シュールレアリズムの精神分析とフロイドのそれとの違いを教えてください。

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A 回答 (3件)

 


  ジークムント・フロイトの精神分析は、ドイツ語で、Psychoanalyse(プシュヒョアナリューゼ)と言います、他方、シュールレアリスムはフランス語式の読み方ですが、ドイツ語では、Surrealismus(ジュルレアリスムス)と呼びます。別にこの表現はどうでもよいことです(また、シュールレアリズムは、英語では、Surrealism で、この読み方は、サーリーアリズムに近く、シュールレアリズムは、フランス語では、シュルレアリスムです。また、Freud は、フランス語では、フルユドまたは、フロユドのような音で、どうでもよいのですが、「フロイド」「シュールレアリズム」は日本語であって、原語に忠実にというと、おかしなことになります)。
 
  それはともかく、「シュールレアリズムの精神分析」とは普通言いません。シュールレアリズムは、「芸術運動」であり、この運動の系譜にある「芸術」また「芸術思想」のことです。日本語では、「超現実主義」と普通呼びます。
 
  精神分析は、フロイトの創始した「心の障害・病の治療技法と、その技法を根拠付ける人間の精神の構造に関する理論」のことで、精神分析学とも呼び、フロイト派は、「科学理論」だと主張していますが、ポパーなどは、科学の規準から見て、フロイトの理論やその後継者の理論も、「科学ではない」と主張します。
 
  それはとまれ、フロイトの精神分析とはどういうものかと言えば、フロイトは最初、ヒステリー症状の患者の治療を試みていたのですが、治療方法を模索しているなかで、患者自身は自覚していない・記憶していないように見える、何かの「経験の記憶」があり、それが、ヒステリーの症状と密接な関係を持っているように思えることを見いだしました。フロイトは最初、この「意識されていない経験の記憶」を、意識化し、患者に自覚させることで、ヒステリーの治療は成功すると考えました。しかし、研究を続けて行くと、もっと難しい問題が、この理論仮説には存在することを見いだします。
 
  フロイトは、治療の経験と、自分が直面した難しい問題(例えば、「忘れられていた記憶」というのが、実は、患者が捏造した記憶であることがあるということをフロイトは見いだしました。また患者と治療者のあいだの「転移」という問題も見いだしました)を総合的に説明する理論仮説として、人間の無意識と自我の動力学的構造モデルを造り、このモデルに従って、治療実践の実際的技法を説明し、また技法を理論的に導き、これを実際に試してみることで、更に理論に修正を加えました。
 
  従って、精神分析とは、フロイトが築いた、自我と無意識に関する、動力学的モデルと、この理論に基づく治療技法、その技法の理論的妥当性等の説明の集大成のことです。
 
  無意識をフロイトが発見したとされていますが、実際には、カール・ユングは、フロイトとは独立に無意識の概念を論文で示しており、またユングの師事したフランスの精神医学者は、フロイトよりも早く、無意識の概念を定義しています。
 
  精神分析とは、このように、自我と無意識の構造理論と、その治療への応用技法のシステムのことです。
 
  それに対し、芸術の運動としてのシュールレアリスムは、芸術運動としては、西欧の芸術の展開において、連続的な位置を持っており、先行するフォービスムとかキュビズムなどは、奇妙で、非日常的な作品を残しましたが、シュールレアリスムはそれに続いて、人間が「意識」で捕らえている、世界や人間についての了解やイメージは、不十分なものではないのかという問題意識から、「美」や「芸術」や「社会と個人の関係」などについて、従来の芸術理論での常識とは異なるものごとの見方・表現の仕方を求めた運動です。
 
  それまで、芸術作品は、創作者が、自己の意志で、テーマを決め、あるいは見いだし、その時代の様式に応じて、これを作品としたのですが、シュールレアリスムでは、人間が把握している「現実」というものは、実は、一面的な現実であるのだと考えます。ここでフロイトの無意識の理論を参照して、芸術的創造性とは、実は無意識のなかに宿っているのではないかと考えます。また、無意識の存在を前提として、人間や美や芸術や社会の問題は考えねばならないとします。
 
