医学部を目指す高校3年生です。
 漫画の話で恐縮ですが、手塚治虫さんのブラック・ジャックを読んでいて、ドクター・キリコvsブラック・ジャックみたいになってたので、安楽死・尊厳死について調べようと思い、PCをつけたものの・・・とても難しい話になってきたのでどなたか考えをお持ちの方に直接、色々な意見を聞きたいと思って質問しました。

 調べたところ・・・
 「安楽死」・・・第三者が苦しむ患者を死なせること。
 「尊厳死」・・・患者自身が自らの死に方を選ぶこと。

 僕は医者の仕事は“人を助けること”だと思っていたので大きなショックを受けました。んー、この問題については、“どちらが正しいか”という答えがあるような気がするので、どなたか考えをお持ちの方、よろしくおねがいします。

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A 回答 (10件)

治らない病、かつ末期症状で、もし緩和医療を施されている方だとすると、死のきわでは正しい判断は出来ない可能性があるという事も問題だと思います。


リビング・ウィル(遺言)というものもありますが、ひとつの理論であって、完璧なものとは思われません。

安楽と尊厳、どちらにしても、痛みの果てに「本人の確認の上で」それを行ったとしても、底辺には本能的な生への執着が一抹でも残っていたらと思うと、複雑ですね。
覚悟してすっぱり命を捨てられる人は少ないのではないかと感じます。そして、それが人間らしさではないでしょうか。

実践的な考え方としては、
・本人とのコミュニケーション(可能であるならば)、
・更に可能であるならばその方の生き方を理解すること、
・ご家族やキーパーソンの意思。そして精神的、経済的な負担を理解してあげること。
以上だと思います。
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初めまして 一応医学部在籍です。


私もブラックジャックは大好きです。(最近また文庫を全部買い揃えた程!)
ブラックジャックのあくまでも諦めない生への執着はかっこいいですよね。
それに比べ、ドクターキリコはブラックジャックなら治せそうな病気でも
「安楽死、安楽死・・・」と言っているキャラクターにうつります。

ここで私が思うことは、
例えば、自分が医師であるときに、自分以外の先生でその患者さんの病気を治せそうな専門家の先生がいたら、「自分の敗北」等と自分の変なプライドに拘らず、
専門家の先生を紹介してあげたりする勇気も医師の仕事だとおもうのです。

Cake0530さんの回答を読んでいると気になることがあるのですが、
”尊厳死”と”安楽死”を少し混乱してはいませんか?
安楽死は今まだ認められていないのをみてわかるように、
意図的に死に至らしめるものである以上、犯罪などの可能性を含む難しい問題です。
しかし、尊厳死とは、
”現在の医療でどうしても治し得ない病気に対して、
 患者本人・または家族が望むのであれば、無意味は延命をしない”という事だと思っています。

安楽死は私も賛成するか悩むところですが、
尊厳死に対しては、命をかけて想像以上に苦しい治療を受けてきた患者さんに対して、治らなくても、医師の意地とわずかな可能性にかけてみたいというエゴだけで、それ以上の苦しみと家族への経済的・精神的負担を掛けながら、延命チューブにだけ繋がれて、会話も何も出来ない状態で生かしておく・・というのは、医療とは言えない(人を助けるという意味から外れる)と思い、尊厳死の尊重は大切なことだと思います。
尊厳死は、そんな”患者さんが出来るところまで戦いたいというなら、延命装置をどこまでもしてあげる、患者さんがもう無理なら、チューブだけで生きているような状態はやめてほしいと言ったら、そういった装置はしない”そんな個人の選択を含んだ大切な考え方だと思っています。

勝手な私の考えですので、こういう意見もあるなぁ、と思ってくださるだけで
良いのですが、
高校生ということで、
まだまだたくさんの経験を積んで、いいドクターへの道をお互いにめざしましょうね!
(大学に入れば、たくさんのDrの先生方から貴重な体験談をたくさん聞くことができますよ!!頑張ってください!)
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No.7のmiyakoodoriです。

古い本ですので(この手の本はすぐなくなる)…本の番号調べてみました。
ISBN4-06-206436-7
です。図書館などにあるといいのですが…
同じ作者の本で「病院で死ぬということ」という本もあります。手元にないので詳細はわからないのですが、映画化もされたりしましたので、こちらの方がまだ手に入りやすいかもしれません。
山崎章郎氏はホスピスに勤務したりターミナルケアに関する研究会をなさっている医師です。

また一般向きということでは、聖路加病院の日野原重明氏も生死に関して書いていらっしゃいます。宗教的な観点になっているのがちょっと…なのですが、この方も医師です。
岩波現代文庫から「命をみつめて」という本が最近再版されました。講演会のものをまとめたもので、話は同じ様なものもあったりしますし、また「安楽死」に関しては書いていなかったりしますし、それ以外の内容のほうが幅占めていますけど、…「死」に対する考え方も中で書いていらっしゃいます…いかがでしょうか?

