商」という階級を作った時、一番下の「商」階級の人たちの不満を押さえるために、その下に架空の階級を作り、犯罪者や反体制の人々(例えば豊臣残党や幕府に取りつぶされた大名などの家臣等幕府に恨みを抱く人)等を捉えて犯罪者とみなし充てたと教わりました。

学校やマスコミなどがまともに扱わないのは、「解同タブー」というのがあるからではないでしょうか。
日本のマスコミには沢山のタブーがあります。「解同タブー」もその一つです。

具体的には「部落開放同盟」というグループが、「糾弾権」という権利を主張して「糾弾権」を認めないと「差別である」と言って糾弾集会を開いて、行政職員、教職員などをつるし上げたり、暴力をくわえたりして威圧し、行政などから特権を得るなどの事件が実際にありました。

http://member.nifty.ne.jp/ZENKAIREN/11.html

このような事例は結構全国で起こっており、現在では判例によって島崎藤村の作品にあるような「差別の実態」「糾弾権」というのは否定されていますが、日本の行政は実力行使をする集団に甘く、「差別」の名によるごり押しによる特定団体の不法な利益享受という問題があります。

http://www.blhrri.org/blhrri/kenkyu/data/hanrei/ …

実際の現在起きている問題としては、被差別地域出身であると一部心ない人達による就職、結婚時の差別が問題になる事があり、こちらがたまに問題になってます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
はじめて知ることばかりで、勉強になります。

「糾弾権」とは具体的にどういう権利なのか、調べてみようと思います。

「就職・結婚の差別」って、理不尽としかいいようがないですよね。
質問でも触れましたが、それをなくすには
「部落差別はまちがっている」ということを広めたほうがいいと思うのですが
ものすごくいろいろな問題が絡んでいるのですね。

お礼日時:2001/10/08 19:38

直接の回答にはなりませんが気になったので投稿させてください。

人それぞれの考えといえばそれまでですが,この問題を知らないほうがよかったとか,教えられない方がよかったというのが回答の一部にありましたが,私はそれは違うと思うのです。知らなければ差別がなくなるのかと思うとそうではないですよね。そっとしておけばなくなるのなら,とっくの昔になくなっているはずです。知らないほうがよかった言う考えはこの問題を自分の問題としてとらえず,他人の事としてとらえているかだと思うのです。もしそれを知ることでいじめや差別が助長されるのならば,それは学校や職場で行われている同和教育の不十分さに問題があるのだと思います。例えば下の方の書き込みにあるような,事前に十分な学習もせずにいきなりビデオ見て感想を書く。これでは,差別を助長すると言われても仕方ありませんよね。ただそのことを習った,習わないかが問題ではなくて,何のために学習するのか(したのか)を理解する必要があると思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
わたしもpusutaさんと同じ考えをもって質問したのですが
kussa-さんへのお礼にも書いた通り、それが少し揺らぎました。
でも、pusutaさんのご意見を聞いて再び
正しい教えかたであれば、やはりみんなが心に留めておいたほうがいいように
思えました。
「正しい教えかた」なんて簡単に書いてしまいましたが
それもものすごく難しいことですよね。

お礼日時:2001/10/09 20:19

>完全に差別を根絶するためには


転居も婚姻も進学も本人の自由になっている現在、差別は無いといえます。
人畜の死体の処理なども専門業者がしますし、食肉店も花屋も被差別部落出身者でなくてもなれます。
えた・ひにんはどういう理由で決められたということよりも、生れ落ちたカーストから一生抜けられなかったということが問題なのです。
現在隠そうと思えば住所と戸籍を移動すればOKです。
ちょっと前までは被差別部落民を雇うと団体でサボタージュしたり暴力行為が目立ったりしたのですが、今ではなくなっているのでは?就職差別の必要性がなくなりました。
結婚も結婚後、核家族でマスコミなどで勉強しながらお互いに親とは違った生活ができるので問題が生じません。
カーストにとらわれていた時代には上級士族や被差別民など対象の少ない階級は近親結婚を繰り返しました。家庭教育も特徴があって、就職してから対人関係・言葉遣いなど苦労して覚えました。
そんな苦労なんて誰でもあるわけで、現代では自分にふさわしい環境を選んで生きていくことで解決してしまいます。
各種コンクールでも出身によって当落が決まるということはなくなりました。
>この問題を大々的に扱われることはまずありませんよね?
当然です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
就職差別はなんで起こったんだろうと疑問に思っていたので、参考になりました。
cotikuさんのおっしゃる通り、理由よりも
差別の悪循環が続いてしまった背景を考えるべきかもしれませんね。
詳しく教えてくださって、大変参考になりました。

お礼日時:2001/10/09 20:01

>えた・ひにんはどういう理由で決められたのでしょうか?



