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戦後の歴史教育についてどう思われますか?

私は塾の講師をアルバイトでやっているのですが、先日「靖国問題」について聞かれました。

正直に答えるべきか悩んだのですが、教科書では教えないこと(例えば韓国併合の経緯とか東京裁判の問題点とか)も交えて答えました。
もちろん日本の悪いところも言いました。

すると生徒の一人が
「日本って本当に悪かったと思ってた」
と言ったのです。

戦後の「日本=悪」のような教育が「戦争のしない国」を作ってきた一つの要因だと思います。
しかし最近、近隣諸国が「正しい歴史教育」を叫んでいますね。

日本の歴史教育はこのままで良いのでしょうか?

乱文失礼します。

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A 回答 (19件中1~10件)

歴史的事実を客観的に教えることがまず必要だと考えます。

客観的事実は国が違っても本来は一致するべき事柄です。(中国のように死者の数が変わる、などもってのほか)
歴史観などは国によって違うのは当然で、よく言われる話では「アメリカではワシントンは独立の英雄だが、イギリスでは国の財産(植民地)を奪った裏切り者」と見られます。
ですから、ここには歴史に裏付けられた自国の歴史観が出るのは当然であり、他国の恣意的な解釈を受け入れる必要は無いと思います。子供たちに「日本の立場で歴史を語る」のは当然必要だと思います。
次に、学年により「どのレベルの歴史観を教えるべきか」などの微妙な問題も絡みます。
というのは、例えば戦争を例に取ると、現在ではアメリカの戦争観が当然のように思われていますが、歴史的には間違いとされることも多々あるからです。
一番の例は「戦争に善悪の観念を持たせたこと」などです。
戦争は、本来善悪に関係なく外交上の政策のひとつです。
意見が対立し、外交交渉で合意が得られない場合戦争となり単に負けた方が勝った方の外交政策を受け入れる、というだけのものです。
つまり、客観的に見ると「強い方が勝つ」だけで、それが正しい(正義)とはならないのが当然です。
具体的な例として日露戦争では、かろうじて日本が勝ちましたが、だからといって「ロシアは悪」といった考え方はどこにもありませんでしたし、単に講和条約でお互いの条件を認めあうだけであり、いわゆる極東裁判のような愚かな裁判もどきもありませんでした。また、世界中がそれを当然だ、と理解していました。
こういったことが理解できる年齢の生徒にはきちんと(勝敗と善悪は別)教えるべきです。
(この頃のアメリカがあまりにも「善悪」と「戦争の趨勢」を混同させて発言するので冷静な判断ができない人が増えてきたと感じます。宗教観の違いを指摘する方もいます。)
また、歴史を語り継ぐことにおいて「戦争体験者」の話を重要視するのはどうかと思います。
なぜなら個人の記憶はいつでも変化する可能性があるからです。
「大変だった」が「死ぬほど大変だった」に変化するのは日常生活でも頻繁に起こります。
とある本によると「第二次大戦後期まで、特に飢えることもなく生活できた。食糧難は米軍が日本のインフラと都市の設備を無差別に焼き払ってから後のことだった。ただ、都市部では食糧難で苦労した方もいたようなので、あまり人前では言わないようにしている。」といった証言もあり、「戦争体験者」の話は客観的事実を述べているか保証が無い、といった側面があります(苦労した、辛かった、ばかり表にでてしまう)。実際に日本では昭和19年(戦争後期)までGDPは右肩上がりでしたし、アメリカの占領政策で豊かになったわけではないのに、「アメリカのおかげ」的な発言が幅をきかせるのは「客観的事実」から離れることになると思います(逆に働き者だった日本人の努力が表に出ない)。(昭和31年の「もう戦後ではない」というキャッチフレーズは、この年に戦争前のGDPに追いついた事実によります。つまり日本は戦前十分に豊かだった事実があるのです。)
このように子供たちには「事実」の積み重ねを教育し、思いこみやイデオロギーのバイアスを取り除いた歴史教育が必要と考えます。
中国と朝鮮の歴史についてのいちゃもんは政策ですので教育の現場で取りあえげる必要はありません。
「アジアの国々」ではなく「中国と朝鮮」だけが(いろいろ世話になっているのに)いちゃもんをつけている、と事実を教えてやればよろしいかと思います。
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この回答へのお礼

子どもが事実を知る機会が奪われているのかな?と考えたりしました。
言論統制、というのは言い過ぎですが、ある種の思想統制に近いものがあるのか?とも思います。

お礼日時:2005/07/12 01:26

僕は戦後の歴史教育を通して日本人が、「戦争」なり「国防」ということを、全く考えることができなくなってしまった事を心配します。


戦後日本は「日本の戦争=悪」という概念をGHQをはじめ日教組から徹底的に洗脳されました。

この事が歴史観うんぬんより根本的な問題だと思います。

歴史教育に関わらず教育と言うものは健全な日本人を作ることを目標に行われるべきものだと思います。

そのためには、先の大戦についても日本の立場にたって歴史を教えることも重要なことだと考えます。
他の国は決して日本の立場に立った歴史を教えることはしません。

そうでなければ混沌する国際情勢の中で日本は生き残っていけるのでしょうか。

日本と言う国が先の大戦を行わなくてはいけなくなった状況を、戦争の悲惨さを教えると同時に伝えていかなくては、子供たちが、先の大戦に対して自分なりの評価を持つこともできず、ただ自虐的な日本人が育っていくような気がして仕方ありません。

