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『もんどりうつ』の語源はなんですか?

A 回答 (3件)

もんどり打つを漢字で書くと《翻筋斗:もんどり》となります。



「翻」はひるがえると言う意味です。つまり、体をひるがえらせる=とんぼ返りをすることなのです。
この「もんどり」とは元々「もどり」と言う言葉がいつのまにかリズム感を加えて「もんどり」になった物です。

さらに「もどり」は「戻る」と言う言葉ではなく「本取:もとどり」が語源だと言われています。
この本取とは、侍などが髪の毛を束ねている場所の事を言います。

つまり、投げられた際に、ぐるりと回転して倒れ込んだ時に、頭から地面に落ちると
この髪の毛の付け根を地面にぶつけてしまうことから「本取を打つ」となり、
現在の「もんどり打つ」になったようです。
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この回答へのお礼

なるほど! 「本取を打つ」が語源なんですね。
でも「戻る」と言う説もあるんですね。
スッキリしました。ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/16 14:03

漢語表記は"翻筋斗"ですが、国語的に言うと「戻り」の強調表現である「もんどり」+「打つ」です。

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この回答へのお礼

「戻り」の強調なんですか。
へぇ~と言う意味あいがあるのかと思っていました。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/16 14:11

〔「もどり(翻筋斗)」の転〕とび上がって空中で一回転すること。

宙返り。とんぼ返り。

参考URL:http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%E2 …
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この回答へのお礼

締め切った後に自分なりに調べてみました。

漢字が分からなかったので、教えていただいた漢字で検索をしました。そして、新潮社のサイトでそれらしいものを見つけました。
語源は色々な説があるので面白いですよね。
ありがとうございました。


新潮社HP
http://www.shinchosha.co.jp/shoushin/kanji_ichir …

お礼日時:2005/08/16 14:30

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Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
PC辞書で「めど」の変換を探すと目途が入っているのもありますね。
これは明らかに誤用ですよね。

Aベストアンサー

めどはやまと言葉ではないでしょうか。もしそうなら漢字は当て字であり、どちらが正しいというものでもなく、世間で一般的にどう使い分けされているかということに過ぎないと思います。

広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
ものごとがその完成、実現にちかずいたということを意味し、目標とは若干ニュアンスが異なると思います。目標は高くとは言いますが、目途(目処)は高くとはいいませんね(この部分は蛇足です)

Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
gooの国語辞典で調べると、『罷免』は単に辞めさす事。
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だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Q「引導を渡す」という言葉について

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この言葉は、(とどめを刺す)様な意味で使われることはあるのでしょうか。
例えば、
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とかいう使い方をすることがあるでしょうか。
(壊れかけの車を、ごまかしごまかし使っていたのを、もう諦めて、廃車にする)
ような意味では使われるような気がするんですが、
ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか、
教えていただけますか。
なんとも分かりづらい質問で、申し訳ありません。

Aベストアンサー

 
「引導」というのは、元々中国で古くから使われていた言葉で、特に「道教」では、一種の気息術か、呼吸法で、大気を吸い込むことを言いました。しかし、普通の言葉として、「手引きする」「案内する」というような意味をあいます。

仏典を漢訳するとき、サンスクリット語 parikarsana の訳語に、この「引導」を選んだのです。「法華経」では、人々を導いて仏道に入らせる意味で使われています。また、死者を済度する意味でも使います。

後に、死者の葬儀の時、導師が、棺の前で、法語や仏教の教えの詩(ガーター)を語って、死者を、迷界から浄土へと導くよう試みる儀式のことになります。

これを、「引導を渡す」と言います。「迷界から浄土へ導く」とは何かと言うと、これは、死者に、「死んだ事実」を確実に認識させ、現世への執着を棄て、悟りの仏道へと進むよう説くことだとも言えます。

つまり、「お前は間違いなく死んだ」ということを、死者に宣言する儀式にもなります。民主主義的とか何とか関係なく、端的に「事実」を語り、事実を宣言する儀式だとも言えます。死の不可逆性を悟って、始めて、浄土への道も開かれるからです。

最初に、こういう「引導を渡す」という形の儀式をしたのは、中国黄檗集の祖、黄檗希運で、彼は9世紀頃の人です。

仏教用語から転じて、「最終的な宣告をして、諦めさせる」という意味があるようですが、これは「最終的な宣告をする」にウェイトがあります。引導を渡しても、相手が納得するとか、諦めるとは限らないからです。

仏教なら、「お前は死んだのだ、そのことを知り、成仏せよ」と引導を渡しても、死者が納得せず、この世への未練から、亡霊などになったり、輪廻に落ちるということは、別に珍しいことでもないからです。

