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http://otasuke.goo-net.com/kotaeru.php3?q=1646265
で質問をした者です。
私は制限速度を可能な限り守りたいと考えています。
しかしながら道路上で実行するには不思議なことに難しいのも事実です。

さて、制限速度に違反するのが必要悪だとすれば、
現在の規制を緩和するに足りる理由はありますでしょうか?

可能な限りその答えを見つけたいと思いますので皆様の意見をお聞かせください。
よろしくお願いします。

A 回答 (24件中1~10件)

#3です。

再度失礼します(しかも長文で)。

制限速度の設定に自動車の性能向上を加味して、という意見が多く見られますが、現在速度の決定においては自動車の性能というのはそれほど大きなファクターではありません。

そもそも実務でどのように速度が決定されているかというと、まず考えているのは「障害物を避けることが可能な速度」です。落下物や歩行者、停止車・故障車、あるいは対向車のはみ出しなどを想定します。
パターンとしては、横に避ける場合とブレーキをかけて手前で止まる場合が考えられます。もちろん、それぞれ反応するまでの空走も考えなければいけません。
速度が上がった場合には横に避ける方が余裕があるのですが、片側1車線では避けると対向車に突っ込む可能性が高いですし、複数車線があっても交通量が多いと避けるスペースがないこともありますので、それらはスピードを抑え気味に設定しなければいけません。
もちろん、カーブでは先が見えにくい分、反応まで時間的余裕がありませんので、連続するならこれも速度を抑えます。また、住宅地などでより確認な困難な横からの飛び出しを考慮すれば、速度はかなり下げる必要があります。

他に考える要因としては、道幅によって決まる心理的なスピードの限界があります。スピードが上がるほど視野狭窄で周囲が迫ってくるように感じるので、恐怖を感じるようになります。もっとも、幹線では逆に「この道の速度は○km/hにするから、幅はこれだけ要る」というように決定することの方が多いです。

これらを見ていくと、最大の要因は人間の反応ということになります。
よく「車の性能が向上した」と言われますが、これは主に加速性能と走行安定性に関してで、制動性能などはそれほどめざましい進歩を遂げたわけではありません。タイヤのグリップ力向上もありますが、いいものはいいとしてもアベレージ、あるいは最低レベルがどの程度向上したかは疑問です。
走行安定性により、回避能力が若干向上したかもしれませんが、大差はありません。まして、加速性能は無関係です。つまり、自動車の性能向上は、行政として考える「安全速度」の増加にほとんど寄与していないことになります。

日本における現状の道路では、速度帯の異なる交通流を同時にさばくことは無理です。スピードを出したい多数派に合わせろというのもエゴと言えばそれまでで、行政としては基準を弱者(スピードを出したくない人)に合わせるしかありません。これは民主主義の多数決とは別の問題です。
そのため、標準的な人にとってはもっと高く設定してもいいように感じられるでしょう。しかし、それを違法な速度であると認識し、「自分の出したい速度でつかまったときは仕方がない」と覚悟した上で乗るしかないのではないか、と常々感じています。
むしろ、少し越えただけで問答無用に検挙されない(現実的にはできない、とも言いますが)だけ、まだ恵まれているのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

まさに私のアタマにある全ての根拠を明記して頂いた感じです。じつにわかりやすくまとめていただいてありがとうございます。

お礼日時:2005/09/16 23:31

少なくとも、今の制限速度の適正性は必ずしも国民から認知されていないんですよ。



例えば、構造改革特別区の検討の中で、北海道特別区などにおいて、一般道の制限速度と追い越し禁止区間を緩和して、当該制限速度の緩和と事故発生率の関係・緩和前後の実際の巡航速度の変化・緩和実施のための要件などを検証していくという手もあると思うのですが。

せっかく構造改革特別区という制度があるんだから、有効に使わないと。

本当に子供などを巻き込む事故が多発したら大変だから、当初の試行的区間設定はシビアになると思いますし、警察の監視行動も大がかりにやる必要があると思いますが。

この方式だと国民の良識が制限速度を決めていくことになります。
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この回答へのお礼