  そこで、「美」は、意識して造られるものではない、美は無意識が生み出すもので、人が芸術の美に感動するのは、実は、無意識が美を感受し、意味を了解するのだという理論が芸術運動として立てられます。アンドレ・ブルトンは、思いがけないものの結合・組み合わせが「美」を生み出すということを発見し、これは意識では分からない、無意識の領域での感銘であると考え、意識の造形能力、美の構成能力を超えて、無意識による美の造形を考えます。自動筆記というような技法は、意識で考えずに、無意識の連想のままに言葉を紡いで行くと、意識では思いつかなかった美が無意識によって生み出されるということより、技法として考えられ、実践されたものです。
 
  マックス・エルンストは、意識では何のことか分からない模様が、無意識では、意味を持って読みとられているらしいということより、解釈が多様というか、意識的には無意味であるが、しかし、「美」を感じられる絵を造るため、デカルコマニーの技法を使いました。ルネ・マグリットは、騙し絵において、意識ではなく、無意識がどう絵を見るのかということが重要だと考え、意識・無意識両者に働きかけて感銘または驚きを齎すものが、世界の「真理」だと考え、騙し絵のような絵で、無意識を喚起する技法を駆使しました。
 
  このようにシュールレアリスムの芸術家たちは、意識だけではなく、無意識に感銘を与え、無意識が意味を了解するような美と、世界や現実の総合的理解・解釈を求め、色々な現実的というより、非現実的、超現実的な作品を作り出しました。彼等は、無意識を通じて、新しい美、真なる現実了解が得られると考えたのであり、それは芸術的な次元での新たな美、現実の真理の位相の開示であり、芸術表現のムーヴメント(運動)としてあったのです。
 
  フロイトの精神分析は、自我と無意識を含む、動力学的理論を造り、この理論に応じて、治療のために精神を分析したのです。シュールレアリストたちは、対して、フロイトの理論が主張する「無意識」が、より新しい美や、人間や社会、現実についての「真理」を表現するのに有用であると考え、無意識を利用した芸術運動を展開したのであり、彼等は、「無意識」の概念には適用性の点で大いに価値を見いだしましたが、フロイトの精神分析の理論は、それほど意味あるものではなかったのです。精神分析における無意識を探る技法は、取り入れたかのも知れませんが、フロイトの理論に従って芸術活動をしたわけではありません。
 
  夢について言えば、精神分析の医師は、患者の見た夢を、理論に基づいて分析するのです。しかし、シュールレアリストは、夢を作品で表現し、その夢の解釈は、作品の鑑賞者に委ねます。
 
  精神分析とシュールレアリスムは、「無意識」を重視するというところで接点がありますが、両者は独立しており、シュールレアリスムは芸術の運動であり、自我と無意識、世界の関係はどうなっているかは、個々の芸術家が自分なりの考えを持っていたでしょうが、それはフロイトの理論とは別個のものです。
 
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すみません、補足です。



例えば私が、大勢の前で、自分の首に、
ニワトリの頭がはえてしまった夢を見たとします。

1.私は精神分析医のところへ行き、
寝椅子に横たわって、自分の夢について話します。
先生は、それを聞いて、
「君は今、自分に自信を無くしていて、
大勢の前に出るのが怖いんだよ」(たとえばね。)
などと、「夢判断」をしてくれます。
私は不安の原因がわかって、すっきりします。
(フロイトによると、不安は原因がわかると、
解消することになっています。)
そして翌日、元気に会社へ行くでしょう(ホント?)。

2.私は医者に行かず、アトリエに行き、
自分の見た夢を色彩豊かな絵に描きます。
(いや、実際にそんな夢を見てなくてもいいのです。)
人間の首に人間の頭が乗った平凡な絵ではなく、
奇抜なその絵に、みんな感嘆してくれるでしょう(ウソ)。
そして私を、シュールレアリストと呼ぶでしょう(ムリ)。

