出産前後の痔にはご注意!

1・一番始めに戦争が起こった原因は何なのでしょうか

2・なぜ日本が戦争をしなければならなくなったのか
  またその引きがねとなった理由は

3・日本はどこと戦争していたのか

4・戦争中の日本を誰が指揮していたのか

5・なぜ周辺アジアと未だに仲が悪いのか

いまだに全く知らない自分が恥ずかしいです・・・。
よかったら教えて下さい。宜しくお願い致します。

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アンサープラス

日本では内戦や反乱も含めますと、昔から多くの戦争が起きていたようですね。



・日本の合戦一覧 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC …

A 回答 (10件)

第2次大戦の事として、回答いたします。



1.これは、とても難しい話で、アヘン戦争の時代からの問題で、簡単には述べられません。
当初明治政府ができた時、朝鮮半島は、無政府状態で、そこに欧米列強の進出が有ると、国防上大変な事になります。
そのため、朝鮮半島を日本の勢力化に置き、本土の前哨線としようとしました。
そのため、利害の対立する、清やロシアとの戦いになりました。
朝鮮半島が日本の勢力下におかれると、さらにそこを守る前哨線として、隣接する満州地区を、さらに満州に隣接する北部中国へと、軍をすすめてゆきます。

当時の中国は、欧米列強による半植民地状態で、中国で、欧米との利害関係での対立を引き起こした事に起因します。

2.日本軍が、中国に深入りしすぎて、撤退も妥協もできなくなったため、国際間での調整がつかなくなったためです。

3.同盟関係は、とても複雑で、基本的には世界の2/3の国を相手に戦いました。
同盟国は、ドイツ、イタリア、ハンガリー、フィンランド、ブルガリア、ルーマニアです。

中立国は、スエーデン、スイス、スペイン、トルコ、タイなどです。

主な敵国は、アメリカ、イギリス、ソ連、オランダ、中華民国、中国共産党、自由フランス、などと、その植民地のオーストラリア、ニュージーランド、インド、カナダ、などです。

4.一応大本営は有りますが、各組織が勝手に作戦をたてて動いていました。

5.アジア周辺と仲が悪いと言っても、問題になるのは、中国および華僑圏と、韓国・北朝鮮です。

東南アジアの華僑は、大戦前は、シギリス・オランダ・フランスなどの植民地支配の手先として、現地人を支配する立場にいましたが、日本軍の進撃により、植民地軍が撤退すると、その利権を奪われてしまいました。
その後、日本の支援で独立国となったため、当時の利権を永久に失ってしまった事によります。

中国(中華人民共和国)は、戦勝国といっても、自分達では、全く無力で、何もできませんでした。
実際、中共軍と日本軍は、ほとんど戦っていません。
戦勝国といってみても、実質が全く伴っていませんでした。
そのため、日本に対し、強いコンプレックスを持ってしまい、やたらに正当性を主張するようになりました。
最近では、中国の国力がアップしてきましたので、コンプレックスは、より大きくなっているようです。

韓国ですが、本来韓国は、敗戦国なのですが、戦勝国としての地位を求め、他国からソデにされています。
ここでも日本に対して強いコンプレックスから、反日になっています。

ただ、韓国の場合でも中国の場合でも、日本に対して、真に反日の人は、それほど多くなく、パホーマンスの域を出ていないようです。
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明治憲法の構造が悪かったと思います。


明治憲法で天皇が主権者で絶対権力で戦争をすることを決めることができるのに、補佐して大臣がやるとか書いてあって、誰が実際どうするのかということが不明確になっていたので、空気のようなもので決まり、威勢の良いことを言わないと不忠となって、軍事力がないとか産業力がないとかいうことは、天皇に届かず、天皇も良くわからないまま、戦争になだれ込んだということだと思います。
それと、石原莞爾が嘘をついて、汚い満州謀略事件を起こして行ったというのも大きいのだと思います。
いずれにせよ、八紘一宇とか、わかったようなわからないような思想を作って天皇の世界支配を行なおうとした右翼思想が戦争の原因だと思います。
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1・一番始めに戦争が起こった原因は何なのでしょうか



 これはいろんな原因が合わさっているとは思いますが代表的なところでは
  a.中国への侵略、仏印進駐などアジアにおける日本の行為
  b.ヨーロッパでおきていた戦争に参戦したかったアメリカ政府がドイツと同盟を結んでいる日本と戦争状態に入ることでヨーロッパの戦争に参戦しようとして日本に無理難題を押し付けた(アメリカの世論は戦争に反対だったので堂々と戦争に参加できなかった)
  c.日本に資源が無かった

2・なぜ日本が戦争をしなければならなくなったのか
  またその引きがねとなった理由は
  a.日本は資源が無かったのでアメリカ、イギリス、中国、オランダの対日輸出禁止で石油などの資源が足りずジリ貧になるのが見えていた。売ってくれないなら奪うしかないので先制攻撃で戦争に突入した。

3・日本はどこと戦争していたのか
  アメリカ合衆国、イギリス連邦、中国(国民党、共産党)などの連合軍と戦争してました。

4・戦争中の日本を誰が指揮していたのか
  総理大臣は東条英機です。

5・なぜ周辺アジアと未だに仲が悪いのか
  周辺アジアと言っても中国、北朝鮮、韓国が主で東南アジアの各国は日本の謝罪を受け入れ概ね良好な関係が続いています。
  中国は主に内政上の理由で反日教育を強化した経緯があります。特に天安門事件以来子供に対する反日教育を強化しその教育を受けて育った世代が今の30代より若い人達です。ですので仲が悪いというより一方的に中国が日本を罵っているのが現状ではないでしょうか。つまり反日教育により日本人が嫌いになるように育っているのですから仲良くできるわけは無いのです。
  韓国も中国と似たりよったりの理由ですが今の韓国政府が北朝鮮よりで反日的であることは確実です。こちらも一方的に日本を罵っている状態ですね。彼らも日本人が嫌いなのですから仲良くできるわけは無いのです。
  北朝鮮は言うに及ばず国交が無い上に独裁政治で日本人を拉致するわ、覚醒剤を売るわ、不審船を送り込んできて領海侵犯をするわですので仲良くする必要がそもそもありません。
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1:アジア利権を目指す中国がアメリカに働きかけた。