まぁ色々有りますが、昔は肉屋(というより肉の解体業)はえた・ひにんでしたね。肉を解体することは汚らわしいとされていたのでしょう。
もちろん他にもいろいろあるのですが・・・

私は20代なかばなんですが、中学校で教えられるまでは部落問題を知りませんでした。知った後もあまり気にしていません。私の親の世代(40~50代)も気にしていないようです。
ただし祖父母の年代(60以降)は気にしているようでした。
実は近所に「部落」があるんです。その地域は山に囲まれ、周りから隔離されたような地形です。
私の姉が高校時代にその地域の人と仲良くお付合いしていたのですが、それを知った祖父が激怒しました。「あの地域の人間と関わるな!」と言ったそうです。
それまでその自分の近所に部落があるなんて知らなかったの驚きました。

ただ、祖父は部落だから嫌っているというよりは別の理由があるようでした。
部落の人達は農作物のできない地域に追いやられてしまったので、時折他の地域の畑で農作物を盗んだりしていたようで、私の祖父も被害にあったことがあり、そのことで嫌っているようでした。

部落だからということで単純に差別してる人もいますが、このような理由で差別する人もいるようです。

他の方も言ってましたが、同和問題についてはあえて学校で教えないほうがよいのかもしれません。私や私の周りも教えられなければ全然知らずに生きていたと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
みなさんがおっしゃる通り、事実を知るとすごく悲しい嫌な気持ちを感じます。
もちろんのことですが、kurioさんのおじいさん・おばあさん世代が悪いわけでも
差別に苦しんでいた人たちが悪いわけでもないのに
差別がずっと続いてしまったということを、特に悲しく感じました。

お礼日時:2001/10/09 19:46

この問題に中立的に書かれているのは


「被差別部落の歴史」原田伴彦  朝日選書34 朝日新聞社
 です。かなり詳しく書かれていますので、図書館などで手にとって見てください。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
図書館に行って探してみます!

お礼日時:2001/10/09 19:22

少し論点からはずれるかもしれませんが勘弁してください。


私が高等部に所属していたとき「部落差別」のビデオをLHLでみて感想文をかけという課題がありました。
内容はサッカー選手でエースだった主人公が部落出身という理由で選手から外されると言う内容です。部落地方の出身と言うだけで近所の人のたいおうもがらっと変わるのです。
私は感想文に「部落差別自体知っている人が少ないこの時代にわざわざいじめを促進させるようなことをしない方がいいと思う。私は現にこのビデオを見るまで部落差別を知らなかったのでしらない方がよかった」と書いて提出しました。
とても気分が悪くなりました。今でも思い出すだけで嫌な気分になります。
忘れてはいけないこともあるけれど忘れて方がいいこともあるというのはこのことなのだと私は思うのですが
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
わたしは間違った差別が繰り返されないために事実と向き合い
心に刻みつけることが必要なのではないかな、と思っていたのですが
ご意見をお聞きして忘れたほうがいいのか、忘れないほうがいいのか
わからなくなりました。
思い出したくないことをあえて教えてくださって、ありがとうございます。

お礼日時:2001/10/09 19:18

事前にお断りさせて頂きたいのですが、私自身は斯様な古くから存在する


部落差別等に対しては非常に心苦しく感じ、今回の補足説明はそれらを
助長、肯定、揶揄するものでは無い事をご理解下さい。
先の皆様が詳述されておりますので、私の回答は割愛させて戴きますが
語源について触れられておりましたので、補足として少しばかり・・・

これらの所謂、「えた・ひにん」という呼称の意味するところですが、
これは漢字で表すと理解しやすいかと思います。
「ひにん」とは「非人」、つまり人にあって人に非ず
「えた」とは「穢多」、つまり穢れ多い
という非常に侮蔑的な意味の言葉であります。
 
補足まで。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
本当に、いわれのない不当な差別としか言葉が見つかりません。
やっぱり、少なくとも
こんな差別は間違っている、絶対してはならないということは
子どもにきちんと教えるべきだと思うのですが......

