現在の子供たちを見てみると、大人も同じことは言えますが、愛情に飢えている子供たちが多いということを感じます。また、目的や目標がなく、そういったものを見つけることができず、苦しんでいる子供たちが多いようにも思います。子供たちを取り巻く環境がどれだけ子供たちに影響しているか・・、私たちに何ができるのだろうか・・。
 私はそんな子供たちに、少しでも温かさや優しさや人間の温もりの大切さを感じてもらいたくて、精一杯関わってあげたいと思っています。それはもちろん、大人たちにも同じように関わっていきたいと思っています。
 皆さんは、現在の子供たちを見て、どのようにしたら子供たちは生き生きと過ごしていけることができると思いますでしょうか?
 また、愛情に飢えてしまうことについて、家庭の教育力や家庭の在り方についても繋がりがあると思いますが、どのような家庭が大切なのでしょうか?
 私たち大人は、子供たちを少しでも生き生きと過ごしていけれるように援助し、支援していかなければならないことを実感いたします。
 人間を見つめて、考えていきたいと思います。
 皆さんのご意見等も、是非お聞かせ願いたいと思います。
 宜しくお願い致します。

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A 回答 (12件中1~10件)

『こうしたら!』と言う自信はないのですが、私自身が学校のそばで育ち生活をし感じた事は、親は子供に対して友達感覚で接する事で、子供の親に対する警戒みたいなものを解いて、言いたい事を言い合う親子関係になるんじゃないかなと思います。

子の目の高さまで降りて物を言う事、そんな家庭の親御さんは確実にうらやましいくらいのアットホームです。私自信が親の強制的な部分に育ち、現在後悔する事ばかりで自分の子供に対しては繰り返してはいけないと常日頃思っています。
教育ももちろん大事、親の趣味そして遊びを子供と分かち合いながら育つ家庭は私
が学校隣接の環境で感じた大事な部分で私自身毎回勉強させられています。
甘やかす事とはまた別ですが、幼少から”友達同士”として接したらと言う結論です。これで参考になりますか!
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今の子供たちはかわいそうです。


小さい時に親が勝手に考える愛情押し付けられ、保護と言う理由で親が勝手に考える危険な事を極力防止され、何の緊張感も無く大きくなってしまったと思います。
自発的、積極的、創造的なことを何一つ身に付けず大きくなってしまって、今になって欲しいものを誰も与えてくれない。
人の本能とかけ離れた日本の常識にガンジガラレメにされ身動きが取れないような子供がおすぎます。
子供が小さい時に親がすること
物を無差別に与えない
我慢をたくさんさせる
経験をつませる
自由な発想を尊重する。
道徳以外は規制しない。
こんなことを実践すれば逞しく心豊かな子供になるのでは
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先日テレビを見ていたら、もうけた金はほとんどか以外に投資して


国内には投資せず、投資回収しようと思っても、円高になってしまったため引き上げられないで困っているという内容を見ました。
そのために、国内に投資する機会を逸してしまったのだそうです。
もちろん、そのために、公園ができたり拡大されたり
、保養地ができたりすることもなく、狭苦しい国土が良い方向に改善されることもなかったようです。
話がそれましたが、
そのために、子供たちの遊ぶ場所が本当に少ないというのが実感です。周りは住宅だらけ。広い場所はほとんど道路。子供のための場所なんか全然用意されてません。
たしかに学校の校庭とかは遊び場所になるでしょうが、
私の場合、学校までがすごく遠くてそのため、学校までサッカーなどをやりに行きたくても、全然環境が許してくれない。本当に恵まれない条件だったように思います。
他のこと遊びたくても、遊ぶような場所がほとんどないし。まあ、いなか出身なんで探せばありますけど。
最近では少子化の影響で遊び相手自体も少なくなってきているのではないでしょうか?
子供にアンケートをとったらもっと遊び場が欲しいとか、
遊び相手が欲しいとか言うに決まってます。
だから、実際にアンケートをとってみて彼らの意見を聞くべきだとおもいます。
社会人は仕事に忙しい、教師は教師で権限が少なく、文部省に従うのがやっと。となると文部省当たりが動かないとだめですね。
もし積極的に動いたとしても、お金を町づくりに使えるときに使わなかったのでやはり厳しいとおもいます。
文部省が子供の遊び場を増やそうとすると、道路交通省当たりが、道路優先だとでも言うのでしょう。
まあ、推測も混じってますが、いずれにしろ、子供のことなんかほとんど考えられてないように思います。
おとなは勝手です。
ということで、以上をまとめ補足すると、子供の意見を聞く、遊び場を増やす、探検したり生物に接することができるような自然を残しておく、などでしょうか?
まあ、少子化進んでますから、いまやるよりもっと早くやるべきだったとおもいます。
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yuidesuさん、少し書かしてくださいね。


