歴史や文明に関する本を読んでいると、「文化」と「文明」の定義には、かなりばらつきが見られます。代表的には、以下の3通りの定義(説明)がありましたが、いまひとつ、はっきりしません。専門的には、どのような定義がなされているのでしょうか?

(1)文明は文化の総合体。

(2)文化は、思想・道徳・芸術などの精神的所産であり、文明は、技術的・物質的・政治制度的所産である。

(3)文化は特定の地域や歴史に縛られ、文明は、より普遍的、抽象的で、特定地域や歴史に縛られない。

A 回答 (3件)

◆文化は「地域性」を特長とする「生活全般」を指しています。



気候や地形、生活形態(農耕・遊牧・狩猟採集etc)などの地域的・民族的特性から派生して、その地域・民族に特化、形成された生活全般を「文化」と呼んでいます。
研究対象としては、言語、共有する神話・歴史、それにともなう生活習慣(法的なもの・宗教、婚姻形態、社会構成etc)、道具類などが挙げられます。

◆文明は「汎用性=広域性」を特長として、上記の文化的枠組みを超えた「技術」を指しています。

もともとは一文化の部分的な要素でしかなかったものですが、例えば「鉄」を利用する生産技術・加工技術・利用技術は文化の違いを超えて普及していきます。こうした文化という地域性にとらわれない技術やそれに付随するものを「文明」としています。
上記の「技術」には統治のための制度やその運用方法(例えば律令制や資本主義のシステムetc)も含んでいます。
政治制度に注目した文明論もあれば、技術に重点をおいた文明論もありますし、また大きく遊牧文明・農業文明と言う言い方をする場合もあります。

定義は論者によって幅がありますが、基本的には上記で良いかと。

そう言う意味で、
(1)文明は文化の総合体、ではありません。
(2)文化は精神的所産に限定されたものではありませんし、文明は技術に様式が付随しパッケージとして伝播することが多いので、精神的・思想的な影響力も持ち合わせています。
(3)縛られると言うより、文化は地域・歴史から派生したもので不可分です。そして、文明は抽象的ではなく常に具体的です。
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この回答へのお礼

うわー! すばらしく洞察力のある明確な定義ですね。感激です!

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/24 21:46

英語で書いた時civilizationがつくのが「文明」、civilizationがつかない単なる形容詞で表すのが「文化」ですかね。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/24 21:35

故・宮脇俊三先生によると、文明は理論、文化は応用。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/24 21:34

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Q「文化」と「文明」の違いは?

歴史や文明に関する本を読んでいると、「文化」と「文明」の定義には、かなりばらつきが見られます。代表的には、以下の3通りの定義(説明)がありましたが、いまひとつ、はっきりしません。専門的には、どのような定義がなされているのでしょうか?

(1)文明は文化の総合体。

(2)文化は、思想・道徳・芸術などの精神的所産であり、文明は、技術的・物質的・政治制度的所産である。

(3)文化は特定の地域や歴史に縛られ、文明は、より普遍的、抽象的で、特定地域や歴史に縛られない。

Aベストアンサー

◆文化は「地域性」を特長とする「生活全般」を指しています。

気候や地形、生活形態(農耕・遊牧・狩猟採集etc)などの地域的・民族的特性から派生して、その地域・民族に特化、形成された生活全般を「文化」と呼んでいます。
研究対象としては、言語、共有する神話・歴史、それにともなう生活習慣(法的なもの・宗教、婚姻形態、社会構成etc)、道具類などが挙げられます。

◆文明は「汎用性=広域性」を特長として、上記の文化的枠組みを超えた「技術」を指しています。

もともとは一文化の部分的な要素でしかなかったものですが、例えば「鉄」を利用する生産技術・加工技術・利用技術は文化の違いを超えて普及していきます。こうした文化という地域性にとらわれない技術やそれに付随するものを「文明」としています。
上記の「技術」には統治のための制度やその運用方法(例えば律令制や資本主義のシステムetc)も含んでいます。
政治制度に注目した文明論もあれば、技術に重点をおいた文明論もありますし、また大きく遊牧文明・農業文明と言う言い方をする場合もあります。

定義は論者によって幅がありますが、基本的には上記で良いかと。

そう言う意味で、
(1)文明は文化の総合体、ではありません。
(2)文化は精神的所産に限定されたものではありませんし、文明は技術に様式が付随しパッケージとして伝播することが多いので、精神的・思想的な影響力も持ち合わせています。
(3)縛られると言うより、文化は地域・歴史から派生したもので不可分です。そして、文明は抽象的ではなく常に具体的です。

◆文化は「地域性」を特長とする「生活全般」を指しています。

気候や地形、生活形態(農耕・遊牧・狩猟採集etc)などの地域的・民族的特性から派生して、その地域・民族に特化、形成された生活全般を「文化」と呼んでいます。
研究対象としては、言語、共有する神話・歴史、それにともなう生活習慣(法的なもの・宗教、婚姻形態、社会構成etc)、道具類などが挙げられます。

◆文明は「汎用性=広域性」を特長として、上記の文化的枠組みを超えた「技術」を指しています。

もともとは一文化の部分的な要...続きを読む

Q歴史は偶然の所産か必然の所産か

このテーマでレポート課題がでたのですが、どのような本で調べたらよいかわかりません。ホントに困ってるので、できればどなたかこれに関連する本やサイトを教えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

どちらもありです。
歴史上の出来事を選び(分かりやすい事例)それが起こったのは偶然か必然か、あなた自身が理屈(説明)を考えればいいのです。
あなたがA校に進学したのは偶然か、必然か。あなた自身が選び受験勉強をしたと言う点では必然となるが、あなたは両親がたまたま出会って結婚したために生まれ、その結果としてA校に進んだと考えれば偶然の結果です。