あとかなり有名どころで
キューブラー・ロス(精神科医)が「死ぬ瞬間」という本を出版されています。末期患者の臨死時の心理を分析したものです。「死」と言うものを考える上でいかがでしょう。ただ高校生の方が読まれる本としてはどうかと思いますが…

自然に反して命を延ばすこと
たしかに多くの医師がそれを目標としてきました…
でも人は必ず死ぬのです。
いま現在、このことだけは覆すことの出来ない事実です。

医療現場ではかなり前からQOL(クオリティー・オブ・ライフ)という考え方があります。
命の質を考えることも大事です。(まぁこれが個人個人違うのですけど…)
この考え方に対する本も前はあったんですが今はどうかな?
「死と医療」を考えられるのならQOL関係の本の方が、ご自分の考えを育てるのにはいいのかもしれませんね。
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かなり前(1993年)になりますが…山崎章郎氏の監修・訳で「安らかに死ぬということ」という本が出版されています。

…ご存知かもしれませんが…

アメリカにおける安楽死運動の経過を実例を紹介しながら書いてあります。医学関係のものでなくとも読める、とても読みやすい本です。またこの本には日本尊厳死協会の会長の方が推薦文をかいていらっしゃいます。

この本は少しは参考になるのではないかと思います。
1993年の本とはいえ、日本の「尊厳死」「安楽死」に関する考えはあまりかわっていないように思います。

積極的な安楽死は確かに問題があると思います。

いま日本で行われているのは「消極的な安楽死」ですよね。これは尊厳死にも通じるものもある。
無駄な延命治療をしないという決断も大切です。

その人の最後の舞台が少しでも安楽に安らかに過ごせるように援助することも「助けること」ではないでしょうか?

「100%死を迎える」ことがわかっている方に延命(心臓が動いているだけの意味で)の処置をすることはその方を「助けるように努力した」事にはならないと思います。もっともご本人が「それを望む」意思があったのなら「助けるようにした」と言えるかもしれませんが…
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この回答へのお礼

 返信ありがとうございました。

 その本、是非読みたいです。今から探してきますっ!ありがとうございました。

お礼日時:2001/10/11 07:14

今勉強中の学生なのですが…難しいテーマですよねえ。


「安楽死」は場合によっては「殺人」にはなりかねます。
 アメリカのある州では「尊厳死」を守るために、「安楽死」が認められています。
「尊厳死」は、「患者が自分で死ぬ場所、死ぬときを自由に選べる」ということが前提として成り立っています。つまり、患者が「私は…の場所で…に死にたい」と言えば、医者は、安楽死として、筋弛緩剤の投与、又はそのカプセルを与えることが認められているのです。

 このことだけを見ていると、「安楽死っていうのは良いものじゃないのか」ってなるかもしれませんが、そうとは言い切れません。
「安楽死」が認められていない日本でも、「尊厳死」が成り立つ場合が多いからです。例えば、末期の病気の患者が、「私はここで死にたいんだ」と言えば、そこに最低の設備をおけば、痛みを薬で紛らわせることをして、その方は希望どおりにその場所で死ぬことができるからです。これも立派な「尊厳死」。

ただ皆さんの言っているとおり、人がどういった希望をするかは分からないのです。結局医者は、患者さんの望んだ治療をするのが仕事と言うことでしょうか?
その時に、「安楽死がいい」と言う方がおられるなら、法律で認められている所に行って、実行するか、実行しないか、又は、この日本で実行するか、それはその方の判断にゆだねられます。ただ、そういった事件が、時々起こって問題視されることがあるようですが、それが医療の実態でしょう。
”どちらが正しいか”は結局人それぞれなのですから、これが正しいとは一概に言い切れないと思います。
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この回答へのお礼

 返信ありがとうございました。

 やっぱり患者さん第一ですかねぇ。僕は意地っぱりだから諦めたくないんだけど・・・それほど能があるわけでもないし・・・(廻)

お礼日時:2001/10/11 07:13

 う~ん。

。すっごく考えさせられるテーマですね。
私の単なる一意見として 投稿させて頂きます。

私が特に、尊厳死について考えさせられたのは
以前結婚してた時の、だんなのおばあさんのお見舞いに
行ったときでしょうか・・・

 最初のうちは、病室を見ることがなかったので、あまり
考えることはなかったのですが、もうすぐ・・・という
時が来て、先生から呼び出されて行ったとき、
その病院の空気に ただただ愕然としてしまいました。
その部屋は、おそらく末期の患者さんを集めたところだと
思うのですが、ちらっと見えた床ずれのひどさとか
看護婦さんから説明を聞いてたときの、隣のベッドの
おばあさんの こっちを見ていた目とか・・・・・
 自分が入院していた時も、同室に高齢の方がいて
夜中1人でトイレに行かないように おむつをさせられ
始めて、それ以降だんだんと痴呆もすすんできて
よく病室で「死にたいねぇ」と話していたことがありました。

 もともと野生の動物の場合って、自分で食事が取れなく
なったり、行動がとれなくなってきたりしたら、自然淘汰されてしまうのに、なんで人間はここまでして生き延びる必要があるのか。。と、この件ですっごく考えてしまったことがあります。

 でも、「尊厳生」っていうのもすっごく強いものだな
って思ったこともあります。
以前ドキュメンタリー番組に出ていたお笑い芸人
キリングセンスの萩原正人さんの肝臓移植のお話です。
こちらは本にもなってますので、本人の運営する
HPをご参考まで記載しておきます。
本当に、死んでるも同然くらいの体になってしまって
もう明日にでも死んでしまう・・・といった状況でもあきらめず、最後の生きるチャンスをつかんで復活した方です。私はここまで強くいられるかなぁ?って思ったけど、すっごくストレートに伝えてくれています。

