人生って何?とか、人間って何?とか生きてる意味とか考えた事あると思います。
みなさんはこの3つについてどういう考えを持ってるか聞かせてください★

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A 回答 (6件)

人生って何?


僕の考えだと、人生は何かをするための舞台だと思っています。
人には使命があると信じているからです。僕はまだ自分が何をすべきかはわかりませんが、そう確信しています。でも使命があるからといって運命は無いと思います。その何かが使命だったといえるのはその人が死ぬ時だと思うからです。
僕は人生って言うのはこれくらい曖昧なものでいいと思っています。

人間って何?
多分実験的な存在だと思います。なぜなら他の動物と明らかに異なるからです。
そして実験的な存在だから『種』として完成している他の動物に比べ未完成な能力的に劣る部分が多いのだと思います。

生きてる意味
理由を求める必要のないものだと思います。生きる意味を知っていたとしても人は死んでしまいます。何が言いたいかというと人間の命はそれほど重くないということです。所詮60億人の中のひとり、地球の中の1つさらには宇宙の中の一粒です。その一人一人に意味は無いということです。

参考にならないような事ばかりですみません
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 人生は生き様です。

生き様の問題です。
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この回答へのお礼

みなさん!たくさんの意見ありがとうございました!!
これからの参考にさせていただきます!やっぱりいろんな考えがあるんですね~!!勉強になります★
ありがとうございました。

お礼日時:2001/11/03 02:54

 以下、勝手気侭にわたしなりの一般論をつづってみました。



人生……
 人体の生誕で始まり、死亡で終わる、その間に意識と行動によってつづられるもの。
 与えられた環境設定と、本人の生まれ持った素質のほかに、努力と根性とチャンスがあれば育てられるパラメータもあり、それによって可能性は複雑に変化し、偶然と必然という時間的な環境要素によって、さらに変化は複雑を極める。

人間……
 生物学的にはホモ・サピエンスに分類される生き物。
 進化論では地球上に発生した炭素系生命を起源とすると思われる。
 某宗教では絶対者による一対の男女の創造を起源とするが、この話ではのちに子孫以外の人間が登場するので一対で創造が終わったかどうかは定かではない。
 火や道具を使い、集団行動をとることで他の生命体より優位に立つことを実現。言語をもつことにより、複雑思考と、そのかなり正確な伝達とを可能にした。その集団による社会構成の複雑さは蟻に勝ると思われる。

生きてる意味……
 生きてる自我意識のある者が、自己生存のために求める目的。
 自分で作る者、他者から与えられるのを待つ者、既にあると解釈してさがす者など、その求め方はいろいろである。
 特に気にしない者もたまにいるので、目的を意識することが絶対的に必要というわけではないらしい。

ところで、これらを自分自身に焦点を絞って言うのなら……
 人生……もらったもの。好きにしてよい、と出産・養育してくれた人たちに言われ、そのとおりにして自分なりに幸福感を得ている。
 人間……一応、これにわたしも属しているらしい。
 生きてる意味……「意味」の意味はこの場合は「意義」か「表現のねらい」か「価値・重要さ」か。(分類は広辞苑による)
  いずれにせよ、わたしは今のところ、自分で用意することを比較的許されている時代環境に恵まれていると考えている。
というところでしょうか。
 ご参考になれば幸いです。
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人生って何?