わたしは、子供たちのことを考えるときいつも頭をもたげることがあります。それは、子供の助けとなる機関はここ数年少しづつですが増えてきています。しかしながら、大人の助けとなる機関はまだまだです。リストラだけに限らず、病める大人は数多くいるとおもいます。混沌とした中でただ足早に時間だけが過ぎていく、なにもなかったように。厄介事は、「排除」で片付け隅っこに押し込んで問題は棚上げしたかのような今日、「排除」が意図したものがなんだったのかと憂い嘆く声がどこからか聞こえてきそうです。この声に耳を傾けることが大事だとおもっています。大人といっても一人の人間です。社会は人間の集まりで構成されています。子供を大切におもうとき大人も同様に大切な存在です。このことには、なかなか目が向けられていない、大人があっての子供、子供があっての大人だとすれば、子供たちに何ができるかは大人はどう生きるかを問われているように思えます。大人、一人の人間としての生き様で語り継ぐことかとおもいます。

「子供たちに私たち大人ができることとは?」
このことを考えると憂いを覚えます。世の中病んでます。何かを排除することによってのみ社会が成り立っていくなんて。リストラ、闘争、いじめ・・・etc。大人と称される者が自己の欲のためにこと人と人の差異に優劣があるかのように切り捨てていく姿勢。倫理・道徳的規範を防護服とし身にまとったかのように、優劣でものを語ることは無意識的にも何かの排除に荷担していることになるのではないだろうか?倫理・道徳規範でものをいえばどこからか拍手喝采され自己の優位を確固たるものと確信するのだろうか?。そんな大人がいるなかで、大人と称される者が子供たちになにができるのだろうか?子供は大人の背を見て育つとするならば、まず、大人が他者を切り捨て排除することを考え直すところにあるように考えます。この己と他との差異を認めつつ歩みより、ひとつの世界に共に棲み、生きていくことの素敵さを感じれるよう自らが実践して語り・考え・行動することにほかならないような気がします。

yuidesuさんの『人間を見つめて、考えていきたいと思います』という言葉を受けて、わたくし個人の意見を書きました。求められている回答からズレていましたらご容赦の程よろしく。
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 目的や目標がない子どもが増えているという話をされていますが、それで少し思ったことがあります。

目的や目標がないというのは、今の大人そのままですよね。そういう大人の世界で育つ子どもに目的や目標を期待するのは、難しいですよね。

 私は企業のためにマーケティングプランを立てる仕事もしていますが、そういうものを依頼してくる側に目的自体が不明なことが多いのです。それでも会社が存続できる日本社会というのもある意味ではすごい世界ですが、今の経済状態の停滞の隠れた原因が、目的や目標がないということでないかと私は考えています。子どもの話をするのに、企業の話をするのは変に思われるかも知れませんが、目的や目標がないことがどう悪い影響があるのかを考えるときには、企業関連の話をするのがヒントになると思いますので続けます。

