最近久坂玄瑞の生き方に興味があります。久坂メインの小説や本がありましたらおしえてください。

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A 回答 (3件)

古川薫の「花冠の志士 小説久坂玄端」が文春文庫から出ていますが少し古いので手に入りにくいかもしれません。

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この回答へのお礼

絶版のようで新品では手に入りそうになかったので、図書館にいったらありました。これから読みます。ありがとうございます。

お礼日時:2005/07/31 15:34

久坂玄瑞


武田勘治著 -- 復刻版. -- マツノ書店, 1998.6 , 410, 91, 6p.
久坂玄瑞全集
福本義亮編 ; 特装版 -- 限定版. -- マツノ書店, 1992.2 , 11,796,18,6p.
久坂玄瑞遺墨
一坂太郎編 -- 東行庵, 1994.12 , 138p.
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この回答へのお礼

解答ありがとうございます。ただちょっと手に入りそうにないので残念です。

お礼日時:2005/07/31 15:38

メインではありませんが、高杉晋作と久坂玄瑞(大和選書=池田諭著)があります。

No1の方の推薦の図書とともにアマゾンにありますが、いずれも絶版になっているようです。しかし、ユーズド商品としてあります。しかし、絶版なので高くなっています。ですから、公立図書館で探されるのも良いかと思います。また、五稜郭を落した男(文芸社=秋山香乃著)にも第二部として久坂玄瑞の戦い、というのがあります。これは山田顕義が主役ですが、久坂玄瑞についてもかなり詳しく描かれています。この書物は新しく2004年4月発行です。また、ビデオですがNHK「その時歴史が動いた」 幕末 京都炎上~長州・久坂玄瑞、志に散る~というのがあります。これはDVDもあり、アマゾンにもあるようですが、私の家の近くの公立図書館にありましたので、図書館で借りるのも良いかと思います。
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この回答へのお礼

近所の図書館に「花冠の志士」がありましたので借りてきました。「高杉晋作と久坂玄瑞」は少し遠いとこの図書館にあるようなので今度借りに行こうと思います。ありがとうございます。

お礼日時:2005/07/31 15:37

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Q久坂玄瑞メインの本

最近久坂玄瑞の生き方に興味があります。久坂メインの小説や本がありましたらおしえてください。

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古川薫の「花冠の志士 小説久坂玄端」が文春文庫から出ていますが少し古いので手に入りにくいかもしれません。

Q風林火山。孫子の本を信玄はどこから入手したのか。

調べるとあの本自体は平安時代ごろには日本国内に入ってたみたいですが、信玄やその祖先はどうやってその本もしくは複製を入手できたのですか。
本を売り歩く商人みたいなのがいるのか。
それとも何百年歴史のある寺院や神社が管理してて武将らはそれを大金出して買うのか。
それとも口伝で本は無し。その場合先生はどこからどうやって?
どうなってるのか教えてください。
不安定な時代なのにあの時代の武将が教養ある人物がたくさんいたのはなぜでしょうか。

Aベストアンサー

足利学校

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E5%AD%A6%E6%A0%A1

ここに全国から学生が集まってきていた。

アマゾンで 足利学校を検索したら
早雲の軍配者(上) (中公文庫) 富樫倫太郎
信玄の軍配者(上) (中公文庫) 富樫倫太郎
この本が引っかかった。

全国の学生が集まってきているという前提での小説かと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%A6%81%E5%85%83%E4%BD%B6
九州出身者が戦国末期の親分だったりする。

Q藩士でもなかった久坂玄瑞が突然長州藩攘夷の中心人物のひとりになれた経緯について

今日のNHK大河「花燃ゆ」を見ながら不思議に思ったのですが、なんで藩士でもなかった「医者坊主」が急に京都で朝廷を動かして、長州藩の攘夷の先頭に立てるんでしょうか。

「大河ドラマをもとに語るな、このド素人が!」というのはひとまず置いといてください。
いずれにしても、ただの塾生?が突然、長州藩攘夷の中心人物の一人に踊り出たのです。その要因、経緯等、ご教示いただきたくよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

