はじめての親子ハイキングに挑戦!! >>

小学生1年生の息子が学校から帰ってきて、いきなり
「今日音楽会の楽器決めてんけど、音符読めないからって一番やりたかった楽器になれへんかってん。結局なぁ~それはピアノを習ってる子が選ばれてん。そんで次にやりたいのがあってんけど、それはコンテストで僕の方が下手やったから、それもあかんかってん・・・」
と言ったのです。とても残念がっていました。
ちなみに音符はまだ習っておりません。
私は、習ってもいない事を基準にして選抜するやり方に納得いきませんでした。
又、前もって配られた学年通信で「コンテストで決めますので、なりたい楽器になれないこともありますが・・・」とは書かれていましたが、子供の心に傷をつけるようなこの様なやり方にも、どうしても納得がいきません。

後日その事を担任の先生に伝えたところ、
「音符という言葉を出してはいけなかったですね。僕が悪かったです。」
と素直に謝ってはくださいました。
“音符”という言葉を出さなければいいという問題でもないですけど。
しかし、私は学年の方針としての“コンテスト”の方が実はもっと理解できないのです。
一生懸命やっても、器用な子供と不器用な子供は必ず出てきますよね。
上手い子を選抜する方法では、習い事をしていない子供や不器用な子供は、毎回「やりたくない楽器」を担当させられるわけです。

そもそも学校の良さは、出来る子も出来ない子も助け合いながら一緒に成長していく所にあると思うのです。
たとえ下手でも皆が輝いて見える・・・そんな音楽会が見たいのです。

先生方にとっては、授業時間の制限もあり、出来ない子供に教えることは時間のロスかもしれませんが、それならば楽曲のレベルを下げるというのも、1つの選択肢だったのではないかと思っています。

学校関係の方、同じ年頃の子供を持つ保護者の皆さん、私の考えはおかしいですか?

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A 回答 (24件中1~10件)

何だかずいぶんにぎわってきましたね。


また、ちょっと殺気立った雰囲気まで…。

先日は、ていねいなお返事を頂き、ありがとうございました。
さて、今回は、前回(No.12)で触れていなかった、「子どもの輝く演奏会」について、少し述べたいと思います。

今回の質問、考えようによっては、学校教育における音楽の意義を問われているようにも思われます。ご存知の方もおありでしょうが、実は、学制がしかれて100年以上たった今でも、学校における音楽の授業の意義については、いまだに疑問の声が後を絶ちませんし、音楽が学校の授業に入っていない欧米の先進国など、いくらでもあります。

何人もの方がおっしゃる通り、楽譜が読めない、学校音楽の基礎がしっかりしていないままの1流ミュージシャンだってたくさんいます(もちろん基礎のある人の方が大多数)。今回の質問、聞きようによっては、「学校の音楽の授業は、無意味か?」という風に受け止めて回答したくなってしまいます。が、そうすると問題が大きくなりすぎてしまうので、ちょっと我慢したいと思います。

さて。小学校1年生の子にとって、演奏会できらきら輝く演奏をする、とは、具体的にどのようなものをさすか。

合奏隊の中での自分の楽器の役目を自覚し、それにふさわしい演奏を成し遂げた満足感か。みんなと一緒に音を出し合ったよろこびか。とにかく一生懸命練習して、がんばった自分へのねぎらいか。自分自身の、音を出したい欲求にしたがって好きなだけ音を出し切ったよろこびか。好きな楽器を扱わせてもらった満足感か。
……
表現者の立場としての音楽の喜びとは何か。小学校1年生ならば、どの程度のレベルで?

本当は、ここがある程度明確に設定されていないと、何一つ同じ土俵に立った上での議論はできないのではないかと思っているのです。

私個人としては、やはり「ある程度の難しさのある演奏が、できるようになった」という喜びが基盤になると思います。力を合わせることも、もちろん大切。でも、チームワークの発揮された音楽を、演奏しながら1年生の子が鑑賞する能力となると…若干疑問が残ります。

この面から考えても、選曲がいかに難しいものであるか、想像していただけたら幸いです。

蛇足です。masa-pata-miyaさんのお子さんの学級は、難しい曲を選択されたかもしれません。でも、おそらく成功するでしょう。難しい曲を成功させることを繰り返すうち、すごい演奏のできる子達になっていくかもしれません。が、音楽の力はどれぐらい伸びるか。それをよしとするならば、音楽の教育とはいったい何なのか?

これは、私の就職直後以来の、解けない疑問であります。
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この回答へのお礼

深夜なのでお読みいただくのは、多分翌日になりそうですね。
とにかく、感謝の気持ちで一杯です。

私に見失っていた大切なものを教えてくださったように思います。
それは、“子供の目線で見ていたつもり”が実はそうではなかったということです。
どこまでいっても“親”なんですね。親ばかと言われても仕方ないかもしれません。
見る側の立場や憶測でしか考えていなかったように思います。

>表現者の立場としての音楽の喜びとは何か
それを考えた場合、確かにsongbookさんや他の方がおっしゃる通り
>ある程度の難しさのある演奏
かもしれませんし
>チームワークの発揮された音楽を演奏しながら1年生の子が鑑賞する能力となると・・・
というのにはさすがに私も疑問を感じます。

学校授業の一端として考えるなら、むしろ向上(上達)させていくことも大切な課題なんですね。
全く逆の発想ですね。
先述のお礼の中で、学Pのお小遣いについて「与えないから分からないのです」と書きました。
難しい楽曲を与えることも別の側面からしてみれば「与えなければ出来ない」のかもしれませんね。

可能性を信じ伸ばしていくという考え方においては相通ずるものを感じます。
その点を追求していけば、確かにそれぞれの子供が自分に割り当てられた楽器で精一杯頑張っていくことは、大切な事だと思いますし、その為には今回のような担当楽器の選抜方法も正しいといえるでしょうね。

>音楽の教育とはいったい何なのか?
芸術の分野を授業とする事自体、疑問はあると思います。
私などには即答できない問題です。
美術などでも同じことが言えるのでしょうね。

いつも「ホッ」とすることがあります。それは絵画の展覧会で選ばれた絵を観ているときです。
その年齢の子供なら誰もが描けそうな絵なんですよね。
しかしその中にやはり何かキラっと光るものがあるのは、私のような素人でも感じます。
それが、その時のその一瞬の子供の心なんですよね。
多分、親からガミガミ叱られた後だとその絵にはきっと輝きはなかったと思います。
芸術に甲乙つけることには賛否両論あることでしょう。
しかし甲乙つけることを目的とするものがあっても間違いではないかもしれません。

コンテストで担当楽器を勝ち取った子供は、多分その一瞬に賭けていた願いが形となって、また表情として表れていたのかもしれませんね。
その事自体を称えていけないはずはありませんから。

良い結果を出したものだけが報われる

ある意味資本主義社会に生きる人間は、皆どこかでそういった重荷を背負いながら生きていかなければならないのです。
そして頑張った者全てではなく、その中からほんの一握りの良い結果を出した者だけが報われることも当然といえば当然だったのかもしれません。

かなり、もやもやがとけてきました。
さぁ、どなたかとどめの一撃を私に下さいませんか?お待ちしています(笑)。

お礼日時:2001/10/25 03:46

また出てきてしまいました。

(^^;)
すみません。
でも、随分相互理解が深まってきたと思いませんか?
(今回は過程に問題あり、でしたが(^^;))

私の、
>先ほどの書き込み、間違えて「アドバイス」をチェックしてしまっていたようです。

については、
>最後に、一応この書き込みを「回答」とさせていただきます。

と書いてしまっているのですから訂正するべきと考えます。まぁ、そういう性格なんです。(^-^)
ですから、masa-pata-miyaさんが「揚げ足取り」などとは微塵も感じていません。

今回は、
>何もしないうちから憶測だけで異論を唱えるのは非常に難しい事です。
>それこそ、上手くいくかもしれない可能性を、はなから否定してしまう事になります。
>何か良い方法があったとすれば、今後の為に是非お聞かせ頂ければと思います。

ということでしたので、性懲りもなく(^^;)再登場です。
呆れられてしまっているようですが…。m(_ _)m

既にmasa-pata-miyaさんも実行済みかもしれませんが、
息子さんの友達に実情を聞いてみることです。
・「コンテスト」そのものについての反応
・コンテストの時の様子
・その後の練習の様子
などを…。

そうすることによって、子どもたちが持った感想により近いものを把握できます。
その上で、「子どもたちの中にはこれこれこのような感想を持った子もいたのですが、
先生の意図はどんなものだったのでしょうか?」と
もっていくといいと思います。

肯定意見、否定意見の双方を入れ、
「こちらは理解できますが、一方は理解に苦しみます。ご説明いただけますか?」とできればなお良いと思います。
回答は以上です。

この回答への補足

皆さん、色々とお世話になりました。
そろそろ締め切らないとなりません。

さて、今回のお話の中で感じた事を書いてみます。

結論から言えば、今回の“上手い子供にしか権利が発生しない選抜方法”は、ベストとか妥当とは言いがたいにせよ、子供達の多くが難しい曲の選択を希望する場合においてのみ“間違い”ではなかったのかもしれないということです。
毎年このやり方で・・・と言われると、やはり疑問は残ります。
しかし、確かにある子供達にとっては、「難しい楽曲の選択」が達成感に繋がることも理解しました。
そしてその為には、現実問題として音符や楽譜の読めない子供や、あまり上手くない子供には、演奏可能な他の楽器でその力を十分発揮させること・・・は、やむをえない方法であるという事もわかりました。
そもそも音楽会に求めるものが、人によって違うのであるから、結局はどんな選択であれ、皆が納得できる方法を探す事は、至難の業なんですね。

私が今現在納得できないでいるのは、要するに

楽曲の選択自体に子供たちの意見が反映されていたか?
場合によっては能力によって使用できる楽器の選択が不可能であるということを、しっかり子供自身に説得できていたか?

ということです。

私としては、たとえ高度な楽曲を選択したとしても、授業の延長としてある程度習得している、又子供達の努力次第で習得が可能であろうと思われる楽器を使用する事を前提に、話し合いやじゃんけんなどで決める方法もあったのではないかと感じていることには、今も変わりありません。
当初からのその部分についての頑固なまでの私の疑問を拭い去れるほど明確なご意見は、今回は残念ながら得ることができませんでした。
「これだけ皆さんがしっかりした回答を下さっているのに・・・」と思われる方も多いでしょう。
しかし、高度な楽曲の選択を必要とするか否か自体、個人差があるからです。

1年生の子ども達の多くが、本当にそれを望んでいたでしょうか?
演奏をする前から、難しい楽曲を演奏できた時の喜びを知った上で楽曲が選ばれたでしょうか?

