【復活求む!】惜しくも解散してしまったバンド|J-ROCK編 >>

「ですます」調と「だである」調の違いが良く分かりません。
この点ご教授願います。

「みた、聞いた、~でない、聞かない」などはどちらに属すのでしょうか。
他にも「だった、であった、~した、であります、きれい、美しい」などはどうなのでしょうか?

どちらでも使えるような気がするものもあるのですが……

最近、舞城王太郎、綿谷りさなど読んでいると日本語が分からなくなりました。


気にせずに好きなようにかけ、などの回答はご遠慮ください。

A 回答 (6件)

#2です。



>「聞くところによると……」
>というのはどちらかに分類できるものなのでしょうか?

「聞くところによると」がそもそも文語調ですよね。
「聞くところによると、ナウシカは青き衣をまとっていたそうである」 しっくりきます。「である調」ですね。

「聞くところによると、ナウシカは青き衣をまとっていたとのことでした」 使えなくはないかもしれませんが、少し変です。
「聞いたところによりますと、ナウシカは青き衣をまとっていたそうです」こちらの方が自然に感じます。どんどん長ったらしくなりますけどね。^^;
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この回答へのお礼

大変分かりやすい例でせつめいしていただき、ありがとうございます。

お礼日時:2005/09/10 03:47

ちなみに


ですます調のことを「敬体」
である調のことを「常体」といいます。
(小学校で習います)

もちろんどちらも使えます。
ただ、基本的に
敬体で書くならその文はすべて敬体で
常体で書くならその文はすべて常体で
という決まりがあります。
もちろん、会話が混じっていたりすれば違いますが・・・

効果、用法はおわかりだと思いますが
敬体 やさしい感じ、柔らかい感じ、丁寧、手紙
   親しい などなど
常体 かたい感じ、公文書、箇条書きなどなど

ようは、目的と場に応じて使い分ける必要があると言うことです。
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「ですます」…口語体の軽い断定。


「だである」…文語体の堅い断定。

論文などは"お堅い文章"で、「だである」を用いるのが普通です。
反して通常の口語では「ですます」を用いるのが普通です。

昔の人(とくに政治家)は自分をエラくみせるため、ことさらに「である」を用いていました。夏目漱石などは、「我輩は猫である」などと言っていましたね。
赤塚漫画では「であーる」などと表現していますが、あれはギャグの延長で、実際の口語では使われません。

江戸時代の武士階級は自己主張が強くて、「であろう」を用いていましたが、これが明治になって「である」に変化しました。商人や町民の場合は武士階級に対して、「でござります」を使っていたものが、頭と尻尾だけの「です」に簡略化されたとの説もあります。
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この回答へのお礼

聞くところによると、回答してくれたそうで、
ありがとうであろう。

お礼日時:2005/09/07 00:08

使い分けは参考ページを見てください。



ただこの表もちょっと疑問があって、「しない」「ならない」と「せぬ」「ならぬ」は入れ違ってるんじゃないかなあって気もしますが……

いずれにしても小説などでは、「だ調」と「である調」は漱石鴎外の時代から普通に入り混じってますよね。

参考URL:http://hac.cside.com/bunsho/1shou/47setu.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます

お礼日時:2005/09/07 00:05

結論から言うと「ですます調」ではないものが「である調」です。

^^;

「ですます調」はすぐにわかりますよね。いたるところに、「です」「ます」「でした」「ません」、と書いてありますからね。
一方、「です、ます」もないし、「である、であった」もでてこないものもありますね。
「彼女はそっと目を閉じた。」これは「閉じた(のであった)。」と省略された「である調」なんです。その文章を長く読み続けると、だいたいどこかに「である」が出てくることが多いです。この省略が「である」調が簡潔な文体だという理由になります。
一文ではなく数行もしくは全体が問題です。

ですので、「みた、聞いた、~でない、聞かない」が連続していれば「である調」です。
「~だ」「~であった」も「である」調です。「である」は「~だ」の変形で、「だ」は「で」の終止形。「であった」は「である」の過去形です。

「であります」は「ですます」調です。会話文中以外でこれを一旦使って、他が「である」であれば、それはおかしな文章だといえます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ふと思いついたのですが、
「聞くところによると……」
というのはどちらかに分類できるものなのでしょうか?