 ある企業のプロジェクトの企画書を想像してみてください。そこにはプロジェクトの「目的」がまず記されます。なぜかというと、そのあとに書かれることの判断基準は、この目的にとって正しいのかどうかしかありません。ですから「目的」のない企画書の価値はゼロです。このゼロはとてつもなく深いゼロです。目的のない企画書にいくら労力をかけても価値はゼロのままです。価値があると判断できる基準自体がないわけですから。また創造の機会をゼロにします。いいアイディアというのは、目的実現のために考えられた斬新なアイディアなのですが、目的がないとアイディアの存在意義自体がありません。このように労力と機会の大きな損失です。(たぶん、子どもに当てはめても想像しやすいのではないでしょうか。)

 しかし、実際は目的がはっきりしないような企業でも、なんとか機能しています。今まで失敗とはならなかった経験や慣習みたいなものを、それぞれの人が何となく同じように繰り返しているからです。こういう状況からは現状維持か外の世界から訪れる幸運しか可能性がなくなりますが、目的がないこの状態で一番悲惨なことは、その世界の中では仕事の能力を媒介とする部分では全く信用が成立しないということです。仕事の上で上司が部下の力を判断する基準も、部下が上司を非難する基準も、結局は個人的な思いこみや感情的なことになりかねません。(今の大人と子どもとの関係に近くないでしょうか。)

 なぜ、目的を表明しないか。ひとつの理由は目的を実現できない場合の責任が恐ろしいこと、もうひとつは目的が立派でなければいけないという思いこみです。
でも、目的を設定する本当の目的は、素晴らしい目的を固定することではありません。もちろん素晴らしい目的に越したことはないのですが、目的を明確にすることによって生まれる有意義なコミュニケーションと目的に合うアイディアと可能性を考え抜くこと自体が目的です。例えば、企業が「金儲け」という言うまでもない目的を掲げたとします(否定できないことがミソではあります)。しかし、その目的が明確になったことによって、能力判断や議論の取り敢えずの基準ができます。社員は心の中でくだらないと思うでしょうが、うやむやな状態よりはるかにすっきりした気分で過ごせるはずです。そのうち、「金儲け」と言っても自分の企業の特色を生かさなければいけないとかいう話が出てくる中で、少しずつ目的も絞られてきて、よりアイディアも役立つものになってきます。少し端折って書いてますが、要するに、大ざっぱな目的でも、まず出発することが大事なのです。目的を重く考えず、目的自体も変化することを意識しながら。そこからあらゆる思考や行動や労力の意味が生まれてきます。(さて、子ども達と共有できる目的は何でしょうか。)

 目的のはっきりしないわけのわからない基準で縛られているのが、今の子ども達と大人達の姿だと思います。目的の話を始めることは、結局、もっと自由になれることだと思います。長くなりましたが、以上です。
 yuidesuさんのご質問に刺激されて、いろいろ考えることができました。
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yuidesuさん


良いニックネームだな~と、感心しています、アルファベットなのでそう感じたのかもしれませんが。
私が想像した漢字は「結い」でした。

「結い」という言葉をご存知でしょうか。「無尽」などとともに昔から使われてきた、助け合いのあり方の一つです。
もしご存じない時のために、一例をあげます。

萱葺き屋根の集落では、萱葺き屋根は、職人が葺き替えるのではなく、集落の住人が協力しあって行いました。
回り番で葺き替える家を決め、葺き替える時期になると、各人が一束づつ萱の束を持参し葺き替える家に提供します。
熟練したものの指導のもとに、集まった者達が全員で屋根の葺き替えにかかります。
賃金もお礼も支払いませんし、誰も要求したりしません。次は自分の家をやってもらえることがわかっているし、
やってもらわなければ困ってしまいます。
要するに助け合いの精神なのですが、コレが徹底していたものが「結い」です。

「人は一人では生きてゆけない」昔の人は、実感として身に染み込んでていました。
物質文明に浮かれている現代のわれわれが忘れたものを、ほとんどすべての人々がもっていた時代が、ほんのすこし前までは、どこにでも存在したのです。
物質的には、現在より恵まれてはいないけれど、精神的にははるかに豊かだったといえるでしょう。
人間の尊厳が、現代では考えられないほどに重んじられていたともいえます。

また、人間の尊厳と同時に、あらゆる『生』を受けたものに対しても同様に考えていたのです。

現代の大人たち、「結い」の精神を継承していますか?
子供たちに、伝えられますか?