やはり私には疑問が残ります。

より良いものへの追求が、知らず知らずのうちに“教師の指導に対する完璧さの追求”になっていたことに関しては、強く反省しています。
私自身も親として完璧さを追求されたら、たまったものではありません。
まさに欠陥だらけです・・・(笑)。
勿論、少しでも向上するよう努力はしなければなりませんが・・・。
そいういった意味ではNo.1の方の回答は真髄をついていたことになりますね。

皆さん、私のような馬鹿親に懲りもせずお付き合いくださって本当に有難うございました。
又いつか悩んだ時は、「またあいつか~!」と思いながらお助けいただければ幸いかと存じます。
一つ一つが貴重な意見である為、ポイントはつけたくありませんが仕方ありません。
「甲乙つけなければならない辛さ」を感じています。
先生方こそ、本当は子供達をコンテストなんかで振り落としたくなかったのかもしれませんね。
ご不満かもしれませんが、どうぞご理解ください。さようなら。

補足日時:2001/10/26 09:56
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この回答へのお礼

有難うございます。
このページを開くたびドキドキしています。いや、ワクワクと言った方が適当かもしれませんね。
新しい回答が入ってたらとても嬉しい・・・気分です。

質問当初の私には、理解しがたかったこと・・・少しづつ氷が溶けていくような気分で読ませて頂いております。

少し誤解していたことがあります。
2回目の回答だったと思いますが“予測された事ではなかったか”というcharrさんのご意見を、コンテスト選抜を行う以前のこととして捉えておりました。
自分の読解力の無さに、あ~自己嫌悪・・・。
そうですね、確かにその通りだと思います。
この件に限らず、弱い立場の人間「しか」異論を唱える事が出来ないわけではないですもんね。
傷ついたり嫌な思いをしている人がいた場合、そばにいる人間が異論を唱えることが出来なければむしろ駄目なんですよね。
それがおっしゃりたかった事も良く分かります。

おっしゃるように他人の子を自分の子同様に対応していければいい、私も常にそう思っているし、それが出来ていなかった(ということも今では理解しています)私に対するご指摘は、確かにその通りだと思っています。
よく「あ~親ばかっ!」って自分で思う時さえあります。
30人全ての子供に同等の対応が取れる自信があれば、私も願わくば教師になりたかった・・・(笑)。

ついでに理想を言うなれば(もうええっちゅうに・・・)自分の子供を親が一番良く理解し、そして、そこから感じ取った思いを、たとえ相手が教師だからといっておじ気ずくことなく主張できる社会になれば良いと思っています。
子供自身が主張できればそれが一番良い事なんですけど、1年生には木琴を演奏するより難しいことかな?と思います。

実際、陰では異論を唱えていても、先生方を前にしたとたん手のひらを返したような態度をとる保護者も少なくはありません。
何故そうなるのでしょう?
それは、親自身が「“先生方にとって”理解ある“良い親”であると思われたい」という気持ちが、少なからず存在するからなのです。
私も出来る事ならそうありたい、しかし、この質問をここまでお読みいただいた方であれば、嫌と言うほどお分かりかと存じますが、黙っていられないのです。
携帯電話の普及以来社会的現象になりつつある“待つという忍耐力”の欠落の象徴かもしれませんね。
子供が育つのを見守るように、先生方の指導にも腰を据えてゆっくり見守る努力はすべきだと、今さらながら感じているお粗末さ。

勿論、「異論はあるけれど、ここはひとつ先生方に任せておこう」といった立派な親御さんも多くいらっしゃることは申し述べておかなければなりません。
しかし、厳しい現実は決して先生方のみに存在しているのではないということも・・・。

肯定意見、否定意見の受け入れですが・・・今回の先生との対話においては自分でもなかなか上手く出来ていたと思っています。
しかしそこできっと適切な説明がなされていれば、私もこのように皆さんの意見をお伺いする必要は無かったわけで・・・。
保護者を理解させることが出来ないということは、同時に子供へのフォローが適切な形で行われていなかったのではないか?ということに繋がるのではないでしょうか?
短絡的な考えですか?
でも結果、子供はかなり自信なくしていました・・・涙。

お礼日時:2001/10/25 13:45

ずいぶんエスカレートしていますね・・・


真剣な意見が飛び交っている中、のほほんとしていますが…

まぁみなさん、本題からそれずに…
もっと和やかに進めましょうよ。(^^;
大人げないですよ、言い合いなんかしてても(汗
見ていてホントに呆れちゃいますよ(笑
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この回答へのお礼

n-pさん、またまた有難うございます。

しかし本当嬉しい事ですね。
“呆れちゃって”も、こうやって気に掛けてコメントを下さっていること自体がやはり嬉しいことです。(笑)

お礼日時:2001/10/25 11:04

何度もすみません。

m(_ _)m
先ほどの書き込み、間違えて「アドバイス」をチェックしてしまっていたようです。
申し訳ありません。

この回答への補足

私、charrさんみたいな方好きですよ。
またどこかでお会いしたらどうぞよろしくお願いします。

補足日時:2001/10/25 05:12
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この回答へのお礼

OKです!有難うございました。

しかし私そこまで“あげ足取り”でしょうか?・・・(笑)

お礼日時:2001/10/25 05:07

まず最初にお詫びしなければなりませんね。


申し訳ございませんでした。m(_ _)m
また、この書き込みもあなたの質問に対する回答になっていないことを、平に、平にお詫び申し上げます。
さらに「探る」という言葉も適切ではありませんでした。
(可能性は考えたのですが悪い方に取られてしまいました)
申し訳ございませんでした。
私はもっとあなたを理解したかったのです。
どのような考えをお持ちなのか…。


以下を「言い訳」と取っていただいても構いません。

最初の私の質問は、このような形態のコミュニティでは、確かに不適当です。
しかし、「この場しかない」こともご理解下さい。

また、私が「学校の先生方に多くの知り合いを持つ塾講師である」と書いたのは、
その内容から、学校内部をうわべしか知らない人間の、
想像や推測だと判断されるのが良くないことだと思ったからです。
それにしてもやはり私に落ち度がありました。m(_ _)m

突然ですが、経験上、
「ダブルスタンダード」をお持ちの方が多いように感じています。
つまり、自分がクリアできている段階を認識せず、
自分がクリアできないことを不当であると認識してしまうことです。(わかりにくいですね(^^;))

例えば(実話ですが)、塾で、月謝の支払いに由来する授業に参加している生徒がいるとします。(当然ですね(^^;))
そこで、別料金の、全く別メニューの、有料授業枠が出来たとします。
この有料授業への参加は「自由」です。

すると、「お金のある家の子は有料授業に参加できて成績がもっと伸びる。
うちは余裕がないので参加できない。不公平である。」
とおっしゃったお母さんがいます。
この方は、「自分の子どもが塾に通えている」という事実を忘れていらっしゃいます。

そうです。塾にすら通いたくても通えない子もいるのです。

それらの方々から見れば、塾に通えていることが既に不公平であることになります。
しかし、そのことには気づいていらっしゃらない…。
ご自分の子どものことしか見えていないのです。

誠に申し上げにくいのですが、masa-pata-miyaさんにも
その可能性があるのでは?と考えたのです。
これがあの書き込みの背景です。

masa-pata-miyaさんの質問に対する私の回答は
「今回の選抜は妥当である」です。

私としては書いた「つもり」です。
でも、「つもり」ではいけないんです。相手に伝わらないと…。

今回のことは非常に勉強になりました。
仕事に、私生活に、生かしていきたいと思います。

最後に、一応この書き込みを「回答」とさせていただきます。
アドバイスとも言えそうにないですし、補足要求とも言えそうにありません。
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この回答へのお礼

本当に度々恐縮です。

早速ですが(前の回答の件で)「実態を知らないのに意義を唱えることが出来た」とすれば、それは多分憶測でしかないと思っています。
何もしないうちから憶測だけで異論を唱えるのは非常に難しい事です。
それこそ、上手くいくかもしれない可能性を、はなから否定してしまう事になります。
何か良い方法があったとすれば、今後の為に是非お聞かせ頂ければと思います。

確かに学年通信を読んだとき、「これでいいのかな?」とは思いました。
しかし、もし予測されるような事態になったとしても、
それはほんの少しの教師の温かい声掛けで回避できたはずです。
その事についてまで「すべての事を教師一人の肩に背負わすな」と言われたとしても、そこはやはり納得がいきません。
教師の持ち分だと思っています。

責任の転嫁と捉えられるかもしれませんが、
コンテストで決める方法を選択したのは先生方です。
予測する、そしてリスクを最小限に食い止める・・・という点で、私達よりずっと近い場所にいらしたのは先生方ではないでしょうか?
そのことの予測やフォローが出来ないくらいなら、
やはり楽曲のレベルを下げるべきではなかったかと思えても仕方の無い事だと思われませんか?

話は変わりますが、私からしてみれば、有料授業を受けられない事を不公平だなどということ自体、おかしいんじゃないのかな?と思えます。
そして今回の私の質問に対してそのようなお答えが返ってくること自体・・・謎。
その事についてはcharrさんとは少し違った考えの元で・・・私も否定派です。
お金を出さない、又出せないのですから、まずは自分達の経済力を責めるべきでしょう。酷なようですが、塾を責めるのは甚だオカドチガイ。
働いた分しか会社は給料を出しませんからね(笑)。
完全に矛先が違っていますよね。しかし、そんな親ばかりですか?

「親」と聞けば、みんな同じであるかのように疑ってかかるのは少し行き過ぎではないでしょうか。
特にそうやってたった僅かな事柄で決め付ける・・・申し上げにくいですが教育者の行いではないように思います。
確かに、同じお金を払っているのに授業内容が全く異なっていて、それが個人個人のレベルに合わせたものでもなんでもなければ、それは問題でしょうけど。
なぜその事をひきあいに出してこられたか、どうも、今ひとつ理解ができません。
馬鹿なんでしょうか?

