私はとても怒りっぽいです。
すぐにイライラしてカーッとなってしまいます。
自分が悪かった事に対しては反省できます。
見境が無いわけではないと自分では思っています。
普段から熱いタイプの人間でおっとりとした感じとは言いがたいです。
性格によるところが大きいと思いますが
怒りっぽい自分がとても嫌です。
自分も相手も周りの人も嫌な気分になってしまいますよね。
できればイライラしたくないです。
少しでも自分の嫌な部分が変えられたらと思ってます。
何か良い方法はないですか?最近ホントに悩んでます。

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A 回答 (14件中1~10件)

私は周囲から心が広いと言われています。


指摘しなければいけない部分は、キッチリ指摘しますが、
感情的にカッとなることは、ほとんどありません。
あくまでも私個人の意見ですが、
人を不快にしてまで我を張らなければならないことって、
世の中、それほど多くはないような感じがします。

この文面だけで判断するのも公平ではないのですが、
739さんは正義感が強いのではないでしょうか。
「自分が悪かったこと」と断定できるということは、
反面、「自分が悪くない場合=自分は正義」という感覚に陥りやすいように思えます。
お気を悪くしないでくださいね。いい悪いじゃないんです。
ただ、正義に熱血してしまうと、相手の立場や気持ち、
問題の根本的な要因などに気が回らなくなってしまうのではないかと心配です。
そんなつもりはないのに、
怒りっぽくて付き合いづらい人と思われたら、不本意ですよね。

性格は千差万別ですし、これが正解という答えはありません。
でも、ご自分で努力すれば、いくらでも方向転換はできます。
怒りを感じた時は「どうして、不愉快なのか」「その不愉快を解消するには、どうすれば最善か」を考えてみたらいかがでしょう。
感情に流されず、一歩踏みとどまることができれば、ずいぶん違うと思います。
どうしても怒らねばならない時の「確信」も周囲に伝わりやすいはずです。

怒りっぽい人は、胃を悪くしやすいので、気を付けてくださいね。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

お察しの通り、私は良い意味ではなく根が真面目で
何ごとも見過ごせない、冗談が通じないワケでは決してないとは思いますが
「それは正しくない」と思う事には全力で立ち向かってしまうタイプです。
人が「そんな事は適当に」と流す事でもついつい頑張ってしまいます。
その点は悪い事ばかりじゃないですが、それが一度「怒り」に繋がり
火がつくと友達、自分、親、先生、上司、彼氏、昔は見境がなくなりました。
今はそれほどでは無いですが、言ってしまった後になって
相手の事を考えると自己嫌悪に陥ります。
救いは私の事をよく分かってくれている人が
それに対して指摘してくれる事です。
「あんたが言っている事は確かに正論だけど、状況やその時の気持ちなんかが絡むと
正論でどうしようもならない事があるし、単なるひとつの意見として覚えておくよハハハ。」
みんながそうやって軽く流して(涙)くれると助かるのですが
間に受けて傷付いてしまう人がいる事もあるでしょう。
でも、みなさんの御回答にこうしてお礼を書いていると
改めて自分の欠点を見直す事ができます。
この気持ちを忘れないようにしたいです。

お礼日時:2001/10/24 23:46

再びですが。

。。

犬などの「あったかくて、柔らかいもの」には、ヒーリング効果がとてもあるそうです。そういうもので代用するのも、いい手ではないでしょうか?結局、私に対して、旦那が「王様の耳はロバの耳」の「穴」になってるのと同じなんでしょうから。大体、これは、旦那了承済みで、これができる人だから結婚したんです。普通に「あたる」と言うのとは、ですから、少し違うかもしれませんね。

本当であれば、739さんがおっしゃるように、自制が利いてコントロールができることが理想的なんでしょうが、なかなかそれも難しいです。自分では、すごくがんばったつもりでも、傍から見れば、やっぱり「短気」でしかありませんから。(苦笑)

ですから、自制を利かせる努力をしつつ、そういうものにも頼るという併用作戦はどうでしょうか?
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この回答へのお礼

再びのご回答ありがとうございます。
そして大変大変大変大変大変大変お礼が遅れてしまって申し訳ありませんんんん!

おそらく併用作戦、一番自分に向いていると思います(笑)
自分がもっともっと未熟で善悪の区別がきかない、
自制心がきかないような不安定な年頃であったとしたら
口答えのできない、動物にあたりちらしてしまう、というような
危険性もはらんでいると思うんです。動物虐待になりかねない。
自身で最近まで(といっても二年くらい前に死んだ)
犬を飼っていたということも含めて私は犬に甘い(笑)
ただ、その犬や動物の愛らしさに一撃必殺でノックアウトされる前に
自分自身の精神を鍛えることも忘れないように、努めなけりゃ・・・

今回のこの質問にこのようにたくさんのご回答があったことを
本当に感謝しています。
みなさんのご回答ひとつひとつに考えさせられ、共感し、疑問をもち
なにより自分自身から出る怒りを改めてみなおすことが出来ました。
これは本当に自分にとって大きな収穫です。
こちらのお礼をもって皆さんへのお礼と変えさせていただきます。
本当にありがとうございました。

お礼日時:2001/12/19 08:03

 わたしは正当な怒りは時にそのままぶつけることも必要だと思うのですよ。


でも、だいたいの場合は表現を工夫した方が、他人には通じやすい。怒りは怒りを呼びますし。みんながそれをやっちゃえば戦争になる。

 それで、方法の一つをご紹介。「人は笑い顔をしながら怒ることはできない」ということを利用します。練習として、鏡を見て、笑顔を作ってから怒鳴ってみましょう。・・・いかがでしょうか?自然と声もやわらかくなるはずです。怒り笑いでも、まんま、怒りをぶつけるより大分ましだと思います。
 姿勢も利用する。人に怒りを伝えるとき、目線が上に立つと自分が心理的に優位になります。これはますます高飛車な印象を与えます。できるだけ同じ高さで座って話しましょう。
 あと、余裕があればおすすめしてるのが「頭皮のマッサージ」。怒ると頭の毛細血管がきゅーっと収縮するそうです。(そして怒りを爆発させた時というのは、細い血管の1~2本はホントにキレてるらしいですよ。将来のために気をつけましょう。)そこで、頭をマッサージして緊張を解いてあげると、あら不思議、怒りの方もおさまるんです。心身相関を利用した方法です。
 怒りは気持ちから出てくるものですが、単なる反応でもあります。火がついてしまうと元の自分の意図を離れて人に被害を与えます。誤った所に誤爆することもあります。怒るのはいいけど、それを「ぶつける」ということに少し慎重になれればいいですね。
 我にかえったら、あとで「あっ、ごめん私またやっちゃったね」ってフォローすれば、わかってくれる関係の人ならリカバーも利くでしょうから、あまり「抑えなきゃ」って思いすぎることもないと思います。
 