制限速度の緩和を事故率や円滑な交通という観点から検討してもらいたい、またその結果特段不具合がないのなら試験的に緩和をしてもらいたいものです。

この質問自体かなり漠然としていながら皆様の的確な回答により方向が見えました。ありがとうございました。

お礼日時:2005/09/19 20:55

引き続き#22です。



わが国では制限速度が低すぎるから、最高速度(制限速度)の議論と一般的な巡航速度の議論が混同しているだけだと思いますよ。
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この回答へのお礼

制限速度以下での走行中、後続車両が接近した場合は、状況が許す範囲で追い越させましょう。
これが正解。

上記の状況で、一般的な巡航速度(速度超過)の後続車両が接近した場合も然り。

さて、制限速度での走行時、速度超過の後続車両が接近した場合は自分も速度超過にしないと迷惑??
これが質問するに至ったテーマです。

たったこれだけのことですが、難しいところです。

お礼日時:2005/09/18 22:12

#8ですが、質問上の制限速度は、いわゆる最高速度のことだと思うのですが、いくつかの回答はどうも巡航速度と捕らえられているような気がします。


あくまで許容される最高速度なんですから!

高く設定されてもその速度で走らなければならないなんてことは全然ない。
仮に、制限速度を上げたとしても、初心者などが不安を感じれば、最低速度に抵触しない限りは、自分のペースで走ればいいだけです。(現在、自動車専用道路だけの最低速度の概念が必要になるかもしれません)

違法状態を長年恒常化させているところに問題があるんでしょう。
低すぎる制限速度だから違法状態が長年恒常化しているんでしょう。こんなことは好ましいことではないんですから、科学的に検証してより適切な速度にすべきでしょう。
違法状態が恒常化しているっていうことは、政策的にも行政的十分問題なことですよ。
仮に、科学的に検証した上で現状の流れに問題があるんであれば現在の取り締まりに問題があるということだし。

少なくとも3車線以上あり、速度の異なる流れを受け入れる要素のある郊外幹線道路でも問題が生じるのでしょうか?

現在の制限速度設定要領を見れば、人間心理、人間工学、自動車の運動力学などの科学的な要素がほとんど考慮されていないことは明らかなのに、現行の速度を尊重すべきとの意見があることには、驚きを感じます。

行政上の怠慢を擁護する必要性なんて全然感じないのですが。
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結局は人間の限界が足をひっぱっているのだと思います。


私は時々サーキットへ行くのですが、ドライバーの技量がタイムに直に反映するようなコースでは、昭和レベルの車で最先端のスポーツカーを簡単に追いかけられてしまうことがしばしばあります。
雑誌やコースの最速タイムを見れば、絶対に追いつけないばかりかすぐに視界から消えてしまうはずの性能差があるにもかかわらず、です。
別にサーキットで速い人が運転がうまいというわけではありません。
問題はいくら技術が進化してもドライバーが使いこなせないケースが多いということです。ABSなんて典型です。強く踏み込むだけで誰でも安定した制動力を確保しつつハンドルでの操作も許容してくれる優れた装置ですが、反動に驚いて踏力を緩めてしまうドライバーが続出しました。
いくら技術が発展して従来の車より安定して加速し、速い速度で曲がれ、素早く安全に停止できたとしても結局はコンピュータが自動でやらない限りドライバーの限界を超えることは出来ないのです。(自動制御はまだ信頼性とコストに問題がありますし)
逆に技術が向上することで事故を誘発するケースもあります。
4WD車が雪道で事故っているケースが多いのがコレに当てはまります。走破性が向上したにも関わらず性能を過信して限界を超えてしまうパターンです。
EPS、TRCのようなシステムも同様で技術的にはすばらしいシステムで、#13の方のように昔は高速でソーイングが必要だったことを知っているような人であれば問題ないのですが、タイヤの限界を知らずに本当にこれが付いていればどんな状態でも挙動が破綻しないと思っている人には危険運転を助長してしまいます。
現代人には限界を体で感じるようなシーンがほとんどありません。昔は低速でも無茶をすれば何かしらの破綻を起こして学習することが出来ましたが、今の車はそういうことが無くなってしまっています。
人間が進歩しない以上、大幅な規制緩和は不可能ではないかと思います。
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この回答へのお礼