確かに親は往々にして我が子かわいさのあまり盲目になることくらいあるでしょう。
かといって、全てを同じにしか見れないとすれば、そういう方こそ、もう少し広い視野を持つよう努力すべきだと思えてなりません。
子供はみんな同じ性格をしていますか?
親は皆同じような人間ばかりですか?
何かホント刹那い・・・。

競争社会が生み出した悲しい現実です。
一人一人、1つ1つを大切にする心、これからの社会や教育が目指すところですね。
私などに言われなくともお分かりでしょうが、今の日本社会がどのような教育を必要としているか、
そしてそれが同時に、教師の皆さんにとってはどれほど苦痛を伴うものか・・・。

>今回の選抜は妥当である
了解しました。私もかなり気持ちが揺らいでいます。

本当にお世話になりました。

お礼日時:2001/10/25 05:06

先日も回答させてもらったものです。

興味がある話題でしたのでずっとみていました。masa-pata-miyaサンに批判的な意見もいくつかあるみたいですが、私の意見。
能力の優、劣によって人を選抜するやり方っていうには当たり前だと思いますし、世の中そういう決め方の方が多いでしょう。でも正直1年生の音楽会にそんな方法をとらんでも… と思うんです。やりたい子にやりたい物をさせる。希望者が多かったらどうしたらいいんでしょう?話し合いをしても決まらなかったらジャンケンいしたらええやないですか。結果、へたくそな子の方が選ばれるかもしれません。そしたら他の子供たちがその子がうまくなるようにみんなで練習するんです。音楽会にむけってて。と言う雰囲気に先生が持っていって欲しいんです。
子供も段々大きくなってくるとそういうのが照れくさくなったり、邪魔くさくなったりしてくるんです。だから、幼い今やからこそ そういうことを学校生活の中で教えていって欲しいんです。
上手な演奏を披露することももちろん大事ですが、へたっぴーでも「みんなで協力してここまで出来るようになったよ」というのも大成功やないかと私は思います。
この時代そんなことが出来にくいのを学校の先生一人のせいにするのは無茶やと思いますが、はなから劣るほうを切り捨てる方法はやはり首を傾げます。
それと よく平等、平等といいますが、どうしていつも平等やないといけないんでしょう?うまい事書けなくて誤解されそうなんですが、その時々で目立ってるやつ、光ってるやつ、輝いてるやつがおってもいいじゃないですか? 1年間あるんです。みんながどっかでヒーローになってたっていう思い出を作ってやるのも先生の仕事だと思う。と言うよりそれが出来るのは先生しかいないと思う。
自分の考えばかりで前回同様、やっぱり回答になってなくてすみません。
 
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この回答へのお礼

pop7777さん、何度も有難うございます。

先生方からすれば“高度な楽曲の選択”は“保護者の喜び”に繋がると思われているのかもしれませんが、そのへんのところはどうでしょうね?
実際はそういう親って少ないんじゃないかな?

生活面においても殆どの親は「やさしい子供になって欲しい」「友達と楽しく過ごして欲しい」と願っているのではないでしょうか?
pop7777さんもご回答を拝読するたび、そのような親御さんに思えてなりません。
「競争で勝て」とか「出来ない子にはそれなりの事をさせておけばいい」なんていう考え方の子供に育って欲しい親なんてそんなにいませんよね。
多分いたとしてもごく僅かでしょう。と願いたい。

子供の教育は皆さんのおっしゃる通り親からです。
そして取り巻く大人達全てが、良い面でも悪い面でも教育者となるのです。
教育者は教師だけではありません。
しかしpop7777さんがお書きになっているように、教師でなければ出来ない事があるからこそ、職業として成り立つわけです。
一人一人のことなどいちいち考えてられないようであれば、
お金をもらう資格などありませんよね。
それなら、私達にだって出来ます。

教師はどこまでいってもプロであること、またプロを目指している事を忘れてはなりません。
お金をもらう以上、どの職業にも言えることだと思っています。
失敗はある、迷う事もある、だけどいつも一人一人を見守っているんだという気持ちは持たなくてはなりません。
それがそんなに無理な事でしょうか?
うちは今まで運が良かったのか(←くじ引きみたいな言い方して・・・スミマセン)、
そんな事はないという確信をもたせてくださる先生方に多くうけもって頂きました。
(出来ないことではありません。親もそれ程完璧で高度なものは求めていないのですから・・・)

そうなる為に大変な努力をしてくださっている事も様々な場面で伝わってきます。
大変ですが、その努力があるからこそ、プロなんだと思います。

昨日の朝日新聞の朝刊でしたか、タイミングよく私の質問に通じる内容のものが掲載されていました。
現状ではやはり切り捨て教育はやむをえないという観点から、決して否定してしまえる問題ではないということも分かりました。

今回の選抜の仕方が切り捨てであるか否かは、まだ確信を得ていませんが、
しかし決して納得してはいけない問題であると強く思います。
子供の切り捨てが指導力のなさという側面から追求されはじめた場合、いつかは教師の切り捨てに繋がるものであるということは理解しておかなければならないと思っています。

お礼日時:2001/10/25 01:53

 三度も本当に申し訳ありません。


 お返事を書くのも大変かと思いますが、2度目の書き込みでどうやら誤解が解けたようでほっとしましたのでまず、そのことを申し上げたかったのもありまた書き込ませていただきました。とはいえ、書き込ませていただいた理由はべつにそれだけではなく、楽曲のレベルの選択についてまったく同感であることを申し上げたかったというのが本題です。
 さて、実は先に書く込ませていただいた経験の末、私は中学から吹奏楽をはじめました(俗に言う、「今に見てろよ」という感じにです)。そして、その中で学んだことがmasa-pata-miyaさんがおっしゃっていることに対し、経験者としての裏づけになると確信しています。
 実際、楽曲を演奏して聞き手をとりこにするのはその難易度ではありません。より重要なのは簡単な曲でも良いのでとにかくアンサンブルをぴったりあわせることです。ですから、実際に楽曲の選択はあえて難しい曲に挑戦するよりも、能力内で演奏でき、全員の息をぴったり合わせるだけの余裕があってしかるべきなのです。ですから、先にどなたかが「誰でもできるような曲は面白味もないにもない」と言われていましたが、そんなことはないのです。アンサンブルができたとき、たとえ「チューリップ」でも「かえるの歌」でもその曲はとても素晴らしく聞こえるものです。それが音楽というものですから。
 ですから、私も子供たちでもちゃんと調和を乱すことなく演奏ができる程度の楽曲を教師は選んであげなければいけないと思います。そして、そのアンサンブルの楽しさを覚えさせてあげるのが、小学校における正しい音楽教育ではないかと思います。
 好きこそ物の上手なれ。まずは音楽は楽しいということが教えてあげられるように、適当な曲を選び、きちんと本人の能力、やる気の双方を重視してパートわけを行ってあげるというのが結論としての教師の勤めだと思います。

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 それから、ぶしつけで申しありませんが、charrさんに一言申しあげます。
 先に出したあなたの質問の仕方がそもそも失礼です(というより喧嘩を売っているようにしか思えません)。他人に礼儀云々おっしゃる前にご自分の振りを直されたほうが良いのではないでしょうか。私の書き込みに対して書かれたお返事についても引用されているようですが、それに関しては単純に私の言葉が足りず、おそらくはみなが笑ったものと誤解されたためのものと認識していましたので(そしてそれはおそらくそう外れていない認識であると思います)、私も二度目の書き込みで補足させていただいています。そして、教育というものを考えるとき、おそらくは誤解されたとおりのことが起こったのであれば、私もまったくmasa-pata-miyaさんがおっしゃる通りだと思います。

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 以上、何度も申し訳ありませんでした。
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この回答へのお礼

sarukanさん、三度でも四度でも歓迎しますよ。charrさんもね。

お書きの通り、私はそう思っていたのです。
難しい曲も確かに素晴らしいと思います。
しかし、「かえるの歌」を本当に美しく合唱や合奏する事が出来ればもっと感動しますよね。
「え~!あの歌がこんな風に・・・」と目からウロコですよね。
普段聞きなれている曲が先入観を超えた登場の仕方をすれば、それも立派な芸術です。

同じ様な事で思い出しましたが、読書を趣味とするある身近な方が、
映画化された作品を見る度「原作とかけ離れていてなんかねぇ~(←不満そう)」とおっしゃるのがとても気になります。
私も読書は好きですが、「へぇ~、こんな風にもなるのか・・・」と思いながら見ているのですが。
多分その事に何を求めているか?ということなんでしょうね。

音楽会も同じ事が言えるかもしれません。
何を求めるかは、人それぞれ違いがあるということなんですね、きっと。
だから私の思うような又願うようなものが、必ずしも子供達や先生、全ての保護者に共通のものであるとは限らないし、そんな必要もないのかもしれませんね。
そう言った意味でも、やはり私は「完璧なものを求めていた」ということになります。
反省、反省・・・。

それから、charrさんに関しては、私も至らない点が多々あるように思いますので、
私も同時に責めてください・・・。
質問する際「後日先生に伝えた・・・云々」という部分を省いて質問すれば良かったと後悔しています。
どうも矛先が違ってしまった理由は、そこにあるのだと感じています。私の落ち度でした。
皆さんには大変気分の悪い思いをさせてしまって、本当に申し訳なく思っています。
でもこうして色んな皆さんのお話を伺ううちに、(charrさんがおっしゃった事なども含めて)自分が少しづつ変化しているのを感じています。
色々な意見を主張し合う事って大切な事なんだと痛感しています。
皆さん、まだまだご意見下さいね。

お礼日時:2001/10/25 00:48

>見当違いの回答はご遠慮願います。



とは随分横柄ですね。正直言ってがっかりしました。
あなたの質問に対してたくさんの方が時間を割いて回答しています。
が、あなたは「そんなことを言っていません」と書かれていることもあります。
私の質問に対してもそうですね。
どなたかも書かれていたとは思いますが、
聞く耳を持っていらっしゃるのですか?

>「上手い子供にしか権利が発生しない選抜」という方法についてです。
>音符が読めない・・・下手である・・・者には可能性は否定されてしまうのか?

では、あなたの文から引用しますね。
(本来は揚げ足取りのようになってしまうのでしたくないのですが、「そんなこと言ってません」と言われると不毛ですから)

あなたは「結果平等」にこだわりすぎです。
これは近年の学校教育の諸悪の根元です。
ある意味、あなたはそれに毒されているかもしれません。

「機会平等」の立場からは「選抜」は平等です。
ご理解いただけますか?
「選ばれる可能性」は否定されていません。
(下手な子にとってはかなり低い可能性ではありますが0ではない)

「結果平等」は「機会平等」を引き合いに出すために書きました。
あなたはそんなこと言ってませんからね。(^^;)

コンテストに参加できないというのなら不平等ですが、
息子さんはチャレンジすることは出来たのでしょう?
ならば、今回の選抜は不当ではありません。
(ベストだとは言いませんが、最もベストに近いと思います)

また、
>いきなりでスミマセンが「下手なものを笑う」時点で、すでに教育は失敗しています。

とお礼に書かれていますが、この書き方も失礼ですね。
お礼ではありませんよ。これは。
誰の教育の失敗だとおっしゃりたいのですか?
先生・学校の失敗だとおっしゃりたいのですか?