  わたしも時々いきり立つことがあるので、皆様のご回答を読ませてもらっていました。怒ったあと、それが的外れだった場合があると死ぬほど恥ずかしいので、わたしはその「恥体験」が自分を冷静にさせることが多いかも知れません。
 怒ってるときってとにかく自分が「正当」なのですよ。でも「人間間違いもある」「相手も」「そして自分も」と思うと謙虚になれます。
 きっと誰も、色々失敗してるんですよ。

 
 
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

私の性格から「笑いながら怒る」と言う事が、どうも自分を騙しているようで
なんとなく、できるかどうか微妙な線です・・
それができる器用な人間ならきっとこんなには怒りっぽくはなっていないような気がするんです。
些細な事にも全力で怒る!という特徴から怒るときに笑顔を作る余裕がないんです。
怒鳴る程の怒りに襲われた時は突発的怒りにあてはまると思うので
恐らく思い出すのも難しいでしょう。
むしろ私には頭のマッサージが効果的のような気がします。
「あ、なんか嫌な感じ」と思った時にやってみると効果がありそうな気がします。
最近は人に「ぶつける」タイプの怒りに、非常にナーバスになっています。
自覚があるだけで以前よりはだいぶマシだとは思うのですが・・・

お礼日時:2001/11/03 01:24

皆さんへの質問や回答を読んでて、「私かよ?」と思ってしまう位でした。

そして、同じ年です。

私は、今でも短気の部類に入るのでしょうが、それでも、もっと昔よりは気が長くなったと言われます。で、思うのは、「急激には変われません」です。私も同じように、ある意味「まじめ」だと言われます。(普段の生活はとてもそうではないのですが)ある言葉に過剰に反応したり、自分の中の行動規範からはみ出る人間に対しての怒り方が並ではなかったんです。

それでも、やっぱり少しずつ「許せる部分」というのが広がってきているようです。ただ、その為には心に余裕がないとダメです。身体的に疲れていたり、ストレスがたまっていたりすると、普通の人でもコントロールできなくなるところが余計にひどくなってしまうのです。

それと、「ガス抜き」をなるべく心がけるようにしています。私の場合は、はけ口が旦那なのですが。。。多分、普通の人が聞けば、「そんな些細なこと」にひっかかるのですから、それを一気にしゃべってしまいます。そして、そのうちのいくつかは我慢するんです。あんまり我慢できなければやっぱり言いますけど。(笑)

10個怒りたいことがあっても、そのうちのひとつを我慢する。傍から見れば、きっとアホみたいなことなんでしょうけど、私は、それをひとつずつ増やして言ってるんです。怒らないようにするって思って、怒らずに済むのなら、もっと前に直ってると思います。まぁ、自分の性格ですから、折り合いをつけるしかないなと最終的には思います。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。
お返事が遅れて申し訳ありません。

非常に似たタイプの方の御意見で思いっきり共感です。
私が言いたかったことをとても的確に表現されていて正直おどろきました。

「ガス抜き」ですか・・・
私もついつい自分の中に不安や、思い通りに行かない事に出会うと
身近な人間にあたってしまいます。漠然としたストレスに対しては
いけないな、と思いながらも口調など相当きつくなってしまいます。
突発的な怒りに対しては、モノが犠牲になります。
電話を投げる、リモコンを投げる・・・あとで自分でかたずけるんですが(笑)
友人から犬を預かる事が多くて、最近気がついた事ですが
犬を預かってる時はとても心が穏やかになります。
信じられないくらい怒り度数がへるのです。
精神的に自分で自分をコントロールする事はとても大事な事だと思うし
理想的ではあります。しかし動物や他の物理的な方法で
精神の安定をはかる事ができれば、それはそれでなにか
大きな可能性を感じるんですがどうでしょう・・・

お礼日時:2001/11/03 01:09

こんな言葉があります。



「腹が立ったら10まで数えよ。うんと腹が立ったら100まで数えよ」

一見何の効果もなさそうに思えますが、やってみると意外と効き目がありますよ。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

よく聞く言葉ですが、感情が先走りなかなか実行に移せないでいた言葉です。
しかし、その言葉の重みが今は少し分かります。
簡単な事だけに軽く見ていたのかもしれません。
自分の冷静さを保つには多少の時間が必要ですよね。
10秒は以外と長いです。数える事によって怒りの原因から意識をそらす事も
できるでしょう。

人の話声にさえピリピリと反応していた時に
ウォークマンを聞きながら音楽に集中する事で
自分の意識を他にそらす事ができました。
10秒もきっと意識をそらすという意味では同じですよね。
10秒間の意外な効き目、今度試してみます。

お礼日時:2001/10/25 01:14

怒りっぽいのって自分自身が嫌に成りますよね。


嫌に成らない程、自信のある人がうらやましいです。
私も悩む迄は行きませんでしたが(;^_^A、かなり考えて色々遣ってきました。

殆ど皆さんがお答えに成っているので、他の面から。
医学的・身体的な面と霊的な面からなぞは如何でしょうか。
霊的なのは「気」を研究し体内に大量に入れると治る可能性があります。(^O^)

医学的・身体的なのは主に肝臓機能が落ちていると全身的な機能も落ち、怒りっぽくなる人が多いような気がします。

事実、肝臓機能を改善して少しずつ怒らなくなる人もいます。 
ストレスには自覚するしないに関わらず、自分の体の具合の悪さも入ります。

体内のエネルギーが正常に回らないとそれもストレスとなり、安全弁として多動・怒りなどに転化される様です。
運動などでエネルギーを正常にバランス良く使うと怒る事も少なくなります。

参考サイトとして、健康とか超健康とかを検索なさると色々あります。

具体的なので比較的簡単な運動は「真向法(4つの動作で身体のバランスが取れますが難しい)」がお勧めです。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

