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現在、秋葉原は「オタクの聖地」として有名ですが、いくつか疑問があるのでご存じの方、教えてください。
1.「オタク街」としてイメージづけられたのはいつ頃からか?
2.「オタク街」というイメージがついた経緯(歴史)
3.つくばエクスプレスの開業などに伴い、街並みが変わっていく(と考えられる)秋葉原。「オタク街」イメージは今後どうなるか?

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A 回答 (6件)

こんにちは



秋葉原はある意味、戦後すぐからずっと
「オタクの街」であり続けたと言えます。
電子部品マニアの街であり、マイコンマニアの街であり、
PC自作マニアの街であり・・・。
確かに20年近く前から、LDソフトやPC、ファミコンなどのゲームソフトも
多く取り扱っていましたが、まだまだひっそりとしたものでした。
マニア層の人口が少なかったからです。

今でこそ大きなビルになった「とらの穴」ですら
20年前は、入り口の分からないような裏通りの中古ビルの2階に
マイコンパーツショップと並んでいたものです。

今のようなアニメやフィギュアの街となり始めた起源としては
90年代中盤くらいではないかと思います。

まず92年にフィギュアの最大手、海洋堂が直営店、
ホビーロビー東京を秋葉原にオープンします。
その後、チョコエッグの大ヒットにより、食玩の大人買いの聖地となります。

94年のプレステ、サターンの発売、95年のウィンドウズ95の発売で
一気に美少女ゲームに火がつきます。
ちょうど「ときめきメモリアル」の大ヒットが後押しします。

そして本格化したのは、ほんの5年くらい前ではないでしょうか?

裏通りでひっそりとしていたアニメ系、ゲーム系のショップが
いよいよ大通りに進出してきます。
ちょうど従来からの老舗パーツ店の閉店→アニメ系ショップ開店の流れが
加速した時期です。

アニメイト秋葉原、ブロッコリーの進出、とらの穴の中央通り移転、
コトブキヤ、ボークスなどのフィギュアメーカーの進出、
そしてメイドカフェの誕生・・。

もともとPCマニア、ゲームマニア、アニメマニアが
それぞれ交わることもなく共存していたわけですが
その全てを美少女ソフトのマルチメディア展開が
結びつけた結果だと思っています。

個人的には、今後は山手線東側(ヨドバシ、TXがある方)は一般客化、
山手線西側(従来の電気街の方)はますますオタク化が
進行するのではないかと思います。
先週末のヨドバシ開店時の秋葉原の感想からだと
電気街に用がある人は、ヨドバシ側にはまず行かないと思いますので。
両側は思ったより遠くて、行き来するのは不便です。
もともと両側が隔絶されてた街ですしね。
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この回答へのお礼

わかりやすい回答、ありがとうございます。
時系列ごとに、かつ論理的に説明していただいたので、とても納得できました。
今後の秋葉原が、オタク街と一般街(?)の境界がはっきりしてくるというのは、私にとって新しい見解でした。

お礼日時:2005/09/21 20:21

ヲタクの聖地ではなく、秋葉原は電気街です。

まずそこから勉強しる
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森川嘉一郎の著書、「趣都誕生 萌える都市アキハバラ」に詳しいことが書いてあります。



参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4344002 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
早速、今日借りて読み始めたところです。
アニメの写真などがいたるところに出てくるので、電車の中では読みづらいです・・・

お礼日時:2005/09/21 20:17

オタク=アニメ、ゲーム、フィギュア・・・といったジャンルを限定していると仮定した上で推論します。


オタクはなんでも精通してしまえば誰でも当てはまる可能性があるので・・・。

1、この手の分野でオタク街化したというなら、
アニメのレーザーディスクが売られ始められた頃でしょうか。
宮崎事件があったころと少しかぶるんじゃないでしょうか?
80年代後半ですかね。少なからず影響は出てきたと思いますよ。

2、1とかぶりますが、パソコンゲームが一般化する前からアキバに市場があったことを考えると
加速し始めたのは90年代初期からでしょう。
そしてウィンドウズ95の発売で市場が拡大したと見るのが妥当ではないでしょうか?
・パソコンゲームが大幅に普及
      ↓
 ゲームのキャラクター関連商品が出回る
      ↓
 購買客が特定商品だけでなく、関連商品にも手を伸ばす
      ↓
 ゲームだけでない様々な分野の商品が自然と生まれ、自然と集中する
関連分野に、キャラクターでなくその声優さんのグッズや原画みたいなものまで金になるというのが驚異的ですね。
そんなこんなで、ここ10年くらいで急速に様々なものが
特定の街で、特定の物が流通特化していったといえるでしょう。
アニメ好きな人たちとパソコン好きな人たちが、かぶっていた事が
最大要因だと思います。

3、永久不変は無いと思いますので、たぶん変わるでしょう。
オタク街というより、まずオタクといわれる方々自身が変わると思います。
電車男の影響でメディアに出るようになると、興味が無い人も足を運ぶわけです。
すると、先住していた人にとっては良くも悪くも環境の変化を受けるわけです。
自分たちの領域に侵入されたと考える人もいれば、それに合わせて変化していこうとする人もいるはずです。
住み分けしつつも同化の動きが働く、すると100%現状維持を保つ事はまず難しいでしょう。
また極端な表現をしがちではあったり、ステレオタイプな現象もありますが
メディアの表現の仕方も大きいので
オタクに対する一般的な評価も若干かもしれませんが変わることもあるはずです。
ただ、都や国の政策による変化はあまりないでしょう。
秋葉原に対して、秋葉原固有の機能をそこまで求めてはいないようですし。
産学官の研究を秋葉原の駅前に構築してますが、
秋葉原で無くともできるような気がしてなりません。
筑波との連携は効果的かもしれませんが・・・。
政策による変化はそこまで影響は無いでしょう。

電気関係の街である事は変わらないでしょうが
とりあえず、秋葉原の現在の文化が不変というのはないでしょう。
人が変われば街も変わりますから、
今はメディアに露出した事で次なる展望を模索し始めている
ちょうど過渡期に当たるのでなはいでしょうか?

こんな文にお付き合いしていただき、ありがとうございました。
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この回答へのお礼

詳しい回答、ありがとうございました。
オタクが指す人々に関しては、回答していただいたとおり、アニメやゲーム関係にはまっている人々と想像していました。
3の回答は、特に興味深く読ませていただきました。

お礼日時:2005/09/21 20:14

 イメージの定着時期については何時頃かははっきりと解らないですが、


TV番組マスコミ等が多く取り上げられてからでは?
「オタク」という言葉を使い始めたのも軽くみても10年位経っていると思いますよ。
 「オタク」という語源は1982放送のTVアニメ「超時空要塞マクロス」から生まれたと聞いているので言葉自体はかなり古いですね~。
2.電機店閉店→同人誌店開店、電機店閉店→フィギュア店開店、電機店閉店→メイド喫茶店開店
こういう店がかなり目立ち始めて電機店が減少し
既存の電機店でもこういった商品を多く扱い始めたのも
「オタク街」というイメージがついた経緯ではないのでしょうか。

参考URL:http://www.macross.co.jp
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
既存の電機店は、なぜ同人誌やフィギアなどを売り出したのでしょうか・・・
売れると確信していたのでしょうか?
最初にそういった系統のお店を開店した人は、かなりのチャレンジャーですね(^_^;)

お礼日時:2005/09/21 20:10

そもそも、オタクという単語が使われだしたのは


ここ数年ではないでしょうか。

なので、この種の質問は意味があるとは思えないです。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございました。
質問の仕方が悪かったかと思います。

お礼日時:2005/09/21 20:07

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