専門家に聞いた!繰り返す痔の原因は!? >>

「慇懃」と聞くと「慇懃無礼」を思い浮かべてしまうのですが、
本来の「丁寧」という意味で良い意味で使うのは一般的なのでしょうか?

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (8件)

古い小説を読んだりすると「慇懃な態度で」「慇懃に」など、良い意味で出てきます。



たしかに日常会話では使わない言い回しですが、私は「慇懃」にはプラスのイメージを持ちます。

「慇懃無礼」と、「無礼」が付いて初めてマイナスイメージ。

いずれにしてもちょっと古風な感じはします。
でも、使ってもいいと思いますけど・・・。
ちょっと硬い感じなので、話し言葉としてより書き言葉としてのほうが合うのかな。

この回答への補足

そうなんです、「白い巨塔」を読んでいて「慇懃」という言葉が多用されていて、私最初は「いやみっぽく」ぐらいの意味でとっていたのですが、辻褄が合わなくなってきたので辞書を引いたら「丁寧」という意味だった(笑)

「慇懃」と言う言葉が廃れたのは、現代社会では慇懃な関係や慇懃さを良しとする価値観がなくなってきたからかもしれませんね。慇懃というのはビジネスライクな印象を持ちます。上司部下とも「さん」付けで呼んだり、親をファーストネームで呼んだり、一流ホテルでも主従的な礼儀より「アットホームなウェルカムホスピタリティ」が歓迎されたりする時代ですから。

そういう意味ではやはり「慇懃」は「慇懃」で他にそのままぴったりと取って代わる言葉はないのかなという気もします。
でも誤解されやすい言葉なんで、いずれにせよ話し言葉で使うつもりはないですが。

補足日時:2005/07/01 12:46
    • good
    • 12

 古来の漢文では「慇懃を通(つう)ず」(「漢書・司馬相如伝」)とあります。


これは、もともとは痛む時の苦しい音声ながら、それに懃(きん)という心から勤めるという意味と合わさることによって、男女が思い慕い情を通じ合うの意味となったのでしょう。和語の「根(ね)も凝(こ)ろ」=懇(ねんご)ろも、相手に対してまめやかで仲睦まじい様と重なるのでしょう。

 1800年代前半に上梓されたと目される「俚言集覧」には、「慇懃とはネンゴロなるかたにいへるを今は崇めうやまふ事にのみいへり」とあり、もはや男女の仲はもちろん、人間同士の親密な様や手厚い様から、神仏や畏(かしこ)どころに対する敬意や、敬うべき相手への礼儀に関わる意味が濃くなっていったようです。
 ですから、「慇懃尽(いんぎんずく)」というもっぱら丁寧な態度で接したり、そのような慇懃な礼を尽くす折に着用することから「裃(かみしも)」を「慇懃袋(いんぎんぶくろ)」と呼んだりもしたようです。

 そこから、相手の慇懃尽の態度に応じて、「ああ申し申し。某に向うて御慇懃な。お手を上げさせられい」(狂言・素袍落)となり、「これは、これは、ご慇懃に」といった、相手の丁重を謝し謙(へりくだ)るあいさつ語もあったようです。

 このような余りに謙りすぎた態度について、「卑下のあまりに過たるはかへつて慇懃尾篭になる也」(「細川幽斎聞書」)と、その余りに形式に走り過ぎた丁重さはむしろ武士としては思慮が浅く無作法であり見苦しいのだと喝破しているのでしょう。この「尾篭(びろう)」は「痴(おこ)」に音を充てて浅慮を意味する言葉なのでしょう。

 この辺が更に巷間においても、またそもそもそのような慇懃な態度そのものもまた、形式にこだわり過ぎたり、またあからさまに相手の謙りを望んだりする場合には、むしろ「慇懃無礼」として、その見かけだけの丁重さの裏にある尊大さを突く意味さえ生まれてきたのでしょう。

 以上から、慇懃を、男女の懇ろな関係に、またその後の慇懃尽の態度において、小説などではまだ表わされるかもしれませんが、少なくとも今日一般には、もはや「慇懃無礼」以外では使われることはないものと思われます。

この回答への補足

私が小説で見た「慇懃」という形容詞は、助教授の教授に対する態度や弁護士の証人候補に対する態度について使われており、男女関係に関するものではなかったのですが・・・
漢文や古文はまた違う意味だったのではないでしょうか。