どちらが正しいか・・・本当にケースバイケースだと思います。時には自殺でさえ、正しい判断だったのかと思わざるを得ないこともありました。人の生死については、これが絶対・・・というものはないんだろうなって思います。
 これは肌で体感して自分が死ぬ頃になって、やっと自分なりの答えが見つかるのかな?とも思いました。 
 

参考URL:http://www.titan-net.co.jp/~hagi/
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この回答へのお礼

 ご意見ありがとうございました。

 “尊厳死は自然な死に方だ”と言われれば、反論の余地はありません。ただ、僕はむしろ“自然に反対して生命を延ばすのが医学”だと思っています。今考えているテーマは“医学が事実上の限界に達したとき医者はどうするか”。

 また、その“限界”の判断が難しいと思います。萩原さんのように、“奇跡的”な回復を見せる患者さんの話をいくつか聞いたことがあります。かと言って、苦しむ患者に向かって“いやいや、こんな場合もあるんですよ、奇跡は起こるんですよ”と言い聞かせて奇跡を待つのか・・・。

お礼日時:2001/10/11 07:02

手塚治の「ブラックジャック」は20年以上も前に描かれたもので、当時日本ではまだ「安楽死」「尊厳死」といった物を肯定する考えが浸透していませんでした。

また、手塚氏も作品は生命礼賛をテーマにしたものです。言ってみればキリコは生に対してのアンチテーゼとしてかかれていました。しかし、手塚氏が無くなり、それ以後安楽死、尊厳死という考えを支持する人が増えたのが90年です。
従来では、医療というものは「いかなる方法でも命を延命させること」が中心でした。」しかし、現在は「患者を楽にさせること」に主眼が変わりつつあります。その中に、病気を治療する事が含まれますが、治療できない場合は他の選択もあるわけです。このことは、痛みを取り除く治療「ペインなんとか」や、カウンセリングなど病気そのものを直す従来の医療ではない患者主体の医療が増えてきたことからもおわかりでしょう。
 私は手塚治がまだ生きてブラックジャックを書き続けていたら、キリコの存在がとても大きなものになっていたはずだと思います。
質問者の「医者の仕事は“人を助けること」は医療としては当たり前のことですが、「どうたすけるか」が変わってきたのです。命を絶対視し、患者の弧痛を取り除くよりも延命すれば、助かるのか、あるいは命よりも患者の苦痛を取り去ることで助かればよいかが問われているのです。
 私の父がガンで死んだとき、担当医は(暗黙の了解のうちに)点滴の麻酔薬を徐々に増やし致死量まで上げました。最後は眠るようになり息を引き取りました。
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 先ずは、「定義」をしっかり整理しましょう。



【私があるミニコミ紙に寄せた文章より抜粋します】
 さて、「あなたは尊厳死を望みますか?」と聞けば、ほとんどの方は「望みます」と答えられるでしょう。でも「尊厳死って何ですか?」と聞くと、多くの方が返答に詰まってしまいますね。
 日本尊厳死協会発行の尊厳死問答集によれば、尊厳死とは、「患者が不治かつ末期になったとき、安らかに、人間らしく自然な死をとげることです」と記載されています。尊厳死と安楽死はよく混同されがちですが、安楽死とは、第三者が患者の苦痛を見るに見かねて死なせることです。
 誤解を受けやすいのですが、「尊厳死」と「尊厳ある死」も違うものであるということです。人それぞれ「尊厳ある死」は異なります。チューブを付けて徹底的に生きることを追求することがその方にとっては尊厳ある生き方である場合もあるのです。
(抜粋は以上です)


 医師は自分の信念で治療しますが、自分自身の考えと患者さんの要望が違う場合、あなた自身はどうしますか?
 患者さんの「安楽死要望」は間違いだと指摘して突き放すか、そんな考え方の患者さんもいるのかと受容するのか。大変難しい問題だと思います。

 結局は、「自分が受けたい医療を患者さんにも施行する」ことが医師の役目ではないかと私は考えています。
 いろんな考え方があって良いと思います。

 私自身は、安楽死賛成派でも反対派でもありませんが、自分自身が不治の病でしかも強烈な痛みが続く日々に陥ったら、安楽死を希望します。
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この回答へのお礼

 アドバイスありがとうございました。

 >、「自分が受けたい医療を患者さんにも施行する」ことが医師の役目ではないかと私は考えています。

 んー、僕は逆かなぁ・・・。自分の価値観と患者さんの価値観が異なったとき恐いから。できれば患者さんの言う通りにしてあげたいです。

 ただ、医者が限界を認めてしまうってのはなぁ・・・(堂々巡り)

