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過去に同じような質問があったらすみません。
探した限りはなかったので質問させて頂きます。

今の教育現場では
「100%いじめられる方は悪くない」
という方針で指導している所もあると聞ききました。しかし人間関係が常に100対0であるとは考えにくく、ましてやいじめられる方にも原因がある場合、指導方針にのっとった体の良い教育放棄もあり得るのではないかと考えました。

そこで皆さんにお聞きします。いじめは

いじめる方が悪い
いじめられる方が悪い
どっちも悪い

のどの立場かを記入して頂いた上、その理由をお書き下さい。特に教育現場で望む指導方針という観点で答えて下されば嬉しいです。
また、いじめられる方にも非があるとお書きの方はその旨をいじめられている生徒、保護者に伝え、適切な指導を行うべきかどうかもお願いします。

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A 回答 (27件中1~10件)

ケースにもよりますが、私は「どっちも悪い」の考え方です。



いじめをする方が確かに悪いです。絶対に悪いです。
ただ、いじめられる方が悪くないと言ってしまうと、
いじめの問題はなくならないと思います。

私は心理カウンセラーをしていました。
心の病気も似たような部分があるのですが、被害者意識が強くなるとそれが自己正当化につながり、まったく改善しなくなるのです。
心を病む人も、いじめられる人も、もともとの原因はその人にあるのです。
(人種差別など本人に責任のないことに対するいじめについては除外します)
例えば、不潔にしているとか目つきが悪いとか性格が暗いとか。
それがいい悪いは別の問題です。
社会で生きていく以上、他人を不快にさせる言動は改善するように努力すべきであって、その努力を怠ったならいじめという仕打ちを受けても、本人に非がないとはいえないと思います。
だからいじめをしていい、という意味ではありません。
いじめを正当化するわけではありません。
努力しろといっても簡単なことではないですし、いじめという仕打ちが理不尽な場合もありますが、皆そうやって社会に適応しようとしているのです。

ずいぶん前に、いじめを苦に中学生の女の子が自殺した事件がありました。
記事をよく読むと、遺書には「××さんに無視された、ひどいことを言われた、死んでやる」ということが書かれていました。
これに対して教育委員会が早急に対策を、などと言ってましたが、私は正直、ばかばかしいと思いました。
無視されたとかひどいことを言われたとかいうことで死ぬのだったら、死ぬほうが人間として弱いと言われても仕方ないでしょう。
どれほどひどいことを言われたかはわかりませんが、自殺したから「ひどいいじめ」だったとは限らないのです。
どんな過酷ないじめを受けても克服するべく努力している人もいっぱいいるのです。

>いじめられる方にも非があるとお書きの方はその旨をいじめられている生徒、保護者に伝え、適切な指導を行うべきかどうかもお願いします。


心理カウンセラーとしての私の経験ですが・・
心を病む人の多くは、自分は悪くない、社会が悪いのだと思っているものです。
確かに過酷な精神状態で社会に適応していくのは難しく、社会の方からもっとフォローしてくれたら、自分の苦しみをもっと理解してくれたら、と思うものです。
けれどこの場合、病人の方が病んでいて社会の人は病んでいるわけではないのですから、病人の方が健康な人に合わせて行くほうが、病人の治癒にとっても効果的なのです。

いじめの場合は確かに、いじめる方もある意味病んでいるのですから、必ずしもいじめる方に合わせるということではないのですが、
ただいじめられる方が自分にある問題を改善しようとしないで、社会に甘えさせてもらおうとするならば、それはやはり間違っていると思います。
いじめられる側が改善しないことには、その人は大人になって社会に出ても同じ目に遭います。

ただいじめと一口にいっても、明らかにいじめる側が悪いケースもあると思いますし、このような質問に一言で結論を出すのは難しいですね。
ちなみに明らかにいじめる側が悪い場合は、いじめられる方の傷も浅いものであることを付け加えておきます。

この回答への補足

たくさんのご回答を頂き、本当にありがとうございます。
回答が多岐に渡り、恐らくまとまった意見として表せなくなると思い、お礼を一まとめにさせて頂くことをお許し下さい。

