日本語教育の文法に明るい方にご教示お願いしたく質問します。

三好達治の「雪」という詩で、
「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む
 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む」
というのがありますが、太郎や次郎を眠らせているのは「雪」でOKでしょうか。

雪ではなくお母さんなどだととらえる方もいます。
しかしたしか、一文の中でそのように主語が入れ替わるのは不自然なので「日本語として間違い」ではないかと思います。

というのも日本語教育の文法で、似たような一文に「間違い」となっているのを読んだことがあるように思うのです。日本語教育の世界ではそのように教えていたと思うのですが、どうだったでしたっけ。
外国人の方や外国人に日本語を教えている先生、よろしくお願い致します。
そのような例文が取り上げられている教科書の名前がお分かりの方いましたら、教えて下さい。

あるいは国文学の研究の方で、この主語は「雪」であるととっている論文や、他の何かととっている論文の内容などをご存知の方お願いいたします。

図書館に調べに行きたいのですが勝手ながら時間がなく、ここでもともとご存知の方の知識を得てから行きたいかと思いまして。

よろしくお願い申し上げます。

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A 回答 (5件)

#2で回答したものです。

理論言語学は専門ではないので、「プロ」とは呼ばないでくださいませ~。
ただし、例のChomskyの文 colorless green ideas sleep furiously (無色の緑のアイディアは猛烈に眠る)のような、文法的に正しくても意味(語用論・意味論的に)が間違っているものは、言語として間違っているのであれば、文法的に正しいことと、言葉として正しいことはイコールにならないと思いますので、文法だけで、その言葉の正否を判断してはいけないのではないでしょうか。
(うわぁ、ややこしくなってきましたね!)

でも、皆さんも仰っているように、「詩」であることで、上記の「無色の緑」文でさえ、許容されてしまうとは思いませんか?

とはいえ、私は、何が何でも「雪」だと思いますけど。個人的にはこれは譲りたくないですねー。あの雪の音のなさを、静かな太鼓の音で表す(これも矛盾の芸術?)お能のような静けさ。実際、雪が降り積もると外界の音を吸収するので、物理的に静かになりますから、それで子どもが寝てもおかしくないと思います。
でも、だからといって、他の人の解釈が別であっても、よい、それが「詩」かなと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>「詩」であることで、上記の「無色の緑」文でさえ、
詩であることで語用論(というの言葉をよくは知りませんがお示しに文例からはわかる)的に間違いであることを可としてしまうことは分かりますが、
よく考えてみると、文法的な間違いも可とすることは本当にいいのでしょうか。
詩だからって文法間違えてる作品て何があるだろう?

>私は、何が何でも「雪」だと思いますけど。
私もです。どうしても、他の主語をもってくるのは不自然というかこじつけな気がして。

お礼日時:2005/10/08 23:28

 わたし個人としては太郎・次郎を眠らせているのは雪を含めたその場の情景全てではないかと思います。



そこには母の存在があるかもしれないし、一人かもしれません。音を考えてのことはもちろんですが、あえて主語を言わないのは主語を限定して欲しくないという心情からくるものだと思うのです。

 また、文法のお話ですが、今からみる文法としては確かに間違いかもしれません。ですが、当時は今とは文体がかなり違っていると思います。古文の文法も混じっているように見受けられます。例えば「太郎を眠らせ雪降り積む」の「積む」は今言うなら「積もる」ですよね?もし古文の文法とするならばあえて雪といったところからその前の文章の主語は雪ではなくなるという考えもできます。
 
 色々な風に読めるからおもしろい、読めば読むほど奥行きの深さを感じさせる、そのような詩であるからこそ今でも有名な詩なのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

私も、もし「雪」じゃないのだとすれば、自然全体とかそういう感じで、「母」とかの具体的なものを出すとかえって恣意的だなと思います。

そういえば古文は平気で主語がひねれますね!
なんとなく、そういうときの主語の入れ替わりとこれとは違うような気がするのですが、気ばっかりで文法的に説明できないのがもどかしいです。

お礼日時:2005/10/08 02:29

日本語教育や国文学には一切縁の無い者ですが、私見を述べさせていただいてよろしいでしょうか。



これが詩の文であることを考えると、文法的許容範囲は広がるように思うので、主語が「母」であっても詩としては一応成立するように思います。
(作者が「母」を隠れ主語として想定していたと言っても不思議ではないという意味で。)
しかし、この場合「太郎の屋根」「次郎の屋根」と「屋根」が複数なので母も複数居ることになり、幾分散漫な印象を与えてしまうように感じます。

