松尾芭蕉の俳句の中で、穀蔵虫についてうたった俳句があるそうですが、どの資料をみても、どれがそうなのかわかりません、知っている人がいれば、どなたか教えてください。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (1件)

「夜ル竊ニ虫は月下の栗を穿ツ」



は関係ないですかね。コクゾウムシかどうかは
分からないのですが。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q俳句の表現技法

今、私は、
俳句の大意、表現技法、季語などを調べています。
そこで水島秋桜子さんの
『滝落ちて群青世界とどろけり』について
表現技法以外は分かったのですが、
表現技法がどうしても分からないのです。
誰か分かる人教えてください。お願いします!

・・あと表現技法ということ自体が
全体的によく分からないので
時間があれば
1から説明していただけるとありがたいです。
たくさんあってすみませんがお願いします!!!

Aベストアンサー

No2です。

>切れ字ですね?

そうですね。

ところで、一つの俳句に使われる表現技法は一つだ、と思い込んではいませんか?いえいえそんなことはないんですよ。全く技巧的な表現がみられないものもあれば、たくさんの技巧が使われているものもあります。

事実、この有名な句は、人によってはテクニック遊びだと批判する人もいるくらい(そんな人は極々少数で、実際には水原秋櫻子の代表作とされていますが)技巧的なんですよ。

この俳句は、目を閉じても、情景をまざまざと美しい色で思い浮かべることができますよね?それは何が根拠かな?

また、表現技法だけでなく大意にもかかわるのですが、次の部分をどう訳しましたか?「群青世界とどろけり」
 群青が世界に とどろいたことだよ
 群青世界が とどろいたことだよ
どうとるかで使われている表現技法も変わってきます。と言うよりも、使われている表現技法のうけとり方で、意味が変わってくるというか……。

この句は研究家が多いので大筋でこう考える……というものがあるようですが、俳人に表現の自由がある以上、読み手にも自由に読み取り想像する自由があります。あからさまな間違いでなければ、色々発想していいんですよ。自分なりに考えてみてくださいね。


※例えば、室生犀星の有名な詩に有名な次のフレーズがあります

「ふるさとは遠きにありて思うもの」

この故郷について、室生犀星の研究家で実際に親交があった学者先生が、『都会で、幼少の頃に良い思い出のなかった作者が、その心境を詠んだ(現実には故郷に戻っていない)』と解釈したために、長くそのように思われていたのです。
ところが最近では「よしやうらぶれて異土の乞食になるとても帰るところにあるまじや」を踏まえて、
『実際に故郷に帰ってきてみれば、厄介者扱いされて辛いことばかりだ、こんなことなら都会で故郷の事を懐かしんで悲しんでいた方がどんなによかったか…』と訳すことが主流になっています。

つまり、偉い学者が言うことがいつも正しいとは限らないのです。あなたなりの解釈をしてみましょう。


ところで、豆知識ですが、この句の季語はどうとらえましたか?
実は、この句が発表された当時、この句で季語とされているものは、季語の扱いをされていませんでした。
だって年がら年中そこに存在するものでしょう?
夏の季語として周知されるようになったのは、この句が発表され絶賛されたからだと言われています。そうでなければ、この句は「季なし」のルール破りと思われていたかもしれません。
自由律俳句で有名な山頭火なら俳句の季語なしは当然でしょうが、水原秋櫻子はそうじゃないですからね。

No2です。

>切れ字ですね?

そうですね。

ところで、一つの俳句に使われる表現技法は一つだ、と思い込んではいませんか?いえいえそんなことはないんですよ。全く技巧的な表現がみられないものもあれば、たくさんの技巧が使われているものもあります。

事実、この有名な句は、人によってはテクニック遊びだと批判する人もいるくらい(そんな人は極々少数で、実際には水原秋櫻子の代表作とされていますが)技巧的なんですよ。

この俳句は、目を閉じても、情景をまざまざと美しい色で思い浮かべること...続きを読む

Q松尾芭蕉の英訳された俳句の日本語バージョンを探しています

the autumn even birds and cloud are old

これの日本語はなんという俳句でしょうか?
よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

既回答にあるよう、「此秋は何(なん)で年よる雲に鳥」が正しいようですが、翻訳者によって英文が違います。
1.ドナルド・キーン氏(Donald Keene)の翻訳は次のようになります。
This autumn
Why do I feed so old?
A bird in the clouds.
http://homepage2.nifty.com/20seiki/diary2/201107.html

2.マーク・ゾッキ氏(Mark zocchi)や、ルシアン・ストライカ氏(Lucien Stryk)の翻訳は下記のようになってます。
Autumn – even birds and clouds look old
http://homepage.ntlworld.com/dmitrismirnov/BASHO_Haiku_K3.html

Q俳句について~種田山頭火~

分け入っても 分け入っても 青い山
 
という俳句の表現技法や特徴、大意、鑑賞文を知りたいです。
今分かっているのは「句切れなし」です。
明日の朝に締め切ります。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