最近でこそ「共生」という言葉がもてはやされますが、この言葉を使っている方々の中にも、人間のおごりが消え去っていません。
人間のために共生するのではなく、
共生した結果、人類の生存が持続できていれば幸運だ、と思わなければならないと思っています。

子供を育てるということは、人類の種を繋ぎ止める行為に他なりません。
親に、大人になったら、「個」の存在から「種」を守るべき存在へと意識を変えなければなりません。
これが出来ないから、大人が子供に、なすべきことが出来ないのではないでしょうか。

「種の保存」、一見難しそうな言葉を使うと思われるかもしれませんが、
現代のわれわれが忘れている、最も重要な「生きる価値」だと思います。

お尋ねの質問の回答になったでしょうか。
具体的な家庭での大人の役割、親の役割については、私(rakki)の「マイページ」で関連質問に応えた回答を参考にしてください。

yuidesuさんのお返事楽しみにしています。
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はじめまして。


私は親ではないので、親の気持ちというのはまだ感じることができませんが。
かなり、今文に悩んで時間が経ってしまいました。
長々と書いたのですが、文がまとまらず消してしまいました。
なのでこれから書くことはおかしいかもしれませんがご了承ください。

まず、最初にこの質問の内容は難しくよくわかりません。
僕が思うに子供の問題は子供が読んでもわかるくらいが答えだと思います。
意味不明ですが。^^;
親がどうこうしたらいいというのは大人の勝手ではないでしょうか?
もちろん、親が与える影響は子供を形成するのに欠かせませんが。
今、大人たちの視点でかかれてませんか?
まるで、小学校や中学校の先生みたいな感じがします。
大人の理論で語るのでは無く、子供の心で考えるべきではないでしょうか?
家庭の教育力、家庭のあり方?わかりません。頭が悪いからかもしれませんが・・・。すみません。

うーん、やはりまとまりませんが・・・。
「親が子供に何か特別なものを与えるのではなく、普通に接し、手を差し伸べて
あげる」程度が必要なのではないでしょうか?
むやみやたらに何かを与えねばと思うのではなく。
困っていたら手を差し伸べてあげる。
だから、特別なものはいらないのでは?
って、この話の基準は普通の家庭ですが。その家庭を作るにはどうしたらいいのか?という質問ならずれてますよね。

どのような家庭が大切か?

普通の家庭・・・・。普通の基準はないけど普通の家庭。

その後に、見守る心?

はっきり言って自分の意見は正しいのか、正しいにしても当たり前だろ?なんかもしれませんし、間違ってるかもしれません。なにぶん、混乱しながらなんとか書いた
ものですんで。あまりつっこまないでください。^^;
あと、追記ですが「私は子供を育てる自信は今はありません。」
私もついこないだ20を過ぎましたが、すでに3歳くらい離れた人の考えは
よくわかりません。聞く機会があればわかるのかもしれませんが。
そのように、歳の離れた子供がどう考え、何を価値観としてもっているのか
未知だとおもいます。
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yuidesuさんこんにちは。


世界中の人々がみんなあなたのような気持ちで人とかかわり
子供達を育てることができればなんと幸せなことでしょう。
いつの世も戦争や事件があると、真っ先に弱い子供達が涙を流し
体と心に大きな傷を負うことになります。
どうしたら子供達が健やかに生きられるかについては今の日本の
現状からしますとなかなか難しい問題が山積しております。
それは氾濫する情報や、物質第一主義が定着しており、
幸福感がすべてお金で買えると言う錯覚から、
始まっているように思います。
お金のあるおじいさんやおばあさんがいい人で
お金をくれない人が悪い人という価値観を持った子供がたくさんいます。