人間が生まれてから死ぬまでに経験する物の総称じゃないかな? ただその中は個々の価値判断があるから、良いとか悪いとか言えないし、自分でだって良く解らない物なんじゃないかなぁ。だからって遮二無二生きる物が人生って訳でもない。
不特定多数の選択肢を自己責任で選びながら個人の一生涯を進んで行く物って言うのが、私なりの答です。

人間って何?
誤解と自己中心的な思想と矛盾で出来た自然界のコンピュータの一つ、しかし個々に齎されるOSとソフトによっては全く別のコンピューターに進化する可能性のあるもの…成長しない人間が昨今多いから、特にそう思います。

生きてる意味
ないんじゃないかな…少なくとも自分や周囲にとっては何とでもこじつけられるけど、街中で赤の他人を見るとそれはただ『存在しているだけ』としか見えないし、それは相手の側から見てもそう思うと考えられるし…だからあまり親しくなかったり、第三者が人を批判するって事があるけど、そう言う事から考えれば誰もそんな意味なんて持っていないんじゃないかって言う気がします。

肩の荷を降ろして書いてみました。
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・人生とは



  重い荷物を背中に背負って坂道を登るようなものだと徳川家康が言ってますね
  軽装でローラースケートでゆるい下り坂を降りる方が楽な気がしますが

・人間とは

  地球上で,一応,智恵があって他の動物よりも賢いとうぬぼれている生物
  核爆発や世界大戦で生物が滅びないように自戒をお願いしたいです

・生きるとは

  死ぬまでの間,一生懸命生きて,死ぬときに,後悔せず笑って死ねるように
  したいですね。それまで前向きにプラス思考で毎日の生活に取り組むことでは
  ないでしょうかね。
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Q.人生って何?


A.幕が開いて(生まれる)から、幕を下ろす(死ぬ)までの舞台演出だと思ってます。

Q.人間って何?
A.地球上で生命活動する1つの種。

Q.生きてる意味
A.生きがいを持っているひとは、それが、生きている意味になるのでしょうが、「生きがいはないが、死ぬ理由もない。」「とりあえず死ぬのは嫌だ。」ということだけも生きてる意味に繋がるのでは?と思ってます。

参考にならない解答ですみません。
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Q「生きる」とか「人間の意味」とか。

生きるってどういうことなのでしょうか。
人間1人が生きようが死のうが地球とか宇宙の大きな流れに関係ないとおもいますか?
まして、広い宇宙から見れば地球ですら意味のない小さなものに見えるかもしれません。
原子と人間をくらべたら原子という大きな存在からすれば人間はその大きな存在の作る小さな者のような気がします。
小さな地球の上でこんな些細なことを考える人間ってなんなのでしょう?

Aベストアンサー

人間は大昔、一粒の原子だったと仮説した人が
いましたね。
原子が大きな存在とお考えなら、人間もその原子を
生み出す大きな存在だと私は思います。

こんな些細なことを考えられる人間という存在で
いることが私達の生きる意味だと思います。

何故生きるのか、こんなことを考えられる人間って
素晴らしくないですか。これこそ生きてる証拠ですよね。

Q人間が人間としての自覚を持って生きるためには

こんばんは。

遥か2500年も昔に 釈尊はこの世界の全てを論理的に理解して 「人間が人間として自覚して生きれば 人間は自然淘汰の競争原理を克服して 永遠に滅びない」ことを悟られたようです。
しかし 今現在 人間は人間として自覚することを疎かにして自らを滅ぼそうとしています。私は 人間よ人間に戻りなさいと言いたい。

釈尊の時代 人間は神の言葉(ロゴス)を創り 言葉でお互いに対話することにより共同体という社会を構成して繁栄していました。人間は(真、善、美)も創りよりよい生き方を模索しました。
しかし 強固な共同体は神を頂点としたピラミッド構造(階級社会)となり 人間ではない者が出てきてしまいました。

釈尊は 誰もが自分の思うようにならないので苦しんでいたりするのや人間が争うのを観て どうしたらいいかと考えました。
彼は この世界を五感で「あるがまま」に観ました。なんと彼は 全ての物が移り変わる「諸行無常」であることに気づいたのです。さらに あらゆる事象の「因果律」(エントロピーや不確定性原理等も含む)にも気づきました。
当時の人間は「輪廻転生」という概念も創りだしていました。
釈尊は 神の言葉をも創りだしたり 、「慈・悲・喜・捨」(慈しみ、憐れみ、随喜、落ち着き)の心を持つ人間は 一番尊い生き物であると確信しました。「天上天下唯我独尊」
それならば 一番尊い生き物である人間は 人間として自覚して生きれば 人々は「輪廻転生」という概念を信じているので 来世も人間として生まれると思うだろう と考えました。「極楽浄土」
また 人間でないものになろうとする人々は 争い殺し合い自然淘汰されるだろうと思いました。(神になろうとする者や人間としての自覚の無い者等)