他方、「止めを刺す」というのは、殺したはずの相手を、生き返る余地などないように、念を押して、首を突くとか心臓を刺して、死を確実にすることです。ここから転じて、念を入れて、終わらせるという意味になります。

「敵の攻撃に止めを刺した」というのは、単に攻撃を撃退するだけでなく、もう攻撃できないよう、念を入れて撃退・壊滅させることでしょう。またこれで、最後の最後だということで、「日本画のあの分野では、現代ではA氏がとどめを刺した」という風に使います。

>「(壊れかけの)会社の車に、おれが引導を渡してやった。」

これは用法としてあると思います。「引導を渡す」というのは、かなり転用されます。

>ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか

「引導を渡す」と「とどめを刺す」では、意味が元々違います。しかし、或る場面だと、二つの言い方で、どちらでも使える場合があります。「総務にかけあって、あの車は、おれがとどめを刺してやった」というのは、同僚などに語る場合は使うと思います。

そもそも車に向かい、「お前はすでに死車だ、そのことを知り、迷わず成仏せよ」などというのはおかしい訳です。この場合の「引導を渡す」は、「もう無用の車だと宣言する」ということでしょう。車に擬人的にこう言っているのだとしても、車に同意や納得を求めている訳ではありません。

だから、もう壊れかけ、実は廃車となっているはずの車に、最後の止めを刺して、実質廃車にした、という意味で、「止めを刺した」はありえると思います。

会社か総務の方針かなどで、とっくに廃車(死者)になっている車が、迷って、この世にいるのを、お前はもう廃車だ、この車はもう廃車だ、と宣言することが、「引導を渡す」であり、またそのことは「とどめを刺す」ことにもなるからです。

(もっと偉い人が、車を廃車にしない総務の担当に、廃車にしなさいと、引導を渡す、ということはあります。しかし、担当にとどめを刺すとは言いません。担当に引導を渡し、車にとどめを刺した……というような言い方になるでしょう。無理に例を作ると)。

「引導を渡す」と「止めを刺す」は、元々の意味が違いますから、特定の場面でしか、この二つの表現は成立しません。それも、かなり口語的で、「砕けた表現」の場合に、両方使えると思えます。

だから、この場合は、あれは廃車だと思っている同僚に向かい、軽く言う場合は、「おれが引導を渡した」「おれがとどめを刺した」は使えますが、上司に向かい、「課長、私が、あのぼろ車にとどめを刺しましたよ」というのは、酒の席だとかで冗談めかして言うならともかく、ちょっと使わない方が適切です。

>ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか

ここでは、話す相手や場面によりますが、「引導を渡す」は、「止めを刺す」という意味で使えると思います。しかし、この二つの表現は、本来起源が違うので、一般的な使用の慣習などで、判断しなければならないと思います。

口語調で、少し乱暴に言う場合以外は、基本的に、違う表現・言葉だと考えた方がよいと思います。
 

 
「引導」というのは、元々中国で古くから使われていた言葉で、特に「道教」では、一種の気息術か、呼吸法で、大気を吸い込むことを言いました。しかし、普通の言葉として、「手引きする」「案内する」というような意味をあいます。

仏典を漢訳するとき、サンスクリット語 parikarsana の訳語に、この「引導」を選んだのです。「法華経」では、人々を導いて仏道に入らせる意味で使われています。また、死者を済度する意味でも使います。

後に、死者の葬儀の時、導師が、棺の前で、法語や仏教の教えの詩(...続きを読む

Q「可及的」という言葉の後には「速やかに」にしか続かないのか

「可及的」という言葉をgooの辞書で調べたら、
由来は漢文の「可及」からきていて、
「及ぶ可く」=出来る限り、という意味のようです。

それは良いのですが、この言葉の後にはなぜか「速やかに」
という言葉が続く例しか見たことがありません。

例えば、「出来る限り努力して」を「可及的努力して」
とは言わないですよね?

なぜ「可及的」は「速やかに」にしか続かないのでしょうか?

Aベストアンサー

「可及的努力して」ですか。聞いたことがないですね(笑)。まあ、一般用語としては、語呂の良し悪しの問題だけだとは思いますが、ちょっと別の視点から。

「可及的速やかに」とは「できるだけすぐに」という意味の典型的な行政用語(お役人用語)です。

この場合は「可及的」よりも「すぐに」の方がポイントです。

行政用語で「すぐに」というのは「遅滞なく」、「速やかに」、「直ちに」の3種類あります。

いずれも時間的即時性を表しており、3種類のうちどれが一番早いというのはありませんが、厳密に使い分けられています。

どういう風に使い分けられているかと言うと、すぐにしなかったときの「ペナルティの有無」なのです。

まず「遅滞なく」というのは、合理的な理由がない限りすぐにしなければなりません。逆に、合理的な理由があれば、後回しにしてよいわけです。例えば、「記載事項に変更があったときは、遅滞なく、その旨を届け出なければならない」などです。