#3の方がおっしゃっていた食事の件やfukunokamiさんがおっしゃる運動など
私がとってもないがしろにしていた部分です。
一人暮らしで些細な事で怒り狂っていた頃、私は食べる事をほとんどしませんでした。
食事は1日1度取れば良い方で、2日間何も口にしないということはざらにありました。睡眠は一日3-4時間。痩せ、顔の表情もキツくなっていき当然のように体を壊しました。
そんな人間が運動を・・・するはずがありません。

今はそんな事はありません。3食きちんと食べちゃんと睡眠を取りのんびりと稼ぐ。
太陽にあたるだけで、外の空気を吸うだけで、気分ががらりとかわりますよね。
健康のバランスが精神の安定を促すと言うのは身をもって経験しています。
ただ今もタバコは止められず、コーヒー大好き運動は後回しです。
自分の健康状態を知る事が、怒りっぽさをコントロールする
重要なカギになるし、実は一番大切な事かもしれませんね。

これからはもうすこし気お付けてみようと思います。

お礼日時:2001/10/25 00:59

私も30代半ばくらまでは非常に怒りっぽかったので、お気持ちはよくわかります。

でもホント、他の皆さんがおっしゃるように年をとると人間、丸くなりますね。なぜ丸くなるのか。それを考える前に、なぜ、怒るのかを考えてみると、怒って相手に対して感情をむきだしにしているとき、そこには「私を怒らせるような相手は間違っているので、それを正したい」という「操作の心」が働いているのではないでしょうか。しかし、人間は他人の力では決して変えられません。自分で変えようと思わない限り、変わらないのです。したがって、「操作の心」で怒るのは無意味です。若い頃は自分のことしか見えないけれど、年をとると感情に左右されずに周りが見えるようになってきます。いい言葉でいえば、「見切り」や「見極め」ができるようになる。まあ、人間みんなぼちぼちだよっていう一種のあきらめに似た感情ともいえますが。一方通行的に感情を吐き出すことがいかに無意味であり、理解と協調を旨とする双方向交流の価値が身にしみてわかるようになります。要は「頭を使え」ということ。「相手の反応を見て、相手の気持ちを考えろ」ということ。理不尽さに対する怒りであればなおさら、冷静に理をうったえねばなりません。私の経験では、そういうときこそ低い声でゆっくり、淡々と理詰めで訴えたほうが説得力があり、相手に大きな衝撃を与えることができます。クールな怒り方を覚えるといいですよ。これはかなり効きます。ムダに感情を爆発させるより、エネルギーの「費用対効果」で考えれば、効果絶大ですね。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

おっしゃる事に心当たりがあります。
自分が小さい頃悪い事をした時に、ぎゃあぎゃあ喚き立て手を上げる人と
諭すように冷静に説教した人と、猛烈に恐ろしく私が涙を流したのは後者でした。
あれは人生初の衝撃でした。きっと忘れる事はないでしょう。
一方自分が怒る時には、完全に前者になってしまいます。

こうしてみるとmojoさんや#5の方がおっしゃることがよく理解できます。
私は一度経験しているんですね。
そう思うと前者から後者へ、起動修正も困難じゃ無いような気がして来ます。
もう少し人生経験を積まなければ見切りや見極めをつけられないような気がしますが
それを知っている事だけでも大きな一歩ですね。
心掛けます。

お礼日時:2001/10/25 00:40

●たんきはそんき 5てん



というのはよくおわかりだと思いますが、おいくつなんでしょうか?
歳食えば丸くなります。
でも、怒りたければ怒ればいいんじゃないでしょうか。
それで自分が痛い目にあっても、それは人生修行のうちだと思えばいいんですから。
あとは、上手に怒るようにするテクニックを身につければ、芸として認められるかもしれません。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

私は今年27才です。一体いくつになると丸くなるのでしょうね。
今まで散々怒り散らして痛い目に会って来ました。
一時は「怒りキャラ」として認められそうになった事もあります。
でも芸として認められたくはありません。
上手に怒るテクニックは身に付けたいし人生修行ももっと必要だと思ってます。
広い心で優しく人に接する事ができて、なおかつ自分が信じる信念を
守り通せるような人間を目指してます。
短気は損気。昔の人は偉大ですね。

お礼日時:2001/10/25 00:12

こんばんは。


#5の方のご意見に同じです。
世の中、怒れることはたくさんありすぎますが、「大いに怒る」のは、やはり、自分自身とその芯となる大事な譲れない信条、信念、そしてその周りの愛する人々を直接傷つけられた時にだけーにしましょう。

私も若い時は短気で、意に沿わない相手、理不尽で自分勝手な相手とは徹底的にケンカしていましたが、最近それはしていません。
なぜなら、年を取って何事にも淡白になったせいもありますが(笑)そんな相手に「貴重な時間とエネルギーを使うのが惜しい」と思い始めたからです。
自分が怒っても、それらの相手は変わるわけでなく、残るのは不愉快な気分と砂を噛むような思いだけ・・・。
それだったら、無駄なことはやめようと思い始めたわけです。
いい意味での「逃げるが勝」です。

その場で、深呼吸しても我慢しても、怒りがこみ上げて抑えきれない時はさらに先のことを考えましょう。
「今、ここで自分が怒って相手に感情を吐露したら、のちのちどんな結果がもたらされるかー」それを冷静に考えた時、もしその怒りが中味の薄いものであった時には、すーっと半分くらいなくなるのではないでしょうか?
あと、心の中でだけ(あくまで!)ボコボコにしちゃうというのものもいいんじゃないでしょうか?(笑)精神衛生上。

私の名前には「自分をコントロールする」という意味の漢字が一つ入っています。
それを思うたび、親はつくづくいい名前をつけてくれたものだと感謝しているのです。
悩まないで!自分を嫌いにならず、出来ることから少しずつ変えて行きましょう!
もと”イラチのおばさん”からでした。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

私も何度不愉快な気分と砂を噛むような空しい思いに曝された事か・・・
なんど味わっても学習しない自分に怒りを(以下略)