2:軍部の利権と財閥の利権。
明治から日本の人口は爆発的に増えました。江戸時代で農業生産力と人口は飽和状態だったのに人工が増えすぎたのです。
移民として大陸、南米、太平洋各地へ追い出さないと人工をまかなえなかった事情もあります。

5:中国および華僑圏と、韓国・北朝鮮くらいですね。
やはり、中華思想の中国としては世界の中心である国が東夷に攻められた事実を容認するには時間がかかりそうですね。中国に虐げられてきたアジア諸国としては日本は良く映ったのかもしれません。
実際、明治初期タイは早くに中国を切り捨て、日本を参考にして独立国を保ったのですから。

補足:有史以来中国の圧力を受けてきたアジア諸国が簡単に台頭してきた中国に屈するとは思えません。
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1.帝国主義の世界で生き残るため。


2.WW2前は中国で政府の言うことを聞かなかった軍部の独走。独走の原因は現役大臣武官制のためと思います。そのため今では 大臣は文民となっています。WW2はハルノート、ABCD包囲網が考えられます。資源を抑えられれば資源の無い日本は滅亡するしかありません。インドネシア進出は石油のためです。
4.WW2前は中国では関東軍の参謀の石原莞爾(いしはらかんじ)が柳条湖事件などをおこしました。太平洋戦争は国民の世論もあったとおもいます。マスコミを戦争を煽っていたようです。
5.仲はいいですよ。東南アジアなどにいけば日本人はかなりすかれています。仲悪いのは中国、北朝鮮、韓国だけです。日本の領土であった台湾などでは日本を懐かしむ人も多いです。今台湾で反日をいっているのは戦後に大陸から台湾にやってきた中国人(外省人)です。先日も台湾原住民代表というものが日本に抗議にきていましたが実際は原住民と中国人のハーフです。彼らは台湾を中国に支配下に入れようとするやからです。中国が反日なのは共産党の一党独裁を肯定するためです。共産主義には敵が必要だからです。韓国は最近まで言論統制されている国とされていました。また民族の性格として被害者意識が特にひどいようです。戦争中は共に戦っておきながら負けると寝返るという卑怯な部分があります。ドイツに併合されたオーストリアが加害者として謝罪しているのと比較していただければいいと思います。また韓国の教育においても幼いときから反日を「刷り込み」しているためと思われます。私は台湾と朝鮮で日本が異なる政治をしたとは思いません。

当時実際に戦った日本人は軍部の言うアジアの解放を目的として戦った人も多くいると思います。敗戦が決定的になったあとインドネシアでは現地に残った日本兵がインドネシア独立のために戦ってます。
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開戦前夜です。



日本は日中戦争に突入します。
中国の首都、重慶は猛爆撃にさらされ、首都を山間部に移転して抵抗を続けます。

中国は、アメリカの全面的なバックアップ無しでは勝ち目の無い事を承知していました。

そこで中国は、アメリカに対して外交手段で日本への経済制裁を要請します。
アメリカからの原油、くず鉄等の輸出禁止がこれです。
更に、太平洋艦隊司令部をサンフランシスコから真珠湾に移動させ、軍事圧力をかけて行きます。

アメリカも、フィリピン島に近い東南アジアに兵を集結させる日本軍に対しては相当な警戒心を持っていました。

話し合いで解決の道を探る日本外務省は、軍部の圧力で、勝っている中国からの撤退はあり得ない。
と、アメリカの提案を受け入れる事が出来ず相当な苦悩が続きます。

アメリカの提案する中国からの撤退、東南アジアからの撤兵の内、

東南アジアからの撤兵のみで問題を解決させる直前まで漕ぎ着けます。
(外交電文傍受時、近日中にこれでサインをしてよろしいとのルーズベルトの支持を傍受)

中国は、アメリカが輸出の再開や、参戦しない場合、自国は滅亡すると判断していました。
中国の外務省は、「日本は嘘を付いている。戦争に必要な資源を確保したらすぐに軍隊を戻す人種だ」

こう、ルーズベルトに誘導をかけます。
翌日、「東南アジアに進む日本軍の輸送艦隊多数あり」の電文を受け、
提案は1夜にして、「江戸時代までの領土に戻す事」
に差し替えられました。

「東南アジアに進む日本軍の輸送艦隊多数あり」
これは2隻の物資輸船の見誤りで誤報です。
しかし、日本外務省に聞く事は無く、ルーズベルトはそのまま信じ込みました。

譲歩出来ない最終通達を受け取った日本は、開戦の道を選択します。
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1. 直接的には南部仏印進駐と考えています。

またこのような事態を引き起こした間接的原因として、軍(正気を失った)が力を握っていた事、天皇を頂点とした当時の日本の軍事・政治システムがあります。(→統帥権干犯問題 →関東軍の暴走 →軍統帥システムの崩壊 →政治システムの崩壊)

2. 直接的には南部仏印進駐によって、アメリカによる対日石油輸出禁止が発動された事があります。またこれらの背景が揃った上で、軍や政界の中の軍属がアメリカを甘く見ていた事、戦争を厭わない(寧ろ戦争を欲していた)考えがあった事、当時、破竹の快進撃を続けていた防共協定国ドイツの存在があった事などがあります。

