ヘレニズムにはディオゲネスという人がコスモポリタニズムを主張したと思うのですが、この考え方は、世界市民主義と同じ内容のものなのでしょうか。家や都市や国家を否定し、宇宙の至る所をすみかとするのがディオゲネスのコスモポリタニズムの考え方ですよね。それに対して世界市民主義はヘレニズムに住む人々すべてにたいして同胞意識を持つという内容ですよね。名前が似ているのですがどうなのでしょうか。よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

 


  どうも回答に自信がないというか、問題が難しいように思えます。以下に考えを述べてみますが、これでよいのかどうか分かりません。
 
  まず、困惑するのは、コスモポリタニズム Cosmopolitanism とは、世界市民主義のことではないのかということです。英語での言葉をカタカナ読みすると、コスモポリタニズムになり、その訳が世界市民主義だと思うのです。また、コスモポリタニズムの提唱者、擁護者、主張者と、コスモポリタンは違うということもあります。古代ギリシアなら、コスモポリタンは自称できたかも知れませんが、現代では、コスモポリタンとは、「無国籍の人」のことかということにもなります。
 
  それはとまれ、シノペのディオゲネース乃至キュニコス派の主張したであろうコスモポリタニズムと、ヘレニズム時代を特徴付けるコスモポリタニズムについて、何が違うのかを考えることはできるのではないかと思います。(わたしは専門家でも知識人でもないので、勝手な印象ですが。何か参考になればと思い記します)。
 
  ディオゲネース及びキュニコス派は、中国の老荘思想とはだいぶ違っているとは思いますが、文明によって人間がむしろ不幸になるのであり、人為や作為で物質的豊かさを築いても、それは幸福には繋がらないという考えを持っていたはずです。人為的なものとしては、例えば、貧富の差とか、貴賤の差とか、更にどこのポリスの市民かというような差がそうだと考えたのでしょう。ディオゲネースは、物質的な財物を一切持たず、乞食のような暮らしをしたそうですが(それはキュニコス派の人たちも同様理想とした生き方です)、みずからの生活実戦で、貧富や貴賤や出身ポリスの区別などを超越したとも言えます。
 
  このようなディオゲネースの考え・生き方は、ポリスという人為の機構を否定するもので、無ポリス主義だとも言えそうですが、また、この世界(コスモス,Cosmos)を、我がポリス、我が属する国、我が故郷、我が家だとすることからすると、ディオゲネースは、「世界市民=コスモポリタン」であるという肯定的な意味にもなります。「お前はどこのポリスの者か?」という問いに、答えるとすると、「どこのポリスの者でもない、この世界(コスモス)が、わしの家だ」となり、こういう主張・思想は、コスモポリタニズムだとも言えます。
 
  他方、ヘレニズム時代は、或る意味、激動と激しい文化的シンクレティズムと混乱の時代でもあり、古典ギリシア文明の精華が花開いたアテナイ等は、ソ-クラテースの裁判の歴史的背景事情から知られるように、ポリス間の覇権争いになり、内部分裂を始めていたとも言えます。古典ギリシア文明は、プラトーンの頃には、頽廃を迎えていたとも言え、文化に縁のない辺境の半バルバロイだと見下げられていたマケドニアが、武力によって、結局、ギリシア・諸ポリスの内乱を鎮定し、ギリシアを統一してしまいます。このような古典ギリシアの豊かな文化と平和の崩壊は、ギリシアの知識人に大きな衝撃を与え、ポリスの政治家でもあった、知識人階層の人々は、自己の外部の世界との関わりにおける「無力感」を痛感します。ここから、個人の内面や、親しい友人たちのあいだでの平和や心の安寧を願う、ストア主義やエピクロス主義などのヘレニズム時代の代表的思想が萌芽したとも言えます。
 
  しかし、それは古典ギリシアの指導的知識人たちの、コスモスの統治に対する失意と自信喪失であって、アレクサンドロスは、ギリシア世界を統一した後、エジプト、シリアをも征服し、西アジアの大文化帝国アケメネス朝ペルシアをも征服して、更にインド近くまで攻め寄せます。アレクサンドロスの大帝国は、大王が征服事業に一段落付けるや、たちまち病死した為、一つの統一帝国としては存続しませんでしたが、アレクサンドロスの軍隊は、一種の多国籍軍であり、アレクサンドロスは、出身民族や文化の垣根を払い、まさに貧富、貴賤、所属民族の隔てを超えて、諸市民、諸民族のあだの平等と宥和を宣言したとも言えます。アレクサンドロスは、旧ペルシアの皇女とみずから婚儀を結び、麾下のギリシア将兵3000人か2000人にも、それぞれペルシア人の妻をめあわせ、「諸民族の融合・宥和」「世界市民の共存」の理想をペルシアの旧都にあって宣言します。
 
  ローマが世界帝国を築いて Pax Romana をアウグストゥスが宣言する三世紀前に、ローマよりも広い領域において、諸文明のあいだのシンクレティズムが宣言され、それは実際に有効になったのです。アレクサンドロスの征服した領域において、アレクサンドロス帝国、言い換えれば「ヘレニズム世界」の市民であるという自覚が人々のあいだに起こり、東西の文明の交流と、それらの混合された、新しい文明が立ち上がったといえるでしょう。古典ギリシア語は、コイネー(共通)ギリシア語となり、帝国の共通語ともなり、東西文明を結びつける「共通性・コイネー」ともなったのだと言えます。この共通の基盤の上に、エジプトのイシス信仰や、ミトラ信仰、ペルシアのゾロアスター教などの帝国領域への布教が可能になり、また、この基盤の上に、キリスト教が成立し、流布されたとも言え、更にそれは、ササン朝ペルシアを超えて、イスラムがユダヤ教を媒介として成立する前提になったとも言えるでしょう。
 