やはり子供達を健やかに育てるための基本は家庭にあると思います。
家庭は社会の最低限の出発点ですからそこにいる親が
子供に大きな影響を与えることと思います。
基本的に親自体が自分の基本的な考え方をしっかり持って
子供と向き合うことが大切なような気がします。
親として一番大切なことは子供を自分の所有物として考えないことだと思います。
日本は特に親子心中が多い国ですが、
子供は自分のものという考え方が物語っております。
また、家庭の中を暗くしないことです。
暗くする最大の原因は夫婦の不和です。
いくら夫婦が不和でも子供がいる前では一生懸命
仲の良い演技するくらいの心構えを持たないと
子供の心はどこかに飛んでいくことになります。
親が大人になることが条件です。
そういう基本があってはじめて家庭・学校・社会の
連携した子育てが実現するものではないかと思います。
こんな子供に育てたつもりはないと嘆く前に自分の
子育てを再点検したいものです。
子は親の背中を見て育つといいますから。
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やはり、まず親が子供の人格形成にいい意味で関わるのが重要だと思います。



あつかましいですが、私の子供時代を少し。
私の父は、今は勇退しましたが警察官でした。
父は非番の日でも、タバコを吸ってる未成年とかを見かけると
走っていくような人間です。

ある夏祭りの日、父は私の手を引いて祭りに連れて行ってくれました。
父は少し酔っていました。まあ、祭りでしたから。
すると、「ちょっとここで待っていなさい」と言って、
傍らのタバコを吸っていた若者の集団のほうに行きました。

私は木の陰から父を見ていました。父は若者に囲まれ、小突かれていましたが、
決して後に退きませんでした。
しばらくするとその若者達はどこかへ行ったらしく、父が戻ってきて、
ただ「さあ、帰ろう」とだけ言いました。
当時私は10歳くらいだったと思います。
私は自分が父を助けに前に出ることが出来なかったのが、
子供心にとても悔しかったです。

そういう人間だったので、父はとても厳格でした。
悪いことをしたときなど、包丁で叩かれたこともあります。
(そのとき私が包丁を出して悪ふざけしていたのです)

その代わり、試験でいい点数を取ってきたりすると途端にご機嫌になって、
「いい息子を持った、ようやった、ようやった」とにこにこ笑って言うのです。
母がいないときは、ぶつぶつ言いながらも子供の食事を作ってくれたものです。
私もよくお膳立てを手伝いました。自分の食事ですから。
ちなみに今も時々やってくれます。最近は専ら私が作るのですが(^^;)

しかし父は大体いつも機嫌が悪い人なので、
試験でいい点数を取ったときなどは「いつ見せようか」等と思案したものです。
また父の機嫌をよくするために、家の手伝いなど率先してやりました。

母はそんな父の相手を毎日してるので、これまた筋金入りに厳格でした。
父が怒って母がかばう、或いは逆などという構図は無く、
怒るときは両方に怒られるのです。

悪さをしたときなど、母が
「これからあなたを叩きます。これは罰だからね。歯を食いしばりなさい!」
と言われて、食いしばった途端にすさまじいビンタが来たものです。
あれでも手加減してたのでしょうね。
ビンタが終わると何事も無かったように
「よし、終わりッ!もうするんじゃないよ。ご飯食べなさい」と言いました。

いつもいつもそんな日常でした。

今、私は30歳になろうとしています。
その頃を話すと、よく母は「あんたはよくグレなかったね」と言います。
実際私も、あれだけの環境でよくグレなかったものだ、と思います。

私の両親はビンタも平気でしましたが、ただの暴力ではなく、
いつも理由ある「悪い行為に対する罰」として子供に与えていました。
子供心に自分が悪さをした、だから親に罰せられる、
ということがわかっていたので、グレることがなかったのでしょう。

両親は、私に自分たちの姿を常に見せていました。
子供の前でも平気で喧嘩しました。
父:「こいつ(私)はなんでこんなふうに育ったんだ!」
母:「そこまでいうことないでしょ!」
もう大喧嘩です。
でも父が寝た後に、私に母がそっというのです。
「でもね、お父さんも言い方キツイけど、お父さんの言うことも正しいんだよ、
 あなたも反省しなくちゃいけないんだよ、わかるね?」

