みなさんこの言葉だけは絶対使いたくないというのはありませんか?
私の場合「切れる」という言葉は使いたくありません。
本来、堪忍袋の緒が切れるから出てきたのでしょうが
今の感覚では堪忍というのがすっぽりと抜け落ちているようで
簡単に「切れる、切れた」という人を見るとまるで
「私は何事にも我慢の出来ない子供のような人間です」と
自分で言ってるように思えてしまうのです。
もちろん言葉はその時代時代で意味やその重みが変わっていくのは
承知していますが、皆さんはこの言葉だけは簡単に使ってほしくない
この言葉だけは意味を取り違えてほしくないと言うのはありませんか?

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A 回答 (34件中11~20件)

こんにちは。

yukkies さん、面白いテーマですね。No.21 noname#1438さんの回答が非常に印象的でした。

もうすっかり定着している語尾上げ表現(半疑問形)ですが、これは自分に自信がないことの表れと解釈される場合があるようですね。似た様な解釈ができる表現で、私が気になる言葉を…。

ひとつは、「とか」です。「~とか思って…」と使う人が結構いるんですね。幾つかの例を挙げて「~とか、~とか」と並べている訳でもないのに、こう表現するのは、「私は、これ以外にも別のことも思ったんだけど、省略するよ、私の考えがこれですべてだと思わないで。例えばよ、例えば。」と、自分の自信のなさ、表現力のなさの許しを乞うているように思います。

もうひとつは、街角インタビューで意見を求められた人がよく使う「やっぱりぃ、」です。この場合の「やっぱり」は、「私のこれから述べる考えは、誰もが思っている考えと同じなのだが(あなたもきっと同意してくれると思うが)」という意味にとれますので、やはり、自分の意見を自信を持って述べることを避けているんでしょう。ワイドショーの芸能人コメンテーターが、「○○さんはどう思いますか?」と聞かれた時にもよく使うんですよね。仮に、その人の考えが、みんなが言ってることと全く同じ主張だとしても、自分なりに根拠を整理して説得力のある発言をすることが求められているのでは?とちょっと情けなく感じます。

こういうのは、明確な意思表示を避け、場をうまくまとめること、あるいはみんなが同じ考えを共有していることを優先する傾向であり、新しい社会性の表れなのかなとも思います(こじつけでしょうか)。しかし一方、欧米型(中国だってアラブだって、こちらに近いですよね)の社会では、自分をきちんと主張、表現するのが第一歩、その上で周囲とうまくやっていくことが求められる訳で、そういう訓練のされていない人々が増えている様な気がして、それでちょっと気になるんです。
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この回答へのお礼

確かに言葉の使い方は社会環境によって左右されると思います。
日本人が主張することに慣れていない→今までする必要がなかった(できなかった)
国際社会ではそう言うわけには行きませんよね。
ただ今の社会や個人で主張されている方を見ると(国内外問わず)主張はあっても
理解、妥協は無しの感がうかがえるのです(言った者勝ち?)
声高に言わなくとも理解し合える、意志が通じるにこしたことはないと思うのですが・・・

お礼日時:2001/10/28 02:00

こんにちは。


こういう、日常使う言葉の話題って、盛り上がりますね。

私が気になるのは、
「好きではない」ことを「好きくない」
「きれいではない」ことを「きれいくない」
等の言い方を、しばしば耳にします。形容動詞を形容詞化して使っている訳です。

あと、(あ、この「あと」っていうのも、自分で言っておきながら気になりますね。)
何でもかんでも「方(ほう)」を付ける言い方。
レストランで、
「お皿の方、お下げしてよろしいでしょうか。」「レジの方はあちらになっております。」等々。

これらはいずれも、断定を避け、婉曲な言い回しを好むという、
現代日本人の傾向が現れているように思います。

なお、NO.5の方ご指摘の、
「○○円から、お預かりします」という言い方については、過去に、ここでも議論されたことがあります。
よろしかったらご参考になさって下さい。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=96363
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=12906
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この回答へのお礼