お礼日時:2001/10/08 20:43

 えた・ひにんがどういう理由で決められたかということを、突き詰める必要は無いのではないでしょうか?



 ご自身が勉強されてわかられたように、この身分制度は、江戸幕府が統治しやすいように、民衆の心理を巧みに利用したに過ぎないのです。

 士農工商のかかで、一番強いのは、本当は商人です。
 お金を持っていることは、権力をもっていることなのです。それで、江戸幕府は、商人の地位を低くすることにより、その影響力を弱めようとして、身分制度を作りました。

 しかし、やはり、商人の顔を立てて、さらにその下に身分を作ったのです。そして、民衆のストレスを、身分の低い人に向かって発散させるために、えた ひにんの人たちがエスケープゴートにされたのですよ。
 人間は、立場の強い人に自分の意見をいって自分のみを危うくするよりも、弱い人をいじめて、その場のストレスを晴らす方が楽ですよね。そんな人はよく見かけるでしょう。

 その人間心理を巧みに利用した徳川幕府の計略に私たちはいったいいつまで踊らされればいいのでしょう。

 自分は、いいかげんにしてほしい!!
 と思います。自分の親は戦前生まれの人間なので、特にそういったことにこだわって、不必要な知識をいっぱい教えられてしまいました。どんなに、自分が「そんかこと知りたくない」といっても無理やり教えられて、いまでもすごくいやな記憶です。
 だから、自分は絶対後世に詳細を伝えたくありません。

 必要な知識は「徳川幕府の政治的計略」だけでいいのです。
 
 たまたま、その時代に何らかの事情があって、えた ひにんになった人にはそれなりのことがあったかもしれません。それが何百年も後の子孫に一体何の関係が有るのですか。

 また、ある場合には差別される立場でも、ほかの場合では英雄と言うこともあるのですよ。例えば、アメリカのワスプ(つづりを忘れました)と呼ばれる、人たちは、本国のイギリスで居場所が無くなって、アメリカに渡っていった人たちですが、今では建国の祖として尊敬されています。

 江戸時代だって、犯罪者として断罪された人たちの中には、豊臣家の家臣の人たちで、関ケ原で負けた人たちも含まれているのですよ。あの時小早川が寝返らなければ、淀君にふたりめの子供が生まれていなければ、歴史の歯車がチョットでも違っていれば、犯罪者となる立場になった人は反対だったのです。

 差別を根絶させる方法は簡単です。人をいじめる誘惑に負けなければいいんですよ。誰にでもできることですが、みんなしません。なぜなら、人をいじめるのは気持ちがいいとどこかで思っているからですよ。

 あなたから、やめてください。そして、そんなことを言う人がいたら論破してください。それで、孤立してもふんばってください。その勇気がみんなにあれば、差別は明日からでもなくなります。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
ご意見にとても考えさせられました。

特に
「自分の親は戦前生まれの人間なので、特にそういったことにこだわって、不必要な知識をいっぱい教えられてしまいました。どんなに、自分が「そんなこと知りたくない」といっても無理やり教えられて、いまでもすごくいやな記憶です。
 だから、自分は絶対後世に詳細を伝えたくありません。」
というところには衝撃をうけました。

「たまたま、その時代に何らかの事情があって、えた ひにんになった人にはそれなりのことがあったかもしれません。それが何百年も後の子孫に一体何の関係が有るのですか。」
とmasakajiさんがおっしゃっている通り
わたしも、子孫にはまったく関係ないのにおかしい!と思っていて
そんな悲しい間違いが起こってしまった背景を詳しく知りたいと思ったのです。

最後のお言葉、本当にその通りですね。
部落差別はおかしいと心から思いますし、わたしは絶対しません!