どちらの文体でも使っているような気がします。
ですます・が含まれていないから「だ・である」調とだとおもいますが。

お礼日時:2005/09/06 17:38

「ですます」調では、「です」「ます」という丁寧の敬語が入っている(敬体になっている)必要があります。

ですから、「です」「ます」が入っていないものは、「だである」調になります。

その意味で、ご提示の例では「であります」以外はすべて「だである」調になります。
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この回答へのお礼

ありがとうございますである。

お礼日時:2005/09/06 09:21

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文章の書き方について習うと、必ずといっていいほど「です・ます」調あるいは「だ・である」調で統一しなさいと教えられます。

しかし、名文家と名高い三島由紀夫のエッセイを見ても、両者の混在がみられます。
彼の著作「不道徳教育講座」は終始この調子で、例えば以下引用します。

-----------------
 私はどうもこういう風潮も一概にわるくないのではないかと思う。ルネッサンスのころのイタリーはこうだったのです。大犯罪も人間のエネルギーの産物だから、大いに尊敬された。王侯は毒殺を常とし、天才は同時に悪漢であった。「善にむかっての秩序」と同様に、「悪にむかっての秩序」というものもあるようなので、コチコチ頭の道学者が考えるように、悪が直ちに社会不安と、社会的無秩序を招くとはかぎりません。悪がむしろ、社会秩序をととのえることだってあるのです。
-----------------

さすがに、リズムが良いですね。
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Aベストアンサー

本来は、「ですます体」「だ体」「である体」って言いますけどね。

さて、こういうことではないでしょうか。

「私はどうもこういう風潮も一概にわるくないのではないかと思う。」
  ⇒ 「私は一人で勝手にそう思っています。」

「ルネッサンスのころのイタリーはこうだったのです。」
  ⇒ 「こうだったのですよ!」と読者に訴える。(「のです」の「の」には強意の働きがある。)

「大犯罪も人間のエネルギーの産物だから、大いに尊敬された。」
  ⇒ そういう事実があった。

「王侯は毒殺を常とし、天才は同時に悪漢であった。」
  ⇒ そういう事実があった。

「悪が直ちに社会不安と、社会的無秩序を招くとはかぎりません。」
  ⇒ 「かぎらないでしょう?」と読者に訴える。

「悪がむしろ、社会秩序をととのえることだってあるのです。」
  ⇒ 「あるのです!」と読者に訴える。(「のです」の「の」には強意の働きがある。)


>>>皆さんは、「です・ます」調と「だ・である」調の混在についてどう思いますか。

読み物であるならば、読者に語りかけたいときだけですます体を用いるのも、かまわないのではないでしょうか。
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念押しですが、あくまでも読み物であるならば、です。

ちなみに、最近、こんなQ&Aで回答しました。
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http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5968027.html

本来は、「ですます体」「だ体」「である体」って言いますけどね。

さて、こういうことではないでしょうか。

「私はどうもこういう風潮も一概にわるくないのではないかと思う。」
  ⇒ 「私は一人で勝手にそう思っています。」

「ルネッサンスのころのイタリーはこうだったのです。」
  ⇒ 「こうだったのですよ!」と読者に訴える。(「のです」の「の」には強意の働きがある。)

「大犯罪も人間のエネルギーの産物だから、大いに尊敬された。」
  ⇒ そういう事実があった。

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Qである調に使っていい語尾

ブックレポートの概略を常体(である調)にしましょうと言われたのですが、である調で文章を書いたことがないのでよく分かりません。

とりあえず、すべての語尾を「~である。」「~のである。」にしてみましたが、違和感を感じる箇所もあるうえになんだかくどいです・・。

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「である体」だから何が何でも末尾を「である」にしなければならないと言うことはありません。
文末の文例(1)に、ためしにご質問文をすべて「~である」にしてみましたが、こういう文章が
> 違和感を感じる箇所もあるうえになんだかくどいです・・
と感じられるのは当然の間隔と思われます。

> 「~してきた。」というように常体で終わらせている部分もあるのですが、そこも「~である。」にしましょうと言われた
とのことですが、もし質問者さんの文章を指導している方が文例(1)のような文章に違和感を覚えないとしたら、その方の言語感覚には疑問符を付けた方が良いように思われます。

文例(1)(すべて「である」調にしたもの)------------------------------
ブックレポートの概略を常体(である調)にしましょうと言われたのであるが、である調で文章を書いたことがないのでよく分からないのである。
とりあえず、すべての語尾を「~である。」「~のである。」にしてみたのであるが、違和感を感じる箇所もあるうえになんだかくどいのである……。
「~してきた。」というように常体で終わらせている部分もあるのであるが、そこも「~である。」にしましょうと言われたので、常体の中でも、である調しか使ってはいけないようなのである。(そんなことが可能であるのだろうか?)
である調の「~である。」「~のである。」以外の使っていい語尾を教えてほしいのである。