そういった両親を見て、何が良くて何が悪いのか、
人としてのあり方や常識を私は自然に学びました。

両親は学歴は決して高くなく、勉強のほうはからっきしダメです。
しかし私は、学業以外の全てのことを両親の姿から学んだと言っても
過言ではありません。

私には将来的に一緒に暮らしたいと思っている人がいます。
彼女がどう言うかはまだわかりませんが、
私自身は「私はお前を育てた親である」と
胸を張って言えるような父親になりたいと思っております。
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 同感です。

まず、家庭での責任と学校での責任を、明確にすべきです。現状は、あまりにも学校教育に(先生に)頼りすぎて、家庭での親としての責任を果たしていない部分が、非常に多いと思います。

 家庭での責任、親としての責任を明確にすることにより、ほら医の家庭としての役割、親としての役割が発揮できると思います。愛には色々な愛があります。夫婦の愛、親子の愛、兄弟姉妹の愛、それぞれが微妙に異なっていますが、これらがうまくかみ合うと良い家庭になっていくような気がしています。

 「国の将来は、その国の青少年を見るとわかる。」という言葉があります、家庭でも同じでしょう。その青少年を育て、将来を託せるようにするのは、我々親の責任でもあり、社会全体の責任でもあるでしょう。
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Aベストアンサー

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Q子供たちの行動の過渡期

アンケートのような質問ですが、
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昔は、子供どうしの関係は友達どうしで寄り合っては離れるといった繰り返しの切れたようできれていない納豆の糸のような間だったと記憶しますが、
現在での友達関係は、寄って行ったと思うとまるでパチンコ球のようにはじけてしまうとても希薄なものと聞きます。
このようになったのは、段階があったと考えます。
いったい、いつ頃から何に起因してこのように変化していったんでしょうか。
興味本位の質問ですが、小学生の子の親として気になります。

Aベストアンサー

50歳を目前にしたおっさんです。
難しいご質問ですね。

私が子供の時分は放課後は日が暮れるまで校庭や近所のお寺の境内で遊びまわっていました。
友達の家に遊びに行っても、若干の貧富の差はありましたが、だいたいが同じような均質的なご家庭でした。
私たちの親の世代は戦前の教育を受けたのでみな道徳も教育されています。子供たちはだいたい同じような躾をされて育てられたと思います。
時代背景もありそうですね。高度成長期で大人は必死になって働いていましたが、毎年給料が上がって物質的には豊かになりました。カラーテレビを買うのもすぐに買えるか、数年後に買えるか程度の違いです。一億総中流と言われ皆が同じ方向を向いているような時代でした。

でも私たちの世代が親になった頃から、子供たちが変わってきたように思います。
私たちの世代はまだかろうじて小学校で道徳の授業がありましたが、このころから個人主義・・・というより利己主義的な考えをする人たちも少しずつ増えてきました。
「常識」というものが通用しなくなりました。
10年ほど前にPTA役員をやらせていただいたことがあります。朝のあいさつ運動でPTAが校門のところで子供たちにあいさつをするのですが、子供たちが「おはようございます」と元気にあいさつするのに返事もせずに世間話に夢中になっているお母さん方をみたときには開いた口がふさがりませんでした。

今の社会はもう均質的ではありません。
子供におはようも言えないお母さん方はそういう方たちだけでツルんでいます。
子供は当たり前ですが親の影響を強く受けます。
子供同士でも、アイツとは話にならない、ということは敏感に感じています。
子供たち自身が、付き合うことのできる子とできない子を区別しています。