つまり前者では、夢の意味を解釈することによって、
患者を治療することが大事なのに対し、
後者では、夢の力を借りて、
日常にない芸術表現を創り出すことが大事なわけです。

…こんな説明でどうでしょうか?
もっとすごく専門的なことを知りたかったのなら、
まとはずれでごめんなさいね。
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専攻したわけではないので、あくまで概論ですが。



フロイトはヒステリー患者を「治療」するために精神分析を発明しました。ですから彼のそれは医学です。
精神分析はあくまで手段で、目的は患者の治癒です。

一方、シュールレアリスムは、フロイトの発見した「無意識」を芸術(詩、小説、絵画など)に応用したのですね。
たとえば自動筆記など。
この場合、生み出された作品自体の価値が問題になります。

フロイトが、マーラーを診察して、彼の作曲の源泉が精神分裂的傾向にあると見抜き、あえて治療しなかった…というのは有名な話です。
このエピソードでなんとなくわかっていただけたでしょうか。

これ以上くわしいことは、百科事典などで調べてみてくださいね。
そもそも、シュールレアリスムは時代も国(文化圏)も多岐にわたっているので、具体的に誰のどの作品を指すのかによってずいぶん違うと思います。

あと、よけいなことですが、個人的には「シュールレアリズム」「フロイド」という<英語読み>は好きではありません。(笑)
「フロイト」(独語)「シュールレアリスム」(仏語)のほうが正確な感じがしますが、いかがでしょう?
(どのみち英語読みでは「シュールリアリズム」です。)

もちろん、プトレマイオスを「トレミー」と呼ぶほど犯罪的でないとは思います。
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Q神経症です。無意識・潜在意識・深層心理に訴えかけ、神経症克服に導く方法

理論的に、心理学的にどんな方法が存在するでしょうか?

催眠療法や前世療法、または瞑想・座禅に至るまで種類があると思います。(前世療法はちょっと疑問ですが)。

でも、なかなか瞑想などで無意識、潜在意識との対話は難しく、催眠にしても浅い状態しかはいることができませんでした。
そこで無意識、潜在意識に救ってしまっている神経症の原因を壊して解決に導くことが可能な方法を教えて下さい。

その際、どのような感覚体験だったのか教えていただくととても参考になります。

Aベストアンサー

私も無意識・潜在意識に訴えかけることで、神経症が良くなりました。

具体的な方法ですが、その道の卓越した実力者の力を借りました。
岩波先生という非常に卓越した無意識、潜在意識へのアプローチが可能な技術とノウハウを持っている人のおかげでした。
岩波先生の誘導や暗示で何度も無意識と対話しているうちに
意識が変容する状態がすごく深くなっていきました。
その時が手の届かない無意識に触れることができた状態だと思います。

無意識、潜在意識は脳の原始部分、つまり本能です。
なので理路整然したものじゃなく、感情的・感覚的な体感でした。理性が極端に少ない状態です。意識が極度に変容し、時には泣きたくなるくらい、また時には怒りたくなる、いつまでもその中に浸っていたいと思う時(極度のリラックス状態)と様々でしたよ。その人のその時の精神状態によるものだと思います。体感したことがない人は距離が遠い話になりますが、たしかにある世界です。岩波先生にお世話になっていた人もみんな似たような感覚体験をしていましたから。

「無意識との対話」と書かれていますが、もっと混乱した感情と感覚だけの世界です。それでいてどれだけ自分の心が抑圧されてきたかはっきりとわかりました。それが対話といえば対話といえるかもしれません。

文章では正確に描写できなくてすみません。でも感覚体験ですから、それは体で覚えた血肉の通ったものでした。衝撃的な体感に100万回本を読んでも耳に聞いても太刀打ちできないのと同じですね!