  この「アレクサンドロス帝国=ヘレニズム世界」の「共通世界」とは、大王みずから示した民族の垣根を超えての宥和、ペルシア人とギリシア人の区別無き、或る意味の同胞意識の生成とも言え、ヘレニズム世界市民意識の成立とも言えるでしょう。ヘレニズム世界に、未開も文明も含まれ、それは、ヘレニズムの世界共通理念の光のなかで、ヘレニズムという宇宙=コスモスに生きる市民こそが自分たちであるという自覚をもたらし、これをヘレニズムの「世界市民主義=コスモポリタニズム」とも言えるでしょう。ローマ市民権を持っていた原始キリスト教の宣明者パウロスの地中海世界での広汎な活躍は、彼の操る共通語、コイネー・ギリシア語によって可能だったとも言え、パウロスは、ユダヤ人の宗教・ユダヤ教と、その異端分派とも言えるナザレ派ユダヤ教を、小アジアに伝え、ローマに伝え、普遍民族の救済宗教である原始キリスト教へと揚棄したとも言えるのです。
 
  ローマ帝国が、その特権的市民権を属州人民全員に付与する前に、ヘレニズムの理念において、世界同胞の思想、世界国家の理想が成立していたし、現実に、文化交流や、通商などにおいて、実現していたとも言えるでしょう。これは、ヘレニズムの世界市民主義とも言える何かであり、ローマ帝国が継承し、西欧文明における、西欧は一つの文明世界であるという自覚の起源ともなっているものでしょう。
 
  しかし、そのようなヘレニズム時代のまさにただなかにあって、古典ギリシアの衰退は起こったのであり、最初に述べた、ある意味厭世的な、消極的な思想あるいは宗教とも言える、ストアやエピクーロス派の思想・哲学が、ヘレニズムの知識人や富裕階級を魅了したのです。「みずからの力の及ばない領域については、悩むことなく諦観を持って対し、みずからに何事かがなせる小世界内で、可能な幸福に満足することこそ智慧である。心のアタラクシアこそ、望むべき理想である」。ローマ帝国の支配者にして賢人たる、偉大なるマルクス・アウレーリウスは、悲惨なる世(コスモス)のありさまに心痛めつつ、ささやかな心の慰めに人生の意味を見いだしたというのは皮肉なのかも知れません。
 
  ディオゲネースのコスモポリアンは、遁世する隠者の世界市民であり、激動のヘレニズム文化がもたらしたコイネーのコスモポリタンは、次の時代を切り開くための新しい予期されるべき種子としての世界市民主義であったのでしょう。それは、ヘレニズム世界市民秩序として実現し、新プラトン主義や、ピロンの哲学を生み出し、また、それらの成果が、キリスト教であり、西欧共通世界であり、イスラム教であり、イスラム的世界市民主義なのかも知れません。
 
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この回答へのお礼

お返事どうもありがとうございます!!自分でゆっくり考えながら読まさせていただきました。自分の知らない内容や考え方などが見られたりして非常に興味深かったです。何度も読み返して自分でもっと考えてみたいと思います。どうもありがとうございました。

お礼日時:2001/11/16 03:24

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Q仏陀とキルケゴールでは人生のプロセスにおける快楽主義について考えどのように違うのでしょうか?

仏陀とキルケゴールでは人生のプロセスにおける快楽主義について考えどのように違うのでしょうか?
御回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

仏陀とキルケゴールでは人生のプロセスにおける快楽主義は、質問者さんの「ソクラテスVSエピクロスの問答」と同じですね。
仏陀、釈尊もゴータマ・シッタダの時代は妻帯をしラーフラという男児をもうけています。当時のインドでは跡継ぎを残せば出家してもよいというしきたりがあったからですね。釈尊ははっきり明言していますね快楽におぼれた生活の中にも自分を痛めつける苦行の中にも真の悟りはないとね。これが苦楽の中道ですね。つまり快楽主義も自虐主義もそれにとらわれるとだめといってるんですね。すべてを否定してるわけじゃないんですね。
一方、キルケゴールはどうでしょう。キリスト教的罪悪思想が刷り込まれた人生だったんでしょう。結婚などは罪悪だったんでしょうねでも好きな人はいるという自虐を快楽とするしかないという人生かな。これは苦を快楽とするものですね。立場は違えどもエピクロスとおなじでしょう。仏陀もソクラテスも彼ら(エピクロス、キルケゴール)には同じことを言うでしょうね。無知の知とね。

Q主義主張がしのぎを削っているのが世界の当たり前|というわけで|わたくしの回答履歴

主義主張がしのぎを削っているのが世界の当たり前|というわけで|わたくしの回答履歴は許容性について考察対象となりえますか|その場合の蓋然性も求めます

Aベストアンサー

まいど。

主義主張が鎬を削っているというよりは、主義主張の解釈が鎬を削っているような気がします。

>わたくしの回答履歴は許容性について考察対象となりえますか

何の許容性についてですか?
まずそれがハッキリしないと、絞殺大将……いや、考察対象もへったくれもないと思うのですが^^

Qヘレニズム美術

ヘレニズム美術とギリシャ神話は何か関係があるのでしょうか?詳しいかた教えて頂けたら嬉しいです!!