文例(2)(「だ・である」調で簡潔にしたもの)---------------------------
ブックレポートの概略を常体(である調)にしましょうと言われたのだが、である調で文章を書いたことがないのでよく分からないのである。
とりあえず、すべての語尾を「~である。」「~のである。」にしてみたのだが、違和感を感じる箇所もあるうえになんだかくどいのだ……。
「~してきた。」というように常体で終わらせている部分もあるのだが、そこも「~である。」にしましょうと言われたので、常体の中でも、である調しか使ってはいけないようなのだ。(そんなことが可能なのだろうか?)
である調の「~である。」「~のである。」以外の使っていい語尾を教えてほしい。

「である体」は、しばしば「だ・である体」とも言われるように、通常の文章は簡略に「~~だ」「~だろう」で止めて、強調したい部分だけ「~である」「~のである」で良いと思います。

「である体」だから何が何でも末尾を「である」にしなければならないと言うことはありません。
文末の文例(1)に、ためしにご質問文をすべて「~である」にしてみましたが、こういう文章が
> 違和感を感じる箇所もあるうえになんだかくどいです・・
と感じられるのは当然の間隔と思われます。

> 「~してきた。」というように...続きを読む

Q「口語」、「文語」、「話し言葉」、「書き言葉」

 日本語を勉強中の中国人です。「口語」、「文語」、「話し言葉」、「書き言葉」とこの四つの言葉の関係について、次のように思いますが、皆様はどう思われますか。

口語=話し言葉
文語=書き言葉

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>口語=話し言葉
>文語=書き言葉
というのは言葉本来の意味からは正しいのですが、

日本語の歴史の特殊事情により、実際には違う意味で理解されています。

結論から言えば、
口語=現代語
文語=古語
というのが普通の理解です。

「口語」はいわゆる「共通語(明治以降の東京方言をもとにしています)」としての「書き言葉=話し言葉」を指し、
「文語」は書き言葉としての古典語を指す呼称です。

江戸時代(19世紀)までの日本では、共通語としての「話し言葉」は成立していませんでした。
江戸時代までの日本は、統一国家というよりも、各地域をそれぞれ「殿様」が治めるゆるやかな集合体であったため、それぞれの地域の「お国言葉」が話されていたのです。
そのかわり「共通語」の役割を果たしていたのは専ら「書き言葉」として用いられていた「古典語=文語」でした。
日本では「書き言葉」としては共通語としての「文語」を用い、
「話し言葉」としては地方によって異なる「お国言葉」を用いていたのです。

現在でも「お国言葉」は「方言」として残っていますが、明治時代以降「共通語=口語」が国策によって成立したので、公的な場面の話し言葉はほぼ全国で統一が取れています。
中国の事情はよくわかりませんが、「北京語」が「共通語」となって、「広東語」などは「方言」という扱いになっているとすれば、そのような関係が成立したのです。
そして、「書き言葉」としても新しく成立した「共通語=口語」を採用する方針が定められたので、「文語」は一部を除いて姿を消しました。

そういうわけで、
現在は、「口語」=「現代語(話し言葉=書き言葉)」
「文語」=「古典語」ということになりました。

ところで、現代の日本において「書き言葉/話し言葉」の区別は、
「常体/敬体」の区別と考えられることが多いようです。

すなわち、「書き言葉」は、「だ・である体」で、
「話し言葉」は、「です・ます体」を指すことが普通になっているようです。
もちろん、「だ・である体」の文章も「です・ます体」の文章も、両方が存在するので、外国人の方には非常にわかりにくいことと思います。
お気の毒です。

>口語=話し言葉
>文語=書き言葉
というのは言葉本来の意味からは正しいのですが、

日本語の歴史の特殊事情により、実際には違う意味で理解されています。

結論から言えば、
口語=現代語
文語=古語
というのが普通の理解です。

「口語」はいわゆる「共通語(明治以降の東京方言をもとにしています)」としての「書き言葉=話し言葉」を指し、
「文語」は書き言葉としての古典語を指す呼称です。

江戸時代(19世紀)までの日本では、共通語としての「話し言葉」は成立していませんでした。
...続きを読む

Q「である調」について

「である調」の文章の書き方がよくわからないので教えてください。

「~ください」は「である調」でどう表記すればよいのでしょうか。
例えば、「ごらんください」とか「ご理解ください」とかは
「見てほしい」「理解してほしい」でいいのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>「~ください」は「である調」でどう表記すればよいのでしょうか。