補足日時:2005/07/02 21:48
    • good
    • 7

慇懃という語が瀕死の状態なのは、当用漢字とかいう理不尽な縛りのせい以外に何があるのでしょう。



あっ。一つあった。

この回答への補足

当用漢字でなくなった単語でも平仮名で使われ続けるものってありますよね。
例えば「改竄」とか。新聞や公的書類では「改ざん」として使い続けられていると思います。だってそれ以外に言葉がないから・・・
だから当用漢字云々は全く影響はないとは思いますが、直接の影響ではないような気がします。
そもそも「慇懃無礼」は今でも使われてますし。

補足日時:2005/07/02 13:45
    • good
    • 0

「慇懃」という言葉が使われるのは現在では一般的ではないでしょうが,もし使われたら「丁寧」という意味だと思います。

(「召使が慇懃な態度で出迎えた」など・・・古語または死語ですねぇ)
「慇懃」が丁寧なことを意味するからこそ「慇懃無礼」が意味をなすのだと思います。丁寧なことは,一般的には(乱暴よりも)「良い」ことです。
が,かくいう私も「慇懃無礼」という言葉のほうを(「慇懃」単独よりも)先に聞き覚えたので質問者さんと同様に思い浮かべます。
    • good
    • 1

こんばんは


言葉から受け取るイメージは時代とともに変わるのだろうと思います。
わたしは50代ですが、慇懃という言葉を単独で使うことはありません。
なぜかというと、本来のイメージと離れ「慇懃無礼」の用法が頭に染み付いていますし、また、受け取る方もそうではないだろうかと考えてしまうからです。

よい意味で使いたいときには他の言葉があるわけですから、ことさら「慇懃」を用いる必要を感じませんし、一方で皮肉と誤解されるようなリスクを避けたいと思います。
そのようなわけで、良い意味で使うことは一般的ではないと思います。
    • good
    • 5

よく使うかと言えば、(世代にもよるが)Noでしょう。



某有名辞典編集部に別件で問い合わせたことがあるのですが、

「慇懃」は現在では専ら「慇懃無礼」などにしか見られなくなった言葉ですが……

という内容が返信にありました。

私自身の経験のおいて会話ではご年配の方に
「慇懃なご挨拶をいただき、ありがとうございます。」
という言葉を生まれて此の方ただ一度きり聞いただけです。自分の祖父母からも聞いたことがありません。

使うか使わないかは各世代、各個人によるでしょう。

>「慇懃」と聞くと「慇懃無礼」を思い浮かべてしまうのですが、
世代にもよるが、いたって自然な反応と言えます。
    • good
    • 3

はい

    • good
    • 0

一般的です。

良い意味、と言うよりはニュートラルな言葉だと思いますが。とにかく悪い意味はありません。
    • good
    • 1

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
『更迭』は他の人に変える事とでてきます。
だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q「慇懃無礼」ってそんな意味だっけ?

先程、同じカテゴリに、「丁寧だが、その度が過ぎて失礼」の意味を表わす四字熟語を教えてほしいという質問があり(質問番号625963)、それに対して「慇懃無礼」という熟語をあげる回答が複数寄せられていたのですが、どうもしっくりこないのです。

私としては、「慇懃無礼」の意味は「うわべだけ丁寧で内心は相手を見下している」というような意味だったと記憶しているのですが、これだと上の「度が過ぎて失礼」とは何か違うような気がするのです。

私が知らない間に、最近はこの熟語を「度が過ぎて失礼」という意味にも使うようになっていたということなのでしょうか?
どなたかお答えいただければ幸いです。

なお、国語辞典を見ても私が最初から知っていた意味しか載っていませんでした。

Aベストアンサー

確かに、"goo"の国語辞典(下記参考URL)等には、相手を見下す意味しか載っていませんが、

私のPCに入っている"Microsoft/Shogakukan BookShelf Basic"には、両方の意味が載っています。(辞書の内容をコピー&ペーストしたいのですが、著作権に引っかかって回答が削除されてしまいそうなので・・・。)

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%D8%C0%D8%E9%CC%B5%CE%E9&kind=jn&mode=0&jn.x=35&jn.y=10

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q「ゾッとする」のに「ゾッとしない」って? どういう意味ですか?

酷いものや、不気味なものをみたとき、あまりに異質なものを感じたときに
「ゾッとする」と言いますよね?