次に「速やかに」というのは、どちらかというと訓示的な意味に用いられます。あくまで訓示的な意味合いなので、すぐにしなくても罰せられるところまではいきません。まあ、怒られはするでしょうが。例えば、「○○を実施したときは、速やかに報告しなければならない」などです。

これに対し、「直ちに」は、合理的な理由があろうがなかろうが、一切の遅延を許さない場合に用います。すぐにしないと罰せられることもあります。例えば、「燃えている物を見つけた場合は、直ちに消火しなければならない」、「おぼれている人を見つけた場合は、直ちに救助しなければならない」などです。

ということは、「できるだけ」という意味の「可及的」には、強制力のある「直ちに」は合いません。「遅滞なく」も半強制なので、これも合いません。強制性の最も弱い「速やかに」が一番しっくりくるのでしょうね。

「可及的努力して」ですか。聞いたことがないですね(笑)。まあ、一般用語としては、語呂の良し悪しの問題だけだとは思いますが、ちょっと別の視点から。

「可及的速やかに」とは「できるだけすぐに」という意味の典型的な行政用語(お役人用語)です。

この場合は「可及的」よりも「すぐに」の方がポイントです。

行政用語で「すぐに」というのは「遅滞なく」、「速やかに」、「直ちに」の3種類あります。

いずれも時間的即時性を表しており、3種類のうちどれが一番早いというのはありませんが、...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q「サン トワ マミー 」とはどういう意味か

「サン トワ マミー 」とは
何語なのでしょうか。
またどういう意味なのでしょうか。

教えて下さい。お願いします。

Aベストアンサー

えっと、学校のフランス語の授業中に出てきた話題だったのでお答えします。
とりあえずアルファベに直すと「Sans toi m'amie」らしいです。
この"amie"についてる"m'"は所有形容詞である"ma"で、
昔のフランス語では現在のように次が母音で始まる名詞の場合
本来男性形である"mon"を使うというのではなく、
次が女性名詞(この場合amie)の時は所有形容詞も女性形の"ma"を使い
エリジヨンしていた、ということでした。

そこから考えると、意味は
男性が女性である恋人に対して「君がいなくては」ってことみたいです。

Sans=Without
toi=きみ
m'amie=恋人(女性)

Qうろ覚え?うる覚え?どちらでしょうか!?

私はずっと「うろ覚え」と使っていたのですが

最近ネット上で「うる覚え」という表現を見かけるようになり
どちらが正しいのかわからなくなってきましたぁ~!

どちらが正しいのでしょうか?

※ちなみにCD-ROMの辞典で調べると「うる」は出てこなかったんです・・・。

Aベストアンサー

うろ覚えが正解です。

過去にもありましたね、この質問。

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=167373

Q「該当」と「当該」の違い

辞書には、「該当」・・・その条件にあてはまること。「当該」・・・その事に関係がある。
・・・とあります。
“あてはまる”と“関係がある”、微妙に違うようで似ているようで、お恥かしいのですが私にははっきり区別ができないのです。
該当とすべきところを当該としたら、意味はまったく違ってくるでしょうか?
わかりやすく両者の違いや使い方を解説していただけませんか?宜しくお願いします。

Aベストアンサー

よく似た意味の言葉(名詞)ですが、

○該当…「する」をつけて「当てはまる」という意味の動詞として用いることができる

○当該…主に他の名詞の前につけて「今議論の対象になっている、まさにそのもの」という意味で内容を限定する形容詞的な形で用いる

といった違いがあります。逆の用法はありません。

・この条件に当該する人は申し出てください。

・○○事件につき、該当被告人を有罪に処す。

いずれもおかしな使い方で、反対でないとアウトです。

ご参考になれば幸いです。

Qカセットコンロのボンベの処理

家の納戸の整理をしていたら鍋物用のカセットコンロのプロパンボンベ(あのスプレー缶位の大きさのものです)が未使用のまま沢山出てきました。

そのまま今冬にでも使おうかと思ったら底の部分がかなり錆びていまして、、。
缶の説明を読むと錆びているボンベは爆発の危険があるのでつかうなと書いてありました。
このような場合不燃物で捨てると回収車が爆発炎上したりするので不用意に捨てられませんよね。
かといって穴を開けて中身を出すのも恐いし、、。

地域の自治体に聞くのが良いのかもしれませんが“お役所仕事”で「メーカーに聞いてくれ」とかって扱ってもらえないかもしれませんし、、、。

これらの缶入りプロパンはいったいどう処理したら良いのでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
卓上コンロのLPガスボンベですよね。
自分も経験があります。
やっぱり錆びてしまって処理に困りました。