種田山頭火は人生の生きる意味を見出すべく乞食のように各地を放浪しています。この歌は熊本から日向路へ抜ける途中で詠まれたといわれます。九州山脈の奥深い里を歩きながら、単に風景を詠んだ(山の中へ歩いても歩いても周りは青々とした山々だけだ)とも取れるし、彼が旅へ出た目的である人生の悟りになかなか達しない状況(歩いても歩いても周りの風景は変わらず、悟りの心境に達しない)を、このように詠ったとも取れます。焦りか余裕か、読む人によって受け止め方が変わる歌ですね。

山頭火の歌は自由律と言われ俳句(5・7・5)短歌
(5・7・5・7・7)の約束にこだわらず自由に
表現したものです。実際に田舎の道や山道を歩いて、折々の気持ちを口語で歌っているので、花鳥を眺めて想像力で作ったような俳句や短歌とは異なります。

Q松尾芭蕉の俳句

芭蕉の俳句に「松島や ああ松島や 松島や」という句があったと思うのですが、この俳句の出典がわかる方はいらっしゃいませんでしょうか。
いらっしゃれば、ぜひ、教えていただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

松尾芭蕉が『奥の細道』で松島を訪れた際に、あまりに絶景なので句が浮かばず、「松島やああ松島や松島や」と詠んだという逸話があるが、この川柳は後世の狂歌師田原坊の作で、芭蕉の作ではないとされる。ただし、実際にあまりに絶景で、その場で句が思い浮かばなかったのは事実らしく、『奥の細道』には、同行した弟子の曾良の句が掲載されている。また別の説では、句は詠んだが景色に釣り合うよいものができなかったともいう。

とのことです。 それでは

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B3%B6

Qいろんな俳句、教えて下さい。

表題の通り、いろいろ俳句を教えて下さい(爆)
文学的な俳句でもいいし、オモシロネタな俳句や
日常の疑問について思わず頷いてしまう様な俳句、
語呂が俳句に近いような格言・川柳的なモノでもかまいません。

とにかく沢山の俳句を集めていますので、ご助言よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

歳は人にとらせていつも若恵比寿
蛸壺やはかなき夢を夏の月
石山の石より白し秋の風
美しや障子の穴に天の川
芭蕉

散る桜残る桜も散る桜
裏を見せ表を見せて散るもみじ
どちらも良寛の辞世の句という俗説があります。
真偽は色々語っているサイトがありますので
興味があれば探してください。

露の世は露の世ながらさりながら
一茶辞世の句

耕運機盛りのゲンゲ裏返す
作者失念。

一日も捨てる日もなし梅の花
栗田樗堂

糸瓜ぶらり夕顔だらり秋の風
秋の蝿追えばまたくる叩けば死ぬ
正岡子規

逝く空に桜の花があれば佳し
三波春夫

顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
高浜虚子

蝉時雨子は担送車に追ひつけず
石橋秀野

他にも沢山ありますがまあこんなところで。

Q芭蕉の俳句

芭蕉の俳句で「故人の道程を知るのではなく、故人の思想を知ることが大切だ」というような意味の俳句があるとお聞きしたのですが、どんな俳句か教えて下さい。

Aベストアンサー

これは俳句ではなく、芭蕉の言葉です。原文は「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」。出典は「許六離別の辞」。とりあえず手許にある「日本の古典 名言必携」(別冊国文学)で調べましたが、「許六離別の辞」全文は岩波日本古典文学大系の「芭蕉文集」に入っているのではないかと思います。

Q俳句について

俳句について勉強をしていく中でいろいろな俳句調べて特に恋に関する俳句や短歌に興味を持ちました。

失恋の俳句は多く知ることができたのですが、初恋に関する俳句や短歌は見つからないです。初恋に関した俳句、短歌にはどんなものがあるのかもしよかったら紹介してほしいです。

Aベストアンサー

飯田龍太、稲畑汀子、森澄雄監修の名句鑑賞辞典(角川書店)から3例の恋愛句を引用します。

虹二重神も恋愛したまへり  津田清子
 昭和24年の作で、恋愛の語が新鮮であった頃の、初々しい感性の所産であるとの解説あり。

気管支を痛める恋や竹の秋  寺井谷子
 平成5年の作で、気管支という部位がエロチシズムを感じさせるとの解説あり。

愛されずして沖遠く泳ぐなり  藤田湘子
 昭和30年の作で、愛がうけいれないという思いを瑞々しく表現した青春の風景との解説あり。

ということで、いろいろな愛が詠まれています。これからも俳句を楽しんでくださいね。

Q松尾芭蕉の旅への思いとは?