体感すると人間はどれだけ脳の潜在部分が大きいか気づかされました。
瞑想や座禅だけではそこまでたどり着くには何十年の修行が必要だと思いますが、岩波先生の技術ですぐ入ることができました。細かいことをいえば、そこでは呼吸法をやることがベースでした。

私なりの経験ですが、無意識との対話は、大きなマイナスの感情に直面し、意識の変容状態が終わった時に、意識的に考えてはじめて対話できると思います。いろいろな思いもつかなかったことに気づきましたし、心の闇も知ることができました。何よりも良かったことは、無意識部分に直面することで、心が楽になったことでした。催眠療法なんかである無意識への訴えかけの最終目的ですね。でも催眠療法ですと私も難しかったです。浅い状態しか入れなかったし、あれでは潜在意識へははるか遠くでした。

無意識に粘着してしまった悩みの原因は、触れたりのぞくことができるとそれへの「こだわり」がなくなる性質があります。
抑え込んできた悩みを誰かに聞いてもらって心が楽になるというのと同じですね。まあ、はるかに次元が違っていますが(笑)
「こだわり」が消えていくと、意識する回数が減り、どんどんなくなっていきます。つまり悩みそのものへとらわれることがなくなりました。

本当に人間の意識の深さ、脳の神秘性は計り知れないです!
あと、一度深い意識の変容状態を経験すると、脳が感覚として覚えていて、次にはもっと深い状態に入れますし、さらに無意識の奥深くに届くことができますよ。それは私の財産になっています。

あくまでこれは私の感じたことです。参考になるかわかりませんが、無意識・潜在意識に強く訴えかけることは誰だって可能です!

私も無意識・潜在意識に訴えかけることで、神経症が良くなりました。

具体的な方法ですが、その道の卓越した実力者の力を借りました。
岩波先生という非常に卓越した無意識、潜在意識へのアプローチが可能な技術とノウハウを持っている人のおかげでした。
岩波先生の誘導や暗示で何度も無意識と対話しているうちに
意識が変容する状態がすごく深くなっていきました。
その時が手の届かない無意識に触れることができた状態だと思います。

無意識、潜在意識は脳の原始部分、つまり本能です。
なので理路...続きを読む

Q自己分析と精神分析の違いって?

自己分析と精神分析って何が違うのでしょうか?
どなたか教えてください。
最近自分はどんな人間?性格?そんなことを思うのです。自分を分かってるようで分からないのです。
また自分が分かる本などお勧めがあれば教えてください。

Aベストアンサー

大学で心理学を学んでいるものです。
少しでもお役に立てれば幸いです。

大きく言って、「自己分析」とは精神分析のなかの1つの用語です。
分析家によって分析されることを「精神分析」と言い、自分で自分の分析を行うことを「自己分析」というのです。
分析を行った結果、無意識の洞察、「コンプレックス」の解消を目指すことが目標です。
フロイトは分析家になるために受ける、精神分析の訓練を特に「教育分析」と読んでいます。

フロイトも言っているのですが、自己を分析する、分析し続けることによって、自分とは何かという「洞察」を得られる内観法がこの精神分析というものの大きな特徴の一つです。
フロイト理論を読むと確かに理解できたように思うのですが、難しい本ですし、かなり読みづらいと思います。
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Q無意識「潜在意識」への窓になるのが感情???

よく自然に思う事や口に出して言う事又は行動は潜在意識の現われだと言われますがこれは本当なのでしょうか?

もしこれが本当だとしたら「あー、痩せなきゃ」と口に出して言えば簡単に出来てしまいそうですが。

「あー、痩せなきゃ」は意識して言っているのではなく本当に自然に出てくるのです。

無意識「潜在意識」への窓になるのが感情「思う事や口に出して言う事又は行動」と言われますが、ここら辺が曖昧です。

分かり易く教えてくれませんか。

Aベストアンサー

こんにちは。

>よく自然に思う事や口に出して言う事又は行動は潜在意識の現われだと言われますがこれは本当なのでしょうか?

