他の項目でもほぼ同内容で質問したのですが・・・。どなたか主観をまじえず、学問的に(と、いっても本人、心理学の心得はありません。専門用語はご遠慮下さい。)ご回答願います。勿論専門家の方でなくてもけっこうです。

 また、最近こちらが質問しているのか、逆に質問者の愚痴の聞きやくになっているのか分からなくなる事があります。人助けが必要な方はご自分の質問の中でお願いします。
 
 さて!
 わがままと甘えん坊と自己中と冷たい人の違い。
 それぞれの特徴。
 また、今回はそれぞれの長所。
 上手な付合い方。
 
 に、ついてもお願いします。

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A 回答 (6件)

こんにちは!


補足をありがとうございました。
今度、公園などで子供達が遊んでいる様子をしばらく見ていてみて下さい。楽しそうに仲良く遊んでいるかと思えば、あちらでは玩具のとりあい。こちらではすべり台の順番争い。
以前思ったのですが、あれって、自己主張のぶつかりあいなんですね。成長するに連れ、相手に対して譲歩したり、遠慮したりする気持ちや分別が芽生えて来る。
でも、あれが人間の原点というか、本来持っている姿だと思うのです。
想像してみれば、幼い子供が、「この絵本ですか?はい、どうぞ」とか、「先にブランコに乗りたいのですか?どうぞお先に」なんて気味が悪いですよね?

ところが、そこで、世間一般的な大方の人が通過する過程を通過できず、幼稚なまま自己主張だけ持ち続ける人がいます。
これがわがままと、成人した甘えん坊なのだと思うのです(子供の甘えん坊は当たり前だと思います)。

また、年月と共に色々な人生経験を重ね、成長したにも拘らず、自分以外の事に頓着しなくなったのが自己中。これはその人の性格なのか、経験を活かして(?)そうなったのか、人生に疲れてそうなったのかはわかりません。
例えば間違い電話をかけて来て、その旨を伝えると、まるでこちらが悪いかのように「何で違うの?」ぐらいのセリフを吐いて詫びもせずに電話を切るご婦人や、通勤電車でプライドも何もかなぐり捨てて空席を目指して乗り込んで来るスーツ姿の男性。

国民の血税で紀尾井町のホテルに宿泊し、自分の職場に努める女性達を女性蔑視の目で品定めする元外務官僚、ニューヨークのテロの現場で写真撮影をし、それを店頭で売っている輩。これが冷たい人。

何だか最初の回答のおさらいみたいになってしまいましたが、主観を少々入れさせていただきました。

で、わたしもflaminさんと同じ経験があります。
自分勝手な彼と喧嘩別れし、お互いに意地っ張りだったので連絡をせず、結局彼は数年後に亡くなってしまいましたが。

ここから先は、ご質問の趣旨からはずれ、アドバイス的色合いが濃くなるかもしれませんので、読み流して下さい。
わたしは、自分の人生の貴重な時間を費やして悩む価値のある人と無い人がいると思います。それは誰でも、本能的に認識していて、価値があるから、時間をかけてあれこれ悩んでいる訳です。それを「愛情」と言うのだと思います。
(でも、例えば職場で嫌なヤツがいる等とあれこれ悩むのは、「愛情」ではなく「怒り」が根底にあるように思えます)
彼の事にしろ、友人の事にしろ、あれこれと悩んでいるのはまだそこに「愛情」がある証拠だと思うのです。
それを他人が「そんな事をしていないで自分のことに専念していなさい」というのは、こういった文章上で、flaminさんの状況がよくわかっていないからだと思います。「文は意を尽くさず」ですね。
また、flaminさんがご自分の事をご質問にある4種の人のうちのどれかにあてはまるのではないかと推測していらっしゃいますが、これは先に書いた「子供の例」にあるように、人間としてごくごく当然の範疇だと思います。

人によって他人に何を求めるか個人差があり、

>「自分の事だけ考えて生きていけばよい」の意味と。
 単純に長所。期待しなければ楽→楽しい人。等、ありましたらお願いします

というリクエストに対して、必ずしもflaminさんの価値観にあったアドバイスはできないかと思いますが、わたしは4種の人達と接すると、疲れますし心が荒れます。ですから「期待しない」「深く付き合わない」ようにしています。
「甘えん坊」はちょっと別ですが、彼らには「愛情」の要素のひとつである「思いやり」が不足しているんです。
(1)これを言ったら、○○さんはどう思うだろう?
(2)○○さんはこの食べ物は嫌いじゃないだろうか?
(3)この仕事を片付けておいたら、○○さん、後が楽になるな
という発想があったとしたら、4種の人々は
(1)わたしが言ったらスッキリするから○○さんに言おう
(2)この食べ物、わたしが好きだからこれにしよう
(3)自分の仕事じゃないし、黙っていても平気だから、この仕事はしないでおこう
になる訳です。
「楽」と考えれば後の3通りの考え方の方が生きて行く上で楽です。
でも、前の3通りは、flaminさんのお考えになる「好意を伝え合う良い関係」に繋がるのだと思えます。