歩車分離、ITSによる自動運転および運転支援が完成すれば速度管理も徹底されるかもしれませんね。

「トラックの後部扉から箱が落下してきたので後続車1が回避しようと急ブレーキをかけたら、後続車2が突っ込んで前タイヤをひん曲げた」事故現場に立ち会ったことがあるのですが、
悪いのはトラックの運転手ですが、急後続車2の運転手は「まさか前車が急ブレーキをかけるなんて思わないから車間距離を取っていなかった」と言いました。

技術が進歩しても運転の基本は人間の判断によるんですよね。

お礼日時:2005/09/18 22:29

#3=#16です。

たびたび失礼します。
他の方の意見を見て、自分の意見に訂正すべき点もあると思いましたので。

制動距離については、私の認識不足だったかもしれません。最近の情報を昔の教本と比較して、「制動距離の説明も全然変わってないなぁ」などと感じていましたので、先のような意見になりました。
#18・suretsu1248さん、ご指摘ありがとうございます。

ただ、ABSについてはあくまで「制動中のコントロールを確保する」ための装置、と認識しております。
強ブレーキ時でも左右へのコントロールがしやすい画期的な装置ですが、素人がフルブレーキした時の制動距離はむしろ長くなる、というデータをどこかで見たように思います。

さらに、条件として一番厳しい大型車に関する状況は、さほど変わっていないのではないでしょうか。
大型車の場合、車の制動力の問題もありますが、大型トラックなどでは積み荷によってフルブレーキできないことがあります。ブレーキが強すぎて積み荷の鉄板や鉄骨が荷台を突き破りドライバーを損傷、という事故は、過去に何例も起こっているそうです。
これを「速度が出せない車」として別の速度で走らせるだけの余裕が、今の日本の道路にはありません。(実際、大型車だけ別速度になるといえば、高速くらいです。)

また、#16で長々と書いた速度決定云々については、設計速度の段階の話でした。
#17でyukai4779さんがおっしゃっているように、公安委員会がどの程度理論的に速度を決めているかについては疑問が残ります。
体制を変えていくとすれば、速度の規制緩和の前にまず、この「基準の明確化」が果たされるべきなのかもしれません。
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この回答へのお礼

車両側からの見解、ありがとうございます。
安全装備によって飛ばしても大丈夫と考えるのか?
それとも
安全装備によって事故に遭う危険性を減らそうと考えるのか?
実際、大型車はABS標準となっていますが、事故は起こります。
それと、トレーラーの急ブレーキはジャックナイフ等危険な挙動が出るそうですね。
こんな環境でホントに大丈夫なんでしょうかね。

お礼日時:2005/09/18 22:18

#9です。



これまでの掲示板の流れと、ご質問に示されているリンク先をあらためて
拝読させていただきました。 色々とお詳しい方とお見受けします。

この内容ですと、以前に私が書いたような車両性能の向上、安全技術の充実などを
主張するのはナンセンスですね。撤回いたします。
軽率な回答、失礼しました。

法定速度の遵守と実際の交通の流れとのギャップをご指摘されているように、
受け止めましたが、とても困難なテーマだと思われます。
だからこそ、皆さんが論じていらっしゃる訳ですが・・

地方などでは自動車専用道や高速道路よりも、やや郊外にバイパス道路などが多く
建設され、市街地などとの住み分けがされているように感じます。

しかし、建設後に造成が進み新市街地として開発されたりと本来のバイパス道
としての意味が希薄なのも事実でしょう。

日本の混雑した道路事情では複数車線化や時間帯規制、高規格道路などで
行政は対応しているのかもしれませんが、質問者様の言われるような問題の
回答にはなりませんね。

法定速度を上げたとしても、きっと、もっと上げろと云う声が後を絶たないでしょう。

おそらくはドライバー個人のモラルというかコンプライアンス意識が向上しない
限りは解決しないでしょうね。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございます。
専門家のかたからのお言葉、光栄です。

制限速度を上げるかたの意見
「●最近の乗用車の性能は大昔に比較して向上しているので制動しやすい●人間は進化しているので空走距離を以前より短縮できる●今の制限速度は遅いので事故が増加している●ネズミ取りは警察の怠慢である●事故率はたぶん変わらない」