一応、本当です。
潜在意識といいますのは「前意識」といい、文字通り「意識に上る前の領域」です。ここには価値観や性格、体験記憶など、我々の人格の全てがプログラムとして収められています。ですが、プログラムといいますのは動かさなければ結果は出しませんので、それを直接見ることはできません。ですから、このプログラムが働き、導き出された結果が意識に上ったとき、我々はその窓を垣間見たということになるわけです。心理学では一般に、これを「潜在領域」「無意識領域」といった用語で括っています。

記憶というのは前意識と分けて扱われることもありますが、何れにしましてそれも無意識領域であり、如何に自分の記憶といえども意識に上らなければそれは思い出したことにはなりません。意識とはどのようなものであるかはまだ全く解明されていませんが、少なくとも我々の体験や人格などは全て前意識に含まれるものであり、耳や目からの外部情報や、前意識からの内部反応が上がって来ない限り、意識というのは敢えて空っぽの状態であると考えて頂いて構いません。
因みに、意識が空っぽのことを無意識と言うこともありますが、これはどちらかと言いますと医学用語であり、主に意識不明の状態を指します。

前意識には我々の価値観や人格が納められています。ですから、目や耳から入った外部情報がここを通って現われるときには、何らかの形でそれが反映されています。つまり、前意識の反応が発現したときには、その入力情報に関する好き嫌いやYES・NOなどが既に決定されているというわけです。そして、我々はこの決定に基づいて行動を選択するわけですが、意識に上らずにそのまま選択されてしまうものを「無意識行動」、これに対しまして、意識として自覚され、修正したり記憶したりできるものを「意識行動」と言います。

>無意識「潜在意識」への窓になるのが感情「思う事や口に出して言う事又は行動」と言われますが、ここら辺が曖昧です。

脳の構造上、我々の行動は以下のように分類されます。

「本能行動:本能中枢の無条件反射(本能行動)=無意識行動」
「情動行動:大脳辺縁系の情動反応(学習行動)=無意識行動」
「理性行動:大脳新皮質の計画行動(学習行動)=意識行動」

本能と情動は共に前意識のより深い領域に含まれ、この反応がそのまま選択されますと無意識行動となり、基本的にはその場での修正は利きません。本能行動は生物学的な無条件反射ですが、情動行動は前意識に収められた過去の学習結果が無意識の内に選択されてしまうという条件反射です。このため、本能行動は全人類に共通ですが、情動行動はそのひとの生後体験によって好き嫌いなどの判定が様々に異なります。従いまして、この場合「痩せたい」と思うのは、現状や体験に基づく質問者さんの情動(感情)ということになります。
理性行動といいますのは、その場の反応だけではなく、現状や未来の結果などを比較して行う計画行動であり、これによって我々は初めて無意識行動の変更が可能となります。何故、意識行動でなければならないかと言いますと、前意識に発生した反応の結果が意識に上らなければ、脳はこれに基づいて計画を立て直すことができないからです。

言語運動といいますのは脳内ではほぼ「熟練運動化」されており、極端な話、我々は無意識でも文法通りに喋ることができます。言語運動の命令は大脳が出しているのですが、ここで考えているのは相手に何を伝えるかといった大雑把な目的だけであり、それにどんな言葉を宛がうかといった細かいことまではいちいち指示していません。その先は、熟練した運動神経の側で宜しく整えてくれているのです。
この服をかっこ良く着るならばもう少し痩せなければならない、このようなものは論理的な計画行動ですが、そう考えますと、ついつい「ああ痩せなければ」などと呟いてしまいます。人情ですよね。ですが、このとき大脳は喋れという命令は出していません。何の目的で何を喋るのかを決めているのが大脳皮質です。まして、服を見た瞬間に喋る相手もいないのについ言葉に出てしまうならば、それは情動行動であり、ほぼ完全な無意識行動ということになります。そして、それは前意識の反応が直接上ってきたのではなく、「無意識な発言という行動の結果」が外回りで意識に自覚されたということです。

では、ここで最も重要なことは、喋ったのは無意識行動であり、質問者さんが自覚したのはその行動が実行されたあとということです。このように、無意識反応といいますのは発生するまで自覚することはできません。これが、我々が自分の意志で以って感情を抑制することのできない理由です。

こんにちは。

>よく自然に思う事や口に出して言う事又は行動は潜在意識の現われだと言われますがこれは本当なのでしょうか?