3. アメリカ、イギリス、オーストラリア、中国重慶政府。最終的には世界の殆どの国(トルコ等を除く)が日本へ宣戦布告をしていました。

4. 文民統制は形骸化し、軍部が力を握っていました。

5. 戦時中の日本軍による残虐行為(731部隊や、反論はあるでしょうが南京虐殺など)や、占領地で日本軍が行った過酷な支配などがあり、その被害に遭った方々の神経を逆撫でするような戦後日本の政治家の行動・発言があります。
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大東亜戦争のこととして回答して宜しいでしょうか。


1と2 不条理なハルノートを要求されたからです。日本は自国の立場を守るためには戦わざるを得ませんでした。なぜそうなったかは原因は沢山ありますが、ドイツの攻撃の前に苦戦していたイギリスやソ連が、米国を参戦させたかったからです。そこで米国政府を唆し、日本に対する高圧的な態度をとらせたのです。

3 国際法上、国連元加盟国全部です。枢軸国に対し宣戦布告しなければ元加盟国になれなかったという事情からで、多く、特にトルコとか南米諸国などは戦火を交えていない国が多いのです。
  実際に戦火を交えた国等としては、米、英(連邦なので豪、印度、加などが含まれる)、蘭、中華民国蒋介石政権、同共産軍政権、タイ(戦争初期に中立交渉が間に合わず交戦)、仏(ビシー政権下にあったが、ベトナムでクーデターの可能性があったので鎮圧)、ソ連(昭和20年8月9日以降、中立条約に違反して参戦)、ビルマのアウン政権(当初、日本側であったが連合国との体面上、停戦間際に反旗を翻す。)

4 これが一番の問題です。みな勝手に動いていましたからね。政府も陸軍も海軍もです。陸軍では関東軍が勝手に動いています。海軍も連合艦隊と軍令部でばらばらです。よく戦争を遂行できたものです。

5 日本に批判的なのは、実をいうと支那の影響の強かったところです。欧米列強に植民地支配をされていたのですが、実際は二重構造であり、支那が間に噛んでいるのです。それは古い冊封の名残なのですが、日本軍が解放すると、支那の支配力も失われたので、その恨みがあるのです。事実、欧米と支那から解放された諸民族は日本軍を歓迎しています。
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 実際のところ、こんなに単純明快ではないが、あえてそうすると、以下の通り


1.中国大陸の利権を巡る対立が日米間にあったため
2.アメリカなどが、日本を経済封鎖したため。これが日本の主張だが、その理由は、中国から陸軍が手を引くことが出来なかったため。
3.主に、米英蘭と、その植民地、そして中国。
4.最高指揮権は、形式上は天皇が持っていたが、実際には陸軍、海軍ともに独立した指揮権をもっており、個別に作戦を行った。
5.周辺国といっても、中国と朝鮮半島の(現在は)二つの国との対立が深い。それは、ほかの国々と比べて長い間、日本の影響下(植民地状態・交戦状態)であったため。しかし、それは殆ど、歴史問題に関してのみ。
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どの戦争でしょうか。


それによって回答は異なりますが。
太平洋戦争であれば
3.は英米中ほか連合国と言われる国々
4.は最高指揮者というのは折らず陸軍と海軍がばらばらに戦争をしていました。その陸軍でも中堅の参謀が勝手な行動をしていました。
5.については仲が悪いのは中韓北朝鮮とです。
1,2については非常に複雑です。
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Q70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

お世話になります。

戦争は、外交手段の一つの方法でしかも最後の方法です。それでも、70年前に日本は世界大戦を決断しました。

(この世界大戦に至る序章として中国東北部の植民地化があったと考えます。この植民地化は、日本の勝手な解釈で「欧米列強のマネであることが権利」で錯覚していた様子です。この意味では、日本を含め中国を占領した国家は中国に謝罪は必要です。)

その延長で、連合国との全面戦争は開始されましたが、

●技術的
●生産力
●資源力
●人員力

から見ても、圧倒的に不利であったはずです。合理的に考えれば、国力の差は戦力に比例するはずですよね。

でも、70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?その時の日本は、戦争をしなければならない 進退窮まる理由 があったのでしょうか?でも、敗戦は必定です。

Aベストアンサー

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)、質問者様が仰る通り近代戦は国家としての総力戦でありまさに大人と子供の喧嘩、そう形容するしかない戦争でした。

>70年前の日本は、なぜ戦争を決断したのでしょうか?

以上述べた前提はいかに当時の軍部主導下にあっても、大国アメリカとの戦争を想定した場合当然客観的判断材料として顧みられたはずであるが、では何故当時の大日本帝国首脳が対米開戦を決意したのか、その原因はそれこそ無数にあると思われますが、私なりの結論としては以下の2点。

1.本来日本の意図は対中権益の確保、本命である日中戦争を継続する為の石油・粗鋼の多くをアメリカに頼っており、その供給をストップされ且つ日本の対米資産凍結、更にはイギリス・オランダがそれに同調して所謂ABCD包囲網が構築された事で追い詰められていた事。

2.日露戦争の悪しき前例、即ち交戦期間2年程度を互角の戦いに持ち込み、ナチスドイツの欧州での勝利を希望的観測で織り込み、総力戦・消耗戦になる以前に仲介国を待つという戦略が可能であると甘く判断していた事。

但しドイツがソ連との不毛な戦争に突入した事で日本の思惑は大きく外れ、しかもアメリカの戦時経済が本格的に稼働しはじめた為、太平洋戦争開戦1年を過ぎた頃から国力相応の差が出始め、皆様御承知の通りの結果に終わってしまいましたが。

マクロ経済の観点から考察する対米開戦はまさに無謀の一言、一例を挙げれば一般会計と臨時軍事費に占める直接軍事費の割合が脅威の75.7%、これは対米開戦直前の数字ですが、当時の日本は日中戦争以来まさに食うや食わずで戦争を継続していた事がこの点に於いて明らか。
冷戦構造下のソビエト連邦が、アメリカとの軍拡競争で経済が破綻した際の同比率が50%強ですから、戦争突入以前の直接軍事費が70%を超える事の異常さが御理解頂けるかと思います。

更にはGDP比換算で1(日本):20(アメリカ)...続きを読む

Q日本とアメリカが戦争したきっかけは?