コロンブスが新大陸を発見したのは偶然ではありません。遠洋航海の出来る大型船が発達していた。羅針盤が中国から伝来していた。ポルトガルがアフリカ沿岸を探検していた。アラビア人の手で東洋の産物(コショウなど)がヨーロッパに届いて高価に取引されていた・・・ことを考えると早晩コロンブスか代わりの人が新大陸に達する必然性があったのです。しかし、コロンブスが資金の援助を求めたスペインが(イサベル女王)800年に及ぶイスラムの支配に終止符を打った時に、コロンブスが
現れたという偶然の産物でもあります。コロンブスが一ヶ月早くイサベル女王に会っていたら、援助を断られ、果たして航海が実現していたかどうか分かりません。

添付URLも参考にしてよいレポートを仕上げてください。

参考URL:http://users.hoops.ne.jp/kintaro2_2001/nobunaga.htm

どちらもありです。
歴史上の出来事を選び(分かりやすい事例)それが起こったのは偶然か必然か、あなた自身が理屈(説明)を考えればいいのです。
あなたがA校に進学したのは偶然か、必然か。あなた自身が選び受験勉強をしたと言う点では必然となるが、あなたは両親がたまたま出会って結婚したために生まれ、その結果としてA校に進んだと考えれば偶然の結果です。

コロンブスが新大陸を発見したのは偶然ではありません。遠洋航海の出来る大型船が発達していた。羅針盤が中国から伝来していた。ポルトガルが...続きを読む

Q文化と文明の違いを明確にしりたい?

「~文化」「~文明」と聞きますが、
文化と文明の違いをもう少し明確に教えてください。

Aベストアンサー

文化とは何かを理解するには、文化の違いとは何かを認識すれば良く判ります。文化の違いとは、価値観の違いのことです。価値観の違いが個性の違いを形作りますから、文化とは、その社会の持った個性のことであると言うことも出来ます。

一方、文明とは力関係のことです。人類の歴史を振り返って見ると、一つの価値観を持った社会が、他の別な価値観を持った社会に対して、軍事力や経済力やその価値観を正当化する理屈などの武器を使って、その優位性を主張して来たことが、繰り返し行われて来ました。そして、その軍事力などで、その周りの社会が説得され、積極的か消極的かを問わず自分たちの持っていた価値観を放棄して、その強大な価値観に統一併呑された場合、歴史学者達は、一つの文明圏が出来たと認識しているようです。したがって、一つの文明圏が出来る過程で多くの個性や価値観が消滅して来ました。

歴史学者の間では文明圏への統一化を進歩と考える一派も在りますが、生物の進化を考えると、その進化の方向は、常に、より複雑で多様な方向への個性の分岐という特殊化の方向に向いており、したがって普遍化とは正反対の方向を向いて来ました。

共に合理性を旨とする歴史学と生物学の間のこの認識法の違いは、面白い問題を提起していると思います。果たして、一つの個性や価値観への社会的統一化や普遍化を、進歩と呼ぶべきか、あるいは退化と呼ぶべきかを、本気で反省すべきだと思います。

興味あることに、多様化へと進化して来た自然科学および社会科学の進歩のお陰で、人類社会を文明と言う普遍的な概念で一括りにするのではなく、各文化の持つ社会的な多様化を認める立場で認識しようという動きが、近年人類スケールで生まれて来たようです。もちろん、人類にとって、多様性を善しとする価値観の認識は新しい動きなので、「過去」の人類の歴史を、「文明」と言う普遍的かつ「退化的?」認識法で論じることに十分学問的合理的な意味があると思います。

文化とは何かを理解するには、文化の違いとは何かを認識すれば良く判ります。文化の違いとは、価値観の違いのことです。価値観の違いが個性の違いを形作りますから、文化とは、その社会の持った個性のことであると言うことも出来ます。

一方、文明とは力関係のことです。人類の歴史を振り返って見ると、一つの価値観を持った社会が、他の別な価値観を持った社会に対して、軍事力や経済力やその価値観を正当化する理屈などの武器を使って、その優位性を主張して来たことが、繰り返し行われて来ました。そして、...続きを読む

Q歴史には、自然科学における「普遍的法則」のようなものは存在するのでしょうか?

橋本惠氏の『イワクロ.COM~岩畔豪雄(いわくろひでお)と日米諒解案~』(↓)
http://www.iwakuro.com/index.html
は偶然見つけたサイト(オンライン書籍)でしたが、史実を丹念に調べ上げている力作だと思われます。が、今回の質問の趣旨は内容そのものから外れますので、詳細はサイトをご覧頂くものとして、私がこのサイトを読み、凄いと思った点は、著者が医師であり、自然科学に携わる方ならではの科学的な視点で歴史を捉えている点でした。

それは、著者の言葉を借りれば、25年程前に日本で起こった「エイズ薬害禍であるが、日米交渉の挫折と以下の諸点で相似形を呈している。

(1) 正規の手続きを踏んでなされた国家的規模の過ちであるという点。
(2) 施策が間違った方向へと進路をとるにあたって特異なキャラクターのキーマンが介在しているという点。
(3) キーマンの倣慢さが政府機関の意志決定を制度的にも心理的にも席巻しているという点。
(4) 過ちが明らかになるに従って徹底的な隠蔽工作がなされたという点。」

ということです。(あとがき―私がこの本を書いた真の理由―より)

エイズ薬害禍と日米交渉の挫折――。一見何ら関連性のなさそうな2つの歴史的事実の間には実に驚くべき「相似形」が存在しているという著者の鋭い洞察力こそ、まさに自然科学で言う所の、事実を観察し、異なる事象間に存在する共通項を括り出し、そこから帰納的に規則性、法則性を導き出したことにあるように思われます。

ところで、史観(=歴史哲学?)というと、私には、唯物史観(史的唯物論?マルクス主義史観?)や皇国史観、あるいは終末思想や末法思想といった宗教的史観(?)くらいしか思い浮かばないのですが、いずれも特定のイデオロギーや宗教が色濃く反映されていて、到底、科学的なものとは思えません。