お礼日時:2001/10/11 06:56

安楽死はきっと殺人でしょう。

もう助からない、、、、
競走馬など骨折すると安楽死させますよね?馬は足の筋肉で血流を送っている部分が多いらしく、立てない=死 だそうです。彼らが人間だと、何らかの装置で生命を維持する事は可能でしょう。牧場を軽く走れるようにになるかもしれません。画家は視力を失っても生きれます。しかし画家の思うようには生きれません。しかし、思うように生きれる人などいるのでしょうか?
透析機や人工呼吸器を外すと死ぬような患者さんがもし競走馬だと、間違いなく安楽死となります。彼らは完全に生かされているのであって、それを決定するのは生かしている者でしょう。
死は生の一部ですから、安楽死は楽な人生を意味します。一方で抜け殻のようですが、安らかな人生といえばそうなわけです。しかし自分の子どものマスクをとる親の気持ちは、安らかな人生ではないですよね?
しかし、天才外科医のメスが輝れば、命は闇の淵からよみがえるんですよね?
 メスを使わずとも人を生ける方向へ向かせる事が出来ます。安楽死は、第三者を生ける方向へ向かわす事が出来ます。その人の死が、ある人の生を切り開くのです。ブラックジャックのメスでなければ助からない人がいます。自らの死でもって、あるものを生かそうとする人もいます。これらのような選択の目的は生きることです。つまり、例えとった行為が死にまつわる事でも、生きることを選択しているのです。
 Drキリコの所には自殺志願者がよく来ますよね、苦しみを終わらせたい人が来るわけです。尊厳死ですよね。
 殺人でも、自発的な尊厳死でも、それが生を意味するならそれは医者の仕事だと思います。生ける方向に結びつかないものはキリコ的な、孤独な死を意味します。孤独な死は非常に絶望的で、逃げ場の無い逃避行為です。
 長い駄文ですみません。
しかし、キリコは同じ孤独な死であるなら、安らかな死を与えてくれるわけです。ブラックジャックは、苦しみに悶絶するあまたの人々を見てきているので、キリコの行為が輝いて見えます。ブラックジャックが苦しみに悶絶する人を、生かそうと努力するのは、希望を抱いているからだと思います。黒い天使が希望と生きる苦しみを、白い死神が絶望と安らぎをもたらすわけです。ブラックジャックの希望とはなんなんでしょうね。
 僕はブラックジャックを尊敬してます。そこにドラマがあるからです。その人間性が、希望のもたらすものだと考えています。
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この回答へのお礼

 返信ありがとうございました。

 んー、なんだか自信喪失だな。自分の担当する患者さんが亡くなられたとき“自分以外の誰かなら助けられたかも知れない”なんて思ってしまいそう。

 自分がそれこそブラック・ジャックみたいな天才外科医になれるとも思ってませんし、本当に自分が大変な病気に遭遇したとき、必ずしも自信を持って“治ります”とは言えそうにありません。

 医者が無駄な抵抗(?)をしたくなる気持ちもわかります。絶対に諦めたくないから。自分が諦めたら他に救う人はいないから。
 潔く医者の無力さを認めるしかないのでしょうか。

お礼日時:2001/10/11 06:53

 私は法学部に在籍しておりますが、法律学の観点からも、「安楽死」と「尊厳死」については避けて通れません。



 医師が患者のいのちを救うことを第一とし、そのために精一杯の努力をしていることは疑う余地がありません。医師に限らず、人のいのちを救いたいと思う心は万人に共通のもとだと思います。しかし、医学も科学技術のひつであり、その技術にはおのずと限界があります。現代の技術では絶対に助けることが出来ない、というケースもままあります。その時に、医師たちはどのような決断をすべきでしょうか。助からないことがわかっていても、最後まで(無駄な?)努力をすべきでしょうか。

 助からない患者に対して、最後まで治療を続けることも医師の立派な職務かもしれませんが、そのような患者に対して、医師が安らかな死を与えることもまた、立派な職務と言えるのではないでしょうか。人間が技術の限界を知った時、見て見ぬふりをして奇跡を信じることが勇気ある行動と言えるでしょうか。いのちを救うことと同様、患者の苦しみを拭い去ってあげることも医師にしか出来ない大切な仕事です。患者が自ら安らかな死を望んだとき、医師がそれを手助けしてあげること、自然なことのように感じられます。
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この回答へのお礼

いや、一気に賛成派に傾いてしまいました。

 “医者が患者を救いたい気持ちは理解できるが、無駄である治療を続けるのは医者の意地でしかない”と思いました。ただ、日本では確か法的に認められていないんですよね?それを考えると・・・。

 “死なせることが救うこと”とも感じました。しかしそこにはご遺族の方の意見要望も絡んでくるので、まだまだ難しい問題である気がします。

 返信ありがとうございました。

お礼日時:2001/10/09 03:03

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Q安楽死・尊厳死について

安楽死と、尊厳死の違いがイマイチよく分かりません。

私は、安楽死と尊厳死はまったく別物と思っていたのですが、
安楽死と、尊厳死は完全分離されたものなのですか?
それとも、安楽死の中に尊厳死は含まれるのでしょうか?