お礼日時:2001/10/08 20:31

差別の問題は先の方たちが述べて居ますので省略します。


下記のサイトに えた・ひにん について書いて有りました。

何故そのように言ったかは語源としての記載はありませんが、参考にして下さい。

参考URL:http://www.pref.nara.jp/dowak/siryou/siryoucente …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
教えていただいたHP、さっそく見ました。
背景も複雑なものがあるとわかり、参考になりました。
新たに疑問に思ったことがいろいろあったので
勉強してみようと思います。

お礼日時:2001/10/08 20:05

専門家ではありませんが、小学校で割と詳しく学びました。


部落の部とは、部民(べのたみ)といってある専門技術をもった、技能者集団だったと聞いています。大陸から新技術をもたらした帰化人なども含まれるそうです。特に武具製作に携わる人々は、特殊技術が外部に流出しないように、定められた土地からの出入りを厳しく制限されていたそうです。また、武具の製作に持ちいいられる、皮革加工を行なう際に四つ足の動物を用いることも多く、これが殺生を禁じる仏教の教えを守らないことになってしまいます。
このような背景を踏まえ、時の為政者たちは、差別的身分に縛り付けることにより、
他の身分の者との交流をなくすことで、技術が流出しないようにしたそうです。
つまり、彼差別部落の人は、もともとは専門的な技術を持った集団だったのです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事ありがとうございます。
わたしが知りたかった根源の部分を教えていただき、勉強になりました。
小学校でそこまできちんと教えるところもあるんですね。

本当は産業の発展の功労者である人たちが
長い間不当な差別を受け続けることになるなんて
本当に間違ったひどいことだと改めて思います。

お礼日時:2001/10/08 19:48

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q花屋の求人について

今年大学を卒業した22歳です。植物とは無縁の学校で、私生活でもどこかの教室に通っていたということもなくお花については本当に素人です。
ですがお花自体はとても好きで、飾ったりすることはないものの定年後は生け花を習いたいと思っているぐらいです。
そのお店はリニューアルオープンするようで、正社員として雇ってくださるだけでなく新卒も可という有り難いところなので是非とも働きたいと思っています。

そこで質問なのは、

・新卒でも可にしている花屋ではどんな人物が求められるか

・要普通免許とあるなかでAT限定の普通免許(三年のブランクあり)所持は不利になるか
ブランクがあることは勿論履歴書に書きます

・ネットを使って応募をする際に志望動機を書く欄があったため、文面から伝わる店長の明るさと県外研修を設けていることから店の発展への尽力を惜しまないところを魅力に感じた」といったことを書いたのですが、理由としては弱いかどうかと履歴書にこのまま再利用しても大丈夫どうか

・私は文章を書くことを得意としているのですが、花屋でそれが役に立つのかどうか

を教えて頂きたいです。

お店は生花をメインとしており、分かっているだけで店長を含めて社員は三人の小さいお店です。

どうしてもここで働きたいため、どうぞお力を貸してください。

今年大学を卒業した22歳です。植物とは無縁の学校で、私生活でもどこかの教室に通っていたということもなくお花については本当に素人です。
ですがお花自体はとても好きで、飾ったりすることはないものの定年後は生け花を習いたいと思っているぐらいです。
そのお店はリニューアルオープンするようで、正社員として雇ってくださるだけでなく新卒も可という有り難いところなので是非とも働きたいと思っています。

そこで質問なのは、

・新卒でも可にしている花屋ではどんな人物が求められるか

・要普通...続きを読む

Aベストアンサー

ご卒業おめでとうございます!

・花屋さんに限りませんが、求められるのはやる気と熱意がある人材。
 接客業なので清潔感や明るさ、お客さんと円滑にコミュニケーションを取れることも重要です。
 あとは体力。花屋さんの場合、花粉症だとこの時期辛いですね(^^;)

・MT対応の方が効力はありますがATだと不利という程でもないです。
 ある程度大規模なお店だと冠婚葬祭のお花をトラックで運ぶこともあるので、MT保持者の方が重宝される場合もあります。