「~なさい」あるいは「~せよ」でしょうね。

>例えば、「ごらんください」とか「ご理解ください」とかは
>「見てほしい」「理解してほしい」でいいのでしょうか。

「ください」は動詞「くださる」の命令形ですから,自分の感情を表す「ほしい」という形容詞とは対応していません。

「ごらんください」から丁寧語を除いて対応するのは「ごらんなさい」(丁寧語を取っても尊敬語は付いたままです),「ご理解ください」に対応するのは「理解なさい」でしょう。「なさい」もなくすなら「ご覧じよ(ごろうじよ)」,「理解せよ」であり,「ご覧」という尊敬語もなくすなら「見なさい」「見よ」になるでしょう。

上記は丁寧語をなくすとどういう言い方に対応するかという話で,他人に読んでもらう文書でそういう表現がいいかどうかとは別な話です。「ほしい」も含め,状況しだいで対応していない別な言い方がふさわしい場合もあるでしょう。

Q「基」と「元」の使い方

経験を"もと"に話す。
上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<上記の場合の”もと”は元、基のどちらが正しいのでしょうか?>

「基」になります。

1.「経験を"もと"に話す」とは言い換えれば「経験にもとづいて話す」ことと同じです。

2.「もとづい(て)」は「もとづく」の連用形です。

3.「もとづく」は「基づく」という漢字しか存在しません。

4.従って、ここでは元、本、素などの漢字は適切ではありません。


ご質問2:
<経験を"もと"に話す。>

1.「~をもとに」という語感が「~を元に戻す」といった語感になるため、「元」の漢字を想定されたのだと思われます。

2.しかし、ここで使われる「もと」とは「土台」の意味になります。

3.他の漢字「元」「本」などには「土台」「ベース」といった意味はありません。

4.従って、ここでは基が適切な漢字となります。

以上ご参考までに。

Qですます調のルール

ですます調で文章を書いていて少し混乱してしまいました。
文中の「...である」はですます調のルールにはのっとらない
のでしょうか?

例1:私は幸せであると感じています。
例2:私は幸せだと感じています。
例3:私は幸せと感じています。
例4:私は幸せですと感じています。 
上記例1,2は正しいですか?
正しいのであればその理由と解説をお願い致します。
単純にですます調が文末にのみ適応されるということなら
それでもOKです。
例4:は日本語として不自然さを覚えますし、
例3:は無理やりである調をはずしたものでこれも不自然だと
感じます。(と→を にすれば自然ですが意味が変わってしまいます)

分かりやすく教えていただける方ご回答をお願い致します。

Aベストアンサー

No.3 の回答への補足 への回答です。No.3 では言葉が足りなかったようですね。

 いずれも‘と’は、引用の‘と’です。‘と’の上の「……」は文を構成します。例4 は文末に‘です’を使っているので発話そのものになり、「感じる」ではしっくりしません。それ以外は、問題ありません。

例1: 私は 「幸せである」と 感じています。
例2: 私は 「幸せだ」と 感じています。
例3: 私は 「幸せ」と 感じています。

 次の例はいずれも問題ありません。

例1: 先ほど私は幸せであると言いました。
例2: 先ほど私は幸せだと言いました。
例3: 先ほど私は幸せと言いました。
例4: 先ほど私は幸せですと言いました。

 必ずしも、<である>がですます調のルールに反する わけではありません。
 文末の文節群(自立語+助動詞+アスベクト+モダリティ等)の最後が「です」になっていれば、その文節群内の前のほうに「だ」「である」等があっても問題になりません。

○当時彼は幸せ「だっ」たの「だ」そう「です」
×当時彼は幸せ「でし」たの「だ」そう「である」

No.3 の回答への補足 への回答です。No.3 では言葉が足りなかったようですね。

 いずれも‘と’は、引用の‘と’です。‘と’の上の「……」は文を構成します。例4 は文末に‘です’を使っているので発話そのものになり、「感じる」ではしっくりしません。それ以外は、問題ありません。

例1: 私は 「幸せである」と 感じています。
例2: 私は 「幸せだ」と 感じています。
例3: 私は 「幸せ」と 感じています。

 次の例はいずれも問題ありません。

例1: 先ほど私は幸せであると言いました...続きを読む

Q「該当」と「当該」の違い

辞書には、「該当」・・・その条件にあてはまること。「当該」・・・その事に関係がある。
・・・とあります。
“あてはまる”と“関係がある”、微妙に違うようで似ているようで、お恥かしいのですが私にははっきり区別ができないのです。
該当とすべきところを当該としたら、意味はまったく違ってくるでしょうか?
わかりやすく両者の違いや使い方を解説していただけませんか?宜しくお願いします。