これは親の失敗ですよ。

先生にとってはたくさんの子どもの中の一人。
あなたにとってはたった一人の息子。
(何人お子さんがいるか存じませんが、今回話題の息子さんは世界にたった一人ですよね)

これは事実であり、だからといって先生の立場は批判されるべきものではありませんよ。
先生は常に全体のバランスを考えて行動されているのですから。(普通の先生なら)

私の質問にはそのあたりにどんな感覚をお持ちなのかを探りたい、という意図がありました。
直に話すときもそうですが、初めての人との会話ではお互い探り合いですよね。(表現が適当でないかもしれません)

とにかくあなたは息子さんのことしか見えていないのです。それを、人様の子どものことなどわかるはずもないでしょう?、と・・・。それは、

>傷ついている子供がいることを知らなければ異議の唱え様がありませんね。

というあなたの文でも容易に想像できます。
これも近年の日本の教育の諸悪の根元ですね。
(地域・家庭まで含めた)
冷静に考えれば想像できないほどのこととは思えません。
知ろうと思えば知ることも出来るでしょう。

でも、当然、普通の先生はそこまで考えています。そして実行しています。
クラスの子どもたちの人間関係や個人の性格などから、
総合的にどんなことが起こりえるかを。

>上手い子を選抜する方法では、習い事をしていない子供や不器用な子供は、
>毎回「やりたくない楽器」を担当させられるわけです。

とも書かれていますが、これはなんとも言えません。
そのような行事に参加することすら嫌がる子も現実に存在するのですから。
あくまであなたの息子さんのお話ですよね。
それをさも一般化するような発言。

私には
「私の息子はやりたくない楽器をやらされることになった。とにかくそれが気に入らない。」
とおっしゃっているようにしか聞こえません。
視野が狭いように感じます。
それを「下手でもみんなが輝いている~」とか
「楽曲のレベルを~」とか理論武装しているだけのように見えます。

その上でもう一度お聞きします。

もし息子さんが、あなたが問題としてらっしゃる「選抜」によって
希望通りの楽器担当になれたとしたら、あなたはその方法に異議を唱えますか?

ここまで書いたのではっきりさせますが、
私は学校の先生を多く知り合いに持つ塾講師です。
そういった立場の人間の発言であると認識していただければ幸いです。

この回答への補足

スミマセン、今から子供と「お馬ちゃんごっこ」する約束していましたので、タイミング悪くてホント申し訳ありませんが、寝付くまで返答できません。
「お馬ちゃんごっこ」が終わって寝たら(11時ごろかな~)必ずしますので、
待っていてください。
この質問で主人公の“彼”が、さっきから横でウロウロしていて落ち着きませんので。

ちなみに「お馬ちゃんごっこ」とは
単に馬になるだけではなく、現代的にサイバーティックな話し方をする馬になります。
時々5回まわるというような指示を受け、ヘロヘロになっています・・・。

今から頑張ってきます。

補足日時:2001/10/24 21:48
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この回答へのお礼

何度も有難うございます。

しかし、すぐに受け入れられるなら、ここであえて質問する必要はありませんでした。
みんな「自分の意見は正しんじゃないかな?」と思うからこそ、
「でももしかすると間違っているかな?」と不安だからこそ、
第三者に尋ねるわけです。
何故第三者か・・・それは当事者では感情が入りすぎて本当に大切な部分を見逃してしまう恐れがあるからです。
冷静な意見こそ必要なのです。

しかし回答者の意見(貴方の先ほどの回答は意見でも回答でもありませんでしたよ)をすぐに受け入れられないからと言って責めるのは、少しおかしいんじゃないですか?
色んな意見を聞く中で、又自分の意見を言う中で、少しずつ確かなものを見つけていければ良いと思っています。
質問に関する回答は、この質問に限らず、誰かの意見が必ずしも正しいと言ったものでない事も多いのです。

勿論明確な回答がある場合も沢山あります。
しかし、そういう質問は、余程専門的なもので、どの辞書をくればよいかさえ分からないようなもの以外は、大抵は自分で辞書をくれば又インターネットで検索すれば、すぐにでも答えが判明するものが殆どです。
私の質問はそういったものではありませんので、より多くの第三者の意見が重要です。

私が本当に聞く耳を持たないとすれば、自分に反対意見が多いこの質問をすぐにでも締め切ることは可能でした。
私は質問する時点で、反対意見が多いかもしれないことは十分覚悟していました。
だから貴方のように少し的外れな質問も多分来るであろう事もね・・・。

>ここまで書いたのではっきりさせますが、私は学校の先生を多く知り合いに持つ塾講師です。そう言った立場の人間の発言であると認識していただければ幸いです。

それがどうかしましたか?貴方が塾講師であろうが、先生を沢山知っていようが、あなた自身の意見には何ら関係のないことのように思いますけど。
その事をたてに自分の意見がさも意味あるかのような発言こそ、現代社会の諸悪の根源(貴方のお言葉拝借致しました・・・)だと思います。
理論武装しているのは貴方の方ではないですか?

質問の回答欄で質問を繰り返す行為は回答欄で正しい行為と言えますか?
揚げ足取ばかりしているのに、そのような事はしたくないと書かれているのも変な気分になります。
最初から揚げ足とりな回答を下さったのはcharrさん、貴方ご自身ではないでしょうか?

私の事が探りたいようですので、ハッキリ申し上げますが、探られるような事は何一つ持ちえていません。
一人の人間でしかありません。

最後になりましたが、charrさんがおっしゃるように
学校の先生方が色々考えて出された結果である事は理解しました。

ただね、十分考えた結果が、必ずしも正しいとは限らないのです。
間違いがあれば訂正すべきなのです。
教師が必ずしも正しいとは限らないのです。
我々親でさえ試行錯誤の毎日です。正直言って「失敗したな~」と感じることさえあるのです。
親の方も一生懸命やっています。
でも先生から「こうしてはどうですか?」ある時は「もっとこんな風に・・」というような、私の願い同様やはり理想論に近い指摘があったりします。(←自分で分かってる?・・・笑)
そのたびに「私は十分考えた結果です」とは言いませんよ。
何故なら先ほども書きましたが、十分考えた事が必ずしも正しいとは限らないからです。
charrさんの塾の保護者の皆さんは、そうおっしゃいますか?
もしそうなら、逆に素晴らしいと思います。
それ程の自信をもって教育できているとすればそれ以上の事はないかもしれません。
私なんぞは、やっぱり心のどこかでは自信がないから、こんな風に皆さんのご意見おうかがいしてる始末です。

charrさん、お気を悪くされるでしょうがこんな事くらいしか書けません。
申し訳ありません。

お礼日時:2001/10/24 23:52

私はまだ学生で、教師になる予定も子供をもつ予定もないのですが、一言。



私は小学校に上がる前から、ピアノを習っていました。(と~っても下手でしたが)
音楽会の楽器決めにはいつもドキドキワクワクでした。
習っている割に、苦手なピアノは絶対にやりたくなかったので。(笑)
いつも、他の楽器を希望してた変わり者でした。
で、私のいた小学校では、同じ楽器に必要以上の人数が希望した場合は、じゃんけんで決めることが多かったと思います。
公平って言えば、公平ですね。
でも、じゃんけんで決めると、その楽器を出来ない子や楽譜を読めない子が勝ったりするんですけどね。
そのときは、出来る子が楽譜に音階をふってあげたり、教えたりしてました。

これって結構理想の形なんでしょうかね。
でも、コンテストっていうのも1つの形かなって思うんです。
コンテストをすることによって、納得のしようもあるからです。
もしじゃんけんで決めた場合、音楽の得意な子がじゃんけんに負けてしまったために希望の楽器につけなかったとしましょう。
希望の楽器には、不得意な子がついたとき、その得意な子は「私のほうが上手にできるのに」って思うかもしれません。
しかし、コンテストをしたなら、こういうことは起こりえないと思うのです。

きっと、masa-pata-miyaさんのお子さんも、得意な分野があると思います。
その部分で伸びればいいような気もします。
(私は体育が苦手で、リレーの選手に選ばれない事に喜んでいた記憶がありますが・・)
あと、お子さんがやりたくない楽器でも、その楽器があることでその楽曲が成り立っているということがわかるようになるといいですね。
(小学1年生には難しいかな。ちょっと目立つ部分があるといいんですが)
だって、人気の楽器の数が希望者の数だけあるとは限りませんから。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>苦手なピアノ絶対やりたくなかったので・・・
習っているのに下手だと余計プレッシャーかかるんでしょうね(笑)。

上の子がおりますが、下が残念がっているのを横で聞いていて
「何で、そんな決め方したんやろ?ぼくらは又ジャンケンで決めたで。いっつもそうやで」と言っていました。
確かに今回のような事は今までなかったのです。
だから実際上の子は1年の時から、音符も読めないし、決して上手くはないのに、
木琴もピアノもさせていただいていたのは事実です。

>私の方が上手に出来るのに・・・
という感情がおこること自体が、すでに悲しいことですね・・・。
それをコンテストで避けるのではなく、その時の先生方の言葉掛け次第で
(帰宅後は私達保護者の言葉掛けも重要である事は言うまでもありませんが)
大きな目で見て、もっといい方向に向かわせる事ができると思うのです。
「○○ちゃんはピアノが得意だったよね。ピアノに決まった△△さんも頑張るから、分からない時や出来ない時は助けてあげようね!一緒に頑張ってみようよ!」
と、こんな風に言う事もできるのではないでしょうか?
そしてその方が得意な子供にとっても、上手い下手などということより、もっと大切なことが学び取れるのではないですか?