何だか、とりとめなく書いてしまいました。
「三つ子の魂百までも」と言います。人は、性格は変わることができても、根本的な性質は変わらないと、わたしは思えます。
喧嘩別れしている彼がわがままだろうが、自己中だろうが、冷たいと感じようが、flaminさんに対する思いやりがあれば、決して4種の人々には当てはまらないような気がします。また、そう簡単には、彼がどういう人かなんてわかりませんよ。何十年間も夫婦でいても、わからない部分はあると言いますもの。

分析などせずに、愛情をいかに育むかに力を注いでみては如何でしょうか?
わたしは、もう少し素直になって、もう少し「一歩引いて」いたら良かったかもしれない・・・と、少し後悔しているこの頃です。

不足分がありましたら、リクエストして下さい。
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この回答へのお礼

 とても良くわかりました。それで気がついたのですが、私がこのひと我侭なのかな。と、思う人達というのは、要するに我侭、自己中等のレッテルを貼ってすませてしまえる人ではないからなんですね。
 皆さんが長所はかけないわけです(笑)。
 それと、経験があるのに思いやりが持てない人→自分の身に置き換えて考えられない人→自分と他人を優劣で隔てている人。が冷たい人・・・ですかね。
 そうしたら私はまだ若者だから、年輩者の身にはなりにくいかも。要注意!
 彼の事、前の質問で皆さんがそういうのは当然だと思います。でも、adelaideさんの経験談はとっても励みになりました。愛情をいかに育むか。単純だけど、一番大切な事を忘れてしまいがちですね。思いやりのあるアドバイス、本当にありがとうございます。

お礼日時:2001/11/17 07:39

こんにちは!


flaminさんは、このご質問に至るまで、いくつかのご質問をなさり、色々な回答に接して来られたという過程があるのですね?
検索をしてそれを拝見しようかと思いましたが、とりあえず止めておきました。何故ならそこで主観が入るからです。
全く主観のない回答というのは無理ですが、ご要望に沿うようにできるだけ主観を入れないように頑張っています。

さて、他の3名の方々のご回答を拝見し、何だか自分が場違いな所にいるような気分です。皆さんのおっしゃる事に全面的に納得をしてしまっています。
はたしてこのわたしがどこまで回答ができるかわかりませんが、この点も頑張ってみたいと思います。

そこで、「お時間」は充分にありますので、考えさせて頂きたいのですが、お礼にあるご質問の意味がいまひとつわかりません。
(この段階で、論外でしょうか?)

>aderaideさんの「長所」は、長所というより。人の頓知に時間をかける=流されている=しっかりしてー!というのが今までの皆さんのご意見なように思います。
 そのかぎりで考えると、ちょっと違うような?

について、もう少し具体的に書いて下さると助かります。
特に、「人の頓知」の辺りが全くお手上げです。
ヨロシク!
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この回答へのお礼

 そうですねー。すいません。前の回答を読んでいない方にはこの説明では分かりにくいでしょうね。(頓知)というのは良い意味でつかっていません。

 皮肉とあるように、裏表が感じられる回答(頓知)で、喧嘩を売られているのなら買う気はないですよ。
 という事と、
 彼と喧嘩別れしている事。
 があり。

 後術の方は以前に思いやりのない彼(彼の裏表がわからないという質問をしている。)の事ばかり考えてないで(頓知に頭をひねってないで)自分の事に専念しなさい。と、いう風にいわれています。

 で、質問ですが、「自分の事だけ考えていきていけばいい」これは「自分の事だけに専念する」と、考えると、今の私に必要な事。
 「時間を費やす対人関係に関する悩み」は彼との事。
 「こういう人には期待しなければ良い」彼に関してその通り。
 と、私の中で当てはめてみると、私もこういう人。の枠にはいります。

