一般市民は戦争の巻き添えにしない、とゆー戦争のモラルみたいなものがあって、
今のアメリカ軍のイラクへの空爆でも誤爆があるとマスコミが騒いだり、
例えば、南京大虐殺(あった、なかったの議論はこの質問では不要です)のような事例が
問題視されたりします。

 ちょっと前、TVで2次大戦ではそういった意味でも通常行われるはずのない
市街地への空爆が、対日本については頻繁に行われたこと、
米軍内でも反対する人が多かった中で、米軍が空爆に踏み切った過程
のようなものを放映してたようですが、見逃してしまいました。

 まず第1に、一般市民を戦火に巻き込むことがモラルに反するならば、
アメリカ軍の東京・大阪・名古屋など大都市への空爆と、
広島・長崎への原爆の投下は、度を超えたルール違反だと思うのですが、
なぜ当時、このような作戦がまかり通ったのでしょうか?

 2つ目に、その件について、アメリカがドイツや日本と違って
あまり非難されないのは何故なのでしょうか?
 国内教育の問題?

 最後に、オンエア見てた方がいらっしゃれば、内容を解説してくれると嬉しいです。

 質問は以上3点ですが、分かりやすく解説してもらえればと思いますので、
ご回答のほどよろしくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (16件中11~16件)

1 ルール違反と言う認識は無かったとおもいます。



2 原子爆弾の陰に隠れてマイナーな扱いになっているとおもいます。
もしも原子爆弾が使われなかったら、東京大空襲は科学者の指導による空襲の大きな成果として歴史に残ったでしょう。

ヨーロッパ戦線から、空襲で単に爆弾を落とすだけでなく、複合的な効果を出したいとおもっていました。
大量の熱の発生による、火炎大旋風です。
目的地の周辺に輪となるように大量の焼夷弾を落とす事で火災による熱の上昇気流を中心に向かって起こし、地域の人間をその熱風で蒸し焼きにするというものです。
気象や流体力学の専門家が研究し、東京大空襲で成功を収めました。
東京大空襲では、火災よりも、火炎代旋風による蒸し焼きで死んだ人が多かったようですね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 蒸し焼き…ヒドいこと研究する人がいるもんです。
 先の戦争で亡くなった方達のご冥福を謹んでお祈り申し上げます。

お礼日時:2005/09/21 12:58

オンエアではホントにうろ覚えですがドイツに無差別爆撃を提案実行させた軍人(名前は忘れました)がいて結果ドイツの降伏が早まったと評価されたんですね。

その人が功績から日本の戦争にも指揮するようになり無差別爆撃を提案し行われたそうです。当時爆撃する部下たちに対して「市民といえど彼らは軍事工場などで武器を製造するものたちなのだから攻撃するのはやむおえない」みたいなことを言ったそうですので当時でも非戦闘員に対して攻撃することは常識と外れていたのでしょう。現代のアメリカ軍人のインタビューでその軍人に対する評価は戦争を終わらせる(勝つ)のには功績があったが人間としてのモラルには問題があったような評価だったと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 おおー素晴らしい、見てた人がいた!聞いてみるもんだ♪
 カンペキに近いダイジェスト、ありがとーございます!

お礼日時:2005/09/21 12:53

>なぜ当時、このような作戦がまかり通ったのでしょうか?



近代戦は後方の兵站が重要です。都市を空爆して敵の兵站能力に打撃を与えるのがモラルに反するかどうかの判断は先例によるものです。

ちょうど第1次から2次世界大戦はそれがモラルに反するかどうかの過渡期にあったのではないでしょうか。
すでに第1次世界大戦ではドイツ軍が飛行船でロンドンを空爆しています。また、日本軍も重慶を空爆しています。

逆の例でベトナム戦争の米軍北爆があります。
米軍は北ベトナムを爆撃していましたが、国際社会の非難や国内世論の反対の高まりから北爆を中止しました。

なぜ日本爆撃がまかり通ったかというと、
米国で日本無差別爆撃の支持がえられた、ということでしょうか。

>あまり非難されないのは何故なのでしょうか?