それと、消極的安楽死と、積極的安楽死についても
違いを教えていただければ光栄です。

Aベストアンサー

 安楽死は「病苦に苦しむ患者を救うために、意図的に死を与える」こと、尊厳死は「人間としての尊厳を保ちつつ死を迎えること」です。なお、安楽死はさらに「積極的安楽死」と「消極的安楽死」に分かれ、前者は死を至らしめる行為を積極的に行うこと(注射器で毒物を注入する等)で、後者は死を至らしめる行為を積極的に行うわけではないが、具体的な延命措置を取ることを中止すること(生命維持装置をはずす等)です。なお、これらの用語は他にも様々な定義が成り立ちえます。私は法学部の者ですので、その方面の観点から定義させていただきました。

 ご質問にあるように、この用語説明だけでは、「安楽死」と「尊厳死」の区別は曖昧です。そのひとつの原因に、安楽死の是非論が挙げられます。安楽死については、倫理・実務において未だ全面的な支持を得たわけではありません。安楽死がごく自然で人間的なことであると主張する人もいれば、安楽死は非人道的で許されないことだと主張する人もいます。「尊厳死」については、これを否定する人はあまり見られず、これを目指すべきであることは意見の一致するところですが、果たして「安楽死」が「尊厳死」に含まれるのかという問題があります。安楽死を肯定する人にとっては、安楽死とは人間的で尊重されるべき死ですから「尊厳死」と言っていいでしょうが、安楽死を否定する人にとっては、安楽死は非人間的な死であると考えますので「尊厳死」とは呼べない、ということになります。

 結論としては、安楽死を自然で人間的な死であると捉える人にとっては、安楽死は尊厳死のひとつであり、そうでない人にとっては、尊厳死そのものは肯定するが、安楽死は尊厳死とは呼べない、ということになるのではないでしょうか。

 安楽死は「病苦に苦しむ患者を救うために、意図的に死を与える」こと、尊厳死は「人間としての尊厳を保ちつつ死を迎えること」です。なお、安楽死はさらに「積極的安楽死」と「消極的安楽死」に分かれ、前者は死を至らしめる行為を積極的に行うこと(注射器で毒物を注入する等)で、後者は死を至らしめる行為を積極的に行うわけではないが、具体的な延命措置を取ることを中止すること(生命維持装置をはずす等)です。なお、これらの用語は他にも様々な定義が成り立ちえます。私は法学部の者ですので、その方面...続きを読む

Q安楽死と尊厳死についてこの解釈は正しいでしょうか?

お医者さんから聞いたのですが、なにかあいまいなのでまとめてみました。解釈の補足などもあればお願いします。

まず安楽死に関しては、「苦痛を取り除くため」に延命をやめる死というものである。その場合、薬剤投与による積極的なものは殺人罪になるので禁止。ただ、よく見極めたうえで延命装置を外す消極的なものの場合はよくあることである。(本人の意思がない場合が多い)


尊厳死は苦痛に関係なく延命をやめる死のこと。本人のリビングウィルなどにより、延命措置を行わないことで起こる死である。これは本人がスパゲティ人間(延命装置を付けること)になることで尊厳が失われると思い、これを拒否するなどする場合に起こる。

どうでしょうか?

Aベストアンサー

安楽死については勘違いされているようです。

安楽死は、耐え難い苦痛がある。末期である。本人の意思表示がある。治療しても治る見込みがない。という4つの条件を満たしてはじめて、医師が患者に死を与えることです。(注射などで殺すのです)
4つ満たしていても基本的に殺人罪です。よくても自殺幇助という罪です。

>ただ、よく見極めたうえで延命装置を外す消極的なものの場合はよくあることである。(本人の意思がない場合が多い)

この場合は、安楽死ではないです。尊厳死の考え方です。
その他の尊厳死に関しては、その解釈でOKだと思います。

Q構成要件に該当しない安楽死

いま大学で安楽死について発表をしています。
安楽死は積極的・消極的・間接的など諸類型あるのですが、ぼくは「構成要件」を満たさない積極的安楽死はあり得るかというテーマなのですが、いくら調べても積極的安楽死は嘱託殺人罪の構成要件該当性を満たすが、名古屋高裁の6要件を満たせば違法性が阻却される、ということしか分かりません。

嘱託殺人罪の構成要件に該当しない積極的安楽死はあり得るのでしょうか?

Aベストアンサー

>ぼくは「構成要件」を満たさない積極的安楽死はあり得るかというテーマなのですが

そもそもなぜそのようなテーマを選んだのですか?
なにか見込みがあってなされたのでしょう?


個人的には、積極的安楽死が絡む嘱託殺人罪の構成要件該当性を否定するのは難しい感じがしますが、ただ唯一攻めるなら「被害者の同意」ですかね?
状況により、嘱託殺人罪の成立”だけ”は否定できるかも。。。

Qブラックジャック

つまらない(幼稚な)質問ですが、お付き合い下さい。。
私は昔(と言っても中学生までですが・・)正直言って「医師」になりたい!・・・などと自分の成績を帰り見ず、勝手に思っていました。。

さらに正直?に言って今でも、手塚さんの漫画「ブラック・ジャック」
をしょっちゅう見ては「カッコいいな~」なんて夢の世界に浸っています。。。

さておき本題なのですが、ぶっちゃけ「ブラック・ジャック」先生のような医師はこの日本に存在するのでしょうか?
当然以下の条件が付きますが・・・。(私サイドの勝手な条件ですみません。)

1.漫画「ブラック・ジャック」先生?は「無免許医」という設定ですが当然、日本では医療行為は「有資格者」で無いと出来ないので、
正規の「医師免許所有者」に限ります。

2.あくまで「外科医」に限定させて頂きます。この「外科医」の定 義・かつ守備範囲は専門的にはかなり広範囲に渡るとは思いますが
漫画の内容を尊重し、一応人体の全てを最低限(表現的に・かつ医  学的に不適切かもしれませんが)切ったり・貼ったり出来る医師。
3. 論文等のペーパーは技術としてカウントしない。
4. 年齢的に「若い」ことを条件に追加させて頂きます。若くて無名でも新進気鋭の「医師」が存在するのでしょうか?
当然オペレーションの技術は要求されます。
5. これも当然ですが、漫画と違い「高額報酬」を一切要求しな  い・・・等々、最低限のモラル・熱意・向学心のある先生。
    
