井上やすし作の「握手」という小説があります。その話の中にバター付きのパン
、というのが出てくるんですけど、この頃(戦後直後ぐらい?)の時のこのバター
付きのパンの価値ってどれっくらいなんですか?
 すんごい気になります!ゼヒ教えてくださーい!

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A 回答 (1件)

yamaimoさん、初めまして。


私も、「握手」読みました。良いお話ですよね。

少しでも、参考になれば幸いです。
戦争アニメ「火垂るの墓」で、(昭和20年のこと)お兄ちゃんが爆撃から守るため埋めておいた、食料の壷を掘るシーンがあるのですが、
その中にバターが入っていて、それを見たオバが喜んで、一口手にとってなめていました(説明下手ですいません)。
ですので、普通の家庭ではなかなか買えない、少し高級な代物だと思います。ましてや、バターつきのパンとなると..。

参考URL:http://www.watch.impress.co.jp/movie/column5/200 …
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Q戦後すぐぐらいの時期、自転車に鍵ついてましたか?

映画「自転車泥棒」を見たのですが、自転車に鍵がないんです。
1948年制作です。
そりゃ盗まれるわなと思いました。
そのころの日本の自転車に鍵はついてましたか?

Aベストアンサー

当時の自転車・・殆ど全てが実用車・・で魚屋や米屋、氷屋などが使う実用車は前後でタイヤの太さが異なり頑丈に出来ていました。

鍵は後付。
大抵は後輪に差し込み式で別に購入して取り付けてもらいます。

当然こう云った実用的な自転車は持ち上げようにも重すぎてどうしようもない。

また、軽快自転車もありました。

伯父が自転車製造と卸をしていたので私が昭和25年に乗っていたのは、タイヤは細く車体もスマートで今のサイクリング用と同じくらい、タイヤは競輪自転車と同じ太さでリムも細いものでした。

ハンドルはアップ型ハンドルが多く、ブレーキはハンドル固定金具のリム式。(替えゴム式)

メッキ仕上げは悪く3日磨きをサボるとブツブツとリムやハンドルに錆が出る代物でした。

その頃は自転車税があり確か年間600円、役所で後輪の泥除けに登録番号をつけられます。
中華蕎麦20円(ラーメンという言葉は無し)バス代が15円の時代です。

映画、自転車泥棒は3回見ました。

戦前の自転車(昭和初期のもの)も家にはありましたがごく普通の軽快車で車高は24インチ。

三段変速機が付いたサイクリング車が出廻り始めたのは昭和27年くらいからです。

進駐軍の子供達が乗っていたのは押しなべて今のマウンテンバイクタイプ、タイヤも太く頑丈でしたが、スタンドや鍵が付いているのは見た事がありません。

おそらくそう云う鍵類は外国では一般的では無かったのかと思います。

自転車泥棒の映画は衝撃的でしたが、当時市販されていた雑誌「リーダースダイジェスト」にはヨーロッパ、特に北欧ではベンチに財布が落ちていても1週間たってもそのまま残っている、それに比べ日本じゃそんな事は考えられないとの賛辞記事がありました。

イタリアでは泥棒がいるのかなぁと漠然と思った記憶があります。

余談で失礼しました。

当時の自転車・・殆ど全てが実用車・・で魚屋や米屋、氷屋などが使う実用車は前後でタイヤの太さが異なり頑丈に出来ていました。

鍵は後付。
大抵は後輪に差し込み式で別に購入して取り付けてもらいます。

当然こう云った実用的な自転車は持ち上げようにも重すぎてどうしようもない。

また、軽快自転車もありました。

伯父が自転車製造と卸をしていたので私が昭和25年に乗っていたのは、タイヤは細く車体もスマートで今のサイクリング用と同じくらい、タイヤは競輪自転車と同じ太さでリムも細いものでした。

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Q戦後の貨幣価値はどのくらい下がったのですか?

私は現在60代ですが、戦後私がまだ小さい時(今は亡き)母親からよく聞かされていた話があります。それは・・・
「我が家は今はこのように貧しいが戦争前は商売をしていてかなり裕福だった。
お前達の父親が戦争から帰らなくても、残された家族7人が誰一人働かなくても一生暮らしに困らないだけの莫大な貯金があった。
しかし、戦後の国の方針で貯金は二束三文になり貧乏になってしまったのだよ」

お恥ずかしい話ですが、母の性格は見栄っ張りで負けず嫌いなところがあり、貧乏な私達兄弟に昔はリッチだったと嘘でも思わせたかったのかもしれません。
戦後、貨幣価値はどうなったのでしょうか??

私も後数年でこの世からいなくなると思いますが、真実を知らないまま死にたくありません。
どなたかこの問題に詳しい方教えてください。

Aベストアンサー

十分あり得た話だと思います。
政府は、昭和21年2月に、「金融緊急措置令」および「日本銀行券預入令」を公布しました。これはまず5円以上のお札を強制的に預貯金させることとし、5円以上の札を利用不可能にしました。次に、その預貯金について、月額の払い出し上限を規制しました。たしか、世帯主が300円上限だったはずです。そして最後に、3月になって旧紙幣の使用を禁止としました。

これによって、どういう事が起きたかというと、
1.強制預貯金に応じず、タンスにしまっていた旧札は、全く紙くずとなってしまいました。
2.預貯金したお金は、月額の利用制限があるため、物に替えることができず、インフレの中でどんどん価値が目減りしていきました。

