プラッシーの戦いにおける“イギリス軍VSフランス軍andベンガル土候軍”の構図についてお聞きしたいのですが、フランス軍とベンガル土候軍は完全に協力体制をとっていたのでしょうか。それとも、イギリスは、別々にやっつけていったのでしょうか。
よろしくお願いします。

A 回答 (2件)

念の為、もう一つ追加しておきます。

ご参考ください。

参考URL:http://members.tripod.co.jp/nishinom/dic/fu/plas …
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この回答へのお礼

>フランス・ベンガル土侯連合軍は内部抗争と紛争のために崩壊

ご回答していただいてありがとうございます。ご紹介していただいたページに行って来ました。上の文章から考えるにどうやらフランスとベンガル軍は名目上協力していたみたいですね。ありがとうございました。

お礼日時:2001/10/15 23:51

イギリス軍はフランス・ベンガル藩王連合軍と戦い勝ったそうですね。


参考URLをどうぞ。
余談になりますが、懐かしいですねえ。私も昔勉強しましたけれど、忘れてしまいました。

参考URL:http://www.sqr.or.jp/usr/akito-y/kindai/29-syoku …
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Qプラッシーの戦い

プラッシーの戦いにおける“イギリス軍VSフランス軍andベンガル土候軍”の構図についてお聞きしたいのですが、フランス軍とベンガル土候軍は完全に協力体制をとっていたのでしょうか。それとも、イギリスは、別々にやっつけていったのでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

念の為、もう一つ追加しておきます。ご参考ください。

参考URL:http://members.tripod.co.jp/nishinom/dic/fu/plassey.html

Qワーテルローの戦いでのフランス軍の敗因とは?

ワーテルローの戦いでナポレオン率いるフランス軍が敗れた最大の
原因は、皆さんはなんだと思いますか?

ナポレオンがド・グルーシーの別働隊に兵力を分割したことでしょうか?

それとも、プロイセン軍への追撃を打ち切って
ワーテルローの戦場に向かわなかったグルーシー自身の判断ミス?

あるいは、ネイ元帥が勝手にイギリス軍への総攻撃を行って騎兵隊を
全滅させたこと?

みなさんはどのようなことが原因だと思いますか?

Aベストアンサー

漫談です。

ワーテルローをあつかったボード・ウォーゲームをいくつかしっていますが、7対3でフランス軍が勝てるようです。もうちょっとフランス軍に目があるかもしれません。

グルーシーは上司のボナパルトから、プロイセン軍を追撃し撃破せよ、と明確な命令を受けているので、判断ミスもなにもないとおもいます。また、本体と合流して英国・オランダ軍と交戦せよ、という伝令がグルーシーにむけて出されはしたのですが、わずか一人で、グルーシーに出会えたのは夜の19時という無意味なオチとなっています(全盛期のナポレオンとその部下なら、伝令を最低でも1ダースはだしたと言われています)。

で、ネイの話になるわけですが、ここで重要なのはナポレオンが当日、体調が悪かった、という点です。
ネイが騎兵を突撃させた時、ナポレオンは体調をくずして(実は前の夜からおかしかった)農家の納屋で、軍医にさとされ1時間横になっていました。

このときウェリントンは英国・オランダ連合軍が押され気味で、プロイセン軍の合流なくしては自軍が危ういと判断し、軍に100歩後退を命じています。これに応じて英国軍はアクスブリッジが騎兵に突撃を命じたのですが、経験の浅い英国騎兵は壊滅し、本人も戦死しました。が、フランス軍歩兵予備がこの対応にあたったので、フランス軍予備は老親衛隊だけとなってしまいます。

ネイはフランス軍騎兵を突っ込めば、歩兵が逃げつつあり(100歩後退を逃げると錯覚したのです)騎兵が壊滅した連合軍をつぶせる、と判断したのです。そして彼は騎兵に突撃を命じました。