・・・そんなヤツいね~よ!!!と言われそうですが、日本の国は1億数千万人の人口があるわけですから、何人かは居られそうですが・・・・。
大変な世界である事は肌で感じています。
特に医療専門の方、ご回答頂ければ幸いです。



 

つまらない(幼稚な)質問ですが、お付き合い下さい。。
私は昔(と言っても中学生までですが・・)正直言って「医師」になりたい!・・・などと自分の成績を帰り見ず、勝手に思っていました。。

さらに正直?に言って今でも、手塚さんの漫画「ブラック・ジャック」
をしょっちゅう見ては「カッコいいな~」なんて夢の世界に浸っています。。。

さておき本題なのですが、ぶっちゃけ「ブラック・ジャック」先生のような医師はこの日本に存在するのでしょうか?
当然以下の条件が付きますが・・・。(私サ...続きを読む

Aベストアンサー

こんばんわ。

私もブラックジャックに憧れて、と言う側面がなかったと言えば嘘になるでしょう。

ブラックジャックのような医師が出るには、日本だけでなく、世界中を探しても無理でしょう。近代の医学の状況から、やはり、細分化がもっとも大きなネックとなりますね。細分化されるのにはそれなりの理由とメリット、デメリットがあります。

細分化、専門化はより最先端の高度な技術を習得するには不可欠の要素です。なぜなら、その技術を習得するにはその技術を生かすだけの知識と経験が必要だからです。医療は教科書の勉強だけではほとんど役に立ちません。実際の患者さんに触れると言う経験が非常に重要です。当然、一人の医師が一生涯に接することの出来る患者さんの数には制限があります。外科であれば、手術技術を習熟するため、それに割く時間も必要です。また、最新の技術を習得するための勉強も必要です。1週間で10例の手術をしたとします。1年間50週働いたとして、500例です(参考までに、整形外科医数人がいる地方都市の中規模公立病院での年間手術件数がこのくらいです。これを一人でこなすことになります)。10年で5000例です。しかし、整形外科の分野だけでも、肩、肘、手、脊椎、股関節、膝関節、足部、リウマチ、小児、スポーツ、腫瘍など10個程度の分野に別れています。これに腹部外科、心臓外科、脳神経外科、腎臓外科、婦人科、などなど、があります。それぞれ専門が更に分かれています。そうすると、年間、一分野あたりの経験症例数はせいぜい10例程度でしょう。同一疾患については1,2例しか経験できません。専門で勉強している3,4年目の医師でも充分経験できる症例数です。この様な経験で最新の技術を習得できるでしょうか。多くの経験を積むために、多くの患者さんと接するには患者さん一人あたりに対して接する時間を減らす必要があります。これもどうかと思います。

医学は日進月歩です。10年ほど前に出た辞書の2,3倍ほどもある教科書(例えばそれが手だけについての専門書であったりする)が数年後に改訂され、1.5倍程度の内容に増加していることはよくあることです。各種の研究が進み、あっという間に習得すべき知識量が増大します。

細分化はこのような理由で必要となっています。最大のデメリットは、感じられているように、一人の医師で一人の人間が診られなくなったと言うことです。多くの分野をカバーしようとすると、浅く、広くになってしまいます。「広く浅く」では特定の分野では「狭く深く」にはかないません。

と言った理由で、ブラックジャックは存在しないでしょう。もちろん、「若くて無名でも新進気鋭」「最低限のモラル・熱意・向学心のある先生」の医師はたくさんいます。論文重視ではなく、手術経験重視の先生もおられます。近年色々と言われていますが、頭の下がる思いのする先生もたくさんおられます。ま、私には無理ですけど・・。

こんばんわ。

私もブラックジャックに憧れて、と言う側面がなかったと言えば嘘になるでしょう。

ブラックジャックのような医師が出るには、日本だけでなく、世界中を探しても無理でしょう。近代の医学の状況から、やはり、細分化がもっとも大きなネックとなりますね。細分化されるのにはそれなりの理由とメリット、デメリットがあります。

細分化、専門化はより最先端の高度な技術を習得するには不可欠の要素です。なぜなら、その技術を習得するにはその技術を生かすだけの知識と経験が必要だからです。...続きを読む

Q安楽死について

 東海大学安楽死事件にもあるように、安楽死は殺人に当たるのか否かと
問題になっていますが、安楽死はその要件を満たせば正当化事由として罪
を問われない。東海大学の事件では、その要件の、本人の承諾の部分が問
題となっていたが、この点にも関連して、患者の苦痛が見るに忍びないと
の理由で安楽死行為を行ったとの意見が見受けられる。そもそも、本人の
承諾が出来ない状況で、その苦痛が本人の承諾にも値するような場合、こ
れを承諾だと思い込み安楽死行為に着手した医師はやはり、安楽死要件を
満たしていないとの理由で殺人罪に問われるのでしょうか。

