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が、以前 話題になったような気がします。
(詳細がわからず 申し訳ございません。)

不確かな記憶ですと、
「そんな大学生は とんでもない」
「高校までの教育がよくないのだ」
と言う内容だったと思うのですが
(記憶が違っているのかも)
何故
「そんな学生を合格させる大学に問題がある」
とは ならないのでしょうか?
(もしかして なってた?)

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A 回答 (16件中1~10件)

「分数ができない大学生」は、本の名前です(岡部恒治・戸瀬信之・西村和雄編、東洋経済新報社,1999)。

多数の著者の文を集めたものですが、著者は大学の教員、国立教育研究所職員などです。「最近、大学に入学してくる学生の学力が低下しており、我々はこんなに苦労している。このままでは将来の世の中がどうなるか心配だ」という内容です。したがって、高校までの教育課程などの問題や、なぜ数学を学ぶ必要が(学生や社会にとって)あるのかといった議論に重点が置かれています。しかし、大学をとりまく環境の変化(大学設置基準の変更など)や、小数科目入試など大学自身の問題にも触れられています。

この回答への補足

やっと 読み終えました。

・大学までの 教育課程内容の連続性の欠如
・単に 大学に入れば良い と言う 考え方
・そもそも 大学とは何か?
など 考えさせられるところがありました。

ドラゴン桜なんか いい例ですね。

補足日時:2005/08/30 19:59
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

早速 図書館に予約しました。
明日から 読めると思います。

====================
でも、「数学(その他の科目)ができると 将来が安泰だ。」と考えるのも 危険そーですね。

お礼日時:2005/08/20 14:06

文学部でも、数学がぜんぜんわからなくては先行研究がよめません。

心理学にかぎりません。

日本文学でも多くの作品が計量国語学の対象になっており、理解するには統計の理解が必要です。
現代哲学にしても認知科学やニューラルネットの本が読めなければ理解できません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

数学が理解できていなくても 卒業できる大学もあるのだと思います。
(具体名はわかりませんが・・。)

お礼日時:2005/09/25 17:23

学力がない学生を合格させる大学に問題がある、ようなことも言ってたきがしますよ。



ただ、これって東京大学かどっかの大学の学生のことをいっているんじゃなかったかなあ?あるいは東京大学ではなくても慶應だったか、どっかの大学の学生の話だった気がします。

だから「分数ができない」と一言で言っても別に小中学生でやっているような単純計算のレベルではなくて、もっと「本質的なことに対する理解が足りない」ということなんじゃないんですかねえ。

「分数ができない」ということが一体どの程度の理解度のことを指しているのか分からないので、そこのところをもう少しはっきりさせる必要があるんじゃないでしょうか。

学力低下の問題は江戸時代のころからずっと言われていますから、、、、、、
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

他のご回答の方から紹介のありました本を読みました。

実際の問題がすべて 紹介されていますが、大学ごとの正答率や グルーピングにどの大学が含まれるのかなど 具体的に書かれていない部分が多く なんともです。

小中学校での単純計算もできないのが いる(東大)とのことですが・・。

どんな回答があったかを ひとつひとつ 見てゆかないと 「はっきり」はしないですね。

下でも書きましたが、
・例えば 東大に入れば良いと言う社会
・大学までの教育課程内容の連続性
・そもそもの大学の位置づけ
など 幅広いテーマの一部であることが わかりました。

お礼日時:2005/08/30 20:05

1


私は経済学と教育心理学(統計学も必要)を専攻しましたが、これらではさすがに分数の計算もできないと単位修得は無理です。
しかし、文系学部の多くでは分数計算ができなくても履修できる現実はあります。
そしてそれに見合った入試科目になっている形でしょうね。
(逆に言うと、入試に数学を課さない経済学部などはちょっと疑問です)

2
しかし大学側にも言い分はあります。
大学入学のためには、入学試験以前に、

高校課程を履修して卒業証書をもらっている 
(例外的に高校卒業程度認定試験)

ことが必須です。高校の必修カリキュラム上、分数の計算もできなければ高校卒業はできないはずです。
「なぜ大学入試で落とさないのか?」と問われたら、

“なにも入試で確認しなくても、高校卒業している以上、
 分数の計算くらい、できているのは当然の前提”

という建て前が成り立ちます。

3
義務教育以後の高校・大学教育については、二つの考え方があります。
A ハイレベルな教育を、受けるに値する人だけを選抜して、入学・卒業させる。

B 「教育を受けたい(子どもに受けさせたい)」と希望する人たちの需要に応じて、公私の学校が教育サービスを供給する。

Aであれば、分数の計算もできない者は大学、それ以前に高校入学も拒絶されかねません。
一方、Bであれば、「分数の計算を大学で習う」科目を履修することで大学卒業できるかもしれません。