Aベストアンサー

ヘレニズムの ヘレン というのは ギリシャのという意味

日本的な文化 というのを 和風 というのといっしょです。

ヘレニズム美術というのは、本来のギリシャ以外の場所である、中東にアレキサンダーの征服によってギリシャ美術の様式が美術のテーマともども広がったたということ。
その様式なりテーマの一つが神話である

Q自己中心な考えとして、利己主義というのがありますよね。

自己中心な考えとして、利己主義というのがありますよね。
いままで自分は利己主義というのを、自己中心、自分本位な考え方として使ってきたのですが、
辞書で確認しましたら、「自分の利益を一番に、自分に不利益にならないように、」と書いてありました。
では、利益とかそんなのではなくて、本当の意味で、
「自分が中心に世界が回っている」とか、「自分を主体として主人公として考える」、「自分がいないと世の中始まらない(世界は自分の見ている夢、幻想である」といった考え方は何主義というのでしょうか?
これも利己主義でよいのでしょうか?
また、反対に、
「相手を主体として考える」や、「相手の中に自分を見る」、「相手の中の自分こそが自分で、相手がいないと始まらない(自分は相手の見る世界の一部に過ぎない」なんていう考え方は何主義というのでしょうか?
これは、利他主義でいいのでしょうか?
正式な名称が無い、分からない場合は、カッコいい名称を考えてみてもらえると嬉しいです。

稚拙な説明のために、質問が分かりにくいかもしれませので、おっしゃってもらえればもう少し説明いたします。
ご回答よろしくおねがいいたします。

自己中心な考えとして、利己主義というのがありますよね。
いままで自分は利己主義というのを、自己中心、自分本位な考え方として使ってきたのですが、
辞書で確認しましたら、「自分の利益を一番に、自分に不利益にならないように、」と書いてありました。
では、利益とかそんなのではなくて、本当の意味で、
「自分が中心に世界が回っている」とか、「自分を主体として主人公として考える」、「自分がいないと世の中始まらない(世界は自分の見ている夢、幻想である」といった考え方は何主義というのでしょうか...続きを読む

Aベストアンサー

最初に確認しておかねばならない事は、「自己中心主義」と
「利己主義」は、異なるレベルの定義で、自己中心主義=
物事を自分を中心にしか見る事ができない(他人の気持ちを
思いやれない、自分を客観視できない)中でも、利己でなく
利他であり得ます。
よくある「おせっかい=自分勝手なお世話」がそうです。

言語としては、「自己中心主義」の反対は「他己主義」
(他人と自己を同一視する)ですが、実用的には「博愛主義」
と言った方が明確でしょう。

一方、「利己主義」もよく自己中心主義と混同されますが、
利己であっても、その意識が“社会生命的自覚=自己の生が
社会全体の営為に依存している認識”に基づいていれば、
その利己の実現過程には利他(社会全体の順調な機能)が
介在し得、利己と利他は統合されるのです。

世間的に言われる「利己的」は、お金や出世といった
“馬車馬の目の前のニンジン”によって他律的に生かされる
拝金主義経済奴隷たちの短絡的(自己チュー)な利己です。

Qヘレニズムのコスモポリタニズムについて 

ヘレニズムにはディオゲネスという人がコスモポリタニズムを主張したと思うのですが、この考え方は、世界市民主義と同じ内容のものなのでしょうか。家や都市や国家を否定し、宇宙の至る所をすみかとするのがディオゲネスのコスモポリタニズムの考え方ですよね。それに対して世界市民主義はヘレニズムに住む人々すべてにたいして同胞意識を持つという内容ですよね。名前が似ているのですがどうなのでしょうか。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  どうも回答に自信がないというか、問題が難しいように思えます。以下に考えを述べてみますが、これでよいのかどうか分かりません。
 
  まず、困惑するのは、コスモポリタニズム Cosmopolitanism とは、世界市民主義のことではないのかということです。英語での言葉をカタカナ読みすると、コスモポリタニズムになり、その訳が世界市民主義だと思うのです。また、コスモポリタニズムの提唱者、擁護者、主張者と、コスモポリタンは違うということもあります。古代ギリシアなら、コスモポリタンは自称できたかも知れませんが、現代では、コスモポリタンとは、「無国籍の人」のことかということにもなります。
 
  それはとまれ、シノペのディオゲネース乃至キュニコス派の主張したであろうコスモポリタニズムと、ヘレニズム時代を特徴付けるコスモポリタニズムについて、何が違うのかを考えることはできるのではないかと思います。(わたしは専門家でも知識人でもないので、勝手な印象ですが。何か参考になればと思い記します)。
 
  ディオゲネース及びキュニコス派は、中国の老荘思想とはだいぶ違っているとは思いますが、文明によって人間がむしろ不幸になるのであり、人為や作為で物質的豊かさを築いても、それは幸福には繋がらないという考えを持っていたはずです。人為的なものとしては、例えば、貧富の差とか、貴賤の差とか、更にどこのポリスの市民かというような差がそうだと考えたのでしょう。ディオゲネースは、物質的な財物を一切持たず、乞食のような暮らしをしたそうですが(それはキュニコス派の人たちも同様理想とした生き方です)、みずからの生活実戦で、貧富や貴賤や出身ポリスの区別などを超越したとも言えます。
 