日本とアメリカが第二次世界大戦時戦争したきっかけはなんだったのでしょう?

Aベストアンサー

日本の中にもアメリカとは戦争したくないと言う声は少なくなかったのです。しかし、石油などの資源をアメリカに押さえられてしまい、これを打開しなければいけませんでした。

 当時、日本は「日独伊防共協定」を結んでおり、さらにドイツはソ連と「独ソ不可侵条約」を結びました。そこで、日本は日独伊の関係をさらに強化し、同時に、そこにソ連も加えて4カ国の同盟関係を作れば、アメリカも容易には攻撃できず、経済制裁の解除もしやすいと考え、「日独伊三国(軍事)同盟」を結成しました。だが、この軍事同盟に参加したことでアメリカは日本をヒットラー政権と同列に位置づけ、さらに日本への警戒心を強くしました。
 その後、日本は早期の4カ国同盟の結成を目指し、ドイツ側と調整を行っていました。ドイツは当初はこの同盟に(少なくとも表面上は)積極的でしたが、この頃になるとドイツはソ連侵攻の準備を始めていたので、(当然ですが)調整は上手くいきませんでした。なかなか動かないドイツに対してしびれを切らした日本は、ソ連と「日ソ中立条約」を締結し、残るイタリアとソ連との軍事同盟、そして新たなる4カ国での軍事同盟の再結成の準備に入りました。しかし、そんな思いも虚しく、中立条約締結の2ヶ月後には独ソ戦が開始されました。この時になって、初めて日本はドイツの真意を知りました。
 この結果、日本は大した後ろ盾もなくアメリカとの経済制裁の解除の交渉に臨まなければいけませんでした。その後、紆余曲折を経て、最終的に真珠湾攻撃となりました。

簡単に言えば、アメリカが日本に対して経済制裁を行い、これを解除しようと日本側はさらなる軍事同盟の強化・拡大という道を取ったものの、外交能力の甘さから自分の首を絞める結果になりました。

 余談になりますが、ドイツから見れば日本はドイツのじゃまばかりしたことになります。ドイツにとって「独ソ不可侵条約」は東側のフランスなどとの戦争を有利にするために、一時的に結んだ条約です(最初から、いつかは破ることを考えていました)。一方、ソ連側もいつかはドイツが破って攻めてくると考えていましたが、対日戦略のことを考えて条約を結び、戦力を東側に集めました。それを、ドイツが対ソ戦の準備を始めた頃に、日本が「日ソ中立条約」を締結してソ連の東側の脅威を消したために、東側に集中していたソ連の軍隊の大部分を西側に持ってくることができ、ドイツは当初の計画よりも、苦戦することになりました。
 さらに、当時アメリカは対独戦の大義名分もなく、国内の世論もヨーロッパの戦乱にアメリカが参戦すべきではないという声が多く、参戦できないでいました。そこに、ドイツとの軍事同盟を結んでる日本がアメリカに参戦してきたことで、アメリカは対独戦の大義名分を得ることになりました。

ついでに、ときどきヒットラーは軍事的なもので政権を取ったと勘違いをしている人がいますが、ヒットラーは選挙で徐々に自分達の議席を増やし、国会でヒットラー独裁政権のための法案を可決させ、独裁化しました。何でもかんでも多数決をしたがる人がいますが、それは危険なことだと教えてくれることです。また、日本は経済制裁を受けたことで、最終的に戦争に突入しました。北朝鮮への経済制裁も、行った結果(破れかぶれで)日本や韓国へ戦争して来るとも限りません。不用意に経済制裁をすべきではないのです。

最後に、戦後の「東京裁判(極東国際軍事裁判)」において、日本側の弁護についたアメリカの弁護士は、日本がアメリカに対して戦争を行ったことに関する弁護で「日本の(宣戦布告なしの奇襲である)真珠湾での攻撃をしたことを罪とするならば、広島・長崎において行われた新兵器による一般人も含めた大量虐殺も罰せられなければならない」という内容で弁明しましたが、無視されてしまいました。(アメリカはもちろんのこと、日本でも原爆による攻撃でポツダム宣言を受諾したと思っている方が多いのですが、実際は、ソ連の参戦により、連合国側との仲介役をソ連に頼もうとする考えができなくなり、ポツダム宣言を受諾したのです。ここでもいろいろあるのですが、余談が長くなるので、止めます。)

日本の中にもアメリカとは戦争したくないと言う声は少なくなかったのです。しかし、石油などの資源をアメリカに押さえられてしまい、これを打開しなければいけませんでした。

 当時、日本は「日独伊防共協定」を結んでおり、さらにドイツはソ連と「独ソ不可侵条約」を結びました。そこで、日本は日独伊の関係をさらに強化し、同時に、そこにソ連も加えて4カ国の同盟関係を作れば、アメリカも容易には攻撃できず、経済制裁の解除もしやすいと考え、「日独伊三国(軍事)同盟」を結成しました。だが、この軍事...続きを読む