それは良いか悪いかを別にして勝った国が歴史を造る面があるからだと思います。

すいませんが、私はその番組は見ていません。

戦争の形態は時代によって変化しています。また、純粋に戦術のみではなく、他の要因で作戦が決まる場合が多いです。
特にベトナム戦争以降、マスコミの力が大きくなり、市民を巻き込まない、やさしい戦争?をめざす傾向が強いと思います。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

>やさしい戦争
 ヤクザの人が「カタギは闘争に巻き込まない」って一見カッコいいですが「その前に闘争するなよ」って突っ込みながら、きっと面と向かって言えない…一般市民は巻き添えにしない?なら戦争したっていいけど「税金や国民使うなよ」って突っ込みながら、多分有事の際には言えない…

 そういった少なくとも人には優しくない、押し付けがましい自分勝手な解釈自体、いつくらいに誕生したんでしょう?

 少なくとも、日本なら士農工商の頃から武士は民のために戦うのが仕事という観念はあったと思うので、WW1頃の欧米にも既にそういった観念はあったんじゃないかなーと思いますが…どうなんでしょ?

お礼日時:2005/09/21 12:51

視点を変えてみると…



「どっちが正しいか、いっちょやってみるべか!」

というのが戦争ですから、勝った方が正義です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 おっしゃる通りなんですが、モラルに反することをなぜ「世界の警察」アメリカがやったのかな?言行不一致だなと思いまして…

お礼日時:2005/09/21 12:37

 専門家ではありませんが、歴史に興味があります。

私見ですので、どうか参考までに。なお、ご質問文にある番組はあいにく観ておりません。

1 原爆投下を含む無差別爆撃は、明らかに非戦闘員をも巻き添えにした人道上、大いに問題のある戦闘でした。連合軍はドイツに対しても同様の無差別爆撃をしております。
 米軍がなぜ日本に対してこのような攻撃をしたか、という理由は、効率よく戦争の早期終結を狙ったからでしょう。超長距離爆撃機B29を開発して、サイパン島などから大量の焼夷弾を各地に落としました。
 米国から見れば本土決戦に持ち込まれるよりも、このような爆撃を繰り返し、日本の軍事的なインフラにダメージを与えた方が、日米双方の損害を抑えつつ終結に至るための最も有効な戦略だったのでしょう。

2 米国が日本やドイツと違って非難されないのは、戦勝国だからです。つまり、「勝てば官軍」なのです。
 今もって、米国民の多くは原爆投下のおかげで早く戦争が終った、と思っております。原爆の悲惨さを知ること無しに。
 戦勝国は、結局何をやっても正しいことをしたとなってしまうのです。国際法的に説明のつかない「東京裁判」も正当化されてしまった訳です。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

く戦争の早期終結を狙ったから ←で、市民巻き添えってヒドすぎですね!
 戦争自体ヒドいことはお盆の特番ほかで重々承知ですが、戦勝国アメリカに対して、
日本の教育はもっとその惨さを伝えていくべきだと個人的に思いますが、
国家の根元からアメリカナイズされちゃったから今更難しいんですかね。

お礼日時:2005/09/21 12:34

(1) に対して


1.ドイツに対してもドレスデンなど、徹底的な爆撃が行われました。それは、ナチスの非道な政治やイギリスへの空爆に対する報復の意味があって、あまり非難されませんでした。それで無差別爆撃への免疫ができていました。
2.日本は真珠湾攻撃がだまし討ちであったので、非難されていました。南京事件やバターン死の行進なども非難されていて、悪い奴への報復という受け取り方もあったのでしょう。
(2) に対して
上と同じ理由の他
3.人種的偏見
4.勝った方が強い
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 後述の方の意見によると、1.がその後の日本への市街地爆撃のきっかけになっていったようですね。4.も意見多数。当たり前ですが、戦争やるなら負けちゃいけませんね。ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2005/09/21 12:27