  このようなディオゲネースの考え・生き方は、ポリスという人為の機構を否定するもので、無ポリス主義だとも言えそうですが、また、この世界(コスモス,Cosmos)を、我がポリス、我が属する国、我が故郷、我が家だとすることからすると、ディオゲネースは、「世界市民=コスモポリタン」であるという肯定的な意味にもなります。「お前はどこのポリスの者か?」という問いに、答えるとすると、「どこのポリスの者でもない、この世界(コスモス)が、わしの家だ」となり、こういう主張・思想は、コスモポリタニズムだとも言えます。
 
  他方、ヘレニズム時代は、或る意味、激動と激しい文化的シンクレティズムと混乱の時代でもあり、古典ギリシア文明の精華が花開いたアテナイ等は、ソ-クラテースの裁判の歴史的背景事情から知られるように、ポリス間の覇権争いになり、内部分裂を始めていたとも言えます。古典ギリシア文明は、プラトーンの頃には、頽廃を迎えていたとも言え、文化に縁のない辺境の半バルバロイだと見下げられていたマケドニアが、武力によって、結局、ギリシア・諸ポリスの内乱を鎮定し、ギリシアを統一してしまいます。このような古典ギリシアの豊かな文化と平和の崩壊は、ギリシアの知識人に大きな衝撃を与え、ポリスの政治家でもあった、知識人階層の人々は、自己の外部の世界との関わりにおける「無力感」を痛感します。ここから、個人の内面や、親しい友人たちのあいだでの平和や心の安寧を願う、ストア主義やエピクロス主義などのヘレニズム時代の代表的思想が萌芽したとも言えます。
 
  しかし、それは古典ギリシアの指導的知識人たちの、コスモスの統治に対する失意と自信喪失であって、アレクサンドロスは、ギリシア世界を統一した後、エジプト、シリアをも征服し、西アジアの大文化帝国アケメネス朝ペルシアをも征服して、更にインド近くまで攻め寄せます。アレクサンドロスの大帝国は、大王が征服事業に一段落付けるや、たちまち病死した為、一つの統一帝国としては存続しませんでしたが、アレクサンドロスの軍隊は、一種の多国籍軍であり、アレクサンドロスは、出身民族や文化の垣根を払い、まさに貧富、貴賤、所属民族の隔てを超えて、諸市民、諸民族のあだの平等と宥和を宣言したとも言えます。アレクサンドロスは、旧ペルシアの皇女とみずから婚儀を結び、麾下のギリシア将兵3000人か2000人にも、それぞれペルシア人の妻をめあわせ、「諸民族の融合・宥和」「世界市民の共存」の理想をペルシアの旧都にあって宣言します。
 
  ローマが世界帝国を築いて Pax Romana をアウグストゥスが宣言する三世紀前に、ローマよりも広い領域において、諸文明のあいだのシンクレティズムが宣言され、それは実際に有効になったのです。アレクサンドロスの征服した領域において、アレクサンドロス帝国、言い換えれば「ヘレニズム世界」の市民であるという自覚が人々のあいだに起こり、東西の文明の交流と、それらの混合された、新しい文明が立ち上がったといえるでしょう。古典ギリシア語は、コイネー(共通)ギリシア語となり、帝国の共通語ともなり、東西文明を結びつける「共通性・コイネー」ともなったのだと言えます。この共通の基盤の上に、エジプトのイシス信仰や、ミトラ信仰、ペルシアのゾロアスター教などの帝国領域への布教が可能になり、また、この基盤の上に、キリスト教が成立し、流布されたとも言え、更にそれは、ササン朝ペルシアを超えて、イスラムがユダヤ教を媒介として成立する前提になったとも言えるでしょう。
 
  この「アレクサンドロス帝国=ヘレニズム世界」の「共通世界」とは、大王みずから示した民族の垣根を超えての宥和、ペルシア人とギリシア人の区別無き、或る意味の同胞意識の生成とも言え、ヘレニズム世界市民意識の成立とも言えるでしょう。ヘレニズム世界に、未開も文明も含まれ、それは、ヘレニズムの世界共通理念の光のなかで、ヘレニズムという宇宙=コスモスに生きる市民こそが自分たちであるという自覚をもたらし、これをヘレニズムの「世界市民主義=コスモポリタニズム」とも言えるでしょう。ローマ市民権を持っていた原始キリスト教の宣明者パウロスの地中海世界での広汎な活躍は、彼の操る共通語、コイネー・ギリシア語によって可能だったとも言え、パウロスは、ユダヤ人の宗教・ユダヤ教と、その異端分派とも言えるナザレ派ユダヤ教を、小アジアに伝え、ローマに伝え、普遍民族の救済宗教である原始キリスト教へと揚棄したとも言えるのです。
 
  ローマ帝国が、その特権的市民権を属州人民全員に付与する前に、ヘレニズムの理念において、世界同胞の思想、世界国家の理想が成立していたし、現実に、文化交流や、通商などにおいて、実現していたとも言えるでしょう。これは、ヘレニズムの世界市民主義とも言える何かであり、ローマ帝国が継承し、西欧文明における、西欧は一つの文明世界であるという自覚の起源ともなっているものでしょう。
 