そういえば私の名前には「起伏」をあらわす漢字が一文字はいっていないとも言えません。
名は体を表すです。でも言い換えればダイナミックな一文字とも言えます。
自分では気に入っている文字です。何ごとも前向きの方が気持ちがいい。

gomuahiruさんのように「貴重な時間とエネルギーを使うのが惜しい」と
思えるにはまだ少し時間がかかりそうです。
でもなんとなくカッコイイと思います。
私にも人並みに向上心があります。カッコ悪いよりカッコイイ方がいいですよね。
今度何かに怒りを感じた時は「こいつにエネルギーを使う事は無駄じゃないだろうか?」
考えてみます。

お礼日時:2001/10/25 00:04

 少し深く考察して見ましょう。

本質的に何に対し「怒っているのか」を。

 (1) 社会における一般倫理観上の問題でしょうか
 (2) 自分の価値観との乖離ですか
 (3) 他者から自分または自分と同等に大事にしている人へ物理的に何かされましたか。
 大きく分けるとこの3分類に入りますか。

 (3)以外は「怒る」という「選択」を極力しないことに「決める」のはどうでしょう。こうひとくくりにしてしてしまうと少し乱暴ですが。とりあえずね!
 つまり(3)の時は多いに「怒こる」または「主張する」べきです。
 少なくともこのことを心がけると「怒る」ことは非常に減ります。
 
 わたしも短気ですぐ結論を求めたがる性格です。以前は「怒る」感情を抑えるのにストレスをためた時期もありました。すこし誤解を生みそうなことを承知で述べますが「ひとはひとです。自分ではないので当然自分と違う考え・行動をします。」そのことを認め受け入れましょう。但し自分の利益が奪い取られる時は多いに怒りましょう。

 さて先に「選択」と述べましたが、実は感情も自分で「選択」できます。正確には「選択しています」。交流分析で著名な心理学者のエリックバーンによると人間は0歳から始まり3歳をピークとして12歳でその人生の90%を決めてしまうと言います。つまり人生で起こるほとんどのケースは12歳までで「体験」し、以降は行動も感情もその繰り返しが自動的におこるのです。したがって「今」感じている感情は、過去の体験の中から作られた(自分で作ってきた)ものなのです。
 
 ご承知の通り同じ事実にたいしても、人によりそれに対する行動・感じ方は千差万別ですね。つまり絶対の行動・感情はないのです。
 
 たとえば、満員電車の中で足を踏まれたとします。混んでるのでお互い様と感じる人、口から泡を飛ばしながら猛烈に怒る人、いきなり殴りかかるひと、と反応は千差万別です。さて起こった絶対的事象は何でしょう。「足を踏まれた」それだけです。この絶対事象以後の時系列でおこる事実が違うだけです。この違う事実は自分の12歳までの過去体験より形成されてます。この過去の体験を再認識し、改めて「受け入れる」ことが出来れば「性格」は変えられます。(だいぶ困難ですが…)でも、このこと知っているでけでもすごい進歩です。

 理論はこのへんで、取り急ぎできることは「怒り」の感情が湧くときは3回ゆっつくり深呼吸し、その後「自分は物理的に傷つけられてない」「感情は選択してる」心の中で思うと良いと思います。

 長くなりましたが、「短気は損気です」
 さあ、深呼吸、深呼吸。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。

最近何に対して怒りを感じたか考えてみました。
米国テロやそれを報道するマスコミ、(今の所)安全な地にいながら
それを論じる自分自身に腹が立ちました。
遊びに行く度に過剰なもてなしをし、おみやげを持たせてくれる父の友人にも
なんか知らんが腹が立ち、入院し不安を抱える叔母の病気や、
友人を傷つける無責任な男、そいつに固執する友人
メールの返事をすぐにくれない彼氏、チャリのパンクの原因になった段差、
足りなかった30円・・・
私を怒らせる要因は本当にどこにでも転がっています・・・
例えば「あなたは末期の癌で余命あと3ヶ月です」と言われれば
ぶつけようのない怒りを沸々と燃やし予定より早く死んじゃうタイプです。
笑わないで下さい。感情が先に立ち論理的に物事を考え
運命を受け入れると言う事ができないのです。

しかし、abichanさんのおっしゃることはよく分かります。
全ての怒りに全力で立ち向かってしまう事はとても効率的(?)とは言えませんよね。
確かに自分の中の譲れない正義というのはあります。
それを主張する事が昔は100%いい事だと思っていましたが
最近になってそれを主張する事が誰かを傷つけてはいないかと不安になってしまいます。
しかし、これは自分で勝手に進歩だと思っています。
もしかしたら、歳を重ねるというのはこういう事なのかも知れません。
昔に比べたら怒る前に少し考える事もできるようになりました。一瞬ですが・・・
冷静に論理的に物事を考える、というもう少しの時間の余裕を取る事ができれば
だいぶマシになるでしょうか・・・。
「感情」「怒り」の選択・・・。
なるほど・・・。

お礼日時:2001/10/24 23:24

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Q怒りの葡萄の映画をDVDで観たい。

スタインベックの怒りの葡萄を映画でみたいのですがDVDで観るのには、どのようにすればいいでしょうか。

Aベストアンサー

「怒りの葡萄」等一昔前の名作等は

駅や本屋で500円で売ってますよ。これを利用して

一昔前の名作を買いそろえています。逆にレンタル

店などの棚等からこれらの名作が姿を消しました。

50年の著作権切れの作品が「シンガポール」等で

製作されて「パブリック・ドメイン」の考え方で

一般に流通しています。

「解説」
パブリックドメインDVDとは著作権者の許諾の必要が無い、
著作権の保護期間が満了したものや著作権を放棄したと
みなされたパブリックドメインの映像作品をDVDに記録し
たものをいう。

格安DVD、激安DVDとも呼ばれている。著作権者の許諾を
得ている正規盤と比較して非正規盤とよばれることもあ
るが違法な海賊盤とは異なり合法的な製品である。

下記リンクに詳しいです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%89%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3DVD

「怒りの葡萄」等一昔前の名作等は

駅や本屋で500円で売ってますよ。これを利用して

一昔前の名作を買いそろえています。逆にレンタル

店などの棚等からこれらの名作が姿を消しました。

50年の著作権切れの作品が「シンガポール」等で

製作されて「パブリック・ドメイン」の考え方で

一般に流通しています。

「解説」
パブリックドメインDVDとは著作権者の許諾の必要が無い、
著作権の保護期間が満了したものや著作権を放棄したと
みなされたパブリックドメインの映像作品をDVDに記録し
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Q長文失礼します。 私は、自分の性格が嫌で嫌で仕方ありません。 自分が絶対に悪い時でも自分を叱った