Qアメリカは日本になぜ原爆を落としたのでしょうか

先日、テレビで広島に落とした原爆と長崎に落とした原爆では、種類が違うということを聞きました。
私はなぜ違うのだろうと疑問を感じました。

早く戦争を終わらせるためという理由だけでしたら、同じ種類の原爆でいいんじゃないかなと思ったのです。
アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

だけど、実験で何十万という人間が死んでしまうわけですから、アメリカが実験でそのようなことをするのかなとも思います。

すみませんが、お教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

質問の主旨は↓でよいのでしょうか。

>アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

回答:そうです。

原爆使用の目的は↓です。

1:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
2:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

1についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

A:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為に、広島への空襲を停止して建築物を保存し、人口を集中させました。

B:警告無しの使用の決定
トルーマン大統領は、自分が設置した暫定委員会で、原爆の使用は「労働者の住宅に囲まれた軍需工場に、事前の警告無し」で行われるべきだと語り、そのように決定しています。
(開発に携わった科学者は、無警告の原爆投下に反対しています。)


この質問は過去にも何度か出ており、警告については、連合軍は爆撃前にビラをまいて避難を呼びかけていたという意見がありますが、それには【広島】と【小倉】は入っていません。(画像参照)

実は、小倉は広島と同じ理由で選ばれていましたが、爆撃機が航路を誤って、長崎に落してしまいました。
長崎の投下地点の真上には、日本に始めて建設された「教会」がありました。
(アメリカはこの事を隠していますが)


アメリカの原爆の使用について、日本が降伏をしなかったからだという意見もありますが、それは間違いです。

当時の日本は条件さえ合えば降伏(というか講和)をするつもりでした。
しかし、アメリカは曖昧な降伏条件(国体の護持、天皇制の維持等が保証されていない)を出すことで、日本が降伏できないようにして、原爆を使用する準備をしました。
(降伏条件の起草段階では天皇制の維持が含まれていましたが、トルーマンはこの部分を変更しています。)

ただ、これについてはいつまでも戦争を続けていると、ソ連が参戦してしまい、戦後処理についてソ連に発言力を与えることとなり、タイミングが難しい作戦でした。(実際そうなりました)

日本は↑のような条件が不明な状態で降伏した場合、国が消滅する事もありえるので、安易に降伏はでいませんでした。
更に、降伏後に天皇が処刑された場合、国民や軍部が政府の意向に関係なく戦闘を行う場合もありえます。
そのような内戦になった場合、中ソが介入して朝鮮やドイツのような分断国家になり、冷戦の最前線になってしまう事も考えられます。

以上から、敗戦後の外交や政治まで考えれば、安易に降伏できる状態ではありませんでした。
そもそも、原爆の使用自体が、民間人の虐殺という国際法違反であり、日本が降伏しないことを理由に正当化するのは間違いです。


原爆の使用について、東京裁判で糾弾されていたという意見もありますが、それは誤りです。
原爆については、日本の弁護についたアメリカ人(ブレイクニー氏)が語っていますが、その目的は↓を指摘することで「裁判自体の無効」を訴えるもので「原爆の使用そのもの」を糾弾するものではありません。

【戦争は国家の行為であり、戦争指導者であっても個人に責任は発生しない。
なので、日本の戦争指導者が個人として責任を追及されているのは間違っている。
日本人が「個人」として裁かれるなら、原爆の使用を決定した者も裁かれるべきである。】

それに、彼の意見は、↓の動画では、裁判所の意向に拠って却下されています。

【A級戦犯は冤罪】(動画:東京裁判の映像)
http://www.youtube.com/watch?v=sDTJVZheUwo


この類の質問ではよく言われることですが、戦争は政治であり、外交の一手段です。
である以上、国家間の約束や契約である条約は守る必要があります。
戦争では【国際法】がそれにあたります。
そして、【法】である以上、一国の【都合】や【政治的判断】とやらで解釈や判決が変えられるべきではありません。
勝てば何をしても不問になるなら、国際法は無意味になります。


ご質問の主旨とは外れますが、
対立する意見の者を「ネトウヨ」と呼んで、「歴史の一部」だけを取り出して、「事実」を歪曲したり、印象操作、誤解、させるのは愚の骨頂である。ということを書き加えさせて頂きます。



>だけど、実験で何十万という人間が死んでしまうわけですから、アメリカが実験でそのようなことをするのかなとも思います。

質問者様は、WW2が人種差別との戦争であると言われている事をご存じないのでしょうか。
またアメリカ国内の人種差別を知らないのでしょうか。

アメリカには1964年までジム・クロウ法という、黒人は白人と同じ公共施設を使用できないという内容の法律がありました。
こんな法律があるくらいなので、民間でもそれぞれ専用の店があり、トイレも分離されていました。

徴兵されたアメリカの黒人兵は、
【何故我々が、白人と戦っている日本人と戦争をしなければならないんだ】
と言っています。
(アメリカ軍内では、戦闘では黒人がまず先に出され、枢軸軍に応戦させて位置を調べてから、砲撃をしています。)

黒人だけでなく、日系人(アメリカ国籍)も差別の対象でした。

【第442連隊戦闘団(アメリカ日系人部隊)】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC442%E9%80%A3%E9%9A%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E5%9B%A3
(アメリカ政府は、アメリカ国内の日系人社会の動向を、黄色人種に対する人種差別的感情を背景に(実際に同じく敵国であったドイツ系やイタリア系アメリカ人については、大がかりな強制収容は行われなかった)不安視していたことなどから、1942年2月以降に、アメリカ西海岸に居住していた日系人と日本人移民約12万人は、ほとんどの財産を没収された上で全米に散らばる強制収容所に強制収容された。)

同じアメリカ人同士ですらこの有様なので、日本人への扱いは更に酷いものでした。

【大東亜戦争における米軍の残虐行為】(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=g6MmpEuGipQ

質問の主旨は↓でよいのでしょうか。

>アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?