大河ドラマは見ないし、詳しいことは知らないのですが、長州藩には上級武士であるか下級武士であるかで差別することがそれ程ひどくなかったようです。もちろん、婚姻のときなどは、格の同じような家同士でする、それはありましたし、基本的に上下関係の厳しい江戸時代の社会ではありました。
 久坂の場合は武士ですらないですが、医者はまぁ、江戸時代は実際のところ、武士みたいな感覚で世間から扱われてました。
 蛤御門の変の後、つまり、久坂の死の後に長州藩で大活躍した大村益次郎(おおむら ますじろう 靖国神社に銅像が立ってますね)も身分を言えば医者です。それも、長州藩のお殿様がいる、日本海に面した萩城下に住んでた医者じゃなくて、瀬戸内海側の田舎の鋳銭司(すぜんじ)という所のしがない医者でした。それが、土佐藩に仕えていた時に実力を買われて(ヘッドハンティングされて)長州に戻り、第2次長州征伐では長州藩の軍事総指揮を取り、な、なんと天下の幕府軍を破り、倒幕に大きく貢献しました。
 久坂も実力、人柄を買われて、いろいろな場面でいろいろな人から引き立ててもらったようです。引き立ててもらうには、引き立ててくれる人がいないといけません。キラッと光る人を見つける目を持った、引き立ててくれる人たちがいたのです。引き立ててくれる人たちの一人が、吉田松陰であり、周布政之助(すふ まさのすけ)でした。
 他にもいたようですが、この周布政之助には特に引き立ててもらったようです。長州藩の藩政改革で活躍した人です。長州藩は、他藩もそうですが、何度か藩政改革を行っています。その中で一番有名な改革を行った、村田清風(むらた せいふう)という人がいますが、この人の系列(かわいがった人)の一人が周布政之助でした。
 周布(すふ)は農兵を作ることを提案し、作りました。農兵は他の藩でもありましたが、武器を持つのを武士だけに限定しない、農民にまで国防の役割をやってもらう、これが高杉晋作の奇兵隊へと自然とつながって行きます。(高杉晋作は身分に関係なく集まった奇兵隊を作ったことで有名ですが、決して身分制度を否定し人はみな平等だなどと考えていたわけではありません。江戸時代の人間にとって身分制度は空気のように当たり前で、高杉はむしろ身分にうるさいほうの人でした。自分が家老の家柄に生まれたので。)
 周布(すふ)政之助はいろいろと改革をしましたが、農民として生まれた伊藤博文を含む5人の若者を英国へ密航、留学させるという、国法無視、幕府無視のことを推進したのも周布政之助でした。(もちろん他にもこの密航留学を推進賛成した藩幹部はいましたが。)
 伊藤博文は農民の生まれで、足軽の息子です。足軽なんて、まともな武士からすれば、「足軽なんか武士じゃねぇだろ。」な身分でしかありませんが、なんと選ばれて藩主様の御命令を拝しエゲレス(英語)へ留学!
 国(長州藩)のためなら、あれもやろう、これもやろう。お国(長州藩)のためなら何でもアリィ~、ってことです。ま、合理的と言いますか。

 長州藩(毛利藩 もうりはん)は、遠い昔、関ヶ原の戦いで負けて中国地方ほぼ全部だった領地を今の山口県1県の面積に減らされました。たくさんのサムライも要らなくなり、相当数のサムライが藩内各地に散らばって実質的な農民になります。身分的には武士は武士なんだけど、お殿様から禄(ろく)は出ない。仕方がないので農業する。
 吉田松陰のお父さんの日記が残っていますが、ほぼ「農業日記」状態。吉田松陰のお父さんは城下町から川を渡ったところに住んでいましたが、長いこと禄が無い、無禄の武士で毎日毎日農業やってたんです。
 藩内の山奥やへき地に住んで農業ばっかやってる人でも、「うちは武士。いざとならば、お殿様のために駆けつけまする。」と思って、先祖伝来の甲冑の手入れを怠らない、いわゆる郷士がたっくさんいたのです。実際、幕末に米国の商船が日本海沖に姿を現し、薪と水を求めて近づいて来たのに対し、在郷の武士(日頃は漁業と農業)がすばやくヨロイカブトに着替えて大砲をぶっ放しています。反撃されて人家燃やされちゃってますけど。(旧日置町(へきちょう))
 幕末に長州藩が外国からやられるわ(下関戦争)、幕府からはやられるわ、朝敵にまでなっちゃって、もう藩滅亡だというときにエネルギーを結集して、歴史を動かせたのは、いっぱいいた郷士とその意識に日頃から触れていた藩民の存在によるところが大きいかもしれません。
 こんな感じで、長州藩において身分は普通にあるのはあったけど、割りとゆる~めの感じだったようです。そして繰り返しになりますが、実力のある人間を引き立てて「やらせてみよう。」「羽ばたかれよ。」という人たちがいたってことですね。