連合軍の100歩後退は、ネイから見えない尾根の向こうへの移動でした。そこで連合軍歩兵は方陣、つまり四角い枡目に並んで、迫りくるフランス騎兵に対して防御体制をとります。ネイが突っ込んだのはこの方陣に構えた歩兵のまっただなかで、かつ騎兵に続いて歩兵を突っ込ませる判断まではできませんでした。
フランス騎兵は連合軍の方陣の前でがんばりましたがこれを蹂躙できず、また連合軍が放棄した砲の破壊(砲の尾栓に釘をうちこむ)こともできないまま、ついに後退するハメになります。

ナポレオンが休んでいる間にこれだけのことがおきました。ネイが増援をもとめた報告がちょうどきたのですが、兵を作れるとでも思っているのか、と激怒したといいます。

この辺でグルーシーを振り切ったプロイセン軍が戦場に到着しだします。フランス軍の背後から現れたプロイセン軍が戦果をあげるまえに、正面の連合軍を粉砕するべくナポレオンは親衛隊を投入するのですが、ネイが破壊できなかった連合軍歩兵と砲兵に撃たれて、その親衛隊が崩壊し、潰走します。ここでフランス軍はパニックとなり、連合軍の追撃戦がはじまって、ワーテルローの戦いは決したのでした。

しかし、ナポレオンは生き延びます。死にませんでした。捕虜にもなりませんでした。落ち延びることに成功します。

ただ、謎なのは、ここで3万の兵力をもっているグルーシーと合流して、後退しつつ戦うことをナポレオンが選ばなかったことです。もし合流していたら、戦争はフランス国内に移り、ナポレオンに打つ手が生まれた可能性はあります。しかし、しなかった。なぜか?

ナポレオンがマレンゴの時みたいに負ける寸前でやり返した気力をもっていたら? しかし、彼は体調をくずし、おそらくは気力も萎えていたのだと思います。

ナポレオン・ボナパルト個人のカリスマで維持されていた大陸軍です。
そのナポレオン個人がくずれたことが、現代の戦争では考えがたいですが、個人の指揮能力がものをいった当時の、ワーテルローを決した最大要因ではないでしょうか。

個人のカリスマと能力が物をいった戦争は、この50年後のアメリカ南北戦争まで続きます。だから、ナポレオンは負けたから無能、だとは思いません。

前述したボード・ゲームのワーテルローですが、私はナポレオンが勝利した結果も数回みているので、彼にもチャンスはあったとはおもうのです。

漫談です。

ワーテルローをあつかったボード・ウォーゲームをいくつかしっていますが、7対3でフランス軍が勝てるようです。もうちょっとフランス軍に目があるかもしれません。

グルーシーは上司のボナパルトから、プロイセン軍を追撃し撃破せよ、と明確な命令を受けているので、判断ミスもなにもないとおもいます。また、本体と合流して英国・オランダ軍と交戦せよ、という伝令がグルーシーにむけて出されはしたのですが、わずか一人で、グルーシーに出会えたのは夜の19時という無意味なオチとなっています...続きを読む

Qベンガルに詳しい方・・・

ベンガルに詳しい方に質問ですが、どういう猫ちゃんと相性がいいですか?
今まで、保護したり、お試ししたりで5匹の猫と過ごさせました。
しかし、追いかけっこしなかったり、しつこかったりする猫は嫌いみたいです。。
もしかして、ベンガルじゃないとだめなんでしょうか・・・。

うちの猫は、1.5ヶ月のときに拾いました。
いわゆるきじ猫ですが、容貌や習性がベンガルにそっくりです。
ベンガルのミックスかもしれません。

2匹飼いがしたいのです。。。
どうか、相性のいい猫を教えてください。
お願いします!

Aベストアンサー

現在何歳の猫ちゃんなのでしょうか?
お試ししてどこが悪かったのでしょうか?