長文失礼します。

私は、自分の性格が嫌で嫌で仕方ありません。

自分が絶対に悪い時でも自分を叱った人の事を一瞬で憎んでしまいます。殺してしまいたいほどです。

明らかに自分が悪いくせにお母さんに対して「うるさい!」と言ってしまいます。親が子供を叱る時に少し叩いてしまう事は当たり前なのに、(叩かれてる私、可哀想、叱られている私、可哀想)みたいに思ってます。悲劇のヒロイン気取りです。

自分が責められている時は、必ず泣きそうになります。自分の足や腕をつねったり引っ掻いたりしてなんとか涙を出させないようにしています。過呼吸になってしまう事もあります。お母さんは「過呼吸はもういいから」と言ってきます。なぜ、泣くことを我慢するのかというと、人前で泣く事は恥さらしみたいなものだと思っているというのと、一度泣くと、いつまでも泣き続けるからです。

何故か、いつも自分が酷い目に合っている妄想ばかりしてしまいます。今日なんかは、お母さんが私のことを叱っていて、痣や血がでるほど暴力をしてくるという妄想をしていました。けど、妄想は意識してしているわけではなくて、無意識でしてしまいます。そして、妄想しているうちに涙が出ますが、私は1人の時でも泣くのは絶対に嫌なので、我慢します。

小学生の時も、自分自身が嫌になった時に、自分の頭を思い切り殴ったり(授業中に)、足をひたすら引っ掻き続けたりしていました。

少し、注意されただけでも泣きそうになったり、怒りが込み上げてきたりします。自分が悪いのに。

リスカも考えたことがありました。休み時間にトイレにカッターを持って行って、切ろうと何度も挑戦しましたが、できませんでした。理由は、将来このリスカのせいでダメになったらどうしようとか、せっかくお母さんが産んでくれたのにその傷一つ無い手首を自分で傷つけることに抵抗があったからです。でも、死ぬ気は全くないです。むしろ、100歳まで頑張るつもりです。


自分ではもうどうしようもありません。何度も何度も直そうと努力しても、また、こんなことになります。
どうすれば、この性格が治りますか?

キツイ言葉や誹謗中傷はやめてください。


長文失礼しました。

長文失礼します。

私は、自分の性格が嫌で嫌で仕方ありません。

自分が絶対に悪い時でも自分を叱った人の事を一瞬で憎んでしまいます。殺してしまいたいほどです。

明らかに自分が悪いくせにお母さんに対して「うるさい!」と言ってしまいます。親が子供を叱る時に少し叩いてしまう事は当たり前なのに、(叩かれてる私、可哀想、叱られている私、可哀想)みたいに思ってます。悲劇のヒロイン気取りです。

自分が責められている時は、必ず泣きそうになります。自分の足や腕をつねったり引っ掻いたりしてなんとか...続きを読む

Aベストアンサー

そうですね。

性格を治すためには、体への負担を先に減らす事です。

怪我や病気をしますと、体調の回復のために考える力を奪われます。

考える力が奪われると言う事は、

誰かに対して思いやる力も奪われると言う事です。

この状態を、一般に性格が悪いと表現されています。

体調が回復すると、普通になりますよ。



最近暑かったですよね・

こういうときは、

通勤に使っている電車が、

あっという間に、目的地である降車駅に到着します。

電車が速くなっているわけではありません。

自分の感じ方として、主観として、早く感じているだけです。

ここから導き出されることは?

自分の頭の回転スピードが、いつもよりも何倍も遅いと言う事です。


ところが誰もが気がつきません。

そんな事を語る雰囲気じゃありませんし、

おそらくですが、他の皆も同じ状況(皆が暑いわけで)で、

皆の頭の回転スピードも落ちているからでしょう。


知能指数と言うのは、

一定時間で、どのくらいの問題が解けるかで計ります。

頭の回転スピードが何倍も遅くなると言う事は、

このときの知能指数が大変低いという事になりますよね。



気温に関しては、急に寒くなっても同様です。

つまり、体の回復が必要なシーンでは、頭は全く動かないんです。

それでも、周りが早く動いているように感じるだけで、

自分は今までと変わっていないと錯覚します。

理解力が遅い人は、どこかに怪我をしていたり、病気をしていたり、

(例えば虫歯がいたいとか、水虫が痒いとか。その程度でもアウトです)

何かしら定常的な病気を抱えているはずです。

本来の健康的な人がもつ知能指数100(ただし成人)と言われています。

年齢相応の能力には達していないのではないかと思います。

これらを治して体調を整えると、これまでの数倍の理解力になります。



体に傷を負ったり、病気をしていると、更に傾向が強くなります。


私はかなり前に、手術を受けたことがあるのですが、

ほとんどあっという間に時間が過ぎ去りました。

それくらい、頭の回転が遅くなっているんですね。

愚鈍だと思われている人は、この状態に長くいるということです。

本人は普通だと思っているので、原因になかなか気付かないものです。



頭の回転力は、大変デリケートです。

例えば、立っていたり、座っていたりするとき、

どこかに余計な体重がかかっていませんか?

無理な姿勢で集中している場合が多くあります。


こうしたとき、

姿勢を変えると楽に成る場合があります。

こまめにそうした調整をしないといけません。

これらの配慮をしていると、体の機嫌がよくなっていきます。

すると、頭の回転があがります。

体を制御している部分が脳にあります。

人の意識は複合していまして、

体を担当している別の自分がおり、言葉も理解していると思いましょう。

この担当の人が、脳への血液も制御しています。

頭の良し悪しは、この担当の人の一存で行われているんです。

ということは、

体に負担をかけて平気な顔をしていると、

頭を悪くされてしまい、復讐されると言う事です。


私は頭脳を使う仕事が多く、

発明をして特許を取ったことがあります。

つまり、ある特定の(狭いですが)分野では世界チャンピオンですね。

これをなすときは、

一生懸命、体のご機嫌を取ります。

しかし、そうでないとき。

「無理をしてもいいや!」

なんて、サボりますと、引き算も出来ません。

これくらい違うんですね。


これを知らない人は凡庸になります。

超えられない壁が出来ます。

如何にして体の疲れや痛みを知り、

「こうか?こうか? 楽か?」

と常に気を使って、色々と世話をして、一緒に喜ぶことです。

そうしますと、普通の人が思いもしないくらいの能力が(一瞬ですが)