やはり「雪」を擬人化することで、「寒く冷たいもの」から「暖かく包み込むもの」というイメージへの転換が効果的であり、達治の意図したところでもあるように思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やはり詩だと文法的なしばりからはやや開放されるととった方がいいんですね。

>やはり「雪」を擬人化することで、~イメージへの転換が効果的であり、
わたしもそう思います。
しんしんと積もる雪の下で子供がぐっすり眠りについていることを、比喩的に「雪が人を眠らせている」と言っていると思うと、「いいなあ!」と思うので。

お礼日時:2005/10/08 02:27

こんにちは、もと国語学、今は言語学専攻で日本語も教えているのですが(しかももと国語教師)、疑問なく主語は雪だと思ってきました。

考える機会を下さった質問者さんに感謝です。
http://www.venus.dti.ne.jp/~yoz/essay/essay.yz.3 …
というのもありましたが、結論は出ていませんでした。
文構造からすると、

S(文) -> NP【空主語e 】+ VP(動詞句) 

で、空主語の類推をどこからするかですね。日本語は、重文の場合、必ずしも2番目の主語に一致しなくてはいけないという文法が存在しない、のではないでしょうか?英語などはそのあたり厳しいですが。
例:行ってきますと言って家を出てすぐバスが追い越してったんだよ。

従って、主語は完全な文脈依存ではないでしょうか?

この詩の場合、視点を母に定めてから読み始めると、
(無理して題名が、「雪-私の子ども達」だったとすると、)母が主語になり得ると思います。

私は、主題が【雪】なので、主語を雪と捕えていました。作者が作ったときに、子どもを見つめる母親になりきって書いていれば、主語が母でも良いかな、と思います。
私(母)は、太郎を眠らせた、そして、太郎の屋根に雪が降り積もっている(のを聞いている)

でも、むしろ生徒に議論させる良い題材かな。教師には決めつけて欲しくないものですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

>例:行ってきますと言って家を出てすぐバスが追い越してったんだよ。

そうですね。それだと成り立ちますよね。
でもなにか、日本語教育の授業を取っていて、こういうので主語がひねれてて確かに「なりたたないな」という文が出てきて、で、それとこの太郎のは似てるのです。

おぼつかない話ですみません。

でもプロの方が「どちらにもとれる」と文法的にとらえるということが知れてありがたいです。

---

個人的な感想では「雪が人を眠らせるってのがイイ!」と思うのですが、
こう、雪が音をすいとって静か~にさせるのと、人を眠らせる感じがちょっとイメージ的につながるし。
まあそれは個人の読みですね。

お礼日時:2005/10/08 02:24

ちょうど、こういう授業の記録がありますね。


http://www1.ocn.ne.jp/~tashiro/yuki.html
授業記録に、そのあたりの話がありますが、
文法的なものではありません。

文法的には、省略されているから、いかような解釈も成り立つと、素人の私は考えます。

参考URL:http://www1.ocn.ne.jp/~tashiro/yuki.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

できれば個人的な授業の記録ではなくなにか寄って立てる資料が知りたいのですが。

お礼日時:2005/10/08 02:21

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週刊ヤングサンデーのバックナンバー 05/01/08 No.2
を探しております。
表紙が嘉陽愛子さんという人なのです
出版社(小学館)にきいてももう個々にうらないと言われました。
どこかバックナンバーでこの商品が販売されているとこはありますでしょうか?
教えてください。

Aベストアンサー

こんばんは。

最新号が入ってくると返品してしまいますので、最新号が発売して間もなくならともかく、それ以降はお店でその場で手に入れるという事はできないはずです。

では購入できないのかというとそうでは無く、本屋さんでそのバックナンバーを注文すれば、在庫があればその本屋さんに取り寄せてもらうことができます。

>出版社(小学館)にきいてももう個々にうらないと言われました。
↑これもそういう意味の応対だと思います。

注文はカウンターでその旨を伝えれば店員さんが色々やってくれます。
ra-dioさんがするのは店頭で「~という雑誌のバックナンバーの注文をしたい」という旨を伝える事と、注文書に住所、名前、電話番号を書く事だけです。

一度本屋さんで取り寄せてみてはどうでしょうか。

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坂東太郎(利根川)
筑紫次郎(筑後川)
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Aベストアンサー

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【籠池問題】麻生太郎が大阪市の職員に口利きしたのに誰も麻生太郎を非難する人がいないのはなぜですか?