最初はどんな子が来てもフーシャーするのは普通だと思いますよ。
大概はだんだんと時間たって何ヶ月もかかって仲良くなっていくものだと思います。
決して同じ種だから仲良くする、って訳ではないと私は思いますが。

それに猫の場合は血を見る喧嘩さえしなければ上々だと思います。
うちの場合は普段はお互いしらんふり。遊びたい時だけ遊ぶ時もあるけど、って感じですよ。
猫団子になって寝る事はありません。(そこまで仲がいい事に憧れますけどね)
でも猫の性質上、それで充分だと思っています。

ベンガルの事でしたらベンガルを飼っていらっしゃる方のブログなど見てみたらいかがでしょう。

http://cat.blogmura.com/bengal/

多頭飼いされてる方がたくさんいらっしゃいます。

また、色んな猫種で多頭飼いされてる方もいらっしゃいますのでこちらも。

http://cat.blogmura.com/cat_puretatou/

私は基本的には多頭飼いをすすめますが、猫ちゃんによっては一人が好きな子もいるので
そういう子にもう1匹連れてくるのは可哀想な場合もあります。
どうか人間の思いだけではなく、猫ちゃんの性格も考えてあげてくださいね。

現在何歳の猫ちゃんなのでしょうか?
お試ししてどこが悪かったのでしょうか?

最初はどんな子が来てもフーシャーするのは普通だと思いますよ。
大概はだんだんと時間たって何ヶ月もかかって仲良くなっていくものだと思います。
決して同じ種だから仲良くする、って訳ではないと私は思いますが。

それに猫の場合は血を見る喧嘩さえしなければ上々だと思います。
うちの場合は普段はお互いしらんふり。遊びたい時だけ遊ぶ時もあるけど、って感じですよ。
猫団子になって寝る事はありません。(そこまで...続きを読む

Qヴィットリオ・ヴェネトの戦いのオーストリア軍と1945年のソ連進攻に際しての日本軍

1918年の第一次大戦終結時の、イタリアが、休戦して武装解除を待っているオーストリア軍に対して大勝利したのは、抵抗がなかったからでしょう。なぜ1945年の日本軍のように、武装解除を待つ状態でも抵抗したようにしなかったんでしょうか?抵抗していたら、イタリアは失地を回復できないまま休戦を迎えることになり、戦後交渉がやりやすくなるのではないでしょうか。内部崩壊して軍そのものが消滅していたのでしょうか?

Aベストアンサー

ヴィットリオ・ヴェネトでのイタリア軍の勝利は、オーストリア軍の油断と、既に軍の撤退が開始されていた為です。

オーストリア政府の休戦の決定により、オーストリア軍は、連合国軍に休戦を要請し、既に一部の部隊は撤退を開始していました。
当時、オーストリア国内は各民族が独立を求めており、混乱状態にもなっていました。そうした状況と長い戦争による厭戦気分の為、オーストリア軍の兵士は戦意が低下し、早く帰郷したいとも願っていました。また、指揮官達は軍の帰還による国内安定が早期に必要と判断していました。
その為、オーストリア軍は、占領地からの撤退行動を開始していたのです。イタリア軍が休戦締結後に攻撃を開始してくるとは思っていませんでした。
戦意が無い上に、休戦が結ばれたと思い、その上撤退に入っていたところを、攻められた結果があの敗北です。

この戦いに兵士として従軍していたイタリアの若き文学者プレッツォリーニは、あまりにもヴィットリオ・ヴェネトの勝利がイタリア軍によって過大に飾られた為に、真実を民衆に伝える為に、1920年にその名も「ヴィットリオ・ヴェネト」という本を執筆し世に出しています。
私は読んでいませんが、そこには実際の戦いは、もはや戦意がなく国内に撤退しようとしていたオーストリア軍にイタリア軍が襲い掛かったものであり、軍が喧伝しているような華々しい戦いで、戦果をあげたものではないと指摘しているそうです。

なお休戦を無視して攻撃に出たイタリアの意図は、戦後を睨み連合国の一員としてより大きな発言権や権利を主張する為に、大きな勝利を上げておきたかったからだと言われています。

ヴィットリオ・ヴェネトでのイタリア軍の勝利は、オーストリア軍の油断と、既に軍の撤退が開始されていた為です。

オーストリア政府の休戦の決定により、オーストリア軍は、連合国軍に休戦を要請し、既に一部の部隊は撤退を開始していました。
当時、オーストリア国内は各民族が独立を求めており、混乱状態にもなっていました。そうした状況と長い戦争による厭戦気分の為、オーストリア軍の兵士は戦意が低下し、早く帰郷したいとも願っていました。また、指揮官達は軍の帰還による国内安定が早期に必要と判断...続きを読む