ここまで読んで感じた事は、ご意見の中にもありましたが「いじめ」という言葉そのものに何らかの抑圧的な、絶対悪のようなイメージがある。よってその言葉の使用を止めて全てのケースを個別のトラブルとして捉える必要があるのではないか。と、いう事です。例えば不衛生な子が仲間はずれにされているのを見た場合。教師は「誰かがいじめをしている、止めさせなければ」と捉えるのではなく、トラブル内容、つまり仲間はずれの質もきちんと見る。無視をするなら人に声をかけられて答えない事の恥ずかしさを指導する。叩くなら意味無く人を叩くことの恐ろしさを指導する。そしてそれとは別に衛生を保つことの必要性を伝える。
これをトラブルではなく「いじめ」と捉えると「なんで仲間はずれにするんだ!」という一元的な指導になりがちである。また「いじめ」と捉える事により被害者意識もより強くなる。よって被害者側に改善指導を行うのはより困難になる。するといじめた側にはクラス替えまで汚くても我慢を強いる事になり、それは二次トラブルの原因となり得る。

つまり「いじめられる方」と捉えるのではなく、トラブルの当事者として捉える。弱者、強者の関係ではなく対等な関係として捉えるように指導する必要があるのではなかろうか?と感じます。
人種の違いなど自分に全く非のない場合のトラブルならばどうするか?当然一点だけを見て大局を捉えない愚かさを指導する。それは考えの狭さに起因する事であり、そのような適切な指導を怠った学校、家庭に問題は行き着くと思われます。
私も昔少しいじめにあった時代がありました。その時にいじめは駄目だから止めなさい。という指導がありました。しかし結局心のうちでは嫌われたままです。自分の悪いところも当時は分からずにいました。
結論として教育現場では
「いじめられる方は100%悪くない」と決めつけるべきではない。そもそも「いじめ」ではなく「トラブル」と捉えるべき。
当然トラブルなのだから両者共に調べ、原因究明は行う。

しかしそれが許される世の中なのかどうか。学校から変わり、社会を変えるだけの何かがなければ現実は厳しいのでしょう。それを支えるのはこれもご意見にありましたが、「尊厳ある教師の復活」「家庭との信頼関係」に行き着くのでしょう。けども、この問題をここで考え出すと膨大な量になりそうですので、ここでは学校現場では「いじめ」改め「トラブル」とするべきだ。という結論で終わらせて頂きます。

補足日時:2005/07/14 16:05
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この回答へのお礼

改めて多くの回答をお寄せ頂いたことにお礼を申し上げます。
ポイントの発行についてです。
全ての意見を拝見した結果、私なりにまた新たな考えに辿りつけました。また問題の特性上どの意見が最も正しいということはないと考えます。
よってすみませんが今回ポイントの発行は見送らせて頂きます。
たくさんのご回答、本当にありがとうございました。

お礼日時:2005/07/14 17:05

ハーフの子が虐められたり、病気で体中にアザのある子、


片親の子などが虐められていたのを子供時代見てきました。

イジメの原因って、それぞれあるでしょうが上記の理由などは
間違っても本人のせいではないですし、
性格的な問題としても、「おとなしくて言い返せない子だから虐められやすい」などと
よく言われますが、おとなしいから虐めていい理由なども当然ないと思います。
あえて言うなら、虐めて追いつめられてきたあげく、
そういう殻にこもる性格になっていったとも考えられますし。
(言い返すと余計に腕力でねじ伏せられるなど。)

なので、私はやはり「いじめられる方も悪い」などと
軽率に口にしたくはないです。
小さな子供なら、それでますます自分を追いつめて自尊心をなくしてしまいかねません。
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まあどっちが悪いかといえばお互い悪いところはあるでしょう。