・質問者さんの強み、お店で活かせる長所をを織り込むようにした方が良いかと思います。 

・文章力というか、それぞれのお花の特徴や育て方をお客様に効かれた際
 わかりやすく簡潔に答えられる臨機応変さを持っていれば理想的ですね。

お若いですし熱意さえ伝えれば望みは十分だと思います。頑張ってください。

Qロシア農奴と江戸時代の農工商、えたひにん

ロシア農奴と江戸時代の農工商、えたひにん

ドストエフスキー、トルストイを読んでいます。

小説に出てくる農奴解放前後、特に解放前のロシアの一般庶民はずいぶん、悲惨な感じがします。

江戸時代の農工商えたひにんと、農奴解放前後、解放前のロシア庶民の比較異動を教えてください。

特に生活レベルとか、持っていた権利などについて、

できるだけ具体的に、詳しく知りたいです。

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

農奴

 移動、職業選択の自由はない。

 一応、個別の家族、住居、耕具の所有は認められる。
 (人間としての人格を完全否定される奴隷ではない。ただし人間としての人格が保障される事は稀)

 簡単に言うと、一定量の農産物を生産する為の、荘園の付属品です。
 (時には土地と共に売買、譲渡の対象となった。)

ロシアだと、1861年にアレクサンドル2世によって農奴解放令が発令

 移動、職業選択の自由が与えられた。
 (富国強兵の為の、人員の確保が出来る様になった。[兵隊や工場従事者の確保が可能に])

 ただし、元農奴が土地所有者であった貴族から土地を購入する事は金額的に出来なかった為、殆どの者は農奴であった時と変らない待遇で生活をする事になります。
 (事実上の農奴の温存。これが変るのは革命を待ちます。)

>江戸時代の農工商えたひにん
 昨今の研究では、江戸時代には士・農・工・商・穢多・非人と言う厳格な身分は存在していなかったのではと言われています。

 御家人株などを購入すれば、農・工・商であっても武士に成れた。坂本竜馬の先祖も、財を蓄えた事で商人から郷士に成っています。

 また、一般農民であっても米以外に町で金に換えられる作物や商品(「工」の役割を担ったり)を生産したりしましたし、大農家ともなれば海運を担ったり大名貸しなどの金融業もやっていました。
 (「本間様には及びもせぬが、せめてなりたやお殿様」と呼称された酒田の本間氏など)

>特に生活レベルとか、持っていた権利などについて、
 生活レベルは、ピンキリ(豪農や豪商は、大名並な生活を送っていましたし、水のみ百姓や丁稚奉公などは奴隷の一歩手前)です。

 穢多・非人で有っても相応の財を溜め込んだ者もいるようです。
 (穢多頭の矢野弾左衛門は、殺生や穢れを嫌っていた当時の風潮から皮革の製造加工を独占し、旗本並みの格式と十万石の大名並みの財力を有すると称された。)

 差は、武士には帯刀などの儀礼的特権があり、一般民衆は特に何も無く(才覚が全て)ただ農村と都市部の違いで別れ、抑圧階級(住居や職業に対する制限)として穢多・非人(地域によって差異が有り明確には…。)が居ると言う所でしょうか…。

農奴

 移動、職業選択の自由はない。

 一応、個別の家族、住居、耕具の所有は認められる。
 (人間としての人格を完全否定される奴隷ではない。ただし人間としての人格が保障される事は稀)

 簡単に言うと、一定量の農産物を生産する為の、荘園の付属品です。
 (時には土地と共に売買、譲渡の対象となった。)

ロシアだと、1861年にアレクサンドル2世によって農奴解放令が発令

 移動、職業選択の自由が与えられた。
 (富国強兵の為の、人員の確保が出来る様になった。[兵隊や工場従事者の確保が可能に])...続きを読む

Q花屋の仕事

こんばんは。
現在派遣で働いていて、
派遣の更新を気に転職しようと思っています。
お花が好きなので、花屋さんで働きたいのですが、
ネットでもアルバイト情報誌でもなかなか求人情報がありません。
インターネットで花屋の求人情報が載っているところを
知っている方が見えましたら、是非教えてください。
名古屋市内でお願いします!