回答:そうです。

原爆使用の目的は↓です。

1:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
2:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

1についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は↓のような経緯で選ばれています。

A:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
アメリカは、↑の条件をより満たす為...続きを読む

Q日本の戦争の歴史を教えて下さい

日本の戦争の歴史を教えて下さい

最初の戦争から〇〇年 〇〇戦争 どっちが勝ったか

って感じでお願いします

それかサイトでもいいですo(^-^)o

でもできれば書いて頂いたら嬉しいですね(^^)v

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

1274年 文永の役 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87(蒙古襲来)


1281年 弘安の役 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87(蒙古襲来)
NHK大河ドラマ「北条時宗」は日本とクビライ・カァン率いる大モンゴル帝国との対峙を描いている


1863年 薩英戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E8%8B%B1%E6%88%A6%E4%BA%89


1868年 戊辰戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%8A%E8%BE%B0%E6%88%A6%E4%BA%89


1877年 西南戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%8D%97%E6%88%A6%E4%BA%89(官軍勝利)


1894年 日清戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%B8%85%E6%88%A6%E4%BA%89(これより朝鮮半島の占領政策が始まる)


1904年 日露戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E9%9C%B2%E6%88%A6%E4%BA%89(日本の勝利。映画 「二○三高地」は乃木稀助の旅順陥落、「海ゆかば」は東郷平八郎の日本海海戦を描いている。特に東郷の作戦「敵前大回頭」は有名。また「八甲田山」は、日露戦争の開戦準備に備え、訓練を兼ねた青森・弘前連隊の雪中行軍における遭難事件を題材にした映画。


1914年 第一次世界大戦 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6


1937年 日中戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E4%B8%AD%E6%88%A6%E4%BA%89(事実上の日本の中国侵略戦争)


1941年 太平洋戦争(第二次世界大戦) = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E4%BA%89(日本軍大敗。この戦争に関する映画やドラマは数多い)

1274年 文永の役 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87(蒙古襲来)


1281年 弘安の役 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%AF%87(蒙古襲来)
NHK大河ドラマ「北条時宗」は日本とクビライ・カァン率いる大モンゴル帝国との対峙を描いている


1863年 薩英戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%A9%E8%8B%B1%E6%88%A6%E4%BA%89


1868年 戊辰戦争 = http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%8A%E8%BE%B0%E6%88%A6%E4%BA%89


1877年 西南戦争 = http://ja.wikiped...続きを読む

Qあの戦争を起こしたのは誰か?

終戦(敗戦)の日に当たり、改めて、「あの戦争を起こしたのは誰か?」ということについての皆様のお考えを聞きたいと思います。

戦後しばらく学生運動が盛んだったころは、資本家が儲けるために戦争を起こした、と言う論が主流でしたが、今そういうことを言う人は居ないと思います。
東京裁判で戦犯にされた人々という考えも有りますが、今では東京裁判そのものを信じる人は居ないでしょう。
軍部が起こした、という考えもありますが、軍のトップの人たちは、いつも不拡大方針でしたし、山本五十六長官でさえ、アメリカと絶対に戦うべきではない、ということを公言していました。

さてそれでは一体誰が[戦争を望んだ]ためにあの戦争は起こったのでしょうか?

戦後67年目の皆様の考えを聞きたいと思います。

Aベストアンサー

 NHKの昨年8月の太平洋戦争についての、当時の日本政府・軍関係者からの聞き取りによる特集では、

1、中国戦線の泥沼化で、日本国力の停滞・低下が進行していた。
 当時の日本陸軍兵力は、190万人。現在の中国の人民解放軍の陸軍兵力が150万人程度。中国人口の10分の1以下の国民しかいないのに、これだけ膨大な数の生産の主力となる青年男性を、物資消費のみの臨戦態勢下に長期間置き続けたため(軍人以外にも、軍需物資の生産・輸送など経済の拡大再生産に役立たない部門に就いていた労働力は相当大きい。更にそれに付帯する資源・資金の浪費は巨大。)、長期戦となったことによる国力の損耗が大きく、普通の国であれば、渡海侵攻を中止し撤退すべき状況であった。

 1938年 国家総動員法
 1940年 食糧配給制開始
 中国戦線では、食糧を現地調達。
  ⇒ 他国への侵攻作戦において、自給自足の農村地帯で、食糧を現地調達したのでは、占領地を安定統治することは不可能。安定統治出来ない占領地を唯々拡大する軍事作戦は、『軍事行動』の国家的目的を失っている。

 つまり、1941年の対米開戦以前の段階で、国益をベースにした国家戦略から見れば、中国から撤退すべき状況になっていた。つまり、対米開戦はあり得ない状況となっていた。 

2、誰も中国戦線からの撤退を決定できなかった。
 政府には、軍の指揮権がなく、 陸軍は、中国から撤退すれば、『撤退=失敗に終わった日華事変』をなぜ始めたのかという原因追及が起こり、利益なく何十万もの戦死者を出した責任を取る必要があったが、その覚悟をもって責任を取る人間が居なかった。

3、アメリカの石油禁輸で、陸軍・海軍の備蓄石油が底をつけば、日本の戦争能力の低下が明白であった。
 当時の日本の産業エネルギー源は石炭。石油の半分は軍が使用していた。