制限速度を維持するかたの意見
「●現在の制限速度はスキル・明暗・気候・その他条件により出来ている。●運転手の実力がなければ運転能力は上昇しない。●混在交通の現状を変えるのは困難である」

さて、このあたりで結論をつけたいところです。

お礼日時:2005/09/18 18:33

再びですが。



制動に関しても、明らかに進化してますよ。
嘘だと思う人は、少なくとも今現在、最新のクルマと10年、20年、それ以上前のクルマを乗り比べてくださいな。
むしろ、安定性なんか、限界まで引き出さなければそれこそわかりにくいものですが、制動能力は、これははっきりと分かりますよ、加速性能と同じくらいに。もちろんABS云々は言わずもがなですが、それ抜きにしてもはっきりとブレーキの進化は感じて取れます。

ま、所詮ルールなんて、連続した世の中を無理やり断続にすることですから、どのみち他人と自分との境界をひくデジタルな現代人にとって、すべての人が100%納得できるようなルールを作ること自体、それは無駄なことです。
だって、殆どの人が悪と認める殺人でさえも、歴史の判断の中で英断だと認められることすらあるのですから、倫理的な裏づけが希薄な交通ルールなんて、ほんとあやふやなものです。
しかし技術の進化を侮るような論調を見過ごすわけには、これは参りませんね。

とても哲学的な話になってきてしまっていますが、確かに今でも、驚くほど性能の低いクルマだって、日本の道路を走っています。実際に私はそんな恐ろしいクルマを路上で走らせた経験のある人間です。
でも、そんなクルマ、一日に何台見ますか?そんなごくわずか、天文学的な数字を分母に抱くような遭遇確率のクルマを、これを最低レベルとして、んで、圧倒的多数にそんな最低レベルを基準としたルールを押し付けるのですか?
いわゆる、一人を救って多きを不幸とするか、それとも多くを救うために一人に犠牲になるか、そんな話ですよ。
日本国憲法では、個人の自由は、公共の福祉に反しない限り認めると、はっきり明文化されています。
その、日本国憲法の下にぶら下がる道路交通法であり、さらに下位にぶら下がる政令なりなんなですよ。
私には、到底現状のルールがそのまま正当化されるとは思えません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

悪法もほうなりという言葉があります。
日本に住んでいる以上、法こそが根幹であります。
それを無視して自由はありえないと私は考えます。
嘘だと思うのなら取り締まり現場でやってみてください。
速やかに自由は無くなるでしょう。

もうひとつ、道路上には最新式の装備を搭載した車両ばかり走っているのではありません。また、バイクに乗られたことはあるでしょうか?一見すると危険回避しやすくブレーキ性能も高いと思えますが、緊急時に操作を誤れば一瞬にして吹っ飛びます。

速度を決定する項目は実に奥が深いですね。

お礼日時:2005/09/18 18:18

 質問そのものも奥が深く難かしい、また、他の方の回答も読んでるうちに徐々に解らなくなってきますが。



 私は、質問者様と反する考え方なのだと思いますがこう考えます。(以下、速度超過=周囲にあわせた場合とします。)

 道路交通法の中での違反には多種多様に渡っているのはご承知のとおりですが、とりわけ速度超過については、白黒を区別できるような違反ではないと考えます。駐車違反は、駐車するか否か。一時停止は止まるか否か。と白黒はっきりしています。

 ところが、速度超過については法定速度が50kmのところを60kmで走行しても、その違法性をドライバーは明確には認識していないでしょう。
 メーターで超過を確認できるのは承知していますが、多少超えたからといってどのような迷惑、あるいは危険に遭うかを誰も想定はしていないと思われます。
 もちろん、上記の様な方々が街中で平気で危険と思われる速度で走行はしないと考えます。(これも周囲にあわせると思います。)
 逆に、制限速度で流れを無視した走行をした場合は、あきらかに大勢の方に迷惑をかけていると考えます。
 道交法だけを遵守したところで、交通の円滑化は図れないと思いますし、事故も防げないと考えます。制限速度であったとしても、運悪く人を轢いてしまう場合もあるでしょうし。