二十年前に女の子が「好きくなーい」と言ったら「そうかーよしよし」
今嫁さんが「好きくなーい」と言ったら「・・・」
しょせん男ってこんなもんです。

お礼日時:2001/10/28 01:27

『なんかいい事無い?』


つまんないセリフ
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この回答へのお礼

もう「おはよう」とか「やあ」みたいに単なる挨拶でしょう。
関西人としては「あったらここにはおらんわい!」と突っ込みたくなりますが・・・

お礼日時:2001/10/28 01:19

 たくさんの投稿が集まってますね。

わたしもそれではひとつ「嫌い」を挙げておきます。
 この言葉をむやみに使うな、というのは母の教えでした。
 その時の理由はお勉強についてでしたが、成長するにつれて自分なりの理由を持つようになり、今に至ります。

 タマネギ嫌いの父親のまねをして物心ついた息子がタマネギ嫌いになる。
 算数嫌いの兄姉のまねをして弟妹が算数嫌いになる。
 そういうことはよくあるようです。
 何かを「嫌い」と否定するのは簡単です。
 でも、それを堂々と口に出すということは「それは『嫌うべきモノだ』と自分が見なしていることの宣伝」とつながります。
 たとえば食べ物に関して使うと贅沢なわがままにも聞こえますし、もし自分の好みが変わっても簡単に撤回できるとも限りません。
 また、それは人に対して使えば「イジメ」の発端にもなりそうです。

 一度きざみこんだ苦手意識をゼロにするのは、けっこう難しいこともあるようですので。
 わたしは夫に「くれぐれも、子どもの前で『英語は難しい』とは言わないこと」と釘を刺しております。
 勉学は「嫌い」「難しい」ではなく、「知らないことを知る、わからなかったことがわかるようになる」ことなのだと子どもには認識してほしいと思うので。。

この回答への補足

同じく子供を持つ親としてとても共感します、大人だって苦手意識を
払拭するのは大変なのに子供ならなおさら。
ましてや子供の頃に覚えたことはなかなか修正できないですからね(自身がそうですから・・・)

補足日時:2001/10/28 00:49
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この回答へのお礼

どひゃー!こんなに回答が来るなんて・・・ただただびっくりです
お一人ずつお礼するのが筋とは思うのですが、まずはこの場で皆さんに
お礼申し上げます。
皆さんの回答を見ますと言葉ってとても重い物だなと改めて感じました
自身の発したたった一つの言葉が自分の印象を左右しかねない
極端かもしれませんがあり得ることです、いや現実ですね。
また皆さんの回答はすべて納得できます、ただ言葉は生き物ですから
これから先は・・・どうなることやら
昔「ありがとう」という言葉がありました、なんてことになりたくはないですね。

お礼日時:2001/10/27 03:12

たくさん回答が届いているところに2度目の回答でごめんなさい。



いちばん気にしている言葉を思い出しました。

「もっとも~なもののひとつ」というやつ。英語にするとone of the best~とかになるのでしたか、中学か高校の英文和訳で初めて接した表現でしたが、いまだに馴染めません。

「最も」というのはいくつもあって良いもんじゃないだろう、という気分がある為ですが、例えば「ロレックスは最も高価な時計のひとつです」なんて言い方はどうも間違っている気がしてしまいます。「あなたは私が最も尊敬している人のひとりです」って、皆さん違和感ないんでしょうか。学校で教えるくらいだから間違いじゃないのかもしれませんが、どうも気になります。

これまで自分の言葉として使った事はありませんし、あまり聞きたくもない言い方です。
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この回答へのお礼

Bestは確かに最上級ですがこの場合の意味は「最も」ではなく
「とても」のほうがしっくりきますね。
言葉に公式を当てはめるからこんな訳になるんではないでしょうか。

お礼日時:2001/10/28 00:48

(1)「つい」


 「いけないと思いながらもつい、○○してしまう」の「つい」です。

 「つい」で済ませてしまうと「なぜ自分は○○してしまうのか」「○○をやめるにはどうすれば良いのか」という根本的な分析と対策を怠ってしまい、いつまでも同じ過ちを繰り返すことになるからです。