 では所詮「わがまま」「自己中」「甘えん坊」「冷たい人」にならざるを得ないのかしら。そうしたら好意を伝え合う良い関係なんて、出来なくなってしまいそう。と、ちょっと混乱してしまいました。
 「自分の事だけ考えて生きていけばよい」の意味と。
 単純に長所。期待しなければ楽→楽しい人。等、ありましたらお願いします。

お礼日時:2001/11/14 01:45

こんにちは。



「わがまま」
自分の都合・価値観を他人の都合・価値観より優先させて当然と思うひと。
特徴:「私は」「私が」が多い
長所:価値観・都合が合致したときは強い味方になる。
付き合い方:価値観・都合が合致したときだけ一緒にいる。

「甘えん坊」
自分は愛されていると信じていて、その愛のあらわれとして自分への奉仕を
要求するひと。
特徴:「お願い」「困ってるの」「どうしよう、できない」が多い
長所:愛らしい行動で心を和ませてくれる、こともある。
付き合い方:気持ちの余裕があり、与えてあげるものがあるときにつきあう。

「自己中」
自分の都合・価値観が心のほとんどを占め、他人の考えに思いをはせることが
めったにないひと。
特徴:人の話はきいてない
長所:悪気がない。得をさせてくれる人には利益を返し、繋がっていようとする。
付き合い方:その人の利益になるよう動いてあげれば、それなりに見返りをくれる。

「冷たい人」
これは性質ではなく、「わがまま」「自己中」の人に対する感想だと思います。
どちらかというと、人を「冷たい」と評する人は「甘えん坊」の傾向があるの
では。(というわけで、特徴・長所は省きます)
付き合い方:多くを要求しないこと。興味があれば近づくもよし…。

私はこんなふうに考えました。
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この回答へのお礼

  冷たい人って想像すると怖いんですよ。現実にはそんな事ないって分かっているのですが。甘えん坊なのかな?尽くされると悪い気がしてしまいますが。そうなってから悪い気がするのに要求してしまう(釈明を求める)事はあるかも。
 ちょっと考えてしまいました。ありがとうございます。

お礼日時:2001/11/14 00:30

 


  YG(ヤタベ・ギルフォード)とは確か、40年ほど前に造られたパーソナリティ尺度検査で、今更、新しいも何もないでしょう。MMPIの尺度基準を出してくるなら、まだ、かなりに複雑な尺度ですから、古くても、分析的に有効でしょうが。
 
  それはとまれ、あまり複雑に考えないで、特徴尺度を見つければ差異性はかなりはっきりするでしょう。
  「わがまま」「甘えん坊」「自己中」「冷たい人」というのを、仮に独立したパーソナリティ類型だとすると、どういう性格特性を持ってくるとその差異性が明確になるかという話でしょう。
 
  類型を識別する特性基準として、まず最初に考えるのは、「他者依存性」という基準でしょう。あるパーソナリティ類型が成立するに、他者への依存が不可欠かどうかということです。この基準で、まず、他者依存である「わがまま」と「甘えん坊」が取り出されるでしょう。わがままも、甘えん坊も、依存する他者がいないと成立しないです。それに対し、「自己中心」とか「冷たい人」は、一人でいても、自己中心や冷たい人であるので、他者依存がないと言えます。
 
  他者依存のなかで、「わがまま」は、能動的に自己主張するという点で、「甘えん坊」とかと区別されるでしょう。「わがまま」は自分で積極的に自己主張して、他者が自己の思い通りにあるように求めるに対し、甘えん坊というのは、積極的に自己主張はしないで、相手が察してくれるよう、非言語的次元で誘導するとも言えるでしょう。どちらも幼児的性格でしょうが、他者の好意を得たり自己の欲求を実現するために取る戦略が違っているのだと言えるでしょう。この二つは、別に矛盾しないので、或る人が、或る場面では、わがままで、別の場面では、甘えん坊というのも可能でしょう。
 
  そこで、自己中心と冷たい人は、どう区別されるかと言うと、自己中心な人は、能動的に他者に働きかけることがあるという点で、冷たい人と異なるのでしょう。冷たい人も能動的に他者と関係を持とうとしますが、基本的には、関係してくる他者を待ち受けているというスタンスで、自己中心な人は、他者を積極的に巻き込んで、利己的な言動を行う人なのでしょう。
 