僕は台湾で生活をしたことがありますが、あの戦争に対して僕なりに、今までと違う評価を持ちました。

「真珠湾攻撃についても」についても、アメリカが日本との戦争を合法化する手段に使われたことは周知の事実です。

そういった歴史の表と裏を知りながら日本の未来を考えていくことのできる人材を作り出していくことが本来の歴史教育だと思います。
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小学校、中学校までは今の授業の内容で良いのではないかと思います。



高校になったら、もっといろいろな側面から見た事実を伝えるべきだと思います。

これまでの回答を見ても結局1視点からしか見ていない解答が多いと思います。

日本は戦争する必要があった、国際情勢で歴史を語る必要もあるし、
戦争したら、日本国民の生活はどうなったか?儲けた人と苦しんだ人はどうだったか
侵略して何をしたかとか
戦争によりどれだけ科学技術が発展したかとか

戦争という時代に突入する寸前から突入、終戦後まで、あらゆる面からの事実を教えればいいのです。

そして、どうして戦争をしない国になったのか、教えれるのと同時に、自分達は戦争による利益を求めるのか、戦争による苦しみを起こさないようにするのか問わせれば良いと思います。

と、言って時間がないのでしょうけどね。

歴史は未来を作るためにあるのなら、おのずと見えてくると思います。
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私見ですが、歴史以外の分野の教育がおかしいから歴史教育がゆがむのですね。


国の争いなんてなんてしょせんやくざの縄ばりあらそいと一緒でしょう。
ある国にうまれたからといって、必ずしもその国を愛しなければいけないというわけではない。
生まれた国で一生を送りつづけなければいけないわけではない。
国際スポーツ大会で日の丸を振って応援して、アジア諸国の人がいやな記憶を想起してつらくなるのをおもいやれないような人にしてはいけない、と思います。
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私見ですが,日本の教育では,昭和以降の歴史は抹殺されている感すらあります。



経験上も,昭和史については,時間不足ということで中学も高校(日本史専攻なのに)も駆け足で読み過ごす程度でした。
今思えば,本当に時間不足であったのか,つまり,意図的に時間不足にしていたのではないか,とすら思います。
(根拠としては,出会った中で,このような学生が非常に多いということで十分でしょう。)

それはそうと,「日本=悪」については,刷り込み過ぎではないかと思う面もあります。
現代に基準を置いて考えている人も多いですが,その方たちの議論は問題外で良いと思います。

なぜあのときそのような決断をしたのかを,時代背景をベースに考えていくような教育が望まれるところです。

明治に入ってから,西洋の列強の国々との国力の差を見せつけられた日本が,急速に高度成長を遂げたことは争いのないところです。
その列強が狙いをつけるアジアに,日本も負けじと勢力を伸ばしたという図式は,歴史からはずれているでしょうか。

当時,西洋の列強は,次々に世界の国々を植民地化していました。
日本としては,間違っても西洋の植民地にならないよう,できれば,植民地を持つような国になれるようにと努力したとしても,当時の情勢からしてどれくらい常識から外れていたでしょうか。
日本の植民地政策といっても,西洋のそれと比べて,どれくらいひどかったでしょうか。

私も勉強途中ですが,古参の自民党議員の主張もあなあがち間違っていないと思ったりしています。
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「客観的」の表現があいまいでしたね。

「靖国」を問題にしている国より「客観的」だと言いたかったのです・・・

日本の「受験問題」の歴史は 内容が薄く「何年に誰が何をした。そのは何?」 これでは 正しい流れと内容が解りませんよね。

もし「靖国問題」を語るなら 近隣諸国も同様に「アジアの歴史の流れ」を理解しあわなれけば無理だと思いますよ!
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何をどういう風に吹き込んだかは知らんが.