Qベンガル語の勉強

今年の夏に一人でバングラデシュに行き、人の温かさやいろいろなものを感じることができて、ベンガル語が話せるようになりたいと思いました。「アプナール ナム キー?」「アマール ナム・・・」「アミ トゥマケ バロワシ」「チョトチョト」「ボロボロ」「ククル」、しか分りません。書く事は出来ないです。ダッカのマーケットでベンガル語の勉強の本を探して、2冊買ってきました。しかし、全て英語で書いてあるので全部やるのは難しいし、文字の書き方もさっぱり分りません。
みなさん、どのようにしてベンガル語勉強していますか?超初心者向けのお勧めの勉強の本はありますか?
私は名古屋に住んでいるのですが、名古屋でベンガル語を習えるところ知ってますか?

Aベストアンサー

とりあえずは こういう教材はどうでしょうか?

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/456000644X/qid%3D1101573035/250-3090326-3973807

Q関が原の戦いで東軍、西軍どっっちにつく?

あなたが当時の一国の大将で、結果を知らなかったとしたら、どっちにつきますか?

Aベストアンサー

結果を知らないなら西ですね

大谷吉継 真田幸村が西軍なのに東に付く理由はありません
家康は天下を奪おうとしている魂胆が見え見えなので
私が大名なら 東軍に付くふりでもして土壇場で西に寝返って 家康本陣の背後を急襲して首を取っていたでしょう


西軍を寄せ集めだと批判する人もいますが
そうでもないです 三成の人望で集まった武将も多々居ました

三成嫌いだから東に着こうって平気で豊臣を裏切った加藤や福島よりマシだと思います

Qダックスとベンガル猫の共存について

我が家では10歳になるダックス2匹と8歳のダックス2匹の計4匹飼っています。
縁があり7か月になるショータイプの素晴らしいベンガル猫を飼うことになりました。
まだ2日目なのでケージに入れてご対面状態なのですが、ロングの子は慣れてきてそんなに吠えなくなりましたが、ワイヤーの子がなかなか慣れません。
ベンガルは大型犬と一緒にいた仔なので平気な顔をしています。
今後、一緒に室内に放せるのか心配で夜も眠れません。
どのようにしたらスムーズに慣れてくれるでしょうか。
また、猫と犬を一緒に飼っていらっしゃる方がおりましたらアドバイスをお願いいたします。

Aベストアンサー

これは、ベンガルとダックスの種類によるというより
個体差によります。
ダックスではない例ですみませんが、知り合いのところで猫とチワワがいる
おうちがたまたま2軒あるのですが、
(猫はミックス、どちらも数頭の多頭飼育)
1軒は猫とチワワがくっついて寝るほど基本、どの猫とも相性がいいです。
1軒は、隔離して別部屋で飼うことになっています。(1匹の猫とチワワとの相性が最悪、
本気で大けがをするレベルのけがをする)
ずっと吠え続ける場合や、威嚇だとしても攻撃に転じた場合は、
ベンガルもいまは平気な顔をしていても、やはり向かいうつ可能性もありますね。

一緒に室内に離す前によく見極めたほうがいいと思います。
うちが昔飼っていた犬と猫とはとてもうまくいきましたが、
しかし体の大きさや、あと猫のほうが嫌いではないが
抱き付かれるのを嫌がっていたので完全に別のところで生活させました。
せまい場合でも相性が悪い動物(猫同士でも犬同士でも犬猫でもその他でも)
は、ケージに時間差で入れるなどしているひともいるようなので、
多分犬4匹がもともといるおうちなので、そんなに間取りが狭いということは
なさそうですし、とりあえずは別部屋/ケージの時間差などで様子を見られたらいかがでしょうか。

これは、ベンガルとダックスの種類によるというより
個体差によります。
ダックスではない例ですみませんが、知り合いのところで猫とチワワがいる
おうちがたまたま2軒あるのですが、
(猫はミックス、どちらも数頭の多頭飼育)
1軒は猫とチワワがくっついて寝るほど基本、どの猫とも相性がいいです。
1軒は、隔離して別部屋で飼うことになっています。(1匹の猫とチワワとの相性が最悪、
本気で大けがをするレベルのけがをする)
ずっと吠え続ける場合や、威嚇だとしても攻撃に転じた場合は、
ベンガルもいまは平...続きを読む

Q北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つか?

