籠は「かご」と訓読みしますよね。これを「この」と訓ませるのはどうしてか教えてください。(籠神社のよび方です)
 何か「この」という音を好字の籠で表記したのでしょうか。

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A 回答 (3件)

#2氏の指摘通りです。



コモヨ ミコモシ フグシモヨ...と万葉集にあるとおり(コ)は[籠]を意味します。

籠(こ)之(の)神社と考えて下さい。  参考URLは下記↓です。

http://www.dance.ne.jp/~h2/special-1/05-motoise/ …

参考URL:http://www.dance.ne.jp/~h2/special-1/05-motoise/ …
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 こんにちは。



 「上古において『籠』を『コ』と発音した」そうです。

 「祭られている彦火明命が籠船に乗って龍宮に行った」という故事にちなんだ名称だそうです。
 検索エンジンで「籠神社」で検索したら、結構見つかったんで、驚いてます。
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籠には「こも・る」と言う読み方もあって、「おこもり」という、神仏の殿宇に中に宿泊して祈願するという意味があります。



 ここから、来ているのではないでしょうか。
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田沼意次の治世時に歌われた狂歌、
「世にあふは 道楽者に おごりもの ころび芸者に 山師運上」
このなかの、「ころび芸者」と「山師運上」の意味がわかりません。

Aベストアンサー

ころび芸者→芸者が売春すること
山師→でたらめ、とか、はったり、とかを象徴する言葉
運上→事業税のこと

上記では意味が通じないので、若干の解説を‥

江戸時代、市中での営業が公認されていた色街は吉原遊廓のみで、岡場所などと呼ばれる他の
遊女屋は違法営業です。タテマエですが。
その他にも隠れて(半ば公然と)売春をする例として風呂屋の湯女や「ころび芸者」がありました。
芸者は芸を売る者であり、売春は禁止されていましたが、実際に芸だけで身を立てるのは難しく‥‥
です。芸者が売春稼業に転落することを「ころぶ」と表現した訳ですね。
どこかのサイトに載っていたのが面白くてコピーしたのですが↓
「ころぶは上手、おどるはお下手」「転びすぎましたと女医者に言い」

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そこでです。神社の神に対しての奉納品は神聖かつ高貴なものでなければならないと考えるのが当たり前だったと思ったでしょう。そのときに身分の低い家来が持つようなものを刀を神聖な神への捧げ物として納めるでしょうか?。それよりも太刀を奉納したほうが神への信仰の証となると考えたのでしょう。封建社会ならばなおさらだと思います。

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神がより喜んでくださる物はどっちだと言えば太刀を選ぶのが最善だと考えた結果ではないでしょうか。

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何故、日本兵は万歳突撃と玉砕をしたのかの問いに戦陣訓と内務班だと答えが返ってくるのですが、戦陣訓はある意味、当たっているのです。事実、米軍の日本人捕虜に対する虐殺、虐待はあったんです。捕虜を輸送機から投げ落としたり、並べて銃殺したりと沢山ありました。人種差別から来る戦場の悲劇でした。彼等、米兵は黄色い猿と呼んでいたのも事実です。

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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

戦陣訓は、昭和16年に陸軍大臣だった東條英機が示達したものですが、
手元に「戦陣訓詳解」(萩原一男編・陸軍省検閲済・昭和16年2月発行)が
ありますので、その本文と通釈を記載します。(一部の旧字は修正しています)
戦陣訓には、後世に様々な解釈がありますので、私見は述べませんから、
当時の通釈を読まれて判断していただければ幸いです。

「第八 名を惜しむ」
 本文
恥を知るものは強し。常に郷党家門のの面目を思い、愈々(いよいよ)奮励
して其の期待に答うべし。
生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿(なか)れ。

 通釈
恥ずべき事を知る者は、自己の行為を正しくするから、従って強い者である。
常に郷里の仲間や、一家一門の名誉を考えて、いよいよますます奮い励んで、
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Q「聖道」→「?道」→「神道」→「鬼道」

ウィキペディアの「神道」の由来に関する部分に
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E9%81%93
ー略ー 中国では、信仰は四段階に進化すると考えられ、仏教は一番進んだ「聖道」に達していると信じられていた。一番下の段階が「鬼道」で、魏志倭人伝の中にもこの語が出てくる。次の段階が「神道」である。すなわち、「神道」という語は、鬼道よりは進んでいるが、まだまだ劣っているという蔑称であった。ー略ー

「聖道」→「?道」→「神道」→「鬼道」の4段階があったそうですが、この2番目の「?道」をご存知の方ご教授願います。

Aベストアンサー

 真道です。道教の考えです。

参考URL:http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/1/0014950.html


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