Aベストアンサー

 議論を整理するポイントは、安楽死による刑事免責の根拠を違法性阻却に求めるのか、責任阻却に求めるのか、だと思います。

 違法性阻却に求めるならば、いわゆる誤想防衛の処理とパラレルに考えることができます。違法性判断を基礎づける事実の認識に関する判断を誤ったと考えて事実の錯誤(故意阻却)とみるのか、医師の意思は患者の死という構成要件的結果に向けられており、誤って許されると信じたにすぎないと考えて法律の錯誤(錯誤がやむを得なければ故意阻却)とみるのか、でしょうね。

 責任阻却(期待可能性の欠如)に求めるならば、期待可能性に関する錯誤の処理の問題です。要するに、期待可能性の有無の判断に吸収されてしまうことになりますね。

 具体的な事件に直面してお悩みなのではなくて、刑法の講義の課題でお悩みのようにお見受けしました(もし違っていたら、大変失礼いたしました。よろしければ、具体的事実関係を補足いただけませんでしょうか。)。
 私としては、ヒントをお示しするに止めたいと思います。がんばって勉強してくださいね。

Q安楽死って殺人?

今日、たまたま「振り返れば奴がいる」
のドラマを見ていて、こういうやりとりがありました。
安楽死は殺人と主張する石川先生に対し
司馬先生は”生きる事”と”死ねない”って事は違う
と主張しました

どうなんでしょう?安楽死は殺人なのでしょうか?

Aベストアンサー

ドラマを視聴していなっかたのでこの場合この回答が正しいかどうかは判りませんが。
殺人罪には嘱託殺人と故意殺人・過失殺人があると思えます。
安楽死は本人から安楽死(死期を早める行為が有った場合)について承諾した証拠が有れば嘱託殺人に該当すると思えます。
安楽死を承諾した証拠が無く患者の苦痛を柔げる目的で故意または過失と認められる行為に拠りに死期を早める行為は殺人罪に問われる事が確実でしょう。
何れににしても人生を終えると言う事は難しいものです。
但し、安楽死については誰かが司法(警察又は検察)に告発しなければ発覚しないものです。
詳しくは無いのですが刑法には安楽死と言う用語・言語は表記されていなかったのでは。

Q現在、日本では安楽死は認められているのですか?

東海大学病院安楽死事件では
裁判長が積極的安楽死には当たらないと判断したうえで判決が下されたとありますが積極的安楽死ならば医師は罪には問われないのですか?

Aベストアンサー

私が既に「消極的安楽死も積極的安楽死も法的に概念が存在しない」と述べており、それをbismarks0507さんは繰り返しているだけなのに、「回答者諸君は誤っている」とは勘違いも甚だしいです。日本語読めねーのかなこの人…。

「毒舌回答で削除される」とか言っていますが、毒舌なんじゃなくてまるてトンチンカンなことを書いてるから削除されてると気づかないのかな。

あと質問者は「違法かどうか」聞いているのに、「違法の中で、殺人か嘱託殺人か」というのはもはや完全に質問の趣旨から外れているんですが。

消極的安楽死と積極的安楽死の区別については、東海大事件判決文において「治療の中断」と「毒薬の投与」は異なると明示されたことについて、別の人間が後から分かりやすいように前者を消極的安楽死、後者を積極的安楽死と名づけただけに過ぎません。

これだけ聞くと治療の中断(=既に行われている気管挿管の中断)も消極的安楽死に含まれそうですが、実際には殺人罪で処罰された案件が存在するため、説明を加えさせていただきました。

質問者様への明確な答えとしては、「積極的安楽死であれば罪に問われないのではなく、条件を満たした積極的安楽死であれば罪に問われないかもしれないという意味」で終了です。すなわちNo.2さんの回答で全て足ります。

私が既に「消極的安楽死も積極的安楽死も法的に概念が存在しない」と述べており、それをbismarks0507さんは繰り返しているだけなのに、「回答者諸君は誤っている」とは勘違いも甚だしいです。日本語読めねーのかなこの人…。

「毒舌回答で削除される」とか言っていますが、毒舌なんじゃなくてまるてトンチンカンなことを書いてるから削除されてると気づかないのかな。

あと質問者は「違法かどうか」聞いているのに、「違法の中で、殺人か嘱託殺人か」というのはもはや完全に質問の趣旨から外れているんですが。

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Q安楽死について~ディベート~

国語の授業で、『安楽死を法的に認めるか否か』という議題で、ディベートをすることになりました。
私の班は、反対の意見を述べなければならないのですが、班員全員が賛成意見を持つ人なので、反対意見が出ず、困っています。


安楽死に反対という意見を持っていらっしゃる方がいましたら、教えてください

Aベストアンサー

安楽死には二種類あります。

1,寿命を縮めることなく、死ぬまでの期間を
 安楽に過ごせるようにすること。所謂純粋の安楽死。
 これは問題ないですね。

2,問題は、寿命を縮める場合の安楽死です。
これは
(1)認めるべきか否か
(2)認めるべきとした場合、その条件。
   どんな条件を具備したら認めるのか。
   本人の同意は絶対条件か。
(3)人間以外はどうするのか。←これは除外します。