とは言うものの、まだ1年生です。
おっしゃるように子供自身が、我々大人が望むような方向に向いてくれるとは限りません。
それを強制するのもおかしな話ですもんね。

>・・・得意な分野があると思います・・・
ありますよ、沢山ね(笑)。私が負けていること一杯あります。
パソコン(1年生にはふさわしくないかな?)を触らせれば多分全学年を合わせても5本の指に入るんじゃないかな?どんな基準や?一応言葉のあやとして・・・。(笑)。
自慢するわけではありませんが、勉強も出来る方だと思います。
体育は苦手(出来る方なんだけど本人はもっと上を望んでいるらしい・・・)、でも運動会は大好きです。
泳ぐのは苦手(これは本当に苦手かも・・・)、でもプールは大好き。
歩くのが嫌い(なまくら者です)なくせに遠足は大好き。
友達も沢山います。おもしろいでしょ。
又、出来ないもの=嫌いなものという考え方を持っていない息子には
いつもエールを送っています。

出来ない人間は別の分野で頑張れ・・・的な発想は極めて個人主義的な発想です。
適材適所と言われる方もいらっしゃいますが、“人を育てる努力”をしない学校や会社に明るい未来などないと思っています。

お忙しい中有難うございました。

お礼日時:2001/10/24 21:26

難しい問題ですがmasa-pata-miyaさんは間違っていないと思います、理想論だとも思わないです。


その先生は根本的に間違っています。

ピアノをやる事になった子自身ががやはりピアノを強く希望したなら、コンテスト形式というのはまぁ、競争は世に出るといっぱいある事なのである意味教育かも知れません。
『うまいほうが何かを勝ち取るのが世の摂理だ』『コンテストは公正』と言うのは一理あります。

しかし音楽とスポーツの順位と同等には語れません。
音楽でプロになりたいやつは順位の厳しさを知るべきですがそうでないひとはまず楽しむ事が前提です。

また教育と言う意味では、社会に出て自分とはレベルの違うものと折り合いをつけながらうまくやっていかなければいけない事は非常にたくさん起こるのでmasa-pata-miyaさんの言っている事は正しいです。

お子さんが音楽を通して「勝ち取れなかった悔しさ」・・そんな思いをしなければいけない理由はどこにもないのです。
また『その悔しさをバネにする』・・という発想は音楽から一番遠いものですね、音楽は戦いではないのですから・・。

なぜ何がなんでも全てに各楽器を与えなければいけないのか分りません。
『誰もやりたがらない楽器を無理矢理誰かにやらせる』
『あらかじめ用意した各楽器1台に一人づつ割り振る』
こんな考えしか出来ないところが学校の先生の頭の悪いところです。
柔軟性がなく発想が貧困ですね、じゃぁ楽器がないと、譜面が読めないと音楽はたのしめないのかってぇの。
まぁ学校の先生なんて世間知らずだからそんなもんです。

>出来る子も出来ない子も助け合いながら一緒に成長していく所にあると思う>のです。
>たとえ下手でも皆が輝いて見える・・・そんな音楽会が見たいのです。

こと音楽に関してはmasa-pata-miyaさんの意見が正しくてそうでない意見が間違っているのです、御心配なく。
自信もってそのバカな先生に抗議して下さい。
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この回答へのお礼

はじめまして。

私が心に感じていた部分を、ほぼ完璧に近い状態で書いて下さった・・・という感じです。ちょっとだけほっとしています(正直な気持ち)。
ただ、持論に賛同いただいたからではないことだけは、ここでしっかり書いておかないと又誤解されるかもしれませんので・・・。

なんかね、何でもスパスパ切り捨てるやり方って、ホント音楽の世界とは両極端じゃないかと・・・。
喜びや希望を与えるものだと思います。
たしかに皆さんのおっしゃるように現実はそんな甘くないのかもしれませんが、
現実の厳しさは、子供自身が納得出来るもっと別の場所で教えればいいんじゃないかなって。
子供だって良く分かっています。
徒競走で「みんな一緒にゴールしようね!」と言えば、「そんなん変や~ん」と言うでしょうね。
それに良く走れる子は「僕絶対に1番になるで!」と言うでしょう。
足の遅い子は「あ~またかぁ~。いややなぁ運動会・・・」と思うでしょう。
そこには“競争理念”が自然な形で存在しています。
無理せず理解できる、それが“納得”ではないでしょうか?

ちなみに、プロと呼ばれている現代ミュージシャンの中に音楽を“基礎から”学んだ方どれくらいいるでしょうね?
使って覚える・・・これも大切じゃないでしょうか。

余談ですが、1学期の学級PTA(おこづかいについて)で驚いた事。
「うちの子はお金の事分からないから持たせません」というお母様がいらっしゃいました。
“持たせないから分からない”のです。
勿論お小遣いを与えるか与えないかではありませんよ。
それは各家庭の問題ですからね。誤解のないように。

hiphop1234さんのお子さん、きっと夢のあるお子さんに育たれると思います。
ただ「学校の先生の頭の悪い・・・」は、そうでもないと思いますよ。(笑)
有難うございました。

お礼日時:2001/10/24 19:30

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Q子供の友達の親に言ってしまいました。

子供の友達の親に言ってしまいました。
小学二年の娘の友達で1年からほぼ毎日のように遊びに来る子がいます。週二日はその子のうちで遊ぶ約束なんですが親が嫌だと言ったからと家に来ます(その子のママ曰く勝手に出て行くらしいんですが)その子のとっては都合がいい家なんでしょう。

その子がなかなか言うことを聞いてくれない子であがっちゃだめと言う日も勝手にあがってきたり、お菓子に文句付け自分の好きな物を用意してといったり、冷蔵庫を勝手に開けて棚の食べ物を取り出して食べていいと食べたりなど、ひどいときはその子が嫌いな子は家に入れるなと言う始末、うちは5時までが遊び時間と決めていたのでその子にも言っていたのですが、私は5時半までだからと何回言っても聞いてくれずそれどころか延長するように言ってきます。(最終的に追い出しましたけど・・・)

毎回だめと注意し厳しく言ったのですがなかなか帰ってくれず約束守れないなら出入り禁止にしようと考えたのですが娘が一番気に入っているお友達だったのでそれもできずどうかと迷いましたが、親に時間のことだけは手紙を書いてお願いしてみました。すると怒られたらしく時間を守ってくれるようになりました。しばらくは良かったのですが、最近まただんだんと時間がきても帰らなくなり延長をしてと毎回行ってくるのでもう聞き流して時間がきたら帰らしてました。

親に毎回言うのも嫌だし毎日そうしていたのですが、この前子供に今日は用事があるから遊べないと伝えてといった日があって娘が学校の帰りに言ったらしいのですが「私も一緒に行くから大丈夫!」と何回断ってもだめだったそうです。たまになら許せますが毎回です。

子供も少しあきれた様子でもう嫌だといっていました。でもさすがに来ないと思っていたのですが、けろっとした顔で遊びに来てました。「今日は遊べないって言ってなかった?」と聞くと「うん、聞いたけど私も一緒に行くから大丈夫」というのです。

一緒には連れて行けないので帰るよう促したのですが「何で?」と帰ってくれる様子もなく注意しても聞くどころか笑っていてうちの娘のほうがごめんなさいと泣いて私に謝っていました。たぶんなめているんだろうとも思いましたが次からは約束守るように言ってその日は公園で遊ばせるようにしました。

おかげで予定も狂ってしまいイライラしました。子供の言うことで腹を立てるのも大人げないのですが、今までのこともありどうしても我慢できず親に電話しその日のことを説明し用事があるときは来ないようにお願いしました。

ところが違う意味にとられたのかその子が親から2学期始まるまでおうちに遊びに行くのも呼ぶのも禁止にされたそうです。そこまで言ったつもりはないのですが相手もいい気がしなかったのでしょう、結果的に娘に寂しい思いをさせてしまいました。自業自得ですが我慢してれば良かったのにと反省しています。注意しても聞かない子にはどう接したらいいんでしょうか?またどう我慢してますか。

子供の友達の親に言ってしまいました。
小学二年の娘の友達で1年からほぼ毎日のように遊びに来る子がいます。週二日はその子のうちで遊ぶ約束なんですが親が嫌だと言ったからと家に来ます(その子のママ曰く勝手に出て行くらしいんですが)その子のとっては都合がいい家なんでしょう。

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小学校2年生の男の子の母です。
似たような子が息子の友達にもいます。。

はじめのうちはその子ももう少しおとなしかったのではないですか?
遊びにいく回数が重なるにつれて?このおうちでワガママ言っても大丈夫?
と思ってしまったのでしょう。
おそらく質問者さんの家で起こっていることが親にきちんと伝わっていなかったんだと思います。
息子の友達がそうでした。

それまでは基本的に子供のことは子供同士で考えさせ、決めさせて自立心を養わせようと思っていたのですが、息子はそれが完全に裏目にでた形で大きなトラブルになってしまいました。

それ以降、私も反省し、遊ばせるときにはなるべく親同士も一緒に顔を合わせることにしました。
子供の友達と、そのママを家に一緒に呼ぶのです。
うちはマンション住まいなのですが、ドタバタとするような時は
『下の人に迷惑だからドンドンしないでね~!』と注意します。
するとだいたいの親が『こらっ○○!気をつけなさいよ~!』と怒ります。
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ちなみにその子は親が一緒に遊ぶ時間を作れないので、少し可哀相かもしれませんが
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息子もさすがに懲りたようで、約束はきちんと守っています。

私がこのくらいの年齢の頃はもっと自由に遊んでいた記憶があって、
自分の息子にも同じ感覚でいたかったのですが、時代の流れでしょうかそれがとても難しいことなのだと思い知らされました。
時には娘さんに寂しい思いをさせてでも、親がトラブルを回避してあげるべきだと思います。

質問者さんは電話して正解だったと思いますよ。
相手の親もきっと今までの行動から察して厳しく言ったのではないかと推測しますが、
万が一相手が気分を害してしまっていたとしても、いっそのこときっぱり割り切ってしまいませんか?
親同士の価値観が違うのだ、と。
ここで我慢しているとそのうちもっと大きなトラブルになる可能性が高いと思います。

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3年生になるとグループ同士の対立なんかもたびたび起こっているようです。
もし可能であれば、娘さんに今からでも他のお友達と仲良くするように
言葉が悪いかも知れませんが誘導してあげるのもひとつの手かとも思います。

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グロッケンと鉄琴は、どう違うのでしょうか。
それとも同じものの呼び方が違うのでしょうか。
小さい鉄琴をグロッケンとよんでいるようなのですが…。

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金属製のものを総称して鉄琴というなかで、共鳴筒のないのが「グロッケンシュピール」です。
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音域がピッコロと似ていますし、かなり高く目立つ音がします。

間違えるとよく目立って悲惨な思いをしますので、演奏するのに気を使う楽器でした(それは私だけかしら……)。

Q小学校1年生向けの合唱曲(^^)を探しています!!

小学校1年生向けの合唱曲(^^)を探しています。

元気があって、元気の出る歌詞でお勧めの曲はありませんか?
120人ほどで歌います!