4、1940年に始まる航空燃料の禁輸から、アメリカの石油輸出規制が強まり、1942年に入れば、石油禁輸による戦争能力の低下が顕著に起き始めるとの、戦略物資・国内生産分析だけが、明確になった。

5、1942年になれば、物理的に対米開戦するのは不可能になるというタイムリミットが明確になったことで、陸軍・海軍・政府の三者が、対米戦争は勝てないと認識しながらも、「開戦日まだ時間があるので、三者それぞれが、誰かが勝てない戦争を回避するはず」という思惑で、強い反対者がいないまま、1941年12月に開戦と設定。
 それまでの間、対米交渉を続けて戦争回避するとの三者の合意で、対米戦争の現実を直視しなかった。

6、三者、お互いに他の二者のどちらかの主導・責任で行われることを期待し、結局だれも責任を持って戦争回避を主導・貫徹しないまま、時間だけが経過。

7、戦争回避の責任の重さ・重大さから、開戦日時の設定だけが現実のものになってしまった。


 多分、最初に対米開戦日時を決めた時、実際にアメリカと戦争を始めることになると、政府・陸軍・海軍首脳は、本気では考えていなかった様なのです。

 「想定外」「責任は自分にない」 いかにも日本的開戦ではあります。

 NHKの昨年8月の太平洋戦争についての、当時の日本政府・軍関係者からの聞き取りによる特集では、

1、中国戦線の泥沼化で、日本国力の停滞・低下が進行していた。
 当時の日本陸軍兵力は、190万人。現在の中国の人民解放軍の陸軍兵力が150万人程度。中国人口の10分の1以下の国民しかいないのに、これだけ膨大な数の生産の主力となる青年男性を、物資消費のみの臨戦態勢下に長期間置き続けたため(軍人以外にも、軍需物資の生産・輸送など経済の拡大再生産に役立たない部門に就いていた労働力は相...続きを読む

Q小学生でもわかる第二次世界大戦の流れ

小学生と、知的障害がある中学生に第二次世界大戦のことについて
説明してほしいと頼まれましたが、しゃべった内容が難しかったのか
ぽかーんとされてしまいました。自分が完ぺきに理解しているというわけでもないので
説明しながら自分でもわからなくなってしまいました。

そこで、子どもにも簡単に説明できるような第二次世界大戦の
開戦きのっかけ、流れ、終戦、状況などをとても簡単に教えてください。
お願いします。
一時間以内で話せたらいいかなあと思っています。

Aベストアンサー

 こういうのでどうでしょうか?

(1) 世界は3つのグループがあった。
 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。
  Cグループの弱い国を支配していた。

 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。
  AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。

 C)AグループやBグループに支配されていじめられて
  いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。

(2) 開戦

 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。
  中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメリカ
  やイギリスが邪魔をしたのでそれら強国との大戦争に
  なった。
 ・ドイツも同じく周りの国々を軍隊の力で支配し、
  アメリカやイギリスと大戦争になった。
 ・強国に支配されていた国々は日本やドイツのやりかた
  が酷かったので日本やドイツと戦いを始めた。

(3) 流れ

 ・日本とドイツの戦争のしかたは奇襲といって相手が
  油断しているときに突然襲う戦い。だから初めは
  勝つけれど、より強いAグループが本気を出すと
  日本・ドイツは負けていく。そして支配の仕方が
  酷いので支配された国の人から恨みをかい日本と
  ドイツは大敗する。

(4) 終戦
 ・負けることがわかっても日本だけ戦いつづけた。
  理由は天皇を守るためということだった。
  戦いが続く中、アメリカは原爆という大きな爆弾を
  日本の広島と長崎に落として日本は降参した。

(5) 状況

 ・この大戦争は初めは強国どうしのよその国を奪い合う
  喧嘩だった。けれど日本やドイツが少人数の偉い人の
  命令をみんなは文句を言わず聞け、一人一人の事より
  国=偉い人のほうが大事なんだという考え方と、一人
  一人の事を大切にする考え方に賛成する国々との戦い
  となり、最後は日本と80の国々との戦いとなった。

 ごめんなさい。やはり難しいですね。でもこれを下敷きに

もっとお話し的に変えたらどうでしょう?

 

 こういうのでどうでしょうか?

(1) 世界は3つのグループがあった。
 A)アメリカやイギリスなどお金持ちの強い国。
  Cグループの弱い国を支配していた。

 B)日本・ドイツなど貧しくて強くなりたかった国。
  AグループからCの国を奪おうとして戦争を起こした。

 C)AグループやBグループに支配されていじめられて
  いたので支配から逃れようと運動をおこしていた。

(2) 開戦

 ・日本は朝鮮や台湾・中国の北部を支配していた。
  中国全部を支配しようと戦争を始めていたが、アメ...続きを読む

Qなぜ「広島」「長崎」に原爆投下?

どうして広島と長崎に原爆投下したんですか?
他にも候補地がいくつかあったみたいですが・・。
東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・。
気象の関係と言うことも聞いたことがありますが、わかりません。

Aベストアンサー

下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったのは、文化遺産を惜しむアメリカの配慮」というのが根拠のない俗説であることが論証されていますが、「空襲の優先順位」などについても分かります。

日本の古都はなぜ空襲を免れたか
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31002714

「東京、川崎、横浜とかも入っていたんですよね。
広島に落とすより、東京に落とすほうが意味があるような気もしますが・・・」

日本の主要都市は、昭和20年8月にはほとんどが焼け跡になっていました。東京も川崎も横浜も徹底的に空襲されて、燃えるものが既にない状態でした。

原爆の投下候補都市は、「ある程度大きく、かつ大規模な空襲を受けていない都市」として選ばれたようです。

下記リンクの中の「原爆投下都市の選定理由」に書いてあることが、私の知るところと概ね一致しています。

その中にあるように、長崎に原爆を落とした時は、小倉が第一目標であったが、小倉に落とせずに長崎に落としたとされています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86#.E5.8E.9F.E7.88.86.E6.8A.95.E4.B8.8B.E9.83.BD.E5.B8.82.E3.81.AE.E9.81.B8.E5.AE.9A.E7.90.86.E7.94.B1

日本に対する都市無差別空襲について、下記の本が参考になりますので推薦します。「京都が空襲されなかったの...続きを読む

Q2016年5月現在戦争をしてる国内乱が起きてる国は何処ですか?