一応、本当です。
潜在意識といいますのは「前意識」といい、文字通り「意識に上る前の領域」です。ここには価値観や性格、体験記憶など、我々の人格の全てがプログラムとして収められています。ですが、プログラムといいますのは動かさなければ結果は出しませんので、それを直接見ることはできません。ですから、このプログラムが働き、導き出された結果が意識に上ったとき、我々はそ...続きを読む

Q心理分析、精神分析について

私の知人ですが、家庭でも職場でも自分の机の上はチリひとつ内容な状態にしなければおさまらない人がいますが、こういう性格というか精神性を、心理学系または神経科系ではどのように分析しているのですか?
本人または周囲はどのように理解すればよいのか、こういうことに詳しい専門家のご教授をお願いします。

Aベストアンサー

その人が神経質になるのが自分の机だけならほっとくべきです。
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Q潜在意識と無意識の違いは?

心理学的でいうところの潜在意識と無意識というのは何がどのように違うのでしょうか?

現在催眠をかじっておりますが、何か辞書のような用語辞典のようなものがありましたらお教え願いたく、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

潜在意識と無意識は基本同じです。

誤解されやすいですが、心理学で言う所の「無意識」は「意識を失う」ではありません。
英語ではすでに、違う言い回しで区別されています。

意識出来る部分を「顕在意識」、意識していない部分を「潜在意識(又は無意識)」と言いますね。
人間の意識は二重構造になっていると言う事です。

ちなみに有名な心理学者が「意識」を「氷山」に置き換えて説明している物があります。

水面上に顔を出している氷山の一角が、意識できる部分の顕在意識、そして海中に沈んでいる部分、つまり意識の大部分が無意識によって構成されているそうです。

さらに、この無意識の部分は、生まれてから現在に至るまでの個人的な経験から構成された個人的無意識と、そのさらに奥深くに広がる集合的無意識とから構成されているとしました。

現在催眠を勉強されているとすれば、まさしくこの「無意識、潜在意識」は重要なポイントになりそうですね。

辞書のような用語辞典は分かりませんが、心理学の筋で「潜在意識」について調べたいのであれば「ジクムント・フロイト」「カール・グスタフ・ユング」で検索をかけて見て下さい。
潜在意識の心理学者では有名な方々です。

潜在意識と無意識は基本同じです。

誤解されやすいですが、心理学で言う所の「無意識」は「意識を失う」ではありません。
英語ではすでに、違う言い回しで区別されています。

意識出来る部分を「顕在意識」、意識していない部分を「潜在意識(又は無意識)」と言いますね。
人間の意識は二重構造になっていると言う事です。

ちなみに有名な心理学者が「意識」を「氷山」に置き換えて説明している物があります。

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Q行動分析と応用行動分析、両者の違いは?

行動分析と応用行動分析、両者の違いは?

最近心理学に興味を持ち始めていろいろ本を読んでいます。
行動分析について勉強してみたいのですが、書籍を見てみると
行動分析の本と、応用行動分析の本があります。
両者にはどのような違いがあるのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

回答者は行動分析の専門家ではありませんが,
「行動分析(学)」は総称であって,
基礎部門を「実験的行動分析(experimental analysis of behavior; TEAB)」,
応用部門を「応用行動分析(applied behavior analyis; ABA)」
と呼ぶものを理解しています。

歴史的には
スキナーの手でまず実験的行動分析という分野が確立され,
1960年代ぐらいから,その知見を現実問題の解決,
とくに不適応行動の改善や障害児の療育に応用する研究が進展し,
応用行動分析と呼ばれるようになったようです。