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Qこの一文の主語と述語の呼応について

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おやじに伝えて、さよなら…留守電に崩落死男性

山梨県の中央自動車道・笹子(ささご)トンネルの天井板崩落事故で、死亡した同県甲斐市の中川達也さん(50)が、天井板の下敷きになった保冷車から職場の上司に電話し、両親へのメッセージを伝えていたことが、会社関係者への取材で分かった。

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同社によると、中川さんは2日午前8時5分頃に発生した事故直後、所長の携帯電話に数回かけ、そのうち午前8時18分と同39分の2回、留守電に伝言を残していた。所長は激しいクラクションの音で最初は聞き取れなかったが、何度も聞き返してみると、「おやじに伝えて、さよなら」という父親あてのメッセージが入っていた。 ←★

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---
★の部分についてです。
「所長は」で始まって、文末が「入っていた」で終わってますが、主語と述語が呼応していないことに違和感を覚えるのは何故でしょうか?
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まず記事全文を示しておきます。(読売新聞)
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おやじに伝えて、さよなら…留守電に崩落死男性

山梨県の中央自動車道・笹子(ささご)トンネルの天井板崩落事故で、死亡した同県甲斐市の中川達也さん(50)が、天井板の下敷きになった保冷車から職場の上司に電話し、両親へのメッセージを伝えていたことが、会社関係者への取材で分かった。

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文末に「という」の3文字を加えると違和感は消えると思うんですよ。
その前の一文にある「同社によると」という表現でもわかるように、
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ただ、記事全体の最後にも
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とありますよね。
「同社によると」から始まる内容は、
1)同社によると、
2)所長は激しい
3)その後、所長や

--の合計3つの文で一つのまとまりとなっているので、
途中では「~という」を使わずに、最後のまとめの部分で「という」を使っていると考えてください。

ではなぜ「まとまりの途中で改行しているのか」という疑問が出てくるかと思いますが、
これは単純に「一つの段落が長すぎると読みにくいから」と考えてください。

Q一姫二太郎

一姫二太郎
どうして女の子の表現が”お姫様”扱いなのに男の子は”太郎”という庶民みたいな表現なのでしょう?
ちなみに、私が太郎を庶民と感じたのは、三年寝太郎とか、桃太郎とかからですが。

Aベストアンサー

太郎は「長男」の意味ですから、必ずしも庶民的ではないと思います。
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もし私が「一姫二太郎」に男女の扱いの差を感じるとすれば、
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Q「ヤマダ太郎と申します。」 ← 主語はなに?

自己紹介の文、「私はヤマダ太郎です。」
これは「私は」が主語になります。

が、よくよく考えてみると、日本語での自己紹介で使われるフレーズ、「なになにと申します。」の主語が分かりません。

「申す=言う」ですが、この場合、「言う」って意味じゃないですよね?「私の名前は」って意味ですよね?
それとも英語でいう「They say 」ってことでしょうか?

「(They say )ヤマダ太郎」。
これなら「彼ら(=自分以外の人間)は、私をヤマダ太郎と言います(=申します)」となり、意味は通じます。

が、ニュアンスからいって、自己紹介の時の「ヤマダ太郎と申します。」は、自分以外のみんなが自分のことをヤマダ太郎と言うからヤマダ太郎なんだ、という感じがしません。
それよりはストレートに、自分の名前がヤマダ太郎と明かしているように感じるのです。

「眠い?」といった時に、主語が「(あなたは)眠いですか?」といったように、They say以外の主語が隠れているのかもしれませんが、それが何なのか分かりません。

ふと思っただけですから、できたら簡単な言葉で説明していただけたら幸いです。
よろしくお願いします。

自己紹介の文、「私はヤマダ太郎です。」
これは「私は」が主語になります。

が、よくよく考えてみると、日本語での自己紹介で使われるフレーズ、「なになにと申します。」の主語が分かりません。

「申す=言う」ですが、この場合、「言う」って意味じゃないですよね?「私の名前は」って意味ですよね?
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これなら「彼ら(=自分以外の人間)は、私をヤマダ太郎と言います(=申します)」となり、意味は通じます...続きを読む

Aベストアンサー

「申す」は、「言う」の謙譲語2です。
謙譲語2とは、「聞き手に対して丁重な表現をする」という用法の敬語です。
詳しくは、文化審議会答申<敬語の指針>18ページ&28ページがご参考になると思います。
http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/sokai/sokai_6/pdf/keigo_tousin.pdf
「ヤマダ太郎と申します」は、「ヤマダ太郎と言います」を聞き手に対して丁重に表現している敬語なのです。
また、この「言う」は【3 名づける。称する。…と呼ぶ。】という意味。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/9767/m0u/%E8%A8%80%E3%81%86/
「私はヤマダ太郎と言います(称します)」という意味なので、主語は「私」ということになると思います。

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一発太郎を介して検索サイトに登録するのは無料ですが一発太郎で登録した際のメールアドレスを忘れたり紛失した場合のハ再発行に料金が掛かります。
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Q1.今日、貴方が住んでいる所は雪が降りますか?