私たちの世代が親になったのはだいたい20年くらい前でしょう。
ちょうどバブルがはじける前後の時代です。これも暗示的に考えてしまいます。

50歳を目前にしたおっさんです。
難しいご質問ですね。

私が子供の時分は放課後は日が暮れるまで校庭や近所のお寺の境内で遊びまわっていました。
友達の家に遊びに行っても、若干の貧富の差はありましたが、だいたいが同じような均質的なご家庭でした。
私たちの親の世代は戦前の教育を受けたのでみな道徳も教育されています。子供たちはだいたい同じような躾をされて育てられたと思います。
時代背景もありそうですね。高度成長期で大人は必死になって働いていましたが、毎年給料が上がって物質的には豊かに...続きを読む

Qいじめをする子供たちをなくす方法

いじめ報道を見ていてよく思うんですが、いじめは何故なくならないのかと言えばはっきり言っていじめをする子供を野放しにしておくからだと思います。
小学生だろうと中学生だろうといじめをした子供を徹底的に洗い出しマグロ漁船に乗せるなり少年院にぶちこむなりすればいいと思いませんか?
これくらいしないといじめなんかなおりませんて。
小学生でも平気で人刺したりする時代ですよ。いじめを殺人未遂罪にしてもいい時代になってきていると思います。
綺麗ごと言ってるだけでは絶対にいじめなどなくならないと思います。
とにかく隔離することが一番です。
映画の中のような事言ってますが大人の立場から真剣に私はそう思います
私のような考え方は間違ってるんでしょうか?
皆さんのご意見お聞かせ願います。

Aベストアンサー

こんにちは。長文で失礼します;

私は、みなさん子供だけのせいにしてると思うのですが…。
子供がいじめや人殺しをするのは、家庭環境なども関係していると思います。
ニュースなどで報道されているのは、いつも表面だけで、
殺した子やいじめをした子だけが悪いように言っているようにしか、聞えません。
人殺しやいじめは、悪い事です。まして人を殺すなんてもってのほかです。
でも、人を殺した子やいじめをした子などのニュースなどを見ると、あまり触れられてはいませんが
親の離婚や教育放置などの家庭環境が良好ではないことが多い気がします。
親が子供の嫌がることを押し付けていたり、子供の話を聞いてくれなかったり
ご飯とかも、お金を渡されて勝手に食べなって感じにされると
気分が落ちたり、ムカっとくる子は少なくないはずです。
だから子供が人を殺ろしたりいじめたりするのは、仕方がない。
とは思いませんが、子供の周辺の環境にも問題があると思います。
子供だけを変えるのではなく、親や先生などの大人も考えや、子供への接し方なども
考え直してほしいと思います。

いじめは悪い、と言いますが、悪くない場合だってあるんですよ。
私は今中学2年生で不登校です。1年生の頃にいじめ(影でやられていたようなので
(告げ口されました;)ただの被害妄想だったのかもしれません;)
られて、親も離婚して、部活でも疲れ…と精神的にも肉体的にもやられてしまい
その結果不登校になっています。
今思えることで、1番辛かったときにはただ「死にたい」としか思えませんでしたが
いじめにあったからこそ、学校に行けなくなったからこそ得られたものは
たくさんありますし、私にとってすごく良かったのではと思います。
幸い親友と思える友達も数人いますし、親もすごく私を理解しようと頑張ってくれていたので
それもよかったのだと思いますが。
いじめられなきゃわからないことはたくさんあると思います。
学校なんかじゃ教えてもらえない、大切なこともたくさん知ることができます。
私の場合、極度のいじめではなかったですし、すぐに学校に行かないで
嫌な子たちから避ける事が出来たから、こう思えるのかもしれません。
あのまま学校に行きたくないと親に言えず、または休んでもいいと言ってもらえずに
学校へ無理やり行き続けていたら、それこそ自殺していたかもしれません。
ただ、本当に度が過ぎてるというか、酷いいじめなどで、こう思えることは
少ないかもしれませんが、親のケアによっては、救われることもあると思います。

親っていうのは子供にとってとても大事な、大きな存在だと思います。
親の子供への接し方で、特にいじめられている子やいじめをしている子には
全然変わると思います。
質問者さまのおっしゃっている事も子供だけを悪く言っているように、聞えるのですが
それは違うと思います。そこから違ってるから、なにも解決しないのでは?
と私は思います。