 余談ですが制限速度に拘ると、公安委員会が決めた制限速度はおそらく理論的に決めたわけではないと思われます。
 なぜなら、道路を計画する際のたくさんのデータから決めた道路の設計速度を超えた速度標識が設置されることがあるからです。
 つまり、道路設計技術者が決めた設計速度を無視した速度を表示していますから、その表示の仕方は全くの推測ですが感覚的、あるいは近隣道路、または従来どおりにならった速度表示をしていると考えられます。(もちろん逆の場合もあるでしょうが。)
 果たして全路線を道路管理者と協議して決定しているのかは疑問です。

 また、違反は悪いことでしょうが、制限50を60kmで走行したところで、事故発生の確率は上がらないはずです。ところが、極端に速い場合と極端に遅い場合は事故発生確率が高くなる事を何か記事等で読んだ記憶があります。

 規制緩和の件については、質問の件からずれていると思いますが、今の日本の置かれている財政的な問題もあってまず無理でしょう。標識板等の交換費用を予算計上するとは到底思えません。
 
 回答になっていませんが参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。こんなに大勢の方の回答を頂けて私自身も驚いています。

道路構造令も以前見たことがありますが、60制限の道路でも設計速度は80キロ程度で作られていたりしますから、車両を走行させるだけでしたら問題ありません。

しかしながら一般的な2車線道路では歩行者・自転車・原付からダンプ・トレーラー・ホイールクレーンなど様々な車両が混在しています。低速側では、原付の30キロ制限、ホイールクレーンの49キロ制限を勘案すると60キロ制限自体守れるものでもありません。
高速側では、速度超過車両による一般的な走行があります。
これを1本の道路で走れと言うところに無理がありますもんね。まさに極端同士の事故の一因でしょうね。

お礼日時:2005/09/18 18:08

●MiyaMsaさん はじめまして。

先ずあなたの、制限速度を守りたい、法を遵守したいという精神性に共感します。

●そもそも今回のような議論は、何か教科書で既に整然と解説されているべきであります。ところが私たちは幼稚園、小学校、中学校、高等学校で、何か「交通の方法について」指導書、テキストといったそこそこまとまって歩行者の歩行の方法から自転車やリヤカーといった軽車両を含む車両の全般的な交通の方法、相互の関わりについて書いたものを渡されたことが一度でもありましたでしょうか。

●恐らくそういう経験はない、体系的な指導を受けたことがないと返事される方がほとんどではないかと想像いたします。

●それ故「交通の教科」を義務教育として樹立させ、万人が大方の交通を理解し、そこに愛情のある融通性でもってお互い共存することが普通に出来る社会を築いてほしいと願います。

●さて「制限速度を可能な限り守りたい」「道路上で実行するには不思議なことに難しい」ですが、これは普通の人間にとって皆さん至極当然と感じるはずです。

●「速度」なら順法で行くことは何とかできるでしょう(「(当たり前だと誤解している)後続車からの嫌がらせ」にもいちいち余程強い心で左に避けて追い越されることで解決する方法もありましょう)が、一方「駐車」の問題となるとこれはもうお手上げでしょう。順法に徹しようとしても、住宅街のお宅を訪問する場合に、道は殆どが駐車禁止、付近に駐車施設は無い、となると駅前の有料駐車場に預けて10分20分と歩いて何のためのマイカーかということになりましょう。

●そこで「制限速度に違反するのが必要悪だ」「駐車禁止に違反するのが必要悪だ」と割り切る考えが出ても参ります。これらが、ごく普通のことだと言う人に対して反論できる人間がいますか。警察官でさえ順法に生きられる人はいないでしょう、車を運転しない限り。

●「現在の規制を緩和するに足りる理由はありますでしょうか?」「可能な限りその答えを見つけたい」と仰いますが、これは「制限速度の40キロを50キロに」というような意見と見る場合と「制限速度の40キロを70キロに」というような意見と見る場合とで違いが出て参りましょう。

●前者は、そんな規制緩和は意味が無い、60キロが70キロに緩和されてもそれは同じだと。後者は、凄い危険な状況が起きそうだ。今まで平穏に自転車や歩行者の往来する道が規制緩和で飛ばしまくる車で危険極まりない。