  しかし、そのようなヘレニズム時代のまさにただなかにあって、古典ギリシアの衰退は起こったのであり、最初に述べた、ある意味厭世的な、消極的な思想あるいは宗教とも言える、ストアやエピクーロス派の思想・哲学が、ヘレニズムの知識人や富裕階級を魅了したのです。「みずからの力の及ばない領域については、悩むことなく諦観を持って対し、みずからに何事かがなせる小世界内で、可能な幸福に満足することこそ智慧である。心のアタラクシアこそ、望むべき理想である」。ローマ帝国の支配者にして賢人たる、偉大なるマルクス・アウレーリウスは、悲惨なる世(コスモス)のありさまに心痛めつつ、ささやかな心の慰めに人生の意味を見いだしたというのは皮肉なのかも知れません。
 
  ディオゲネースのコスモポリアンは、遁世する隠者の世界市民であり、激動のヘレニズム文化がもたらしたコイネーのコスモポリタンは、次の時代を切り開くための新しい予期されるべき種子としての世界市民主義であったのでしょう。それは、ヘレニズム世界市民秩序として実現し、新プラトン主義や、ピロンの哲学を生み出し、また、それらの成果が、キリスト教であり、西欧共通世界であり、イスラム教であり、イスラム的世界市民主義なのかも知れません。
 

 
  どうも回答に自信がないというか、問題が難しいように思えます。以下に考えを述べてみますが、これでよいのかどうか分かりません。
 
  まず、困惑するのは、コスモポリタニズム Cosmopolitanism とは、世界市民主義のことではないのかということです。英語での言葉をカタカナ読みすると、コスモポリタニズムになり、その訳が世界市民主義だと思うのです。また、コスモポリタニズムの提唱者、擁護者、主張者と、コスモポリタンは違うということもあります。古代ギリシアなら、コスモポリタンは自称で...続きを読む

Qなぜ、世界の流れは封建制から民主主義(社会主義)なのか

唯物史観、社会主義史観は、人間の楽観的な捉え方によって失敗したのかどうか定かではありませんが、かならずしも万能な理論ではないと思います。
それを根拠としてもしなくてもいいのですが、なぜ、世界史の流れは、封建主義から、国民が総体的に政治参加するという民主主義の形態に移行しようとするのでしょうか?なぜ、もどってみようという地域国家はないのでしょうか?
やはり、民主主義は、封建制独占政治よりは「ましである」ということがいえるからでしょうか?

なにか、民主主義ということが金科玉条のような扱われ方をするのが腑に落ちない気がします。

Aベストアンサー

簡単にいえば、産業革命が起き啓蒙主義が誕生したからです。

産業革命が何故起きたかは#2さんの言うとおり、新しいエネルギーが発見されたからなのですが、産業革命が起こったことにより封建制度は時代遅れになったのです。

まず封建制度の特徴を見ると、世襲制・身分主義・農本主義の特徴があります。これは農業(酪農ふくむ)から上がる作物(食料)の分配し古代の時代に膨れ上がった人口(社会)を維持する為に考案されたものです。農業に優先的にエネルギーや人などの資源をさくことで、限りある資源を有効的かつ持続的に使用するものなのです。
つまり強権的な支配者を置くことで、食料分配をコントロールできるようにし、それが1世代で終わらないように世襲で身分を固定する。また商業・工業については身分を低くすることで、生存を不安定にし(つまり農民のように土地についていないので、飢饉や災害時に優先的に保障をうけられない)、商業的工業的発展を阻害して、エネルギーの使用量が急激に上がらない(上がると簡単に供給量を越える)ようにしたのです。
実際、地中海世界の古代の発展と中世の発現は、豊かだった地中海周辺の森林資源の活用と枯渇によるものであり、ルネッサンスの勃興はヨーロッパ中部の森林資源を活用したものだからです。ヨーロッパ中部の森林資源が枯渇する前に、石炭や石油などの化石燃料が発見されたために、現在まで民主主義が持続しているといえます。

また別の側面、宗教から見ると、中世の暗黒時代もエネルギー不足が原因です。古代のアルキメデスなどは十分に考え、実験を行い新しい技術を育むことが出来ましたが、新しい技術=便利になるということは、人の力の変わりにエネルギーを使って仕事をするということなのです。
そのため中世の頃は科学自体を禁止したため、現在での科学、特に数学や物理学など「考えること」が大好きな人が大量に神学を学んだため、精密なそして人間離れした宗教が猛威を振るったのです。