  つまり、他者依存性の有無、そして能動的に他者を巻き込むか否かで、四つのパーソナリティが区別されます。
 
  それぞれの「長所」というのは、あまり意味がないことでしょう。これらの四パーソナリティは、結局のところ、みな「利己主義」となるからです。しいて言えば、わがままな人は、相手にしないとどこかに行くということでしょう。つきあい方は、ほどほどにわがままを聞いてやり、しかし、或る一線では、突き放すことでしょう。甘えん坊な人は、相手にしないと、追いかけて来るところが長所かも知れないでしょう。つきあい方は、甘えられて、それに対応できるだけの強さの自覚がない人は、こういう人とは、交通しないことでしょう。自己中心な人の長所は、その人との接点を持たなければ安全だということでしょう。表面的対応に終始するのがつきあい方でしょう。冷たい人は、関係を持たなければ、向こうから特に寄って来ることはないというのがよいところでしょう。同じぐらいに冷たい心を演じれば、つきあいできるでしょう。
 
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この回答へのお礼

でしょう。ちょっと面白かったです。でも、こうした枠に一人一人はめていたら、誰とも深く付き合えなくなりそうですね。
 結局、他者を4つのどれかに特定したとして、自分が損をしない付合い方。と考えると、その時点で利己的にならざるをえないですかね。学問的な観点からの結論の出し方。大変参考になりました。
ありがとうございます。

お礼日時:2001/11/13 23:49

こんにちは。

身勝手女の再登場です。
前のご質問では解決しなかったようですので、改めてご回答いたします。
ところが、「わがまま」「冷酷」など、学問的な定義付けはできません。
この言葉、個人の主観による感想なんです。
主観による感想は、個人によって変化しますから、明確な定義付けはできません。

専門用語は省いて、とのご要請ですが、少しだけ我慢して付き合ってください。
最近、主流になっている性格分析に、矢田部ギルフォードという方法があります。
心理分析ゲームなどでご存知かもしれません。
「社会的外向・内向」「思考的内向・外向」「理性・感情」「緊張・柔軟」「判断・直感」など、
性格の傾向をレーダーチャートに置き換え、人格の分析をしようというものです。

これは「傾向」ですので、おおまかな性格資質を分析できても、
それがイコール「他者から見た性格」と決定できるわけではありません。
基本的に、一般に言われる「性格」とは、他者からの相対評価でしかないのです。
同じことをしていても、ある人にとっては「積極的で元気な人」、ある人にとって
は「わがままで無神経な人」と取られることは、ご理解いただけると思います。

また、短絡的な例えで申し訳ないのですが、一般的に「明るい人」と評される人がいるとします。
ところが、その人がワイワイがやがやが好きな体育会系の集団に紛れ込んだ時、
「なんとなく陰気な人」という印象を持たれる可能性もありえます。
非常に内向的な集団に混じった場合、「調子に乗りすぎてうるさい奴」と思われる可能性もあります。同じ態度を取っていたとしても。

逆に、本人の「他者への対応」も、他者によって変化します。
上司の前では「気が効く人」が、目下相手に対しては「小姑」になることが多々あります。
この変化、本人は意識していないことが大半です。
「わがまま」の定義からどんどん逸れてしまって申し訳ないのですが、
人間の性格など、ほとんど当てにならず、
その評価も個々人の主観でしかないというのが、私の判断です。

ですから、言葉で定義づけをしようと思うと、どうしても主観の問題、
自分の経験を踏まえた枠内でしか回答できないことになります。
自分の経験ということですから、多少愚痴になってもご容赦願いたいと思うのですが ( 笑 )

私は心理学の専門家ではありませんし、参考資料も最先端のものではありません。
ですが、私の拙い知識を動員した限りでは、
心理学的に「ワガママ」等の、定義をしている学説はありませんでした。
(当然、国語辞典等には表記されています)

ただ、「社会的外向」「直感気質」「緊張型」「感情型」の傾向が強い人が、
一般的に社会迷惑な「ワガママ」と評されることが多いような気がします。
この辺り、興味がおありでしたら、補足をいただければ、私が理解している範囲でのご説明をいたします。

ご質問の主旨と外れていましたら、申し訳ありません。
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この回答へのお礼

 どうりで以前の回答がアンケートどまりだったのですね。納得です!!!
 自分の中でどうにも釈然としない部分を解明していただきました。ありがとうございます。
 
 単なる愚痴。でしたら私もいつも友人の愚痴を聞いていますから。そういう甘えは心を開いている結果だと思うので、かまいませんよ。ごめんなさい。言葉がたりなかったようですね。
 