●物事は小さい緩和より大きい転換の目で見たほうが、見極めが出来る可能性が多い。単なる制限速度の緩和では解決にはならない。

●それでは警察の検挙の視点で、プラス10キロ未満の一般道での速度オーバーを20キロオーバーから検挙とした場合に解決になるのか。ならない。どこまで行っても飛ばす者は飛ばす。

●本題の結論としては「規制を緩和するに足りる理由」は無いのではないかということです。しかし、そもそもお嘆きの他の交通とのギャップについての解決方法の、大きな鍵は万人が「場所」に対応した道路交通の「法規の実際」を正しく知ることであり、警察や道路管理者は正しい適用に努力することであります。そして愛情ある交通を、多くの、せめて半分の人が習慣にしてもらったら割と円滑な交通が実現するのではないかと想像します。

●「道路交通の法規」は「場所」に対する交通の方法を素晴らしく論理的に説明しています。例えば「見通しの悪い交差点」では一方の道が広かろう狭かろうに関係なく徐行を原則にしています。一方、交通の円滑性のために「優先道路」の考えがありますが、これは単に道の広さで広い狭いではなく道路標示または標識で示されます。道路には中央線が通る道がありますが、まさに交差点を貫く中央線を行く場合それが優先道路であり自覚するべきです。ところが優先道路がどこまでも永遠に優先道路であるかのような運転をする人たちが多いことに呆れます。

●町中の道は中央線が所々切れて、切れている個所というのは普通見通しの悪い交差点が多いと思います。誰もその速度を緩める者はいません。パトカーも自動車学校の送迎車もそのままの勢いで通過している現状です。

●日本の交通教育はそんなものです。運転免許試験場で再教育無しで免許を更新させる関係機関は大罪を犯しているのではないでしょうか。

●確かに40キロ制限からその「見通しの悪い交差点」で急に徐行となると反って事故を巻き起こしかねないです。急にではなく緩める、そういう運転のためには制限速度以内での走行を遵守せねばなりません。

●「取り締まり」というものの実施の仕方が間違っているからいつまでたっても、違反者を創り出すためだけの検挙となっています。正しい取締まりはこうあるべきです。

●「取り締まり」の告知徹底をして事前に新聞やテレビなどの情報機関を使って、例えば「平成17年10月1日終日○△市△○町○○番地○△公園前○△荘角の一時停止標識並びに表示に対する通行の実施を調査します。違反者には規定の処分を課しますので、正しく交通の実施を行ってください。」というような案内をして、現場の手前50m、100m前方から告知内容として同様の案内文を立て看板等で通行者に促すというのはどうでしょうか。自転車であろうが、原付であろうがすべて正しい方法に違反する者には、正しい方法を教え、何故正しい方法で交通を実施しなければならないのかの理由を説明しなければならない。

●そのように、「例えば正しい左折の実施」、「例えば正しい右折の実施」、「例えば正しい~~」といった様々な交通の規定を同様の方法で実施することで、交通の正しい方法が社会に浸透して行くと考えます。

●警察や道路管理者は正しい適用に努力する必要がありますが、以上のような正しい交通の方法の実施を繰り返して社会に浸透させた暁には、日中通行車が閑散とした交差点で無情にも信号機が設置されているばかりに誰も通らない交差点で自分一人赤信号に制せられて2分も3分も待つという「異常なこと」も無くして、世の中の無駄な信号機を相当数排除撤廃することが出来るようになるものと考えます。

●MiyaMsaさん 非常に長文で判り難いかもしれませんが、大筋お気持ちに賛同して書きました。 
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この回答へのお礼

学校教育で交通について学習してもらいたいものですね。
現状はせいぜい横断歩道の渡り方レベルであり、とても車と同レベルでつきあえるわけはありません。
無理な横断、突っ込んでくる自転車、すでに高齢者の事故率増加の問題も抱えています。

また、取り締まりについても漠然としていますね。
本当に危険なところ重視でやっているのか疑問なところもあります。ただ、捕まらなければいいという運転者もいます。そのものにも公平に取り締まりの機会を与えるのも忘れてはいけませんよね。
0k9l8i7n6gさんの意見も他の回答者さんと同様、貴重であります。どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/09/17 19:42

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