(2)「どうしても」
 「どうしても○○したい」「どうしても○○できない」の「どうしても」です。

 これも「つい」と同じ理由です。NHKのしゃべり場で子どもが「私はどうしても芸能人になりたい」と話すのは微笑ましいですが、いい年をした大人が使うには無責任な言葉だと思います。

(3)「させていただく」
 「値引きさせていただく」のように、相手の利益になる事柄なのにへりくだって言うのは卑屈に感じます。

 ただし、この表現には歴史的由来があります。司馬遼太郎のエッセイによると、近江商人が広めた表現だそうです。彼らが信仰する浄土真宗では「人間の行動はすべて仏様に“させていただいている”」という思想があるのだそうです。

(4)「すごい」
 「すごい美味しい」「すごい大きな」のように、動詞や形容詞を強める意味の「すごい」です。確信はありませんが、文法的には「すごく」が正しいのではないでしょうか。

 でもこれは日本語の変化、一つの音便として受け入れたいと思います。あくまで「自分は使わない」というだけで、他人に目くじらを立てたりはしません。

 ただ、若い女性の一部には「すごい」を濫用する人がいますね。10秒に1回は「すごい」が出てくるような。こういう相手と話すのは、すごく疲れます。

(5)「レス」「スレ」「カキコ」「メアド」「メルフォ」「インタネ」etc.
 ネット用語は、私はどうも下品な感じがしていやなんですよ。


 逆に擁護したい言葉が、ここでも槍玉に上がった「全然+肯定」です。
 これについては参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.geocities.com/CollegePark/Lab/5888/mo …
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この回答へのお礼

「つい」「どうしても」よくよく考えると確かにいい大人が
連発する言葉じゃないですね。
無意識の免罪符とでも名付けましょうか。

お礼日時:2001/10/28 00:35

ずばり、「~いいです。



全く意味が通じていない。不愉快極まりない。一歩間違えば危険。

僕は某・スーパー勤務ですが、「~いいです」と言われるととても不愉快と言いますか…困ります。

例えばこんな場合はどうでしょう?

僕「こちらの商品で宜しいでしょうか?」
客「いいです」
僕「???」

買うのか買わないのかどっちなんだ?!
どちらにも取れるので解らないじゃないか!
買うのならば「下さい」とか「それにします」
買わないのなら「やめます」、「いりません」
こんな感じで言って頂ければ解り易いし、間違う事もまずないのでお互いスムーズに話が進んで気持よく取引できると思いますが。。。

なんでこんな簡単な事が言えないのか不思議でなりません。
人と話すときの基本だと思うのですが

相手が僕らみたいな真面目な(?)お店だからこんないい加減な会話でも問題ないけど、もしこれが悪い人相手だったらどうするのでしょうか?
悪い人:「「いいです(いります)」って言うたやろ?それを今更いらないとは何事じゃワレ!」
そんな風になっても知りませんよ(笑)
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この回答へのお礼

意思表示をはっきりしないのは日本語(日本人)のいいところでもあり
悪いところでもあると思います。
「いいです」はたしかにYESでもNOでも使えるのですが
それが通じない、逆手にとるというのを少し悲しく感じるのは私だけでしょうか?

お礼日時:2001/10/28 00:29

私が使わないように気をつけているのは「かわいそう」という言葉です。


たまに当人を目の前にして「かわいそうに」などと言う人がおられますが言われた方はすごく見下げられた気になると思います。

犬や猫など動物に対してとかTVを見ながらつい言ってしまうことはありますが人間を前にしては絶対使いたくないし使われたくない言葉です。
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この回答へのお礼

普段何気なく使う言葉ですが、障害者の友人が言っていました
「僕はかわいそうと言われたら`何が?`と言うようにしている」
答えられる人はいるでしょうか?