こんにちは。長文で失礼します;

私は、みなさん子供だけのせいにしてると思うのですが…。
子供がいじめや人殺しをするのは、家庭環境なども関係していると思います。
ニュースなどで報道されているのは、いつも表面だけで、
殺した子やいじめをした子だけが悪いように言っているようにしか、聞えません。
人殺しやいじめは、悪い事です。まして人を殺すなんてもってのほかです。
でも、人を殺した子やいじめをした子などのニュースなどを見ると、あまり触れられてはいませんが
親の離婚や教育放置などの...続きを読む

Q子供の喧嘩に大人がキレてきても・・

たかが小学生の子供の喧嘩に大人が出てくるのはどう思いますか?

花粉症でくしゃみをするのが面白いと
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詳しく分かりませんが
気持ち悪いくしゃみだと数人が真似たり
近寄るな的な事を毎日言うそうです。

それで殴り合いをして息子が勝って相手側から抗議が来ました。

どっちが先に手を出したかはお互い譲りませんが
そんな事で担任を向かわせて抗議する親ってなんなんでしょうか?

身体的にどうにもならない事でいやがらせをしたり言う事も謝らず
倒されて打撲したからどう責任とるんだと言ってきました。

そんな事で親が出てくるなと思いません?

Aベストアンサー

自分の子供が他の親に悪く言われたり、先生を挟んで苦情が来たときは嫌なものです。

たかが子供のけんかなのに…と思う気持ちはわかります。でも、

理由はどうあれ、なぐって怪我をさせているのは確かです。謝るべきですし、

親も真摯な気持ちで状況を受け止めることこそ教育だと思いませんか?

それを、「きれてきた」と思うのは、親が暴力を容認した、と子供も思います。

すぐ親が出てくるな、あの人はモンペだ!と言って腹を立てる親こそ、

自分の子供を放任していて、実は子供の状況を全く理解していない場合が多いです。

小学生のけんかはそのままにしていると、周りを巻き込んでいじめにエスカレート

する場合もあります。時には親が出る場合だってあるでしょう。身体に怪我をさせた場合は。

からかわれたことだってほんとかどうかわかりません。

子供は自分の都合のいいように親には言います。

まずは冷静になってください。真摯に謝ってから、実はこういう理由があって…

と、うちの子はこう言ってます、と話し合ってみてください。

相手の子供に直接話しを聞いてみてみて、目を見てください。

向こうもやましいなら表情でわかるし、相手の親に見つめられることで、

少しは「やばいなあ、もうやめようかな、」と反省するかもしれません。

相手の子供さんにとっても、両方の親を交えて話し合うことは時に効果的と思います。

自分の子供が他の親に悪く言われたり、先生を挟んで苦情が来たときは嫌なものです。

たかが子供のけんかなのに…と思う気持ちはわかります。でも、

理由はどうあれ、なぐって怪我をさせているのは確かです。謝るべきですし、

親も真摯な気持ちで状況を受け止めることこそ教育だと思いませんか?

それを、「きれてきた」と思うのは、親が暴力を容認した、と子供も思います。

すぐ親が出てくるな、あの人はモンペだ!と言って腹を立てる親こそ、

自分の子供を放任していて、実は子供の状況を全く理解していない...続きを読む

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またこういった大人にはどう対処すべきでしょうか?

よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

怒鳴る大人と、怒鳴らないと聞かない子供がいると思います。
日本の文化です。押し付ける…。従う…。
社会にでても、同じです。

正当な理由があれば子供は従う必要は無いはずです。
正当な理由があれば部下も従う必要は無いのと同じ。
でも、従う。守られていないように感じます。

怒鳴る人は、犬の遠吠えと一緒。
その大人は変わることはありません。
その人の前では、聞く振りをするとか、その人を避ける等と子供が対処法をみつけるのでしょう。

残念ですが、紳士的になるほど、心の余裕と自信がないものと解釈しております。

何故でしょうね。


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