大河ドラマは見ないし、詳しいことは知らないのですが、長州藩には上級武士であるか下級武士であるかで差別することがそれ程ひどくなかったようです。もちろん、婚姻のときなどは、格の同じような家同士でする、それはありましたし、基本的に上下関係の厳しい江戸時代の社会ではありました。
 久坂の場合は武士ですらないですが、医者はまぁ、江戸時代は実際のところ、武士みたいな感覚で世間から扱われてました。
 蛤御門の変の後、つまり、久坂の死の後に長州藩で大活躍した大村益次郎(おおむら ますじろ...続きを読む

Q小6が興味を持つ歴史学習方法と本

4月から小学6年生になる甥の為に、歴史の学習方法について質問させてください。

確か6年生になると社会で歴史の勉強が始まると思います。
甥には最初でつまづいて歴史嫌いになって欲しくないなぁと考え、「歴史って面白いな」と思える何かよいきっかけになるような本や学習方法がないかと思い始めました。

甥っ子の両親(私の兄弟)が考えるべきなのでしょうが、その甥っ子の兄弟がまだ赤ちゃん(2人)でどうしても手を取られてしまい、どうやら甥っ子の勉強の事まで手が回らないようなのです。

有名私立中学に入るような勉強をさせる気はないのですが、これからだんだん難しくなっていく勉強を見据えて、少しでも勉強を楽しくさせてやりたいし、少しでも興味を持って勉強してもらえたら他の教科にも影響させることができるのではないかと考えてます。

歴史に興味のある皆さん。
皆さんは、どんなことがきっかけで歴史が好きになりましたか?
又、どんな本や学習方法で楽しんで学んできましたか?

アドバイス頂けたら幸いです。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

私は物心付いた時から時代劇にかじりつき、小学校では伝記ばっかり借りまくっていましたから、参考にならないかもしれませんが・・・
本を読むのももちろん興味を持つきっかけになると思いますが、現在それ程関心をもっていないのならば、読みたくも無い本を与えられても「う~ん」となってしまいますよね(笑)
子供は正直ですから・・・。

そこで、休みを利用してお近くの博物館や恐竜博に足を向けてみるのはいかがでしょうか。楽しいお出かけとして連れて行ってあげたら、何かお子さんの心に残るものがあるかもしれません。

※東京ですと江戸東京博物館なんて広くて楽しいですよ。

Q吉田松陰と松下村塾

吉田松陰はなぜ尊攘派のリーダー的存在だったのですか?
彼は佐久間象山から色々と学び開国の重要性を知ったはずなのになぜ尊攘を唱えていたのですか?
そして、そんな吉田松陰の松下村塾の塾生だった桂小五郎や高杉晋作、久坂玄瑞もまた開国の重要さを学んだはずなのに長州の尊攘派のトップとしていたのですか?
特に高杉晋作、久坂玄瑞に限っては実際に攘夷を実行していますし、いまいち分からないことだらけなので教えてください。

Aベストアンサー

彼らは単なる攘夷派ではありませんでした。
香港やインドが植民地化したこともよく知っていましたし、松陰はアメリカ船で密出国しようとして捉えられたくらいですから攘夷など実行不可能ということはわかっていましたが、列強のいいなりに開国したのでは中国やインドの二の舞になるとおもっていたので攘夷を実行したりしたのです。
しかし高杉等は馬関戦争を戦って列強の実力が身にしみてわかり攘夷はとうてい無理と悟ったのです。

Q歴史嫌いの娘が興味を持つ歴史の本

中学受験を控えている小学6年生の娘が歴史に全く興味を持ってくれません。女の子とはそんなものかなぁとも思いますが、自分が歴史のマンガや歴史の本に熱中して、歴史が得意科目だっただけに残念です。
何かいい教材、雑誌はないでしょうか。

