以前、弟が九州のおみやげとして、地酒(じしゅと読むそうですが)を買ってきてくれましたが、中身はみりんのような甘いものでした。鹿児島で作っているそうですが、
これについて詳しい方、また、その使い方などご存知の方が見えましたら教えて下さい。

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A 回答 (2件)

「地酒(じしゅ)」は、熊本地方では「赤酒」といわれ、味はみりんと清酒の間の味がするといいます。

製造中に灰を使うことから別名「灰持酒」とも呼ばれるそうです。
昔は普通に飲んでいたようですが、現在は調味料としてつかっているようです。
下記参考URLでは地酒を調味料としてつかった寿司が紹介されています。

参考URL:http://www.jrkyushu.co.jp/travel/zukan/gourmet/g …
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この回答へのお礼

回答有難うございました。熊本の赤酒と同じものということですね.よくわかりました。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

かつて、現在の日本酒は、清酒と表されるように


濁りのない、透明感のある酒になっています。
平安時代にはまだ、白く濁った、酒がのまれていました
そして、灰を加えて、濁りを取ることが発明され
豊臣秀吉に献上されたことが記録に残っています。
それが、赤酒(あく酒なのか、あかさけなのか?)
です。特に、元々調味用に作られたわけでは、ありません
赤酒を使った、お屠蘇を紹介しています。
料理用の赤酒と、古伝の飲用の赤酒が、紹介されています。
http://www.infobears.ne.jp/zuiyo/TOH-HI/AKAZAKE/ …
赤酒は古くから熊本地方に伝わる酒で、灰持清酒といわれる酒
の代表的なものです。米を原料に、清酒と同じような工程にて
仕込み、もろみに木灰を投入し、酸敗を防ぎ保存性をよくする
という、古来から我が国に伝わる製法を受け継いだ伝統の酒で、
時日の経過とともにその色は、自然に赤味を帯びるようになる
ために赤酒の名があります。
江戸時代、肥後細川藩では赤酒は「お国酒」として保護され、
庶民の常用酒として欠くことのできないお酒でした。
明治初年に灘の清酒が流入してくると、その需要は大きく減退
しましたが、お正月のお屠蘇酒として、現在も熊本では赤酒を
飲む風習が受け継がれています
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この回答へのお礼

情報ありがとうございます。機会があれば、一度手に入れて
使ってみたいと思います.どうも有難うございました。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

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