 ではちょっと残念ですが、アンケートのつもりでお聞きしますので、説明をお願いします。

お礼日時:2001/11/13 08:58

こんにちは



「わがまま」は他人に配慮することなく、自分勝手にする行為。
「甘えん坊」は、他人の好意をあてにして、受け容れられると予測した上で行なう行為。
「甘えん坊」は天性のものが大きく影響すると思いますが、どちらかというと、「わがまま」は考え無しにしてしまい、「甘えん坊」は知能犯的性質があるようにも思えます。

「自己中心」は「わがまま」と同義語なのではないでしょうか?
「冷たい人」というのは、他人に対する配慮がないことはもちろん、物事を損得勘定で判断し、人間的な良心をもたない人のことだと思います。

それぞれの長所は、自分の事だけを考えて生きて行けば良いのですから、例えば人生で多くの時間を費やす人間関係に伴う悩みなどなく、生きて行くのが楽だということです(・・・たぶん)。
上手な付き合い方は、そういう人には「期待」しないことだと思います。
自分以外の人に心を配る能力が根本的に欠落しているのだから、できない事を期待しても無駄な訳です。
そう割り切ると、こちらも「楽」になります。
ただ「甘えん坊」は、愛情のある関係では憎めない存在でもあり、この4つの中では異質だとも思えます。

>また、最近こちらが質問しているのか、逆に質問者の愚痴の聞きやくになっているのか分からなくなる事があります。人助けが必要な方はご自分の質問の中でお願いします。

とのことですが、恐らくみなさん、最近パラサイトしている「わがまま」「(成人した)甘えん坊」「自己中」「冷たい人」に悩まされているんですね~。
合掌
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この回答へのお礼

ありがとうございます。Adelaideさんのお礼の項目をお借りして、質問の補足をさせていただきます。今回前置きをつけたのは、頓知のような皮肉ばかりでその都度解読しなければならない。こうした回答は社会闘争の場で使う攻撃の為の手段では?と、はっきり思われる回答に対してはお相手できません。という事です。

 以前の質問もご覧になられている方で、私や彼の事で「こういう所があるからこうした方がいいと思いますよ。」という事がありましたら、主語を明確に!書いて下されば良いのでは?

 aderaideさんの「長所」は、長所というより。人の頓知に時間をかける=流されている=しっかりしてー!というのが今までの皆さんのご意見なように思います。
 そのかぎりで考えると、ちょっと違うような?
 お時間ありましたら少し補足をお願いします。

お礼日時:2001/11/13 07:52

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文法は文法が先にあり、それに乗っ取り私たちは話しているのではありません。実際の話し方、書き方を分析して法則としてまとめたのが文法です。動詞の修飾語としての位置が明確なのは、頻度を表す語、
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http://files.filefront.com/Virtua+Tennis+3+v101+Patch/;7201216;/fileinfo.html
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修正内容はご質問のURLに書いてありますよ。

Short Description
A patch updating Virtua Tennis 3 to v1.01. It fixes some gfx issues, alt/tab crash and improves the general performance of the game.

more details about this fileのリンクをクリックすると詳細が表示されます。
Change Log:
 Fix crash on ATI hardware.
 Depth of field on nVidia Geforce 6+ hardware.
 Controller can be used to navigate the menu system.
 Better performance on multi-threaded processors.
 Fixed crashes caused by ALT-TAB.
 Prevented multiple copies of the game from running simultaneously.
 Various minor graphical glitches.

と全部で7項目のバグフィックス等がおこなわれているようです。

修正内容はご質問のURLに書いてありますよ。

Short Description
A patch updating Virtua Tennis 3 to v1.01. It fixes some gfx issues, alt/tab crash and improves the general performance of the game.

more details about this fileのリンクをクリックすると詳細が表示されます。
Change Log:
 Fix crash on ATI hardware.
 Depth of field on nVidia Geforce 6+ hardware.
 Controller can be used to navigate the menu system.
 Better performance on multi-threaded processors.
...続きを読む

Q主観的リラックス度(RE尺度)とは?

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アドバイスしかできませんが・・・

心理学系の文献でしたら、PsycINFO というデータベースがあります。bplさんの所属する大学にも、こうしたデータベースがあると思います。図書館の方に相談してみてください。

もしbplさんが所属する大学が、PsycINFOを持っていなければ、大学から紹介状をもらい、お近くでPsycINFOを持っている大学図書館で検索してみてください。

個人で使用することも可能ですが、お金がかかります。一応、30日間はfreeで使用で使用する方法もありますので、URLを記載しておきます。

参考URL:http://www.apa.org/psycinfo/


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