2016年5月現在戦争をしてる国内乱が起きてる国は何処ですか?

Aベストアンサー

朝鮮南北では戦争中ですね
中国は内モンゴル、チベット、ウイグル、台湾を支配下にあるとしてしてますが
紛争の火種になっています
ロシアとウクライナのクリミア問題は解決しておらず
北アイルランドやスコットランドも紛争がたえず
スペインのカタルーニャも独立に向け紛争になるかもしれません
ヨーロッパ全体では100年単位でアラブ系住民と衝突をくりかえし
アメリカも移民対立が深まってきており場合によっては内戦になるかしれません

日本だって沖縄が本気で独立云々いいだしたら、内戦になってもおかしくありません。

Q原爆・長崎・広島の被害者数は一体どれくらいなんでしょうか。

鳥インフルエンザ、新型(鳥)インフルエンザが流行してしまった場合、最悪の事態の予想を、新型インフルエンザ対策検討小委員会が明らかにしたという数値をみて、死者、患者共にその数の多さに驚きました。あくまで最悪の場合の予想とはいえ、ものすごい惨事であると思いました。そこで、生物兵器という言葉を思い出しました。兵器には核兵器もあると。そこで気になりました。原爆・長崎広島の被害者数はどれくらいなんでしょうか。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

広島は当時人口42万人、死者、行方不明合わせて
12万2338人、長崎は、人口24万人、
死者、行方不明合わせて7万3884人と言われています。

被爆後5年間の間に広島で20万人、長崎で14万人
です。

Q日本が戦争をした国を教えてください

日本が今までに戦争をした国を教えてください。
中国、アメリカ、ロシア、はわかるのですが、第一次世界大戦、第二次世界大戦の相手国ともすべて直接戦争していますか?ドイツとも戦っていますか?

第二次世界大戦終結は日本の降伏が最後となり、他の国はすでに降伏していたのですよね?最後は日本とアメリカのみが戦っていたのですか?
降伏日がちがっても世界的に第二次世界大戦終戦記念日は1945年8月15日と統一されているのですか?

また、世界大戦中は味方同士の国が一緒になって戦う事はあったのですか?別々に戦っていたのですか?
教えてください。

Aベストアンサー

明治維新以後の日本の戦争の名称と”戦闘相手国”を古い順に書きます。

(1)台湾出兵(1874年):清 ←ただし、台湾の民兵(ゲリラ)との戦闘のみ
(2)日清戦争(1894-95):清
(3)日露戦争(1904-05):帝政ロシア
(4)北清事変(1900):清
(5)第一次世界大戦(1914-18):ドイツ帝国
(6)シベリア出兵(1918-22):ソ連(ボルシェビキ、赤軍)
(7)山東出兵(1927-28):中華民国(国民政府)
(8)満州事変(1931-32):中華民国(国民政府)、ソ連
(9)第一次上海事変(1932):中華民国(国民政府)
(10)支那事変(1937-45):中華民国(国民政府)
(11)ノモンハン事件(1939):ソ連
(12)大東亜戦争(1941-45):アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリア、ソ連

第一次世界大戦について:
日本は、日英同盟の関係で、ドイツとオーストリアの敵国となったが、戦闘した相手はドイツだけだった。

大東亜戦争について:
・インドなどアジアの諸地域は欧米の植民地であって独立国ではなかったため”戦闘相手国”としなかった。例えば、イギリスの植民地だったインドの人は宗主国イギリスの兵隊として日本兵と戦ったのでインドを”戦闘相手国”としなかった。同様にインドシアはオランダの植民地だった。フィリピンはアメリカの植民地だった。
・前記の5カ国のほかにも大東亜戦争で日本に宣戦布告した国は多数に上るが、日本側は宣戦布告しておらず、また、戦闘も行わなかったため”戦闘相手国”としなかった。

支那事変について:
支那事変は、1937年に日本と中華民国国民政府との間で行われた戦闘だが、初め、両国共に宣戦布告しなかった。1941年に至って相手は日本に宣戦布告したが日本は最後まで相手に宣戦しなかった。

大東亜戦争の名称について:
日本政府の正式名称である「大東亜戦争」には、1937年に始まった支那事変も含まれる。「支那事変を含めて大東亜戦争と呼称する」(1941年12月12日、日本政府閣議決定)

明治維新以後の日本の戦争の名称と”戦闘相手国”を古い順に書きます。

(1)台湾出兵(1874年):清 ←ただし、台湾の民兵(ゲリラ)との戦闘のみ
(2)日清戦争(1894-95):清
(3)日露戦争(1904-05):帝政ロシア
(4)北清事変(1900):清
(5)第一次世界大戦(1914-18):ドイツ帝国
(6)シベリア出兵(1918-22):ソ連(ボルシェビキ、赤軍)
(7)山東出兵(1927-28):中華民国(国民政府)
(8)満州事変(1931-32):中華民国(国民政府)、ソ連
(9)第一次上海事変(1932):中華民国(国民政府)
(10)支那事変(1937...続きを読む


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