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q第二次世界大戦の原因

第二次世界大戦の原因

第一次世界大戦でこりたにもかかわらず、どうして短期間のうちに第二次世界大戦が起こったのでしょうか。

第二次世界大戦の根本原因を教えてください。

また、どのような原因と結果の積み重ねで第二次大戦が起こったのか、その「原因と結果の流れ」を教えてください。

Aベストアンサー

第二次大戦は規模が大きかったから目立つだけで、歴史的にはむしろよくあるパターンが再度繰り返されたように見えます。

つまり経済的に貧しい国が、富国強兵・富国強兵で軍備を増強して富裕国へ攻め込むというパターン。第二次大戦ではこのパターンの国がドイツと日本の2国あったので規模が大きくなりましたが、世界史的にはゲルマン人のローマ帝国侵略とか、突厥の中国蚕食とか、中世の十字軍も広い意味でいえばそうであるし、日本史でも武田軍の信濃侵攻とか、島津軍の九州北上みたいなもの。これらの場合、侵略には略奪がセットになっているので、貧しい国にとっては戦争は半分経済活動でもあった訳です。

そう考えると、第二次大戦の根本要因は貧富の差だといえます。
で、貧富の差は現在むしろ大きくなっているので、第二次対戦で懲りたどころか、同じようなものは再度おこってもおかしくないと考えるべきです。一例を挙げればイラクとリビアと北朝鮮みたいな国、これが同時に暴発して、中国あたりが援助すれば用意に第三次大戦にはなり得るでしょう。
その抑止力があるとすれば核でしょうか。つまり、今度大戦をやったら勝者はいないという意識が辛うじてそのような事態を食い止めているのかもしれません。

第二次大戦は規模が大きかったから目立つだけで、歴史的にはむしろよくあるパターンが再度繰り返されたように見えます。

つまり経済的に貧しい国が、富国強兵・富国強兵で軍備を増強して富裕国へ攻め込むというパターン。第二次大戦ではこのパターンの国がドイツと日本の2国あったので規模が大きくなりましたが、世界史的にはゲルマン人のローマ帝国侵略とか、突厥の中国蚕食とか、中世の十字軍も広い意味でいえばそうであるし、日本史でも武田軍の信濃侵攻とか、島津軍の九州北上みたいなもの。これらの場合...続きを読む

Qベトナム戦争の頃、米軍とベトナム軍が使っていた武器はそれぞれどんなもの

ベトナム戦争の頃、米軍とベトナム軍が使っていた武器はそれぞれどんなものがあるでしょうか?
M16やAK47などのメジャー処は知っているのですが、もっとマニアックな銃が知りたいです。
URLだけ貼るというのはナシでお願いします…

乱文失礼しました

Aベストアンサー

北ヴェトナム軍が使用していた消音器内蔵の中国製拳銃「六四式微声手槍」はどうでしょう。

中国の人民解放軍特殊部隊に1964年に制式採用され、専用の7.65ミリ弾を採用。
音を極力出さないことを主眼に設計されたため、ほとんど音を出さないとか。
ベトナム戦争でアメリカ軍に捕獲されて、初めてその存在が知られました。
のちに小型軽量化された六七式微声手槍も開発されました。

中折れ式のグレネードランチャーM79もヴェトナム戦争がデビュー戦です。

小ネタとして、AK47のマガジンが不足気味だったため韓国でも製造されていたそうです。
アメリカ側に兵士を送り、ソ連側に武器を供給してたわけですな。

Q【第二次世界大戦と昭和天皇】昭和天皇って嘘を付いてませんか?辻褄が合わないことがあってどうも嘘を付い

【第二次世界大戦と昭和天皇】昭和天皇って嘘を付いてませんか?辻褄が合わないことがあってどうも嘘を付いているなあと感じます。

みなさん感じませんか?