日本の歴史というまんがを数冊買ってきたのですが、字が多くてあまり読んでないようです。もっときれいな写真や絵中心で歴史のイベントが紹介されていて、興味をひくようなエピソードなどが充実したカラフルな本があればいいのですが、なかなか見つかりません

Aベストアンサー

 娘さんは、タレントとかには、興味はあるのでしょうか?
 歴史イベントには、ドラマ化されていることも多いですし、若い女の子が好みそうな、若い男性が主役のこともあります。例として数年前の大河ドラマ「義経」は、若い女性に人気がある「滝沢秀明」が主役(義経役)をしています。北条時宗は、同タイトルの大河もあります(主演:和泉元彌)。大河であれば、レンタルビデオ屋に置いてある場合も多いと思います。
 それらを見せながら、関連付けて話してみるのは如何でしょうか。もちろん時間はかかりますが、興味を持ってくれれば、覚えるのも早いと思います。あわよくば、歴史全体に興味を持ってくれるかもしれません(「新撰組」や「義経」では、媒体は忘れましたが、そのようなことを書かれている女性の方の記事を見たことがあります)。

Q長州藩の尊攘派の攘夷

恐らく似たような質問があるかと思われますがあえてこの場で質問をさせて下さい。

私は尊王攘夷の思想の意味は分かりますが長州藩の尊攘派の攘夷は土佐藩や水戸藩とは違っていたと聞いており、それが以下のような事で合っているのか伺いたいと思います。

・吉田松陰は尊攘派として有名だが開国派の佐久間象山を師事している
 うえ、西洋の文化にも興味があったことから実は開国派である。
 ではなぜ、幕府の開国を批判したのか?
 それは幕府が開国をする際にアメリカと結んだ条約があまりにも日本
 にとって不平等で、しかも天皇の勅許も得ないまま結んだので吉田松
 陰としてはそんな腰ぬけな幕府を批判した。
 さらにこんな不平等な開国に対しては攘夷だ!という事で尊攘派とし
 て運動した。
 開国するならするでちゃんとお互い対等な条件と勅許を得た上で調印 しろ!といった感じで。

・よって吉田松陰の弟子にあたる長州藩の尊攘派の中心、桂小五郎や高
 杉晋作や久坂玄瑞なども表では攘夷とさけびながらも実は攘夷などは
 もう無理でいずれは開国し国力をつけなければと思っていた。
 しかし、今回の幕府が行った開国は不平等であるので攘夷を実行し
 た。
 不平等な条約での開国は反対という事で攘夷を唱え、実行していた。

・しかし、その攘夷を実行して4カ国艦隊でやられ結局そのまま開国へ
 と変えた。

この概要であっておりますでしょうか?

恐らく似たような質問があるかと思われますがあえてこの場で質問をさせて下さい。

私は尊王攘夷の思想の意味は分かりますが長州藩の尊攘派の攘夷は土佐藩や水戸藩とは違っていたと聞いており、それが以下のような事で合っているのか伺いたいと思います。

・吉田松陰は尊攘派として有名だが開国派の佐久間象山を師事している
 うえ、西洋の文化にも興味があったことから実は開国派である。
 ではなぜ、幕府の開国を批判したのか?
 それは幕府が開国をする際にアメリカと結んだ条約があまりにも日本
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Aベストアンサー

 吉田松陰が幕府の開国を批判するときに、不平等条約だからという理由で批判したというのは聞いたことがないです。質問者様が不平等条約とおっしゃっているのは、明治時代に治外法権などの不平等な点を改正しようと大変苦労をしたあの不平等条約のことを指しておっしゃっていると思われます。
 反対した1番の理由は朝廷の勅許を得ないで開国しようとし、開国した点だったと思います。

 1858年(安政5年)3月、朝廷から通商条約調印について、御三家・諸大名から意見を聞いた後に改めて勅裁を得るようにとの勅掟が出されました。松陰は調印反対の意見書、『愚論』『続愚論』を藩に出します。
 しかし、老中井伊直弼は6月に日米修好通商条約に調印し、朝廷へは事後報告でした。
 翌7月、松陰は『大義を講す』という文章を書いて藩に送っています。