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この回答へのお礼

例えば韓国併合であれば、日清戦争から話し始めました。
私が吹き込んだ内容の一部を書くと、

日露戦争勃発。
   ↓
日本が辛勝。
アメリカの仲介により、ポーツマス条約締結。
朝鮮半島における権益の確認、関東州の租借権および長春・旅順間の鉄道の譲渡、樺太南半の割譲を得る。
   ↓
態勢が変わると簡単に強い国に事大する韓国を、日本は放置できるはずもない。
そこで、第二次日韓協約(乙巳条約)を締結し、韓国を保護国化。
   ↓
「ハーグ密使事件」発生
ハーグで開かれていた平和会議に、招待もされていないはずの大韓帝国の使節が突然訪れたが、諸外国に相手にされなかった。
この事件により、韓国は完全に国際社会で信用を無くし、以後はの日本が、韓国を指導することが当然と目されるようになった。
   ↓
伊藤博文暗殺
安重根により伊藤博文が暗殺された。
併合反対派(穏健派?)であった伊藤が暗殺されたことにより、日本国内の併合賛成派が支持されるようになる。
ちなみに、犯行後にロシア警察が安重根をを逮捕して、日本に引き渡している。つまり、ロシアから見ても、安重根はテロリストでしかなかった言える。
また、安重根の犯行後に、大韓帝国皇帝は安重根の軽率な行動を非難し、日本に謝罪使節団を送っている。

上記の二つの事件により、日本による韓国併合が加速されてしまう結果となった。
   ↓
日韓併合条約締結
李完用首相が調印し、一進会(当時最大の政党)が支持。
李完用は反日派。一進会を組織した李容九は東学党出身。

という感じです。
もちろん、当時の国内事情も言いました。
武力を背景にした側面も否定できない、とも言いました。

お礼日時:2005/07/14 23:44

塾の講師がそれぞれ勝手な自分の歴史解釈を子供たちに植えつけていったらどうなるだろうか.

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日本の歴史教育は高レベルだとは思います。


しかし、その教育についていけない人が多くなりましたね。

単なる記憶の授業になってしまいましたし。

歴史の流れは力の流れでもあります。
結果ばかり教えるのではなく、過程を教える方がよいでしょう。歴史の役割は、物事は答えは一つではない。と言うことを教える事だと私は思います。たくさん想像させて、たくさん答えを見つける方法の一つですね。

歴史教育自体は問題ないと思います。ただそれを教える者がどう教えるかでしょうね。大学で歴史を習えば、教科書がどれほど雑に作られているか一発で看破できますよね。
私の高校の歴史教師は、教科書ではなく、教師自身が作ったプリントで教えていましたね。教科書には無いお話もしてましたし。このようにつまらない教科書を逆手にする方法もあるもだと教わりました。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

私は実は理科の講師をやっているので、中学時代に習った内容を思い出しながら教えていたのですが・・・。

ナルホド。
教科書を逆手に取る方法もありますね。

お礼日時:2005/07/14 23:45

まえのかたがおっしゃっているように歴史的事実を教えることが大事でしょう。


ただ、事実を教えることによって、現代日本の矛盾に気づく敏感な生徒もいるでしょうから、そういう生徒をどう扱うかが問題でしょう。
「自虐史観」を「自虐」と感じないほど日本に対して批判的な人もいて、もっと自虐的な歴史観も成立しうることも時間があれば触れてもいいと思います。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。

>事実を教えることによって、現代日本の矛盾に気づく敏感な生徒もいるでしょうから、そういう生徒をどう扱うかが問題でしょう
そうですね。そういうこともあって悩みました。

>「自虐史観」を「自虐」と感じないほど日本に対して批判的な人もいて、もっと自虐的な歴史観も成立しうることも時間があれば触れてもいいと思います。
確かに、僕もつい最近まで「自虐的」とも何とも思いませんでしたからね。

お礼日時:2005/07/12 23:39

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Q戦前と戦後の教育の違い

戦前と戦後の教育制度の違いについて教えてください

Aベストアンサー

教育内容についての違いはさておいて、制度上の一番大きな違いは戦前の学校制度が複雑な複線であるのに対して、戦後はいわゆる63制という単線であることです。
戦前と言っても時期によって多少の差異がありますが、基本的には6年制の尋常小学校が義務教育になります。それを卒業した後は色んな線に分かれますが、中心となるのは中等学校(中学校、工業学校、商業学校、高等女学校、家政女学校など)で、その上に高等学校→大学とあるのがいわば王道です。
それ以外に中等学校へ行けない、行かない人のためには2年制の高等小学校がありました。そして高等学校と平行する高等教育機関としては各種の専門学校、師範学校などがありました。また私立では大学予科というのがありまして中等学校卒業後すぐ入学することが出来ました。
留意すべきは戦前には時期、地域にもよりますが、中学校へ進学する者は限られており、ある意味ではその地域のエリートであり、ましてや高校、大学へ進学する人は超エリートといってもいい存在でした。
戦後は6334の単線化となりましたが、例外として新制度の大学に昇格するには資格不足の専門学校は暫定的に2年制の大学として残し、そのうちに解消するはずが図らずもその後恒久化し、短大として今に残っています。それと、昭和30年代末、時代の要請から5年制の高等専門学校が開設されたのが63制の例外として存在します。

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戦前と言っても時期によって多少の差異がありますが、基本的には6年制の尋常小学校が義務教育になります。それを卒業した後は色んな線に分かれますが、中心となるのは中等学校(中学校、工業学校、商業学校、高等女学校、家政女学校など)で、その上に高等学校→大学とあるのがいわば王道です。
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