解放されます。

これを知った後は、勉強そのものに意味が無いと分かりますよ。

スポーツで言うところのゾーンの様なものがあります。

ここを使えないと、脳を持っている意味があまりないでしょう。




次に良く誤解されるのが、

頭の良し悪しと、性格の良し悪しが違うものとされることです。

どちらも同じ脳のコンディションですから、

どちらか一方が良くなるわけがありません。



例えば、何かに対して怒りますと、脳へのダメージが大変大きいです。

難しい問題を解いたり、徹夜でゲームをするよりダメージが大きいでしょう。

怒りを生じさせるくらいなら、徹夜でゲームしたほうが損しません。


怒りと言うのは、さらに別の怒りを呼び起こし、際限がありません。

終わりが無く、休む暇がないのです。

大変疲れます。

ですので、怒っているときは、

頭が疲れており、頭の回転は、常人の何倍も遅いということです。

しかも長く続きますので、

さすがに一人だけ目立ちます。

二次的な災害として、

人に馬鹿にされやすくなります。

こうなりますと、更に怒るシーンが増えてしまいます。

きっかけは、遠い昔に最初に怒ったときでしょう。

ここから運命が狂ったという言う事です。


仏教では、怒りを猛毒としています。三毒の一つとして数えています。

本人が気がつかないだけで、

第三者からは、

脳を破壊する毒が満ちているのと同じだと言う事です。

何か薬を飲んで、自分の脳を破壊し、知能を下げたいと思うならば、

そんな手間をかけず、

何かや誰かに対して怒ればいいんですよ。

すると、ほぼ同じ効果がお手軽に得られます。


逆に、

何か薬を飲んで、自分の知能をあげたいと思うならば、

落ち着いて体を楽にすればいい。

目を開けても脳は疲れます。

楽な姿勢でぼんやりと睡眠に近い状態にします。

すると、起きている間であっても、体は睡眠時と同じように体調を整え始めます。

このときを狙って、思考をすると、常人より早いスピードで考えられます。

これが瞑想と呼ばれる行為です。


怒りが猛毒であると言うものを逆手に取るということですね。



さて考え方ですが、

全ての人の心よりも、全ての人の体のほうが上位にあり、偉いとします。

他人を気遣うときも、相手の心より体を気遣うほうが正しいのです。

他人の心を気遣いますと、

体より心を上にしているという考え方を、

自分の体(正確に言うと体を司る脳)が気付いてしまい、

信用されなくなります。


心が傷ついたと言って、体を蔑ろにいたしますと、

数年から数十年ほど、体から罰を受け続けます。

その間は、けっして頭が良くなりません。


また、他人の心ばかりに気を使っても同じに成ります。

名誉や意地のために、暴力を振るったり、

肉体が傷つくような戦いに出る漫画やアニメが多くあります。

過去に酷い目にあったとか、

誰かに裏切られて傷ついたとか、

そういう話で発奮するのはとても良くないです。

同情しても行けませんし、一緒に怒っても行けません。

これを見たら、体に対して申し訳ないと注意をしてあげる。



心と体は別の持ち主のものであり、

単に同居しているだけと考えます。

心は、体に居候をしているのであり、

体を自分の物と思い込んで、乱暴に扱うと、

どんどん頭が悪くなり、性格が悪くなります。

(実は私にも経験がありまして、リハビリ中です)



他の誰でもない、自分の体に許してもらうこと。

これがとても大事なんですよ。

私たち心には、

哀しんだり、怒ったり、怖がったりする自由すらありません。

考えてみてください。

この感情。

このメッセージは、

本来は、動物として、生命を賭けて戦うときに使う指令なんですよ。

体のほうは、目がありませんから、私たちの心を信じて、

命がけで無理をしてくれます。

勿論、回復するまでの間は頭が悪くなります。

しかし、この命懸けを示す、シグナルを乱発していませんか?

さすがに、体のほうが嘘だと気がついて、協力しなくなりますよ。


すると、私たちの心は都合が悪くなります。

嘘が通用しなくなるからです。

体を騙すために、衝動的に自分を傷つけて、反応を挙げようとします。

しかし、

私たちの体を司る脳も、私たちと同等かそれ以上の知能を持っています。

この悪意は完全にばれており、

最終的には、呆れられて、自滅を選ぶようにと制御されます。

戦っても勝てないんですよ。




性が悪いと悩む人は、必ず頭の回転が鈍いと悩んでいます。

これで悩んでいる人は、必ず自分の体を自分のものだと主張しています。

この例外に成る人はほぼいません。

そして、能力が高く性格も良い人は、

この逆(体を自分の主人だと思っている。他の人の体もその人の心よりも

偉いとしている)をしています。


たったこれだけなので、考えを変えて、試してみてください。

体は健康に成るし、心も健康に成るし、

自分を誇らしく感じ、それに見合う能力が次々に(漫画みたいに)開花し、

特に苦労をしないのに、色んなことが何でも上手に出来るようになります。


今は、体に恨まれており、許してもらってないんですよ。

共に自分の理解者ですから、土下座をするつもりで機嫌をとりましょう。

私はそうしましたよ。

以上、ご参考に成れば。

そうですね。

性格を治すためには、体への負担を先に減らす事です。

怪我や病気をしますと、体調の回復のために考える力を奪われます。

考える力が奪われると言う事は、

誰かに対して思いやる力も奪われると言う事です。

この状態を、一般に性格が悪いと表現されています。

体調が回復すると、普通になりますよ。



最近暑かったですよね・

こういうときは、

通勤に使っている電車が、

あっという間に、目的地である降車駅に到着します。

電車が速くなっているわけではありません。

自分の感じ方とし...続きを読む

Q渡辺謙とかが出てた「怒り」っていう映画の中で、広瀬すずってレ◯プされるんですか?

渡辺謙とかが出てた「怒り」っていう映画の中で、広瀬すずってレ◯プされるんですか?

Aベストアンサー

米兵にレイプされます。

Q他人の行動(言動)にイライラする自分が嫌になる事ががありますか?