安政の大獄で刑死した福井藩士・橋本左内は、死の少し前、西郷隆盛や川路聖謨に対し、「日本がロシアと結べば必ずイギリスと戦争になる。イギリスと結べば必ずロシアと一戦交えなくてはならなくなる」と言ったそうです。その40数年後の1902年、日本はイギリスと日英同盟を結び、これを梃子に日露戦争を始めました。当時20歳を少し上回っただけの青年・橋本左内にどうして40数年後の未来が見えたのか――。

これはあくまでも推測ですが、おそらく彼は国内外の情勢だけでなく歴史にも通暁していたのではないか、そしてそこからある種の普遍的法則を彼独自の視点で帰納的に導き出していたからこそ未来が予測できたのではないかと思われます。

上述の橋本氏にしろ橋本左内にしろ、特定の史観とは全く無縁です(橋本左内は開国派であったため皇国史観からは自由でした)。再び橋本氏の言葉を借りれば、「歴史というものがしばしば言われる『歴史観』というような言葉で代表される、固定的な観念や概念でとらえられるようなものではなく、常にあらゆる可能性、流動性をはらんで進行してきたものであり、今現在も進行しつつあるものだ」と同氏が述べておられることからも明らかです(HOME―サイト立ち上げにあたり―より)。

考古学そのものを否定するつもりは毛頭ありませんが、歴史を学ぶことは、過去の膨大な情報量の中から、あたかも遺跡や土器を発掘するかのごとく細かい事実を穿り返すことではないように思われます。歴史を学ぶ意義は、まさに橋本氏や橋本左内のように、過去の事実から自然科学的探究によってある種の普遍的法則を見出し、それによって混沌とした現在を解析し、そして未来をも予測可能なものにすることにあるのではないかと思われます。

ところで、歴史には、史観(=歴史哲学?)以外に、自然科学における「普遍的法則」といったようなものは存在するのでしょうか?また、もし存在するとしたら、それはどのような歴史的事実を伴って表出したのでしょうか?それを通じて現在、そして未来をどのように解析することが可能なのでしょうか?また、そういったことを専門的に研究している方はいらっしゃいますでしょうか?あるいはこういったことに関する文献をご紹介頂いても結構です。よろしくお願いします。

橋本惠氏の『イワクロ.COM~岩畔豪雄(いわくろひでお)と日米諒解案~』(↓)
http://www.iwakuro.com/index.html
は偶然見つけたサイト(オンライン書籍)でしたが、史実を丹念に調べ上げている力作だと思われます。が、今回の質問の趣旨は内容そのものから外れますので、詳細はサイトをご覧頂くものとして、私がこのサイトを読み、凄いと思った点は、著者が医師であり、自然科学に携わる方ならではの科学的な視点で歴史を捉えている点でした。

それは、著者の言葉を借りれば、25年程前に日本で起こった「...続きを読む

Aベストアンサー

ANo.11、14です。
塩野氏の該当の記事はまだ拝読していませんが、彼女の書籍は『ローマ人の物語シリーズ』を始め、数冊読んだ事があります。
私も、この場では深入りしませんが、概ね近い「歴史観」を持っていて、好感を持ってますね。
イタリアに移り住んで、海外から日本を眺める彼女の視点は非常に参考になりますしね。

さて、本題ですが

>私が申し上げたかったのは、例えば同じ文系の学問である経済学や法律学などには必ず「○○理論」とか「○○の法則」といった、自然科学における法則とか定理と同様のものが必ず存在するのに対し、歴史学においては、例えば「歴史的事実繰り返しの法則」(?)といった理論や法則のようなものがこれまで全くと言っていいほど見受けられなかったため、そうした理論や法則を歴史に求めるのはナンセンスなのでは

そうでしたか。
こちらこそ、誤解と憶測で書いてしまいすいませんでした。
確かに、「歴史的事実」としての「法則性」というのは、未だに発見されたのはない気はします。
ただ、「歴史は繰り返す」というように「全く同じではないが、似たような現象」というのはありますので、そういった視点から「歴史を分析し」「未来予測する」という方法は存在します。(歴史学そのものというより、他の社会学分野の援用ですが)
まぁ、社会学は「近々の歴史を扱う学問」だと私は考えていますが。
また、一般に「歴史は直線である」と言われますが、個人的には「歴史は螺旋である」と思ってます。

>もっとも塩野氏によれば、18世紀の歴史家は皆、主観を交えて歴史を書いていたのに対し、現在のアカデミズムでは「実証主義」がうるさく言われているため主観を排除している、これに対し同氏の書く歴史小説は、史料を「眼光紙背に徹する」まで読み込み、ローマやヴェネティアの指導者と同じになるまで頭で考える、という趣旨のことを言われていましたので、それは回答者様のご回答でいえばランケのいう歴史学に該当するのではないか、

そうですね。
18世紀頃までの歴史は、ほぼすべて著者の「主観」が先行して書かれた物が多いです。
その後、科学革命の影響で「歴史にも(自然科学分野のような)客観性が必要だ」という事が考えられるようになりました。
そして出てきたのが、レオポルト・フォン・ランケです。
彼は「史料をして語らしめよ」という言葉を残しています。
つまり、「史料批判」を徹底的に行い、その批判に耐えられた「史料」だけが真実を語っていると考えました。
そして、この立場が「実証主義」として現在の日本でも主流の立場となっています。
結果として、「主観の排除」に繋がり「歴史」がただの「好事家の蒐集」に成り下がってると言えます。

>「歴史を見る目」を養った後に読むに値する歴史書などございましたら、ご紹介頂けますと幸いです

私なりの主観ですが、幾つかお薦めを紹介してみます。

『ヴェネツィア―東西ヨーロッパのかなめ,1081-1797』 (岩波書店)
W.H.マクニール (著), 清水 廣一郎 (翻訳)