昭和天皇は第二次世界大戦に関与していないという歴史ですけど、これ嘘ですよね。

第二次世界大戦の歴史の本を読むと昭和天皇は戦争に反対で人道支援に力を注がれており、戦争で負傷した兵隊を介護するために私財を投じて人道支援活動を自国敵国関係なく行ったと書かれていたんですけど、第二次世界大戦前までの戦争はなぜしてたんでしょうね。

戦争に第二次世界大戦で負けてから急に戦争は反対だったとか言われても困ります。

あと天皇陛下の人道支援活動なんですけど第二次世界大戦時にはしてないんですよね。戦後に出来た国際条約を戦時中に実施していたとか時系列がおかしい。

昭和天皇は嘘を付いていると思います。違いますか?

Aベストアンサー

嘘ついてます。

彼が「やってもいいよ」って言ったから、戦争が始まったんです。
原爆を2発も落とされてからやっと、「堪え難きを堪え・・・」だって。
よく言うよ。堪えてるのは国民のほうなのに。

反対してるんだったら、「早く戦争をやめなさい」って国民に言いなよ!

天皇陛下万歳なんて、馬鹿げた洗脳すら反対しなかったくせに。

彼が、1番の戦犯です。

東條さんは、任務を忠実に遂行したにすぎません。
かわいそうに。

Q太平洋戦争時、米軍は、日本本土にある連合軍将兵の捕虜収容所のある場所を

太平洋戦争時、米軍は、日本本土にある連合軍将兵の捕虜収容所のある場所を知っていたのですか。
知っていたのであれば、なぜそれを知ることができたのでしょうか。
何らかの国際条約で「場所」を通知せねばならないといった取り決めがあったのですか。

原爆投下に広島が選ばれた一つの理由として、捕虜収容所が広島にはないと考えられていたから、と聞きました。
質問ばかりしてすみませんが、参考になるサイトがあれば教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

捕虜収容所は国際赤十字委員会によって誰が何処に収容されているのかが報告されます。

国際赤十字委員会は各国に対して捕虜に対する食料・衣類の配給状況及び使役の報告を求め、各国は報告の義務があります。

各国は捕虜に対して規定の食料と衣類を与え、使役をさせねばなりません。

Q第二次世界大戦

靖国神社問題で中国韓国が戦争責任を批判していますが、
日本と韓国の戦争はなんと言う戦争名ですか?第二次世界大戦時の戦争で特に名称はないですか?日本は第二次世界大戦中に中国も韓国も攻めたのですか?その時点ではすでに植民地化されていたのでしょうか?
また南京大虐殺というのは日中戦争時のことですか?
中国韓国はどの戦争についていっているのですか?
満州事変、日中戦争、第二次世界大戦すべてでしょうか?よく知らないので教えてください。

Aベストアンサー

>韓国を植民地にしたのですか?中国やロシアが日本にせめてくるのを防ぐためですか?

あまり自信が無いので他の投稿を待っていたのですが、悪しからず。 まず御質問者におわかりいただいているのか否かが、回答者の側に良く分からない部分が大きいように思えます。 どう答えたら良いか窮する意味があります。

まず戦後の日本は、アメリカの経済力を借りて経済復興した事は、御存知ですよね。 これは、特に朝鮮戦争が原因で朝鮮半島での米軍の軍事行動を「後方で支援する」ための支援基地として「日本の位置」が重要になりました。 特に朝鮮戦争特需で日本人は金を掴むことができ、その後の文化・教育・メディア方面など様々な領域に渡り経済活動が発達しました。 「特にアメリカの友人である朝鮮人は」朝鮮半島での米軍の軍事活動を正当化する上でも優遇されました。
戦後の日本の事はこれくらいにして・・・

>中国やロシアが日本にせめてくるのを防ぐためですか?
ということであれば「そうです」と、まずはお答えすべきであろうと考えます。 この点については詳細説明をするより、「軍隊の活動を後方支援させるため」に国家辺境の地(当時は朝鮮半島)に、我々の父祖の税金からなる莫大な予算投資が行われ、朝鮮半島の近代化がなされた。 という事をまず御理解下さい。