私の考え方について皆さんどう思うかアドバイスお願いします。

例を上げると年賀状について会社内で数十枚送りましたが返事があったのは3割程度。
返事がなくても口頭をお礼を言ってくれればうれしいものですがそれさえない人もいる。

又その事に対して自分ならいくら遅れても絶対返事するとの考えからよけいイライラしている自分にも嫌になるんですよ。

他にはうちの会社の場合、旅行の土産とかは休憩室に置いてみんなに食べてもらうようにしてるんですがせっかく買って持っていっても誰からもお礼を言われないとそれでイライラする。

自分の場合、誰かが土産を持ってくると必ず御礼は言うのでなんで他の人はお礼も言えないの?
とイライラする。

こんな事にイライラするなんて変ですか?
皆さんどう思いますか?

Aベストアンサー

変じゃないと思います。
こういう場面で自己嫌悪になってしまうのは
誰にでもあると思いますよ。
私もついついなってしまう時あります。

見返りを求めている自分に対してイヤな気持ちになる。
見返りを求めるのはイケナイと分かっていても求める。

相手の事を考えられる人もいれば、出来ない人もいると考えて、あくまで人それぞれなので自分が出来てしたい!と思ったらして、周囲の人がどう動こうが「人は人」と取れるようになったらきっとイライラも減ってくると思います。頭でわかっていても実際その通りにはなかなかいかないんですけどねぇ…。

参考URL:http://www.counselingservice.jp/lecture/lecture.html

Q映画「怒り」を見に行こうと思ってます 見に行った人に聞きたいのですが 難しい話ですか? ネタバレなし

映画「怒り」を見に行こうと思ってます
見に行った人に聞きたいのですが
難しい話ですか?
ネタバレなしでお願いします

Aベストアンサー

難しい話ではないですが、とても重く辛い物語です。
犯人探しという雰囲気もありますが、それはどうでもよく、ちゃんと見ていたら真犯人はすぐにわかります。

Q一度自分を嫌ってしまったら、自分を受け入れるのは無理?

うつや神経症を治すには、ありのままの自分を好きになることが最終的に大事ですよね。森田療法なんかでもそう言っています。でも一度自分を嫌ったり、軽蔑したり、ダメだと思ってしまうと二度とありのままを受け入れられないような気がします。
もう無理なんじゃないかなと思います。

自分を嫌った経験のある方どうですか?再び自分を受け入れられる日が来ると思いますか?

Aベストアンサー

鬱病で2年間休職中の者です。

鬱病や神経症はそれぞれに原因があります。
鬱病は、内因性のもの(いわゆるセロトニン不足仮説)と心因性のものがあり、
神経症は、心因性のものです。

内因性のものには、薬が一番有効だと思います。なぜかといえば脳生理学的な原因が、
はっきりしているのですから、それを改善すればよいからです。
ただ、鬱病自体は内因性と心因性のものがあり、心因性のものに薬の処方をしても効果が
でないことがあります。

そして、心因性のものは、心の中になんらかの不全な状態を抱えています。例えて言えば
心という釣り糸が絡まった、もしくはジグソーパズルがバラけてしまった状態と言えます。
その絡んだ糸を解いたり、パズルを組み直すには、心理療法やカウンセリングが必要です。

>心療内科には通ってます。
>ただ、薬もらって、医者から気休めにもならない言葉をもらってもしょうがないので。
>自分で自分と向き合って過ごしたほうが、よっぽど治療になります。

ところが、質問者の方は以上の薬や治療法は重要視せずに、根源的に自分を受け入れる事
を目指してるわけですよね。

その時、二つ言える事があります。
1)薬や心理療法は、自分の受け入れる事の環境を整える事にはなる。(特に心因性の場合)
2)自分を受け入れるというのは、自己肯定とは違う。

まず、2)の方ですが、自分の嫌な部分を自己肯定して「これでいいんだ」といって受け入
れる事は、無理がかかります。本来嫌な部分を無理矢理肯定するわけですから。
おそらく「これでいいんだ」という心の一方に「本当にこれでいいの?」という疑問の心
が生まれてしまいます。

実は、本当に自分を受け入れるというのは、この対立する要素をもった心を、そのままに
良いとか悪いとかの価値判断無しに認識してあげることなのです。
言い方を変えると、自分の良い部分も悪い部分もそのままにして、それらを、もうひとり
の自分が客観視、もしくは目をかけてあげることです。
今までは嫌な部分として否定的に嫌っていたものをそのままに受容してあげる事で、その
嫌な部分は抑うつされる事から開放され、ひねくれて暴走する事がなくなります。
そういう風にして、自分の色々な面を自分で制御していく事が必要です。

といいつつも、これを行なう事は簡単ではありません。ですから1)で述べたように、薬や
心理療法で自分の心の環境を整えておく。例えれば散らかした部屋を片づけておいてから
自分を受け入れるというのが必要なんだと思います。

わたしはいま薬を飲みつつもそんな事をして自分の嫌な部分をうまく制御しようとしてい
ます。

鬱病で2年間休職中の者です。

鬱病や神経症はそれぞれに原因があります。
鬱病は、内因性のもの(いわゆるセロトニン不足仮説)と心因性のものがあり、
神経症は、心因性のものです。

内因性のものには、薬が一番有効だと思います。なぜかといえば脳生理学的な原因が、
はっきりしているのですから、それを改善すればよいからです。
ただ、鬱病自体は内因性と心因性のものがあり、心因性のものに薬の処方をしても効果が
でないことがあります。

そして、心因性のものは、心の中になんらかの不全な状...続きを読む

Q2/22(水)のマツコ&有吉の怒り新党で使われてたジブリ映画のBGMのタイトル

2/22(水)の「マツコ&有吉の怒り新党」の番組内の今週の怒られたさんで使われてた、たぶん1980年代のジブリ映画のBGMだと思うのですが、どなたかこのBGMのタイトルをご存知の方いらっしゃいますか?特徴は歌なしで、使用されてる楽器は木琴の音に似てるような感じです。となりのトトロの歌なしの「風のとおり道」に似てます。
チャララララ ラララララララララララ チャンチャララ
という風な感じです。
宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

録画してあったので音楽認識アプリで認識させてみました。この曲に間違いありません。

Q自分はすごく人を怒らす才能があると思います。 それがすごく嫌で、どこへ行ってもトラブルメーカーな自分

自分はすごく人を怒らす才能があると思います。
それがすごく嫌で、どこへ行ってもトラブルメーカーな自分に飽き飽きしています。
そこでカウンセリングを受けてみよう!
っと思ったのですがカウンセリングはどんな人でも受けていいんでしょうか?
それはお金と時間はかかるかもしれませんが本気で治したいとおもっています。
このままだとどんな所に行ってもとラブルメーカのままです。
鬱になったとか夜ねれないとかそこまで大きい問題ではないのですが今後の人生を楽しいものにするためにという理由は良くないのでしょうか?
誰か教えてください。
よろしくお願いします!