中世から近世にかけて、東地中海貿易で隆盛を極めたヴェネツィア共和国が東西ヨーロッパをつなぐ役割を担ったという視点から書かれた本です。
文化と文化は相互に影響を及ぼしあっており、その点をヴェネツィアという都市国家に光を当てて浮き彫りにした書です。


『中世イタリア商人の世界―ルネサンス前夜の年代記』(平凡社 )
清水廣一郎(著)

上記の本を翻訳した、清水廣一郎氏による中世イタリア商人の生活を記した本です。
史料を丁寧に検討し、歴史著述をされているのが分かります。

『中世シチリア王国 』(講談社現代新書)
高山 博 (著)

中世に存在した両シチリア王国という国の通史です。
新書で手軽に読めるように纏められています。
この王国は、キリスト教国家でありながらイスラム教徒と共存共栄していました。
その「異文化共存」がどのようになったかを浮き彫りにしています。
そして、「異文化共存」はグローバル化が進む現在、重要な課題であると言えます。
著者である高山氏も、そうした「問題意識」を持ちながら研究されているようです。
他の書は、まだ拝読していませんが、注目している方なので参考URLも載せておきます。
http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~tkymh/1Kenkyu.html

『チチェローネ イタリアの美術品鑑賞の手引き Der Cicerone』1855年(古代編が筑摩書房、建築編が中央公論美術出版、主流な芸術家に絞って編集したのが青土社)
ヤーコプ・ブルクハルト(著)

ランケの弟子であり、ルネサンス研究の大家であるブルクハルトの書の一つ。偉大な大先生が、ルネサンス美術の見方を教えてくれます。

『モンゴル帝国の興亡』(筑摩書房)
岡田 英弘 (著)

独特の歴史観を持つ著者が、モンゴル史を書いた書物です。
中国とヨーロッパが接触したモンゴル帝国がに、「世界史」を求めていたり、「漢文は中国語(話し言葉)とは無関係」と言い切ったり、独特な視点を持ってる方です。
また、積極的に政治的な発言もされており、ややナショナリズム的な言動も目立ちますので、その辺りは気を付ける必要があります。


『日本よ国家たれ―核の選択』(文芸春秋)
清水幾太郎(著)

安保闘争のおり反米運動の指導者的立場で活動し運動の挫折を経験した著者が、その経験を元に、日本人に向けて危機管理意識を説いた本。
「国際政治の戦国時代を生き延びるためには、如何に辛くても、核の問題をリアリストの眼で見なければいけない、アイディアリズムやセンチメンタリズムは、どんなに悲壮でも、現実の役には立たない」との著者の言には唸らされる。
ただ、「短絡的なナショナリズム」に陥らないように注意して読む必要もある。

ついでに、こちらの質問でも回答していますので、参考にしてください。
http://okwave.jp/qa3666956.html

思わぬ長文になってしまい、失礼しました。
参考になれば、幸いです。

ANo.11、14です。
塩野氏の該当の記事はまだ拝読していませんが、彼女の書籍は『ローマ人の物語シリーズ』を始め、数冊読んだ事があります。
私も、この場では深入りしませんが、概ね近い「歴史観」を持っていて、好感を持ってますね。
イタリアに移り住んで、海外から日本を眺める彼女の視点は非常に参考になりますしね。

さて、本題ですが

>私が申し上げたかったのは、例えば同じ文系の学問である経済学や法律学などには必ず「○○理論」とか「○○の法則」といった、自然科学における法則とか定理と同様...続きを読む

Q文明と文化

文明と文化

同じような意味の言葉ですが、どこか違うような気もします・・・・。

(1)文明を感じるものは、何ですか?

(2)文化を感じるものは、何ですか?


よろしくお願いします。

Aベストアンサー

文明と文化はハードとソフトです。

科学技術は文明。

それによって作られた作品が文化。

映写機は文明。

映画は文化。

コンピューターは文明。

CG作品は文化。

車は文明。

ドライブは文化。

3時のオヤツは文明堂。

何でも切れるのは文化包丁。

Q【歴史】稲作文化が食料を備蓄出来るようになったことで人類は飛躍的に成長したと学校の歴史で習いましたが

【歴史】稲作文化が食料を備蓄出来るようになったことで人類は飛躍的に成長したと学校の歴史で習いましたが、

稲作文化によって人と人との争いが生まれたという話を聞いて、人類の成長は争い(戦争)によって技術が飛躍的に成長することになり人類の科学技術は戦争のための最先端技術が人類の発展に役だったという話から考えると、

教科書の稲作文化によって食料が備蓄出来るようになって食料のためにずっと働かなくても他のことが出来る時間が出来て人類は発展したという説は間違いで、

人類の発展は稲作文化によって食料が備蓄出来るようになって食料を巡って食料自体だけでなく、その食料を作れる土地自体を奪おうと争いが生まれ、戦争によって人類は発展したと考える方が筋が通っているのでは?

従来の説
×稲作文化は食料を備蓄出来るようになって人類は飛躍的に発展した

私の説
稲作文化は争いを生んだ。争いによって人類は飛躍的に発展した。

稲作文化じゃなくても狩猟文化であっても肉をスモーク、燻製にする技術は生まれていたわけで食料を備蓄する技術は稲作文化に限らなかったはず。

稲作文化こそが争いを生んだ。

稲作文化によって上下関係が生まれた。

稲作文化は偉大ではなく、稲作文化こそが人類滅亡を招いた元凶であった。

狩猟文化なら上下関係も生まれていなかった。ただ家畜という技術が生まれたときに家畜を奪う家畜を育てる土地を巡って争いは生まれたはずなのでどの道、人類は争いなくして生きられない楽をしたい生き物なのでしょう。

基本人間は人が作ったものを奪って食べるという楽をしたい生き物なのです。

だから、自分で開発するより開発されたものを奪った方が歴史から見ると強盗文化の方が正当文化であって、レジに並んでちゃんと単価を払って秩序ある生活をすることを始めたのはつい最近のこと。