もっとも
「行動分析」の語は文脈によって多様な使われ方をしています。
スキナーの徹底的行動主義に基づく行動研究を受け継ぐ
心理学の一学派を指すこともあれば,
行動療法においてクライエントの問題行動を観察して
背景にある強化随伴性を明らかにする手続きを指すこともあります。
さらには,人が意識せぬまま示す行動から
その人の深層心理なるものを読み解くというような
誤用というか,通俗的用法もあるようです。

Q瞑想の方法について。最近瞑想の効果が得られなくなり、潜在意識、無意識を顕在意識化できません

瞑想がスランプに陥っています。この瞑想の袋小路から抜け出す方法を教えて下さい。

5年以上瞑想を続けています。
瞑想の合宿にも参加したことがあります。

いままで何度か深い瞑想の効果を体感し、心が洗われたり、魂の解放の体感を一時的ながら、経験してきました。
潜在意識や無意識の世界にリンクした変性意識状態に入れていたのですが、ここしばらく瞑想がスランプに陥っています。

職場でのプレッシャーや心の悩み事も多く、人間関係でもストレスをたくさん味わうことが重なってから、抑うつ状態になってしまいました。
焦って、瞑想に救いを求めたものの、余計に心が惑わされてしまい、雑念に心が支配されるようになりました。

瞑想を続ければ続けるほど、焦りが強くなる逆効果に入ってしまい、少しも変性意識に入れなくなりました。
無意識、潜在意識にある抑圧ばかり瞑想で味わうばかりになり、心が洗われたり、魂の解放感を味わうことが一切できなくなりました。

これ以上瞑想を続けていいのかわかりません。
瞑想のすばらしさをかつて経験していただけに、これまで積み重ねてきた瞑想修行をストップするのも口惜しい状態です。

どうすればこの袋小路を突破できるでしょうか?
似たような状態から抜け出せた瞑想経験者の方、教えてください。

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5年以上瞑想を続けています。
瞑想の合宿にも参加したことがあります。

いままで何度か深い瞑想の効果を体感し、心が洗われたり、魂の解放の体感を一時的ながら、経験してきました。
潜在意識や無意識の世界にリンクした変性意識状態に入れていたのですが、ここしばらく瞑想がスランプに陥っています。

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瞑想のスランプ、私も経験がありました。
瞑想をし始めた頃には心を落ち着かせ物事に集中できるなど効果を感じていました。
ところが1年くらい続けた頃いくら時間を費やしても以前の様な瞑想の効果を感じることができなくなてしまってい、
あせりだけ増していきました。
このまま同じことの繰り返しをしていたら、埒が明かないと思った頃、
こちらの凄腕の専門家の力を借り、突破できました。

http://matome.naver.jp/odai/2144004100314837001
http://www.mind-artist.com/kotodama/tag/trans.html

また、職場でのストレスや精神的スランプを味わった際には、以前の瞑想だけでは抜け出せなかったことも、
今は、潜在意識、無意識の底に自力でリンクできるようになり、潜在意識をコントロールできるようになって
ストレスとは無縁の人間になれました。

Q心理学者、精神分析学者と神

心理学者、精神分析学者なら、なぜ人が知性を身に付ける中で
神を信じるようになったかが論理的に説明できると思います。

知性のない者は(つまり人間以外の動物は)神を信じることはありません。
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神を否定するつもりはありません。信じるのは自由です。
でも「なぜ人は神を信じるのか」を論理的に説明できるはずの
当の科学者はどうなのでしょう。