1)この世界に「神」が存在するならば (神は全知全能であるので極楽浄土も輪廻転生も存在する)
一番尊い生き物である人間は人間として自覚して生きれば極楽浄土に逝き 来世があるならば人間にしか生まれ変わらない。
人間として自覚しない生き方をすれば 来世で人間に生まれ変わることはない。

2)この世界に「神」が存在しないならば 
一番尊い生き物である人間は人間として自覚して生きれば争うことを止め助け合い その子孫は決して滅びることはない。
人間として自覚しない生き方をすれば 自ら争い殺し合い自然淘汰される。

釈尊はこの世界の全てを理解し 五感で認識できないものは考えても何も生み出さない(非我)として 人間が自ら人間として自覚して生きれば その子孫が生き残り人間は滅びないと信じたのです。釈尊の苦しみは無くなり心は静かになりました「涅槃静寂」

私は 「人間としての自覚をもって生きる」=「中道に生きる」ことができればもう何もいらないような気がするのですが。
貴方は 貴方が予想もしない災難に直面した時 「人間が人間としての自覚を持って生きるためには」 どのような新しい哲学を創った方がいいと思いますか? 
「対話」による真理の追究が哲学だとも言えますが 何かございましたら よろしくお願いします。

こんばんは。

遥か2500年も昔に 釈尊はこの世界の全てを論理的に理解して 「人間が人間として自覚して生きれば 人間は自然淘汰の競争原理を克服して 永遠に滅びない」ことを悟られたようです。
しかし 今現在 人間は人間として自覚することを疎かにして自らを滅ぼそうとしています。私は 人間よ人間に戻りなさいと言いたい。

釈尊の時代 人間は神の言葉(ロゴス)を創り 言葉でお互いに対話することにより共同体という社会を構成して繁栄していました。人間は(真、善、美)も創りよりよい生き方を...続きを読む

Aベストアンサー

No.6です。
お礼ありがとうございました。

補足になりますが、人間の自覚のきっかけは「痛い目を見る」です。

上手くいかない。
失敗してしまう。
思うようにならない。

そんな痛い思いをして、自分と自分のプロセスを振り返るときが自覚です。

それまでに失敗を積み重ねた人は、より自分を見ながら進むので大きな失敗はしません。
しかし、小さな失敗をスルーして生きていくと、どこかで大きな失敗を必ずやります。
とても手痛い仕打ちを受けます。

その時、原因を外に探すなら失敗の連続になります。
それは気がつくまで終わりがありません。

自覚とは、新しいものを用意する必要はなく失敗して気がつくことです。
日本人の多くは、そして人類の多くはまだ気がついていない人であふれています。

気がつく人が増えれば、経済も立て直しできますし他の問題もクリアできます。
世界中が「ルワンダ虐殺」のようになる前に、気づいてほしいと願うばかりです。

日々是良好、今の時代の日本人でよかった。
痛い目に懲りて、それぞれがそれに気づけばこんなに平和で豊かな国は他にないほどです。

自覚=痛い目で気づく
自覚のために新しいものは、一つも必要ありません。
と言うことです。

この補足は、どちらかというと質問者様以外にもという思いを持っているので書きました。
少しでも、誰かのお役に立てればと願いを込めてです。

No.6です。
お礼ありがとうございました。

補足になりますが、人間の自覚のきっかけは「痛い目を見る」です。

上手くいかない。
失敗してしまう。
思うようにならない。

そんな痛い思いをして、自分と自分のプロセスを振り返るときが自覚です。

それまでに失敗を積み重ねた人は、より自分を見ながら進むので大きな失敗はしません。
しかし、小さな失敗をスルーして生きていくと、どこかで大きな失敗を必ずやります。
とても手痛い仕打ちを受けます。