そしてルネッサンスから産業革命を経て、今の資本主義・民主主義が立ち上がります。実は古代でもすでに民主主義の方法論はあったのです。が、現代に続く民主主義は寄り複雑な問題を抱えています。
それは資本主義という問題点です。
産業革命で起きたことは、エネルギーを利用し機械を使用することで、マンパワーだけは到底達成できない生産量を実現し、安価に製品を作り・輸送し・販売することが出来るようになったことです。
これにより資本を持ち投資した者は莫大な冨を得てまたそれを資本として投下し、それ以外資本も技術もない者は(農業にも産業革命の波が来て、今までほど人を使わなくても生産性が上がるようになったため)、工場で働く労働者になりました。
ところがややこしいのは労働者は消費者であり、工場で出来た生産物を購入し使う立場でもあったことです。
当初は植民地政策もあり、生産は本国、消費は植民地という搾取も成り立っていたのですが、だんだん植民地が疲弊すると本国の労働者に製品を売るという方式が成り立つようになりました。
このような資本家と労働者の数が多くなるにつれて、今までの農本主義は崩れ、封建的身分も崩壊していったのです。王様よりも金持ちの資本家が出現したら王様は権威の一部を傷つけられます、「けしからん」と王様が冨を強制的に剥奪すれば、だれも資本を出して投資しようとしなくなります。これにより、資本主義の台頭に伴って、個人の自由(移動・思想の自由など)と権利(財産・生存)の確保が重要になって、民主主義に移行していくのです。
しかし封建主義の社会保障制度が崩れた後、冨を持ち裕福な資本家と何も持たない労働者が国の構成員になったため、国の運営上、誰からどのくらい税金を徴収し、労働者の生存権をどのように保障するかも、問題になっていきました。
これにより民主主義的な手続きである、選挙などを通じて国の運営方法を決定するようになり、最初は税金を多く徴収される資本家などに選挙権が与えられたものの個人の自由と権利の確保は労働者にも及ぶとして一般選挙が成人に無条件に与えられるようになったのです。
しかしここで社会主義、共産主義という問題定義が起こります。産業革命と機を一にした社会革命は、啓蒙思想が原動力になっており、封建主義から革命を起して民主主義に移行すれば、人間の尊厳・平等は守られるはずだったのです。
しかし実際には資本家(ブルジョアジー)と労働者(プロレタリアート)の格差は広がるばかりで、民主的な手続きをもってもこの差を埋めるのは難しいと説いたのがマルクスであり、であるならブルジョアジーをなくしすべてプロレタリアートの国を作れば人間の尊厳・平等は達成できると考えたのがレーニンです。ここに共産主義という新しいイデオロギーが誕生し、戦後の冷戦にまでつながるのです。

どちらも、産業革命と啓蒙思想があったからこそ生まれたといえます。(もっとも民主主義自体は古代ローマや都市国家(ポリス)などに見ることができます)

現在は共産主義の実験は失敗し、民主主義的・資本主義的な社会が世界中で謳歌しています。
しかし中世に入るきっかけとなったエネルギー不足も、石油の枯渇という形で現れており、資本主義の暴走(つまり市場主義の限界)も見えてきています。

もしかしたら今後、生産を割り当て性にしてエネルギーを持続的に使えるようにしたり、考えるのが大好きな人はコンピュータのバーチャルな世界に引きこもったりする、新しい形の中世が来ないともかぎりません。

またはネットを利用したもっと実用的な民意をくみ上げることができるネット民主主義が出来るようになるかもしれません。
中国では一党独裁であるがために、逆にネットの中の意見に対して政府が柔軟に対応するという、新しい形の民意の汲み上げが試行されているようです。
個人の尊厳・自由という一見当たり前のような権利も、地球全体の危機がくれば、紙くずと同じように捨てられるかもしれません。
または逆に、新しい技術思想の上にまた新たな思想でもって、もっと個人の自由・権利の保障が行われる制度ができるかもしれないのです。

資本家が自由に活動し、社会を維持するためには、個人の自由が必要で、個人の自由を確保しながら社会や国を運営維持していく方法は、いまのところ民主主義しかありません。

簡単にいえば、産業革命が起き啓蒙主義が誕生したからです。

産業革命が何故起きたかは#2さんの言うとおり、新しいエネルギーが発見されたからなのですが、産業革命が起こったことにより封建制度は時代遅れになったのです。

まず封建制度の特徴を見ると、世襲制・身分主義・農本主義の特徴があります。これは農業(酪農ふくむ)から上がる作物(食料)の分配し古代の時代に膨れ上がった人口(社会)を維持する為に考案されたものです。農業に優先的にエネルギーや人などの資源をさくことで、限りある資源...続きを読む

Qヘレニズム文化

ヘレニズム文化の
自然科学の
エウクレイデス、アルキメデス、アリスタルコス、エラトステネス
の語呂合わせ、もしくは覚えやすい覚え方があれば教えてください。

Aベストアンサー

4人とも、まともな理系教育を受けた人なら語呂合わせなんか無理やり覚えるまでもなく、最初から知っているはずの超有名人なんですけどね。

やっぱり業績とセットにして覚えるのがいいのでは。

・エウクレイデスの幾何学(ユークリッド幾何学)
 つまり中学の数学で習った図形(初等幾何)の証明問題を初めて考えた人です。中学の数学のときの苦労を思い出して覚えましょう。

・アルキメデスの原理(浮力の原理)
 純金の王冠がホンモノかどうか調べる、という話は聞いたことがあるのでは。
 第二次ポエニ戦争で、ハンニバルがカンナエの戦いでローマに大勝したあとに、それまでにローマ側だったシラクサがカルタゴ側に寝返ったのですが、その後、ローマが優勢になるとローマはシラクサを攻めますが、そのときシラクサにアルキメデスがいていろんな新兵器を考え出してローマを苦しめたと言われています。

・アリスタルコスの地動説
地球が太陽の周りを回っている、と初めて言い出した人です。太陽の大きさを推定したりもしています。「古代のコペルニクス」

・エラトステネスの篩(ふるい)
素数を判定する有名な方法です。(中学の数学で習うかな。)
地球の大きさを測定したりもしてます。

4人とも、まともな理系教育を受けた人なら語呂合わせなんか無理やり覚えるまでもなく、最初から知っているはずの超有名人なんですけどね。

やっぱり業績とセットにして覚えるのがいいのでは。

・エウクレイデスの幾何学(ユークリッド幾何学)
 つまり中学の数学で習った図形(初等幾何)の証明問題を初めて考えた人です。中学の数学のときの苦労を思い出して覚えましょう。

・アルキメデスの原理(浮力の原理)
 純金の王冠がホンモノかどうか調べる、という話は聞いたことがあるのでは。
 第二...続きを読む

Q資本主義、共産主義、次は何主義?