ということは歴史の流れで行くと、発展途上国ですらお金を払って物を買うという文化が普通となっているので戦争は無くならないと言っている人の説も覆されるかも知れない。

人類は戦争をしなくなる方向に時代は向かっている。

【歴史】稲作文化が食料を備蓄出来るようになったことで人類は飛躍的に成長したと学校の歴史で習いましたが、

稲作文化によって人と人との争いが生まれたという話を聞いて、人類の成長は争い(戦争)によって技術が飛躍的に成長することになり人類の科学技術は戦争のための最先端技術が人類の発展に役だったという話から考えると、

教科書の稲作文化によって食料が備蓄出来るようになって食料のためにずっと働かなくても他のことが出来る時間が出来て人類は発展したという説は間違いで、

人類の発展は稲作文化に...続きを読む

Aベストアンサー

「稲作」限定なのは何故でしょうか?
日本の技術の発展のみについての質問なのでしょうか?
だとしたら、なんで↓は人類全体なのでしょうか。

A:>戦争によって人類は発展したと考える方が筋が通っているのでは?

↑以外に質問と判断できる文がないので、これが質問の主旨と解釈させていただきました。

回答A:違います。


>従来の説
A:>×稲作文化は食料を備蓄出来るようになって人類は飛躍的に発展した

>私の説
B:>稲作文化は争いを生んだ。争いによって人類は飛躍的に発展した。


C:>稲作文化じゃなくても狩猟文化であっても肉をスモーク、燻製にする技術は生まれていたわけで食料を備蓄する技術は稲作文化に限らなかったはず。


あなたの論理ですが、AとBの間を飛ばしている上に、Cを歪曲していると思います。

A→Bの間には、備蓄できる程収穫を増やす為の「農業技術の発展」がある筈です。

あなたは、それらが、空き地に種を撒いただけで実った僅かな物を奪い合う為に棍棒で殴り合ってる間に発展したとでも思っているのでしょうか。

あなたは「農業」は全ての学問(文明)の源である事を理解していないと思います。
収穫を増やすには、農地の面積の計算や、治水の為の測量(土地の高低差の計算)と土木技術や、降水量の予測(=季節)の為の暦の作成→天文学、農機具の為の鉱物の掘削や精製や加工技術 が必要になります。

更に、Cでは、個人レベルの狩猟による備蓄と、集団農業よる収穫物の備蓄と管理やそれらの分配を同列に語ることで、技術以外の「社会」の発展についても無視しています。

あなたの言っている戦争による発展は、文明が↑まで至った後の事を語っているに過ぎないと思います。


戦争をする者は生産活動(農業)をせずに消費のみを行います。
人口比で僅かな者であっても、それらを一時的にでも生産活動から外す事が可能になるには、どれだけの技術の進歩(生産量や保存や輸送)が必要でしょうか?
以上から、戦争中に兵士を養うには、後方にそれだけの生産力(人口)が必要な筈ですが、それは農業技術の発達に拠るものではないのでしょうか?


以上から、あなたの言っている「技術の発展」とやらは、既に成立した文明間の戦争や、産業革命以降の工業力についてのものであって、それらは既に「稲作(というか農業)技術」で語れる段階にはないと思います。

「稲作」限定なのは何故でしょうか?
日本の技術の発展のみについての質問なのでしょうか?
だとしたら、なんで↓は人類全体なのでしょうか。

A:>戦争によって人類は発展したと考える方が筋が通っているのでは?

↑以外に質問と判断できる文がないので、これが質問の主旨と解釈させていただきました。

回答A:違います。


>従来の説
A:>×稲作文化は食料を備蓄出来るようになって人類は飛躍的に発展した

>私の説
B:>稲作文化は争いを生んだ。争いによって人類は飛躍的に発展した。


...続きを読む

Qマルクス主義における文明と文化の考え方

議論なき、哲学はあるものかと思っておりますが、禁止とのことで、質問を変えて投稿いたします。

ある本に、19世紀のドイツでは、文明を機械、技術、物質的要素に関わるもので、文化を価値観や思想、高度な知的、芸術、道徳的な社会的質と定義したとあります。

しかし、マルクスの史的唯物論によると、文明に関わる、機械・技術・物質的要素は「生産手段」や「自然的生産条件」等の下部構造、上述の文化が上部構造となります。

文明は文化の総体と定義すると、逆転します。

マルクスはドイツのヘーゲルの考えを逆転させ史的唯物論を考え出したようですが、19世紀における文明と文化の定義も逆転させたのでしょうか?

恥ずかしながら、マルクス自身が書いた本は読んでおりませんので、どなたか、分かりやすく回答をいただけると幸いです。

Aベストアンサー

 #3です。・・・議論は駄目?。自分の記憶では、けっこう議論したおぼえはあるのですが・・・(^^;)。・・・それはそれとして、ちょっとエッセイ(?)を書きます。

 #3では、マルクスは文明/文化の定義に関心がなかったと書きましたが、だからと言って彼が、文明/文化を扱かわなかったという事ではない、と思っています。また自分もマルクスは、たんなる経済学者ではないと思っています。

 生産体制や生産条件は下部構造であり、文化や思想などの上部構造は下部に規定される。語弊を無視して単純化すればこうなると思いますが、注目すべきは、下部/上部構造の対置です。それまで思想や哲学などは、言ってしまえば浮世離れした、人間の頭の中だけに起源を持つ存在だった訳ですが、マルクスは史上初めて、文化の駆動力は経済である事を、明確に言った人だと思います。その全面的成否はおいときますが、納得できる部分は、けっこうあると思います。

 余り注目されませんがマルクスは、進歩史観の持ち主です。ここで進歩史観とは、科学や工学技術に対する限りない信頼です。科学・工学技術は、生産性を高め、生産量をどこまでも増大させ物質的豊かさをもたらす。だからこそ「階級闘争」が起きる。そういう科学・工学技術によって発展した生産者の生産様式と、支配者の支配体制との間に軋轢が生じた時に、時代の主たる生産者達は階級闘争と革命を起こし、自らの利権と権利を開放し、支配者となる。歴史を見る限り、これは否定できない事実だと思います(今のところは)。「機械論草稿」などの、初期の基礎研究の意義は、これのためです。