Aベストアンサー

残念ながら花屋は基本的に公式な検索サイトでは募集は滅多に行っていないんです。地元情報誌でもごく稀です。求人の際はHPを持っている店なら掲示板などで募集する場合が多いです。でも大概は店の店頭に募集広告を貼っている場合が殆どで、非常に人気のある業種ですぐ人が埋まってしまいます。今はアルバイトが多いです。一応、下記サイトで片っ端からスタッフ募集があっているかTELする以外ないと思われます。

参考URL:http://www.bekkoame.ne.jp/~eosk/hana/nagoya.htm

Qえた・ひにんの序列について。

http://okwave.jp/qa/q4165227.html

上記の質問の回答で「えた」は「ひにん」の中でも素行が悪い者がなると書かれていますが、私が学校で習った内容とまったく違います。えたは革や死に携わる仕事をする人のことであり、ひにんより身分は形式上は上とされたと習いました。関東では牛の死体の処理をえたがひにんにやらせていたところがあるので形上の序列としてえたはひにんより上位にくるのではないでしょうか?そもそもえたはなろうと思ってなるものではなく代々特定の家の者がなるのではないのですか?

Aベストアンサー

穢多は、動物の皮の加工など、臭いの強い仕事に従事。職業の貴賎の問題です。
非人は、心中未遂の生き残りなどで、前科者の隔離に近い位置でしょう。正業に従事できないため、乞食に近いものだったという説もあります。

Q花屋でアルバイト

こんにちわ。
私は都内に住む19歳の女です。

以前からお花や観葉植物が好きで家でたくさん育てていて、最近では花屋さんでアルバイトをしてみたいなぁと思うようになりました。

しかし私は園芸の学校を出たわけではないので専門的なことは分かりません、あと自動車免許も持っていないので配達は出来ないんですけど。

フロムエーとか求人雑誌を見ても花屋さんのバイトがあまり載っていないので、どういう風に求人の情報を見れるのかと思ったんですけど、どなたか教えてくれませんか?
場所は東京23区か神奈川県で知りたいんです。

よろしくお願いします!

Aベストアンサー

こんなあなたにぴったりのサイトがありましたよ。
この中でぜひご希望のバイトを探してくださいね☆

参考URL:http://www.4hana.com/job/

Q江戸時代、えた・ひにんの人ははどうやって選ばれたのか?

江戸時代に士・農・工・商・えた・ひにんなどの身分制度が出来ましたが、このえた・ひにんに該当する人たちは、どうやって決定されたのでしょうか?
中学校では「時の権力者が世の混乱を治めるために低い身分の人を作って不満のはけ口にした」などと習った気がします。しかし、この"低い身分"の人たちはどのようにして選ばれたのでしょうか?貧しい農民をこの身分に割り当てたのでしょうか?私の思いつきでは前科のある人やその家族などをこの身分にしたのではないかと思ったのですが、実際はどうなのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まず、身分制度についてですが、士・農・工・商ですが、次にくるのは「非人」「穢多(えた)」の順です。

で、ここで、あなたの質問に答えるとしたら、地方の成立は雑多な部分もありますので、話が長くなります。そこで、江戸および江戸時代についてのみお話をいたします。

確かに、士農工商の序列ではありましたが、実際としては、士・工・商・農、という序列が正しいと思います。

年貢(税金、または、武士の給与)確保のため、武士の次に農民が位置しましたが、士農工商で一番苦労したのは、農民でした。

まず、「非人」について:

元々は「人非人」あるいは「僧侶」の意味でした。つまり、人間界を捨てた「世捨て人」のことを指しました。やがて、賎民(せんみん=貧しい人)を指すようになり、中性では「穢多」と混称されるようになってきました。しかし、江戸時代に入ると両者は「厳密」に区別され、「非人」は良民(平民)のなり下がりとして位置づけられ、良民への復帰の道が開かれていました。
「穢多」と違っているところは、「皮細工等の生産に従わず」卑属な遊芸や物貰いの独占権を持ち、「穢多」よりも上位に位置していました。

「非人」にも2種類あり、「抱非人(かかえひにん)」と「野非人(のひにん)」とに分かれていました。

「野非人」は今日で言われる「路上生活者」。つまり、ホームレスで、主に、農村部で飢饉や病気などにより年貢が納められなくなった者が「人別帳」を離れて江戸へ流入した者たちでした。つまり、「無宿者」と同じ考え方です。江戸でも厳しく取り締まりをし、一定の区域に住まわせたりしましたが、効果はなく、後の、「無宿狩り」などへと発展していきました。