つまり、安楽死を認めるか否か、という問題は
上の二つを含んでいる訳です。

全く認めないのか、一定の条件下で認めるのか。

3,そんで、認めないとする場合の論拠ですが。
(1)個人主義に対する批判から。
 人の生命は例え本人でも自由な処分を認められる
 モノではない。
 その人の生命は、親によってつくられたものであるし
 親によって育てられたものだ。
 親だって、その親によってつくられ、育てられたモノだ。
 つまり子々孫々連綿と繋がっているのが、生命なのだから
 その人、一人の意思で自由に処分できるモノではない。
(2)自殺という観点から。
 安楽死を認めるのなら、自殺を認めても良いはずだ。
 自殺はいけない、としながら、安楽死を認めるとするのは
 矛盾している。
(3)安楽死を認めると、その判断は実際は医者が
 やることになるが、金儲け第一主義の現在の医者に
 そのような大切なことを委ねてしまうのは、危険である。 
(4)見るに耐えない、などというのは、周りの人間の
 勝手だ。本人は病魔と闘っているのだ。
 苦しんでいるのは、頑張っている証拠ではないか。 

安楽死には二種類あります。

1,寿命を縮めることなく、死ぬまでの期間を
 安楽に過ごせるようにすること。所謂純粋の安楽死。
 これは問題ないですね。

2,問題は、寿命を縮める場合の安楽死です。
これは
(1)認めるべきか否か
(2)認めるべきとした場合、その条件。
   どんな条件を具備したら認めるのか。
   本人の同意は絶対条件か。
(3)人間以外はどうするのか。←これは除外します。

つまり、安楽死を認めるか否か、という問題は
上の二つを含んでいる訳です。

全く認めないのか、一...続きを読む

Q安楽死と尊厳死の違いと日本の法律など

みなさんはじめましてこんばんわ!
3つの質問をさせていただきます!

①安楽死と尊厳死の違い
②安楽死の日本の法律
③安楽死の条件と出来る?国

ご回答よろしくお願いいたします!

Aベストアンサー

①安楽死と尊厳死の違い
   ↑
目的が違います。

安楽死は、苦痛が我慢できないので死を選ぶことです。

尊厳死は、人間としての尊厳を護るために死を選ぶことです。
その根底には、己の死は己で決める、という実存が
あります。

つまり、安楽死はいじめによる苦痛から逃れるために
自殺するようなモノであるのに対し、
尊厳死は、己の名誉を護るために切腹する武士のような
モノです。


②安楽死の日本の法律
    ↑
安楽死を認めた法律はありませんが、一定の条件を満たせば
認めるとした下級審判例は出ています。


③安楽死の条件と出来る?国
    ↑
判例では次のようになっています。

1962年(昭和37年)の名古屋高裁の判例では、
以下の6つの条件(違法性阻却条件)を満たさない場合は
違法行為となると認定している。
1.回復の見込みがない病気の終末期で死期の直前である。
2.患者の心身に著しい苦痛・耐えがたい苦痛がある。
3.患者の心身の苦痛からの解放が目的である。
4.患者の意識が明瞭・意思表示能力があり、自発的意思で安楽死を要求している。
5.医師が行う。
6.倫理的にも妥当な方法である。


1995年(平成7年)の横浜地裁の判例では、下記の4つの条件
(違法性阻却条件)を満たさない場合は違法行為となると
認定している。
1.患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいる。
2.患者の病気は回復の見込みがなく、死期の直前である。
3.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために可能なあらゆる方法で
取り組み、その他の代替手段がない。
4.患者が自発的意思表示により、寿命の短縮、
今すぐの死を要求している。


認めている国については、他の方の回答を
参照下さい。
スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ、
米国の一部の州など。

①安楽死と尊厳死の違い
   ↑
目的が違います。

安楽死は、苦痛が我慢できないので死を選ぶことです。

尊厳死は、人間としての尊厳を護るために死を選ぶことです。
その根底には、己の死は己で決める、という実存が
あります。

つまり、安楽死はいじめによる苦痛から逃れるために
自殺するようなモノであるのに対し、
尊厳死は、己の名誉を護るために切腹する武士のような
モノです。


②安楽死の日本の法律
    ↑
安楽死を認めた法律はありませんが、一定の条件を満たせば
認めるとした下級審判例は出て...続きを読む

Q喘息持ち患者の方に聞きます。

早朝に失礼します。

喘息持ち患者の方に聞いておきたい質問をします。

ご存じの通り…大学病院医師や国立病院医師で診察するとたいていは気管支喘息用ステロイド吸入剤を使用する事の方がほとんどだと思います。

ですが、気管支喘息用ステロイド吸入剤を吸入しても余り変わりない方もいると思います。

そこで質問なんですが気管支喘息用ステロイド吸入剤の使用と何を足したら喘息持ち患者に確実に介抱に向かうか喘息持ち患者の皆さんの意見を聞かせてください。

Aベストアンサー

飲み薬と気管支拡張剤のエアゾルかクリックヘラーのどちらかを併用します。
とにかく早くに拡張してその後に飲み薬で何とかするという二段構えです。
点滴で入れると早いですから、発作のひどい時には救急でも行きますね。

拡張剤の使用回数は指定されていますが、それ以上を医師の指示の下で複数回繰り返すことはします。
心臓に悪いのであまりさせたがりません。

また、外出先でどうしてもの場合、咳止め用を一気飲みしたり、市販薬のアセトフィリンなどを購入して対処したりもします。

とにかくは、胸を温めて、咳をしやすくし、横に寝るか、上半身を起こしたまま座って、身体を休めます。

薬なしではどうにもなりません。


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