 マルクスが生きた時代は、成長の限界も(ローマ・レポートも)、グリーンピースも(シー・シェパードも)、地球温暖化なども(ホッケー・スティック曲線なども)、想像すらできなかった時代です。マルクスが進歩史観を持ったのは、当然と思えます。

 こういう観点でマルクスを眺めてみると、じつはマルクスはグローバル化の申し子であると言えます。要するに、物質的豊かさの増大の前には、誰も抵抗できないはずだという話です(悲しいけど、正しい気がする)。じっさいマルクス・エンゲルスは、プロレタリアートによる世界同時革命を目指しましたし、黒船が日本に達したニュースを知った時には、狂喜乱舞したそうです。

 地球を一周してして資本主義が極東にまで達して、全世界を覆ったからには、後はプロレタリアートによる世界同時革命しかないと・・・。

 たんなる経済学者ではなかったマルクスの壮大な未来予想は、細かな点では外れましたが、現在の世界はマルクスの予想通りにグローバル化しようとしています。ここでグローバル化を抽象的に言いかえてみます。

 グローバル化とは、標準化を受け入れる事であり、標準化という考えは西欧に特有のものと思います。しかし標準化の考えをいったん知ってしまうと、誰も抵抗できなかった事になります。標準化を受け入れれば、誰もが同じ訓練量で、同等の成果を出せるからです。これは西欧流の学問や文化の、一つの価値だと思います。

 しかしそうなると、独自文化をどうやって継承するの?、という話にもなります。この点に関して(またも西欧文化圏の人ですけど)マックス・ウェーバーは、

  ・認識の木の実を食べた(グローバル化と標準化を知ってしまった)人間は、社会との異様な緊張を孕む存在となるが、

  ・それが近代人の宿命である.

と言いました。マックス・ウェーバーよれば、上記を受け入れるのが近代人です。


 我々は、近代人としてダブルスタンダードに耐えなければならないと思います。日本の文化と、世界的なグローバリーゼーションの標準化とに。

 ウェーバーの言説は、とても悲観的であるとともに、非常に勇敢な態度だとも思います。

 #3です。・・・議論は駄目?。自分の記憶では、けっこう議論したおぼえはあるのですが・・・(^^;)。・・・それはそれとして、ちょっとエッセイ(?)を書きます。

 #3では、マルクスは文明/文化の定義に関心がなかったと書きましたが、だからと言って彼が、文明/文化を扱かわなかったという事ではない、と思っています。また自分もマルクスは、たんなる経済学者ではないと思っています。

 生産体制や生産条件は下部構造であり、文化や思想などの上部構造は下部に規定される。語弊を無視して単純化すれば...続きを読む

Q文化と文明との違いは?

日本文化ということは、たびたび聞くことがありますが、
日本文明は、たまにしか聞くことがありません。
文化と文明との違いは、どこにあるのでしょうか?

Aベストアンサー

英語にすると、英語での使い分けが分かるよ

文化:culture  耕作という意味が内在する
文明:civilization, 都市化という意味が内在する


フランスのアナル学派的な使い分けなら、
文化は、一民族・一元社会だけの主体性でも該当するが、
文明は、多民族・多元的社会の主体性がないと成立しない

なんとなく、文明は、文化の上位概念だと思われている傾向があるが、次元が異なるので比較に適する概念じゃないよね

余程使い分けについて配慮しない限りは、安易に「文明」と使われる傾向があるので、特に配慮しない限りは、使い分けは主観的なもので問題ないと思う

歴史に関わる立場としては、抽象的ながら使い分けをしているけどね

文化:一民族・一元社会において成立した慣習・習俗・伝統・娯楽
文明:多くの文化の融合・深化によって形成された技術・ルール・法(LOW)


まぁ、文明は職業の多様化なしには成立しない・・・みたいな理解が学生レベルでは基本になるんだけどね

Qビートルズは文明でしょうか、文化でしょうか

イギリスのロックグループのビートルズは、文明でしょうか、文化でしょうか。

Aベストアンサー

三省堂の大辞林によると
文明 
[1]文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす。
[2]人知がもたらした技術的・物質的所産。
文化
[1]社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体。言語・習俗・道徳・宗教、種々の制度などはその具体例。文化相対主義においては、それぞれの人間集団は個別の文化をもち、個別文化はそれぞれ独自の価値をもっており、その間に高低・優劣の差はないとされる。カルチャー。
[2]学問・芸術・宗教・道徳など、主として精神的活動から生み出されたもの。
[3]世の中が開け進み、生活が快適で便利になること。文明開化。
[4]他の語の上に付いて、ハイカラ・便利・新式などの意を表す。

小学館の大辞泉では
文明
人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。
文化
1 人間の生活様式の全体。人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体。それぞれの民族・地域・社会に固有の文化があり、学習によって伝習されるとともに、相互の交流によって発展してきた。カルチュア。「日本の―」「東西の―の交流」
2 1のうち、特に、哲学・芸術・科学・宗教などの精神的活動、およびその所産。物質的所産は文明とよび、文化と区別される。
3 世の中が開けて生活内容が高まること。文明開化。多く他の語の上に付いて、便利・モダン・新式などの意を表す。「―住宅」

これらの解釈だと、文化でしょうね。

三省堂の大辞林によると
文明 
[1]文字をもち、交通網が発達し、都市化がすすみ、国家的政治体制のもとで経済状態・技術水準などが高度化した文化をさす。
[2]人知がもたらした技術的・物質的所産。
文化
[1]社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体。言語・習俗・道徳・宗教、種々の制度などはその具体例。文化相対主義においては、それぞれの人間集団は個別の文化をもち、個別文化はそれぞれ独自の価値をもっており、その間に高低・優劣の差はないとされる。カル...続きを読む