 この『愚論』『続愚論』『・・ などを読んだら詳しくわかりそうですが、手元にないのでとりあえず検索してみましたらこんなページがありました。

http://www.araki-labo.jp/shiso103.htm
 この方のご研究によると吉田松陰の攘夷論は「開国的攘夷論」だそうです。

 また、松陰は鎖国(国を閉ざす)が良いとは言っていません。天保13年に藩に出した上書でも、海防の為に英国などから艦船を買い、西洋の船匠・船師・技師を海外より雇い水戦術を習うべし。また有名な『幽囚録』では、世界へ進出(侵出?)すべしと主張しています。
 その内容は、「善く国を保つものは徒(ただ)に其の有るところを失ふことなきのみあらず、又其の無き所を増すことあり。」として、
 オウストラリアは英国人がまだ10分の1しか開墾していないので「吾先ずこれを得ば、当に大利あるべし。」
 「朝鮮のごときは古時我れに臣属せしも、今はすなわち驕(おご)る、・・・」「朝鮮を責めて質を納(い)れ貢を奉ること古の盛時の如くならしめ(朝鮮を責めて人質を取り朝貢させて昔のようにさせ)、」。
 また、カムチャッカ・オホーツクを奪い、台湾・ルソンも手に入れるべきだとも述べています。
 貿易や産業のための開国というより、領土拡大を第一の目的とした開国です。『幽囚録』で書いていますが、ロシアも近頃蝦夷の近くに艦を備え兵を置いて軍事拠点を作りつつあるので、時を移さず日本に迫って来るだろう。
 ほとんど、「やられるか、こちらがやるか、二つに一つ」に近い大変な危機感で思考しています。

 1854年にペリーが再び来たとき、松陰は日米間で戦争になると予想していました。
 外夷は日本を呑み込もうと来ているのだから、日本が海防力を整えるまではとにかく今は追い払わねばと思っていたのではないでしょうか?
 

 吉田松陰が幕府の開国を批判するときに、不平等条約だからという理由で批判したというのは聞いたことがないです。質問者様が不平等条約とおっしゃっているのは、明治時代に治外法権などの不平等な点を改正しようと大変苦労をしたあの不平等条約のことを指しておっしゃっていると思われます。
 反対した1番の理由は朝廷の勅許を得ないで開国しようとし、開国した点だったと思います。

 1858年(安政5年)3月、朝廷から通商条約調印について、御三家・諸大名から意見を聞いた後に改めて勅裁を得るよ...続きを読む

Q世界史に興味を持てるような本を教えてください!

自分はどうも世界史が得意になれず、学問としての「世界史」が大嫌いです。
世界史を好きになれる動機付けとして何かいい本(歴史マンガや歴史小説)はありませんか?
歴史の背景知識がないので事柄を丸暗記するだけの苦痛を生み出す勉強でしかありません。
自分は欧州のサッカーが好きだったのでそれにリンクする事柄からそれだけで英語が好きになれました。
アドバイスお願いします!

Aベストアンサー

世界史と日本史がぶつかる時代がありました。鉄砲伝来とキリスト教が伝えられた、室町時代から戦国時代、安土桃山時代です。
幕末の鎖国をやめて、開国するとき。
日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、日中戦争から太平洋戦争の時代。
日本人か、知っている人が歴史に出てくると、身近に感じます。
NHK高校講座の世界史と地理を見てください。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/sekaishi/
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/chiri/
キリスト教について、ビデオで洋画をみてください。「十戒」「ベンハー」「ロビンフッド」「ブレイブハート」など。
歴史の曲がり角にあたる、大事件を中心に、まとめてみる。
ルネサンス、宗教改革、ドイツ農民戦争、産業革命、フランス革命、
アメリカ独立革命、植民地、大航海時代など。

