江戸時代の中後半から末期にかけて、島津藩がその財政を立て直す目的で,奄美大島にとうきびを植えて製糖業をはじめて,そのとき製糖の技術者としてオランダ人を
長崎から、招聘したとききましたが、このとき通詞として、出島で通詞をやっていた日本人を数人同時に同行させたと聞いていますが,これらの通詞に関する資料を入手したく思います。もしどなたかご存知でしたら,書籍名でも何でも結構ですからお教えいただきたくおもいます。宜しくお願いします。

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A 回答 (3件)

なるほどそういうことでしたか。

前回の段階では、奄美の地方史編纂に携わっている専門家の方かな、などと想像しておりました。問題のご先祖の姓名がわかっているのであれば、公開したほうが情報は集まりやすい気もしますが(いろんな支障が生じるであろうことも容易に想像できますから、難しいですかね)。
さて、最初の回答で名前を出した片桐一男氏について、「オンライン ブックストア」で調べてみると、入手可能な著作が17冊出てきます。多くはすでにご覧になっているのでは、と思いますが、よろしかったらお試しください。片桐氏は、青山学院大学の教授なのですね。各種の検索エンジンをかければ、この大学の教授紹介がいろいろ出てきて、氏のメールアドレスも出ています。おもむろにメールを出してみる、という大ワザは、最後の手段かな?
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追伸。

その後、「日蘭文化交渉史の研究」(吉川弘文館)を見たのですが、ご質問の答えはありませんでした(歴代の阿蘭陀通詞がかなり詳しく考証したページはあったのですが)。奄美の郷土史の本もいくつか見ましたが、手がかりなしです。ご質問は相当専門的な質問で、小生の試みた調査は既に試みた上でのものなのかな、と再認識した次第です。かくなる上は「製糖」の専門家の情報を求めてはどうですか。このサイトのカテゴリでは「農学」になるのかな。

この回答への補足

hiruchan さんアドバイスありがとうございます。祖父の流れが奄美の製糖にかかわるものらしいのでそのルーツを探ろうとしているのですが、祖父もなくなって久しくなり、その残したメモが唯一の手がかりでそこから出発したのですが、奄美も長崎も関係するものはあちこちの図書館で探してみたのですが、時間の壁みたいなものに突き当たっています。もう少し時間に余裕が出てくれば奄美にも出かけてみようかとはおもっていルところです。また何か気が付けれたら、書き込んでください。ありがとうございました。

補足日時:2000/12/17 10:43
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直接の答えにはなりませんが、吉川弘文館「国史大辞典」の「オランダ通詞」などの項目の最後に、参考文献として板沢武雄「日蘭文化交渉史の研究」という本を挙げています(出版元は不明。

扱われ方の様子では、この分野では権威のある本のようです)。「国史大辞典」のオランダ通詞関係の項目はすべて片桐一男という人が書いています。この人自身にも「阿蘭陀通詞の研究」という論文がありますが、こちらは九州ユネスコ協会編の「九州文化論集」2に載ったもので、「年番通詞一覧」が含まれているらしい。私自身が実物を見ていない無責任な紹介ですが、何かのご参考になれば。
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Aベストアンサー

島津製作所創設者・島津源蔵氏です。


 島津源蔵氏の祖先は、
豊臣政権下の、
姫路周辺の太閤(秀吉)蔵入地の庄屋であつた
井上惣兵衛茂一です。
 文禄4年(1595)に秀吉から、薩摩の島津義弘に、伏見に於いて朱印状を与えられ
薩摩大隈の国主の地位を保証されていますが、この時に秀吉は、姫路の太閤蔵入地のうちから
庄屋井上惣兵衛茂一の管理する一郷村百町歩千石を島津義弘に与えたと伝えられます。
伏見に置かれている島津家の京都人質(1587年の島津征伐後より、義久三女亀寿以下、北郷・伊集院・新納の実子など)の生活費用として使用するように
秀吉が与えたものではないかと言われています。

井上惣兵衛茂一は、伏見の島津家中にも親切に尽くしたので、
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t_fumiaki さん、さすがですね。
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1円玉が9個あるので、1~9円の買い物ができます(1円単位)。「0円」ならお金がなくとももらえる。
10円玉が9個あるので、0~90円の買い物ができます(10円単位)。
100円玉が9個あるので、0~900円の買い物ができます(100円単位)。
1,000円札が9枚あるので、0~9,000円の買い物ができます(1,000円単位)。
  ・・・
10^n 円札(あるものと考えて)が9枚あるので、0~9×10^n 円の買い物ができます(10^n 円単位)。