今の日本の高校・大学では、このAとBの二極分化が進んでいるのは明らかです。

4
ところが、
>「分数ができない大学生」(岡部恒治・戸瀬信之・西村和雄編、東洋経済新報社,1999)
は、本来「A」だと期待されているような大学生ですら、分数ができないという現状に警鐘を鳴らした著作です。
二極分化が進む一方で、全体のレベルも下がっている、という危機的状況です。

5
日本の高校・大学は伝統的に、入試をして「定員」まで合格させる事をしてきました。
全体のレベルが下がっている時に、これはまずいことになります。

○「A」を標榜する大学は、有資格者が少なければ定員未満しか合格させない(合格させなくても経営が成り立つ仕組みを作る)

ということが、社会的に許されるかどうかにかかっている、と思います。

この回答への補足

私の質問は、
「そんな学生を合格させる大学に問題がある」と言ってたメディアがあったでしょうか?
と言うことなんですが・・。

私自身のなかで かみ合わなくなってきてしまいました。

補足日時:2005/08/23 20:54
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

大学生だからって 分数や小学校過程のすべてができなくても 良いような気がしました。

小学校過程のことができなくても、大学で専門分野をしっかり学ぶ姿勢が 大切なのだろうなと。

そうでなければ、大学(学校)に行く必要が無いような気がしてきました。

お礼日時:2005/08/23 18:03

個人的には「分数の計算が出来ない大学生は」文系人に特に見られる現象だと思います。

私は某大学の電子学科に所属しているのですが、数学の使わない講義は全く考えられません。少なくても高校レベルの数学が理解できてないと間違いなく単位が落ちます。(∇などの微分演算子を普通に使いますから)ただ、同じ大学に入った別の学科(化学系)の友達がいるのですが、その人たちは数学は全然使わないそうです。そもそも、分数なんてめったに出てこないと聞きまし、化学系は、数学が出来なくても物理と化学が一定以上出来てれば入試で数学が零点近くでも落とさないらしいと言ってました。理系の中だけでもこのような差が出来るということは文系だとそれがさらに顕著になるでしょう。やはり、そこから考えると専門分野に特化した選抜をやるばかりにそれに関係ない科目が見捨てられ、結局「分数が出来ない大学生」が誕生するのではないでしょうか。そう考えると、そのような環境を作ったのは大学もそうかもしれませんが、入試科目以外をないがしろにしている高校にも責任があるかもしれませんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

考えていると「何が専門で」「何が一般的」なのかわからなくなってきました・・。

(私も理系なのですが、)
例えば 小6のこどもは
「土地制度を中心に、歴史がどう展開しているのかを大化の改新から現代まで述べなさい」
を答えることができます。
まぁ 程度の差こそあれ、それなりに答えます。
理学で博士号を持っている私は 「えっ それなに?」って感じで 粗々にしか答えられません。
(こどもと一緒に勉強してて、学力がアップしている私・・。)

となると、「分数のできない大学生」を横展開した場合 それに 私自身が該当するのカモ~と 考えるようになりました。

お礼日時:2005/08/23 08:05

「分数の計算のできない大学生」


→「そんな大学生は とんでもない」

は、私自身はそうは思いませんが、そういうふうに考える人がいることはわかります。しかし、

「分数の計算のできない大学生」
→「高校までの教育がよくないのだ」

とか、

「分数の計算のできない大学生」
→「そんな学生を合格させる大学に問題がある」

については、論理のすり替えで、何の根拠もない。

学校ってったって、所詮需要と供給で成り立っているのですから、「学生」を批判するのでなく、「学校」を批判するのはどうかと思います。高校も大学も義務教育ではありませんから、個人の能力に合わせていろいろあって良いと思います。行きたいかどうかは別にして。

この回答への補足

補足です。

>騒いでる皆さんは 実際に読んでないのに
私の周りで騒いでいた皆さんは 読んでなかった
と言うことであります。
(保護者や教諭ら。PTAの飲み会で 伺ったら、「そんな本知らない」がほとんどで、実際に読んでる人はいませんでした。まぁ ウソ言われてれば 違うかもしれませんが・・。)

補足日時:2005/08/22 20:01
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

なるほどです。
「大学生だからって 分数の計算ができなくてはいけないわけではない。」
って ところですよね。

個人的には、誰が悪いって 思ってないですが メディアで「大学が悪いんだ」ってしたものが 無かったのかなぁと思っている程度です。

昨日の朝日小学生新聞の折込記事で、
PISA、IEA、TIMSS などに 触れながら 学力低下の話題を説明してたのには びっくりでした。
ぎょうせい の 日本語版 PISA結果を読んだりしてますが、騒いでる皆さんは 実際に読んでないのに 小学生向けの記事に書かれてるなんて・・・。