Q幕末のたられば

幕末は激動の歴史ですが、「もし○○が~~しなかったなら」という
考察はどれくらいあるのでしょうか?
できるだけ教えてください

もし○○が死ななかったなら、、
井伊大老、孝明天皇、家茂、島津斉彬、佐久間象山、松陰、高杉晋作、龍馬
などなど

Aベストアンサー

井伊直弼、佐久間象山、吉田松陰、高杉晋作、坂本竜馬はあのとき死ななくても、どのみち誰かになんらかの形で殺されていた可能性が高いのではないかと思います。松陰先生はある意味破滅に向かって一直線に向かって突撃していったようなものですからね。「たとえ私が斃れようと、後の若者が続いてくれるだろう」というような言葉を残していますが、そのとおりの生き様でしたからね。佐久間象山も、あんなイヤミな人柄なら、誰かが暗殺したでしょう。
高杉晋作は病死ですが、いずれ誰かと袂を分かって死に追いやられたような気がします。この人も世間に自分を合わせられない人ですからね。
坂本竜馬は、長生きしてれば政商となっていたんじゃないかと思います。天寿を全うしていたら、むしろ人気がない人物になっていたのではないかな。志半ばで斃れたからこそ、カリスマとなったのでしょう。
孝明天皇は明らかに毒殺ですからどうしようもない。

旗を持った誰かが斃れても、別の誰かがその旗を拾って次に進みます。よく「歴史にIFはない」っていうのは、そういうことなんですよ。

Q三国志に興味がもてる本など教えてください!

三国志にもっと興味を持ちたいと思っております。

最初から小難しい書籍を読んでも、私の場合途中で嫌になってしまうので、以下のような自分のできることから始めております。
・三国志のゲームをいくつかプレイ
・蒼天航路(漫画)を読んだ
これらより大体概略は分かったのですが、イマイチ釈然としません。
もっと分かりやすい(地図、表、絵などが記載、分かりやすい現代語に転記説明、注記多し)本などはありませんでしょうか?

よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私は小学校の時漫画「三国志」にはまり、その後吉川さん、ゲームへと行きました。そこから端を発し、歴史好きになり、世界史を専門に学び大学では中国古代史を専攻していました。私が感じたことを書かせて頂きますね☆

ます、質問者様は「もっと興味を持ちたい」と書いてらっしゃいますが、「もっと興味を持ちたい」とおっしゃっている段階でそれまでよりもっと興味を持っていらっしゃるのだと思います。すなわちご本意は「もっと好きに、詳しくなりたいので、その醍醐味を分かりやすく伝えてくれる物は?」という解釈をいたしました。その点から書かせて頂きます。

他の回答者様が書いてらっしゃる用に、はやり定石として「漫画(ゲームなど)」→「小説」というのがあるとおもいますが、私は中国史を学んだ人間として、その当時の時代背景などを前後の時代と共に概略的にでも知っておくとよりいっそう楽しめると思います。すなわち、「なぜ曹操がこのときこういう行動をとったのだろう」とか、「劉備はどうして三顧の礼を・・?」とか、当時の「義兄弟」というものへの概念とか、歴史背景、思想概念を概略的に知ることによって歴史の「理由」が分かってくるわけです。
逆に、その時代だけ、そのお話だけと限定すると、もちろん魅力はあると思いますし小説などはわりと文章中に文化的背景も書いてくれていますがどうしても全体を学んだ者からすると「もったいない・・もっと魅力を知る機会があるのに・・」と思ってしまうわけです。

このような観点からオススメするのは、漫画「中国の歴史(確かわりと図解などもありますよ)」や「十八史略」、「二十二史さっ記の日本語訳」などをオススメいたします。それをお読みになってからもう一度小説「三国志(吉川さん以外にも色々な方が書いていらっしゃるので)」に立ち戻っては如何でしょうか?また複数読んでいくと、一つのできごとに対して別の観点から書いているものがあります(代表的なのは曹操側に立ったの三国志と劉備側に立った三国志とではまったく文章が違いますよね)。
それらを自分自身で「感じ」、比較し寸評しながら「考え」、自身を歴史の中に入れて「味わう」こと、そうすることで自分の歴史観が創られていく。それを確立することがある時代を専門的に楽しむことにもつながっていくのだと思います。

私は小学校の時漫画「三国志」にはまり、その後吉川さん、ゲームへと行きました。そこから端を発し、歴史好きになり、世界史を専門に学び大学では中国古代史を専攻していました。私が感じたことを書かせて頂きますね☆

ます、質問者様は「もっと興味を持ちたい」と書いてらっしゃいますが、「もっと興味を持ちたい」とおっしゃっている段階でそれまでよりもっと興味を持っていらっしゃるのだと思います。すなわちご本意は「もっと好きに、詳しくなりたいので、その醍醐味を分かりやすく伝えてくれる物は?」とい...続きを読む


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