私自身いじめられっ子で職場いじめにもあいました。
この場合学校のいじめにだと思いますが。
私の子供の頃はいじめといっても限度がわかっていましたから今ほどひどくないです。
参考にならないと思いますが。
どっちが悪いと言えばいじめる方が悪いです。
ただいじめられる方にも原因はあると思いますよ。経験からいって。
だからと言っていじめていい訳ではないですよね。
いじめられる方も何かしら考えていますよ。
だけどどうしようもないんですよ。
いじめる側にとってはいじめられっ子の存在自体がじゃまなんですから。
だから逃げるに限るんですが学校じゃそういう訳にはいかないしね。
だから自殺に走るのかな?
今は年少の子供がいますが弱いのかいじめられて帰ってきます。
ただ年少ですから猫のじゃれあいみたいなものですけど。
今からこれじゃ将来心配なのですが。
親としては自殺されるより登校拒否になった方がいいな。
生きていれば解決方法が見つかると思うが死んだら解決方法見つからない物。
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いじめられる側にも「原因」はあります。


(「責任」ではない)

誰からも嫌がられることをする子は、やはり疎外されるでしょう。
例 : 鼻をほじった手で給食当番をするとか

それを詰ってはいけない、というのは酷です。周囲はたまりませんから。
そして、それを注意しても注意しても、やる子はやります。それがいじめにつながることも大いにあるでしょう。

対策としては、「教師の威厳を取り戻す」「親の威厳を取り戻す」これ以外にないのでは?

私は50代主婦ですが、私の時代、教師たちは大変怖い存在でした。
ですから、その教師が「〇×をいじめるな」と一言いえば、殆どの場合それが守られました。
少なくとも先生は、疎外される子の味方だったのです。
(今のいじめは違いますね。先生まで一緒になっていじめるケースの何と多いことか)

これは子供たち自身だけの問題ではないと思います。
むしろ、大人の問題ではないでしょうか。
「怖い大人」の復活以外、手はないような気がします。
(つまり、事実上、無理ですね。だってちょっとでも叩けばすぐに「虐待」といわれる昨今ですから)
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「いじめる方が悪い」ですが、いじめられる方に責任はまるでない、とも思えないのが正直な所です。


こんな言い方は失礼ですが、いじめられる方は「いかにもいじめられそう」な方が多いです。

いじめるのは論外ですが、いじめられる方も、そこで「なぜだろう?」という疑問を持ってもいいと思うのですが。

いじめは学校の責任、というような風潮がありますが、学校に責任を求めすぎるのもどうかな?って感じがします。
親や教師が守ってくれるのは、子供の時だけです。
いつか社会に出た時に、誰も守ってくれなければやっていけないようでは、働く事もできずに引きこもりにでもなるしかなくなってしまいます。

傷つかずに生きて行く事など、誰にも出来ないんじゃないかと思います。傷つくたびに誰かに助けを求めるのではなく、からかいや心無い言葉を跳ね返せるタフさや、ユーモアや勇気を持った大人になって欲しいな、なんて勝手な事を願っています。
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いじめる方が悪いです。



いじめられる方に原因があったとしても、
いじめていい理由にはなりません。
人を傷つける権利なんてないと思います。

この回答への補足

とてもたくさんのご回答、本当にありがとうございます。
ここまで22通の回答、全部読まして頂きました。
お礼を書きたいのですが、多忙の為すぐには書けないことをお許し下さい。
少し時間がかかりますが、必ずお礼と答えて頂いて私が感じた事を書きます。
取り急ぎ失礼いたします。

補足日時:2005/07/04 20:28
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いじめる方が悪いんだよ、絶対。



あーむかむかする。
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私は、精神的でも肉体的でも相手を苦しめることがいじめだと思っています。

「好きじゃないから」とかいって、いじめて苦しめていいのでしょうか。「いじめられるほうも悪い」というのは、いじめっ子が自分のしたことが悪くないと肯定する理屈だと思います。
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「どっちも悪い」と思います。



いじめられる人って、だいたいその本人にも原因がある場合が多いです。

いじめを肯定するわけではありませんが、
いじめる方だけが悪いとは思いません。
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人間の社会においては「いじめる方が悪い」でしょう。



動物の社会では優性な個体を残すための競争の一環で群れと明らかに違うものや弱いものは同種であっても排除され時には攻撃され生命の危機まで追いこまれます。それは動物が種を残すために必要なのであって、弱者救済のシステムが完璧で無いながらも存在する人間社会においては常識としてやってはいけないこととなっています。

いじめる側は一部生存本能のままに行動し普段から受けている生存に妨げとなるようなストレスを変換して弱者にぶつけて溜飲を下げていると言えると思います。戦時のような極限状態には今でもよく散見されている事象です。
人間は所詮動物だとかいじめられる方にどうにかしてその理由を見つけるというのは言い逃れに過ぎません。
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Qいじめられる側にも原因があると思う人は人間のクズ!