ということで、これらを必要数ずつ組み合わせれば、1円単位でどんな値段でも支払えます。最大額は、全財産を合計した
  10^(n+1) - 1 円
です。

例えば、現実のとおり、最大のお札を 10,000円(= 10^4 円、n=4)とすれば、支払える最大額は
  10,000円札 9枚 = 90,000 円
   1,000円札 9枚 = 9,000 円
   100円玉 9枚 = 900 円
    10円玉 9枚 = 90 円
    1円玉 9枚 = 9 円
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  (合計) 99,999円 =100,000 - 1 = 10^5 - 1

直感的にわかりやすい「10進法」だと上のようになります。

ご質問は、これを「3進法」に置き換え(「10」を「3」に置き換える)、金額の「円」を重さの「グラム」に読み替えれば、#1、#2の回答になります。

t_fumiaki さん、さすがですね。
でも、質問者さんには理解できているのかな?

これは、次のように置き換えるとわかりやすいかも。

「1, 10, 100, 1000, ・・・, 10^n のお札またはコインが9個ずつあるとき、どのような値段の買い物ができるか」

ということで考えてみます。(中途半端な 5千円札とか 5百円玉は持たない)

1円玉が9個あるので、1~9円の買い物ができます(1円単位)。「0円」ならお金がなくとももらえる。
10円玉が9個あるので、0~90円の買い物ができます(10円単位)。
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---以下参考情報---
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Aベストアンサー

そのような誤用があるとは知りませんでしたが、
私も実際検索してみて、あるわあるわ、少々驚いています。

ギリシア数字で一般に知られているのは、α’β’γ’・・・ですが、
これは(確か)イオニア型と呼ばれるもので、
アルファベットを順に数に当てはめていったもののようです。

ところが、実は、ギリシア数字にはもう1つ、
(確か)アッティカ型(だったかな?)というものもあり、
これはどういうのかというと、

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ある程度は似かよった面があったのかもしれません。

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一応参考程度に・・・。

ちなみに算用数字のアラビア数字(これの由来はインド数字)を
ローマ数字と呼んでいる理由は想像つきません。

そのような誤用があるとは知りませんでしたが、
私も実際検索してみて、あるわあるわ、少々驚いています。

ギリシア数字で一般に知られているのは、α’β’γ’・・・ですが、
これは(確か)イオニア型と呼ばれるもので、
アルファベットを順に数に当てはめていったもののようです。

ところが、実は、ギリシア数字にはもう1つ、
(確か)アッティカ型(だったかな?)というものもあり、
これはどういうのかというと、

ここには表示できませんが、1が縦線1本、2が縦線2本、3が3本、4が4本で、
5、10、...続きを読む

Q次の問題教えて下さい 次のあ,い,う,えのうち,1つだけ三角形をかくことができないものがあります。そ

次の問題教えて下さい
次のあ,い,う,えのうち,1つだけ三角形をかくことができないものがあります。それはどれかを答え,そのわけを書きましょう
あ 辺の長さが6㎝,8㎝,10㎝の三角形
い 辺の長さが8㎝,8㎝,10㎝の三角形
う 辺の長さが6㎝,6㎝,12㎝の三角形
え 辺の長さが8㎝,10㎝,12㎝の三角形
答えとわけを教えて下さい
この問題は小学3年生の問題です。
よろしくお願いします

Aベストアンサー

う 辺の長さが6㎝,6㎝,12㎝の三角形
2つの6cmの辺の長さを足すと12cmになり、
角を3つつくることが出来ません。

QAD:DB=2:1,AE:EC=3:5,H,IはDEの3等分点、F,GはBCの3等分点,三角形ABC

AD:DB=2:1,AE:EC=3:5,H,IはDEの3等分点、F,GはBCの3等分点,三角形ABCの面を8㎝²とする。

(1)三角形ADEの面積を求めよ。

(2)三角形DBFの面積と三角形IECの面積を求めよ。

Aベストアンサー

△ABCの面積=8cm^2=底辺×高さ/2

(1)底辺ACとしてBまでの高さとして計算して求めた面積は8cm^2
△ADEは、△ABCと比べると、底辺が3/8、高さが2/3となるので、その面積は、
△ADE=8×(3/8)×(2/3)=2cm^2 答え 2cm^2

(2)AD:DB=2:1、同様にBF:FC=2:1から
△ABC∽△DBF、辺の比がAB:DB=3:1なので
面積比はその2乗に比例する。
∴△DBF=8/9cm^2 答え 8/9cm^2

△ICEの高さは△ADEの高さの1/3である。
また、底辺は5/3である。
∴△ICE=2×(5/3)×(1/3)=10/9cm^2 答え 10/9cm^2


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