その時、原因を外に探すなら失敗の連続になります。
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Q【あなたは何を目的に生きて、何を目的に死までの道を突き進んでいますか?】目的もなしに生きて、目的もな

【あなたは何を目的に生きて、何を目的に死までの道を突き進んでいますか?】目的もなしに生きて、目的もなしに死んでいくつもりですか?

それとももうちゃんと目的を持って日々を生きて、死へのゴールまでの目的設定を作っていますか?

Aベストアンサー

かつて、神様が幅をきかせていた時代には、
人間にはそんな悩みはありませんでした。

神様の言う通りに生きていれば、良かったからです。

しかし、神が死んだ現在、生きる目的云々は
人間が決めてよいことになりました。

目的など無くてもよい、あってもよい、欲しければ
自分で創ればよい、となりました。

目的などあろうが無かろうが、人間は死ぬのです。

何の意味があるというのでしょうか。

そこにあるのは、自己満足だけです。

Q生物や人間には目に見えない非物質的なモノがあって、それ自体が生きている時の記憶を持つ必要は無いのです

生物や人間には目に見えない非物質的なモノがあって、それ自体が生きている時の記憶を持つ必要は無いのですがもしそのようなものがあったとして それを科学的に否定することはできますか? それとも悪魔の証明?

Aベストアンサー

非物質ではなく、反物質ならあったらしいですよ。
いつの間にかなくなっていたようですが。

Q【人生論】「女性は人生の大逆転があるが男性にはない」 女は馬鹿に産まれて自分の能力だけでは生きてい

【人生論】「女性は人生の大逆転があるが男性にはない」

女は馬鹿に産まれて自分の能力だけでは生きていけなくても、学力が無くて一流企業に就職出来ない等でも、学力がある一流企業に勤める男性と結婚するチャンスがある。容姿、性格等で人生の大逆転がある。


しかし、男性の場合は、自分に能力がないと女性は経済力を見て結婚するので男性には人生の大逆転はない。


よって、独り身で死んでいくのは女性より男性の方が多い。


人生において1番最悪なのが、産まれながらに学力がなく、能力がなく、容姿が終わっている結婚出来ない女性で、その次が同じ男性である。

今の日本では学力、能力がない人間だと昔が男尊女卑の時代だった我が国、日本においては能力がない者同士だと男性の方が給料が高い。

これは昔から男性が女性を養ってきた名残りでもある。

しかし、いまはアルバイトなどフリーターには男女平等の賃金が支払われているので非正社員はその限りではない。

障害がある等、体が使えない人間以外は体力仕事がある男性の方が給料が高い仕事に就ける可能性が高い。

話が戻って、、、

「女性は人生の大逆転があるが男性にはない」に反論があれば反論材料を教えてください。

論破してください。

【人生論】「女性は人生の大逆転があるが男性にはない」

女は馬鹿に産まれて自分の能力だけでは生きていけなくても、学力が無くて一流企業に就職出来ない等でも、学力がある一流企業に勤める男性と結婚するチャンスがある。容姿、性格等で人生の大逆転がある。


しかし、男性の場合は、自分に能力がないと女性は経済力を見て結婚するので男性には人生の大逆転はない。


よって、独り身で死んでいくのは女性より男性の方が多い。


人生において1番最悪なのが、産まれながらに学力がなく、能力がなく、容姿が終...続きを読む

Aベストアンサー

学力と能力は、後天的に身につけることが可能です。
トップレベルまでになれるかは人それぞれでしょうが、脱負け組くらいまでなら、さほど難しいことではないと思います。


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