Aベストアンサー

カウンセリングは、悩んでいて金がある人であればだれでも。
ちゃんとした臨床心理士がいいですね。
あなたと会話するだけで、問題点を暴き出してくれるでしょう。
すぐに解決してくれるはず。

Q怒りの孤島 久松静児監督 1958 観る方法は

どうしても、もう一度観たい映画、「怒りの孤島 久松静児監督 1958」
 
ビデオ、DVD何を検索してもありません。
小学3年生のとき観た強烈な印象の映画(何が強烈だったのか、ストーリ
もあいまいに記憶)
何か方法があるでしょうか。

Aベストアンサー

続きが遅くなりました。
 というわけで、ある程度この回答の展開が読めたのではないかと思います。その日映の第1作が質問の「怒りの孤島」でした。
 当時は、左翼系の独立プロダクションや、労働組合員のカンパによる同業的なテーマの作品、或いは政治的なものとはほとんど関わり無く単に創りたいものを創るために独立プロを起こす映画人、など様々な動きが活発な時期でした。
 しかし、日映の場合には元々メジャー志向だったせいか、先行する他社に動きを封じられてしまうと、そのような草の根的な運動とは全く異なって、たちまち解散してしまいました(詳しいことは私も知りません。ここで質問しても回答は来ないと思います)。この作品は松竹に配給を委託し、次の作品を制作後これも大映にまかせて、会社は消え去ります。
 
 独立プロの作品の場合、配給を大手に委託するにしろ、自主上映を行うにしろ、資金を回収できないと、債権者がそのネガやプリント(上映用のフィルム)を押さえてしまうことが良くあったようです。
 このため名前ばかりが残って、実際のフィルムはどこにも無い。散々調べた挙句、やっと当時の債権者の一人がネガを金庫に入れっぱなしにし、忘れられていたのを見つけた。と言うようなことも有ったと、十数年前に催された「独立プロ映画祭」のパンフレットで読んだこともあります。
 日映の作品の場合にはどうなったのかは判りません。しかし、当時上映用に作られたプリントは劇場上映終了後も何らかのかたちで上映されていたと思います。資金の回収の意味も有ります。nikayanさんが観たのが映画館だったにしろ、例えば野外映画会だったにしろ、そのプリントを使ったものだったのでしょう。
 ですが、プリントは映写すればするほど傷みます。カラー作品だと時間の経過と共に褪色が進みます。いずれはプリントは廃棄処分となります(どんな大手の映画会社でも同じです)。
 こうしてプリントが無くなると、どういうことになるか。何かよほどの価値をその作品が持っていない限り、新しいプリントが作られることは無く、その作品は幻となります。特に今回のような権利関係がややこしいことになっている可能性も有る状況では、その元になるネガ・フィルムの存在も怪しいかもしれません。

 監督の久松静児は戦前、無声映画の末期に監督になったのですが、長らく会社の企画をほどほどにこなすといった人でした。戦後もしばらくはそんな感じで、鳴かず飛ばずでした。
 そんな有る時、子どもから「父さんには代表作と言えるようなものが無いじゃないか」と言われ、それまで勤めていた会社を辞めて、模索を始めます。「怒りの孤島」はそんな時期の作品で、この2年後に代表作と言える「警察日記」を日活で監督することになります。
 自分が観ていないものをこのように表現するのは問題が有りますが、代表作でもないし、映画評論の世界でかなり高い評価を得ているわけでもない。こういう状況にある独立プロの作品が、権利問題を解決し、更に1本当り100万くらいかかると言われるプリント制作費を調達し、その上次にはそれに見合うだけの観客を確保する。絶望的です。
 今回、懐かしいと感じるのは一人だけではないのが良く判りましたが、だからと言って、誰かがビデオ化する可能性も、同様にほとんど無いでしょう。
 例外的に左翼系の独立プロの監督の双璧として、今井正、山本薩夫の両氏に関しては、日本映画史上屈指の映画監督でもあったため、彼等の作品を中心にした映画祭が催されたこともありました。十数年前のことでした。もし、社会情勢があのままあと3年ほど続いていれば、この企画は更にほかの監督の作品も蘇らせただろうとも思いますが、すべては雲散霧消という感じになってしまいました。

 最後に希望を一つだけ記しておきます。国立近代美術館の映画部門がフィルムセンターです。唯一の国が運営する映画関連の文化機関です。もしこの作品のプリントが有るとすれば、ここ以外にはないでしょう。
 ただ、確認しようにもウェブ版の収蔵作品目録は無いため、直接行って目録を確認するか、ほかの目録を所蔵しているだろうところで閲覧する以外には方法がなさそうです。その上、もし有っても希望の作品が上映されるまでには何年も待たなければならない可能性も高いです。
 この辺で終わることにします。

参考URL:http://www.momat.go.jp/FC/fc.html

続きが遅くなりました。
 というわけで、ある程度この回答の展開が読めたのではないかと思います。その日映の第1作が質問の「怒りの孤島」でした。
 当時は、左翼系の独立プロダクションや、労働組合員のカンパによる同業的なテーマの作品、或いは政治的なものとはほとんど関わり無く単に創りたいものを創るために独立プロを起こす映画人、など様々な動きが活発な時期でした。
 しかし、日映の場合には元々メジャー志向だったせいか、先行する他社に動きを封じられてしまうと、そのような草の根的な運動と...続きを読む

Q家内が精神病院に入院しています。ずっと拘束されています。拘束されるのががとても嫌なのに拘束して欲しい

家内が精神病院に入院しています。ずっと拘束されています。拘束されるのががとても嫌なのに拘束して欲しいと訴えます。この矛盾は何が原因ですか?

Aベストアンサー

自分で、自分が 不安でならない のだと、思います。

妄想が強くて、現実との区別が付かなく、
現実 と 妄想 が、逆転している と、思われます。

現実の何かに、強い不安が有り、現実逃避している ものと、
判断できる のでは、ないでしょうか。


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