一方、「抱非人」は、例えば、
(1)姉妹伯母姪と密通した者。
(2)男女の心中(相対死)で女が生き残った場合。もしくは、両人とも生き残った場合。
(3)主人と下女の心中で主人が生き残った場合の主人。
(4)15歳未満で無宿の子どもが盗みをした時。
などとなっていますが、
非人小屋頭が江戸の各地にあり、そこの頭の支配を受けていました。この非人組頭の頂点に「弾左衛門」という人物がおり、その支配下に「頭」と呼ばれる者が4~5人いました。最も有名なのは、荒川土手(地名は分かってはいますが、人権に関わることなので、ここでは、あえて、荒川土手とします)に木組みと筵(むとろ)で住まいを造り、痩せた土地を開墾し、非人同士が結婚して子どもが生まれても、その子どもも非人でしかなかったのです。

まあまあ、幅を利かしていたのが「車善七」率いる人たちでした。

非人の生計としては痩せた土地から得るものは少ないので、主に「物乞い」でした。江戸時代、非人以外が「物乞い」をすると、逆に、罪になりました。また、街角の清掃、門付(かどづけ)などの清めに関わる芸能を披露。そして、街角の清掃に付随して紙くずを拾って、それを発展させて「再生紙」造りにも寄与しました。(現代のリサイクルの先駆け?)。さらに、町役の下役として警備や刑死者の埋葬、また、斬首の刑(首切りの刑)などでは、罪人を押さえつけたり、その後の死体処理をしたり、入牢した者が病気に罹った時の看病。少年犯罪者の世話などに従事しました。

そして、「非人」は、上記(1)~(4)などの罪で非人になっても、家族や親類縁者が、多少の「銭」を支払うことで、平民に戻れたのです。

そこへいくと、「穢多」は、「非人」よりも、さらに下位に置かれ、町民の住居からは、かけ離れた場所に、一箇所に集めて住まわされました。その条件?としては、「非人」の中でも、さらに「素行」が悪く、「非人の秩序」を乱す者などが対象でした。しかし、支配をしていたのは、やはり、「非人組頭」の弾左衛門でした。

彼らは、例えば、死んだ牛馬を百姓から貰い受け、その肉を食い、皮は皮製品などにしました。この斃牛馬(へいぎゅうば=死んだ牛馬)の取得権は「穢多」の何よりの独占権でした。
その他にも、藁(わら)細工、燈心細工、破魔弓矢(はまゆみや)細工等簡単な手工業的生産に携わりました。

この「穢多」の歴史は、戦国時代に戦国大名から鎧(よろい)や鞍(くら)などの武器としての皮製品調達のために、当時は長史(ちょうし=村のまとめ役)に皮製品の上納を命じたことに始まる、と、されています。その見返りとしては、年貢を安くしてもらったり、とかの恩恵も与えられました。

しかし、江戸時代に入ると、「穢多」は、、「士農工商・非人・穢多」と「非人」より下位に位置づけられ戦国時代と同じような職業に従事し、一生涯「平人(ひらびと、または、ひらんど)=庶民」に戻ることはできませんでした。

こうした「非人」や「穢多」は、収入があってないようなものでしたので、租税を課せられることもなかったので、やがて、その租税免除により、幾らかでも貯えをし、土手などから、平地に土地を持つ者も出始め、大きな意味で「部落」ができました。

そして、明治4(1871)年に制定され、明治5年に編成された、いわゆる、壬申戸籍(じんしんこせき)には、「皇族」「華族」「士族」「卒」「地士」「僧」「旧神官」「尼」「平民」「新平民」「非人」「穢多」などという「階級」が書かれており、当時は、まだまだ、身分制度が色濃く残っており、しかも、誰でもがこの戸籍を閲覧することができました。

しかし、昭和43(1968)年に、差別部落の人を探し出す事件が発覚し、大企業での採用取り消し、部落民との結婚禁止などという事件が発生し、同年、「閲覧」および「公開」を禁止し「永久封印」とされました。

とは言うものの、現在に至っても、「部落名」を聞いたり、そこに代々住んでいたということで、「偏見の目」が向けられ、現在、「部落開放運動」や「同和問題」が今なおクローズアップされているのが現状です。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

