No.1ベストアンサー
- 回答日時:
日本では児童文学のカテゴリーに分類されることが多い『にんじん』ですが、それにはかなり疑問を持っています。
わたし自身、小学生のころにルナールの『博物誌』はおもしろいとおもったけれど、『にんじん』は気持ちが悪くてイヤで、読むには読んだけれど、自分のなかではずっと放ったままになっていました。その見方に変化が起こったのは、のちに阿部昭『短編小説礼賛』(岩波新書)を読んでからです。
この本は、みずからも短編小説や身辺エッセイの名手であった阿部昭が、さまざまな短編作家にスポットを当てながら、短編小説とは何かを解き明かしていく見事な評論なのですが、残念ながら、現在では手に入りにくいようです。それでも古書検索にかけると、比較的流通しているようですし、図書館にはかならずといっていいほど所蔵されている本だと思いますので、ぜひご一読をおすすめします。
このなかで、阿部は『にんじん』の冒頭『めんどり』というテクストをとりあげ、わたしたちを『にんじん』の世界に誘います。
「ルナール自身は『にんじん』を「不完全で、構成のまずい本」と言っているが、それでも『にんじん』の一巻が『めんどり』で始まるのはいかにも適切で、作者のアレンジの妙であり、かつまた読者への親切である。それは一編の挿話でありながら、要領のいい人物紹介を兼ねている。そればかりか、各人物のこの物語における位置や役割や相互の関係といったものを一挙に示す、わかりやすい見取り図になっている」
なるほど、こうやって本というのは読んでいくものなのか!
もう少し、引用を続けます。
「そうして、問題の主人公が初めて読者にお目見得する。その彼はどこにいたかといえば、場所もあろうにテーブルの下にいたのである。主人公の出現の仕方にもいろいろあるが、これはかなり異色である。比較の相手は大きすぎるが、スタンダールの『赤と黒』でジュリアン・ソレルが最初に登場するとき、彼は製材小屋の高い梁にまたがってナポレオンの『セントヘレナ日記』を読んでいる。あれと同じくらい印象的で象徴的である」
この阿部の読解のどこが優れているのか。
それは、こうした文章と比較してみると、実によくわかると思います。
「フランスの文学がルナールの「にんじん」(白水社)で私たちに語っているのは、親と子という血の近さではうずめられない大人と子供の世界の、無理解や思いちがいという程度をこした惨酷さではないだろうか」
(宮本百合子『若き精神の成長を描く文学』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000311/files/2899_ …)
こうした読み方をしていると、絶対に『にんじん』のおもしろさを味わうことはできない。事実、この宮本の一文にも、「世間ではいい本ということになっているけれど、自分はこの残酷さをどう受け取っていいかわからない」という困惑が見え隠れしています。
確かに『にんじん』は「他人や動物に対して残酷な、嘘つきで、早熟な、ひねくれた、卑怯な振る舞いも平気でする、野蛮な少年」(引用は阿部同書)の行動が、つぶさに語られますから、読んでいて非常に息苦しくもなります。特に、ネコを文字通りなぶり殺しにしていく『猫』の章などは、途中でやめたくもなる。
けれども「残酷は残酷であるが、あまりに細心、精密な書き方がかえって笑いを生じるようである。…ルナールの笑いは、彼のそうした正確さへの執念、対象の骨までしゃぶり尽くそうという、徹底した書き方からも来ている」(引用同)
だからこそ、そのあとの夢の場面が生きてくる。
「作者は何を伝えたかったのか」という考え方をしているかぎり、わたしたちはほんとうにその作品を味わうことはできません。
ならばどうしたら良いのか。
「ある物語についてその主題を論じられる場合、すなわち物語の本体から主題を引き離せるとき、その作品はたいしたものではないと思っていい。意味は、作品の中で体を与えられていなければならない。具体的な形にされていなければならない。物語は、他の方法では言えない何かを言う方法なのだ。作品の意味が何であるかを言おうとしたら、その物語の中の言葉がすべて必要である。……それは何についての物語か、とたずねる人がいたら、正当な答えはただ一つ、その物語を読めと言ってやるしかない」(フラナリー・オコナー『秘儀と習俗』 春秋社)
『短編小説礼賛』は、読むための格好のガイドになってくれると思います。
No.2
- 回答日時:
>最後に読んだのが小学生の時
だったらもう一度読み返してみてはいかがでしょうか?
私も小学生の時に子供向けにリライトされたものを読んだので、大人になってから原作を読み直しました。
それからまたずいぶん時が経ったので、細かいことは忘れてしまいましたが、結末が未完のような形で、不思議に感じたのを覚えています。
#1の方が「ルナール自身は『にんじん』を「不完全で、構成のまずい本」と書いているのを見て、やっぱり、と思った次第です。
この作品はルナール自身の少年時代の記憶に基づいて書かれたそうで、彼はこういう風にしか書けなかったのでしょう。
小学生の時は、意地悪なお母さん、かわいそうなにんじん、最後はにんじんを理解してくれたお父さん、そのように物語を読んでいました。
大人の目で見ると、にんじんは結構性格が悪く、嘘もつくし卑怯でもある(家庭環境のせい?)。
自分自身の分身であるにんじんを美化せず、ありのままに描いています。
そして多少、子どもらしい素朴さはないにせよ、彼なりに成長していく過程が描かれていると感じました。
そして、いまにして思えばルピック夫人も不幸な人なのだ、と。
母と子の屈折した愛憎、それはルピック氏とルピック夫人との間にある心の葛藤の投影である、とも言えるでしょう。
この作品を「ユーモアがある」と評する人もいるようですが、私は心が狭いのか、そうは取れませんでした。
あまりに痛ましくて、そこまで客観的に突き放して読むことは出来なかったのです。
でも、ここまでひどくないにしろ、最近こういう親子関係が増えているようで、ちょっと残念です…。
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