>韓国を植民地にしたのですか?
「植民地化する」という事と「併合する」という事は別の意味があるのですが、この点の詳細は他の方の回答内容を御確認下さい。

例えば、ベトナム戦争当時の韓国は米軍に協力して直接戦闘に参戦しております。 日本に併合された後の朝鮮人も又「天皇陛下の御ため」に良く働き、日本国軍人として日本に協力しました。

朝鮮人が「己の過去を否定」する活動は、一方で必ず米軍に協力する事で戦勝国人として振舞える(=犯罪者並です。 実際に米軍によって、米国軍人同様、日本の法律に従わなくても良いとされました)事になり、一方ではソ連に協力する事で戦勝国人として振舞う事ができ、かつて日本化された朝鮮人を行方不明者とする事もできました。

これら統治する側(米国かソ連)に味方した朝鮮人は、嘗ての統治者である日本を悪者にする事で、自身を正当化する事ができると考えており、且つ行動している訳です。

>韓国を植民地にしたのですか?中国やロシアが日本にせめてくるのを防ぐためですか?

あまり自信が無いので他の投稿を待っていたのですが、悪しからず。 まず御質問者におわかりいただいているのか否かが、回答者の側に良く分からない部分が大きいように思えます。 どう答えたら良いか窮する意味があります。

まず戦後の日本は、アメリカの経済力を借りて経済復興した事は、御存知ですよね。 これは、特に朝鮮戦争が原因で朝鮮半島での米軍の軍事行動を「後方で支援する」ための支援基地として「日本の...続きを読む

Q太平洋戦争中のアメリカ軍潜水艦の戦闘記録「blind bombing zone」とは?

太平洋戦争中のアメリカ軍潜水艦の攻撃記録を読んでいます。
そにお中に、以下の文章があります。

Another look at the target revealed that he was down by the bow and apparently sinking rapidly, and since we are about 5 miles inside the blind bombing zone decided to pull on clear and resume the search for the reported survivor.

別の日にも同じような内容で「blind bombing zone 」と書かれていました。
この「blind bombing zone 」が何かさっぱり分かりません。
分かる方教えて下さい。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

#1の方が示しておられる文
A restricted area (air, land, or sea) established for the purpose of permitting air operations, unrestricted by the operations or possible attack of friendly forces.
「航空作戦を制限する目的で設定された制限区域(空域・地域・海域)、友軍による作戦行動または攻撃などは制限されない」

を普通に解釈すれば、
米軍(友軍)の航空機による対潜水艦作戦(当然、日本の潜水艦を目標とした)が行われている地域のことでしょう。
なんで、この範囲に入っていると、友軍(米軍)の航空機から攻撃を受ける可能性がある、ということです。

ちなみに、「pull on clear」は、「潜望鏡を引っ込める」か、もしくは、「(blind bombing zoneから)退避する」の意味だと思われます。
全体的な意味は、#2の方の文を借りれば、
1)潜水艦は敵艦の状況を確認した、
2)自艦が(友軍の)無差別爆撃領域内に居る事を確認した、
3)したがって、ただちに潜望鏡を引っ込めて、無差別爆撃領域内から退避した。
4)その後、(本来の任務である)生存者の捜索を再開した。
   おそらく、友軍の航空機が近隣の海に不時着したという一報を受けて、生存している乗組員を救出しろ、というのが、この潜水艦の本来の任務だったんでしょう。
   (日本の船舶を攻撃したのは、あくまでついで)

#1の方が示しておられる文
A restricted area (air, land, or sea) established for the purpose of permitting air operations, unrestricted by the operations or possible attack of friendly forces.
「航空作戦を制限する目的で設定された制限区域(空域・地域・海域)、友軍による作戦行動または攻撃などは制限されない」

を普通に解釈すれば、
米軍(友軍)の航空機による対潜水艦作戦(当然、日本の潜水艦を目標とした)が行われている地域のことでしょう。
なんで、この範囲に入っていると、友軍(米...続きを読む