Q朝鮮史:稲作文明と米食文化の証拠を教えて下さい。

お世話になっています。
以下の質問と合わせて再質問させて頂きます。(未解決の場合締め切ってそうするサイトのようです)
「韓国と日本における稲作と文化について教えて下さい」
(http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7287873.html)

丸投げではなく、自学もしています。
350ページにおよぶ「世界の教科書シリーズ13・韓国の中学校歴史教科書」(2005年。三橋広夫訳。明石書店)の中に水田の話はありません。これには期待を裏切られました。日本人に稲作を伝えたという【韓民族】の国定教科書には、水田技術について教えるページがないのです!そもそも農業史の話が基本的にありませんでした。日本の教科書とはまるで違います。

(1)韓国の国定教科書に水田の話や農業史がまったくないのは何故ですか。韓国に稲作にまつわる文化の痕跡がありますか。おにぎり(おむすび)とか。武士は年貢米とか。糠漬けとか。
仮に水田がない場合、蛋白源はどうしていたのですか。干したイヌの肉ですか。足りますかね。

(2)一方の日本の教科書(および一般書)では、朝鮮の稲作が(紀元前1000年とかで)日本よりも先だったと述べられています。どういう証拠に基づいて専門家が言っているのでしょうか。ふつうの科学者であれば、「証拠はない」という事を明示すると思います。

(3)韓国人ではなく、在日と日本の専門家が、日本を下げて、韓国を上げるために、やっているんじゃないでしょうか。誰ですか?教えて下さい。嘘をついたもん勝ちならば韓国社会と変わりません。

(4)『世界最古の稲籾。忠清北道清原郡・小魯里旧石器遺跡A地区で出土したものが17000~13000年前(後期旧石器時代)。出土した泥炭層を放射性炭素分析。稲籾のDNA検査によると,現生種と39.6%類似。忠北大学校博物館8/2発表。[東亜日報] 』というHPを見たのですが、これは日韓においてどのように扱われていますか。「日本人のルーツ」(宝来博士)もそうですが、韓国人専門家との共同研究が信用に値するでしょうか。

(5)過去においては朝鮮人由来説が無批判に教育されていました。そう教え込まれっぱなしです。従来の義務教育内容について否定される要素が出てくればその時点でニュースだと思うのですが、過去の教育に【不備】があった事についてマスコミは報道しましたか。(私はテレビはNHKもニュースも見ないのでご存知でしたらお願いします。)

(6)戦前の日本の教科書では今日の教科書のように農業技術の発展などを教えていましたか。また戦前は朝鮮人由来説だったのでしょうか。


★今回、朝鮮人由来説を強調しているのが本国韓国の教科書ではなく、日本の教科書だったとは!驚きでした。【韓国焼肉】に続いて、これまた騙されていました。

鵜呑みにせずに、国がらみの専門家を基準にせずに、自分で蓋を開けたら、こんなことばっかりでしょうか(笑)

お世話になっています。
以下の質問と合わせて再質問させて頂きます。(未解決の場合締め切ってそうするサイトのようです)
「韓国と日本における稲作と文化について教えて下さい」
(http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7287873.html)

丸投げではなく、自学もしています。
350ページにおよぶ「世界の教科書シリーズ13・韓国の中学校歴史教科書」(2005年。三橋広夫訳。明石書店)の中に水田の話はありません。これには期待を裏切られました。日本人に稲作を伝えたという【韓民族】の国定教科書には、水田技術について...続きを読む