ぜひよろしくお願いします!!(^^)/

(掛け合いがあったり、
踊れそうだったり、
歌詞が「なかま」とか「ともだち」とかがテーマなら、なお嬉しいです!!)

Aベストアンサー

WAになっておどろう
このゆびとまれ
虹のむこうに

おもしろソングでは
ラジャ マハラジャー
夢みるこねこ

あたりがウチの子の学校の1年生の合唱では人気ですよ。

Q幼稚園 鼓笛隊での役割…

秋季運動会の練習が始まりました。
家の娘は6才。
今日、初めて鼓笛隊の話を聞かされ、お友達はピアノ、大太鼓、小太鼓、木琴、等など、他にも楽器があるようなのですが。
家の娘はピアノを習い始めて1年。やはり鼓笛もピアノがやりたかったようですが、小太鼓になったようです。
ピアノに選ばれた園児は8人。
クラスの担任の先生は教室でピアノの課外授業を開いていて、どうやら、それに通っているお友達4人はピアノに選ばれ、別な所に通わせている家の娘が選ばれず、ピアノを習っていない園児残り4人を選んだようなんです。

親として、これで幼稚園にピアノを習っているのに何故選んでくれなかったのかと、申し出るのも情けないし、あまり言いたくないんですが、娘も諦め半分、親としても気持ち的にすっきりしない。
これから、運動会を始め、お遊戯会などある中で、不公平の無いやり方で(子供たちの意見を聞きつつ)先生にはお願いしたいと思っていますが、こういう事は伝えずに、親は我慢すべきなんでしょうか。先生に全部任せるのが良いんでしょうか。
現在年長ですが、年少、年中と、やはり目立った子が中心だったりが多かったので、園生活残りわずか、"我慢"でしょうか。

秋季運動会の練習が始まりました。
家の娘は6才。
今日、初めて鼓笛隊の話を聞かされ、お友達はピアノ、大太鼓、小太鼓、木琴、等など、他にも楽器があるようなのですが。
家の娘はピアノを習い始めて1年。やはり鼓笛もピアノがやりたかったようですが、小太鼓になったようです。
ピアノに選ばれた園児は8人。
クラスの担任の先生は教室でピアノの課外授業を開いていて、どうやら、それに通っているお友達4人はピアノに選ばれ、別な所に通わせている家の娘が選ばれず、ピアノを習っていない園児残り4人を選ん...続きを読む

Aベストアンサー

元・幼稚園教諭です。

鼓笛のパート決め、コレ、すごく大変なんですよ。
全員のパートが決定するまでに2ヶ月くらいはかかります。

ピアノを習っている子が、ピアノになる、って
そんな単純な物ではないんです。
ピアノのように1人で演奏するのではなく、
色んな楽器が一緒になって、合奏するのです。
ピアノがどんなに上手でも、他のパートがめちゃくちゃだと、鼓笛演奏は台無しです。

パートを決める際、まず、どんな楽器があるか、どんな音がでるか、鼓笛の中で各楽器の役割を説明します。
その後、子ども達から希望のパートを聞きます。
希望者の多いパートは人選しなければなりません。
ピアノを習っている子でも、リズム感のない子はいます。
ピアノは上手に弾けても、鍵盤を叩く(木琴・鉄琴など)となると、臨機応変に対応できない子もいます。
器用な子は、ピアノ以外の楽器でも、すぐに対応することができます。
また、希望楽器になれたら張り切って頑張れるのに、希望楽器になれなかったら落ち込んでやる気をなくす子もいます。
希望楽器になれなくても、音楽が好きな子は、前向きに自分のパートを好きになろうとします。
教師側は、子どもの音楽レベルも重視しますが、個々の性格も配慮した上で、パートを決めていきます。

で、ある程度固まってきたところで、実際にその楽器に触れさせてみます。
実際に少し教えてやらせてみて、
この子はこのパートでも、センスがある、ない、などでまたパートを変えたりします。
最終決定・子どもに報告はそれからです。

希望の楽器になれなかった子は、やはりガッカリします。
でも、必ず
「このパートは、大事なパートなんだよ。
 このパートが上手にできないと、みんなの演奏がめちゃくちゃになるの。
 だから、このパートはピアノが上手な○○ちゃんにお願いしたいんだ。
 ○○ちゃんが頑張ってくれると嬉しいな。」
と声をかけています。
子どもはガッカリしながらも、そのパートを好きになろうとしますし、
一生懸命取り組んでくれます。
親の方が諦められないようです。
毎年、パート発表後数日間は、保護者の方から
「どうしてウチの子は希望パートになれなかったのか?」
「○△ちゃんより、ウチの子の方が上手だから、変えてくれ」
など、様々なお願いや意見が寄せられます。
全ての方に、きちんとお話しして最終的には納得・ご理解いただいていましたが。

実際、鼓笛において、太鼓の役割は重要です。
太鼓が暴走すると、曲のテンポがあがります。
めちゃくちゃになります。
太鼓が、しっかり曲の基盤を作るんです。
私がパートを決めるときは、一番「できる」子を太鼓にしていましたよ。

お子さんはすでに諦め入っているとのこと。
質問者様がいつまでもモヤモヤしていると、お子さんも諦めきれないと思います。
ここは、鼓笛のなかでの太鼓の重要性を話してあげ
「お母さん、あなたが太鼓に選ばれて、とても誇らしいわ!!」
と励ましてあげて欲しいと思います。

元・幼稚園教諭です。

鼓笛のパート決め、コレ、すごく大変なんですよ。
全員のパートが決定するまでに2ヶ月くらいはかかります。

ピアノを習っている子が、ピアノになる、って
そんな単純な物ではないんです。
ピアノのように1人で演奏するのではなく、
色んな楽器が一緒になって、合奏するのです。
ピアノがどんなに上手でも、他のパートがめちゃくちゃだと、鼓笛演奏は台無しです。

パートを決める際、まず、どんな楽器があるか、どんな音がでるか、鼓笛の中で各楽器の役割を説明します。
そ...続きを読む

Q優秀な子どもをもつ友人

ずっと仲良くしている友人がいます。
その人の子どもと私の子どもは二人で性別も年齢も同じです。

私の子どもは上も下も学力もスポーツも普通、平凡です。
でも友人の子どもはとても優秀で有名な進学校へ行っています。
下の子どもは出来が悪いのよ~と言っていましたが
結局かなりの進学校に入りました。
友人は下の子も上の子と同じ学校へ入れたかったようで
下はだめなのよね~といつも言っていましたが
私から見れば「どこが?」って思ってしまいます。

うちは子どもたちが普通なので
友人の話が自慢に聞えてしまいます。

またうちの子はいわゆる三流大学の私大に行っていますが
友人の子は有名大学に入りました。
下の子が大学受験を控えているので
すごく憂鬱です。
私は子どものことをあまり友人には話ませんが
友人はいろいろ話てきます。
愚痴っぽく言っていますが全部自慢に聞えてしまいます。
聞きたくないので会いたくなくなってしまいます。

そのことがなければとてもいい人なのです・・・

彼女の話を聞いていると
自分の子どもたちがダメな子に思えてしまう自分が嫌です。

どうか私の気持ちの持ちようをご享受ください。

ずっと仲良くしている友人がいます。
その人の子どもと私の子どもは二人で性別も年齢も同じです。

私の子どもは上も下も学力もスポーツも普通、平凡です。
でも友人の子どもはとても優秀で有名な進学校へ行っています。
下の子どもは出来が悪いのよ~と言っていましたが
結局かなりの進学校に入りました。
友人は下の子も上の子と同じ学校へ入れたかったようで
下はだめなのよね~といつも言っていましたが
私から見れば「どこが?」って思ってしまいます。

うちは子どもたちが普通なので
友人の話が自慢に聞え...続きを読む

Aベストアンサー

わかるわー。

でも私から言わせると、アナタのお子さんたちが「フツー」ってだけで、うらやましいわよ!

ウチなんて…ウチなんて…うっうっう。

友達のお子さん(ママ友5人グループ)、みーんな優秀でね、偏差値75くらいの学校の話をしてるのよ。ウチの子だけ、偏差値39。ありえませんよ。わかる?
恥ずかしくって口に出せませんわ。偏差値に30番台ってあるのね、我が子を持つまで知りませんでした(泣)。せめて50前後ならいいのになあ、うう。アナタがうらやましいわ。

でもね、だからと言って、ママ友の友情にヒビなんて入りません。勉強は本人の問題だもん。親が悪いわけじゃなし。(資質の遺伝はあるかもしれないけどそこは無視)

見失ったらダメです。子どもの品評会じゃないんだもん。ママ友の集まりは。確かにそうなりがちだけど。

いいんじゃない?もし、出来の(非常に)悪い子を持つ私に会って、たまーの優越感に浸れるならそれでも別にいいわ。出来る子を持つ親は親で、結構悩みや辛いこともあるみたいだし。静かにニコニコ聞いて「うらやましいわあ、東大かハーバード留学かなんて私も悩んでみたいわ(笑)」とサラリと明るく言ったらいいのよ。

これから彼らのお子さんたちは政治家にでもなれそうな勢いなんですが、ウチのはフリーターかニートやっていそうな感じです(汗)。でも大丈夫。わたしは我が子を愛していると自信を持って言えるうちは。

わかるわー。

でも私から言わせると、アナタのお子さんたちが「フツー」ってだけで、うらやましいわよ!