北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つでしょう?

中国は、物資や武器、資金の提供、軍事力の援護
日本は、自衛隊の援護?ただし、どれぐらい派遣できるのかは未知数ですよね。
イージス艦は派遣しそうです。
しかし、陸自、空自は派遣は難しそうですが、有り得ますかね?
(今度の総選挙で鳩山政権が与党になれば楽に?)
米国は例のごとく、武器とイラナイ紙切れ同然のドルを韓国に援助します。

この場合、韓国が勝ちそうに見えるのですが、
某所の外人の書き込みによると、
「韓国がやられ、日本が反撃する(抵抗する?)」とあります。
これは、どういう意味なのでしょうか?
実際に韓国と北朝鮮同士ならば、韓国が圧倒的差で勝つと思います。
また、この場合、中国+北朝鮮軍が日本へ攻めてくるということも有り得るのでしょうか?
しかし、結局は日本が割りと楽に防衛し、中国がやけくそになって日本へ核を撃つということは有り得ませんか?
実のところ、無いとは思いますが、中国は奥が深いので難しいです。

一応、念のために原文載せます

Try this. 2009 North Korea gets attacked by South Korea. Japan joins with SK. China joins NK. US refuses to take sides. Israel attacks Iran, EU/US refuse to help. Russia does nothing. Aussies turn on china and helps SK+Japan. USA funds Israel and SK offensive. SK is ruined, but japan keeps attacking. Israel is stuck in a long term hit-and-run war with Iran supporters. EU finally steps in to help Israel and Japan, Russia sides with China, 2011. 2012, USA official joins the Allies, war cont.

北朝鮮軍(+中国軍)vs韓国軍(+日本軍、米国援助)ではどっち勝つでしょう?

中国は、物資や武器、資金の提供、軍事力の援護
日本は、自衛隊の援護?ただし、どれぐらい派遣できるのかは未知数ですよね。
イージス艦は派遣しそうです。
しかし、陸自、空自は派遣は難しそうですが、有り得ますかね?
(今度の総選挙で鳩山政権が与党になれば楽に?)
米国は例のごとく、武器とイラナイ紙切れ同然のドルを韓国に援助します。

この場合、韓国が勝ちそうに見えるのですが、
某所の外人の書き込みに...続きを読む

Aベストアンサー

僕は中国が本気で支援したら韓国軍が負けると思います。
日本軍は役に立たないでしょう。
「韓国がやられ、日本が反撃する(抵抗する?)」
これはない気がします。
米軍が反撃しそれに巻き込まれる形で支援、
そして支援した段階で日本も標的になるってことはあるでしょう。
日本に攻めてきた場合も楽に防衛なんてことはまずないと思います。
みえる軍だけじゃなく日本には多数の中国、朝鮮の人がいます。
その人たちの一部でもテロなんか起こそうものなら。敵軍が来る前に大混乱でしょう
中国がやけくそになるぐらいの状況にならすでに日本半分ぐらいなくなってるんじゃないかな

Qバングラディッシュではなぜベンガル語が話されているのでしょうか?

こんばんわ、
言語についての質問なんですが、なぜバングラディッシュではベンガル語が公用語として使用されているのでしょうか?なにか歴史的背景、また宗教的背景、その他関係しているのでしょうか?

言語についてよく知っていらっしゃる方、よろしくおねがいいたします。

Aベストアンサー

バングラディシュという国名は「ベンガル人の国」という意味です.
バングラディシュからインドの西ベンガル州にかけて(ベンガル地方),もともとベンガル語を話す人々が住んでいます.
71年にパキスタンから分離独立しましたが,パキスタンは公用語がウルドゥ語で,言語の違いが独立に影響したそうです.
インドも公用語はヒンドゥー語ですが,他に州ごとの公用語もあり全部でいくつの言語があるのか数え切れないとか.