Q第二次世界大戦とロシアについて

無知なので、第二次世界大戦についてくわしく知るところがないのですが、第二次世界大戦をロシアの目線から説いたものや第二次世界大戦がロシアに与えた影響について知りたいのです。なにか参考になる文献などをご存知の方、いらっしゃいませんでしょうか。
どんなささいな資料でも大変助かります。

Aベストアンサー

こんにちは。
ロシアに関する情報サイトを挙げておきます。
英語やロシア語のものが多いですが。
http://www.slavweb.com/jp/Russia/defense-j0.html
↑ここの歴史→第二次大戦をご覧ください。

ちょっとズレますが、日露戦争についての小説に
司馬遼太郎さん著“坂の上の雲”
というものがあります。
全8巻という長編ですが、戦争への流れやその進み方
当時のロシアがどういう感じだったか、
何故日本のような小国が勝つことができたか等
分かりやすく書かれています。
全てが事実ということはないのでしょうが、
もしご興味があれば、読まれてみてください。
それでは。

Qベトナム戦争(第2次インドシナ戦争)で米軍が枯葉剤を散布した場所

 枯葉剤は、どこを狙って散布されたのでしょうか?ホーチミンルートでしょうか、クチトンネル(これは200~250kmにも及ぶようですが、どのように伸びているのでしょうか?)でしょうか、それともハノイ周辺でしょうか。

Aベストアンサー

 1962年から1071年にかけて行われた「ランチハンド作戦」は、主に南ベトナム領で行われていました。その目的についてはもうご存知だとは思いますが、もっとも大規模に行われた1969年にはカンボジア領に拠点を置くベトコン陣地までその攻撃の対象になりました。やはりベトコンの食料の補給ルートや避難所を駆逐する目的を考えれば、南ベトナム領内全域がその散布地域になったと考えていいと思います。
 ご質問の枯葉剤の散布地域は、北ベトナムから南ベトナムに浸透するためのホー・チ・ミンルート、つまり広い国道沿いや整備された道路沿いばかりではなく、山岳回廊地域をジグザグに走る山道やジャングルの間を縫うように走る小道のネットワーク、さらに海路の補給を遮断するためのメコンデルタのマングローブ湿地帯の湿原などだといえます。

 クチトンネルに関して言えば、まるで蟻の巣のようなその実態や詳細な配置図などは、米軍はもちろん、トンネルを構築したベトコンやNVA当事者たちも現在に至るまでその詳細は把握できない複雑なものでした。ということは、とりたててそこをピンポイントで狙ったということは考えにくく、やはり周辺施設や支援および補給ルートを広範に狙った作戦だといってよいかと思います。
 
 ことの是非やその後の国際的な批判や後遺症などの問題はこの際無視をして言わせてもらえれば、この作戦によって700万リットルの枯葉剤を含むエージェントイエロー・エージェントブルー・エージェントホワイトなどの除草剤は、南ベトナムのジャングルの20パーセント、国土のマングローブの森の36パーセントの計600万エーカーに散布されました。そのほとんどは現在でもまともに樹木は育たないほど荒廃し、さらには枯葉剤や他の除草剤による農地の死滅を嫌った農民が多数村や農地を捨てたことにより、結果的にベトコンへの支援体制や補給所が減少したことは数字にしっかりと表れていますので、ある意味効果的な作戦であったともいえます。

 以上、何かのご参考になれれば幸いです。
 

 1962年から1071年にかけて行われた「ランチハンド作戦」は、主に南ベトナム領で行われていました。その目的についてはもうご存知だとは思いますが、もっとも大規模に行われた1969年にはカンボジア領に拠点を置くベトコン陣地までその攻撃の対象になりました。やはりベトコンの食料の補給ルートや避難所を駆逐する目的を考えれば、南ベトナム領内全域がその散布地域になったと考えていいと思います。
 ご質問の枯葉剤の散布地域は、北ベトナムから南ベトナムに浸透するためのホー・チ・ミンルート...続きを読む