ウチなんて…ウチなんて…うっうっう。

友達のお子さん(ママ友5人グループ)、みーんな優秀でね、偏差値75くらいの学校の話をしてるのよ。ウチの子だけ、偏差値39。ありえませんよ。わかる?
恥ずかしくって口に出せませんわ。偏差値に30番台ってあるのね、我が子を持つまで知りませんでした(泣)。せめて50前後ならいいのになあ、うう。アナタがうらやましいわ。

でもね、だからと言って、ママ友の友情にヒ...続きを読む

Q悪魔のような「底意地の悪い子供」になる理由

私の子供の通っている園では、一人だけものすごく、底意地の悪い女の子がいます。
優しい人だけには、意地が悪いことばかりをして、困らせ、悪口を言いまくり、常に命令口調で、支配をしようとします。年少から年長まで、ありとあらゆる子に意地悪をして、いじめていたそうです。
いじめたい子がいる前で大きな声で聞こえるように悪口を言ったり、目をつけた子が遊んでいる友達をわざと、ひっぱっていって、一人になるように仕向けたり、ありとあらゆる意地悪をするのです。
そして、うちの子は、何もしていないのに、顔を思い切りビンタされたこともあります。
年長ですが、年少の入りたてから、意地の悪いことばかり人にするので、先生に毎日怒られていたそうです。先生に対しても、数人の先生方が、それぞれ注意をしたりその子の気にそぐわないことをしただけで、その子からの仕返しがすごいらしくて、机や物をバンバンたたいて、命令口調で支持するらしいです。先生は、いつも困っていて、このままでは子供達がかわいそうどうしたらいいのかといつも悩んでいたそうです。その子の親も同じような性格なのか、私が挨拶をしても思い切り無視をされましたり、一度も話をしたことがないのに、散々悪口を言われて、毛嫌いされていました。
そのような事をされる理由は全く分かりません。
質問なのですが、赤ちゃんのときは純真でまっさらで生まれてきますよね。
まだ、小学生前で、この世に生まれて6年くらいしか経っていないのに、どうしたらそのような感じに
なれるのでしょうか。理由が知りたいです。
その子の家庭環境は、都市の新しい一軒家に住み、下に兄弟がいて4人家族です。母親は、働いていませんでして、いつも参観日は来ています。放任主義でもなく、家も貧乏ではない。顔は普通です。
悪魔のように、意地の悪いことばかりするのは、どういう家庭環境だとそうなるのですか?
心理学の観点から、分かることがありましたらなんでも良いので教えてください。

また、それとは違いますが、園には、毎日がお葬式のように暗い子供が何人かいます。
声を聞いたこともないですし、話しかけても無言で常に無表情です。
そのようになる子は、意地の悪い子の家庭環境とは、まったく違いますか?

なにか、心理学の面で分かることがありましたら、教えてください。よろしくお願い致します。

補足: 意地の悪い親だなーとか感じの悪い親だなーとか思った場合は、事実「ほとんどその子供も意地が悪い」です。親は、自分の子供に対しては意地が悪くしないですよね?
でも、どうして子供も意地が悪くなるのでしょうか? そちらも知りたいです。

よろしくお願い致します。

私の子供の通っている園では、一人だけものすごく、底意地の悪い女の子がいます。
優しい人だけには、意地が悪いことばかりをして、困らせ、悪口を言いまくり、常に命令口調で、支配をしようとします。年少から年長まで、ありとあらゆる子に意地悪をして、いじめていたそうです。
いじめたい子がいる前で大きな声で聞こえるように悪口を言ったり、目をつけた子が遊んでいる友達をわざと、ひっぱっていって、一人になるように仕向けたり、ありとあらゆる意地悪をするのです。
そして、うちの子は、何もしていないの...続きを読む

Aベストアンサー

 最近この手のタイプの子は研究されていて、サイコパス的人格です。検索すればわかりますがサイコパス以前の性格に良く見られる前兆です。この手のタイプは自己制御能力が足りなく自分を自分でコントロールできなくなり優越感のまま行動するだけの子供です。優越感を得たいというのは誰にでもありますが、社会的に認められる形に自然となるものです。しかしこの手のタイプの子供は例えば自分が最高の優越感に浸れないとなりふり構わず行動に出し、自分の勢力より弱そうな人間が目の前にいた場合その弱そうな人に対して嫌がらせを平然とし優越感を得ようとします。自ら腹が立てば直ぐに暴力を振い、自分の思い通りいかなければ人が死のうが苦しもうが平然と人を利用し「嫌がらせをされたくなければ自分の部下」になれと言わんばかりに恐怖で人を動かし我がままに動きます。特にマラソン以外の瞬発力のある競技や争いごと等の例えば柔道や剣道、相撲、短距走、ボクシングなどの相手を負かす事に快感を覚えるような競技が好きだったりすることが多いです。無論そのように活発なので大抵傍からみると活動的に見えたりし、まともな活動家と錯覚したりします。感情を感じ取ればまったく違うことに気がつく筈です。この手のタイプはさっき言ったように活動的もしくは攻撃的感情の自己制御能力が他者とはけた外れに低いレベル存在です。http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=8967503
 今回の攻撃型暴力型揶揄なじり好き等のタイプは、ビートたけし、明石家さんま、松本人志、大竹まこと、なんかはおそらくそうです。
 最近のバラエティ事情をしらないのでなんとも言えませんが、言葉で人を陥れたりなじったりするタイプなんかで言うと矢部浩之、今田・東野、なんかがそうです。まさに典型的です。最近みたなかでは芸風だと自分でも自覚してるみたいですが有吉なんかもその手のタイプです。

 最近この手のタイプの子は研究されていて、サイコパス的人格です。検索すればわかりますがサイコパス以前の性格に良く見られる前兆です。この手のタイプは自己制御能力が足りなく自分を自分でコントロールできなくなり優越感のまま行動するだけの子供です。優越感を得たいというのは誰にでもありますが、社会的に認められる形に自然となるものです。しかしこの手のタイプの子供は例えば自分が最高の優越感に浸れないとなりふり構わず行動に出し、自分の勢力より弱そうな人間が目の前にいた場合その弱そうな人に...続きを読む

Qピアノの発表会で弾く舞台栄えする曲を教えてください。

小学4年生の娘が来春のピアノの発表会で弾く曲を探しています。
クラシックは全くの無知で、先生に「希望の曲は?」と聞かれても全然わかりません。
お詳しい方、オススメの曲があったら教えてください。
娘のピアノ暦は4年です。
私の希望としては「聞いた事がある有名な曲」がいいです。
娘の希望は「優しいメロディーの曲」だそうです。
ちなみに先生いわく、「メヌエットだとちょっともったいないかな」くらいのレベルのようです。
どうぞよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 こんにちは。専門家ではありませんが、ダラダラとピアノを10年ぐらい習っていましたので良かったら参考にして下さい。
 お嬢様のピアノ暦が4年という事ですが、現在は大体どれぐらいの曲を弾いているのでしょうか?私の時はバイエル(赤&黄)→ブルグミューラーと進んでいったのですが。ヤマハとかはまた独自の教則本だと思うのでちょっと分かりませんが、4年でもものすごく上達する人と私みたいに黄バイエルをウロウロしたりする人もいますので(^_^;)。
 またメヌエットも沢山の作曲家(ベートーベンやビゼーなど)が書いてますのであまり参考にならないのですが、ソナチネの中にあるメヌエットでしょうか??
 一応バイエル終了している位で、発表会に向く有名な曲といえば
エリーゼのために→王道ですので、ライバルがいるかもしれません。
乙女の祈り→最初がなかなかカッコいいです。
ト調のメヌエット→もしかしてこのメヌエットでしょうか。
http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?pdid=20052467
↑この中に入っている「楽しき農夫」や「水の精」「ユーモレスク」も優しい感じです。「ユーモレスク」は某胃腸薬のCMで使われていますので良く知られています。
他の試聴はこちらで聴けます。「すみれ」や「人形の夢と目覚め」「スケーターワルツ」「アベ・マリア」なんかも優しい可愛らしい感じです。
http://classic-midi.com/classictop.htm

 最終的にお嬢様が決めると思いますが、先生に何曲か弾いてもらうとか、比較的平易な曲が入っているCDを貸してもらって聴いてみるともっと具体的なイメージがつかめると思います。全音ピアノピースとかだったらAレベルでしょうか?発表会は少し上のレベルを狙いますので、実力がもっとあってどうしてもこの曲!というのでしたらBでもいけるような感じです(ちなみにユーモレスクやト調のメヌエット、エリーゼは全音ではBクラスです)。好きな曲はやる気で練習しますので、好きでもない優しい曲をするより上達は早いと思います。
 素敵な曲に出会えると良いですね。ご参考までに。

 こんにちは。専門家ではありませんが、ダラダラとピアノを10年ぐらい習っていましたので良かったら参考にして下さい。
 お嬢様のピアノ暦が4年という事ですが、現在は大体どれぐらいの曲を弾いているのでしょうか?私の時はバイエル(赤&黄)→ブルグミューラーと進んでいったのですが。ヤマハとかはまた独自の教則本だと思うのでちょっと分かりませんが、4年でもものすごく上達する人と私みたいに黄バイエルをウロウロしたりする人もいますので(^_^;)。
 またメヌエットも沢山の作曲家(ベートーベンや...続きを読む

Q娘のピアノの発表会の選曲に不満です

2ヶ月後の発表会のためにと、先生が選んで下さった曲に不満があります。
簡単過ぎるような気がするのです。

そこで、質問です。
先生の指導法を信じて、不満は述べるべきではないのか、
あるいは、
簡単過ぎるというのは素人の判断で、娘にとって妥当な曲なのか、

アドバイスをお願い致します。

小2
ソナチネ アルバム1 7番  終了
ツェルニー 30番 6     終了

発表会
バッハ ミュゼットニ長調    です

Aベストアンサー

約30年前、音大卒。
ピアノ講師、学校の音楽専科の教師をしていた経験からお話しします。
お気持ちはわからないではありませんが、結論から言うと、今回はこの選曲でやった方がよいのではないかと思います。
実際のお子さんの実力というのは、今弾いている曲というのは、参考にはなりますが、聞いてみないと何とも言えませんが、理由はいくつかあります。

よく、ピアノのレベルを聞かれた時、〇〇を弾いている、〇〇は弾けるなどと言いますが、教える側からすると、音を沢山間違えるけど何とか止まらずに終わりまで弾ける、のか、、音符を間違えずに終わりまでは弾ける、のか、曲想までつけて弾きこなせているのか、実際、曲の完成度はピンからキリまで様々です。
発表会は、曲が間に合わないということは避けなければなりません。
普段は、もう何か月か弾いているので、どうしてもここが上手く弾けないけれど、まあ先へ行きましょう、とかが出来ますが、そういう訳にいかないため、やはり、どうしても実力相応か、少々簡単な曲で完成度を上げるということが多いかもしれません。
そのあたりはお子さんによります。
日頃どれくらいのペースで1曲仕上げているのかによります。
普段は音符さえ間違えないように弾けたら、大抵は次の曲に進むことも多いですが、発表会は曲の完成度を高めることが求められます。
たとえ低学年、簡単な曲を弾く場合でも、です。
暗譜もしなければいけませんし。

お子さんは何回目の発表会なんでしょうか?
今まではどうだったんでしょうか?
小2のお子さんとしては、進度的には進んでいる方だと思いますが、2か月前というと、週1回レッスンで8回くらいありますよね。
でも風邪で休んだりするかもしれませんし、やはり先生は無難に、余裕が残るくらいの日数を見込んでいるのだと思います。
ここまで教えていた先生なら、そのあたりは熟考された上での選曲と期間だと思いますが。