一般の人が神を信じるのはいいんです。
科学者が信じるのも(個人的にはどうかと思いますが)いいでしょう。
でも心理学者や精神分析学者は神を信じているのでしょうか。

私は神の存在についてはわかりません。
でも心理学者は神を信じてはいけないだろうとも思います。

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宗教とは、生きる上での苦しみをやわらげるための装置です。
紀元前の世界で、なぜ仏教やキリスト教のような宗教が生まれたか。飢餓や疫病に戦争、カタワ者に生まれついたり、肉親や子供を不条理に亡くしたり、でも法律も未整備なため訴える先もないといったといった、生きる上での苦しみが、現代よりもはるかに多かったからです。
現代でもそれはあります。若いうちはないでしょうが、40,50をすぎて人生がだいたい決まってしまい、残りの余生をどうやって生きようかって段階になると、神でも信じる以外にやることがなくなります。つまり宗教にでもすがらないと辛くて生きられなくなってしまう。
ではなぜ辛くなるのか。知性があるからです。自分を客観的にみたり、10年後の自分を想像できたりする。ゴキブリはこれがないから神も必要としない。つまり知性を身につけることと、神を求めることは、不可分のセットになっているのです。
え? 自分は知性はあるけど神を信じてない? たとえばあす交通事故にあって一生寝たきりの生活になったら? 神でも信じないと頭がおかしくなるはずです。
つまり貴方はまだ若くて健康なので、神を必要としてないだけなのです。 

>心理学者や精神分析学者は神を信じているのでしょうか。
現役バリバリなら信じてないでしょう。でもいずれ年をとり、癌で余命半年とか宣告されたら、聖書の一冊くらい開くはず。そうしないと頭がおかしくなるからです。
ゴキブリが神を必要としないのは、そういった知性がないから。
要するに、バカだからです。

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Q無意識、潜在意識の部分で頭がおかしくなった

 おそれいります。集団に嫌がらせを受けたものです。その集団から離れることができたときはただただ、その集団をうらみましたが、今はその集団に対応できなかった自分の弱さで心にしこりができています。
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 今、思うに、やはり向こうのねらってることはわかっていたのだと思うのです。恐怖心で、逆に向こうの望む態度をとってしまったのだと思うのです。暗示は自分でかけてしまったのだと思います。とすると、潜在意識の部分で、私は非常に弱いことになります。
 今回のことも含めてですが、幸せになりたいのに、自分でどんどん不幸を選び取っていってるのです。よく女にありがちだと、聞きますが、こんなほんとにつらすぎる。本気で、幸せになりたいです。
 どうしたら、潜在意識の部分で強くなれると思いますか?以前、心が強くなる方法をこちらでおうかがいしたし、参考にさせていただいてますが、治さないといけない部分がこの潜在意識にある、と最近思うようになりました。よろしくお願いします。

 おそれいります。集団に嫌がらせを受けたものです。その集団から離れることができたときはただただ、その集団をうらみましたが、今はその集団に対応できなかった自分の弱さで心にしこりができています。
 私は本能の部分で、彼らが何をたくらんでいるか、だいたいわかっていました。しかし、その集団には、いなければいけなかったので、目をつぶろうとしました。見ないでおこう、そうはいっても実際には見ているので、おかしなことになりました。彼らにとって望ましい、そして私にとって一番望ましくない態度...続きを読む

Aベストアンサー

追伸
 個人のHPを紹介してはいけないので、残念です
が、調子がわるい時なんて、連発してぼやいて
ますよ。本当に、へなちょこモードになってます。

 なーんだぁ、あんたもへろへろじゃなーい!って
思ってもらえると思いますよ。慰め無しにね。
3歩進んで、1.5歩下がるぐらいに努め様ともがいて
決してうまくいっていない・・・
「どうも!僕です!」

みんな悩んでいます。本当です。方法はあなたなりの
物があると思いますが、色々な人と語ってみると、
世界が広がり、考え方の切り口が多くなり、考えに
柔らかさがうまれると思いますよ。

Q精神患者の職業支援の施設のなかで臨床心理士とそこで働く精神患者とが、両思いになったとします。 その

精神患者の職業支援の施設のなかで臨床心理士とそこで働く精神患者とが、両思いになったとします。

その精神患者がそこを卒業して見事、一般就職できたなら、その臨床心理士との結婚は許されるのでしょうか?

Aベストアンサー

現在の精神疾患がわからないと、お答えに困ります。
情報が少ないので安易に答えられません。


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