Aベストアンサー

 所謂「稲作の起源」に関する考古学からの提起に関してお話しさせていただきます。
現在の考古学界で「日本の稲作の起源」は代表的な説が5つあります。
(1)中国北部から朝鮮半島の根もとを回って南下し、朝鮮半島南部から北部九州へと伝播した(北回り渡来説)。
(2)中国山東半島から遼東半島を経て朝鮮半島を南下し、朝鮮半島南部から北部九州へと伝播した。
(3)中国北部から朝鮮半島西部に伝わり、朝鮮半島南部から北部九州へと伝播した。
(4)中国の長江下流域から海を渡って直接九州へて伝播(直接渡来説)。
(5)沖縄諸島など南の島々を経て九州へと伝播(南回り渡来説)。
 現在の考古学の認識ではこれらの(1)~(3)のうち「どの経路で伝わったか」は未確定です。しかしながら弥生時代の初頭(研究者によっては縄文時代末期)の北部九州と朝鮮半島南部とのつながりを示す他種類の豊富な遺物が存在することから、弥生初めに朝鮮半島南部から北部九州に水田耕作が伝播したことは確かである、と日本・韓国の考古学者は考えています。
 もし中国の長江下流域から直接九州に稲作が伝わったならば長江下流域の遺物が同時に入ってきてもおかしくないはずです。しかしながらこうした遺物が発見されていないことから(4)の「直接渡来説」は考古学の立場からは成り立たないことになります。
 また(5)の「南回り渡来説」に関しても沖縄などの島々にも古い稲作の証拠が残っていても不自然ではありません。けれども沖縄で見つかっているお米は最も古いもので7・8世紀のものであることから、この見解も成り立ちません。
 こうした「遺物」を指標とする考古学の定義に対して批判的補完を加えるのが植物学や遺伝学からの提言です。
「イネ」にはご存知のとうり「ジャポニカ」「インディカ」「ジャワニカ」の種類があり、一般的に「ジャポニカ米」は丸くそして粘り気があり、これに対し「インディカ米」は細くそしてさらさらとしている特徴があります。
 しかしながら「イネ」の遺伝学を専門とする佐藤洋一郎氏に依れば、これらは「絶対的な特徴」ではなく「細いジャポニカ」「さらさらとしたジャポニカ」もありそれは遺伝子や酵素の性質によるとの説明がなされています。そして遺伝学的にジャポニカとジャワニカは近くインディカは離れているため、最近では本来のジャポニカを「温帯ジャポニカ」ジャワニカを「熱帯ジャポニカ」と呼んで区別しています。
 その後佐藤氏は中国のコメの種類である「河姆渡」などを調査した結果野生種とみられるものの存在を確認しています。現在の中国には野生種のイネがないことからこの事は7000年ほど前の中国には野生種のイネがありこれを下にして栽培種のイネを作りだしたとの見解を裏付けています。その後の調査ではこれら古中国種のイネが温帯ジャポニカであることもわかり、長江中流から下流にかけての地域が栽培種としての温帯ジャポニカの発生地だったともいえます。こうした隣接諸科学の成果を受容することで考古学も深化を遂げますがその一方で矛盾にも直面しています。
 北部九州や近畿地方の代表的な弥生時代の村落遺跡から出土したコメを調査したデータからは、温帯ジャポニカが殆どを占めるはずとの大方の予想に反して熱帯ジャポニカつまりジャワニカも多数含まれていたとの事実です。これは考古学に対して相当な衝撃ともなっています。
 そしてもう一つ、弥生のイネには朝鮮半島ではみることのできない、中国にしかない品種があるとの説明です。これは考古学にとって更に大きな衝撃となりました。しかし考古学の見地からすれば、北部九州には中国との交流を示す遺物がないことから従来の考古学的説明では(4)の「直接伝播説」には懐疑的な姿勢を示さざるを得なかった。
 その後の展開としては「食文化の違い」が一つの可能性を示しています。弥生時代の「米の調理法」は深い鍋状の土器で「米を煮て食べていた」とされていますが、5~6世紀頃にみられる「甑(こしき)」と呼ばれる現在の「蒸し釜」の様な形の土器で「米を蒸して食べていた」とされています。実際、関東地方では6世紀頃のどの竪穴住居にも土器の蒸し器が残っています。一方近畿地方では「蒸し器」の出土はそう多くありません。このことは「東日本での米はモチ米を常食として蒸して食べ、西日本ではウルチ米を煮て食べていた」との可能性を示唆しています。
 考古学も歴史学も他の自然科学や社会科学同様「証拠」に基づかない限りは説得力を有しません。この部分は「それでも地球は回っている」との言葉を残したガリレオやアフリカ大陸と南米大陸の海岸線の形から元々は同一の陸塊でありそれが移動して現在の位置にあるとの仮説を残したウェーゲナーに近いものもあります。両者は発表当時は「異端」であり「仮説」の一つだったが後に様々な検証を経て、「現在の、あるいは現時点での」定説とされていることと同様です。
 韓国の歴史教科書に関して一言いわせていただけるならば、それは1945年以前の日本の歴史教科書と似たり寄ったりです。くだらない「国威発揚」のために学問の成果を受容せず政治的に利用しているだけでイデオロギー操作の材料的な存在です。「韓国」という存在自体が既に政治的表現であり本来ならば「朝鮮半島史」あるいは「高麗史」として旧石器時代の記述から始めれば別に問題はないはずです。にもかかわらずこうした「王国史」としての自国の歴史を綴ることの背景には何らかの形での歪み、明治維新当時の日本あるいは戦後の高度成長期の日本に近い劣等感(明治維新期では西洋、戦後ではアメリカに対する劣等感)にも類似するものがあるかもしれません。79年のクーデターによる軍事政権の崩壊以後の韓国はIMFの管理体制下に入ることで経済体制の立て直しを図ると共に新たな戦略として背後にある巨大なマーケット(中国)に目を向け始めます。と同時にそこは巨大な工場でもあり市場開拓と同時にマーケティングを行うには格好の対象でもあった。そうした背景には韓国の文化を一文字で示す「恨(ハン)」が影を落としているようにも見受けられます。
 こうした実情に対して韓国でも考古学者は手厳しい批判を行っていますが、それも日本で言うところの「新しい教科書を作る会」の様な団体に圧力をかけられてしまうとの状況だそうです。
 1945年以前の「国史教科書」には旧石器・縄文・弥生などの区分は記されていません。そこには「神州不滅」などのアナクロニズムに凝り固まった不毛な記述だけが延々と綴られているだけです。また「水稲耕作がどこからもたらされたか」の記述ですが、少なくとも僕の高校時代の教科書では「華南地域に始まる水稲耕作が中国大陸から朝鮮半島を経由してもたらされた」との記憶はあります。もし「別の新たな証拠」が発見されたら、教科書も柔軟に書き換えられるべきであることは同意できます。例えば「仁徳天皇陵」が現在では「大仙古墳」「聖徳太子像」が「伝聖徳太子像」のように。こうした部分は宮内庁などという前時代的存在や保守派の学者が歴史学に対するタガを嵌めている証拠でもあります。ナショナリズムは歴史にとっての災いであれこそすれ、何のメリットも生みません。
 教科書に関してはアメリカが典型です。アメリカでは未だに「天地創造」を信じているなどのデータもあるくらいですから。やはり「歴史学」の立場としては「ヨーロッパタイプ」が一番合理的と思われます。そこでは「人類の発生はアフリカに始まる」との記述が明確にありますから。信仰やナショナリズムなど蹴っ飛ばすのが歴史学の本領です。

 所謂「稲作の起源」に関する考古学からの提起に関してお話しさせていただきます。
現在の考古学界で「日本の稲作の起源」は代表的な説が5つあります。
(1)中国北部から朝鮮半島の根もとを回って南下し、朝鮮半島南部から北部九州へと伝播した(北回り渡来説)。
(2)中国山東半島から遼東半島を経て朝鮮半島を南下し、朝鮮半島南部から北部九州へと伝播した。
(3)中国北部から朝鮮半島西部に伝わり、朝鮮半島南部から北部九州へと伝播した。
(4)中国の長江下流域から海を渡って直接九州へて伝播(直接渡来説)。
(5)...続きを読む


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