親御さんから、今からもっと難しい曲に変えてほしいというのも、日頃先生と充分コミュニケーションが取れているような関係なら言ってみても問題ないと思いますが、言わない方が無難かと思います。
変えてもらって逆に間に合わないことになったら大変ですし。
子供は素直な感想で言うことはあっても、親御さんからのそのような申し出はあまり聞いたことがないですし、もし申し出られて、逆に今から変更するような教師なら、私ならその力量を疑います。
次回の参考にするしても、言われたからいちいち変えているようでは教師としてはどうかと思ったりもするんですが…。


今回の曲が、簡単すぎてこまるくらいなら、次回は必ずそれ相応の曲を選んでくると思いますよ。
それくらい、ピアノ発表会や、学校の音楽会の選曲は、先生の日頃の指導力が現れる場面でもあるので、教師側は考えに考え抜いて選曲しているはずです。
基本的には冒険もしませんが、簡単すぎる曲も選ばないということになるでしょうか。

日頃はいろいろチャレンジしてみたり、曲の完成度までは、とてもそこまで丁寧にやっている時間はないと思いますので、発表会は少し簡単なように思えても、細かいところまで丁寧に弾き、完成度の高い曲に仕上げることを目標にしたらいかがですか?
それが発表会の目的の一つでもあると思います。
難しいといわれるような曲を弾けるようなことも大事ですが、音楽はただ譜面どうり演奏できればそれでいい、終わり、なのではなく、本当はそこからです。
難しい曲だと間違えずに弾くことが精いっぱいで、そこから先の余裕がなくなってしまうこともありがちです。
むしろ技術的に少し余裕がある方が、表現力豊な演奏ができると思います。
ピアノが上手下手というのは、まさにそこの差ですから。

発表会後、ちらっと「うちに子にはちょっと簡単すぎたみたいです」と言ってみたらいいどうでしょうか?
それなりの先生なら、それくらい言われなくてもわかるはずだとは思いますが…。

約30年前、音大卒。
ピアノ講師、学校の音楽専科の教師をしていた経験からお話しします。
お気持ちはわからないではありませんが、結論から言うと、今回はこの選曲でやった方がよいのではないかと思います。
実際のお子さんの実力というのは、今弾いている曲というのは、参考にはなりますが、聞いてみないと何とも言えませんが、理由はいくつかあります。

よく、ピアノのレベルを聞かれた時、〇〇を弾いている、〇〇は弾けるなどと言いますが、教える側からすると、音を沢山間違えるけど何とか止まらずに終わりま...続きを読む

Q学校の個人懇談

小学校の個人懇談は15分と決まっていますが。
時間が短いせいか、話も中途半端な気がします。
しかも、気を付けてほしい部分を言われることが多くて、
自分の子って、良いところないのかな・・・。と気になります。
個人懇談で、褒めちぎられたりいいとこ言われたりする子供って
どんな子なんでしょう?
今回は、別に気にもしていなかったのですが、
先生に「ご家庭が落ち着いてないことがありますか?」と聞かれました。
うちの子が友達に注意するときに、イライラしているようだからと、
テストのうっかりミスが多いこと。
字が汚いこと。があるからだそうです。
友達に注意することは、まじめすぎる性格で、
良かれと思って本人はしているけど、友達が言い返してくるそうです。
テストのうっかりミスや字の汚さは、
急いで仕上げるところがあって、うっかりしているようです。
勉強は問題なくできるようですが、
それで、家庭に何か理由がるのでは?と言われるもんですか?
とりあえず、時期的に反抗期みたいで、あまのじゃくなところがあるので、
注意することは最近多かったですと言いましたが。
家庭に問題があるって言われたのが府に落ちないです。

小学校の個人懇談は15分と決まっていますが。
時間が短いせいか、話も中途半端な気がします。
しかも、気を付けてほしい部分を言われることが多くて、
自分の子って、良いところないのかな・・・。と気になります。
個人懇談で、褒めちぎられたりいいとこ言われたりする子供って
どんな子なんでしょう?
今回は、別に気にもしていなかったのですが、
先生に「ご家庭が落ち着いてないことがありますか?」と聞かれました。
うちの子が友達に注意するときに、イライラしているようだからと、
テストのうっかりミス...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。

15分、という短い時間で話をしないといけませんから、結構はっきり話をしてきますね。

私は他人ですから質問者さんとは違ってよくみてるな、と感じました。

何年生かわかりませんが、気になることを解決するために聞いてみたかったのだと思います。

実際あったことなんですが、子供の友達がいきなりいじわるになったりキツイことを言うようになった原因は離婚だったり引越しだったりしたことがあります。
先生も今までの経験から聞いてこられたのではないでしょうか。

私も面談でイラっとした先生はいましたね。
特に私よりも若い先生はどうしても頼りなく見えますし、実際頼りなかったです。
でも行かないわけにもいかないし、15分雑談して帰ってきたこともあります。

先生とはいえ、人間としてあう、あわないもありますし。

ですが先生がわざわざ聞いてきたということはやはり気をつけておいて損はないと思いますよ。

参観で褒めちぎられる子供はいないんじゃないでしょうか。大概が注意されてますよ。

ちなみにうちの子は小学校から高校まで先生の第一声は「楽しそうにしてますよ」です。

こんにちは。

15分、という短い時間で話をしないといけませんから、結構はっきり話をしてきますね。

私は他人ですから質問者さんとは違ってよくみてるな、と感じました。

何年生かわかりませんが、気になることを解決するために聞いてみたかったのだと思います。

実際あったことなんですが、子供の友達がいきなりいじわるになったりキツイことを言うようになった原因は離婚だったり引越しだったりしたことがあります。
先生も今までの経験から聞いてこられたのではないでしょうか。

私も面談でイラっとした先...続きを読む

Q小学2年で既に落ちこぼれ・・・?

小学校2年生の息子がいますが、この息子の成績がすごく気になって
います。
超マイペースな息子で、好きなことはとことんやるのですが、
苦手なことには、集中することができません。先日、授業参観が
あり見に行ったのですが、先生の話を全然聞いていませんでした。

そんな息子が昨日持って帰ってきた漢字の書き取りテストでは、
5問中1問しか正解がなく、2年生になったばかりで
既にこんな成績で大丈夫なのかと心配になってきました。
生活の知恵は「ある」というのでしょうか。大人でも気づかない
ような気配りをしたり、科学的なことなどはすごく知りたがり、
勉強熱心(?)なのですが、学校の勉強には全然興味がないようで、
先生の話を聞かないのがすごくネックになっているのだと
思います。家では宿題(多いです)が手一杯で、チャレンジ
(進研ゼミ)を取っていますが、なかなかやろうとしません。

男の子の勉強は、大きくなってからでいいと言われますが、
本当にこんな調子で大丈夫なのかとても不安になり、昨日は
いけないと思いつつも、思わず説教して息子を落ち込ませて
しまいました。

男の子って、こんなものなのでしょうか?それとも、息子に
問題があるのでしょうか。上のお姉ちゃんの時には、そういう
心配は全くなかったので、そのギャップにとても悩んでいます。

失礼ですが、「小学校の時成績が悪かったけど大きくなったら
見違えるほど良い成績になった」、また、「ずっと成績が思わしく
ないまま」等、経験談等お話くださると嬉しいです。
よろしくお願いします。

小学校2年生の息子がいますが、この息子の成績がすごく気になって
います。
超マイペースな息子で、好きなことはとことんやるのですが、
苦手なことには、集中することができません。先日、授業参観が
あり見に行ったのですが、先生の話を全然聞いていませんでした。

そんな息子が昨日持って帰ってきた漢字の書き取りテストでは、
5問中1問しか正解がなく、2年生になったばかりで
既にこんな成績で大丈夫なのかと心配になってきました。
生活の知恵は「ある」というのでしょうか。大人でも気づかな...続きを読む

Aベストアンサー

それはマズイですね・・・。漢字は1年生の時の倍、覚えなきゃいけないので、スピードが違います。
2011年から「ゆとり」が無くなり、その前倒し段階で今まで3年生で習っていた所の予習的な学習も入ってきます。
そうなると1年生の時と同じ時間、ペースでの勉強では、どこかでついて行けなくなるはずです。

学校の先生はそんな事言わないですが
塾に通う子から見たら公立小学校のテストは、とても簡単なんです。
常に100点取る事も可能です。しかしまだ2年生なのでムラはあると思います。ウッカリミスもあるとおもいますが、常に80点以上を目指さないと。

公立小学校の宿題が多いって本気で思っているんですか?
書取り、算数の計算プリント1枚、計算カード、国語の本読み、読書1冊、この宿題に塾のプリントを2枚、英語の宿題1枚、これだけ毎日やっている2年生もいるんですよ。もちろん、当たり前で出来る事じゃないです。1年から少しずつ、一進後退を繰り返しながら勉強のクセをつけ、勉強の楽しさを増やして行く、そうやって親子で努力しているので、デキがいいとか悪いとかの事ではないんです。

授業に集中できないのであれば、少しだけ予習をさせては如何ですか?
小学校の教科書に合わせている問題集がありますし、教科書を見てお母様が問題を作っても良いと思います。「今、何を習っているの?」って子供に聞いてみるのも良いと思います。
そうすれば授業中に、「あ、知ってる!」と手を上げたり出来ると思います。

今は学力も格差社会。小学校の宿題だけでついていけないお子さんは、それでいいんだろうと思います。しかし

>生活の知恵は「ある」というのでしょうか。大人でも気づかない
ような気配りをしたり、科学的なことなどはすごく知りたがり、
勉強熱心(?)なのですが、

絶対に伸びるお子さんだと思うので、もったいないな、と思って偉そうな事を書きました。
だって、本当にデキないお子さんは違いますから。知りたいのはゲームの攻略法ですからね。
ご質問者様のお子さんは良い資質があると思います。

それはマズイですね・・・。漢字は1年生の時の倍、覚えなきゃいけないので、スピードが違います。
2011年から「ゆとり」が無くなり、その前倒し段階で今まで3年生で習っていた所の予習的な学習も入ってきます。
そうなると1年生の時と同じ時間、ペースでの勉強では、どこかでついて行けなくなるはずです。

学校の先生はそんな事言わないですが
塾に通う子から見たら公立小学校のテストは、とても簡単なんです。
常に100点取る事も可能です。しかしまだ2年生なのでムラはあると思います。ウッカ...続きを読む


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