まず、身分制度についてですが、士・農・工・商ですが、次にくるのは「非人」「穢多(えた)」の順です。

で、ここで、あなたの質問に答えるとしたら、地方の成立は雑多な部分もありますので、話が長くなります。そこで、江戸および江戸時代についてのみお話をいたします。

確かに、士農工商の序列ではありましたが、実際としては、士・工・商・農、という序列が正しいと思います。

年貢(税金、または、武士の給与)確保のため、武士の次に農民が位置し...続きを読む

Q花屋さんのバイト

農業系高校定時制の2年生のものです。

今花屋さんのバイトを探してるのですが、なかなか見つかりません。
たまに見かけても、免許が必要だったりして見つかりません。
花屋さんの求人の乗ってる所や、どうすればなれるか教えてください。
また、朝から昼頃にかけての所を探しています。(学校と両立するため)

また、自分はフラワーアレンジメントのインストラクター資格を持ってるのですが、履歴書とうに書いた方が良いのでしょうか?

下手な文章ですいません。どうかお願いします。

Aベストアンサー

資格があったら、どんどん書いた方がいいですよ!何でも。自己アピールにもなりますしね♪
求人広告や、雑誌で探してみたり、花屋さんに張り紙がしてある場合があります。直接店でバイト募集をしているか聞くのもいいですね。なかなか花屋さんのバイトでの募集は少ないと思いますが、頑張ってください!

Q部落差別の歴史

こんばんは。
最近問題部落について考える機会がありました。
そこでみなさんにお尋ねしたいのですが、
昔、部落の人々は「四つ」と呼ばれ差別を受けていたと知りました。
なぜ「四つ」と呼ばれるようになったのでしょうか。

どなたかご存知の方、返答お願いします。

Aベストアンサー

かつて、部落民は四本足で歩く動物の処理を、独占的に職業としていたからです。
前近代の日本では4本足で歩く動物を処理することは、非常に穢れたことと認識されていたようです。
水平社宣言にも、部落民が「獣の皮剥ぐ報酬」の罵られていたことが述べられています。

Q将来お花屋さんを経営したい。

私は高校二年生の17歳です。
年末にお花屋さんのお手伝いをして花に関わる仕事がしたいと思うようになりました。
将来お花屋さんに就職して、後に自分で経営できたらなと思っています。
アレンジメントもできるお花屋さんになりたいとも思っています。
そこで、フラワーアレンジを学べる専門学校に進むべきか、将来のために経営を学べる大学に進学するか迷っています。
どちらに進んでもお花屋さんでアルバイトをして経験を積みたいと思っているのですが・・・。

どなたか回答お願いします!

Aベストアンサー

こんにちは

本当に花関連の仕事に決めているならば、フラワー関連の専門学校等の
方がいいと思います。
大学の商学部、経営学部で花屋の経営が学べるわけではありません。

ただまだ2年生ということでいろいろ可能性もあると思いますので
短大も含め、専門学校もいろいろ調べてみると良いと思います

Q部落差別

部落差別を学校から教えられて
差別はいけないとか教えられたんですけど

部落差別が始まった理由はなんなんですか?

また今は部落差別出身だからと言って不利になる事とかあるのですか?

Aベストアンサー

ありますね。西日本では。東日本では、存在自体知らない人が多いですが。
なんといっても「怖い」というイメージがあると思います。
しかもこれは差別でなく、実態なのです。
というのもヤクザ、凱旋右翼、エセ同和、総会屋との
コネクションが強いし、かえるの子はかえるで
子供も暴走族やチンピラ、ヤクザになったりぐれたりする
人が多いです。中には大学に行く人もいますが、
低レベルなので東京などにいったきり帰ってきませんね。
アメリカの黒人とまんま同じ構図でドツボにはまっているとしか
いい様がありません。
先ごろ大阪で逮捕された小西という人も人権団体代表兼
ヤクザの組員でした。
人権侵害だとすごんで、いろんな所から金を巻き上げていた悪です。

>また今は部落差別出身だからと言って不利になる事とかあるのですか?


人気Q&Aランキング

おすすめ情報