資本主義も共産主義も問題が多いです。もっと良い主義はないのでしょうか?

考えたことありませんか?

資本主義も修正し共産主義も修正し人口爆発、資源の争奪戦をやてますが

何か・・・ボランティア主義?世界宗教?の様な 新しい思想はないものでしょうか?

僕は存在性思想を掲げましたが 桜咲かず 梅咲かず

何か良い主義ありませんか?

ちなみに当方病人のため、要点を教えて下さると有難いですm(_ _)m

Aベストアンサー

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。
あくまで控え目で謙虚に、そして、宿主さまへの感謝の念を忘れない。

実際の人間⇔サナダムシの関係は宿主⇔寄生虫の固定的な関係ですけれども、
人間社会においては、時に、宿主がサナダムシになり、サナダムシが宿主になったりと、その都度、その役割を変えますがね。宿主とサナダムシの役割は流動的であり、同時に流動的でなければならない。固定的になってはいけない。


ちなみに、西洋の海に住むサナダムシは凶暴で宿主から栄養を一方的に搾取して宿主を劇ヤセさせたり、宿主に様々な健康障害をもたらします。
西洋のものは、思想、原理・原則だけではなく、サナダムシまで凶暴なんですよ。
Win-Winの関係を目指したりしない。
そこにあるのは一方的な搾取であり、相手を根絶やしてまでも自身の利益や正義(?)のみを追求しようとする貪欲で非情な論理。

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。...続きを読む

Q「西洋文化には二つの原点がある。それは聖書(キリスト教)とヘレニズム(

「西洋文化には二つの原点がある。それは聖書(キリスト教)とヘレニズム(ギリシャ・ローマ)だ」と聞いたことがあります。

では、日本文化の原点は何なのだろうと考えてみましたが、これといって明確なものが思い浮かびません。
西洋文化のように宗教を取って考えてみても、日本は宗教色が薄い気がしますし・・・
日本文化にも原点みたいなものがあるのでしょうか?

Aベストアンサー

 
 沿革 ~ 記紀万葉(ききまんにょう)~
 
 日本文化にも二つの原点がある。それは「記紀」と「万葉」だ。
 万葉は「沿=自然」を、記紀は「革=歴史」を伝えている。
 ともに、現代に至るまで継続している点で、諸外国に類を見ない。
 
 ↑
 
── 【記紀】古事記と日本書紀。
── 【古事記】稗田阿礼が誦習し、元明天皇の命で太安万侶が文章に
記録し、和銅5年(712)に献進された。
 
── 【日本書紀】最初の勅撰正史。30巻。舎人親王らの編。養老4年
(720)成立。神代から持統天皇までを漢文の編年体で記した。
 
── 【万葉集】奈良時代の歌集。20巻(略)歌数4500余首。天平宝字
三年(759)大伴家持の歌まで約400年にわたる全国各地、各階層の人の
歌が収められる。
 
── 沿革;「沿」は前に因って変わらない、「革」は旧を改め新しく
する意。物事の移り変わり。今日までの歴史。変遷。── 大辞泉
 
 ↓
 
 日本人の美意識
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4864108.html (No.3)
 日本文化の定型 ~ 七五調・序破急・起承転結 ~
 
 もののあはれ
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4478342.html (No.1)
 感情移入 ~ 古代の科学から中世の詠嘆へ ~
 

 
 沿革 ~ 記紀万葉(ききまんにょう)~
 
 日本文化にも二つの原点がある。それは「記紀」と「万葉」だ。
 万葉は「沿=自然」を、記紀は「革=歴史」を伝えている。
 ともに、現代に至るまで継続している点で、諸外国に類を見ない。
 
 ↑
 
── 【記紀】古事記と日本書紀。
── 【古事記】稗田阿礼が誦習し、元明天皇の命で太安万侶が文章に
記録し、和銅5年(712)に献進された。
 
── 【日本書紀】最初の勅撰正史。30巻。舎人親王らの編。養老4年
(720)成立。神代から持統天皇までを漢文の編...続きを読む

Q資本主義の次は○○主義、って当分資本主義でしょ!?