松尾芭蕉の旅へのおもいをおしえてください^^


明日のてすとに出ます涙

Aベストアンサー

No1です。
テストに出るのなら、冒頭の文章から出るのでしょう。

 冒頭の文章を現代語訳すると

年月は通り過ぎ二度と帰らない旅人である。
例えば船頭や馬子も日々の暮らしの中で旅をしているようなものである。

 これは人生を旅としていますね。
しかし、この後に続く文章では旅について具体的な計画を立てています。

 たとえば、遠い遠い松島が見たいので、老齢な自分はもう帰って来られないかもしれないため住んでいる家も処分するとか。

 そう思えばやはり「人生は旅である」ってことでいいと思います。

Q俳句と短歌

俳句には季語があって五七五で、短歌は五七五七七で・・というのはわかるのですが、イマイチ違いがわかっていません。

俳句好きの人は、何故俳句を選んだのでしょうか?短歌ではダメなんですか?短歌好きの人も、俳句ではダメなんでしょうか?

間抜けな質問だと思いますが、教えて下さい。

Aベストアンサー

以下はすべての短歌俳句に当てはまるものではありませんが、こんな感じで自分なりに整理しています。
和歌は作り手の心情をストレートに述べるもので、57577という詩形の短歌が、その心地よいリズムゆえか、多く作られるようになっていった。日本人の心から欲するものが自然と形になったもののように思われます。
その後歴史を刻むにつれて、ちょっとこりだして、心情をズバリと盛り込まず、風景そのものや、それを見つめる作り手の目線によって作り手の心情をあらわそうとするものが作られ始めた。そういう流れの中で、詩形そのものを短くし、まるで写真のように一瞬の場面を切り取り、それによって逆に豊かな心情を盛り込もうとしたのが、俳句なのでは、と思っています。俳句の方が想像の余地が広いのは、そういうことから来ているのかもしれませんね。

Q松尾芭蕉は、旅で風景を見たのでしょうか?

 柄谷行人に「日本の近代文学の起源」の「風景の発見」より、芭蕉は旅で風景を見たのかどうか疑問に思いました。
 そもそも、風景はある段階(歴史)で成立しました。にも関わらず、私達は「風景」が昔から存在していたと思い込んでいます。
 芭蕉『奥の細道』には「風景の描写」は一行もないと柄谷さんは述べていました。では、何を芭蕉は見たのか・・?芭蕉について、知識がなく分からない点がいろいろあります。 
 芭蕉について、詳しい方またこの質問に関して考えがありましたらお答えください。お願いします。

Aベストアンサー

柄谷は、こう言います。
『周囲の外的なものに無関心であるような「内的人間」において、はじめて風景がみいだされる。
風景はむしろ「外」をみない人間によってみいだされたのである。』

まわりをキョロキョロ眺めている者、が風景を発見したのではない。
自分の内面を見つめて、外界には無関心な者が、風景を発見した。
なぜか?

風景を発見しなかった者は、芭蕉だ。
能因法師の歌枕をたどって、西行は歌の修行をした。
西行の五百年忌に、その旅の足跡をたどって、芭蕉は「奥のほそ道」に出立した。

「奥のほそ道」に、風景の描写はない。書かれているのは、風景ではなくて、
能因法師→西行という歌の伝統、伝統の文学の心を、風景に投影したものだ。

このように風景は、「ものの見方」「目に見えるものを、どう認識するか?」によって把握される。
芭蕉のように、「ものの見方」が600年の伝統の文学にどっぷり浸っていれば、
その「ものの見方」は当たり前になってしまい、意識されず、
風景を、新たに発見する事は、ない。

風景を発見した者は、漱石だ。
漱石の時代には、文学の「ものの見方」の断絶があった。明治20年の言文一致運動だ。
漱石は、漢文の教養が深くて、それまでの文語体=漢文調 から口語体への、文学の断絶・「ものの見方」の変化を、痛感した。
この断絶が漱石を悩ませて、文学論を書かせ、当たり前の普遍的な 「ものの見方」に意義をとなえさせた。


要は、柄谷が言ったのは、
風景は、「ものの見方」「目に見えるものが、なぜ美なのか?」によって認識される。
伝統にどっぷり浸かった「ものの見方」、当たり前になった「美の基準」から、新たに発見される風景は、無い。という事で、

構造主義の哲学では、美の基準・規範(コード)化。と言います。

何が美しいか?この風景が、なぜ美なのか?
古今集→新古今(西行の歌が、最多に収録された)→芭蕉、という日本文学の伝統は、
古今集の「美のコード化」の、ずっと延長にある。

だから、芭蕉は、風景の美を「新たにコード化しなかった」風景を発見しなかった。
「風景の描写」ではなくて、「コード化された美を、記述している」
「伝統の文学の心を、風景に投影したものだ」という事か?と思います

柄谷は、こう言います。
『周囲の外的なものに無関心であるような「内的人間」において、はじめて風景がみいだされる。
風景はむしろ「外」をみない人間によってみいだされたのである。』

まわりをキョロキョロ眺めている者、が風景を発見したのではない。
自分の内面を見つめて、外界には無関心な者が、風景を発見した。
なぜか?

風景を発見しなかった者は、芭蕉だ。
能因法師の歌枕をたどって、西行は歌の修行をした。
西行の五百年忌に、その旅の足跡をたどって、芭蕉は「奥のほそ道」に出立した...続きを読む


人気Q&Aランキング