これと全く同じ状況で
「ゾッとしない」と言うこと(書くこと)があるみたいなのですが、
いまいち、ピンときません。

例えば、少し前にあった小学校での児童殺傷事件を
伝えたニュース・キャスターが
「聞いているだけでも、あまりゾッとしない事件ですね」
と言っている場合などです。

これはどういうことなのでしょうか? 何かしらの国語的な決まりが
あるのでしょうか?
詳しい方、ぜひ教えてください。

Aベストアンサー

 
「気が置けない」という本来の表現に対し、「気が置ける」という、元の表現からすると誤用に当たる表現がかなり一般化しています。「気が置ける」の場合は、元々は誤用だったのです。

他方、「ぞっとする」と「ぞっとしない」は、「ぞっとする」の否定文が、「ぞっとしない」ではないのです。「ぞっとする」と「ぞっとしない」で慣用表現で、それぞれ別の意味を持っています。

「ぞっとする」は、寒さや恐怖で、身体が、鳥肌立ったり、心のなかで強い情動が起こることです。怖い小説を読んでぞっとしたり、寒い冬に、おふろに入って、お湯だと思って冷水のシャワーを浴びると、「ぞっとする」ということになります。

他方、「ぞっとしない」は、「ぞっとする」の否定ではなく、「感心できる・関心がない」という意味です。「怖くない・寒くない」という意味ではないのです。

>「聞いているだけでも、あまりゾッとしない事件ですね」

これは、聞いて、なるほどと思ったり、いかにもこれでよい、という風に感心できる事件ではない、という意味で述べています。「あまり感心できない事件ですね」と言っているのです。

A「最近の女子中学生は、電車の床などで、あぐらをかいて座っているらしい」
B「それは、何というか、ぞっとしない話だな」
C「それは本当か。だとすると、ぞっとするなあ」

Bは、「感心できない話だ」と答えていて、
Cは、「そこまでしているのか。怖い話だ」と答えているのです。

Cは、「感心できない」を通り越して、怖い風俗状況だ、と述べています。

以前に、似たような質問がありました(そこで、引用されているURLを、以下に引用します):

>No.246490 質問:かしらん?
>http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=246490

>なぜ「ぞっとしないな」と表現するの?
>http://homepage2.nifty.com/osiete/s466.htm

subways to understand 《z》
>http://www.linkclub.or.jp/~cdl-tska/subway/z-s.html

>ぞっとしないなあ
>http://www.hmt.toyama-u.ac.jp/gengo/petit/petit2000feb14.html
 

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=246490,http://homepage2.nifty.com/osiete/s466.htm

 
「気が置けない」という本来の表現に対し、「気が置ける」という、元の表現からすると誤用に当たる表現がかなり一般化しています。「気が置ける」の場合は、元々は誤用だったのです。

他方、「ぞっとする」と「ぞっとしない」は、「ぞっとする」の否定文が、「ぞっとしない」ではないのです。「ぞっとする」と「ぞっとしない」で慣用表現で、それぞれ別の意味を持っています。

「ぞっとする」は、寒さや恐怖で、身体が、鳥肌立ったり、心のなかで強い情動が起こることです。怖い小説を読んでぞっとした...続きを読む

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q「いずれか」と「いづれか」どっちが正しい!?

教えて下さいっ!
”どちらか”と言う意味の「いずれか」のかな表記として
「いずれか」と「いづれか」のどちらが正しいのでしょう???

私は「いずれか」だと思うんですが、辞書に「いずれか・いづ--。」と書いてあり、???になってしまいました。
どちらでもいいってことでしょうか?

Aベストアンサー

「いずれか」が正しいです.
「いづれ」は「いずれ」の歴史的かな遣いですので,昔は「いづれ」が使われていましたが,現代では「いずれ」で統一することになっていますので,「いずれ」が正しいです.

Qうろ覚え?うる覚え?どちらでしょうか!?

私はずっと「うろ覚え」と使っていたのですが

最近ネット上で「うる覚え」という表現を見かけるようになり
どちらが正しいのかわからなくなってきましたぁ~!

どちらが正しいのでしょうか?

※ちなみにCD-ROMの辞典で調べると「うる」は出てこなかったんです・・・。

Aベストアンサー

うろ覚えが正解です。

過去にもありましたね、この質問。

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=167373

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む


人気Q&Aランキング