実際、昭和初期ならば、1万円あればアパートを建てて家賃収入で暮らしていくことができたとのことですが、戦後の超インフレを経て、1万円は大卒初任給の2ヶ月分程度になってしまいました。
その他に、戦中は軍事債券(戦争国債)が売り出され、半ば強制的に購入させられたそうですから、これも戦後紙くずになり、財産が無くなる原因になったでしょう。

十分あり得た話だと思います。
政府は、昭和21年2月に、「金融緊急措置令」および「日本銀行券預入令」を公布しました。これはまず5円以上のお札を強制的に預貯金させることとし、5円以上の札を利用不可能にしました。次に、その預貯金について、月額の払い出し上限を規制しました。たしか、世帯主が300円上限だったはずです。そして最後に、3月になって旧紙幣の使用を禁止としました。

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Q当時の価値を現在の価値に換算する目安になるサイトを探しています。

たまに明治のお金を現在の価値に換算すると何円とかテレビでやっていたりしますが、各時代ごとの換算の目安にやるようなものをまとめたサイトってないでしょうか?

Aベストアンサー

まとまったサイトはなかなか無いようですね。
実際問題として、商品自体の価値変動も非常に大きいので、何を基準にするかでぜんぜん換算価格が変わってくると言うのが実情みたいです。

明治中期~後期で考えると、
 地金価格で換算すると、当時の1円=今の1000円
 米価で換算すると、当時の1円=今の5000円
だそうですが、いろいろな文献を漁ると、個人的には当時の1円=今の10000円くらいが妥当なように思います。

頼りになるのは文学作品(特に明治時代は「自然主義」と言われた人々の作品)で、田山花袋の「田舎教師」には明治35年頃の商品の価格が以下のように記載されています。(1円=100銭、1銭=10厘です。)

煙草:10銭 車(人力車)代:30銭 弁当:4銭5厘 ラムネ:3銭5厘 梨:1銭5厘 
認印:25銭 名詞:22銭 歯磨きと爪楊枝:3銭5厘 筆2本:8銭5厘
硯:14銭 帽子:1円15銭 羽織:1円75銭 へこ帯:30銭 下駄:14銭5厘
遊郭での遊び:2円

この物語の主人公(埼玉県羽生近くの小学校の新任教師)の初任給:7円60銭

まとまったサイトはなかなか無いようですね。
実際問題として、商品自体の価値変動も非常に大きいので、何を基準にするかでぜんぜん換算価格が変わってくると言うのが実情みたいです。

明治中期~後期で考えると、
 地金価格で換算すると、当時の1円=今の1000円
 米価で換算すると、当時の1円=今の5000円
だそうですが、いろいろな文献を漁ると、個人的には当時の1円=今の10000円くらいが妥当なように思います。

頼りになるのは文学作品(特に明治時代は「自然主義」と言われた人...続きを読む

Q井上毅について(比較的)気軽に読める本

書籍のカテで回答をいただけなかったので、こちらで再質問致します。
明治時代の政治家、井上毅に興味を持っています。
まだ「興味を持っている」と言う程度で、どういう人物かはウィキペディアで書いてあるくらいのことしか知りません。
井上毅について専門的に研究したいわけではありません。
単に興味を持っただけなのです。
アマゾンで「井上毅」で検索してみたのですが、値段が高かったり在庫切れだったりで、入手はやや困難です。
井上毅の伝記や、井上毅がキーパーソンとして出てくる小説など、比較的気軽に井上毅について知ることのできる書物があったら、ぜひ教えてください。
「比較的気軽に」と言うのは、少年少女向けでも構わないし、少しくらいなら難しくても構わない(具体的にレベルを挙げるなら選書クラスでしょうか)と言う程度の意味です。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

下記が適当ではないかと思います。楽天では売り切れとありますから出版元へ問い合せられるのがいいと思います。

参考URL:http://item.rakuten.co.jp/book/306649/

Q西アジアの戦後

インド以西からトルコまでの区間は多くの国で渡航自粛、または退去の指示が出ています。
しかしながら、昔は旅する事が治安の面で可能であったと聞きます。
確かに、革命以前のイランの風景を見るとテロが跋扈している今とはまるで別の国です。
パキスタン、アフガニスタンはどうだったのでしょうか?
他にも、シリア、レバノン、イラク、サウジアラビア・・・

西アジアにおける現在の混沌はアメリカが原因と言われております。大部分は油の利権なのでしょうが、出ない地域もあります。
他にどんな事が挙げられますでしょうか?

いつの日かこの地域を旅する事が可能な日が来るのか皆様のご意見よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 1919年8月にラワールピンディ条約で独立したアフガニスタンは、当時の国王であるアマヌッラー国王の元、国内の近代化を進めていました。
 その端的な事例が、女性の地位向上を目指した教育改革です。

 独立行政法人国際協力機構(JICA)に、平等の教育を行っていた時代に大学生時代をすごした女性の方のインタビューが有りましたのリンクを参考URLに記載します。

  >彼女の祖国アフガニスタン、当時の様子を聞いてみた。彼女の学生時代は、女性だけで映画やピクニックに行ったり、自由な生活を楽しむことができた。女性の服装も、長袖のシャツにひざ下のスカートにストッキングで、今とは逆にパンツをはく人はいなかった。
 
 極めて女性差別が強い(女性差別に対して、問題提起した学生に死刑判決が出た)と言われているアフガニスタンでもこの様な時代がありました…。

参考URL:http://www.jica.go.jp/afghanistan/office/information/machi/10.html


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