通常、ヘアスプレーとかカセットボンベ等は、
各市区町村の自治体で、

 ・清掃管理課
 ・不燃物リサイクルセンター

に問い合わてください。
出来れば直接窓口に行って相談されたほうが、早く解決します。
「不燃物リサイクルセンター」のような施設の整っている自治体では、ここで処理してくれますので、直接持っていったほうが良いでしょう。
ボンベの「穴あけ機」も貸してくれます。
 ・怖くて空けられない
なら、言えばちゃんと処理してくださいます。

透明なビニール袋にボンベを入れて、「不燃物リサイクルセンター」の受付に直接持って行き、穴を開けていないことを言います。たとえ、満タンのボンベが300本でも大丈夫だそうです(笑)

経験から言うと「お役所仕事」で確かに断られそうですが大丈夫ですよ。意外とそんな意地悪な人はドラマの中だけのようです。
役所の方から聞いたのですが、窓口に直接見えた方を優先するらしいので、電話で問い合わせると断られやすいのは確からしい。

自分の経験では、清掃センターで扱ってくれました。
なんといっても決め手は「直接持ってゆく」ことですね。

直接、清掃センターへ持って行って、
ちゃんと処理してくれたのが、
 ・ガスボンベ313本(錆びていた)
 ・浄化槽(軽自動車ぐらいの大きさ)
  家族総出で分解して乗用車で数回に分けて
  持っていった。
大抵「本当は駄目なんですよ」と言うのですが、
ちゃんとやってくれますので安心してください。


どうしても弱腰でだめ、というなら、
都道府県毎に、
 ・社団法人の「エルピーガス協会消費者相談所」
というのがあります。
ここにご相談下さい。

下記参照URLは
日本エルピーガス協会のページです。
ここの「都道府県協会」のメニューを選ぶと、
各都道府県毎の連絡先が乗っています。

お役に立ちましたら幸いです。

参考URL:http://www.japanlpg.or.jp/

こんにちは。
卓上コンロのLPガスボンベですよね。
自分も経験があります。
やっぱり錆びてしまって処理に困りました。

通常、ヘアスプレーとかカセットボンベ等は、
各市区町村の自治体で、

 ・清掃管理課
 ・不燃物リサイクルセンター

に問い合わてください。
出来れば直接窓口に行って相談されたほうが、早く解決します。
「不燃物リサイクルセンター」のような施設の整っている自治体では、ここで処理してくれますので、直接持っていったほうが良いでしょう。
ボンベの「穴あけ機」も貸し...続きを読む

Q"Can you celebrate?"ってどういう意味??

安室奈美恵さんの「Can you celebrate?」
という曲がありますが、そもそもこの英語はどういう意味ですか?
(誰が誰に対して言っている言葉なのでしょう・・・)
「Will you celebrate our marriage??」
とかならわかるのですが、celebrateが自動詞ではおかしいと思うのですが・・

Aベストアンサー

中傷だけで終わるのも何なので補足します。

Nagatosさんは、英米人なら絶対しないような間違いと、する間違いの区別ができてないようです。質問者さんは、「Can you celebrate?」はどっちですか?と聞いているみたいですが、それを理解されてないので、議論が平行線になってるみたいですね。

例えば日本の黒板消しの商品名で「Clean Elaser」というのがありました。これは明らかに米英人はしない間違いです。意味不明です(「きれいに消せる黒板消し」と言いたいのだろうが、「黒板消し自体がきれい」という意味にしか聞こえない)。こんな間違いは英語の歌詞にもないでしょう。

結論を言うと、「Can you celebrate?」は微妙なところだと思います。「Clean Elaser」ほどひどくはないけど、英米人は言わないでしょう。でも、歌詞になら使ってもおかしくはない・・かな??という感じです。聞くひとも、意味はかろうじて推測できるかなという程度だと思います。賢いひとなら、こんな詩は書かないでしょうね。

慣用だからとあきらめずに、正しい英語を使おうと努力する姿勢を評価したいですね。

中傷だけで終わるのも何なので補足します。

Nagatosさんは、英米人なら絶対しないような間違いと、する間違いの区別ができてないようです。質問者さんは、「Can you celebrate?」はどっちですか?と聞いているみたいですが、それを理解されてないので、議論が平行線になってるみたいですね。

例えば日本の黒板消しの商品名で「Clean Elaser」というのがありました。これは明らかに米英人はしない間違いです。意味不明です(「きれいに消せる黒板消し」と言いたいのだろうが、「黒板消し自体がきれい」という...続きを読む


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