Aベストアンサー

よく似た意味の言葉(名詞)ですが、

○該当…「する」をつけて「当てはまる」という意味の動詞として用いることができる

○当該…主に他の名詞の前につけて「今議論の対象になっている、まさにそのもの」という意味で内容を限定する形容詞的な形で用いる

といった違いがあります。逆の用法はありません。

・この条件に当該する人は申し出てください。

・○○事件につき、該当被告人を有罪に処す。

いずれもおかしな使い方で、反対でないとアウトです。

ご参考になれば幸いです。

Q文語体/口語体とは?

文語体/口語体というのをよく耳にしますが,分かりやすく言うとどういう言葉なんでしょう?

又これが近代文学に与えた影響はどういうものがありますか?

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<文語体/口語体~分かりやすく言うとどういう言葉なんでしょう?>

わかり易く言えば、「書き言葉」と「話し言葉」ということです。

1.「文語体」:

(1)「文語」とは文章だけに綴る特別な言語です。

(2)「文語」は平安時代の文法を基礎として発達しています。従って、やや古語的なニュアンスを含んでいます。

(3)文語体とは、その文語で書かれた文章のスタイルのことです。
例:
「太郎さんは朝起きて、学校に行きました」


2.「口語体」:

(1)「口語」とは口頭から発する言語です。つまり話し言葉のことです。

(2)「口語」は会話で使われる言葉そのものです。従って、時代に合わせて慣用は移り変わりを見せます。

(3)口語体とは、話し言葉風の文体のことです。
例:
「太郎なら朝起きて、学校に行ったよ」


3.両者の混合:

(1)上記の2つの例文は、基本的にはそれぞれ文語体(書き言葉)、口語体(話し言葉)で使われる例です。

(2)とはいえ、必ずしもその例に当てはまらない場合もあります。
例:
1)目上の者に対して報告する場合なら、
「太郎さんは朝起きて、学校に行きました」
という丁寧語で伝えることもあります。

2)詩的な文章、会話調のくずれたスタイルの絵本のようなものなら
「太郎なら朝起きて、学校に行ったよ」
と書かれることもありえます。

(3)一例ですが、昭和天皇の終戦宣言である
「堪へ難きを堪へ、忍び難きを忍び~」
などは、本来は「文語体」の典礼語法に属しますが、このような話し方(口語)もないわけではないのです。

ちなみにこれを現代口語体にすると
「苦しいのをこらえて、つらいのを我慢し~」
となるところです。


ご質問2:
<これが近代文学に与えた影響はどういうものがありますか?>

ずばり、本が読み易くなった、ということです。

1.まず、漢字が少なくなります。

2.古語表現、固い言い回しが少なくなります。

3.日常会話で耳にする言葉なので、なじみやすく、わかり易くなります。

4.本を読むスピードがアップします。

5.その分より多くの本を読むことができ、多くの読者が増え、読者層の幅も広がります。

6.近代文学に限らず、特に公文書、学術書、翻訳書などでは、より簡潔で明快になり、解読や理解も深まります。

7.近代文学に限れば、作家が日常の主題を選び易くなったことにも影響を与え、読者も共感できる文学が数多く生まれたでしょう。

8.口語=「話し言葉」ですから、文学に「方言」「独特な言い回し」が使われることによって、方言なども地域限定の特殊語というより、馴染み深いものになっていきます。

などなど、いくらでもあります。
以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問1:
<文語体/口語体~分かりやすく言うとどういう言葉なんでしょう?>

わかり易く言えば、「書き言葉」と「話し言葉」ということです。

1.「文語体」:

(1)「文語」とは文章だけに綴る特別な言語です。

(2)「文語」は平安時代の文法を基礎として発達しています。従って、やや古語的なニュアンスを含んでいます。

(3)文語体とは、その文語で書かれた文章のスタイルのことです。
例:
「太郎さんは朝起きて、学校に行きました」


2.「口語体」:

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Q「ご連絡いたします」は敬語として正しい?

連絡するのは、自分なのだから、「ご」を付けるのは
おかしいのではないか、と思うのですが。
「ご連絡いたします。」「ご報告します。」
ていうのは正しい敬語なのでしょうか?

Aベストアンサー

「お(ご)~する(いたす)」は、自分側の動作をへりくだる謙譲語です。
「ご連絡致します」も「ご報告致します」も、正しいです。

文法上は参考URLをご覧ください。

参考URL:http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a5524170.html

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む


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