Q今卒業論文を書いていますが、第二次世界大戦中の日本が行なったファシズムについて書こうと思っています。

今卒業論文を書いていますが、第二次世界大戦中の日本が行なったファシズムについて書こうと思っています。
参考になれる本や資料について教えてください。

また、そもそも日本は第二次世界大戦中にファシズム政治を行っているいるのか教えてください。

Aベストアンサー

俗説を盲信しているようですが、日本にはヒトラーのドイツや、ムッソリーニのイタリアのようなファシズムはありませんでした。 日本にファシズムが存在したと言う話をでっち上げたのは、アメリカ、イギリス、ソ連を始めとする当時の連合国側であり、第二次世界大戦は彼らによって「ファシズムと民主主義の戦争」だと規定され、後者の当然な勝利によって終結したと説明され、理論づけられたものです。 日本にファシズムがなかったことは、林房雄氏の著書『大東亜戦争肯定論』(夏目書房)を読めば良く解ります。

Q質問です。朝鮮戦争においては北朝鮮軍兵士の捕虜と中国義勇軍の捕虜は休戦

質問です。朝鮮戦争においては北朝鮮軍兵士の捕虜と中国義勇軍の捕虜は休戦後どうなったのですか?北朝鮮軍捕虜は祖国に送還されたのでしょうか?それとも韓国に帰化したのですか?中国義勇兵は帰還したのでしょうか?帰還した後はどうなったのでしょうか?回答お願いします。

Aベストアンサー

 1953年、送還を希望する捕虜9万5千人が板門店(地名)から送還。
       送還拒否捕虜2万2千人は中立国送還委員会によって自由意志を確認後、希望地(南か北か)に。
       
 この9万5千人に、南北で捕まっていた北朝鮮兵士・韓国軍兵士・中国義援軍・国連軍が含まれるようです。
 南北の兵士以外は、北朝鮮を選ぶとか南朝鮮を選ぶとかは関係ないのでそのまま自国へ帰ったでしょう。

 ちなみに月並みですが、韓国wikiによると、
<共産軍側被害>
・中国義勇軍  戦死 13万5000名
        負傷 20万8400名
        失踪及び捕虜 2万5600名
・ソ連軍    戦死 315名
        負傷 500名

<国連軍側被害>
・米国     戦死 3万6940名
        負傷 9万2134名
        失踪 3737名
        捕虜 4439名
・豪州     戦死 339名
        負傷 1216名
        失踪 3名
        捕虜 26名
・カナダ    戦死 312名
        負傷 1212名
        失踪 1名
        捕虜 32名
・英国     戦死 1078名
        負傷 2674名
        失踪 179名
        捕虜 997名
・ニュージーランド  戦死 23名
           負傷 79名
           失踪 1名
・フィリピン  戦死 112名
        負傷 229名
        失踪 16名
        捕虜 41名
・トルコ    戦死 741名
        負傷 2068名
        失踪 163名
        捕虜 244名
・オランダ   戦死 120名
        負傷 645名
        捕虜 3名

 国連軍側は16カ国いましたが、上記以外の国の被害については載ってないです。
 「失踪及び捕虜」って、なんだかざっくりって感じですね。

 また、北朝鮮側というと中国義勇軍が有名ですが、実はソ連も「非公式支援国」として「部分参戦」していました。そもそも最初の6月25日の最初の南進軍に、「北朝鮮軍兵の軍服を着て参加した」という元ソ連軍兵士の証言なんかもあります。

 1953年、送還を希望する捕虜9万5千人が板門店(地名)から送還。
       送還拒否捕虜2万2千人は中立国送還委員会によって自由意志を確認後、希望地(南か北か)に。
       
 この9万5千人に、南北で捕まっていた北朝鮮兵士・韓国軍兵士・中国義援軍・国連軍が含まれるようです。
 南北の兵士以外は、北朝鮮を選ぶとか南朝鮮を選ぶとかは関係ないのでそのまま自国へ帰ったでしょう。

 ちなみに月並みですが、韓国wikiによると、
<共産軍側被害>
・中国義勇軍  戦死 13万50...続きを読む


人気Q&Aランキング