若手論客の方々の対談を聴く機会があって、頭の良い方々の議論を聴くのは刺激があってそれはそれですごく楽しいのですが、自分なりに色々疑問とか違和感も湧きました。

地域地域の共同体が崩れて、これから新しい共同体の形を模索できないだろうか、国家と個人の間に入る、理想的な中間共同体は無いだろうか…というような議論があって、1人の方は、ネット上で同じ趣味の人同士がつながって趣味共同体みたいなのができればそれでいいんじゃないか~みたいなことを言っていました。

またもう1人の方は、人間生活の元々の形態は農業だから、農業社会の再生を~みたいなことを言う人がいるが、難しいんじゃないか~とか、人間の歴史は○○年代まで農業社会で○○年代まで企業社会でそれもだんだん崩れてきて~みたいなことを言っていました。

やっぱり評論家みたいな人たちってこういう議論が好きなんだな~と思いながら聞いていたのですが、やっぱり違和感がありました。

ネット上で多くの人がつながれる、というイメージ自体は私も好きですが、それとは別の話で、現実の社会の大多数は、いまだに企業共同体、しかないと思うのです。

今までの時代は企業のつながり、お金のつながりを通してしか、人は徒党を組めなかったけど今からは違う~みたいなことを言っておられたのですが、実際そうかな…確かにネット等を通じて、新しいコミュニティみたいなものが少し芽生え始めているかもしれませんが、実際大多数の人は、学校を卒業したらもう企業の社会に絡めとられてしまっている、と思うんですね。

これは高度成長期、バブル前後、から、別に今もそんなに変わっていないと思うんです。

なんとなくバブルが崩壊してから何年もたって、ネットが登場して、リーマンショックでアメリカの凋落とか言われたり世の中が大変化しつつあるような印象がありますが、世の中の大多数の人は依然「資本主義」の論理の中で生きていて、組織の有無を言わさぬ圧力のもとで忙殺に近い生活を強いられている人が大半じゃないか、と思うんです。資本主義の次は○○主義だ、とか、農業社会、企業社会の次は○○社会だ、みたいな言い方をする人がいるようですが、資本主義も企業社会も全然終わっていないと思うんですね。

そういう感覚が、頭が良いはずの評論家、学者の方はもしかしたらちょっと分かっていないんじゃないかな~と思いました。

トヨタもそろそろ倒産するかもしれない、とか、日立の明日も危ないとか、そういう話、あり得ませんよね?

ですから、こういう言い方をすると共産主義の人ですね、と言われて終わりそうですが、言論で仕事をされる方に望みたいのは、いかに資本主義、企業の圧力から人々を解放するか、そしてそれ以外の共同体とか、BIなり、企業以外で生活を建てる方法がないか、そういうことを具体的に考えて欲しいんですね。

人間一人ひとり、ここの議論みたいにもっと社会はこうあるべき?とか、もっとこういうサービスを作るべきじゃない?とか、若い人でも本当は色々考えられるはずなのに、企業に入ったとたん、大抵の人は考える余裕を奪われていると思います。企業の価値観、あり方に全身染まることを要求されるのです。そういう意味でも、マルクスの時代から100何年たった今でも、資本主義、企業社会は依然問題を多く孕んでいると思います。

そういう議論、必要だと思いませんか?

若手論客の方々の対談を聴く機会があって、頭の良い方々の議論を聴くのは刺激があってそれはそれですごく楽しいのですが、自分なりに色々疑問とか違和感も湧きました。

地域地域の共同体が崩れて、これから新しい共同体の形を模索できないだろうか、国家と個人の間に入る、理想的な中間共同体は無いだろうか…というような議論があって、1人の方は、ネット上で同じ趣味の人同士がつながって趣味共同体みたいなのができればそれでいいんじゃないか~みたいなことを言っていました。

またもう1人の方は、人間生活...続きを読む

Aベストアンサー

僕が思想を始めた'70年代は、まだ学生運動の余熱が残っており、
それが次第に市民と遊離した過激派として追いやられ、消えて、
その後に三無主義(無気力・無関心・無責任)と呼ばれる波が
来ました。
それでは、その「三無主義の波」は去ったかというと、そのまま
時代の基調になって、今に至ります。

「いや無気力・無関心じゃない」と言われる人もいるでしょう。
しかしこの『無気力・無関心・無責任』というのは、自分の利益や
自分の仕事についての話ではなく、社会的な事についてなのだ。
要するにそれまでは、『社会は個人の意志で変えられる』という
通念があり、実際に学生に限らず社会人もデモやストライキで
大なり小なり世の中を動かした時代があったのだ。
しかし、次第に体制の締め付けと国民の軽薄化が功を奏し、
“親方日の丸”で国政は腹黒い政治家と官僚に任せっぱなしに
なりつつある中、その閉塞感への若い力の最後の抵抗が'70年
代の学生運動の騒乱であったのだ(そして敗れて三無主義)。

今、「哲学」ならまだしも、社会体制的なことに関わる「思想」的
だと思われる事を口にすれば、その内容の如何を問わず周りの
人から危険人物認定され、出版やネット発信が過ぎれば当局
のブラックリストに載る。
この、独裁者なきファシズム国家は、容易に変革できない(叩く
べき頭のない)粘着質の構造をつくり上げたのだ(抵抗できず
海外に逃げた派の私のような人間にも責任がある)。
これを動かすには、何か学術的な権威において証明するとか、
パブリックなブームに乗せるとかして、一気に数を集めないと、
隅っこで議論しても潰されるだけです。

僕が思想を始めた'70年代は、まだ学生運動の余熱が残っており、
それが次第に市民と遊離した過激派として追いやられ、消えて、
その後に三無主義(無気力・無関心・無責任)と呼ばれる波が
来ました。
それでは、その「三無主義の波」は去ったかというと、そのまま
時代の基調になって、今に至ります。

「いや無気力・無関心じゃない」と言われる人もいるでしょう。
しかしこの『無気力・無関心・無責任』というのは、自分の利益や
自分の仕事についての話ではなく、社会的な事についてなのだ。
要するにそれまで...続きを読む


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