お礼日時:2005/08/22 20:01

「そんな学生を合格させる大学に問題がある」まさにその通りです。



ごくごく基本の知識を持たない人がその他の、より高度な知識を持っているとはとても考えられません。 

事実、(大学生と思しき人物からの)ここへの投稿内容を見ても、全てとは申しませんが、その感を強くします。

すなわち、〔分数の計算のできない大学生〕は当然他の教科も相当低レベルといっても過言ではないでしょう。 漢字も、ろくに理解していないと思っていたほうがよいでしょう。

大学の責任、というより、その様な低レベルの「大学もどき」を認可している政府に問題があると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ん~ まぁ 税金も使われてるわけで・・・。
もったいないかなぁとも思いますが・・。

まぁ 一芸に秀でる を 育成するためには 分数なんかできなくて も よいのかなぁとも 思い始めました。
でも 学生の実態がわからないので わかりません。

お礼日時:2005/08/22 19:55

記憶は使わなくなれば簡単に忘れます。


特に受験みたいに詰め込みではなお更です。

分数は日常使いませんからね。
微分積分も同じですね。

「出来ない」のではなく、「忘れた」が正しいと思います。
受験による重圧から解放されれば頭の中がガスが抜けたように今までの記憶が飛びます。
これは幼い時から重圧を経験しないで育ったからです。
今の子どもの重圧は受験くらいしかないのです。
外で遊んだり趣味に没頭したり重圧を感じないで育つとなりやすいそうです。

「そんな学生を合格させる大学に問題がある」
とは思いません。
これは学歴偏重社会だからこそだと思います。
ゆとりではありません。子どもたちの経験不足です。
ゆとりはその受験以外の重圧を経験させるための時間なのにそれを理解しないで中途半端に使われている。

社会が学歴偏重を見直さないと難しいでしょう。
特に国家公務員。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

そのよう考え方もあるのですね。

でも、
>分数は日常使いませんからね。
今は事務屋ですが 私は日常的に使いますし、何分の何と考えることは 台所でも多いです。
確率を考える時にも 分数を使いませんか?

>微分積分も同じですね。
頭の体操的に 使う時ありませんか?

>受験による重圧から解放されれば頭の中がガスが抜けたように今までの記憶が飛びます。
自分が中学受験したときの記憶とそれ以降今までで知ったことを合わせて 小6のこどもに教えてます。
私の場合は「ガスが抜けたように」とはならなかったような気がします。
あっ でも 嫌いな科目のことは 抜けちゃいました!
歴史なんかは こどものテキスト見ると 知らないことばかりですね!!

お礼日時:2005/08/22 08:20

西村先生たちは、分数・少数以外の調査もしています。


2次方程式が解けないなんてなんなんでしょうか。
私も「解の公式」を記憶してはいませんが、必要があれば、その場で導くことができます。

数学の知識は多くの分野で論文を読むのに必須です。分数計算のできない人は卒業論文もかくことはできないでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>分数計算のできない人は卒業論文もかくことはできないでしょう。
分数以外、国語があまりにもできなくても 論文は書けないような気もしますが・・・。
==========================
台形の面積を求める公式が 算数から無くなると話題になったことがありますが、平面多角形の面積は 三角形の面積を求められれば なんでも 求められるのにと 当時 小3のこどもと話したことを覚えています。

お礼日時:2005/08/22 08:10

団塊二世以降の「第一次ゆとり教育世代」の能力については、あちこちで色々な言われ方をしています。


たまたま大学生だったので、そのような疑問を持ったのかも知れませんが、本来習得すべき年齢で勉強をしていなかったら、そこでの教育を問題にするのは当然だと思います。
大学で勉強すべきことを、社会人になってもわからない人は、もちろんそんな人間を採用した会社にも問題はあるでしょうが、やはり大学を問題にすべきです。

卒業をさせるということは、学校が子どもの能力の品質を保証しているわけですから。

学校の保証をまるっきり信用せず、大学入試レベルのチェックを企業がしなくてはならないような事態になりつつあることは、日本の公教育の崩壊が極限まで来ているということですから、郵政の次に教育を改革すべきということでしょうね。

この回答への補足

補足です。

卒業生の品質?を考えるならば 単位の与え方や卒業試験などで対処ができるかもですね。

補足日時:2005/08/23 17:58
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>学校の保証をまるっきり信用せず、大学入試レベルのチェックを企業がしなくてはならないような事態になりつつあることは
そうなんですかぁ。知りませんでした。

お礼日時:2005/08/22 08:06

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