Qフランス革命時のフランス軍の強さについて

 フランス革命後、(1793年に)オーストリア・プロシア連合軍がフランスに宣戦布告してヴァミールの戦いまでフランス軍は連戦連敗だったにもかかわらず、ヴァミールの戦い以降は連戦連勝で1813年にナポレオンがロシアで敗れるまでは負け知らずでした。
 一体、何がフランス軍をかえたのか、おしえてください。

 

Aベストアンサー

まずヴァミールではなくヴァルミー(Valmy)です。
ちなみにこのヴァルミー会戦は砲撃戦と合唱があっただけで
たいした戦闘はなくて、もともと戦争に消極的だったプロシア軍が
一応前進を阻止されたの口実に退却を始めただけです。
それでこの会戦はフランス軍が勝利したとは言い難い戦いでしたが、
最後まで戦場に残ったほうが勝者という慣例に従ったまでです。
ま、たしかに共和国軍最初の勝利ではあるのですが、
両国の政治的背景が影響したものだといえますから
ゲーテはフランス兵の士気の高さに驚いただけで、勘違いだったのです。

さて、ところで連合軍がフランスに宣戦布告したのではなくて、
フランスが各国に宣戦布告したのです。
革命戦争はすべてフランス側から宣戦布告となるというのは
必ずチェックされる要注意ポイント。
そして自ら宣戦布告したにもかかわらず、フランスには戦争の準備が
まったくなく、軍の指導者たちは最初から開戦に反対していたのですが、
さらに彼らはすべて大貴族出身だったので、
ロシャンボーやリュクネル、ディロンら軍司令官は
平民で革命派が多い兵士に信用されておらず、相互不信から軍隊は敵と戦う以前に
味方同士で足の引っ張り合いをしていました。
さらに兵士の大半も連盟兵など興奮して革命に参加しただけのド素人が主で
秩序も訓練もされてない部隊が多かったことから、
兵士は銃の使い方も知らず、そもそも銃も不足してたのですが、
何かあると大混乱し、貴族士官の命令に反抗したり、
勝手に隊を離れたり、家族を連れてきていたり、
気に入らない味方の司令官を銃撃したりしたので、
フランス軍は戦うたびに負けるという状況になったわけです。
これは当然です。戦う状態になかったわけですから。

つまりは何が変えたのかではなく、あなたが知るべきは
まず1792年および各年の状況はどうだったか、どういう展開であったかということです。
それを知らないで、大雑把に考えすぎてますから、
何かでガラッとかわったかのような誤解してますね。
実際には積み重ね、変遷があるわけで、状況にも依存します。

”ヴァルミー以後は連戦連勝”といことはありません。
革命戦争初期だけを見ても、勝ったり負けたりです。
詳しく語るのは面倒なので、非常に大雑把(それでも長いが)にいうと、
革命戦争は1792年の最初の二週間はフランス軍の大混乱で負け続け、
ラファイエットは対外戦争よりも革命鎮圧のために軍を使おうとして失脚します。
ちなみにルイ16世ら王党派と立憲派の一部は戦争にわざと負けて
外国軍を呼び寄せようと画策もしてました。
ブランシュバイク公のプロシア軍を主体とする干渉軍がパリへ進撃を始めて、
ヴェルダン要塞を攻略したのでパリ市民はパニックに陥って
監獄に収監されていた不幸な人々を、王党派だと誤解して大虐殺をするという九月の虐殺事件が起きます。
それから外相のデュムーリエが将軍として戦場の建て直しを始めて
ヴァルミー会戦で一応、プロシア軍の前進を阻止します。
ちなみになんでプロシア軍が干渉軍の主体になったかというと、
オーストリアはトルコとの戦争にも晒されていて、
フランスに介入したくなかったので、少し進んだ後はとまって
プロシア軍と亡命貴族軍だけをすすませたという外交的策略をつかいました。
そしてプロシア王は、何の利益にもならないこの干渉戦争で
自分の武名を高めようと考えていて、老臣たちの反対を押し切って
介入していたわけで、ヴァルミーで前進をやめたのはまさに
国王を説得できるだけの努力はしたので、もう帰ろうということだったのです。
ヴァルミーの後、デュムーリエはプロシア軍と交渉し後に講和します。