お礼日時:2001/10/28 00:20

>No.11を見て


生きざまは生き様、つまり生きている様子なので、生き方とは違う気がします。
ざまーみろ、と同じだというのは確かにありますが、個人的に死に様は嫌だけど
生き様はいいかな、なんて思っています。

私が大切にしたい言葉は「気が置けない」です。
これが、気を使うことのない、相手との間に「気」を置くことがない
というのは、誤解されがちな言葉でしょうが、とてもいい言葉だと思っています。
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この回答へのお礼

「私には気が置けない友達がいます」言葉より胸を張ってこう言えることが大切だと思います。
ただ今では単にしゃべるだけで友人、一緒に遊びにゆくと親友扱いだそうで
「友人」の意味も変わってきているようですね。

お礼日時:2001/10/27 10:42

「切れる」って言うのは「堪忍袋」ではなくて、「血管切れる」、


からきてるのだと思います。怒ると額に青筋が立って、
それが「ぷつんと切れる」のです。

あと「全然」が話にあがっていますが、「とても素晴らしい」の「とても」も、
本来は否定を伴う言葉だそうで、これは「最近の若者は言葉が乱れてる」
と芥川龍之介が嘆いたそうです。

こないだ池袋で若い人の言葉を聞いていたら、「まじ?」「うそ?」「なんで?」
の3つの単語で話してたので面白かったです。僕は使いたくないですけど。
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この回答へのお礼

うーん、我慢していたものがぷっつり切れるから「堪忍袋の緒」だと認識してたのですが。
私の小さい頃は「青筋を立てる」はあっても「血管が切れる」と言う表現は
無かった気がします。ひょっとしてこれも時代の差かも?

お礼日時:2001/10/27 10:34

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「承知」と「了承(諒承)」は意味がほとんど同じですが、ニュアンスが微妙に違います。

強いて言えば、「承知」は知っているかどうかが問題とされるのに對して、「了承(諒承)」は納得するかどうかが問題とされます。
單に知っているかどうかを問題とするよりも納得するかどうかを問題にしたほうが、聞き手(「「ご承知おき下さい」などの言葉を受ける側の人)の自由を認めています。


「おく」というのは、「ご承知おく」という動詞の一部なのか、補助動詞のようなものなのか、私はよくわからないので...続きを読む

Q国語の、切れ字がよく分かりません。 ちょっと急ぎ目なのですが、教えてください! 初句切れ、二句切れ

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だれか教えて下さい。お願いします。

Aベストアンサー

「重さ」と「重み」の違いは、ともに接尾語である「さ」と「み」の違いに集約されます。「厚さ」「厚み」、「暖かさ」「暖かみ」なども同じです。

「さ」は、対象物(重いもの)を客観視する場合に使い、「み」は、対象物の性質や状態を観察者(重たく感じる自分))が主観的・感覚的に捉える場合に使います。重さがある(○○キロ)ということと、重みを感じるということが異なるのはそういうわけです。

以下、大辞林から引用します。ご参考まで。


(接尾)
[一]形容詞・形容動詞の語幹、一部助動詞の語幹に準ずるものに付いて名詞をつくる。
その表す性質・状態・心理そのもの、またその程度などを表す。「深―」「つら―」「暖か―」「会いた―見た―」


(接尾)形容詞・形容動詞の語幹に付いて名詞を作る。
そういう性質・状態、またそういう感じを表す。「暖か―」「厚―」「おもしろ―」「新鮮―」〔「味」を当てることがある。接続する語が「さ」より少なく、対象の性質・状態・程度を主観的・感覚的にとらえる〕

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/cgi-bin/jp-more_print.cgi?MT=%A4%DF&ID=a4df/19344200.txt&sw=2

「重さ」と「重み」の違いは、ともに接尾語である「さ」と「み」の違いに集約されます。「厚さ」「厚み」、「暖かさ」「暖かみ」なども同じです。

「さ」は、対象物(重いもの)を客観視する場合に使い、「み」は、対象物の性質や状態を観察者(重たく感じる自分))が主観的・感覚的に捉える場合に使います。重さがある(○○キロ)ということと、重みを感じるということが異なるのはそういうわけです。

以下、大辞林から引用します。ご参考まで。


(接尾)
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