そのまんまです
イジメの話しになると、「いじめられる側にも原因がある」という人がいますが、人間のクズだと思いませんか?
親の敵でもないのに、そんな理屈あるわけないでしょう
これがまかり通るなら、気に入らなければ戦争を仕掛けても良いという理屈になりませんか?

この世から戦争がなくならない理由が分かる気がします・・・・・・

Aベストアンサー

申し訳ないのですが、「いじめられる側にも原因があると思う人は人間のクズ」というような見解は、その正反対の意見である「いじめられる側にすべての原因がある」という主張、あるいは「あらゆるいじめは犯罪であり、悪である(だから根絶せねばならない)」といったスローガンじみた物言いと同様に、イジメ問題を解決する上で全く役に立たないと思います。

理由は、これらの意見は十把一絡げ的に頭から決め付けたようなものだからです。つまりは、異論を許さない「思考停止状態」を誘発する意味で、取り上げる価値を見出せません。

(注:決して「スレ主さんは異論を受け付けない偏狭な人だ」と言っているのではありません。念のため ^^;)

イジメというのは、状況がケースバイケースで異なるのだと思います。暴行や窃盗などの明らかな「犯罪」に該当する場合もあれば、嘲笑や冷遇などの微妙な心理的圧迫も含まれます。また、イジメる側も一人あるいは数人の乱暴者が集中的に物理的ダメージを加えることもあるし、クラス全員が無視を決め込んで被害者をいたぶるケースだってあります。

イジメ問題を考える上で、重視するべきはイジメる側への対処ではなく、イジメられる方をフォローすることではないでしょうか。

文科省も「いじめとは、当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と定義しています(平成18年「生徒指導上の諸問題による調査」より)。決して「いじめとは、一部のいじめっ子がいるから発生するものである」とは述べていません。

イジメというのは、古今東西存在するわけです。特に小中高校のような、集団生活を強いられる場所においては「発生して当然」と見るべきでしょう。そんな中で「イジメは悪だから、絶滅させよ」と言っても無駄ではないでしょうか。そんな単純な道徳律で割り切れるようなものではない。

集団生活の中で、スキを見せた者や突出した言動を見せる者はイジメのターゲットになります。それは自然発生的な「集団の生理」というようなもので、道徳的には「悪」ではあっても、存在自体を否定出来ないと思います。

それと、イジメられる側が取るべき対処としては、基本的に(1)戦う(2)逃げるという2点しかないため、その2点を有効に行使しなければ、イジメがエスカレートするのも仕方がありません。

話をまとめますと、イジメられる側にも原因があるのかどうかという疑問に対しては、以下のような答えが適当だと考えます。

1.まず、スキを見せたり突出した言動を取ったりといった、集団生活から「浮いてしまう」存在になれば、イジメられる可能性が高くなる。

2.そして、戦ったり逃け出したりといった、有効な回避行動を取らないとイジメは昂進する。

もしも以上2つの項目をイジメられる側が認識しなかったら、それは「イジメられる側にも原因がある」と言わざるを得ないのではないですか?

繰り返しますが、イジメは悪だ何だのといった道徳律はイジメの現場では役に立ちません。実際に集団生活に身を置いている側としては「集団の生理」がすべてに優先します。

だから大切なのは、子供達に上記2点(特に「2」の項目)を認識するように保護者が指導することではないのでしょうかね。

申し訳ないのですが、「いじめられる側にも原因があると思う人は人間のクズ」というような見解は、その正反対の意見である「いじめられる側にすべての原因がある」という主張、あるいは「あらゆるいじめは犯罪であり、悪である(だから根絶せねばならない)」といったスローガンじみた物言いと同様に、イジメ問題を解決する上で全く役に立たないと思います。

理由は、これらの意見は十把一絡げ的に頭から決め付けたようなものだからです。つまりは、異論を許さない「思考停止状態」を誘発する意味で、取り上げる...続きを読む


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