デュムーリエ将軍は(帝国領)ラインラントと、オーストリア領ネーデルランドに照準を定めます。
これは自然国境というフランスの古くからの戦略に沿ったもので、
ラインの西側を占領してフランスの安定的国境をライン川に定めるというものです。
そしてこれによって戦争を勝利しようというのが彼の計画でした。
プロシア軍が勝手に帰ったので兵力が少なくなった連合軍に対して、
ジェマップ会戦で勝利しますが、この年の冬から1793年の春にかけて補給物資が欠乏し、
フランス軍では契約を終えた兵士が大量に帰郷したこともあわせて
兵員の数が激減します。またルイ16世の処刑が1月に行われたこともあって、
ヨーロッパの君主国家は危機感を強めます。
フランスが(当初は革命を支持していた)イギリスに宣戦布告したので、
イギリスの資金援助を得たオーストリア・神聖ローマ帝国加盟国が本格的な干渉を始めます。
それでフランス軍は占領した地域を次々に失い、後退を強いられます。
デュムーリエはベルギーから軍を引き返してきますが、ネールウィンデンで敗北します。
この後、デュムーリエは裏切ってしまうので、
この混乱の後でフランス軍は何度も敗北してダンピエール将軍などは戦死してしまうほど。
この危機に国民公会は、カルノーを公安委員に迎えて軍の再建を任せます。
この人物がフランス軍に徴兵制度などをもたらし、軍事戦略を一本化するなど
数々の改革を行ったリフォーマーです。
しかし徴兵制は、各地での反乱を引き起こしたので、
ヴァンデと南フランスで王党派の蜂起があり、内戦となってフランスが最も苦しんだ時期に来ます。
しかし主戦場ではカルノーの主導でオンドショットで勝利して、ワッチニー会戦で辛くも勝利して
オーストリア軍のパリへの進撃の希望を打ち砕き、ヴァンデもナント市を防衛し、
この年の終わりにはツーロンを奪回するなど一定のめどをたてます。
これを期に、戦争は防衛的性格から、侵略的性格に変わっていきます。


さて、ここからさきも一進一退あるのですが、これ以上語ってられないので
ここまでにしますが、もう一点、いっておくと、
もともとフランスという国は、当時の最大最強の陸軍国家であって、
強い軍隊の下地があったということは忘れてはなりません。
特に7年戦争後の軍事理論の革新(ブールセ、ギベール、マーユボワら)が
フランス(ロシアでも同様の進展があった)では広く採用され、理解されていたことで、
オーストリアやプロシアといった旧態依然とした軍隊との差を生みました。
ナポレオンも彼らの学説を学生時代から学んで、それを活かしいったわけで
軍制というのは、一夜にしてかわるものではないのです。
しかも実験と実例が必要とされるというのも、詳しくは説明しませんが、付け加えておきましょう。


だからすでに革命前にフランス軍を強くする理論は確立されていたというのが回答です。
カルノーやナポレオンなど、これらに精通する人々が、実務家になったことで
それが理論が実現段階にいたったというだけの話なんです。

まずヴァミールではなくヴァルミー(Valmy)です。
ちなみにこのヴァルミー会戦は砲撃戦と合唱があっただけで
たいした戦闘はなくて、もともと戦争に消極的だったプロシア軍が
一応前進を阻止されたの口実に退却を始めただけです。
それでこの会戦はフランス軍が勝利したとは言い難い戦いでしたが、
最後まで戦場に残ったほうが勝者という慣例に従ったまでです。
ま、たしかに共和国軍最初の勝利ではあるのですが、
両国の政治的背景が影響したものだといえますから
ゲーテはフランス兵の士気の高さに驚いた...続きを読む


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