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2.今日、貴方の住んでいる所は雪が降りますか?

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 「貴方が(の)住んでいる所では、今日は雪は(が)降りそうでしょうか?」
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太郎は考えた。【あわよくばH友達になって繋がっていたい】

花子は身体を拒否する。
太郎は花子に言う。「俺の事好きなんでしょ?何なの?用ねーわ。ざこ」

花子は傷つく。でも太郎の事が気になる。好き。片思い。
太郎は「重いんだよバーカくんな」携帯もメールもシャットアウト。

友達でもいいから傍に置いていてほしい花子。

●太郎はどんな人間?
女の友達なんているだけ無駄だと考えるタイプ?
人から好かれてるタイプ?
優しい?
ほかには??

Aベストアンサー

1 女の友達なんているだけ無駄だと考えるタイプ?
2 人から好かれてるタイプ?
の二つは考えづらいです。

1 純粋に花子に対してのみ興味が無いのか女の子一般に対して性的興味しかないのかはこの文からだと判断できないかなぁ。太郎にとって花子さんが人としても興味をひかれない人だったのかも。

2 ”人”それぞれでしょうね。もし実際にいきなり「重いんだよバーカくんな」と言う人なら好かれる可能性は低いかもしれないし、最初はやんわりと言ったのを花子がぐじぐじ言っているからエスカレートしたのなら責任の一端は花子にもあるし。

3 優しい、、、太郎君は少なくとも花子さんにあらぬ期待を持たせなかった。下手な結婚詐欺よりはましだと思う。その意味では優しいかも。

4 天使ではないけど人の心をもてあそばないのはいいと思う。要らないものと要るものがわかっている人なんでしょうね。その基準が花子にとっては好ましくなかったのもだとしても花子にはそれを責める権利は無い。花子がレイプでもされたなら別ですが、拒まれてやめたなら今回の話、太郎に非は無いのかなぁ。

花子は花子でこの人を思っても得るもの無いと思います。太郎と結ばれる日が来るとも思えないし。花子さんがきっぱり諦めるのが二人の心の安定に繋がのかなぁ。

1 女の友達なんているだけ無駄だと考えるタイプ?
2 人から好かれてるタイプ?
の二つは考えづらいです。

1 純粋に花子に対してのみ興味が無いのか女の子一般に対して性的興味しかないのかはこの文からだと判断できないかなぁ。太郎にとって花子さんが人としても興味をひかれない人だったのかも。

2 ”人”それぞれでしょうね。もし実際にいきなり「重いんだよバーカくんな」と言う人なら好かれる可能性は低いかもしれないし、最初はやんわりと言ったのを花子がぐじぐじ言っているからエスカレート...続きを読む

Q電車を降りると電車から降りるとどう違う?

中国人に「電車を降りる」と「電車から降りると」どこが違ってどういう風に使い分けたらいいのか聞かれました。
「電車から」のほうが、強い意味と言うか自分の意思に反して降りるときに使うように思うのですが。
たとえば、大騒ぎしている学生たちに「うるさい!!電車から降りなさい」とか
「池袋で電車から降りてそれからずっと歩いたよ」と言う場合は事故などで電車がとまって降りざるを得なかったときとかに使う、ように思うのですが。

Aベストアンサー

「電車を降りる」→電車の外に出る。
「電車から降りる」→電車から離れる。
こういったニュアンスの違いがあるように思います。
どちらも下車するという行為には違いありませんが、おっしゃるように、「電車から」のほうが【降りるという行為・動作】に着目している度合いが強い表現になるでしょう。
この例文の場合、格助詞「から」の「起点を表わす」という用法のためではないか、と思います。
「を」の場合は、同じ格助詞でも、「出発点・分離点」を表わす用法です。
つまり、
「電車を降りる」は、「降りる、という行為の出発点」として電車が存在している、というニュアンス。
降りる対象として電車がある、といった感じでしょうか。
これに対して
「電車から降りる」の場合は、「電車を起点とした降りるという行為(=電車から離れる)」に重点が置かれていることになるのだと思います。
  


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